第一章


「おい・・・あの噂、知ってるか?」

「ん?何を?」




「砂漠の猫を・・・」





【砂漠の猫】





いつものように穏やかな街 [砂の都・サンドシティ]
都という名のとおり、サンドシティは砂漠にあるオアシスの街。もともとの地形を崩さぬように岩を刳り貫いて作られた家が立ち並ぶ。砂漠の中心にあるこの街は必ずと言っていいほど商人が立ち寄る街で、他の国の情報や商品で溢れかえっている。

勿論、噂や情報が広まるのも早く悪い噂なら尚更早く広まっていく。

そんなある日、一人の商人が悪い情報を持ち込んだのは他でもなかった・・・




叶「あぁ?砂漠の猫??なんだそりゃ?」

いつものように雑貨屋の前で座りながら店の主人にはたきで叩かれている少年。
真っ赤な髪と青い瞳が特徴的だ。名前は、白鶴 叶 [シラツル カナエ] 。

??「そんなことはどうでもいいから、さっさとそこを退きなさいよ!邪魔!」

叶をはたきで叩いている少女。ショートカットの茶色い髪、強気な赤い目は性格を物語っている。名前は、星崎 麻江 [ホシザキ アサエ] 。この雑貨屋の主人だ。

叶「え~、やだ」

叶は持参の牛乳瓶を片手に、体育館座りの状態から麻江を見上げた。

麻江「いいから退くっ!」

バキィ

はたきの柄が折れるのではないかといわんばかりに強く顔面を叩かれた叶はダウンした。
真っ赤になった鼻を手で擦りながら、上半身を起こす。

叶「ってぇ~、何すんだよ」
麻江「あんたがそこを退かないからいけないんでしょ。大体、今更牛乳飲んだってあんたに成長の兆しすら見えてこないのよ。もう手遅れよ、諦めなさいって。」
叶「なっ!?・・・俺はまだ十六だっ!これから成長するんだよ!!」
麻江「威張るな、馬鹿たれ!」

ゴスッ

再びいい音を奏でた麻江のはたき。叶は涙目で顔を擦る。その顔には、二本の赤い痕がついていた。
そんな叶を見て、麻江は呆れながら店の奥に入っていった。

叶「おい、逃げんのかよ~」

叶は胸を張り、勝ち誇ったかのように麻江に言い放つ。麻江は呆れ顔で、ひとつため息をついた。

麻江「違うわよ。砂漠の猫のこと、知りたいんでしょ?ちゃんと情報は集めてあるんだから。」

麻江は早く来いといわんばかりに、はたきを持った手で手招きする。

叶「おっ♪マジでか!?サンキュー!麻江!!」

叶も麻江の後を着いて行った。
店の中は、きちんと陳列され、かわいい小物から大きいぬいぐるみまで置いてある。
商品棚の間を抜け、会計カウンターの奥に有るカーテンの中に入っていった。
そこは、麻江の家だ。

叶「あれ?兄貴は?」
麻江「兄さんなら、仕事よ。」

麻江は兄と二人暮らししている。
二人暮らしには十分すぎる広さの部屋だ。麻江の兄のものと思われるものが所々に散乱している。その中に、兄のものとも麻江のものとも思えないものが混じっていた。

叶「あれ?麻江って兄貴と二人暮らしだよな?」
麻江「ん~?そうだけど。何?」
叶「あれって・・・」

叶が指差したところには、拳銃のようなものが一つ落ちていた。落ちているのも物騒だ。だが、いつも兄が持っているものとは形が違う。それどころか、人間が使うには少々危なそうな代物だった。

