i f 〜 すがる想い 〜 (越野宏明)
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「うー、さみぃ……」
気温はどう見積もっても一桁。雲に覆われた薄暗い空で一面灰色になった外の景色が身に染みる。誤って軍手を玄関先に置き忘れちまって、今は制服のポケットの中に入れたこのカイロだけが頼りだぜ……
ふとした時に、通学路の道端にあるものが視界に飛び込んできた。
花びらが白くて中身が出っ張ってる黄色い花。そういや、母さんが花瓶に生けながら言ってたな。この花が咲いてるってことは厳しい冬が来た証拠だ、って。
残り数か月で最高学年に進級だ。
夏の県予選では……時が経った今でも思い出すと悔しさが沸いて出てくる。海南に、湘北にも負けちまって……その後、魚住さんと池上さんから引退表明があった。
となれば、必然的に俺たちが新入部員や後輩たちの指揮をとらなきゃならねーんだ。
今度の今度こそ絶対インターハイに、全国に行くぜ!! 気を引き締めてかからねーとな!!
― その後、凍りつくような寒さに耐え抜き、教室に着いた。
「明日、世界史の小テストをやるぞー。赤点とった奴は放課後みっちり補習だからなー」
「「 えー!? 」」
「マジかよ!
抜き打ちなんて聞いてねーぞ!」
これは今朝のHR風景。クラス中の野次がすげー飛び交ってる。
人が意気込んだ矢先に……この先公も、いつも突発的にそーいうこと言い出すんだよな……
マジでやめてくれよな。補習とか、思いっきし部活に支障きたすじゃねーか!
「居残りはキツいって〜」
隣の席からも不満だらけの気怠そうな声が聞こえてきた。仕方ねえ。一応、発破かけておくか……
「ちゃんと勉強してこいよ、なまえ」
「え〜?
正直ダルいし、教えてよ〜。ひろあき〜」
「はっ、やなこった!」
「なによケチ〜」
みょうじ なまえ。コイツとは中学からの付き合いでバスケ部同士ウマが合い、それで今でも友情が続いてる……のか? 仲は悪くないだろうけどな。
言っちまえば能天気で相変わらずの不思議ちゃんだ。
「まぁエビフライとかチャーハンとか、語呂で覚えれば余裕でクリアできるでしょ! だよね、あきら〜」
「ん? 俺?」
はぁ? 正気か?
フビライハンに、チンギスハン……んな適当な覚え方で本気で赤点が免れると思ってんのか?
それより……なんだよ、今の……
この時、俺はなまえの語尾にイラッとして、思うよりも先に突発的に声が出ていた。
「……お前、仙道まで名前で呼ぶなよ」
「人がどう呼ぼうと勝手でしょ〜」
「…………」
そりゃーそうだろうけどよ……
恋人同士じゃあるまいし。胸の奥がざわつくっつーか、なんか面白くねえんだよ。
「急に説教し始めるとか、ひろあきってオジサン〜」
「誰がオヤジだ! それに説教じゃねえ、指摘だ!」
さっきから、なまえの間延びしただらしねえ笑い方がやけに鼻につく。言われっぱなしは癪だが、毎度毎度ツッコむのも疲れるぜ。
「大体、昨日の記憶喪失ってのも何だよ。医療ドラマとかの見過ぎなんじゃねーの?
