第一章
晴れ渡る青空。優しく降り注ぐ太陽の光。まだ、気温が低く少し肌寒い朝。
T-Pの施設内にある広い体育スペース【フリーフロア】。ここでは、訓練生や戦闘員がパートナーの機体と触れ合える唯一の場として使われている。朝早くから来て触れ合いを楽しむ人は少なくは無い。
だが、この日だけは違った。訓練生のみがフリーフロアに集合している。がやがやと騒ぎ立てるわけでもなく、皆静かに並べられているパイプイスに腰を掛ける。その中に拓慧が居た。最後尾の椅子にきちんと座っている姿はとても初々しい。
そして、皆が椅子に座り終え何分か経ったころ、一人の白衣を着た女性が入室し、正面側の少し高くなった所に立つ。
???「私は長い話が大嫌いだ。」
と言う言葉をはじめに、挨拶を手短に終え、本題に入る。
龍美「申し遅れたが、私は管理人【近衛 龍美(このえ たつみ)】だ。この施設…いや組織に居る全ての機体を管理している。今日は、訓練生の中から、選抜されているお前達と機体の適合テストを行う。」
そして、龍美は事前に配布してある資料を開くように指示する。そこに記載されているのは全10問、アンケートの様な項目と解答用紙だった。
龍美「機体との適合は精神的にも身体的にも負担がかかる。そこで、適合テストを行う前に、お前達がどれだけ機体の事を理解しているか確認させてもらう。」
そう告げると龍美は右手を上にかざした。
龍美「制限時間は10分間。難しい問題ではない。全問正解者のみ、機体との適合テストを行う権利を与えよう。」
「始めっ!!!!」の言葉を合図に、必死にペンを走らせる。拓慧も内容の重要部分のみを読み取り、解答を記入する。解答形式はマークシート。よくある実力テストと似たようなものだ。
だが、制限時間は10分間。問題をきちんと読んでいる時間などない。焦る者、半分諦めている者、様々だ。
龍美「残り3分。」
拓慧にも焦りが見えはじめた。内容は簡単だ。基礎知識さえあれば、問題ない。拓慧は自分を落ち着かせながら、進めていく。
龍美「残り1分。」
残り1問。拓慧は、深呼吸してから、マークを塗り潰した。
龍美「終了!!各自、隣にいる機体に用紙を手渡せ。集計が終わるまで待機。」
それぞれの席の隣にはいつの間にかロボットが居た。お手伝い用として量産されたタイプのものだ。人の形をしてはいるが、その滑らかな鋼の体は、戦闘には不向きな薄い金属でできている。ただ、どのような環境でも人間の手伝いが出来るように、防水加工や対磁加工はしっかりと施してある。
カタカタと独特の音を発てながら、解答用紙を回収して龍美と共に別室に移動した。
緊張が解れたのか、フリーフロア内はがやがやと煩くなってきた。特に知り合いが居るわけでもないとわかっては居るものの、拓慧は辺りを見渡してみる。だが、やはり知り合いどころか顔見知りすら居ないようだ。
少し寂しげな表情を浮かべる拓慧の肩に、何者かがそっと手を置いた。
拓慧「何?」
拓慧は鬱陶しそうに顔を上げる。そこには、銀髪銀眼の綺麗な顔立ちの女の子が居た。ニコニコと笑顔を浮かべて、拓慧の肩を揉む。
???「『何』とは、なんぞな?」
拓慧は、隣の空いた席を無言で指す。女の子は何も言わずに、ただただ笑顔を浮かべていた。
拓慧「木乃葉(このは)も居たのか。気がつかなかったな。」
拓慧も笑顔で返した。知っている人が誰も居ないより、一人でも居る方が精神的にすこしでも楽になる。そんな気がしたからだ。
木乃葉「木乃葉は拓ちゃんが居るの知ってたよぅ~。あのね、あのねぇ~拓ちゃんに聞きたいことが一個あったの~。」
のんびりとした揺るい口調。歳の割には幼い声に拓慧は先程までの緊張感を忘れていた。「何が聞きたいんだ?」と問うと木乃葉は先程の問題を拓慧に渡した。
木乃葉「あのねぇ~最後の問題なんだけどねぇ~。拓ちゃんは何って答えたかなぁと思ってぇ~」
拓慧は問題に目を通した。
《問10 今では世界中に浸透している機械文明。その中には、人のように考え行動するロボットも少なく無い。中でも人型殺人機械はプログラムされていない行動を起こすときがある。それは如何なる理由か、選択肢より答えよ。》
《A.ICチップの故障》
《B.思考回路のショート》
《C.コアの損傷》
《D.感情や意思を持った。または学習した。》
拓慧「あぁ、これか。」
拓慧は木乃葉に問題を返した。「それで、それでぇ?。」と、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してくる木乃葉に、拓慧は難しい顔をして答えた。
拓慧「まず、Cの答えはありえない。コアは動力部。その部分の損傷は致命傷だ。つまり、アンドロイド自体が死んだも同じになる。動いてるはずがない。」
木乃葉は頷き同意する。
拓慧「次にBだ。思考回路がショートしたならば、一時的なフリーズに陥るはずだ。機械全般に言えることだが、最適なプログラムの読み込みに支障が出るくらいじゃないかと俺は思う。」
木乃葉「だよねぇ~」
拓慧「最後にAだ。アンドロイドには機械構造上、ICチップは埋め込まれていないとされている。どこで考え行動しているとか、今の研究では明らかになっていない。なのに、決め付けで解答に載せるはずが無い。となると、必然的にDとなるんじゃないのかな?」
木乃葉は嬉しそうに手を叩いた。
