第一章

叶と拓慧が自宅謹慎を言い渡されてから四日後。

本日もサンドシティは、雲一つない晴天。
気候はやや暑いが、日差しはそこまでぎらついてもなく、とても過ごしやすい風が吹いていた。

そんな中、二人の影がにぎわう市場を歩いていた。
二人は談笑しながら、売っている商品には目もくれず、とある場所へと歩みを進めている。

猫『だから、僕たちにはそういうの要らないでしょ。』
叶「正直俺もよくわからない。でも訓練しろって拓慧とじじいがさぁ~」
猫『人間のいうことなんて聞かなくていいよ。』
叶「いや…俺も人間なんだけど…」

上司への愚痴を猫に語りながら、二人は市場を抜け、とある店にたどり着いた。

『水の誘い亭』…
ガイルの店だ。
四日ぶりに訪れた店は、まだ開店時間ではないのか看板すら出ていなかった。

猫『まだ開いてないんじゃない?』

そう言う猫に、叶は首を振った。

叶「いや、もうすぐお昼時だし、そろそろ開いてるはずなんだけど。」

「おかしいなぁ」と言いながら、ドアについてる小窓から中を覗いてみる。
明かりは点いているし、人の気配もする。
だがドアには鍵がかかっていた。

叶「あー、もしかして【お客さん】かなぁ」
猫『お客さん?』
叶「そうそう、前に言ってたでしょ?あのお客さん。」
猫『あー…ね?』

ガイルは表向きは食堂のマスターだが、情報屋としての顔も持っている。
人通りがあるので、声を大にして言えないが、猫には伝わったようだ。

猫『出直す?』

猫が引き返そうとした時、カランと音がして、ドアが開いた。

叶「あれ?拓慧だ。」
拓慧「お、叶と猫か。」

ドアから出てきたのは拓慧だった。
いつもの制服は着ておらず、カジュアルなジャケットにスラックスを履いている。
髪もいつもより整えられており、どこか外部へ出かける用の身なりだった。

叶「どこか行くの?」

叶はいつもと違う拓慧に尋ねた。

拓慧「あぁ、ちょっと隣町の施設まで会議にな。」

だるそうに頭をかく拓慧に、「大変だねぇ~」と同情をするかのように叶はえへへっと笑った。

猫『拓慧、町から離れるの?』
拓慧「あぁ。と言っても会議してすぐだから、五時間ほどで戻るよ。」
猫『クロちゃんは?』
拓慧「この間の件があったばかりだから、黒烏は見張りについてもらってる。」

『そかぁ~』と黒烏が町に居るという情報を聞いて、猫はしっぽをパタパタとさせた。

拓慧「ガイルさんに用事なんだろ?もう入っていいぞ。待たせてすまないな。」

拓慧はそういうと、足早にその場を離れていった。

猫『拓慧、忙しいんだね。』
叶「若いけど、一応T-Pの幹部だし、じじいの次に偉いからね。」
猫『ふーん…』
叶「猫、行こう。おなかすいた!」

二人は、店内へと足を踏み入れた。

ケースの中の新鮮な野菜。清潔に整えられたカウンター。カウンターでグラスを拭いているガイル。そこには、いつもと変わらない空間が広がっていた。

ガイル「おう、久しぶりだな!」

ガイルはそういうと、二人を目の前の席に座るように勧めた。
二人は勧められるままに席に座り、メニューを開く。

叶「四日ぶりだよね!」
ガイル「そうだな。お前の来ない四日は長かったぞ~」
叶「謹慎…きつかったっす…」
ガイル「拓慧から聞いた聞いた!そこのおチビちゃんが元気いっぱいだったそうじゃねぇか!」
猫『おチビっていうな!』

他愛のない会話をしながら、ガイルはメニューを聞き取り、調理に入る。
叶と猫も、ガイルの調理する姿を見つめていた。

しばらくすると、いつもとちょっと違うオムライスが出てきた。
量はいつものように十人前だが、かかっているソースがケチャップではなく、ホワイトソースがかかっていた。

叶「いつもと違うね!」
ガイル「新メニュー試そうと思ってな!ホワイトソースにほうれん草とチーズを一緒に煮込んでみたんだ。」
叶「おいしそう!さっそく…」

「いただきます!」と、スプーンでソースのかかった黄色のふんわりした部分をすくう。
とろっとした半熟たまごに赤いチキンライスが映える。
口に運ぶと、チーズの濃厚な香りと味が、酸味のあるチキンライスと合わさり、たまごとホワイトソースのまろやかさで、口の中にとろけるような旨味が広がっていく。