麻江「あぁ・・・あれ?気にしなくていいわよ。」

さらっと麻江は受け流した。まぁ、これ以上深入りはやめようと、叶もそれ以上は追及しなかった。

麻江についていくと、大きなカーテンの前についた。

麻江「情報はすべてこの中よ」

さっとカーテンを捲ると、巨大な金庫のようなドアがあった。
その、見るからに冷たくて重そうなドアに麻江は手をかけた。
その時・・・

叶「ちょっと待て!ストップ!」

叶は麻江の手をドアから振り払った。

叶「あ・・・あのさぁ・・・まさか情報って・・・」
麻江「勿論、組織の本部にあるわよ?」

眉間にしわを寄せハの字になった眉で・・・しかも泣きそうな顔で待ったをかける叶に、麻江はただ呆れるだけだった。

麻江「あのねぇ・・・この町の情報や入ってきた情報は大きいことから小さいことまで全て、この扉の先にある《Type-Piece》略して《T-P》の管理下にあるの。だから情報が欲しければ自分の足で行くしかないの。分かるでしょ?」
叶「分かってるけどさぁ・・・」

叶は牛乳を一口飲んだ。そして一息ついてから答えた。

叶「居るだろ・・・ジジイ・・・」
叶「俺、あのジジイ苦手なんだよなぁ~」

叶は視線を下に落とし、床に座り込んだ。勿論麻江がそれを放って置くわけがなく、叶を蹴り飛ばして怒鳴ろうと息を吸い込んだ瞬間だった。

「きゃぁぁぁぁっ!!!だれかぁぁっ!!!」
叶・麻江「「!?」」

外・・・おそらく町の中心街の大通り辺りから、女性の悲鳴が聞こえてきた。
それと共に爆音と何かの呻き声、多数の人々の悲鳴が聞こえ始めた。
叶と麻江は、一目散に店を飛び出し、声のするほうに走っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その頃、大通りでは・・・

「誰かぁぁぁ!!早くきてぇぇ!!」

人々は大混乱に陥っていた。
その中に紛れるように、返り血の着いたぼろぼろの服を着た巨大な「何か」が居た。

麻江「悲鳴はここからね。」
叶「麻江!あれっ!!」

麻江は叶が指差した方向に視線をやった。そこには、ごつい巨体、身長は2~3mはありそうな人間の形状をした何かが居た。
目は全体的に真っ赤に染まっており、一人の女性に襲い掛かろうと身構えているところだった。

叶「あ・・・あれは一体・・・」

叶は身震いをして、麻江の服の袖を掴んだ。

麻江「あれは、《人型殺人機械》通称《アンドロイド》・・・十数年も前の戦争の原因となり、兵器として開発され大量生産された戦闘機よ。おそらくこいつは、その残党ね。」
叶「なんで、そんな奴がここに・・・」
麻江「知らないわよ!!それよりあの女の人を何とかしないと・・・」
叶「麻江!ここは一先ず、本部に連絡したほうが・・・俺行ってくる!!」

叶は、急いで本部に向かおうとしたが、麻江は叶の袖を引っ張り、それを止めた。

麻江「待って叶。そんな時間はないわ。連絡しに走ったところで、本部が動くのに時間がかかりすぎる。ここは、私たちが止めましょう。」
叶「止めるって・・・まさか!?」
麻江「そう、そのまさか。」
叶「倒すったって、麻江と俺に実戦許可はおりてないだろ!?」

麻江は、ぶら下げているポシェットからインカムを取り出し装着した。

叶「無茶だって!」
麻江「やって見なきゃわからないわよ…」

麻江はインカムのスイッチを入れる。
すると、建物の影から一人の少女が出てきた。

麻江「それに、実戦許可がおりてなくても、私たちはT-Pの一員なのよ。町の人を守る義務があるの。こんなところで今にも殺されそうになっている人を見捨てるなんて嫌よ。行くわよ!蝶!」
蝶『ハイ』

蝶と呼ばれたこの少女。緑の髪に緑の瞳・・・。見た目はほんの十歳ぐらいのただの女の子に見える。

叶「麻江・・・もしかしてその子・・・」
麻江「そうよ、この蝶もアンドロイド・・・。アンドロイドはアンドロイドでないと倒せないもの。」

麻江は、叶にニコッと微笑むと敵に殺気を込めた視線を向けた。

麻江「蝶、バトル オン!!!」
蝶『バトルモードオン、メイレイウケツケカイシシマス』

麻江はインカムを通し、蝶に命令を出す。
すると、蝶の手にはどこから出したのか・・・チャクラムを持っていた。小さい手で握り締めるチャクラムは少し大きく見える。
麻江は、それを確認すると一歩後ろへと身を引いた。

