第一章
叶「ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ!!!」
拓慧「許さん!!!今回ばかりは、絶対に許さんっ!!!」
叶「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
廊下にまで、響く声。薄暗い廊下にポツンと置かれたベンチには、蝶と猫が座っていた。
猫は俯き足をバタつかせていた。
二人は、扉から拓慧の声が聞こえると共に、少し体をビクつかせる。
そして、その度に互いの視線を合わせて、苦笑いを浮かべる。
蝶『叶には、悪いことをしちゃったかしら…』
猫『でも、言い出したのが叶なのは間違いないし。拓慧に僕達の管理を任された叶が怒られるのは当然だと思うけど。』
自分のパートナーの悲痛な叫びが廊下に響く中、猫はいつもの感じでしれっとしていた。
それに少し違和感を感じた蝶だが、猫の言っていることも間違いではない。
しかし、自分が意思を持った今はそれを止めることも出来たはずだ…黒烏のように…。そう自分のことを戒める蝶の心を読んだのか、猫は不意に蝶の手を握った。
猫『気にしなくていいんだよ。僕たちは所詮…』
猫は悲しい表情で口を閉じた。
言いたいことは何となくだがわかった。
蝶(道具…ですもの…)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
叶「もう勘弁してぇぇぇっ!!!」
拓慧「始末書を書き終わるまでは、ここから出さん!!!」
叶が拓慧に収容されたこの場所は、机と一人分の椅子だけがある殺風景な部屋だった。
部屋と言うにはあまりにも狭すぎるこの部屋は、【特別管理室】別名:尋問特別室。重度の犯罪を犯した罪人がここで尋問、必要があれば拷問を受ける。
そして叶は、まさに拷問に近い処罰を受けている最中だった。
叶「なんでっ!!ちょっと町に出ただけじゃないか!」
拓慧「そのちょっとがいけないんだ。そもそも、人の機体を連れ出す馬鹿がどこに居るって言うんだっ!!!」
叶「ここに居る…」
拓慧「開き直りやがって!!!しかも、屋上から飛び降りただとっ!!こいつらが怪我したらどうするつもりだっ!!!」
叶「えっ!!!俺の心配はっ!?!?」
拓慧「その次だっ!!」
討論しながらも、叶は百枚はあろうかと言う原稿用紙に、始末書と言う名の反省文を書かされていた。まだ、軽い刑だが、叶にとっては座ってじっとしている方が耐えられない。まさに、拷問だった。
しかも、拓慧一人ならば何とか逃げ出せたかも知れないが、ドアの前には黒烏が立ちふさがるように立っている。人間の叶が、機械の黒烏に力で勝てるわけなど無い。逃げ出そうとして失敗して、拓慧の怒りをさらに煽るくらいならば、若干口で反抗しながら手を進めていたらいい。
その思いが、この状況を生み出した。
叶「あ゛ーもー。こうなったらやけくそだっ!!!」
拓慧「適当なことを書いたら、一から書き直しだからなっ!」
叶「えー…」
ふてくされた顔をして、肘を着き手に頬を乗せて完全にやる気無いスタイルの叶。しゃべりながらもきちんと手が動いている。
しかし…
ズキューン!!!!
