第一章

黒烏『苦無はパラサイトに操られている。』

黒烏の言葉に、全員が苦無に視線を集める。
苦無は拓慧をつかんだまま、何事も無いように平然としているが、その目は赤く、パートナーとのシンクロ状態ではないことが明らかだ。

黒烏『パートナーではないとすれば、誰の命令だ。』
苦無『言う必要ある?』

冷たく言い放つ苦無は、拓慧の襟元をきつく締める。
「うっ…」っと苦痛に顔を歪ませる拓慧を見て、黒烏は前に出ようとするが、猫がそれを止める。

猫『クロちゃんおちついて。』
黒烏『しかし、拓慧様が!』
猫『パラサイトが付いてるってことは遠隔操作だよ。それさえ壊してしまえば…』
黒烏『状況が変わるかもしれないってことか…』

一瞬取り乱していた黒烏だったが、猫の言葉で冷静さを取り戻した。

叶「でも、内部にあるのをどうやって破壊するつもり?」

遠くで聞いていた叶が二人の会話に割って入る。

猫『僕たちアンドロイドは、コアさえ破壊されなければ機能が停止すること…つまり死ぬことはないんだよ。』
黒烏『だから、コアを傷つけずにパラサイトだけ破壊すれば、苦無を解放することができるはずだ。』

叶『問題は、どうやってコアを傷つけずに壊すかだね。』

三人が議論している間、弍娑はそれをただただ見ていた。

累「弍娑…」

累はその弍娑の背中を見て声をかけようとするが、言葉が見つからなかった。
しかし、弍娑は、そんな累を察したのか、振り返り、

弍娑『累様…私が望むのは、あなたの本当の望みをかなえることです。』
累「本当の…望み…」

累は顔を俯け拳を握った。

累「俺は…俺の望みは…」


累「三知流と…いっ!!!!?」

累の目が大きく開かれ動きが止まる。
膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れてしまった。
その背中には黒い小型のナイフ…クナイが刺さっており、赤い鮮血がにじみ出ていた。

弍娑『累様!』

弍娑は武器を捨て、累を抱える。

弍娑『苦無…なんてことを…』

その深いフードの下から、苦無をにらみつけるが、苦無は表情を一つも変えずに左手で拓慧を右手でクナイを握りしめていた。

苦無『あなたがいけないの。さっさとあの子たちをやってしまわないから…』
弍娑『だからって…』
苦無『そのだからよ。あの方に言われてるんですもの。あなたたちにも容赦しなくていいって。』
弍娑『っ!!』

弍娑は累の傷口を自身のローブで押さえながら、猫たちの方を見る。
三人は作戦を練っているようだが、隙があるようで無い。
作戦を練りつつも、周りにレーダーを張っているのが、その背を見ればわかる。

弍娑(もう…頼るしかないのかしら。)



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黒烏『確かにその作戦なら、可能性はあるかもしれない。』
猫『不幸か幸いか、弍娑から戦意が完全になくなったし、作戦には集中できるね。』
叶「作戦の成功は、二人にかかってるからね。僕は信じてるよ。」
蝶『誰に言ってるのかしら。私たちなら完璧にできるわ。』

累が苦無に刺されている間、復活した蝶を交えて、作戦会議が終了した。

叶「問題は、この作戦を拓慧にどうやって伝えるかだね。」
黒烏『そうだ、拓慧様が居ないと…』

拓慧はいまだに苦無に捕らえられたままだ。このままでは、黒烏の本来の力を引き出すことができない。
何とかして、拓慧に作戦を伝えたうえで救出する方法はないのか…。
その時、

麻江「私が伝えるわ。」

ずっと後方で静かに会話を聞いていた麻江。

麻江「兄さんとちょうどこの間、読唇術のことを話してたの。この距離なら、声を出さなくても伝わるはずよ。ただ…」
叶「ただ?」
麻江「兄さんにこっちを見てもらう必要があるわ。」

