黒白を争う 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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海南との白熱試合から6日の月日が流れ、敗退した事実をバネに厳しい練習を積み重ねてきた湘北は武里高校に圧勝。コート上の天使が復活した今、怖いものナシだ。
本日の第2試合・海南VS陵南の試合は正午から。最強同士のぶつかり合いが刻一刻と鈍い音を立てて始まろうとしていた。
戦いを終え、真紅と漆黒の指定ジャージに着替えを済ませた一行は2階席から視察することに。
「もうすぐですね! 先輩!」
「ああ。嬉しそうだな、春野」
ワクワクと胸踊る様子の彼女に木暮は声をかけた。
「はい!」
「お前、自分の試合よりも気合い入ってんじゃねーのか?」
「言えてるね」
「えっ」
三井の言う通り、湘北チームの女神は視察というよりも応援のために座りに来た様なもの。
スタメン勢が前1列に並ぶ中、左端にいる三井と宮城からはガヤが飛んでくる。
「そりゃあ愛しのダーリンがいるんですもの。
張り切るわよねぇ、綾?」
「あっ、彩子さん……!」
「む……」
「綾さん〜……」
「ふっ」
牧の実力を目の当たりにし、また対談したことによって父親の思考は栄枯盛衰の街並みのごとく様変わりした。
おとといにもしみじみと語っていた綾だが当たり前のことが当たり前にできなかった日々を思うと、恋人の姿を正面切って見られることが最高に嬉しく、何度だって顔や声に態度に、全身に出てしまう。
赤木はというと、ほくそ笑むだけで特別何も言及しない。ルンルン気分で顔色の良い現在の彼女を見て、ついこの間まで心に問題を抱えていたとはきっと誰1人として思わないだろう。
バスケットが大好き……!
そう即答できたことが生まれ変わった何よりの証拠であり、彼の心も満ち足りていた。
( 紳ちゃんを家に呼び出したみたいだけど
あの約束を取り消したこと以外に何を話したんだろ?
変なこととか暴露してないよね……!?
はぁ……
とりあえず、近々お父さんに謝らなきゃ…… )
― その時だった
「綾さん!! 今日の試合、ちゃんと最後まで見ててくださいよ!!
会場を釘付けにするスーパーかっちょいいプレイを見せてやるぜ!!」
開始寸前、身体慣らしのためのウォーミングアップ。
その合間に、自信たっぷりな大声が一部の観客席に向けて発せられた。
「え……? あ、うん! 頑張って!」
――‥
頑張ると意気込んだ手前、実際の試合は刺激が強すぎたんだ。
だが、神。お前のために……
俺たちのために無理をしたんだろう。
‥――
その声の主は清田だった。
普段利用している部室が別世界の様な深刻な空気に包まれる中、牧の口から自分たちのために無理をしたと聞かされたことは衝撃だったはず。
自信家の彼だが単に目立ちたいという欲だけではなく、逃げる様に去ってしまった対武園戦の時の様にはするまいと、デカデカと注意喚起をしたのだろう。
「ぐっ、綾さん……
くぉら野猿!! 何をエラソーに!!」
「ちっ」
「うるせえ赤毛猿!! おめーには言ってねえ!!」
注目を浴び、恥ずかしそうに手を振る綾を背に、清田が彼女を好きだと思い込んでいる桜木は苛立ちを隠せず突っかかる。
その馴れ馴れしい態度に流川も面白くなさそうな素振りを見せていた。
チームの長に首根っこを掴まれ、強制連行される姿を心配そうに見守っていると、振り返った人物と一度だけ視線が合わさる。
( 紳ちゃんも、頑張って…… )
( 綾…… )
「「 牧さん!! 」」
「「 コート上の天使だ!! 」」
「「 なんでも勝利の女神らしいぞ!! 」」
「「 どこにいるんだ!? 」」
清田が名前を掲げたことをきっかけに、コート上の天使を一目見ようとおびただしい数の観客がどよめく。
「「 おーっ 」」
「さすが、この天才の教え子! いよっ! 有名人!」
「そんな……は、恥ずかしい……」
どんなに目立たない色合いに身を潜めていても、メタリックカラーのごとく鮮明かつ光沢のあるオーラは隠せない。
皆が探し求めている対象人物は縮こまり、流川の背中に隠れる様にして座っている。
そんな彼女を遠目から見つめる男が‥‥
「いいねぇ、綾ちゃん。
あんなところにぽつんといても、ちゃんと存在感がある。まさにガレキに咲く花だ」
「花……?」
「お前もそう思うだろ、福田」
人々が押し合いへし合いしているキャパシティの館内であるにも拘らず、仙道はちょこんと着席する綾の居場所をしっかりと捉え、その存在意義に声を漏らす。
これから難関である海南大との勝負が始まるというのに、冷静さが欠けることはなく頼もしい。これこそメンバーたちから賞賛される理由だろう。
「俺は、あーいう女は嫌い。
……少しうらやましいとは思うけど」
「うらやましい?」
「それより仙道、頼む」
( ふっ……相変わらずだな )
オーケー、と了承した仙道は淡白な彼の言葉に目を丸くしたのちに、ふっとはにかむ。
好みのタイプではないと真顔でバッサリと言い放った福田という見慣れぬ男とのやり取りであったが、2人はこれから一体何をしでかそうとしているのか?