叶「うんまぁ!!!いつものもおいしいけど、コクがあってこっちもいい!!」

ガイルは両腕を組み「そうだろそうだろ」と満足げな笑みを浮かべた。
しかし、猫はまだ手を付けていなかった。
いつもと違うソースに困惑しているようだ。

猫『赤いのじゃないの?』
ガイル「今日はちょっと試作でな。食べてみてくれ。」

猫は警戒心を高めながら、ソースだけをスプーンですくう。
クンクンと香りを嗅いで、ちょっと嫌そうな顔をしながら、口へと運んだ。

次の瞬間、猫の耳としっぽがピクン!と跳ねる。
目をカッと見開き、スプーンをオムライスへ進める。
何も言わずパクパクと食べ進める猫に、叶もガイルも目を合わせてにっこりと笑った。

しばらくして、二人は料理を食べ終わり、叶のカバンの中身の補充も終わった。
そして、会計をしようとした時だった。

ガイル「あー、今日はいらねぇよ」
叶「え?」

叶がぽかんとしてると、ガイルは逆に封筒を叶に渡した。

叶「え?これ何?」
ガイル「とある奴からだ。お前にこれを渡してほしいと頼まれたんだわ。あと、食事代も前払いしてもらってる。」
猫『気が利くじゃん。』
ガイル「だが、条件があってな。」
叶「条件?」

ガイルは叶にそっと耳打ちした。

ガイル「今日から鬼のような訓練開始だとよ…」
叶「拓慧かあああああああああああああああああ!!!!!!」

叶の声が、三人しかいない店の中に響き渡った。



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龍美「………一分遅刻だ。」
叶「すいません…」

特別訓練室に、龍美と叶・猫が居た。
辺りにはとても人が持てると思えないようなダンベルから、人間が筋力を上げるために必要な機材やらが、規則正しく並べられていた。
猫は機材が珍しいのか、指でつついてみたり、眺めてみたりしている。
その横で、龍美が仁王立ちしており、その前で叶が正座していた。

叶「ちょっと…こけました…」
龍美「言い訳は無用」

龍美がバインダーのクリップ部分をパチンと鳴らす。叶は龍美が十分怒っているのを理解しているのか「ひぃぃい」と肩をすくめていた。

猫『そのくらいにして、本題に入ろうよ』

猫がちらっと龍美を見る。
龍美もため息を漏らして「それもそうだな。」とバインダーにはめられた資料に目をやる。

龍美「今日から、Type-00と白鶴叶の訓練開始だが…」

龍美「正直、お前たちに何が必要か私にはわからん!!!」

腕を組み胸を張る龍美。

龍美「58番と麻江のように、自分たちの弱点を補う訓練が良いのか、96番と拓慧のように、長所を伸ばす訓練が良いのか、私には判断できかねる。」
龍美「そこで、お前たちの意見を聞かせてほしい。」

叶と猫は顔を見合わせる。

龍美「出会ったばかり、適合試験も無しでシンクロ。そんな二人には、おそらく二人にしかわからないこともあると思ってな。」

二人は困惑した。
確かに龍美の言う通り、出会ったばかり。適合試験を飛ばして、シンクロに成功。戦闘実績は無し。
そんな二人に、長所だとか短所だとか言われても、まだ見えてくるものは少なかった。

叶「そもそも訓練がめんどくs」
龍美「論外。」

バインダーで叶の顔面を封じて、猫に視線を送る。
猫は少し考えた後、話し始めた。

猫『正直、戦闘だけなら僕一人で十分戦える。たぶん、叶が戦闘指示を出すより早く僕は動いてると思うよ。』
猫『もし、欲しいとすれば、サポートが欲しいかもしれない。戦況の全体を見てて、危うそうな箇所を叶に教えてほしいかも。』
猫『僕でもある程度察知できるけど、戦闘に集中しちゃうと見落としもあるかもしれない。そんなときのサポートが欲しいかな。』