麻江「蝶、オートバトルモード!」
蝶『プロテクターカイジョ、オートバトルヲジッコウシマス』

蝶は両手のチャクラムを、同時に敵に向かって投げる。
くるくる回るチャクラムは、敵の腕に当たるといとも簡単に斬り落とした。
鈍い音を立てながら、腕が地面に落ちた。

『グゥォォオオォォォォォォオオォ』

うめき声を上げて敵は腕を押さえるが、それも一瞬だった。相手は機械。痛みなど感じないのだ。勿論、今のうめき声も斬られた瞬間、切り口からエネルギーが暴発した時に言うようにプログラムされていただけのことだ。

麻江「蝶、それで良いわ。奴の気を引き付けておいて。」

蝶『ハイ』

麻江は冷静だった。T-Pで戦闘訓練を受けているだけのことはある。
一方、叶は・・・

麻江「叶!何をボーっとしているのよ!女の人を助けなさいよ。」
叶「あっ、うん」

叶は、戦闘訓練を受けていない訓練候補生だ。勿論、戦闘風景を見たこともない。そんな叶がこんな場所に居たら、どうしたら良いか分からずに混乱してしまうことは目に見えている。
麻江の指示で、われに返った叶は敵に気づかれないように、女性のところまで走った。
まだ、敵は蝶に気を取られているようだ。

叶「大丈夫ですか?」

叶は、女性に手を差し伸べる。

女性「はい・・・あの機械はいったい・・・」
叶「それはまた後で、本部から連絡が行くと思いますから。今は、この場から離れましょう。」
女性「はっはい!」

叶は、女性の手を取り走り出そうとした。が・・・

女性「きゃぁっ」

女性は立てずにその場に崩れ落ちた。叶は、すぐに女性の足を見た。
スカートの裾から見えるその足は、赤く腫れていた。

叶「大丈夫・・・ではなさそうですね・・・。その怪我じゃ歩くことも無理ですから、俺におぶさってください。」
女性「すいません・・・」

女性は叶の背にしがみつくようにおぶさった。叶の背を必死で掴むその手は、恐怖からか震えていた。

叶「大丈夫ですから」

女性を安心させようと声をかけ、その場から逃げようとした瞬間だった。

麻江「早く逃げて!叶ぇぇぇぇっ!!」

先ほどの女性の悲鳴で敵が叶達に気づいたようだ。敵は、残った腕を振り上げ巨大な拳を叶に振り下ろした。

叶「うっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

叶は、女性をかばうようにして拳の直撃を食らった。一瞬にして目の前が真っ暗になり、その場に倒れこんだ。
幸い女性は無事のようで、叶を揺すって起こそうとしている。

麻江「叶ぇぇぇっ!!あなた絶対に許さないんだからぁっ!」

麻江は出てきた涙を拭い、蝶の体制を立て直す。

麻江(どうしよう・・・蝶じゃ小さすぎて、本体にうまくダメージを与えられない・・・かといってこのまま長期戦になると町にも被害が・・・)

麻江は、今の不利な状況から抜け出す方法を必死に考えた。

麻江(やっぱりあれをやるしか・・・)
麻江「蝶!!プロテクター解除、コア開放率50%・・・ドライブモードオ・・・」
???「そこまでだ、麻江」

麻江が蝶に命令を出そうとした瞬間だった。突如、インカムを装着した男が現れ何かに指示を出した。
その瞬間、敵の頭が吹っ飛びその場で動かなくなった。

???「勝手をしすぎたな・・・」
麻江「兄さん・・・」

麻江と同じ茶色い髪に赤い瞳を持つ男。名前は、星崎 拓慧 [ホシザキ タクエ] 。麻江の兄だ。勿論、拓慧もT-Pの一員である。
呆れた目であたりを見回す拓慧。

拓慧「良かったなぁ、俺が仕事で。非番だったら、お前ら死んでたぞ。」
麻江「ご・・・ごめんなさい・・・」
拓慧「許可無く機械を動かし、あげく怪我人が二名・・・建物の損傷が少ないだけましか・・・。処罰は、本部で決める。」