― そして
流れる様にボールが空中に放たれ、それは一度も着地することなく謎の男の手によってリングへと運ばれた。
ガコン! といった轟音が館内に響き渡り、皆の注目を一気にさらったのだった。
「「 !! 」」
「なっ……! 俺がやろうとしたことを……!」
先日の特訓で魅せた綾との共同プレイを先に決められてしまい、清田は愕然。
「なんだ!?」
「誰だあいつは!?」
「あんなやつ見たことないぞ!!」
軽々とアリウープを決めた謎の男の正体は? 思わぬダークホースの登場に、ギャラリーがざわつき始めた。
― すると
「あいつは……フクちゃんだ」
「「 フクちゃん? 」」
「桜木くんの知り合い?」
「ええ。この前、広場で……」
「へぇ、顔見知りだったのか」
「やるじゃない」
「ふっふっふ。この桜木の情報網を侮ってもらっちゃあ困りますよ、彩子さん!」
なんと、桜木だけがあの男の存在を知っていた。
「フクちゃん」と言うあだ名だけで学年やフルネーム、出自も不明。深くまで調べる必要がありそうだが、それよりも先に彼女は目の前の彼を褒めたたえる。
「誰1人として知らなかったのに、対戦相手の注目選手までチェック済みだったなんてすごいね! まるで相田さんみたい!」
「ぬ? アイダ……?
おお! 彦一のことですね!」
「そうそう!」
「これしきのこと、元コーチなら知ってて当然ですよ! トーゼン!」
鼻高々と自慢げに話す桜木と、数分前まで肩をすぼめていた同一人物とは信じ難いなんとも持ち上げ上手な綾。同時にパチパチと拍手まで送り、彼の鼻先はぐんぐん伸びる。
「ただの偶然だけどな」
「え?」
「ああ"!? なんか言ったか流川!!」
「やめんか!!」
出会った人物がたまたま陵南の選手だっただけだと流川の野次が入る。この男を調子づけるなと、さすがの赤木も呆れ気味だ。
「にしてもこないだの欠伸といい、おもしれーよなー、綾ちゃん。おまけにすげーピュア」
「確かにな。明日にはあの野郎どもと戦うってのに、なんか気が抜けちまうぜ」
「本当ですね」
「ははは」
最後の椅子を懸けた戦いが待ち受けているというのに、湘北エリアには和やかな雰囲気が漂う。
これも木暮の言うムードメーカーである綾のお陰だろうか。彼女は日頃から問題児を相手にしていることもあり、手のひらで転がすことにも長けていた。
もちろん当人にそんなつもりはなく、悪意は粒子レベルほどに皆無だ。
この緊張感の欠片も無い良い意味でのマイペースぶりが
明日の勝敗に大きく左右するとは
この時はまだ誰ひとりとして知らない ――。
一方、海南側は
「フッキー……」
「知ってんのか? アイツを」
「はい」
まだリーゼント頭だった桜木が、綾に元気付けられていた海南戦の翌日のこと。