一発の銃声が聞こえた。
その瞬間、扉から蝶と猫が顔をのぞかせる。
叶もさすがに動きが止まる。
皆が凍り付いている中、黒烏だけが冷静だった。
黒烏『拓慧様の手を煩わせるのであれば、次は打ち抜く。』
黒烏の手に握られている銃。その銃口からは煙が上がる。
さすがの拓慧も驚いた。
拓慧「黒烏…やりすぎ…」
黒烏『申し訳ございません。見るに耐えなかったものなので。』
そう言い銃をしまう。
黒烏『俺、少し外の空気を…』
拓慧「あぁ、あまり遠くには行くなよ。」
黒烏は拓慧に返事を返すことなく部屋を去った。
拓慧は一つため息をつく。
拓慧「猫、蝶。すまないが、黒烏と一緒に居てやってくれ。」
二人は首を縦に振ると黒烏の後を追った。
叶は不思議そうに扉を見つめる。
叶「黒烏…どうしたの?」
扉に鍵をかけ、黒烏の変わりに扉の前に立ちふさがる拓慧。
扉にもたれ、腕を組む。
拓慧「さぁな。猫がここに来てからと言うもの、蝶と黒烏を中心に、アンドロイドに変化が起こっている。これが、いい方向に向くのか…それとも、最悪の結果をもたらすのかは分からんが…」
拓慧は口元に手をあてて何かを考え出した。こうなると、外の声など聞きはしない。それが分かっている叶は、この地獄から脱出するために、黙って筆を動かした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
静かに吹く風に、目を閉じてそれを体中で感じようとする黒烏。
先ほどの屋上へきていた。
自分を追ってきた気配に気が付き、うっすらと目を開ける。
黒烏『猫…』
黒烏から距離を取るように、少し離れた場所に座る猫と蝶。
尻尾をパタパタさせながら『何?クロちゃん』と首を傾げる。
黒烏『俺は…一体、どうしちまったんだろうな。』
自分の手を見つめて、それを強く握る。
猫『さぁ?僕、クロちゃんじゃないし』
逆方向に首を傾げる猫。興味がなさそうな表情は相変わらずであった。
猫『確かに、僕の半径十キロ以内の機体には、意思が宿る。でも、それは僕のプログラムでもないし原理もわからない。だから、僕に聞いたってどうしようもないよ。』
口を尖らせて『龍美でも分からないと思うよ』と呟く。
しかし、黒烏には心当たりがあった。おもむろに猫の前に行くと、いつもの冷めた表情とは違い、切羽詰ったかのように険しい表情で猫を見つめる。
黒烏『未来さんは?彼女なら説明できるはずだ。だって…』
猫『それはできない。教えられない。』
猫は黒烏に敵意を向けられながらも興味の無い表情を突き通す。
黒烏『それは…、生きているのか…』
猫『さぁね、しばらく会ってないし。』
尻尾をさらに大きく振り、そっぽ向く。
その態度に、怒りが込上げたのか、黒烏は銃を構えた。
蝶『ちょっ!!!?ちょっと黒烏!!!』
蝶が立ち上がるが、その小さな体は黒烏に簡単に突き飛ばされた。
壁に体を打ち付けられた衝撃で、すぐには立ち上がれない。
『うっ…』とうめきながら、猫と黒烏を視線に捕らえる。
黒烏の銃口は容赦なく猫に向けられる。
猫はそれに気が付いたのか、当初…この町に来たときと同じ不敵な笑みを浮かべる。
猫『そんなことしても、僕はしゃべらないよ。』
黒烏『ならば、しゃべりたくなるようにしてやる。』
一発の銃声が二人の姿を砂煙の中に隠した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
叶「おわったぁぁぁぁっ!!!」
屋上で猫と黒烏のやりとりが始まったころ、叶は始末書を書き終えた。
開放されたその嬉しさから、椅子から飛び降りた。
そして、まだ考えている拓慧に耳打ちする。
叶「俺、わかったかも。黒烏の考えていること。」
拓慧「!?」
目を大きくして叶を見る。しかし、叶は、下をペロッと出して「なーんてね」と続けた。