木乃葉「やっぱり拓ちゃんは凄いよ~。解説付きで答えてくれるんだもの説得力あるよねぇ~」
ほんわかした空気にのまれる拓慧。普段ならば「相手にわかりやすく答えてあげるのが基本だろ?」と返すはずだが、照れ臭そうに「いやぁ、それほどでも…」と少し顔を赤らめて返した。
すると、いつの間にか拓慧の肩に手を置くものが居た。いつから居たのか、拓慧の事をただただ見下ろしているだけの表情が無い男。少し長めの茶色い髪に、黒いヘアバンドを2つクロスさせている。そのうちの片方は右目を覆い隠すように付けていた。
全く気配に気づけなかった拓慧は、少し警戒気味に手を振りほどこうとした。
拓慧「!?」
しかし、男の手は冷たく固い。振りほどこうにも力が強すぎて、振りほどく事が出来なかった。
拓慧「お前、アンドロイドか?」
拓慧は冷静さを欠く事は無く、男の目を見つめた。茶色く光の無いその瞳は殺意こそ見えないものの、どこか戦いなれた瞳をしている。
男は黙って頷いた。
???『ホシザキタクエ オヨビ クダコノハ タツミサマガ オヨビデス。オフタリヲ シキュウ カンリニンシツマデ ツレテクルヨウ メイジラレテ オリマス』
そう告げると、男は拓慧から手を離し一歩下がっては一礼する。そして、フリーフロアの入口の方へと歩いて行った。
二人は何も言わずに席を立った。手の力が強すぎたのか、拓慧は肩をさすりながら男の後を付いて行った。木乃葉も手を後ろで組み、ご機嫌そうに拓慧の後ろを付いて行った。
二人がフリーフロア内から姿を消すと、案内放送が流れた。
アナウンス『今、フリーフロア内に残って居るものは適合テストの資格が無いものだ。よって、これより解散。やる気があるなら、来年までにしっかりと勉強しておくように。』
龍美の声だ。叱り付けるような勢いからは、成績の悪さにかなり落胆したとみられる。がやがやと煩かった者は静かにフリーフロアを出て行った。その後に残ったパイプイスやらは、片付け用のロボットが速やかに撤収していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男に案内されたのは、広い部屋の真ん中に二台のベッドが並んで置かれただけの白い部屋。診察台のようなベッドを照らす照明は、手術室にあるような大きな照明。入口からみて正面に見える壁には一枚の大きなガラスがはられ、その向こうには白衣の女性、龍美が立っていた。その表情は先程とは一変し、とても穏やかで優しげな雰囲気を纏っていた。
龍美「今年はお前たち二名だけか…。少しショックだな。これより、適合テストを行う。」
優しく微笑む龍美に案内され、二人はそれぞれベットに横になる。そして、インカムを装着した。
室内の電気が落ちる。辺りは一瞬で真っ暗になった。
龍美「インカムに神経を集中しろ。精神を落ち着かせて、機械と同調するように。」
目を閉じて…
神経をインカムに集中…
機械と同調するように…
拓慧は自分に言い聞かせた。何度も…何度も…
繰り返してどのくらい経っただろうか、全身が汗まみれになり、呼吸も乱れてきた。頭も割れそうなくらいに痛くなってきた。集中力が途切れそうだ。
拓慧(ここまで来たのに、せっかくここまで来たのにあきらめられるかよっ!!!)
拓慧はインカムに全神経を集中させた。一歩、後一歩のところまで来ている。そう思うと不思議と痛みは和らいだ。そして、いつしか心地よい空気に包まれていた。
拓慧(暖かい・・・そして、何よりもやさしい空気だ・・・)
気がつくと光の中、上下左右も分からない不思議な空間に居た。
明るいその空間に負けないほど明るく輝く物体が、近づいてくる。何か分からないその物体に恐怖心は感じられなかった。ただ、暖かかった。。。
その物体は、次第に形を成していった。ゆっくりと人に近い形になってゆく。知っているような、でも、どこか記憶に無い人物のシルエットを形成していった。
拓慧はただ黙ってそれを見ていた。
人の形を成した光る物体は、手を差し伸べてきた。
???『後戻りは出来ない。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ。』
???『さぁ、この手を取れば・・・お前・・・ハ・・・・・・キット・・・』
拓慧は少し戸惑いながらもその手を取った。暖かく、心地よい。安心…を覚えた気がした。そんな不思議な空間も、名前を呼ぶ声で目が覚める。
龍美「ほ・・・・・・・・・・き・・・・し・・・・・・・・ざきっ星崎!!星崎っ!!」
我に返ったかのように飛び起きた拓慧の目に映ったのは、酷い隈が出来た龍美の姿だった。
髪の毛はボサボサで、先ほどまでの元気さも見られなかった。
龍美「星崎、大丈夫か?」
拓慧「は・・・はい」
何がなんだかよく分からない拓慧はキョトンとしていた。思っていたより元気そうな拓慧に、龍美は笑みをこぼした。
龍美「元気そうで良かった。七日も目を覚まさないから、連れて行かれてしまったのかと思ったよ。」
龍美はそっと隣のベッドに腰をかける。
そして、ぼさぼさの髪を掻きあげた。
龍美「紅蛇(くだ)が暴走した。まだ、テスト中のお前にまで影響が出ないか心配だった。」
そう言い、つい先ほどまで木乃葉が寝ていたはずのベッドを寂しそうに見つめる。