腕を組み、麻江を睨む拓慧。「ごめんなさい」と、麻江は力無く俯いた。

拓慧「心配するな、叶はまだ息が有る。急いで本部へ連れて行く。勿論、そこの女性もだ。」

そう言うと、拓慧は叶を担ぎ上げた。麻江も女性に肩を貸す。

麻江「怒らないの?」

麻江は先に行く拓慧にそっと聞いた。

拓慧「処罰は本部でって言っただろ。それに・・・」

拓慧は言葉を濁した。深刻な顔つきで麻江を見る。
拓慧の様子から、急に不安になってきた麻江は歩くスピードを速め、拓慧の隣に並ぶ。女性も不安そうな表情を浮かべた・・・

麻江「それに・・・?」
拓慧「あっ、いや・・・一般人が居るところで言うべきではないが・・・緊急事態だ。」
女性「き・・・緊急事態って何ですか?!」

答えたのは、女性だった。少し叫ぶようにして言い放つ態度から、先ほどのことといい、よほどの恐怖を感じている。それは、普通であり当たり前なのだろう。女性は一般人なのだから。麻江のように冷静で居られるはずがない。拓慧は渋々と口を開いた。

拓慧「・・・落ち着いて聞いてください。この大通りの反対側、ちょうど南門付近に砂漠の猫が現れたそうだ。ここ数日、商人からも『町付近で砂漠の猫を見た』との情報も数多く入ってきていたが・・・」

麻江「えっ・・・」
女性「私たち、殺されるの?!」

麻江は驚き、女性は泣き始めた。
それもそうだろう。噂では、『砂漠の猫は人里には決して現れないが、出会ってしまえば一瞬でその命を塵にしてしまう。』とされていたからだ。
そんな危険な者が町に現れれば、どうなるかなんて考えなくても分かる。

拓慧「とりあえず、本部に行こう。話はそれからだ。」

麻江は、泣き崩れる女性をそっと抱いた。

拓慧「急ごう、雲行きが怪しい・・・」

二人は、急ぎ足で本部へと向かった。
空を見上げれば、先ほどまで晴天だったのに、今は重々しい雲が流れていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その頃、南門では・・・

アナウンス『緊急事態、緊急事態。市民は全員、地下シェルターに避難してください。T-Pの者は、急ぎ本部に集合してください。繰り返し・・・』

「おぃ!早く逃げねぇと、砂漠の猫に殺されるぞ!」
「ママぁ・・・早く早く!」

町は大混乱に陥っていた。人々は濁流のようにシェルターの入り口になだれ込んでいた。
そんな人々の中に、不思議と浮いた人物が居た。その者は、流れに逆らうかのように南門に向かい歩いていた。
それは、少年だった。身長はさほど高くはない。ただ、頭からスッポリとボロボロの布をまとった少年は、逃げ惑う人々の中で妙に目立っていた。

「おぃっ!お前っ!早く逃げないと猫に殺られるぞ!」

逃げようとしていない少年に気がついた男が、腕をつかみ一緒に連れて行こうとした。
だが、少年はその場に立ち止まった。逃げようとする気配すらない。

少年「ね・・・こ・・・?」

頭から被っている布のせいで、少年の表情を確認することができない。

少年「それって・・・危険なもの?」
「そうだ!分かったら早く逃げるんだ!早くこっちへ!」

ただ、この少年は猫のことを・・・猫の危険性を知らないだけだろうと思った男は、そっと少年を抱きかかえようとした。

「!?」

男は少年を抱きかかえようとした・・・否、抱きかかえることができなかったのだ。男は少年の肌に触れた瞬間。その時に、人ではない何かの気を感じて少年から距離をとった。

少年「おじちゃん・・・どうしたの?」

口元だけ見える少年の顔。にやりと笑うその口元が、目元が見えないだけで不気味に感じた。
男は、真っ青になり少年から逃げようとした。
だが・・・

少年「猫って・・・ボクノコトダヨ・・・』

男は声を上げることなくその場に倒れた。男からは、赤い鮮血がだんだんと地面に広がって行く。

「猫だぁあぁぁっ!!砂漠の猫がここに居るぞぉぉぉっ!!」

男の死に気がついた他の人々が次々と声を上げていく。その声は次第に悲鳴へと変わっていった。
シェルターに向かっている人々の流れは、途中で途切れて四方八方に散らばっていき。
そんな中、ただ一人笑っている人物・・・いや、機械は南へと足を進めていった。