そして、拓慧の手を引き部屋から飛び出した。
拓慧「おっおい!!」
叶「簡単だよ。黒烏のことは、黒烏にしか分からないんだから、本人に聞けばいいんだよ。」
確かに。と思いながら、どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。そして、パートナーなのに、相談してもらえない悲しい気持ちが、拓慧の中を支配していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
風が砂煙を連れ去ると、そこに二人の姿は無かった。
蝶が必死に屋上を見渡すが、姿は無い。
蝶『どうしよう…。でも、まだ近くに居るはずっ!!!』
拓慧を呼ぼう。何とかしてくれるはず。そう直感した蝶は、身を翻して中に入ろうとしたときだった。
叶「ほら、やっぱりここにいた。」
蝶『叶…。拓慧もっ!!!』
ちょうど、屋上に辿り着いた叶と拓慧にはちあわせた。探す手間が省けたと内心安心しながらも、姿の見えない猫と黒烏のことを必死に伝える。
蝶『猫と黒烏がっ!!!でもっ…止めれなくて…』
拓慧「気にしなくていいさ、こちらからインカムで追跡が出来る。」
今にも泣きそうな蝶に、拓慧は笑顔で微笑んだ。
そして、二人はインカムを装着する。電源を入れ、波長が合うように神経を集中させる。
叶「居た?拓慧…」
拓慧「いや…、つながらない」
拓慧(何か嫌な予感がする…)
そう心で呟く拓慧は、蝶が心配そうに見つめる空を同じように見つめていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
猫『拓慧と叶が、コンタクトしてきてるよ。心配してるんじゃないの?』
黒烏『…』
自分より少し高い位置から、銃を向ける黒烏に気だるそうに問う猫。
黒烏は目を軽く閉じて『…コンタクトコード変更…』と呟いた。その瞬間、黒烏の黒い瞳が、血のような赤色に染まった。
そして銃をおろす。猫に敵意が無いことを示すかのように。
黒烏『誰にも邪魔されず、猫と二人で話がしたい。』
両手を開くと、持っていた銃が落下する。落下した銃は、地面に落ちる直前に光の粒子となり消えた。
猫『ふーん…、機械の目が赤く光るのは、パートナとつながっていないとき…。拓慧にさえ聞かれたくない話…か…』
猫はひとつ深呼吸をすると、黒烏の横に並んだ。
猫『いいよ。聞きたいこと、話せる範囲なら話してあげる。でも、ここじゃぁね…』
黒烏はあたりを見渡す。建物の上なので、周りに人は居ないが、下の道には多くの人が行きかっている。町で一番高い建物・T-Pの屋上にも何人かの人影が見える。
猫の言うとおり、ここでは他の誰かに話を聞かれる可能性もある。しかも、この町は拓慧の人脈が生きているため、隠れる場所などほとんど無ければ、あったとしても見つかる可能性ははるかに高い。
だが、黒烏には誰にも知られていない隠れられる場所が一つだけ心当たりがあった。
黒烏『ここから北に三百キロ…オアシスを抜けたはるか先に、まだ砂漠化が進んでいない土地…森がある。その中に長年使われていない古城がある。そこならどうだ?』
猫は少し考えるそぶりをした後、『いいよ。データにもないしいいんじゃない?』と答えた。黒烏も猫の返事を聞いて『急ごう。拓慧様に気づかれる前に…』。猫の手を取り、駆け出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
拓慧「なんどやってもエラーになる…。叶はどうだ?」
叶「僕は、エラーにはなってないけど、大分遠いね」
二人は、インカムをつけたまま難しい顔をする。
そんな二人に蝶が『あの…』と声をかける。
蝶『もし、私が、以前のように心を失うようでしたら、近くに猫はいないと思います。』
