第一章 記憶のカケラ編
(はっ・・・)
早朝、鳥の鳴き声と吹くそよ風が清々しい朝を迎える。
狭い和室に似合わぬハンモック。その中でぼさぼさの茶色い髪の少年が眠りから目を覚ます。
少年の名は【龍牙 刹那(リュウガ セツナ)】。刹那は飛び起きるように上半身を起こした。不安定なハンモックが音を立てて軋む。
(またか・・・)
刹那を眠りから覚まさせたのは清々しい朝の風でも鳥の鳴き声でもなかった。
暗い廊下の先に並ぶ二つの影・・・
言い争う二人・・・
人が倒れる音・・・
一人のうめき声・・・
そして・・・骨の折れる鈍い音・・・
夢・・・と分かっていても、妙に現実味のあるこの夢に、ここ数週間悩まされているのは言うまでもない。おかげで目の下には隈が出来はじめていた。
(そろそろ準備しなくちゃ・・・)
ハンモックから飛び降り、駆け足で居間へと向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(起きてるかな?)
ひょっこりと台所に顔を出す。だが、そこに人影はなかった。
無言で頭を下げる。
(今日も・・・か・・・)
刹那は部屋へと戻るとササッと着替えて鞄を持ち「行ってきますと」元気な声で家を出た。
玄関の扉が閉まると共に一つの襖がゆっくりと開く。
「いってらっしゃい」
男とも女とも言えないその声は、刹那には届かなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝とはいえガヤガヤと騒がしい一つの建物。刹那はそこへ足を進めていった。
門には『忍術教育アカデミー』と書かれた看板が堂々とぶら下がっている。校庭では、遊んでいる者、延々と走っている者、手裏剣的で練習している者・・・それぞれが思い思いの事をしている。刹那は他の生徒に見向きもせずアカデミーの玄関へと進んでいく。
そんな刹那に気がついた2人の少女が近寄ってきた。
「おはよう刹那」
「おはようございます。先輩!」
「あぁ、おっおはよう」
ニコニコと笑顔で挨拶してきたのは、【白雪 数葉(しらゆき かずは)】。両手を後ろで組み、左右に体を揺らす。なにやら今日は落ち着きがない。対して、ちょっときつい表情で90°の礼をしたままの少女は、【音野 琴葉(おとの ことは)】。そのままピクリとも動かない。
「こっ琴葉、顔あげていいから・・・」
半呆れ顔の刹那に琴葉は「すいません」と言うと体を起こす。
「どうしたの、二人共。なんか今日は変にご機嫌だよね?」
無言のまま満面の笑みの二人に刹那は「気持ち悪いよ」と更に付け足した。
その一言にムスっときた数葉は、刹那の手を引き土足のまま校舎内に入っていった。琴葉も遅れまいと数葉たちの後を追う。
『全校生徒にお知らせします。これより、天気が悪化するとの飛炎様のお告げがありましたので、校庭にいる生徒は急ぎ校舎内に戻ってください。』
校庭にいる生徒は、ぶつぶつと文句を言うこともなく放送の指示通りに校舎内へと戻っていく。全校放送が流れたのとほぼ同時に、空には重い雲が流れてきていた。
数葉と琴葉に連れられて来たのは『6-A』と書かれた教室だった。ここは刹那の教室だ。だが、開かれていない教室の扉越しに分かるいつもとは違う雰囲気に、刹那は戸惑いを見せるしかなかった。
「ねぇ…やけに静かじゃない?何かしたの?」
「さぁ?開けてみたら分かるんじゃない?」
数葉に背中を押されて恐る恐る扉に手をかける。(ドクン…ドクン)と早くなる鼓動。自然と手が震えてくる。
「ねぇ…開けなきゃ駄目?」
「開けないと教室に入れないでしょ?」
「う…うん、そうだけど…」
震えて扉を一向に開けようとしない刹那。そんな刹那に呆れたのか琴葉が何も言わずに扉を開け放った。
ガラガラ…ガンッ!!