神奈川No. 1の恋人そして各々の監督らも我がチームにと欲する天使。また、連続退場や頭上にダンクなど予選であれだけの珍プレーを炸裂させていれば嫌でも名が頭に残るだろう。
彼らが何者なのか、相手方は分かっていた。
利発的な青年は次の様に語った。
福田吉兆・2年。フォワード。
中学時代の同級生で、バスケットの実力は大したことはなかったそうだが猛スピードで上達していったという。
神の情報提供はそこまでだった。
別々の高校に入学したためその後どうなったかは知らず、この度の試合にて2年越しの再会を果たしたそう。ニックネームで呼ぶほど仲が良いのか、彼らの今後の動きに注目だ。
「今年の陵南は一味も二味も違うぜ、高頭……」
「田岡先輩……のぞむところです。
幸いウチにはコート上の天使も味方している。よって、絶対に負けることはありません」
「ぐっ……ちょこざいな」
先輩後輩の間柄らしい両監督は開始前からバチバチと火花を散らす。
1年でスタメンを勝ち取った清田の導入により勝機はますます上がり、綾が背景にいることもまた、選手たちの精神衛生上とても心強いのだ。
昨日の綾たちと行った特訓はいわば前哨戦。身体慣らしのゲームだったに過ぎない。
館内を震撼させた者も気になるところだが、牧が敵としているのはやはり、7番のエースであるこの男。
「何を企んでる、仙道」
「いいえ。何も」
神奈川4強のうち優勝候補である海南そして陵南の二大巨塔。雄々しい彼らが出揃い、一斉に会場全体が沸いた。その景色はまさに壮観そのもの。
青と白のユニフォームたちが整列する間際、主将はツンツン頭の男を呼び止めていた。
「さすがですね。氷を解かして、天使を目覚めさせた」
「……この予選の後ということは、どういうことか分かってるのか?」
「傷心旅行……」
「……!」
「そのくらい分かってますよ。牧さん」
「あらかじめ言っとくが、綾は絶対に渡さん……!」
「そうこなくっちゃ、面白くない」
挑発し合う牧と仙道。
彼女も、勝利も、渡さない‥‥!!
そしてついに開始時刻となり、同時にスコアボードも作動し前半20分間のタイムカウントが始まった。
今回、田岡監督はポイントガードのポジションとして仙道に牧をつけるといった奇策を決行。
また、新たに加わった福田の存在そして仙道や魚住らの活躍ぶりをただ黙って見ていられるはずがなく、桜木の苛立ちはピークに達していた。
( おっ、おのれ……
どいつもこいつも目立ちやがって……!!
眠りこけちまって試合には出れねーわ、ゴリには殴られるわ、今日は全然良いとこナシじゃねーか!!
モーニングコールだってそうだ。
だけど、綾さん……♡
俺のためにわざわざエアコールまでしてくれるなんて。
う"ぅ、なんて優しいんだ……
くそっ……!
ジイにセンドーにフクちゃんに野猿も、今に見ていやがれ!!
