恋のお知らせ (水戸洋平)
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「悪いけど、また買い物頼まれてくれない? お醤油も切らしちゃったのよー」
「……はぁーい」
翌日。バイトもオフの夕方、今日も買い物を依頼された。
頼まれると断れないタチなんだよね……
ぶつくさ言いながらも近所のスーパーへ足を運んだ私。
その途中、例のガソリンスタンドの前を通った。
鼻にツンとくるオイルやガソリンの匂い。またまた水戸君だ。意外にもツナギ姿がサマになっててリーゼントの髪型が崩れて、顔のあちこちがすす汚れてる。
昨日からなんかレアなものでも手に入れた気分。だって同級生が威勢の良い声を上げて汗水流して働いてる姿なんて滅多にお目にかかれないわけだし。
「よお、みょうじさん」
「水戸君」
「土日もバイト?」
「えっ」
「昨日も仕事してたでしょ、だから」
なんか驚いてるけど。偶然って重なるんだ。いつシフトが入ってるかなんて知らないし、たまたま通りかかっただけなんだから。
というかラフに会話できてるし普通にイイ人っぽい……たった今、「怖い人」ってイメージは吹き飛んだ。
「みょうじさんは? 散歩か?」
「見ての通り、おつかいでーす」
あちこちに我が家の予定が書き込んであって、恥ずかしいったらない。カレンダーの裏面を切って束にしただけっていう思いっきし生活感丸出しの手作りメモを渡して見せた。
「玉ねぎ、人参、ジャガイモ……分かった、今夜はカレーだな?」
「ブブー。正解は肉じゃがでしたー」
「引っかけ問題だったか」
同じ材料で作れるし、誰もがそう思うよね。
買い物メモにはそのカレーならぬ肉じゃがの材料が……
ん? それなら、白滝と絹さやも必須じゃん。
「あと、醤油」
「醤油?」
「もー、人使いが荒くて嫌になる」
「ハハハ、コキ使われてんなぁ」
もしかして同情してくれてる?
短い眉毛を下げてしがなく笑う彼に
あ、この人は絶対イイ人だって確信した。
「もうすぐ上がりなんだ。付き合うぜ」
「別に、大丈夫だけど」
「いーからいーから」
「水戸君?」
「重いだろ、醤油」
「うん。一升……」
――
またしても「ノー」って言えなかった……
それに! あの澄んだ目! 俺に任しとけ感が前面に出てて、とてもじゃないけど断れなかった。
今居るのはスタンド内の待機場。水戸君にここで待つように言われた。流れで一緒に買い物に行くことになったけど、どうなることやら。
ガードレールか何かにリールをつながれた犬みたい。
しょうがない、とりあえず大人しく待ってよっと。
休憩所って感じの造り。
辺りを見回しても、この六畳程度の空間にはテーブルとトイレと自販機しかない。
あ、カップで出てくるタイプだ。これ好きなやつ!
しかも隣にはお菓子の自販機! 定番のバタークッキーとチョコチップクッキーの他に、野菜たっぷりクッキー。
なになに、地元の特産品をふんだんに使った商品です……こういうの地産地消っていうんだっけ。
喉から手が出るほど欲しいけど、これは家のお金だし守銭奴にならねば!
手綱のごとく財布の紐を握り締めてぐっと我慢した。
「わりぃ、みょうじさん」
「水戸君。はいコレ」
「おっ、サンキュー」
「私の奢りね」
やっと飼い主が……いやいや、水戸君が来たー!