勢いをつけすぎて扉は少し反動で戻る。刹那はそれをきれいに開けなおした。
静か過ぎる教室。それは、一目で理由が分かった。
「こ・・・黒炎様!?」
『やっと着たのか、遅いぞ刹那』
普段なら担任がいるはずの教壇に小さな子供が堂々と腕を組み立っていた。背中からは小さな黒い炎のツバサが生えている。
生徒は皆おとなしく自分の席についている。一言も喋る者は居らず、姿勢を崩している者も居ない。
「なぜ、貴方様がココに!?」
『ふむ…とりあえず席に座ってはどうだ?刹那よ』
刹那は驚きを隠せなかった。それもそうだ。この人物こそ、事実上この村を治めている村主であり神である【黒炎(こくえん)】だ。普段ならば、大宮(おおみや)と呼ばれている村役場で事務仕事をしている。そんなお偉い様が私用とはいえここに居ることはまずありえないと断言してもいいくらいだ。
刹那はとりあえず自分の席に着いた。それと同時に鐘が鳴る。琴葉と数葉もチャイムと共に廊下から居なくなった。おそらく、自分の教室に帰ったのだろう。そんな、二人のことを考えていると黒炎が口を開いた。
『今日はお前たちに大事な話があってきた』
背が低い黒炎は教壇の後ろからだと全体が見渡しづらいのか、いつの間にか教壇を椅子代わりにしていた。
『そろそろ卒業試験だということは担任から聞いているはずだ。聞いていない者は居るか?』
そう言い教室を見渡す。一人の女の子が手を上げていることに気がついた黒炎は「なぜだ?」と質問した。
「あの…お葬式で休んでいたから…」
控えめな性格のその子はおどおどしながら答えた。仕方ないなといわんばかりに黒炎は教壇の上に立った。
『では、試験内容から説明する。よく聞いておけ』
皆は一斉にメモを取る準備をした。それを確認してから、黒炎は内容を説明し始める。
『担任からは変化・分身の術及び瞬身の術の実技テストと忍の一般知識のペーパーテストと聞いていたはずだが間違いないか?』
「「はい」」
『だが、このクラスの成績を見せてもらったところ、全体的に卒業条件を満たしていない者があまりにも多すぎるため試験内容を変更させてもらう!!』
その言葉にクラス内はざわついた。
黒炎は眉間にしわを寄せる。刹那が「皆、静かにしてよ」と叫ぶが、その声を聞くものは誰一人としていなかった。
『だから、お前たちはダメなのだ!!』
黒炎の怒りのこもった一言で、一瞬にして教室が凍りつく。
『人の話は聞かない、協力なんてありえない、自分さえよければそれでいい・・・そんな者が忍になっていいと思っているのか!?確かに忍の世界は個人の世界を広げることにより、より強い術を会得していく必要がある。だが、協力者が居るからこそ新術を開発できるのだ。自分勝手に行動し、周りを見ない者は状況判断能力が低いとみなされることもある。それは、忍である以上あってはならないことだ!わかるか?』
そういい視線を向けられた刹那。無言で首を縦に振る。
『分かったならそれでいい。このクラスには過酷な卒業試験を準備してきた。協調性の無い者は卒業できない試験に・・・な』
黒炎は不気味に笑う。教室内はまだ凍りついたままだ。
『自分より学年の低い者2名と共に明日の朝、大宮の俺の部屋に来い。一人一人試験内容を説明してやる。もし、明日の朝までに来れなかった者については卒業資格は無しとし、忍への道を立たせてもらう。いいな』