拓慧は首をつかまれているため、頭を自由に動かすことはできない。
視線だけでも麻江に向けることができれば、読唇術で作戦を伝えることができそうだ。

猫『それなら任せてよ。』

猫は大きく息を吸った。

叶「猫…どうするき…」

猫『拓慧ぇぇぇ!麻江が!麻江がピンチだよぉぉぉおおおお!』

叶の言葉を遮り、猫は大きな声で叫んだ。
その声は当然拓慧の耳に入る。

黒烏『麻江、拓慧様の視線がこっちに向いた。』
麻江「おーけー!」

麻江は、かすかに唇を動かした。
猫が大きな声で叫んだため、今この場の視線は麻江に集中している。大きく唇を動かせば、苦無たちにも伝わってしまう可能性が大きい。
ひっそりと、そして素早く伝えると、

麻江「兄さーん!私は大丈夫だから!」

と、大きな声で拓慧に伝える。
拓慧は震える手を持ち上げて、親指をぐっと立てた。

叶「あれは伝わったってことでいいのかな?」
麻江「たぶんね。もし伝わってなかったとしても兄さんの事だから、きっと合わせてくれるはずよ。」
叶「そうだね!拓慧だもんね!」

拓慧に信頼を寄せる二人。
猫はそれをにっこりと微笑んで見ると、すぐに視線を苦無に戻して『行くよ』とみんなに声をかけた。

作戦はこうだ。
まず猫が切り込み、苦無から拓慧を引き離す。
拓慧はその後黒烏と合流し、スーパードライブの準備。
黒烏の準備が終わるまで、猫が苦無を引き付ける。
準備が終わったら、猫が苦無を拘束。蝶が苦無のコア部分にだけプロテクトを張り、黒烏がパラサイトを打ち抜く算段だ。

その作戦通り、まずは猫が苦無に接近した。
猫が光槍で切り込むも短いクナイで簡単にあしらわれてしまう。

さすがは、攻撃型の機体だ。猫はそのまま攻撃を続けるも、苦無は右手のみですべての攻撃をさばいてしまう。
だが、苦無の優勢もそう長くは続かなかった。
拓慧が身じろぎ、苦無の手から逃れようと暴れだしたのだ。その瞬間、苦無の動きが鈍る。猫はその一瞬を逃さなかった。
足を深く踏み込ませて、刃を下から上へ振りぬく。苦無は乗っていたアンノーンの瓦礫から飛び退いた時、拓慧を手から離してしまった。
拓慧は予想をしていたとでもいうように受け身をとり、急いで黒烏の元へと走る。

苦無『やるわね。』

拓慧を握っていた左手にもクナイを構えて、前かがみになり戦闘の体勢を取る。

猫『そっちこそ。あそこまで耐えられると思わなかったよ。』

猫も武器を構えなおし、体勢を整える。
にらみ合う二人。武器を交わすにはそう時間がかからなかった。



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拓慧「黒烏!」
黒烏『拓慧様!』

よたつく拓慧を、黒烏が受け止める。
「すまない…」と、黒烏の体を借りて、拓慧はしっかりと地面を踏みしめて立ち上がった。

拓慧「だいたいは麻江から聞いた。あの苦無ってやつのコアからパラサイトを引きはがせばいいんだな。」

拓慧は黒烏からインカムを受け取り装着する。

拓慧「小さいあれを打ち抜くなら…やるしかないか。」
拓慧「コード96…スーパードライブチャージ。」

拓慧が解除コードを唱えると、黒烏の姿は粒子となって、その場から消える。

拓慧「スーパードライブを使った黒烏の攻撃は精密だが、まだ範囲制御が不確かなところがある。コアの保護は任せたぞ麻江。」
麻江「任せて、蝶!コード58、ドライブチャージ!」

蝶は緑色のオーラを全身に纏い、手を前にかざして準備する。

叶「あとは猫が拘束してくれれば…」

猫と苦無は激しい攻防を繰り広げていた。
叶は訓練を思い出し、全体が見える位置取りまで移動する。

すると、猫の少し上空にきらりと光るものが見えた。
よく見ると、苦無が時折投げている武器が、空中で静止。その後、ふらふらと刃の角度を変えながら、何かを待機しているようだった。