思い出すかのように、恐る恐る口を開く蝶に「どういう意味だ?」と拓慧が問いかける。
蝶『私のメモリーの最奥にあったものなので、信憑性はありませんが…。猫のコアには、特殊な金属が使われているといいます。その金属の影響で、意思を維持していると思われています。そして、その効果は、猫を中心とする半径十キロ以内の機体も影響を受ける。』
叶「そうか、蝶から意思がなくなれば…」
拓慧「猫は十キロ以上先に居る…ってことか」
蝶『はい。おそらく、黒烏も猫と一緒に居ると思いますので…』
叶と拓慧はお互いに顔を見合わせた。そして、同時に頷くと、その場に座り込んだ。
叶「僕は猫たちを信じるよ!!」
拓慧「あぁ、あいつらはちゃんと戻ってくるさ!」
そういっていた二人だが、微かな声の震えに蝶は反応した。
きっともうすぐ、自分の意思もなくなる。それも、何故だか分かった。
蝶『私は、麻江の元に戻ります。』
(今の自分に出来ることをしなきゃ。)そう思う蝶は、重い足取りで静かに屋上を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
猫と黒烏が町を出て約三時間。二人は、古城後の中を散策していた。
猫『腰を落ち着けられるところのほうがいいよね。』
黒烏『それはそうだが…』
猫は、知っているかのように、古城の中を突き進んでゆく。黒烏は、どこでもいいじゃないか。と言おうとしていたが、ここで、機嫌を損ねられてもいけないと思い、反論することはなかった。
ふと、猫が歩みを止めた。
そこは、大きなホールになっており、元はパーティー会場だったのか、さびれた机やら椅子やらが、散乱していた。猫は、その中でも、座れそうな椅子を引きずって、埃をはたくと黒烏に座るようにすすめた。
黒烏が、座ったのを確認すると、猫も椅子に腰をかける。
本題に入ろうかと言わんばかりに、黒烏の目つきがかわる。目の色が、赤くなっているのもあるが、若干恐怖をも覚えてしまいそうな、視線を猫に向けた。
猫は、黒烏を一瞬視界に入れるとめんどくさそうな表情をして、視線を宙に泳がせる。
猫『で?何から聞きたいの?』
めんどくさそうな猫に対し真剣そのものの黒烏。
黒烏『そうだな…まずは…』
黒烏『感情…の制御というものについてだ。』
猫『ふぇ!?』
猫は思いがけない質問にその丸い目を見開いた。
『ふざけてなんかないぞ!』と、黒烏は顔を赤らめながら椅子から立ち上がったが、すぐに神妙な面持ちをして、椅子に座った。
黒烏『猫がサンドシティに来てから、まだそんなに経ってないのに、俺の中では人を見ると銃を向けたくなってしまうんだ。』
黒烏は拳を握りしめる。
黒烏『今日は、叶に銃を向けてしまった。俺の大事な人の大切にしているものに手をかけようとしてしまったんだ…』
黒烏『俺はこのままでは、大事なものまで失ってしまうんじゃないかと思って…少しばかり…怖くなった。』
その拳は、小さく震えていた。
猫はその拳を優しく手で包んだ。
俯く黒烏の顔を覗き込みながら、にっこりと微笑んだ。
猫『クロちゃんは、アンドロイドの中でも攻撃特化型のType-90シリーズ…。だからその性能が【本能】に現れてるんだと思う。』
黒烏『ほん…の…う…』
猫『でも、その欲求をちゃんと抑えてる。それを人間は【理性】って呼ぶんだよ。』
黒烏『りせい…』
猫『人間はみんな本能と理性の間(はざま)で戦ってるの。だから、クロちゃんのその感情は何も間違ってはいないんだよ。』
黒烏は大きく目を見開いた。
黒烏『殺したい…って思うのが、俺の本能で。大事な人を守りたいというこの気持ちも俺の理性というか、俺の気持ちだと。』
猫『うん。』
黒烏は椅子から立ち上がり、乱雑に置かれているテーブルに手をかける。