それだけ言い終わると黒炎は煙と共にその場から消えた。
暫くして緊張が解けたのかクラスは一斉に息を吐いた。刹那も目を丸くして呼吸を整える。
一限目までの短い休み時間。いつの間にか外は大雨になっていた。生徒は、外に出られないので教室内で仲の良い者同士集まっている。そして、自然とクラスの話題は卒業試験の話になった。
「低学年ねぇ・・・誰か紹介してよ~」
「こっちが紹介して欲しいぐらいよ!あんたは誰か居るの?」
「あぁ、兄弟が2人居るからそれで行くよ」
いつものごとく騒がしい。刹那はため息をつきながら誰と一緒に行こうかと考えていた。
(琴葉と数葉かなぁ・・・)
そんなことを考えていると、一人の男子が近寄ってきた。
刹那はワザと顔をあわせないように視線を机向ける。
「よう、過去無し。お前はどうするんだ?同学年にすら友達居ないのに、低学年に知り合いなんて居るのかよ。」
「うるさい・・・」
「ちょっと!男子!やめなさいよ!」
後ろの席に居た女子が刹那をかばう。男子は「ちっ」と舌打ちしてから集団の中に戻っていった。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「刹那君にあんなこと言うなんて、頭どうかしてるんじゃないの?」
「そうよそうよ。刹那君ほど忍に向いた人なんて居ないって先生も言っていたのにね~」
「刹那君は私たちが守ってあげるよ~」
「あ・・・ありがとう」
刹那にはクラスに友達と呼べる人は居なかった。
運動神経も賢さもそれなりに良い刹那は女子からかなりの人気がある。男子たちはそれが気にくわなかったのだ。
女の子とも仲の良いわけではない。追いかけられているだけだ。
「はぁ…本当にどうしたら良いんだろう・・・」
そんなことを考えているうちに時間は過ぎていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下校時間には天気は回復に向かっていた。雲の切れ間からは沈みかかっている日の光が差し込んでいる。アカデミーから生徒たちの声が薄れてきた頃、刹那は校門前に一人立っていた。
(遅いなぁ・・・)
待ち人が居るのか刹那はその場から動こうとはしない。
近くに落ちている石ころを軽く蹴り転がしながら辺りをキョロキョロと見渡している。
「待たせたな」
声と共に強い風が巻き起こった。目を開けているのが辛く、とっさに腕で顔を隠してしまった。
「こんなそよ風で何をしているんだ?」
「そっそよ風って・・・」
現れたのは女だった。刹那と同じ年頃だろうか、青みがかかった黒い髪の女は両目を布で覆っていた。口元だけでしか表情を確認することができない。への字に曲がっていることから何か不満なことがあるのだろうか。刹那はそれを感じ取っていた。
「ねぇ…久々に外に出てきたのに不満げな顔はやめてよね、姉貴・・・」
「何が外だ。任務以外で呼び出すなと言っただろう。」
「まぁまぁ、そう怒らないでさぁ」
刹那と親しく話す女は【龍牙 皐月(りゅうが さつき)】、刹那の双子の姉。髪の色は違えど、身長や口元は二人ともそっくりだ。
刹那は「訓練一緒にしようよ」と皐月の手を取ったが、その手は振り払われてしまった。
「何でいつもそうなんだよ!!」
「うるさい!俺はお前なんかと馴れ合うつもりなんて無い!!そんなに一緒に居たいなら、忍の階級ぐらい手に入れてからにしろ!!」
