第一章

叶(…暗い)

叶(ここはどこなんだろ・・・)

上下左右分からないほどの真っ暗な空間、地に足がついているのかも疑いたくなる空間に、叶は居た。これが夢なのか、それとも現実に起こっているのかも判断が付かないくらいに意識は朦朧としていた。自分の姿は確認が出来るが、それ以外は何も見えない。自分一人である以前に周りの状況が確認できないと言うこの環境が、叶に恐怖という感情を与えていた。

どのくらいの時間が経ったのかも分からない。

おなかも空かない。

眠くもならない。

徐々に自分自身も何も考えたくなくなってきたころだった。

???『…………ミツケタ…』

どこから聞こえてくるのか分からないが、確かにその小さな呟きは、叶の耳に届いた。
ふと気が付くと、自分の胸の前に小さな明かりが灯っていることに気が付いた。
それは、元々あったものなのか、今現れたものなのかは分からない。だが、それは徐々に大きくなってきた。体の自由が利かない叶の目の前にゆっくりと人の形を形成していく光は、自分の目の前、近すぎると言うほうが正解だろうかと思う距離に居た。
居たと言う表現があっているのかも定かではない。
でも、それは、叶には何だか分かっていた。

叶「砂漠の…猫」

ボヤけて不完全な光の中に微かではあるが、その存在を感じ取る。よく目を凝らしてみると、光の中に僅かではあるが、猫の顔が見てとれた。

猫『人は…僕のことをそう呼ぶね。』

なぜだか、とても悲しい表情をしているようだった。

猫『叶?』
叶「そうだよ。白鶴 叶だよ。」
猫『そか…』

猫は叶の元を少し離れると、あたりを見渡した。
しかし、周りは依然として暗闇のままだった。先が見えるわけでも、猫の光に当てられて様子が伺えるわけでもなかった。

猫『…お母さんのこと、覚えてる?』
叶「え?」

猫は再び叶の前、近すぎる距離に戻ってきた。
叶は、その近すぎる距離と突然の思いもよらない質問に戸惑いを隠せなかった。

叶「…正直、覚えていない。」
叶「僕は、8歳のときにお母さんに連れられて、この町に来た。けれど、その後すぐにどこかに行ったって聞いた。」

猫の小さな口が開く。

猫『その時の事、覚えていないの?』

叶は黙って頷いた。

叶「僕、町に来た日より前の記憶がないんだ。」

あまり気にしないようにはしていた。家族のことを何一つ思い出せない日々が続いた当時、それを忘れさせてくれたのが、拓慧と麻江だった。二人と出会ってから毎日が楽しくて、そんなことは思い出そうともしなかった。
なのに、今になって、なぜ、知らない誰かに自分のことを言わなければいけないんだろう。思い出そうとすると頭が痛くなる。しかし、今の叶にはこぶしを握り締めるので精一杯だった。

猫『…そか』

猫も最初は首を傾げてはいたが、叶の様子を見てそれ以上聞くのをやめた。
しばらく沈黙が続く。お互いに動くこともなく、目を合わせることもなく。ただただ時間だけが過ぎていった。

猫『僕のことも覚えていないの?』

突如猫は口を開いた。だが、先ほどのように、叶が驚くことはなかった。

叶「さっき、会ったばかりじゃないの?」

猫を見る。大きな瞳がまっすぐに叶を見つめていた。
しかし、引っかかる点はあった。思い出せないが、始めて会った気はしないのだ。昔、この大きな瞳に見つめられたことがあるような…

猫『昔…うんそうだね。君がちょうど生まれたくらいかな。僕と君はそのとき初めて会ったんだよ。』

その言葉と共に、猫を包んでいた光が粒子となり消える。そこには、先ほどとは違う猫が居た。
大きく丸い瞳は変わらないが、髪はもっと長くポニーテール。体系も先ほどまでの幼い体系ではなく、叶より少し背丈。腰は小さく、すらっと伸びた手足には程よい筋が付いており、羨ましさをも思わせるような体系だった。

猫『僕は、Type-00。全ての機械の元になったオリジナル。またの名を猫幸(ネコサチ)。当時の研究者たちには、幸せを運ぶ猫と言われたんだよ?』

性格はそのままらしい。エヘッと笑うその顔には、純粋さ以外のものは何もなかった。

猫『君のお母さん…白鶴 未来(シラツル ミライ)は、僕の元パートナー』

猫『君は、お母さんと同じように、世界を救う?』

猫『それとも…世界を見捨てて人として生きるか』

猫『選ぶのは…君だ』

叶は状況を飲み込めなかった。まず、分かったのは、猫は自分のお母さんのことを知っていて、自分は生まれたときに猫にあっている。そして、お母さんは…







猫の適合者(パートナー)






叶「ごめん…まだグチャグチャだ…」

猫から目を背ける。よく分からない。いきなりそんなことを言われても、「はい、そうですか」なんていえるわけがない。気持ちの整理も付かなければ、どうしていいのかも分からない。
今一、この現状を把握しきれてすらいないのだ。

なのに…

猫『あまり時間はないんだ。お互いここには長くは居られない。』

手を突き出してくる。叶は焦った。

叶(お母さんと同じようにと言うことは、お母さんは世界を救おうとしていたのか?)