そもそも俺はイフってのに抵抗あるし、嫌いなんだよ」
運命だとか、そのテの言葉はこれっぽっちも信じちゃいない。
例の記憶喪失になっちまったらって話も真面目に返事をするのが面倒で、適当に聞き流してた。
「越野は堅実派だからなぁ」
「現実主義〜。頭カタすぎ〜。
だから毎年、初詣も行かないんだぁ」
何とでも言え。お前らとは意識が違うんだ、意識が! まったく、何の因果でコイツらと一緒にいるんだか……
「悪あがきしないで素直になれよ」
「……言ってろ。
年始早々、くじの結果ひとつで一喜一憂するなんて馬鹿らしいじゃねーか」
「え〜? ひど〜い」
「第一、五円や十円ぽっちで願いを叶えてもらおうっていう考えが浅はかなんだよ。
神に祈るだけで何でも叶えられりゃあ世話ねえぜ!」
(( ……ケンジツというより、カタブツ…… ))
― この時
急にふっと意識が遠のいて、真っ暗になった。
同時に消毒液の独特のニオイが鼻ん中に入り込んできて
俺の目の前には
病室のベッドに横たわるなまえの姿が……
薄いピンクの入院着に、ハロウィンの仮装みてえに頭に包帯を巻いてて……あいつの友達も、オヤジさんもおばさんも涙目になっててさ。
何だよこれ。
一体何だってんだよ、この空気……
周りに無言の圧力みたいなのが漂ってて……
通夜か、ってくらい長い沈黙が続いてたんだ。
「ん……ここは……?」
なまえがパチッと目を覚ました。
とりあえず安否を確かめたかった俺は上体を起こした瞬間に、誰よりも早く話しかけた。
「なまえ……! 気付いたか!」
「え……?」
「ったく、驚かせやがって。階段から転げ落ちたのか?
相変わらずトロいよな、そーいうとこ」
安心したのも束の間、次の一言で全身が凍りついた。
「あなた……誰?」
「は……?」
いきなり何ボケかましてんだよ? 全然笑えねーって。
さっきまで人のことケチだのオッサンだの頭カタいだの何だのって、散々コケにしてたじゃねーか!
「俺だよ、宏明だよ! 越野宏明!
俺たちは友達で、高校でバスケやってて……!」
「ひろあき……? バスケ……?
分からない……自分が誰なのか、分からない……!」
「まさか、記憶が……!? 嘘だろ!?
今すぐ思い出せよ!! なまえ!!」
「頭が痛いっっ……!」
「宏明くん!!」
なまえの両肩を握って力いっぱい身体を揺さぶってたら、オヤジさんにせき止められて……
「うっ、うっ……」
「っ……クソっっ!!」
おばさんは、ハンカチをぐっしょり濡らして膝から崩れ落ちていた。
現実を受け止められない俺はこれ以上なまえの姿を見てられなくて、駆け足で病室を出ていった……
気温はどう見積もっても一桁。雲に覆われた薄暗い空で一面灰色になった外の景色が身に染みる。誤って軍手を玄関先に置き忘れちまって、今は制服のポケットの中に入れたこのカイロだけが頼りだぜ……
ふとした時に、通学路の道端にあるものが視界に飛び込んできた。
花びらが白くて中身が出っ張ってる黄色い花。そういや、母さんが花瓶に生けながら言ってたな。この花が咲いてるってことは厳しい冬が来た証拠だ、って。
残り数か月で最高学年に進級だ。
夏の県予選では……時が経った今でも思い出すと悔しさが沸いて出てくる。海南に、湘北にも負けちまって……その後、魚住さんと池上さんから引退表明があった。
となれば、必然的に俺たちが新入部員や後輩たちの指揮をとらなきゃならねーんだ。
今度の今度こそ絶対インターハイに、全国に行くぜ!! 気を引き締めてかからねーとな!!
― その後、凍りつくような寒さに耐え抜き、教室に着いた。
「明日、世界史の小テストをやるぞー。赤点とった奴は放課後みっちり補習だからなー」
「「 えー!? 」」
「マジかよ!
抜き打ちなんて聞いてねーぞ!」
これは今朝のHR風景。クラス中の野次がすげー飛び交ってる。
人が意気込んだ矢先に……この先公も、いつも突発的にそーいうこと言い出すんだよな……
マジでやめてくれよな。補習とか、思いっきし部活に支障きたすじゃねーか!
「居残りはキツいって〜」
隣の席からも不満だらけの気怠そうな声が聞こえてきた。仕方ねえ。一応、発破かけておくか……
「ちゃんと勉強してこいよ、なまえ」
「え〜?
正直ダルいし、教えてよ〜。ひろあき〜」
「はっ、やなこった!」
「なによケチ〜」
みょうじ なまえ。コイツとは中学からの付き合いでバスケ部同士ウマが合い、それで今でも友情が続いてる……のか? 仲は悪くないだろうけどな。
言っちまえば能天気で相変わらずの不思議ちゃんだ。
「まぁエビフライとかチャーハンとか、語呂で覚えれば余裕でクリアできるでしょ! だよね、あきら〜」
「ん? 俺?」
はぁ? 正気か?