皐月は再び風と共にその場から消えた。
刹那は呆然と立ち尽くす。そして、拳を握り締めた。
(まただ・・・・どうせ、僕なんか相手にしてくれないんだ・・・・)
悔しいのか目には涙が浮かぶ。こんな事で泣いちゃ駄目だと思っても、溢れ出る涙は止まらない。
「あ~ぁ、相変わらずなのね~。本当にあの子は素直じゃないんだから。」
刹那は顔を上げて、声の主を見る。いつの間にか刹那の隣に居たのは、琴葉と数葉だった。
「い・・・居たんだ・・・」
「うん、まぁね~。ちょうど帰ろうとしたら、刹那と皐月ちゃんが居たからさ。」
「流石に邪魔をするのはどうかと思い、草陰から見てました。」
「草陰って・・・」
数葉はそっとハンカチで刹那の涙を拭き取った。
「泣かなくてもいいのよ。皐月ちゃんも、あの事件があったから心を痛めてるんだろうってパパが言ってたもの。昔は、愛想の良い弟思いの良い子だったって。」
「・・・」
「数葉・・・・刹那先輩は・・・」
慰めようとした数葉の言葉は逆に刹那の心を傷つけてしまったのか、琴葉が刹那の様子を心配している。刹那は無言のまま立ち尽くしていた。
「ごめん・・・言い過ぎちゃった?」
琴葉に言われて気がついたのか、数葉は刹那の顔を覗き込んだ。
いつも以上に暗い顔をしている刹那の眉間にはシワが寄っていて、何かをブツブツと呟いている。
「せ・・・つな?」
「先輩??」
刹那の様子の変化に不安を感じた二人はどうしたら良いのか判らずに居た。
オロオロとしている二人をよそに、刹那の呼吸は乱れてはじめていた。
「今言ったこと・・・本当?」
急に口を開いた刹那に驚きを隠せない二人。
「う・・・うん、本当だよ。小さいころに私たちと皐月ちゃんの4人で取った写真もあるよ。」
首を傾げながら思い出すかのように喋る数葉に琴葉は無言で頷く。そんな数葉に刹那はいきなり掴みかかった。
「先輩落ち着いて!!」
琴葉は力ずくで刹那を数葉から引き離す。数葉はびっくりして尻餅をついてしまった。
だが、刹那の暴走は止まらなかった。
「数葉!!これ、あの時と同じだよ!!」
「あ・・・あの時って・・・?」
「忘れたの!?皐月と4人で大宮に行ったときのこと!!あの事件の後直ぐだよ!!」
「あ・・・」
そう、刹那が声も出さずに暴走したのは、これが初めてではない。
過去に一度だけ・・・
第二話へつづく…
早朝、鳥の鳴き声と吹くそよ風が清々しい朝を迎える。
狭い和室に似合わぬハンモック。その中でぼさぼさの茶色い髪の少年が眠りから目を覚ます。
少年の名は【龍牙 刹那(リュウガ セツナ)】。刹那は飛び起きるように上半身を起こした。不安定なハンモックが音を立てて軋む。
(またか・・・)
刹那を眠りから覚まさせたのは清々しい朝の風でも鳥の鳴き声でもなかった。
暗い廊下の先に並ぶ二つの影・・・
言い争う二人・・・
人が倒れる音・・・
一人のうめき声・・・
そして・・・骨の折れる鈍い音・・・
夢・・・と分かっていても、妙に現実味のあるこの夢に、ここ数週間悩まされているのは言うまでもない。おかげで目の下には隈が出来はじめていた。
(そろそろ準備しなくちゃ・・・)
ハンモックから飛び降り、駆け足で居間へと向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(起きてるかな?)