砂漠の猫『ツギハ・・・ダレガ・・・イキタイノ?』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、本部では・・・

麻江「爺様!」

麻江は、本部に戻るなり一人の中年の男性の元に駆け寄った。

中年の男性「麻江か・・・先程は、無茶しおって・・・」

中年とは思えないガッシリした体つきのこの男性の名前は、星崎 重貞 [ホシザキ シゲサダ] 。麻江と拓慧の祖父であり、この組織のトップである。まだまだ現役だ。

麻江「爺様!叶とこの女性をっ!!」
重貞「言わずとも分かっている。女性の怪我は見た目ほどではない。殆どかすり傷の軽症だ。叶も死んだわけではない。強いショックを受けて、意識が飛んでいるだけだ。直ぐに目を覚ます。安心しなさい。」

重貞の側に控えていた医務係の職員が、女性をそっと担架にのせてどこかへ連れて行った。
安心感からか、麻江の目には涙が溢れてきた。それに気がついた重貞は、そっと麻江の頭を撫でる。

重貞「お前は悪くない。組織の義務を果たしただけだ」
麻江「う・・・ん・・・」

そんな二人を他所に、拓慧は自分の機体・黒烏 [クロカラス] からの、連絡を受けていた。

黒烏『サバクノ・・・ガガガッ・・・・・・ネコニ・・・ガガッ・・・モノガ・・・』
拓慧「ちっ・・・電波わりぃな・・・」

拓慧のインカムから流れてくる音声に酷いノイズが混じっている。よく聞き取れないせいからか、苛々していた。
拓慧の言葉が聞こえたのか、麻江がヒョコっと寄ってきた。

麻江「兄さん、どうしたの?」
拓慧「いや・・・黒烏から連絡だが・・・よく聞き取れなくって・・・。悪いが黒烏、もう一回言ってくれ。」
黒烏『ガガッ・・・ネコ・・・・・・ガガッ・・・シシャ・・・ガガアリ。』
拓慧「もう一回頼む!」
黒烏『サバクノ・・・ガッニヨル・・・ガガッ・・・イチメイ・・・』
拓慧「どういうことだ・・・?」

ところどころノイズがはしり、よく聞き取れない声は、暗号文化されているようにも聞こえるが・・・
麻江も、拓慧のインカムに近づいて聞き耳を立てていたが、どうもよく分からないみたいだ。首を傾げて悩んでいる。そんな中、拓慧は何かひらめいたかのように指をパチンと鳴らした。

拓慧「・・・そうか!分かった!ありがとう、黒烏。もう暫く、猫を見張っておいてくれ。」
黒烏『ガッ・・イ……・・・・・・・・・・・・・・・プツン』

拓慧はインカムをスリープモードにして、重貞の方へ駆けて行った。

拓慧「重貞様・・・」
重貞「どうした?」

モニターを見ていた重貞が拓慧の方へ振り返った。
拓慧は神妙な面持ちで、重貞にそっと耳打ちする。

拓慧「砂漠の猫による死者が、また一人増えました。」
重貞「そうか・・・」

重貞は、再びモニターへと視線を向ける。
モニターには、町のあちこちに仕掛けられている監視カメラの映像が写されていた。
その中の一つに、猫が映っている。猫は、逃げる人々にゆっくりと近づいていた。