拓慧も不安になってきた。気がつけば、周りにあった機材の一部は破壊され、大きな仕切りのガラスも割れている。ベッドにも、何があったか疑うくらいの量の血が付いていた。
拓慧「いったい何があったんですか?」
拓慧は恐る恐る聞いてみた。
龍美は悲しそうな笑みをこぼすと、拓慧をモニターのある部屋へと連れて行き、ある映像を見せる。
龍美「これは、テストを開始して十五分経過したあたりだ。」
ベッドに横になる二人が映し出されている。何の変化も無い映像が徐々に乱れ始める。
音声にもノイズが混じり始める。
龍美「そして、三十分経過したあたりだ。」
続いて見せられた映像に、ベッドの上に四つん這いになる木乃葉から赤い液体・・・血が広がり始めた。直後に龍美が部屋に入りそばに駆け寄ったが、木乃葉は静止を押し切り、その細い腕で周りの機材を次々と破壊していった。
拓慧「これが・・・木乃葉・・・?」
血のように赤い眼をした木乃葉が、カメラを破壊した。
映像はここで終了していた。
拓慧は言葉が出なかった。何とも言えない、言葉に出来ない感情が胸を埋め尽くした。
龍美はそっと拓慧のそばに腰をかけた。
龍美「お前は指令の孫・・・だから、この現象のことについては知っていた方が良いと思った・・・」
拓慧「・・・」
龍美「だから、気を悪くしないでくれ。・・・落ち着いたら、奥に来てくれ。詳しく説明する。」
龍美は表情を変えることなく、奥の扉に行き手をかけた。
拓慧「木乃葉は・・・生きているんですか?」
龍美「あぁ、あれが生きているといえるのなら・・・」
龍美はそれだけ言い残すと、扉の向こうへと消えていった。
部屋には沈黙が流れる。拓慧は映像を見つめたままだ。震える手は硬く握り締められていた。
「木乃葉・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
重い扉が開かれたのは、大分時間が過ぎた後だった。
龍美「ずいぶんと・・・名残を惜しんだようだな?」
拓慧「えぇ、十分に・・・」
そこにはいつもと同じ拓慧が立っていた。
先ほどまでの落ち込んだ様子も無く、凛とした表情で龍美の隣に座った。
龍美もそれに合わせて、山の様になっている書類の中を漁り始める。
拓慧「それ・・・もう少し何とかならないんですか?」
龍美「一人で全てを管理していたら、こうもなるさ。」
呆れている拓慧をよそに、龍美は「あったあった!」と、目的の書類を見つけて席に座る。
そして、その書類を何枚かめくり、無言で拓慧に渡す。
拓慧も無言で受け取り、目を通す。
拓慧「こ・・・これは・・・!?」
それは名簿だった。その中には木乃葉の名前もあった。
龍美「そう、テスト中に暴走した者のリストだ。」
拓慧「木乃葉以外にも、こんなに沢山・・・」
拓慧の手は再び震えた。
龍美はその手をそっと抑えた。
龍美「この暴走を私は、拒絶反応と呼んでいる。」
拓慧「拒絶反応?」
龍美「そうだ。機械との交渉失敗、もしくは精神汚染時に暴走することが分かった。」
拓慧「交渉?」
龍美「そうだ。お前も見ただろ?綺麗な景色を。そして、聞いただろ?声を・・・」
???(後戻りは出来ない。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ。)
???(さぁ、この手を取れば・・・お前・・・ハ・・・・・・キット・・・)
拓慧「あの声は・・・一体…」
確かに聞いた。あの光る世界の中で、誰だかわからない人物に話しかけられた。
龍美「機械はプログラムに設定された遺伝子と適合する者とリンクするとき、まずは、意思確認として潜在意識に潜り込み【交渉】を行う。」
拓慧「交渉とは…?」
龍美「機械とのリンクは、精神的にも身体的にも負担が大きく、機体によっては寿命を縮めるものや成長が止まるものなど、様々な人害を及ぼすものもある。それを、人が了承することによって、初めて機体とリンクすることが出来る。」
「お前は何って聞かれたんだ?」と笑って返す龍美に拓慧は「特に何も…」と答えるだけだった。
それよりも拓慧は気になることがあった。それは、拒絶反応を起こした人間の行方だ。
龍美は「あれが生きているといえるのなら」と言った。
つまりは、死んではいないということになる。だが、今まで、そんな話は聞いたこともなかった。
大事な友人が、拒絶反応を起こした。もし、生きていて救う手立てがあるのなら、助けてやりたいと思うのは当然のことだろう。
だが、今の拓慧にはそのことを聞く勇気などなかった。
拓慧「その…」
龍美「なんだ?」
拓慧「拒絶反応って止めることは出来るのですか?」
今聞ける最大の質問だった。これ以上犠牲者を出さないためにも…
龍美「あるよ。」
龍美はそう言うとひとつの実験レポートを手渡した。
とても薄いが、内容は非常に濃かった。
龍美「これは、星崎指令…つまり、お前の爺さんにも認められた有効な手段だ。」
拓慧は食い入るようにそのレポートを見ていた。
手が震える。体も震えた。
[拒絶反応を停止させるために重要な事項は3つ。]
1.対象者の周りにある機械類(対象者のインカムを除く)をすべて停止させること。
2.対象者のインカムのノイズ音が停止したのを確認したら、速やかに電源を落とすこと。
3.対象者との交渉を図った機体の異常を見つけ出すこと。
拓慧「木乃葉は…この3つ目が間に合わなかったんですか?」
拓慧は震える声で龍美に訴える。