叶(そもそも、世界を見捨てて人として生きると言うことは、どういう意味だ?)

叶(世界を救うためには、人であることを捨てなければいけないの?)

わからない。

このまま、考えを巡らしていても、答えにはたどり着かない。そう、確信したときだった。

猫『その答えは…前に進めば見つかるさ』

心の声を呼んだかのように猫は言う。
叶はさらに葛藤する。

叶(前に進むって…)
猫『それは…ジブンデミツケルンダヨ…』

昔も誰かにそんな風に言われたことがある気がした。
そのときのことも思い出せない。

叶(もし、猫がお母さんのことも昔の僕のことも知っているのだとすれば…)

叶(この手をとれば…)

叶はようやく手を伸ばした。
猫の手に触れる。それは、機械とは思えないほど暖かかった・・・

猫『いいんだね?』

叶は頷く。

叶「うん。世界を救うってのは、今一よく分からないけれど…家族のこと、自分のこと…。思い出せそうな気がするから…」

まっすぐ猫を見つめる。
猫自身も、叶に懐かしさを感じたのか、やさしく微笑んだ。

猫『うん。行こう。みんなが待ってる』

そう言うと、猫は再び光となりきえた。
また、暗闇が訪れる。あたりを見渡すが、出口らしきものはどこにもない。

叶「参ったな…。どうすれば戻れるんだ?」

そのときだった。
空間が激しく揺れる。つかまるものがないので、そのまま空間と一緒に体も揺れる。
そして、次の瞬間、空間は崩れ去った。まばゆい光が叶を包む。目を開けていられない。
自分の体がバラバラに裂けていく感覚に襲われたが、痛みはなかった…


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目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは、白く広い天井と、自分を覗き込む麻江の姿だった。
自分の体に少し痛みを覚えながらもまず、体を起こす。麻江もそれを手伝った。

麻江「おはよう。叶。体はどう?大丈夫?」

少し様子のおかしい麻江に違和感すら覚えなかった叶。「大丈夫だよ。」と微笑みかえすと、そっとベットから下りて軽く伸びをする。そんな叶に、当初の不安は吹き飛んだのか、麻江は安心を覚えた。

叶「ねぇ、麻江」
麻江「何?」
叶「猫は?」

辺りを見渡して姿を探す。しかし、そこには麻江以外の人物は見当たらない。
麻江自身も、叶に猫のことを話すべきか悩んでいた。本当ならば、猫のことよりも、自分の体の心配をしてほしい。休息無しでの戦闘(と言ってもほぼ気絶していただけ)のダメージは、体の限界に迫っていることは、本人でなくても見て取れる。
だが叶は、そんな麻江をよそに鞄を手に取ると部屋の入り口の方へと向かう。

麻江「ちっ…ちょっと、叶!どこへ行くのよ!」
叶「猫を探しに行くんだよ」

麻江は咄嗟に叶の肩をつかんだ。

麻江「あんた、自分の体の状態を分かってんの?歩き回るどころか、まだ安静にしてなきゃ駄目なのよ!」

麻江は声を荒げる。これも単に叶を心配しているからこそなのだが、叶は鬱陶しそうに麻江の手を払いのける。

叶「分かってるよ。そんなことぐらい。今でも体中が悲鳴をあげてる。でも…」




叶「行かなきゃ行けないんだ…」




俯きながらも、その拳には力がこめられ小さく震えていた。
麻江自身も心が揺らぐ。

麻江「どうしてそこまでして、猫に会いに行かなければ行けないの?」

一瞬、沈黙が流れる。

叶「…ったんだ…」

叶の口から声がこぼれる。

叶「猫もボロボロの体で僕のことを迎えに来てくれた。だから、今度は僕が猫を迎えに行く番なんだ。」

麻江には、叶が言っている意味が分からなかった。
ただひとつわかったのは、このまま放っておいても、叶はきっと猫を探すために、まともに歩けるか分からない体でここを出て行くだろう。
麻江には、選択肢は一つしかなかった。

麻江「わかったわ。猫のところまで一緒に行きましょう。」

そう言うと、麻江は叶の手をとった。冷たい…
体温が低いのだろうか。その手は普段と比べ物にならないくらいに冷たく感じた。
「ありがとう。麻江」と叶が呟くと、麻江は頬を赤らめて「お礼なんていらないわよ。」と強がりを見せ、「早く行くわよ」と叶の腕を引き、この部屋を後にした。