ひょっこりと台所に顔を出す。だが、そこに人影はなかった。
無言で頭を下げる。
(今日も・・・か・・・)
刹那は部屋へと戻るとササッと着替えて鞄を持ち「行ってきますと」元気な声で家を出た。
玄関の扉が閉まると共に一つの襖がゆっくりと開く。
「いってらっしゃい」
男とも女とも言えないその声は、刹那には届かなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝とはいえガヤガヤと騒がしい一つの建物。刹那はそこへ足を進めていった。
門には『忍術教育アカデミー』と書かれた看板が堂々とぶら下がっている。校庭では、遊んでいる者、延々と走っている者、手裏剣的で練習している者・・・それぞれが思い思いの事をしている。刹那は他の生徒に見向きもせずアカデミーの玄関へと進んでいく。
そんな刹那に気がついた2人の少女が近寄ってきた。
「おはよう刹那」
「おはようございます。先輩!」
「あぁ、おっおはよう」
ニコニコと笑顔で挨拶してきたのは、【白雪 数葉(しらゆき かずは)】。両手を後ろで組み、左右に体を揺らす。なにやら今日は落ち着きがない。対して、ちょっときつい表情で90°の礼をしたままの少女は、【音野 琴葉(おとの ことは)】。そのままピクリとも動かない。
「こっ琴葉、顔あげていいから・・・」
半呆れ顔の刹那に琴葉は「すいません」と言うと体を起こす。
「どうしたの、二人共。なんか今日は変にご機嫌だよね?」
無言のまま満面の笑みの二人に刹那は「気持ち悪いよ」と更に付け足した。
その一言にムスっときた数葉は、刹那の手を引き土足のまま校舎内に入っていった。琴葉も遅れまいと数葉たちの後を追う。
『全校生徒にお知らせします。これより、天気が悪化するとの飛炎様のお告げがありましたので、校庭にいる生徒は急ぎ校舎内に戻ってください。』
校庭にいる生徒は、ぶつぶつと文句を言うこともなく放送の指示通りに校舎内へと戻っていく。全校放送が流れたのとほぼ同時に、空には重い雲が流れてきていた。
数葉と琴葉に連れられて来たのは『6-A』と書かれた教室だった。ここは刹那の教室だ。だが、開かれていない教室の扉越しに分かるいつもとは違う雰囲気に、刹那は戸惑いを見せるしかなかった。
「ねぇ…やけに静かじゃない?何かしたの?」
「さぁ?開けてみたら分かるんじゃない?」
数葉に背中を押されて恐る恐る扉に手をかける。(ドクン…ドクン)と早くなる鼓動。自然と手が震えてくる。
「ねぇ…開けなきゃ駄目?」
「開けないと教室に入れないでしょ?」
「う…うん、そうだけど…」
震えて扉を一向に開けようとしない刹那。そんな刹那に呆れたのか琴葉が何も言わずに扉を開け放った。
ガラガラ…ガンッ!!
勢いをつけすぎて扉は少し反動で戻る。刹那はそれをきれいに開けなおした。
静か過ぎる教室。それは、一目で理由が分かった。
「こ・・・黒炎様!?」
『やっと着たのか、遅いぞ刹那』
普段なら担任がいるはずの教壇に小さな子供が堂々と腕を組み立っていた。背中からは小さな黒い炎のツバサが生えている。
生徒は皆おとなしく自分の席についている。一言も喋る者は居らず、姿勢を崩している者も居ない。
「なぜ、貴方様がココに!?」
『ふむ…とりあえず席に座ってはどうだ?刹那よ』
刹那は驚きを隠せなかった。それもそうだ。この人物こそ、事実上この村を治めている村主であり神である【黒炎(こくえん)】だ。普段ならば、大宮(おおみや)と呼ばれている村役場で事務仕事をしている。そんなお偉い様が私用とはいえここに居ることはまずありえないと断言してもいいくらいだ。
刹那はとりあえず自分の席に着いた。それと同時に鐘が鳴る。琴葉と数葉もチャイムと共に廊下から居なくなった。おそらく、自分の教室に帰ったのだろう。そんな、二人のことを考えていると黒炎が口を開いた。
『今日はお前たちに大事な話があってきた』