龍美は、猫の意見をすらすらと資料に書き加えていった。

龍美『では、基礎訓練を飛ばして、戦闘訓練と行こうか。』
猫『いいよ。僕はね。』

龍美と猫は叶を見る。

叶「どうせ何言っても、「論外!」って言うんでしょ?いいよやるよ~…」

けだるそうに答える叶の顔を、再度バインダーでふさぐ龍美。

龍美「では、実践訓練室に行こうか。」
猫『実践訓練室?』
龍美「あぁ、詳細はそこでな。」

龍美は先に訓練室を出た。

龍美(正直、基礎訓練を飛ばして実践訓練とは…あまり乗り気はしないが。あの二人なら大丈夫か…な?)




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龍美「五分遅刻だ…」
叶「そもそも集合時間言われてな…」
龍美「言い訳無用!」
叶「さすがに理不尽すぎない!?」

大きなモニターが一枚あるだけのただっぴろい空間。
モニターには龍美が映し出されており、モニターの前で正座している叶が居た。

龍美「さて、お前はここが初めてだったな。ここは実践訓練室。実際にアンノーンとの戦闘訓練を行える場所だ。」
猫『実際に…?戦う?アンノーンと?』
龍美「あぁ、捕獲してきたアンノーンをこの空間に放つ。そいつらと実際に戦ってもらう。」
龍美「そして、このフロアは強化合金でできている。どれだけ暴れてもらっても構わん。」

猫は『ふーん…』と言いながら、体を慣らすかのようにぴょんぴょんと跳ねた。

龍美「開始の合図を手を上げて送ってくれ。そしたら、アンノーンを放つ。」

龍美はそれだけ伝えると、通信を切った。

叶「開始の合図は手を上げるって…」
猫『叶のタイミングでいいよ。僕はいつでもいける。』
叶「わかった…」

叶は祈るように手を前に組み、目を閉じた。そして、一息つくとゆっくりとその手を上げる。

ビィィィッィイッィイィイッ

部屋を振動させるかのようなブザーが鳴った。

六角形のその部屋は、各面に大きなハッチがある。そのうちの一つのランプが赤く点滅した。
ゆっくりと開かれるハッチの奥から見える、赤く丸い光。その姿が視認できなくとも、アンノーンとわかる。

猫は、姿勢を低く構える。左手でしっぽをつかむと、接続部を体から分離させる。すると、しっぽ本体の付け根部分から青と黄色の電気のような光を放つ光槍となった。
くるんと槍を回して、手になじませるように持ち直す。刃の部分をアンノーンのいるハッチのほうへと向け、丸い目を細くして標的をとらえる。

アンノーンは、ゆっくりとハッチからその姿を現した。体長は二メートル前後。蛇のような形を無骨な金属が形成している。丸く赤い一つの瞳が顔と思わしき部分についており、その機械の体からは想像できないほど、ぬるぬると床を這う。

アンノーンも、猫を視認すると、ゆったりと頭部を上げて、ランプを点滅させながら、耳を覆いたくなるような金属音で威嚇する。

叶は咄嗟にインカムの上から耳をふさぎ、目をつぶった。

猫『叶!ちゃんと見て!』

猫は、インカムを通して叶に声をかける。
声を頼りに、何とか目を開ける叶。

猫『戦いは任せて。絶対に叶には近づけさせないから。』

猫は冷静に語りかける。
槍をくるりと一回転させると、地面を蹴った。槍を横に構えると、その勢いのまま、アンノーンの頭部からしっぽまで体を一刀両断する。

轟音を立てながら、二分された体は床へと崩れ落ちる。

倒したのもつかの間、両隣のハッチが開く。
今度は、先ほどより少し小柄の蛇型に加え、人のような形をしたもの、ゴリラのような形をしたもの、犬のような形をしたもの…計四体のアンノーンが現れた。

猫は少しも動じることなく、目でその四体を確認すると、槍をしっかりと持ち直した。


猫『叶、出番になるかもしれないからね。』
叶「わ…わかった…」

叶は、不安そうな顔をしながら、全体が視認しやすい位置まで下がった。

そこから見える光景は、小さな少年が、大きな機械生命体に囲まれている図だった。

叶(猫…)