自腹で買った冷たいお茶を渡した。
お風呂上がりとか働いたあとの一杯はたまんないよね。
今金欠で厳しいけど自分の欲しいものよりも、労をねぎらう方が先決。このくらい気前の良いことしないと。
「……なぁ、みょうじさんって、いるのか? 彼氏……」
「え? まさか」
「……!」
「ビラに有益なものがなくてさー」
「ビラ?」
今年こそ、高校に入ったからにはキラキラときめく恋がしたい! けど現実は学校でも職場でも朗報なんてありゃしない。運命の出会いって一体いつ訪れるんだろう。なんか気落ちしちゃうなぁ……
「もうすぐ誕生日なのに……」
「え?」
「憧れてるんだー、彼氏と二人きりで過ごすの!」
「…………」
「決めた! さっさと買い物して帰って、クッキーでも作ろ!」
甘〜いスイーツだけが私の癒し。イライラするときはお菓子作りをするって決めてて、没頭してるといつの間にか嫌な気持ちなんか忘れてるんだ。
「クッキーって手作り出来るんだな。スゲェな」
「うん。市松模様のとか、おみくじクッキーとかも簡単だし。あ、フレンチトーストの方がもっと簡単かも!」
「フレンチトースト?」
「カリッ、フワッ、トロッの美味しい食感の三重奏。
プラス無添加のはちみつと甘酸っぱいジャムをのせればもうお口の中は天国、いやパラダイス……!」
バニラアイスとミントの葉もプラスして、ナイフとフォークで上品に食べるんだ。想像するだけでも楽しくて最高の気分。
「……俺も作ってみるか」
「うん。めちゃ簡単だし、作ってみて!
なんならレシピ教えてあげてもいーよ?」
「どーすっかな」
あ……興奮して自分だけの世界に浸っちゃってた……
おせっかいかもしれないけど、ノってきたことが嬉しくて。ひょっとして水戸君も甘いもの好きだったり?
まぁいいや。思い立ったが吉日! さあ、帰ったらやるぞー!
( 本当に好きなんだな、甘いモンと菓子作りが。
だからあの自販機を見てたのか…… )
「昨日、小麦粉と四枚切りの食パンを買ったんだ。もちろん自腹で。必要なものは自分で揃える! これ基本ね!」
「へぇ……」
もう高校生になったし、働いてるわけだし。お小遣いは中学卒業を機にやめた。趣味で周りに迷惑かけたくない。
――
「高宮たちが無理に乗ってくるからな。空気圧も見ねーと」
「空気圧?」
水戸君が着てるアウターみたいな青空色のスクーター。タイヤ点検やガソリンを給油し終えると、スタンドを後にした。
「桜木軍団、だっけ。いつも一緒だし仲良いよね」
「仲がイイっつーか、腐れ縁だな。中学からの」
エンジンを切って、機体を押しながら歩道を並んで歩く。
あ……車道側を歩いてくれてる。
さりげないなー。不良どころか超紳士じゃん。
「これで歩行者も同然だぜ」
「なるほどー」
そのあと、自然な流れで親友らしい桜木君の話題に。
「花道も、高校生活にようやく光が見えてきたからな」
「桜木君って、あの赤い頭の……」
「そう! 自称・天才バスケットマン!
そのダチのために俺たちも必死こいて応援してるってわけ。そのためにも愛車点検はしっかりやらねーと」
「友達思い……! 泣かせるねー」
「ハハハ。そうだ、例のビラ、うちの店のもなかったか?」
「え?」
「クーポン券がついてんだ」
無造作に有益な情報を持ち出してきた。さっきぼやいたこと、ちゃんと聞いてたんだ。
不良なんて嘘だ。絶対賢いよ、この男子。
「クーポン? 見落としてたかも。帰ったら探してみるね」
「ああ。そうしてくれりゃあ助かるぜ。
あのビラを持参してくれれば、お安くしとくぜ? ガソリン代も車検代も。おフクロさんにも宣伝しといてくれよ」
「いよっ、商売上手!
あ、でもお父さんはディーラーでやってもらうって言ってたような……」
「おっと、そりゃ勝てねーわ。ハハハ……」
今まで男子とこんなに話したことなかった。
我ながら奇跡に近いかも……
今さっき気付いたけど、退屈させない空気感を醸し出してるというか、配慮してくれているような。
とにかくすごく居心地が良い。実はこれが自然体だったり?
その後、スーパーまで一緒に行って店内ではカゴを持ってくれたし、規格外の一升瓶の醤油とかの商品はバイクの荷台に仕舞って、終いには家まで送ってもらえた。
水戸君……どこまでイイ人なんだろう。