背が低い黒炎は教壇の後ろからだと全体が見渡しづらいのか、いつの間にか教壇を椅子代わりにしていた。
『そろそろ卒業試験だということは担任から聞いているはずだ。聞いていない者は居るか?』
そう言い教室を見渡す。一人の女の子が手を上げていることに気がついた黒炎は「なぜだ?」と質問した。
「あの…お葬式で休んでいたから…」
控えめな性格のその子はおどおどしながら答えた。仕方ないなといわんばかりに黒炎は教壇の上に立った。
『では、試験内容から説明する。よく聞いておけ』
皆は一斉にメモを取る準備をした。それを確認してから、黒炎は内容を説明し始める。
『担任からは変化・分身の術及び瞬身の術の実技テストと忍の一般知識のペーパーテストと聞いていたはずだが間違いないか?』
「「はい」」
『だが、このクラスの成績を見せてもらったところ、全体的に卒業条件を満たしていない者があまりにも多すぎるため試験内容を変更させてもらう!!』
その言葉にクラス内はざわついた。
黒炎は眉間にしわを寄せる。刹那が「皆、静かにしてよ」と叫ぶが、その声を聞くものは誰一人としていなかった。
『だから、お前たちはダメなのだ!!』
黒炎の怒りのこもった一言で、一瞬にして教室が凍りつく。
『人の話は聞かない、協力なんてありえない、自分さえよければそれでいい・・・そんな者が忍になっていいと思っているのか!?確かに忍の世界は個人の世界を広げることにより、より強い術を会得していく必要がある。だが、協力者が居るからこそ新術を開発できるのだ。自分勝手に行動し、周りを見ない者は状況判断能力が低いとみなされることもある。それは、忍である以上あってはならないことだ!わかるか?』
そういい視線を向けられた刹那。無言で首を縦に振る。
『分かったならそれでいい。このクラスには過酷な卒業試験を準備してきた。協調性の無い者は卒業できない試験に・・・な』
黒炎は不気味に笑う。教室内はまだ凍りついたままだ。
『自分より学年の低い者2名と共に明日の朝、大宮の俺の部屋に来い。一人一人試験内容を説明してやる。もし、明日の朝までに来れなかった者については卒業資格は無しとし、忍への道を立たせてもらう。いいな』
それだけ言い終わると黒炎は煙と共にその場から消えた。
暫くして緊張が解けたのかクラスは一斉に息を吐いた。刹那も目を丸くして呼吸を整える。
一限目までの短い休み時間。いつの間にか外は大雨になっていた。生徒は、外に出られないので教室内で仲の良い者同士集まっている。そして、自然とクラスの話題は卒業試験の話になった。
「低学年ねぇ・・・誰か紹介してよ~」
「こっちが紹介して欲しいぐらいよ!あんたは誰か居るの?」
「あぁ、兄弟が2人居るからそれで行くよ」
いつものごとく騒がしい。刹那はため息をつきながら誰と一緒に行こうかと考えていた。
(琴葉と数葉かなぁ・・・)
そんなことを考えていると、一人の男子が近寄ってきた。
刹那はワザと顔をあわせないように視線を机向ける。
「よう、過去無し。お前はどうするんだ?同学年にすら友達居ないのに、低学年に知り合いなんて居るのかよ。」
「うるさい・・・」
「ちょっと!男子!やめなさいよ!」
後ろの席に居た女子が刹那をかばう。男子は「ちっ」と舌打ちしてから集団の中に戻っていった。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「刹那君にあんなこと言うなんて、頭どうかしてるんじゃないの?」
「そうよそうよ。刹那君ほど忍に向いた人なんて居ないって先生も言っていたのにね~」
「刹那君は私たちが守ってあげるよ~」
「あ・・・ありがとう」
刹那にはクラスに友達と呼べる人は居なかった。
運動神経も賢さもそれなりに良い刹那は女子からかなりの人気がある。男子たちはそれが気にくわなかったのだ。
女の子とも仲の良いわけではない。追いかけられているだけだ。
「はぁ…本当にどうしたら良いんだろう・・・」