それに龍美は静かな声で答えた。
龍美「すまない…」
拓慧はなんともいえない気持ちになった。いつの間にか、拓慧の手は拳を握っていた。
レポートを持っていることなど忘れてしまうほどに、心は乱れていた。
しばらくの間、場の空気は荒れていた。もちろん、口を開くものはなかった。
そんな中、沈黙を破ったのは、一人の研究員だった。
息を切らしながら、龍美の研究室へと飛び込んできた。
研究員「たっ…大変です。龍美主任!!」
研究員の様子から、ただ事ではないと悟った二人は、同時に研究員に視線を向ける。
研究員「先ほど、拒絶反応を起こした少女…紅蛇 木乃葉の意識レベルが、正常に戻りました。」
「それはよかった・・・」良いことじゃないかと付け加える龍美に拓慧は「それだけじゃないんだろ?」とさらに付け加える。
研究員「今回、適合試験を行った二名の機体が同一のものと判明しました。」
頭の上にハテナを浮かべる拓慧に対し、龍美の表情は一変し研究員と共に機体保管庫の方へと走り去っていった。拓慧も出遅れながら、二人を追いかけた。
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機体保管庫には様々な機体が保管されている。入り口から奥に向かっていくにつれ、その機体の重要度は高くなる。そして、最奥にある扉の先に組織が保有するアンドロイドが保管されていた。
三人は、そこに居た。
先ほど、拓慧をフリーフロアまで迎えに来ていた一体の機体だ。
カプセル状になった強化ガラスの中で目を覚ましていた。
拓慧「こいつ…」
龍美「拓慧…?知っているのか?」
龍美は、まるで拓慧と機体を初めて合わせたような反応をとった。
拓慧は龍美にフリーフロアでのことを話した。
龍美「そんな馬鹿な…。アンドロイドにそのような命令はしていない…」
龍美の顔は青ざめた。
拓慧は研究員に目をやると「はい…」とだけ答えた。
研究員「確かに、機体はここから出てはいません。お二人をお呼びするよう命令した機体は別のものです。ましてや、適合者の居ない機体にそのような指示を出すことは論外です。」
拓慧「じゃあ…俺と木乃葉を呼びにきたのは…」
龍美は二人の会話をよそに、その機体を入念にチェックしていた。
特に外傷も見られなければ、綺麗に手入れされているため埃もかぶっては居ない。ただ、気になる点があった。
龍美「もし、こいつが勝ってにここを抜け出して、二人を呼び出したとしよう。なぜ、そのようなことをする必要があった?そして…なぜ、遺伝子レベルの違う二人にこの機体が交渉を行うことが出来たのか…」
龍美は拓慧の肩をつかむと、物凄い形相で睨み付けた。
あわてて研究員が止めに入る。
龍美「何と言われた?」
拓慧「えっ…!?」
龍美「交渉の時に、こいつに何と言われたのかを聞いている!!!」
さすがの龍美も男の研究員に止められたのでは、力では及ばない。
軽く拓慧から引き離される。だが、形相と覇気からは何か恐ろしいものを感じた。
研究員も口にはしなかったが、早く言えと目で拓慧に訴えた。
拓慧「後戻りは出来ない…って。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ…って。さぁ、この手を取ればお前はきっと…て。それしか聞き取れませんでした。」
龍美「そしてお前はその手をとったのか?」
拓慧は静かにうなずいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
拓慧「その後、龍美さん率いる研究チームによって、遺伝子レベルの研究が行われた。」
麻江「…結果は?」
しばらく沈黙が流れ、そして拓慧は口を開いた。
拓慧「結果、遺伝子レベルで適合していたのは木乃葉だった。俺は、黒烏の遺伝子プログラムとかすってもいなかった。適合したのが異例だってさ。黒烏に聞いても、その時の事は何も覚えていないと…。機械も交渉の記憶は残っていないんだと。」
麻江は目を大きくして拓慧聞いた。
麻江「…で、そのことと今回の叶の件は、どう関係があるの?」
「もっともだ…」と拓慧は返し、神妙な面持ちとなった。麻江も想像はしていたが、拓慧からは、聞きたくもない一言が返ってきた。
拓慧「叶は、拒絶反応を起こしたと考えてもいいのかもしれない。」
麻江「運良く、ゼロが動力停止してくれたけれど、それだけで、拒絶反応を回避したと考えるのは良くないってこと?」
拓慧「そうだ」
拓慧は叶のそばに寄る。ノイズが停止してからもしばらく経つが、依然目を覚ます気配はない。
呼吸は安定してきているが、少し体温が高いのだろうか、頬が赤く染まっている。
麻江も駆け寄り、叶の額に冷たいタオルを乗せた。
拓慧「俺、ゼロ達の様子を見てくる。」
拓慧が何より機械のことを気にかけるのは、今に始まったことではない。どうせ止めても無駄だろう。麻江は、黙って頷いた。拓慧はそれを確認すると、そっと部屋を出た。
部屋の外に出ると、そこには黒烏が立っていた。
まるで、タイミングを計ったかのように拓慧が部屋から出てくると同時に、顔を上げる。
拓慧「どうした?」
黒烏『拓慧様がこちらにいらっしゃられる気がしたのでお迎えに…』
拓慧「ありがとうな」
そう言うと二人は、猫を治療している蝶の部屋へと向かった。
(…………ドウシテ…カクレルノ……?)