黒烏『まだ…自分の中で整理しきれたないが。きっと未来さんもそう言うんだろうな。』
猫は静かにうなづいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
猫と黒烏が失踪してから約5時間…
職員『緊急事態です!』
その言葉は、T-P施設の屋上に響いた。
屋上では、叶と拓慧がのんびりと休憩していた。
職員の言葉に、横になってゴロゴロしていた拓慧が、上半身を跳ね起こす。
拓慧『どうした!?』
その言葉を聞いて、居眠りをしていた叶も目を覚ます。
職員『シティ内にアンノーンが複数出現!』
拓慧『アンノーンが?電磁防壁はどうした?』
職員『身元不明のアンドロイドに突破されました!』
拓慧『なに!?』
第八話へつづく…
拓慧「許さん!!!今回ばかりは、絶対に許さんっ!!!」
叶「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
廊下にまで、響く声。薄暗い廊下にポツンと置かれたベンチには、蝶と猫が座っていた。
猫は俯き足をバタつかせていた。
二人は、扉から拓慧の声が聞こえると共に、少し体をビクつかせる。
そして、その度に互いの視線を合わせて、苦笑いを浮かべる。
蝶『叶には、悪いことをしちゃったかしら…』
猫『でも、言い出したのが叶なのは間違いないし。拓慧に僕達の管理を任された叶が怒られるのは当然だと思うけど。』
自分のパートナーの悲痛な叫びが廊下に響く中、猫はいつもの感じでしれっとしていた。
それに少し違和感を感じた蝶だが、猫の言っていることも間違いではない。
しかし、自分が意思を持った今はそれを止めることも出来たはずだ…黒烏のように…。そう自分のことを戒める蝶の心を読んだのか、猫は不意に蝶の手を握った。
猫『気にしなくていいんだよ。僕たちは所詮…』
猫は悲しい表情で口を閉じた。
言いたいことは何となくだがわかった。
蝶(道具…ですもの…)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
叶「もう勘弁してぇぇぇっ!!!」
拓慧「始末書を書き終わるまでは、ここから出さん!!!」
叶が拓慧に収容されたこの場所は、机と一人分の椅子だけがある殺風景な部屋だった。
部屋と言うにはあまりにも狭すぎるこの部屋は、【特別管理室】別名:尋問特別室。重度の犯罪を犯した罪人がここで尋問、必要があれば拷問を受ける。
そして叶は、まさに拷問に近い処罰を受けている最中だった。
叶「なんでっ!!ちょっと町に出ただけじゃないか!」
拓慧「そのちょっとがいけないんだ。そもそも、人の機体を連れ出す馬鹿がどこに居るって言うんだっ!!!」
叶「ここに居る…」
拓慧「開き直りやがって!!!しかも、屋上から飛び降りただとっ!!こいつらが怪我したらどうするつもりだっ!!!」
叶「えっ!!!俺の心配はっ!?!?」
拓慧「その次だっ!!」
討論しながらも、叶は百枚はあろうかと言う原稿用紙に、始末書と言う名の反省文を書かされていた。まだ、軽い刑だが、叶にとっては座ってじっとしている方が耐えられない。まさに、拷問だった。
しかも、拓慧一人ならば何とか逃げ出せたかも知れないが、ドアの前には黒烏が立ちふさがるように立っている。人間の叶が、機械の黒烏に力で勝てるわけなど無い。逃げ出そうとして失敗して、拓慧の怒りをさらに煽るくらいならば、若干口で反抗しながら手を進めていたらいい。
その思いが、この状況を生み出した。
叶「あ゛ーもー。こうなったらやけくそだっ!!!」
拓慧「適当なことを書いたら、一から書き直しだからなっ!」
叶「えー…」
ふてくされた顔をして、肘を着き手に頬を乗せて完全にやる気無いスタイルの叶。しゃべりながらもきちんと手が動いている。
しかし…
ズキューン!!!!