苦無はわざと武器を外して投げている。そう直感した叶は、インカムに向かって叫ぶ。

叶「猫!上に気を付けて!」

その声がかすかに届いたのか、『遅い!』と、苦無が指をパチンと鳴らした。
ふらふらとしていたクナイの動きがぴたりと止まり、猫に狙いを定める。

猫が上空に振り返ると、その武器たちは猫めがけて飛んできていた。

猫『しまっ…!?』

苦無の武器が、猫の眼前に迫った時だった。

複数の銃声と共に、その場にぽとり…またひとつぽとりと武器が地面に落ちる。

苦無『黒烏っっ!!』

苦無は空中で大型のライフルを構えた黒烏をにらみつける。

黒烏『援護は任せろ。猫は苦無に集中してくれ。』
猫『ありがとう、クロちゃん!』

黒烏がライフルを構えていたところを見ると、拓慧たちの準備はよさそうだ。
猫は体制を立て直し、武器を構えながら苦無ににじり寄る。

猫『苦無。まだあの事怒ってるの?』
苦無『一体…なんのことだか。』

苦無は武器を自身の前方に複数展開する。

猫『気づいてないと思ったの?君がクロちゃんの名前しか呼んでないのは…』

苦無の眉がピクリと動く。
その一瞬の動揺をを猫は見逃さなかった。

猫『クロちゃん!蝶!』

二人の名前を呼んで、猫が切り込む。
黒烏が、展開されている武器を狙撃で叩き落したところを、猫が踏み込んで光槍をロープ状にしならせ苦無を拘束した。

苦無『…くっ!このっ!!』

身じろぐ苦無だったが、目が紫色に染まり空を仰ぎ動きがぴたりと止まる。

三知流『お前だけは…お前だけはぁああああ!!』

紫色の目をした三知流。その手は小さな電気を帯びて苦無の方へと向けられていた。

猫『チャンスだよ!』

猫は蝶に視線を送る。

麻江「蝶、ポイントプロテクト!」

蝶の手に帯びていた緑の光は、苦無の頭を囲うと光の大きさが、頭の中へと収縮していった。

苦無『うっ…うああぁあぁぁっぁあぁっ!』

苦無は苦しそうに叫ぶ。
黒烏は、右の赤い目で苦無を照準に抑えた。

黒烏『すまない…』

小さくつぶやくと、黒烏は引き金を引いた。
赤く細いレーザーのような光が、苦無の頭を通過する。

苦無『……ろ……か…す』

叫びをあげていた苦無は、おとなしくなり、その場に倒れこんだ。

麻江「やったの??」

猫が苦無にかけより、様子を確認する。
目は黒色に変化し、光はない。
だが、小さく痙攣している。完全に機能は停止してないようだ。

黒烏『コアは無事だし、パラサイトも消滅した。苦無自身が制御を取り戻すまでにしばらく時間がかかるだろう。』
猫『拘束はそのままにしておく?』
黒烏『念のため。』

黒烏も苦無の傍に寄り、そっと体を抱きかかえた。
その時、

三知流『お前を!お前を僕は許さない!』

三知流が、一歩一歩に力を込めて、叫びながらこちらに歩いてくる。
その目は、夢衣の光と同じ紫色をしていた。

三知流『お前の…お前のせいで!夢衣は…夢衣はっ!!!』

その手に抱えられた黒い玉。もう光を帯びることも放つこともなく、ただただ沈黙をした玉が、三知流の手に大事に抱えられていた。

拓慧が、三知流の傍に寄り、玉をしっかりと見る。
銃で打ち抜かれた穴はある。だが、そこからエネルギーが漏れ出た形跡はない。

拓慧「直せるかもしれない。」

「もしかしたら…だが。」と、付け加え、三知流の肩にそっと手を置く。

拓慧「直せるとすれば、お前たちは俺たちのところへ来てくれるか?」

三知流は、何かにすがるような表情で、拓慧の手を握った。

三知流「夢衣が助かるなら。僕は何でもするよ。」

その手は静かに震えていた。


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叶「猫ー!」

叶が手を振りながら猫の元に駆け寄り、キラキラした目で「みんなの連携すごかったよ!」と猫の頭を撫でる。

猫はちょっと照れくさそうに視線を空に泳がせ「まぁ、僕たちだしね」と胸を張った。

猫『叶が声をかけてくれたおかげで、苦無の攻撃を無力化できたよ。』
黒烏『あの声かけは助かった。』