拓慧「この様子だと・・・死者は・・・増えます。」

重貞「そうだな・・・」

冷静に見せかけてはいるが重貞は焦っていた。
このままでは死者が増えるだけ。だが、戦ったところで無意味なのは、目に見えている。

重貞「むぅ・・・民間人の非難状況は?」
職員「猫が出現した南門以外の地区は終了しています。南門の非難率は七十%です。」
重貞「さて・・・どうするか・・・」

重貞は頭を抱えた。並の人間では返り討ちにあう。猫の的確な情報は無いため、無用な戦いは避けたい。どうすればいい・・・。頭をフル回転させて考えていた。

拓慧「ここは、俺に行かせてください。」

拓慧が名乗りを上げた。

拓慧「俺が、猫と戦います。そして、戦闘状況から猫の情報を持ち帰ってみせます。」
重貞「拓慧!お前正気かっ!死ぬかもしれないんだぞ!」

重貞は、拓慧の肩を掴んだ。力が入り過ぎているのか、拓慧は顔を歪めた。

拓慧「俺が行かずに誰が行くのですか?俺の実力はあなたが一番知っているはずです。勿論、死ぬ気なんてさらさら無い。大丈夫ですから。」

拓慧は重貞の手を取り微笑んだ。

重貞「仕方が無い・・・ことは重大だ。星崎拓慧を、戦闘に向かわせる。それでかまいませんか?町長」

いつから居たのか、赤い帽子に黒いスーツを着た若い男性が、重貞の隣に居た。
男性は、重貞の問いに無言で答えた。首を縦に振り、《にっこりと笑みを浮かべた》。ただ、それだけのことが何故か心に引っかかる。何故なのだろう。とても、不安を感じた。
きっと気のせいだろうと、拓慧は思い直し戦場に向かおうとした・・・その時・・・

町長「あっ、もし良かったら、あの叶とか言う少年も連れて行ってくれないか??」

町長と呼ばれた男性が口を開いた。びっくりして拓慧は立ち止まる。

拓慧「あの・・・町長さん。お言葉ですが・・・あいつは怪我をして・・・」
町長「医務の者から、目が覚めたと連絡が入ってるよ」
拓慧「しかし、あいつはまだ訓練プログラムも終了していない上に、自分のパートナーである機体すら無いのですよ。正直申し上げますが、足手まといです。」

睨みあう二人。ピリッと張り詰めた緊張感が場を包んだ。

重貞「拓慧、今言い争っている時間は無い。叶がここに来たら二人で猫の元へ向かうんだ。」
拓慧「けど・・・」
重貞「良いな・・・」

拓慧は無言で頷いた。同時に、入り口のドアが開き、叶が入ってくる。
麻江は叶の元へ駆け寄ると、体を触りながら心配そうに声をかける。

麻江「怪我は大丈夫なの?」
叶「大丈夫だよ。麻江こそ怪我は無い?」
麻江「うん・・・」

叶は微笑み自分よりも背が高い麻江の頭を撫でる。

麻江「ちょっ、何するのよ!!」
叶「心配ないから」

叶はそう言い残すと、町長の元へと進んでいった。

麻江「馬鹿・・・」

麻江の呟きは叶の耳には届かなかった。

叶「町長、本当に僕が行っても良いのですか?」

叶は震える拳を握り締めた。町長は、にこやかに笑っているだけだった。

町長「君のインカムが反応していることは聞いたよ。そのインカム、製造元もはっきりしていないそうじゃないか。」
叶「そう・・・ですけど」
町長「猫は目覚めたその時からインカムが無く、未だ発見されても居ない。」
叶「どういう意味ですか?」