一発の銃声が聞こえた。
その瞬間、扉から蝶と猫が顔をのぞかせる。
叶もさすがに動きが止まる。
皆が凍り付いている中、黒烏だけが冷静だった。
黒烏『拓慧様の手を煩わせるのであれば、次は打ち抜く。』
黒烏の手に握られている銃。その銃口からは煙が上がる。
さすがの拓慧も驚いた。
拓慧「黒烏…やりすぎ…」
黒烏『申し訳ございません。見るに耐えなかったものなので。』
そう言い銃をしまう。
黒烏『俺、少し外の空気を…』
拓慧「あぁ、あまり遠くには行くなよ。」
黒烏は拓慧に返事を返すことなく部屋を去った。
拓慧は一つため息をつく。
拓慧「猫、蝶。すまないが、黒烏と一緒に居てやってくれ。」
二人は首を縦に振ると黒烏の後を追った。
叶は不思議そうに扉を見つめる。
叶「黒烏…どうしたの?」
扉に鍵をかけ、黒烏の変わりに扉の前に立ちふさがる拓慧。
扉にもたれ、腕を組む。
拓慧「さぁな。猫がここに来てからと言うもの、蝶と黒烏を中心に、アンドロイドに変化が起こっている。これが、いい方向に向くのか…それとも、最悪の結果をもたらすのかは分からんが…」
拓慧は口元に手をあてて何かを考え出した。こうなると、外の声など聞きはしない。それが分かっている叶は、この地獄から脱出するために、黙って筆を動かした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
静かに吹く風に、目を閉じてそれを体中で感じようとする黒烏。
先ほどの屋上へきていた。
自分を追ってきた気配に気が付き、うっすらと目を開ける。
黒烏『猫…』
黒烏から距離を取るように、少し離れた場所に座る猫と蝶。
尻尾をパタパタさせながら『何?クロちゃん』と首を傾げる。
黒烏『俺は…一体、どうしちまったんだろうな。』
自分の手を見つめて、それを強く握る。
猫『さぁ?僕、クロちゃんじゃないし』
逆方向に首を傾げる猫。興味がなさそうな表情は相変わらずであった。
猫『確かに、僕の半径十キロ以内の機体には、意思が宿る。でも、それは僕のプログラムでもないし原理もわからない。だから、僕に聞いたってどうしようもないよ。』
口を尖らせて『龍美でも分からないと思うよ』と呟く。
しかし、黒烏には心当たりがあった。おもむろに猫の前に行くと、いつもの冷めた表情とは違い、切羽詰ったかのように険しい表情で猫を見つめる。
黒烏『未来さんは?彼女なら説明できるはずだ。だって…』
猫『それはできない。教えられない。』
猫は黒烏に敵意を向けられながらも興味の無い表情を突き通す。
黒烏『それは…、生きているのか…』
猫『さぁね、しばらく会ってないし。』
尻尾をさらに大きく振り、そっぽ向く。
その態度に、怒りが込上げたのか、黒烏は銃を構えた。
蝶『ちょっ!!!?ちょっと黒烏!!!』
蝶が立ち上がるが、その小さな体は黒烏に簡単に突き飛ばされた。
壁に体を打ち付けられた衝撃で、すぐには立ち上がれない。
『うっ…』とうめきながら、猫と黒烏を視線に捕らえる。
黒烏の銃口は容赦なく猫に向けられる。
猫はそれに気が付いたのか、当初…この町に来たときと同じ不敵な笑みを浮かべる。
猫『そんなことしても、僕はしゃべらないよ。』
黒烏『ならば、しゃべりたくなるようにしてやる。』
一発の銃声が二人の姿を砂煙の中に隠した。
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叶「おわったぁぁぁぁっ!!!」
屋上で猫と黒烏のやりとりが始まったころ、叶は始末書を書き終えた。
開放されたその嬉しさから、椅子から飛び降りた。
そして、まだ考えている拓慧に耳打ちする。
叶「俺、わかったかも。黒烏の考えていること。」
拓慧「!?」
目を大きくして叶を見る。しかし、叶は、下をペロッと出して「なーんてね」と続けた。
そして、拓慧の手を引き部屋から飛び出した。
拓慧「おっおい!!」
叶「簡単だよ。黒烏のことは、黒烏にしか分からないんだから、本人に聞けばいいんだよ。」