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迷路のような通路をただひたすらに歩くと、人気の少ないエリアに出る。
ここは、パートナーのいる機械のための居住エリアだ。機械も出来る限り人と同じ扱いを…と考える拓慧が考案し、自らの資金で作り上げた。パートナーのいない機械では、暴走した場合のストッパーがないため、危なすぎるということで、パートナーがいるという限定条件化の下、設置された。

今は、まだ数が少ないため、他のフロアよりも静かに感じる。言葉を発さなければ、聞こえてくるのは自分の足音のみだ。

そんななか二人は、とある一室の前で歩みを止めた。ドアには【Type-58】と表札が掲げられている。

Type-58…蝶

麻江のパートナーである、蝶の部屋だ。
麻江は、ドアを軽く二回ノックした。すると、直後にドアが開く。自動式のドアなので、音を立てずに真横へスライドする。そして、開けられたドアの前に立っていたのは、黒烏だった。

黒烏『オマチ シテ オリマシタ』

そう言うと、二人を室内へ案内しドアを閉める。

室内は非常にシンプルだ。
睡眠用のカプセルと最小限の家具が置かれている以外に特徴は無い。

その睡眠カプセルの周りに、蝶と拓慧が居た。
蝶はカプセルから伸びたコードを手のひらに挿してカプセルの正面に立っていた。叶達の存在に気が付くと、手のひらのコードを抜き取った。瞬間、コードはシュルっと音を立てて、カプセルの上部に収納される。

拓慧「早かったな。」

そう言ったのは、拓慧だった。組んでいた腕を解き、片手で挨拶をする。麻江と叶は拓慧に歩み寄った。

麻江「猫は大丈夫なの?」

麻江の問いに『イマハ ネムッテイル ジョウタイ デス』と蝶が答えカプセルを指差した。
そこには、緑の光に包まれた猫が眠っていた。

拓慧「外傷は、修復完了だそうだ。しかし、内側…コア付近の傷については、開けてみないと分からない。」
叶「そっか…」
拓慧「後で、龍美のところへ連れて行く」

拓慧が、状況を簡単に説明する。叶は「うん」とだけ呟くと、カプセルに触れる。

暖かい。手のひらに伝わる暖かさは、はっきりと思い出せないが、昔感じたことのあるようなそんな暖かさだ。そして、そのまま頬をつける。

叶「大丈夫だよ…」

叶が声をかけたと同時に、カプセルの中から声が聞こえた。

猫『おい、人間。そこを退いてくれないと出られないんだけど…』

ガラス越しに叶を睨み付けてくるのは、猫だった。大きなつぶらな瞳が叶をしっかりと捕らえていた。「ごめん」と体をカプセルから離す叶。それを確認した猫は、カプセルをゆっくりと開けて一歩づつしっかりと地に足をつけた。
服こそはボロボロだが、その体からは細かい外傷までがすっかり消えていた。自分の体の傷が消えている事を不思議がることもなく、蝶に『ありがとう』と伝えた。

猫と叶は向き合う。そんな様子に四人の視線が自然と集まった。

叶「君が、僕を探していたの?」
猫『違うよ。僕は、確かに人を探していた。でも、その人はもう居ない。…そして』

叶の手を掴む猫。

猫『見つけたよ…。その人が残したものを…』






猫『だから、早く思い出して』






猫『お母さんのことを…』

その様子を見て、叶より先に言葉を発したのは、黒烏だった。

黒烏『叶のお母さんって…白鶴 未来さんの事ですか?』

思いもよらない人物からの返事に、一同の視線は黒烏へと移動した。

猫『クロちゃん!姉様(あねさま)の事知ってるの!?』

黒烏の胸倉を掴みかかる猫に『ほんの少しだけですが…』と告げる。『教えてよ!!』と迫る猫を黒烏から引き離したのは拓慧だった。
「ちょっと…」と黒烏を部屋の隅に連れて行く。

拓慧「その話は、本人からも止められていただろ…」
黒烏『しかし、亡き今となっては…』
拓慧「だが、今じゃない。」
黒烏『…』

こそこそとしている二人に躊躇無く近づいていく猫。

猫『何を話しているの?』

いつものあどけない表情で二人に迫っていく。
うろたえる二人。しかし、それ以上猫が迫る事は無かった。

叶「猫…。駄目だよ、人を困らせちゃ…」

そう言ったのは、叶だった。
インカムを握り締め、きつい目で猫を睨む。

猫『本当に姉様にそっくりだね。おんなじだ。』

ケラッと笑う猫。そんな猫に一発拳をお見舞いしたくなった叶だったが、そこは自分に言い聞かせてがまんした。
麻江はそんな四人を見て、蝶と共に微笑んだ。


平穏


まさにその言葉がふさわしかった。


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そんな様子を外から見ている人物が一人…

町長「これはこれは…。やはりそうでしたか・・・」






町長「白鶴 叶…」






町長「楽しませていただきましょう」




その口元は、醜くゆがんだ…


第六話へ続く・・・
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