第五話へ続く・・・
T-Pの施設内にある広い体育スペース【フリーフロア】。ここでは、訓練生や戦闘員がパートナーの機体と触れ合える唯一の場として使われている。朝早くから来て触れ合いを楽しむ人は少なくは無い。
だが、この日だけは違った。訓練生のみがフリーフロアに集合している。がやがやと騒ぎ立てるわけでもなく、皆静かに並べられているパイプイスに腰を掛ける。その中に拓慧が居た。最後尾の椅子にきちんと座っている姿はとても初々しい。
そして、皆が椅子に座り終え何分か経ったころ、一人の白衣を着た女性が入室し、正面側の少し高くなった所に立つ。
???「私は長い話が大嫌いだ。」
と言う言葉をはじめに、挨拶を手短に終え、本題に入る。
龍美「申し遅れたが、私は管理人【近衛 龍美(このえ たつみ)】だ。この施設…いや組織に居る全ての機体を管理している。今日は、訓練生の中から、選抜されているお前達と機体の適合テストを行う。」
そして、龍美は事前に配布してある資料を開くように指示する。そこに記載されているのは全10問、アンケートの様な項目と解答用紙だった。
龍美「機体との適合は精神的にも身体的にも負担がかかる。そこで、適合テストを行う前に、お前達がどれだけ機体の事を理解しているか確認させてもらう。」
そう告げると龍美は右手を上にかざした。
龍美「制限時間は10分間。難しい問題ではない。全問正解者のみ、機体との適合テストを行う権利を与えよう。」
「始めっ!!!!」の言葉を合図に、必死にペンを走らせる。拓慧も内容の重要部分のみを読み取り、解答を記入する。解答形式はマークシート。よくある実力テストと似たようなものだ。
だが、制限時間は10分間。問題をきちんと読んでいる時間などない。焦る者、半分諦めている者、様々だ。
龍美「残り3分。」
拓慧にも焦りが見えはじめた。内容は簡単だ。基礎知識さえあれば、問題ない。拓慧は自分を落ち着かせながら、進めていく。
龍美「残り1分。」
残り1問。拓慧は、深呼吸してから、マークを塗り潰した。
龍美「終了!!各自、隣にいる機体に用紙を手渡せ。集計が終わるまで待機。」
それぞれの席の隣にはいつの間にかロボットが居た。お手伝い用として量産されたタイプのものだ。人の形をしてはいるが、その滑らかな鋼の体は、戦闘には不向きな薄い金属でできている。ただ、どのような環境でも人間の手伝いが出来るように、防水加工や対磁加工はしっかりと施してある。
カタカタと独特の音を発てながら、解答用紙を回収して龍美と共に別室に移動した。
緊張が解れたのか、フリーフロア内はがやがやと煩くなってきた。特に知り合いが居るわけでもないとわかっては居るものの、拓慧は辺りを見渡してみる。だが、やはり知り合いどころか顔見知りすら居ないようだ。
少し寂しげな表情を浮かべる拓慧の肩に、何者かがそっと手を置いた。
拓慧「何?」
拓慧は鬱陶しそうに顔を上げる。そこには、銀髪銀眼の綺麗な顔立ちの女の子が居た。ニコニコと笑顔を浮かべて、拓慧の肩を揉む。
???「『何』とは、なんぞな?」
拓慧は、隣の空いた席を無言で指す。女の子は何も言わずに、ただただ笑顔を浮かべていた。
拓慧「木乃葉(このは)も居たのか。気がつかなかったな。」
拓慧も笑顔で返した。知っている人が誰も居ないより、一人でも居る方が精神的にすこしでも楽になる。そんな気がしたからだ。
木乃葉「木乃葉は拓ちゃんが居るの知ってたよぅ~。あのね、あのねぇ~拓ちゃんに聞きたいことが一個あったの~。」
のんびりとした揺るい口調。歳の割には幼い声に拓慧は先程までの緊張感を忘れていた。「何が聞きたいんだ?」と問うと木乃葉は先程の問題を拓慧に渡した。
木乃葉「あのねぇ~最後の問題なんだけどねぇ~。拓ちゃんは何って答えたかなぁと思ってぇ~」
拓慧は問題に目を通した。
《問10 今では世界中に浸透している機械文明。その中には、人のように考え行動するロボットも少なく無い。中でも人型殺人機械はプログラムされていない行動を起こすときがある。それは如何なる理由か、選択肢より答えよ。》
《A.ICチップの故障》
《B.思考回路のショート》
《C.コアの損傷》
《D.感情や意思を持った。または学習した。》
拓慧「あぁ、これか。」
拓慧は木乃葉に問題を返した。「それで、それでぇ?。」と、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してくる木乃葉に、拓慧は難しい顔をして答えた。
拓慧「まず、Cの答えはありえない。コアは動力部。その部分の損傷は致命傷だ。つまり、アンドロイド自体が死んだも同じになる。動いてるはずがない。」
木乃葉は頷き同意する。
拓慧「次にBだ。思考回路がショートしたならば、一時的なフリーズに陥るはずだ。機械全般に言えることだが、最適なプログラムの読み込みに支障が出るくらいじゃないかと俺は思う。」
木乃葉「だよねぇ~」
拓慧「最後にAだ。アンドロイドには機械構造上、ICチップは埋め込まれていないとされている。どこで考え行動しているとか、今の研究では明らかになっていない。なのに、決め付けで解答に載せるはずが無い。となると、必然的にDとなるんじゃないのかな?」
木乃葉は嬉しそうに手を叩いた。
木乃葉「やっぱり拓ちゃんは凄いよ~。解説付きで答えてくれるんだもの説得力あるよねぇ~」