確かに。と思いながら、どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。そして、パートナーなのに、相談してもらえない悲しい気持ちが、拓慧の中を支配していた。
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風が砂煙を連れ去ると、そこに二人の姿は無かった。
蝶が必死に屋上を見渡すが、姿は無い。
蝶『どうしよう…。でも、まだ近くに居るはずっ!!!』
拓慧を呼ぼう。何とかしてくれるはず。そう直感した蝶は、身を翻して中に入ろうとしたときだった。
叶「ほら、やっぱりここにいた。」
蝶『叶…。拓慧もっ!!!』
ちょうど、屋上に辿り着いた叶と拓慧にはちあわせた。探す手間が省けたと内心安心しながらも、姿の見えない猫と黒烏のことを必死に伝える。
蝶『猫と黒烏がっ!!!でもっ…止めれなくて…』
拓慧「気にしなくていいさ、こちらからインカムで追跡が出来る。」
今にも泣きそうな蝶に、拓慧は笑顔で微笑んだ。
そして、二人はインカムを装着する。電源を入れ、波長が合うように神経を集中させる。
叶「居た?拓慧…」
拓慧「いや…、つながらない」
拓慧(何か嫌な予感がする…)
そう心で呟く拓慧は、蝶が心配そうに見つめる空を同じように見つめていた。
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猫『拓慧と叶が、コンタクトしてきてるよ。心配してるんじゃないの?』
黒烏『…』
自分より少し高い位置から、銃を向ける黒烏に気だるそうに問う猫。
黒烏は目を軽く閉じて『…コンタクトコード変更…』と呟いた。その瞬間、黒烏の黒い瞳が、血のような赤色に染まった。
そして銃をおろす。猫に敵意が無いことを示すかのように。
黒烏『誰にも邪魔されず、猫と二人で話がしたい。』
両手を開くと、持っていた銃が落下する。落下した銃は、地面に落ちる直前に光の粒子となり消えた。
猫『ふーん…、機械の目が赤く光るのは、パートナとつながっていないとき…。拓慧にさえ聞かれたくない話…か…』
猫はひとつ深呼吸をすると、黒烏の横に並んだ。
猫『いいよ。聞きたいこと、話せる範囲なら話してあげる。でも、ここじゃぁね…』
黒烏はあたりを見渡す。建物の上なので、周りに人は居ないが、下の道には多くの人が行きかっている。町で一番高い建物・T-Pの屋上にも何人かの人影が見える。
猫の言うとおり、ここでは他の誰かに話を聞かれる可能性もある。しかも、この町は拓慧の人脈が生きているため、隠れる場所などほとんど無ければ、あったとしても見つかる可能性ははるかに高い。
だが、黒烏には誰にも知られていない隠れられる場所が一つだけ心当たりがあった。
黒烏『ここから北に三百キロ…オアシスを抜けたはるか先に、まだ砂漠化が進んでいない土地…森がある。その中に長年使われていない古城がある。そこならどうだ?』
猫は少し考えるそぶりをした後、『いいよ。データにもないしいいんじゃない?』と答えた。黒烏も猫の返事を聞いて『急ごう。拓慧様に気づかれる前に…』。猫の手を取り、駆け出した。
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拓慧「なんどやってもエラーになる…。叶はどうだ?」
叶「僕は、エラーにはなってないけど、大分遠いね」
二人は、インカムをつけたまま難しい顔をする。
そんな二人に蝶が『あの…』と声をかける。
蝶『もし、私が、以前のように心を失うようでしたら、近くに猫はいないと思います。』
思い出すかのように、恐る恐る口を開く蝶に「どういう意味だ?」と拓慧が問いかける。
蝶『私のメモリーの最奥にあったものなので、信憑性はありませんが…。猫のコアには、特殊な金属が使われているといいます。その金属の影響で、意思を維持していると思われています。そして、その効果は、猫を中心とする半径十キロ以内の機体も影響を受ける。』
叶「そうか、蝶から意思がなくなれば…」
拓慧「猫は十キロ以上先に居る…ってことか」