そんなことを考えているうちに時間は過ぎていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下校時間には天気は回復に向かっていた。雲の切れ間からは沈みかかっている日の光が差し込んでいる。アカデミーから生徒たちの声が薄れてきた頃、刹那は校門前に一人立っていた。
(遅いなぁ・・・)
待ち人が居るのか刹那はその場から動こうとはしない。
近くに落ちている石ころを軽く蹴り転がしながら辺りをキョロキョロと見渡している。
「待たせたな」
声と共に強い風が巻き起こった。目を開けているのが辛く、とっさに腕で顔を隠してしまった。
「こんなそよ風で何をしているんだ?」
「そっそよ風って・・・」
現れたのは女だった。刹那と同じ年頃だろうか、青みがかかった黒い髪の女は両目を布で覆っていた。口元だけでしか表情を確認することができない。への字に曲がっていることから何か不満なことがあるのだろうか。刹那はそれを感じ取っていた。
「ねぇ…久々に外に出てきたのに不満げな顔はやめてよね、姉貴・・・」
「何が外だ。任務以外で呼び出すなと言っただろう。」
「まぁまぁ、そう怒らないでさぁ」
刹那と親しく話す女は【龍牙 皐月(りゅうが さつき)】、刹那の双子の姉。髪の色は違えど、身長や口元は二人ともそっくりだ。
刹那は「訓練一緒にしようよ」と皐月の手を取ったが、その手は振り払われてしまった。
「何でいつもそうなんだよ!!」
「うるさい!俺はお前なんかと馴れ合うつもりなんて無い!!そんなに一緒に居たいなら、忍の階級ぐらい手に入れてからにしろ!!」
皐月は再び風と共にその場から消えた。
刹那は呆然と立ち尽くす。そして、拳を握り締めた。
(まただ・・・・どうせ、僕なんか相手にしてくれないんだ・・・・)
悔しいのか目には涙が浮かぶ。こんな事で泣いちゃ駄目だと思っても、溢れ出る涙は止まらない。
「あ~ぁ、相変わらずなのね~。本当にあの子は素直じゃないんだから。」
刹那は顔を上げて、声の主を見る。いつの間にか刹那の隣に居たのは、琴葉と数葉だった。
「い・・・居たんだ・・・」
「うん、まぁね~。ちょうど帰ろうとしたら、刹那と皐月ちゃんが居たからさ。」
「流石に邪魔をするのはどうかと思い、草陰から見てました。」
「草陰って・・・」
数葉はそっとハンカチで刹那の涙を拭き取った。
「泣かなくてもいいのよ。皐月ちゃんも、あの事件があったから心を痛めてるんだろうってパパが言ってたもの。昔は、愛想の良い弟思いの良い子だったって。」
「・・・」
「数葉・・・・刹那先輩は・・・」
慰めようとした数葉の言葉は逆に刹那の心を傷つけてしまったのか、琴葉が刹那の様子を心配している。刹那は無言のまま立ち尽くしていた。
「ごめん・・・言い過ぎちゃった?」
琴葉に言われて気がついたのか、数葉は刹那の顔を覗き込んだ。
いつも以上に暗い顔をしている刹那の眉間にはシワが寄っていて、何かをブツブツと呟いている。
「せ・・・つな?」
「先輩??」
刹那の様子の変化に不安を感じた二人はどうしたら良いのか判らずに居た。
オロオロとしている二人をよそに、刹那の呼吸は乱れてはじめていた。
「今言ったこと・・・本当?」
急に口を開いた刹那に驚きを隠せない二人。
「う・・・うん、本当だよ。小さいころに私たちと皐月ちゃんの4人で取った写真もあるよ。」
首を傾げながら思い出すかのように喋る数葉に琴葉は無言で頷く。そんな数葉に刹那はいきなり掴みかかった。
「先輩落ち着いて!!」
琴葉は力ずくで刹那を数葉から引き離す。数葉はびっくりして尻餅をついてしまった。
だが、刹那の暴走は止まらなかった。
「数葉!!これ、あの時と同じだよ!!」
「あ・・・あの時って・・・?」
「忘れたの!?皐月と4人で大宮に行ったときのこと!!あの事件の後直ぐだよ!!」
「あ・・・」
そう、刹那が声も出さずに暴走したのは、これが初めてではない。
過去に一度だけ・・・
第二話へつづく…