ほんわかした空気にのまれる拓慧。普段ならば「相手にわかりやすく答えてあげるのが基本だろ?」と返すはずだが、照れ臭そうに「いやぁ、それほどでも…」と少し顔を赤らめて返した。
すると、いつの間にか拓慧の肩に手を置くものが居た。いつから居たのか、拓慧の事をただただ見下ろしているだけの表情が無い男。少し長めの茶色い髪に、黒いヘアバンドを2つクロスさせている。そのうちの片方は右目を覆い隠すように付けていた。
全く気配に気づけなかった拓慧は、少し警戒気味に手を振りほどこうとした。
拓慧「!?」
しかし、男の手は冷たく固い。振りほどこうにも力が強すぎて、振りほどく事が出来なかった。
拓慧「お前、アンドロイドか?」
拓慧は冷静さを欠く事は無く、男の目を見つめた。茶色く光の無いその瞳は殺意こそ見えないものの、どこか戦いなれた瞳をしている。
男は黙って頷いた。
???『ホシザキタクエ オヨビ クダコノハ タツミサマガ オヨビデス。オフタリヲ シキュウ カンリニンシツマデ ツレテクルヨウ メイジラレテ オリマス』
そう告げると、男は拓慧から手を離し一歩下がっては一礼する。そして、フリーフロアの入口の方へと歩いて行った。
二人は何も言わずに席を立った。手の力が強すぎたのか、拓慧は肩をさすりながら男の後を付いて行った。木乃葉も手を後ろで組み、ご機嫌そうに拓慧の後ろを付いて行った。
二人がフリーフロア内から姿を消すと、案内放送が流れた。
アナウンス『今、フリーフロア内に残って居るものは適合テストの資格が無いものだ。よって、これより解散。やる気があるなら、来年までにしっかりと勉強しておくように。』
龍美の声だ。叱り付けるような勢いからは、成績の悪さにかなり落胆したとみられる。がやがやと煩かった者は静かにフリーフロアを出て行った。その後に残ったパイプイスやらは、片付け用のロボットが速やかに撤収していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男に案内されたのは、広い部屋の真ん中に二台のベッドが並んで置かれただけの白い部屋。診察台のようなベッドを照らす照明は、手術室にあるような大きな照明。入口からみて正面に見える壁には一枚の大きなガラスがはられ、その向こうには白衣の女性、龍美が立っていた。その表情は先程とは一変し、とても穏やかで優しげな雰囲気を纏っていた。
龍美「今年はお前たち二名だけか…。少しショックだな。これより、適合テストを行う。」
優しく微笑む龍美に案内され、二人はそれぞれベットに横になる。そして、インカムを装着した。
室内の電気が落ちる。辺りは一瞬で真っ暗になった。
龍美「インカムに神経を集中しろ。精神を落ち着かせて、機械と同調するように。」
目を閉じて…
神経をインカムに集中…
機械と同調するように…
拓慧は自分に言い聞かせた。何度も…何度も…
繰り返してどのくらい経っただろうか、全身が汗まみれになり、呼吸も乱れてきた。頭も割れそうなくらいに痛くなってきた。集中力が途切れそうだ。
拓慧(ここまで来たのに、せっかくここまで来たのにあきらめられるかよっ!!!)
拓慧はインカムに全神経を集中させた。一歩、後一歩のところまで来ている。そう思うと不思議と痛みは和らいだ。そして、いつしか心地よい空気に包まれていた。
拓慧(暖かい・・・そして、何よりもやさしい空気だ・・・)
気がつくと光の中、上下左右も分からない不思議な空間に居た。
明るいその空間に負けないほど明るく輝く物体が、近づいてくる。何か分からないその物体に恐怖心は感じられなかった。ただ、暖かかった。。。
その物体は、次第に形を成していった。ゆっくりと人に近い形になってゆく。知っているような、でも、どこか記憶に無い人物のシルエットを形成していった。
拓慧はただ黙ってそれを見ていた。
人の形を成した光る物体は、手を差し伸べてきた。
???『後戻りは出来ない。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ。』
???『さぁ、この手を取れば・・・お前・・・ハ・・・・・・キット・・・』
拓慧は少し戸惑いながらもその手を取った。暖かく、心地よい。安心…を覚えた気がした。そんな不思議な空間も、名前を呼ぶ声で目が覚める。
龍美「ほ・・・・・・・・・・き・・・・し・・・・・・・・ざきっ星崎!!星崎っ!!」
我に返ったかのように飛び起きた拓慧の目に映ったのは、酷い隈が出来た龍美の姿だった。
髪の毛はボサボサで、先ほどまでの元気さも見られなかった。
龍美「星崎、大丈夫か?」
拓慧「は・・・はい」
何がなんだかよく分からない拓慧はキョトンとしていた。思っていたより元気そうな拓慧に、龍美は笑みをこぼした。
龍美「元気そうで良かった。七日も目を覚まさないから、連れて行かれてしまったのかと思ったよ。」
龍美はそっと隣のベッドに腰をかける。
そして、ぼさぼさの髪を掻きあげた。
龍美「紅蛇(くだ)が暴走した。まだ、テスト中のお前にまで影響が出ないか心配だった。」
そう言い、つい先ほどまで木乃葉が寝ていたはずのベッドを寂しそうに見つめる。
拓慧も不安になってきた。気がつけば、周りにあった機材の一部は破壊され、大きな仕切りのガラスも割れている。ベッドにも、何があったか疑うくらいの量の血が付いていた。