不安がこみあげてくる。胸が押しつぶされそうだ。
それを察したのか、猫は一瞬振り返って、『大丈夫だよ』とにっこりと微笑んだ。

猫は姿勢を正すと、左手を前に突き出し、こぶしを握った。

猫『トランス…』

猫のこぶしからオレンジ色のオーラがあふれ出る。
そのオーラは猫を包むと、徐々に猫の体が変化した。
腰まで伸びる長い髪、すらっと伸びた手足、きりっとした目。
まるで…

叶「猫が…成長…した!??」

背丈も伸びた猫は、一回短く息を吐くと、その場から姿が見えなくなった。

瞬間、犬の形をしたアンノーンがはじけ飛ぶ。
はじけ飛んだ一瞬、猫の姿が見えたかと思うと、今度は人型のアンノーンが砕け散った。

猫は休む間もなく床を蹴ると、また姿が消える。
残る二体のアンノーンの動きが停止すると、猫は元居た位置に戻っていた。

猫『……残響…』

そう言い、槍の矛先を床に向けると、停止していたアンノーンの形は崩れていった。

叶「ね…こ…?」

叶が瞬きをすると、猫の姿はあどけない少年の姿に戻っていた。

猫『ね?叶には近づけさせないって言ったでしょ?』
叶「いや…言ったけどさ…」

残る二つのハッチが開く。

鳥型のアンノーンが二体解き放たれる。

そのうち一体が、叶に襲い掛かろうとしていた。

叶「ひっ!!!」

猫『叶!!』

猫の槍が、叶とアンノーンの間に入る。
咄嗟にしゃがんだ叶だったが、ふと猫の頭上に視線を送った。
そこには、奇襲を仕掛けようとしているアンノーンが居たが、猫は気が付いていないかのように、視線は叶に向けられている。

叶「猫!上!」
猫『!?』

猫は体をひねらせ、その勢いのまま足で上空のアンノーンに一撃を加える。
頭にヒットしたのか、アンノーンの頭部から部品のようなものがぽろぽろと零れ落ちる。

猫『うりぁああああああ!』

槍で押さえていたアンノーンを、槍の柄で力いっぱい投げ飛ばすと、もう一体のアンノーンと衝突し爆発した。

猫『ありがとう、叶』
叶「猫もね、ありがとう!」

ハッチはすべて開かれたようで、がれきの山となったアンノーンも、もう動くことはなかった。
しばらくすると、再び龍美が点灯したモニターに映し出された。

龍美「すごいじゃないか。訓練とはいえ、アンノーンの群れを、パートナーの指示もなく殲滅するとは。」
猫『うん、戦闘は肩慣らしみたいなものだったね。』
龍美「あれで肩慣らしか、戦闘経験が豊富なのか…それとも、攻撃型として作られたのか…」

猫『でも、叶の一言が無かったら、一撃もらってたかも。』

叶に向かってニカッと笑う猫と視線が合い、「えへへっ」っと恥ずかしくなってしまった叶。
龍美はそんな二人を見て、クスリと静かに笑った。

龍美「叶の位置取りもよかった。全体が見渡せる適切な位置だ。だが実戦では、常に位置取りが上手くできるとは限らない。猫との連携訓練を怠らないようにするんだぞ。今日の訓練は終わりだ。おつかれさま。」

龍美の言葉と同時に、自分たちが入ってきたハッチが開く。
叶はやや腰が抜けたのか、猫に担がれながら自室へと戻っていった。



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サンドシティ西門の上空。
黒烏は黒いマントをなびかせて、門の外を見張っていた。

黒烏(もうすぐ五時間…拓慧様が戻ってくる頃か。)

そろそろ迎えに行かねば…と、地上へ戻ろうとした時だった。

辺り一面の砂漠。地平線の向こうに、黒い何かがうごめいた。

黒烏(ん?)

黒烏は目を凝らす。
その黒い何かは確かに動いていた。そしてそれは、徐々に地平線に沿うように広がっていく。

黒烏『これは…思ったより早かったか…』

急いでT-P本部へと通信をつなぐ。

重貞「どうした?黒烏。」

黒烏『緊急事態です。』







黒烏『西門、50km先。アンノーンの群れが出現しました。』






第十一話へつづく…
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