叶は表情を強張らせる。

町長「可能性にかけてみないか?」
叶「可能性?」
町長「そう、製造元がはっきりしていないインカムと猫の調和の可能性だ」
叶「調和・・・」

俯きインカムを手に取り握り締める叶と町長の間に、耐え切れなくなった拓慧が割り込む。

拓慧「実験の為に叶を・・・非戦闘員を戦場にかり出そうというのですか!」

震える声で町長の胸倉を掴む拓慧。怒りという感情に支配されかかっている。

町長「君はこの子の事を弟のように可愛がっているそうだね。」
拓慧「だったら何だって言うんだ!」

町長はにんまり顔をさらににんまりさせた。

町長「君が守ればいいだけじゃないか。」
拓慧「くっ・・・」

拓慧は、町長から手を離した。
そして、叶の肩を叩き「行くぞ」と声をかけて外へと出て行く。
叶も遅れてはいけないと、急いで拓慧の後を追った。

町長「探してるんだよ。」

町長は不安そうにしている麻江にさっきとは違う笑顔でそっと話しかける。
麻江は、無言で首を傾げる。

町長「彼のインカムから『どこに居るの』というメッセージか聞こえてね。君も知っている通り、アンドロイドはパートナー…つまり、遺伝子適合者《ドナー》にしか操ることは不可能。アンドロイドには心など無い。戦う為だけの存在なんだ。」
麻江「ドナー・・」
町長「そう元々プログラムされている遺伝子と同じ、又は類似している者のことさ。例えば、先祖や子孫、一族とかね。だからといって皆が扱えるわけではない。それなりの素質がある者でないと、機械は答えてはくれない。何か質問は?」

町長はさらに優しく微笑む。戸惑いながらも、麻江は口を開く。
何か喋っていないと不安なのだ。余計なことを考えてしまいそうで・・・
それを悟った町長は麻江に話かけたのだ。

麻江「じゃあ…何故砂漠の猫はドナーを探してるのですか?」
町長「昔ね、戦うことを嫌う科学者が居たんだ。その科学者はアンドロイドを作るよう政府から頼まれたのだけれど…科学者が作ったのは、心を持ち自身で善悪を判断し、人のために戦うアンドロイドだった。」

麻江は話をよく聞こうと、身を乗り出す。

町長「だけど、政府はそれを認めず、そのアンドロイドをお蔵入りにしてしまったんだ。しかも、そのアンドロイドのインカムもいつの間にか無くなり、後に残されたのは科学者の遺体だけだった。その後、あの《人殺機(じんさつき)世界大戦》が勃発した。お蔵入りとなったあのアンドロイドも戦闘の場に立った。仮のインカムの所持者と共にね。」
麻江「それで?その心を持ったアンドロイドはどうなったんですか?」

興味津々で話を聞いていた麻江は、息を飲み込んだ。

町長「消えたのですよ」
麻江「き・・・えた?」
町長「そう、消えた。それは調度16年前、真のインカムの所持者が現れたことによって、猫は仮のインカム所持者を殺し真のインカム所持者を探して消えてしまったんだ。砂漠の猫は 心を持ったアンドロイド、《type-00》。オリジナルだ。そして十六年前、猫が消えた日は叶君の誕生日なのだよ。」
麻江「タ・・・イプ・・・00・・・・オリジ・・・ナル。パートナーは・・・叶・・・」

頭を抱え込みその場に蹲った。

麻江「なぜ、人を殺すのよ・・・機械なのになんで心があるのよ・・・何なのよっ!!」

麻江は声を殺して泣いた。町長はそっとハンカチを取り出して、麻江の涙を拭った。

麻江「どうしてそんなに優しいんですか?」

麻江は震えていた。それをそっと抱きしめる町長。
そして優しく微笑む

町長「女の子が好きだから。」

麻江はそのまま目を瞑った。
様子に気がついた重貞が、町長と麻江の側まで寄ってきた。

町長「呼吸、止まってますよ?」
重貞「慣れない戦闘でインカムとの波長に誤差が出たようだな。」
町長「医務室に運んでおきますね」
重貞「すまない」

町長は麻江を抱きかかえ、医務室へと向かった。
重貞は再びモニターへと顔を向ける。

職員「重貞様!!猫による死者、二人目がでました。地下シェルター発見される可能性が有ります。」

町の防犯カメラの映像で、猫の行動を確認していた係員が重貞に報告した。
 
重貞「おぃ!避難は完了したのか?!」
職員「いぇ…まだ 南門の方は完了していません。猫を引き付けておかなければ…」

重貞は祈るしかなかった。

(急いでくれ・・・)

モニターには、駆けて行く二人も映し出されていた。


第二話へ続く…
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