拓慧「いったい何があったんですか?」
拓慧は恐る恐る聞いてみた。
龍美は悲しそうな笑みをこぼすと、拓慧をモニターのある部屋へと連れて行き、ある映像を見せる。
龍美「これは、テストを開始して十五分経過したあたりだ。」
ベッドに横になる二人が映し出されている。何の変化も無い映像が徐々に乱れ始める。
音声にもノイズが混じり始める。
龍美「そして、三十分経過したあたりだ。」
続いて見せられた映像に、ベッドの上に四つん這いになる木乃葉から赤い液体・・・血が広がり始めた。直後に龍美が部屋に入りそばに駆け寄ったが、木乃葉は静止を押し切り、その細い腕で周りの機材を次々と破壊していった。
拓慧「これが・・・木乃葉・・・?」
血のように赤い眼をした木乃葉が、カメラを破壊した。
映像はここで終了していた。
拓慧は言葉が出なかった。何とも言えない、言葉に出来ない感情が胸を埋め尽くした。
龍美はそっと拓慧のそばに腰をかけた。
龍美「お前は指令の孫・・・だから、この現象のことについては知っていた方が良いと思った・・・」
拓慧「・・・」
龍美「だから、気を悪くしないでくれ。・・・落ち着いたら、奥に来てくれ。詳しく説明する。」
龍美は表情を変えることなく、奥の扉に行き手をかけた。
拓慧「木乃葉は・・・生きているんですか?」
龍美「あぁ、あれが生きているといえるのなら・・・」
龍美はそれだけ言い残すと、扉の向こうへと消えていった。
部屋には沈黙が流れる。拓慧は映像を見つめたままだ。震える手は硬く握り締められていた。
「木乃葉・・・」
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重い扉が開かれたのは、大分時間が過ぎた後だった。
龍美「ずいぶんと・・・名残を惜しんだようだな?」
拓慧「えぇ、十分に・・・」
そこにはいつもと同じ拓慧が立っていた。
先ほどまでの落ち込んだ様子も無く、凛とした表情で龍美の隣に座った。
龍美もそれに合わせて、山の様になっている書類の中を漁り始める。
拓慧「それ・・・もう少し何とかならないんですか?」
龍美「一人で全てを管理していたら、こうもなるさ。」
呆れている拓慧をよそに、龍美は「あったあった!」と、目的の書類を見つけて席に座る。
そして、その書類を何枚かめくり、無言で拓慧に渡す。
拓慧も無言で受け取り、目を通す。
拓慧「こ・・・これは・・・!?」
それは名簿だった。その中には木乃葉の名前もあった。
龍美「そう、テスト中に暴走した者のリストだ。」
拓慧「木乃葉以外にも、こんなに沢山・・・」
拓慧の手は再び震えた。
龍美はその手をそっと抑えた。
龍美「この暴走を私は、拒絶反応と呼んでいる。」
拓慧「拒絶反応?」
龍美「そうだ。機械との交渉失敗、もしくは精神汚染時に暴走することが分かった。」
拓慧「交渉?」
龍美「そうだ。お前も見ただろ?綺麗な景色を。そして、聞いただろ?声を・・・」
???(後戻りは出来ない。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ。)
???(さぁ、この手を取れば・・・お前・・・ハ・・・・・・キット・・・)
拓慧「あの声は・・・一体…」
確かに聞いた。あの光る世界の中で、誰だかわからない人物に話しかけられた。
龍美「機械はプログラムに設定された遺伝子と適合する者とリンクするとき、まずは、意思確認として潜在意識に潜り込み【交渉】を行う。」
拓慧「交渉とは…?」
龍美「機械とのリンクは、精神的にも身体的にも負担が大きく、機体によっては寿命を縮めるものや成長が止まるものなど、様々な人害を及ぼすものもある。それを、人が了承することによって、初めて機体とリンクすることが出来る。」
「お前は何って聞かれたんだ?」と笑って返す龍美に拓慧は「特に何も…」と答えるだけだった。
それよりも拓慧は気になることがあった。それは、拒絶反応を起こした人間の行方だ。
龍美は「あれが生きているといえるのなら」と言った。
つまりは、死んではいないということになる。だが、今まで、そんな話は聞いたこともなかった。
大事な友人が、拒絶反応を起こした。もし、生きていて救う手立てがあるのなら、助けてやりたいと思うのは当然のことだろう。
だが、今の拓慧にはそのことを聞く勇気などなかった。
拓慧「その…」
龍美「なんだ?」
拓慧「拒絶反応って止めることは出来るのですか?」
今聞ける最大の質問だった。これ以上犠牲者を出さないためにも…
龍美「あるよ。」
龍美はそう言うとひとつの実験レポートを手渡した。
とても薄いが、内容は非常に濃かった。
龍美「これは、星崎指令…つまり、お前の爺さんにも認められた有効な手段だ。」
拓慧は食い入るようにそのレポートを見ていた。
手が震える。体も震えた。
[拒絶反応を停止させるために重要な事項は3つ。]
1.対象者の周りにある機械類(対象者のインカムを除く)をすべて停止させること。
2.対象者のインカムのノイズ音が停止したのを確認したら、速やかに電源を落とすこと。
3.対象者との交渉を図った機体の異常を見つけ出すこと。
拓慧「木乃葉は…この3つ目が間に合わなかったんですか?」