フビライハンに、チンギスハン……んな適当な覚え方で本気で赤点が免れると思ってんのか?
それより……なんだよ、今の……
この時、俺はなまえの語尾にイラッとして、思うよりも先に突発的に声が出ていた。
「……お前、仙道まで名前で呼ぶなよ」
「人がどう呼ぼうと勝手でしょ〜」
「…………」
そりゃーそうだろうけどよ……
恋人同士じゃあるまいし。胸の奥がざわつくっつーか、なんか面白くねえんだよ。
「急に説教し始めるとか、ひろあきってオジサン〜」
「誰がオヤジだ! それに説教じゃねえ、指摘だ!」
さっきから、なまえの間延びしただらしねえ笑い方がやけに鼻につく。言われっぱなしは癪だが、毎度毎度ツッコむのも疲れるぜ。
「大体、昨日の記憶喪失ってのも何だよ。医療ドラマとかの見過ぎなんじゃねーの?
そもそも俺はイフってのに抵抗あるし、嫌いなんだよ」
運命だとか、そのテの言葉はこれっぽっちも信じちゃいない。
例の記憶喪失になっちまったらって話も真面目に返事をするのが面倒で、適当に聞き流してた。
「越野は堅実派だからなぁ」
「現実主義〜。頭カタすぎ〜。
だから毎年、初詣も行かないんだぁ」
何とでも言え。お前らとは意識が違うんだ、意識が! まったく、何の因果でコイツらと一緒にいるんだか……
「悪あがきしないで素直になれよ」
「……言ってろ。
年始早々、くじの結果ひとつで一喜一憂するなんて馬鹿らしいじゃねーか」
「え〜? ひど〜い」
「第一、五円や十円ぽっちで願いを叶えてもらおうっていう考えが浅はかなんだよ。
神に祈るだけで何でも叶えられりゃあ世話ねえぜ!」
(( ……ケンジツというより、カタブツ…… ))
― この時
急にふっと意識が遠のいて、真っ暗になった。
同時に消毒液の独特のニオイが鼻ん中に入り込んできて
俺の目の前には
病室のベッドに横たわるなまえの姿が……
薄いピンクの入院着に、ハロウィンの仮装みてえに頭に包帯を巻いてて……あいつの友達も、オヤジさんもおばさんも涙目になっててさ。
何だよこれ。
一体何だってんだよ、この空気……
周りに無言の圧力みたいなのが漂ってて……
通夜か、ってくらい長い沈黙が続いてたんだ。
「ん……ここは……?」
なまえがパチッと目を覚ました。
とりあえず安否を確かめたかった俺は上体を起こした瞬間に、誰よりも早く話しかけた。
「なまえ……! 気付いたか!」
「え……?」
「ったく、驚かせやがって。階段から転げ落ちたのか?
相変わらずトロいよな、そーいうとこ」
安心したのも束の間、次の一言で全身が凍りついた。
「あなた……誰?」
「は……?」
いきなり何ボケかましてんだよ? 全然笑えねーって。
さっきまで人のことケチだのオッサンだの頭カタいだの何だのって、散々コケにしてたじゃねーか!
「俺だよ、宏明だよ! 越野宏明!
俺たちは友達で、高校でバスケやってて……!」
「ひろあき……? バスケ……?
分からない……自分が誰なのか、分からない……!」
「まさか、記憶が……!? 嘘だろ!?
今すぐ思い出せよ!! なまえ!!」
「頭が痛いっっ……!」
「宏明くん!!」
なまえの両肩を握って力いっぱい身体を揺さぶってたら、オヤジさんにせき止められて……
「うっ、うっ……」
「っ……クソっっ!!」
おばさんは、ハンカチをぐっしょり濡らして膝から崩れ落ちていた。
現実を受け止められない俺はこれ以上なまえの姿を見てられなくて、駆け足で病室を出ていった……