蝶『はい。おそらく、黒烏も猫と一緒に居ると思いますので…』
叶と拓慧はお互いに顔を見合わせた。そして、同時に頷くと、その場に座り込んだ。
叶「僕は猫たちを信じるよ!!」
拓慧「あぁ、あいつらはちゃんと戻ってくるさ!」
そういっていた二人だが、微かな声の震えに蝶は反応した。
きっともうすぐ、自分の意思もなくなる。それも、何故だか分かった。
蝶『私は、麻江の元に戻ります。』
(今の自分に出来ることをしなきゃ。)そう思う蝶は、重い足取りで静かに屋上を後にした。
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猫と黒烏が町を出て約三時間。二人は、古城後の中を散策していた。
猫『腰を落ち着けられるところのほうがいいよね。』
黒烏『それはそうだが…』
猫は、知っているかのように、古城の中を突き進んでゆく。黒烏は、どこでもいいじゃないか。と言おうとしていたが、ここで、機嫌を損ねられてもいけないと思い、反論することはなかった。
ふと、猫が歩みを止めた。
そこは、大きなホールになっており、元はパーティー会場だったのか、さびれた机やら椅子やらが、散乱していた。猫は、その中でも、座れそうな椅子を引きずって、埃をはたくと黒烏に座るようにすすめた。
黒烏が、座ったのを確認すると、猫も椅子に腰をかける。
本題に入ろうかと言わんばかりに、黒烏の目つきがかわる。目の色が、赤くなっているのもあるが、若干恐怖をも覚えてしまいそうな、視線を猫に向けた。
猫は、黒烏を一瞬視界に入れるとめんどくさそうな表情をして、視線を宙に泳がせる。
猫『で?何から聞きたいの?』
めんどくさそうな猫に対し真剣そのものの黒烏。
黒烏『そうだな…まずは…』
黒烏『感情…の制御というものについてだ。』
猫『ふぇ!?』
猫は思いがけない質問にその丸い目を見開いた。
『ふざけてなんかないぞ!』と、黒烏は顔を赤らめながら椅子から立ち上がったが、すぐに神妙な面持ちをして、椅子に座った。
黒烏『猫がサンドシティに来てから、まだそんなに経ってないのに、俺の中では人を見ると銃を向けたくなってしまうんだ。』
黒烏は拳を握りしめる。
黒烏『今日は、叶に銃を向けてしまった。俺の大事な人の大切にしているものに手をかけようとしてしまったんだ…』
黒烏『俺はこのままでは、大事なものまで失ってしまうんじゃないかと思って…少しばかり…怖くなった。』
その拳は、小さく震えていた。
猫はその拳を優しく手で包んだ。
俯く黒烏の顔を覗き込みながら、にっこりと微笑んだ。
猫『クロちゃんは、アンドロイドの中でも攻撃特化型のType-90シリーズ…。だからその性能が【本能】に現れてるんだと思う。』
黒烏『ほん…の…う…』
猫『でも、その欲求をちゃんと抑えてる。それを人間は【理性】って呼ぶんだよ。』
黒烏『りせい…』
猫『人間はみんな本能と理性の間(はざま)で戦ってるの。だから、クロちゃんのその感情は何も間違ってはいないんだよ。』
黒烏は大きく目を見開いた。
黒烏『殺したい…って思うのが、俺の本能で。大事な人を守りたいというこの気持ちも俺の理性というか、俺の気持ちだと。』
猫『うん。』
黒烏は椅子から立ち上がり、乱雑に置かれているテーブルに手をかける。
黒烏『まだ…自分の中で整理しきれたないが。きっと未来さんもそう言うんだろうな。』
猫は静かにうなづいた。
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猫と黒烏が失踪してから約5時間…
職員『緊急事態です!』
その言葉は、T-P施設の屋上に響いた。
屋上では、叶と拓慧がのんびりと休憩していた。
職員の言葉に、横になってゴロゴロしていた拓慧が、上半身を跳ね起こす。
拓慧『どうした!?』
その言葉を聞いて、居眠りをしていた叶も目を覚ます。
職員『シティ内にアンノーンが複数出現!』
拓慧『アンノーンが?電磁防壁はどうした?』
職員『身元不明のアンドロイドに突破されました!』
拓慧『なに!?』
第八話へつづく…