猫と黒烏が、叶を囲み頭を撫でる。

叶「えへへっ…って頭撫でるな―!身長縮んだらどうするんだよ!」
猫『叩かれて縮むのはわかるけど、撫でて縮むは初めて聞いた。』

叶と猫のやり取りに、その場に和やかな笑いが起きる。

蝶『累の応急手当も終わったわ。』

弍娑に担がれた累と一緒に蝶がみんなの元へと戻ってきた。

拓慧「そろそろ行くか。」
麻江「そうね。一度施設へ戻りましょう。」

拓慧と麻江も、今の状況が落ち着いたのを確認してから、帰路につく準備を始めた。

あるものは傷ついたものを背負い、あるものは談笑しながら、日はまだ高く、燦々と太陽が輝く中を、一同はT-Pの施設へと歩みを進める。

三知流「僕たち…死刑になるのかな…」

夢衣のコアを大事に抱えて歩く三知流がポツリとつぶやいた。

拓慧「いや、お前たちからは聞きたいことがたくさんある。すぐにどうこうすることはないだろうな」

ぽんっと拓慧は三知流の頭を撫でていく。

三知流はコアをぎゅっと抱きしめて「最後にお別れぐらいは言いたいよ…」とこぼした。


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T-Pの施設にたどり着くと、拓慧は三知流たちを連れて奥へと行ってしまった。

叶と麻江は猫と蝶を連れて、重貞のいるメインルームに来ていた。

麻江「…報告は以上です。」
重貞「なるほど。裏で操ってる人物がいるかもしれないと…」
叶「はい。」
重貞「捕まっていた拓慧、そして、連れ帰ったという彼らからも話を聞かないといけないな。」

「下がっていいぞ」と重貞が二人に伝えると、一礼してメインルームから出る。

麻江「初戦闘だったわね」
叶「戦ってたのは猫だけどね」

廊下にある自販機で、ミルクを買い、飲み干す叶。
猫はその横でそっぽ向いてしっぽをパタパタとさせていた。

猫『叶は戦わなくていいよ。それは僕のやることだから。』

パタパタとしていたしっぽを叶の手にぐるりと巻き付け、丸い目をさらに丸くして叶の顔を見つめる。

猫『僕の役目は君を守ること。君の役目は…』

猫はそれ以上言うのをやめた。
そして、自室へと戻っていく。

麻江は蝶に目配せをするが、蝶は首を横に振った。





この時、猫が言いかけたこと。

それは誰にもわからなかった…。


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数日後—

サンドシティでは、いつもの噂話が町を賑わせ、T-Pの者がその噂の真意を確かながら人々の安全を守る、変わらぬ日常を取り戻していた。

累と三知流は、施設の監獄で静かに過ごしていた。
監獄と言っても、簡易的な檻のようなものではなく、分厚い扉で閉じられた少し大きめの部屋だ。トイレやベッドなど、生活に必要なものは用意されており、清潔に保たれている。

時折、拓慧や麻江が訪ねてきては、なんのたわいのない話をしたり、差し入れを持ってきてくれたりしてする。
投獄されているというよりは入院しているような感覚に彼らは陥っていた。

技術室では、龍美がいつものようにアンドロイドのメンテナンスや研究を行っている。
その顔ぶれの中に、三体の新しいアンドロイドの姿も見かけられていた。


そのころ、叶はというと…


新しい制服に身を包み、町をパトロールしていた。

その青い制服は、以前のものと違い、赤いラインが一本増えている。

待ちゆく人に笑顔を振りまきながら、軽い足取りで向かう先は水の誘い亭。
その扉の前には、猫が立っていた。

猫「昇格おめでとう、叶」

少し大人びた笑顔を向ける猫に、叶は満面の笑みで返した。

叶「ありがとう、猫」

出会って間もない二人の間に小さな信頼と絆が確かに芽生えていた。





猫との出会いが徐々に彼らを変えている。そして、これから立ち向かわなければならない運命を、少年たちはまだ知らない。




第一章 完


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