拓慧は震える声で龍美に訴える。
それに龍美は静かな声で答えた。
龍美「すまない…」
拓慧はなんともいえない気持ちになった。いつの間にか、拓慧の手は拳を握っていた。
レポートを持っていることなど忘れてしまうほどに、心は乱れていた。
しばらくの間、場の空気は荒れていた。もちろん、口を開くものはなかった。
そんな中、沈黙を破ったのは、一人の研究員だった。
息を切らしながら、龍美の研究室へと飛び込んできた。
研究員「たっ…大変です。龍美主任!!」
研究員の様子から、ただ事ではないと悟った二人は、同時に研究員に視線を向ける。
研究員「先ほど、拒絶反応を起こした少女…紅蛇 木乃葉の意識レベルが、正常に戻りました。」
「それはよかった・・・」良いことじゃないかと付け加える龍美に拓慧は「それだけじゃないんだろ?」とさらに付け加える。
研究員「今回、適合試験を行った二名の機体が同一のものと判明しました。」
頭の上にハテナを浮かべる拓慧に対し、龍美の表情は一変し研究員と共に機体保管庫の方へと走り去っていった。拓慧も出遅れながら、二人を追いかけた。
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機体保管庫には様々な機体が保管されている。入り口から奥に向かっていくにつれ、その機体の重要度は高くなる。そして、最奥にある扉の先に組織が保有するアンドロイドが保管されていた。
三人は、そこに居た。
先ほど、拓慧をフリーフロアまで迎えに来ていた一体の機体だ。
カプセル状になった強化ガラスの中で目を覚ましていた。
拓慧「こいつ…」
龍美「拓慧…?知っているのか?」
龍美は、まるで拓慧と機体を初めて合わせたような反応をとった。
拓慧は龍美にフリーフロアでのことを話した。
龍美「そんな馬鹿な…。アンドロイドにそのような命令はしていない…」
龍美の顔は青ざめた。
拓慧は研究員に目をやると「はい…」とだけ答えた。
研究員「確かに、機体はここから出てはいません。お二人をお呼びするよう命令した機体は別のものです。ましてや、適合者の居ない機体にそのような指示を出すことは論外です。」
拓慧「じゃあ…俺と木乃葉を呼びにきたのは…」
龍美は二人の会話をよそに、その機体を入念にチェックしていた。
特に外傷も見られなければ、綺麗に手入れされているため埃もかぶっては居ない。ただ、気になる点があった。
龍美「もし、こいつが勝ってにここを抜け出して、二人を呼び出したとしよう。なぜ、そのようなことをする必要があった?そして…なぜ、遺伝子レベルの違う二人にこの機体が交渉を行うことが出来たのか…」
龍美は拓慧の肩をつかむと、物凄い形相で睨み付けた。
あわてて研究員が止めに入る。
龍美「何と言われた?」
拓慧「えっ…!?」
龍美「交渉の時に、こいつに何と言われたのかを聞いている!!!」
さすがの龍美も男の研究員に止められたのでは、力では及ばない。
軽く拓慧から引き離される。だが、形相と覇気からは何か恐ろしいものを感じた。
研究員も口にはしなかったが、早く言えと目で拓慧に訴えた。
拓慧「後戻りは出来ない…って。お前に必要なのは、前に進む勇気だけだ…って。さぁ、この手を取ればお前はきっと…て。それしか聞き取れませんでした。」
龍美「そしてお前はその手をとったのか?」
拓慧は静かにうなずいた。
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拓慧「その後、龍美さん率いる研究チームによって、遺伝子レベルの研究が行われた。」
麻江「…結果は?」
しばらく沈黙が流れ、そして拓慧は口を開いた。
拓慧「結果、遺伝子レベルで適合していたのは木乃葉だった。俺は、黒烏の遺伝子プログラムとかすってもいなかった。適合したのが異例だってさ。黒烏に聞いても、その時の事は何も覚えていないと…。機械も交渉の記憶は残っていないんだと。」
麻江は目を大きくして拓慧聞いた。
麻江「…で、そのことと今回の叶の件は、どう関係があるの?」
「もっともだ…」と拓慧は返し、神妙な面持ちとなった。麻江も想像はしていたが、拓慧からは、聞きたくもない一言が返ってきた。
拓慧「叶は、拒絶反応を起こしたと考えてもいいのかもしれない。」
麻江「運良く、ゼロが動力停止してくれたけれど、それだけで、拒絶反応を回避したと考えるのは良くないってこと?」
拓慧「そうだ」
拓慧は叶のそばに寄る。ノイズが停止してからもしばらく経つが、依然目を覚ます気配はない。
呼吸は安定してきているが、少し体温が高いのだろうか、頬が赤く染まっている。
麻江も駆け寄り、叶の額に冷たいタオルを乗せた。
拓慧「俺、ゼロ達の様子を見てくる。」
拓慧が何より機械のことを気にかけるのは、今に始まったことではない。どうせ止めても無駄だろう。麻江は、黙って頷いた。拓慧はそれを確認すると、そっと部屋を出た。
部屋の外に出ると、そこには黒烏が立っていた。
まるで、タイミングを計ったかのように拓慧が部屋から出てくると同時に、顔を上げる。
拓慧「どうした?」
黒烏『拓慧様がこちらにいらっしゃられる気がしたのでお迎えに…』
拓慧「ありがとうな」
そう言うと二人は、猫を治療している蝶の部屋へと向かった。
(…………ドウシテ…カクレルノ……?)
第五話へ続く・・・