誰が相手だろーと、この天才がみんなまとめて倒してやる……!! )
「もう帰る」
「え……?」
わずかに陵南がリードする中、スクッと立ち上がった桜木は仏頂面のままコートに背を向けた。
「桜木!」
「待たんか! 桜木!」
「時間はいくらあっても足りねーんだ」
「「 !! 」」
この坊主頭は、見世物でも見せかけでもない。
これは先日親友の水戸にも吐き捨てた言葉であり、またもバスケットマンらしくなったと心の成長具合が分かる発言だ。
ただ傍観しているだけなんて全く味気ない。そんな暇があるならばボールに触り、1本でも多くシュート練習に打ち込み、技術力を上げたい。相手をギャフンと言わせたい。
個々に抱く思いは違えど、捉え方によってはそんな風にも見て取れる。
「では綾さん! お先に失礼しまっス!」
「桜木くん」
「俺も帰るぜ」
「俺も」
「えっ、みんな……」
「お前たち!」
「リョータ!」
痺れを切らしたのか。追って出ていこうとする三井、宮城、流川の3人。
この時、隣に座る彩子に腕を掴まれる。
「あんたまで帰っちゃダメよ、綾」
「彩子さん?」
「お前はカレシを見守る義務があんだろ」
「そーいうこと。彩ちゃんの言う通り」
「先輩方……」
この場に留まるよう叱責される綾。最後まで観戦するよう清田に頼まれていたが、急なことにうろたえてしまい注意された内容よりも戸惑いの方が勝り、その目線は最後尾の黒髪の男にも向けられている。
「楓くんまで……?」
「……陵南の実力はもう分かった。
これ以上、ここにいる意味はねー」
「えっ、でも……」
「もっと強くならなきゃいけねーんだ」
「!」
「「 流川……? 」」
牧を超越すると堂々宣言した流川。
変わらず釣れない素振りを見せるが、バスケットへの情熱は人一倍だ。
渡米するとの彼が内に抱く夢を知った綾は思い出した瞬間からそれ以上の追及はせず、練習に戻るであろうその足を引き止めることもなくこう言った。
「私、もう大丈夫だから。
脱走したりしないから、安心してね!」
「ウス……」
学校で待っててね、と挨拶を交わし笑顔で見送った。
もう何処にも行かない。逃げたりしない。
最愛の彼の手によって覚醒した彼女は自らの意志で前進し、光の世界へと帰還したのだから‥‥
「まったく、集団行動のできん奴らだ……」
「個人的に色々思う事があるだろうけど……」
「ん?」
「みんな、負けず嫌いなんですね」
「……!」
「綾」
「春野」
「もちろん、私もです……!」
どこまでも負けず嫌いな男たち。彼女とて、勝ち気のある性格。絶対に勝ちたい。それはこの場にいる全ての者が共通して思っていることだろう。
「ふっ。そうだな」
立て続けに退場したメンバーたちの身勝手さに呆れ返っていた赤木だが、先ほどの桜木の一言を含め綾の心意気にも笑みをもって接しており、日々嬉しさを感じていた。
――
後半に入ってもなお牧は変わらず機敏な動きを見せる。スロースターターで知られる帝王・牧紳一。ここからが彼の本領発揮だ。
仙道と牧の一騎討ち。それは正に実力者同士の対決。
チームとしても、個人としても、絶対に負けられない。愛しき人の笑顔を前に心に力強く誓ったこと。
ダンクだけはさせまいと、全速力で駆けて追いつき男の動きを見事制御した牧は帝王の貫禄を見せつけた!
「そう易々とダンクができると思うなよ!!」
「……!!」
( すごい! 紳ちゃん……!
この間も、あんな風に必死で……
昨日の朝、清田くんがアリウープを決めた時も、すごく悔しがってたような……
気のせいかな……? )
常勝の看板を背負う海南は、向かうところ敵無し。
しかし、最強チームを前に一切怯むことはない。勇猛果敢を掲げる陵南も再度福田を投入して追い上げを見せ、勝負は平行線に。
ハァハァと両者の呼吸は激しく乱れ、全身から汗が重力に沿ってだらりと垂れてゆく。
( 紳ちゃん…… 仙道さん……
海南も、陵南も、どっちも最後まで頑張って……!! )
あくなき勝利への執念を見せる牧。
巧みな技術を用いて喰らいつく仙道。
双方の戦いは壮絶なものに。手に汗握る競り合いに、両手を組む女神はもちろん会場の誰しもが彼らの勇姿から目を離せず、勝敗の結果を待ち望んでいた。
試合は終盤へ。
現在 79 - 77 と海南がややリード。
残り時間は10秒を切り、ここで陵南のエースはある1つの賭けに出た。
牧の手中にあったボールを池上が隙を突いて奪い仙道のもとへ。戻りの速いディフェンスをかいくぐり、果敢にゴールへと向かっていったのだ。
( え……どうして……!? )
あまりに一瞬の出来事だった。残りわずか1秒というところで攻撃を決め、試合は延長戦へ。
何故ゴールへと突っ込んでいったのか?
どうして手を下さなかったのか?
男たちの不可解なプレイに理解が追いつかず、数滴の冷や汗をかく。
各々のベンチエリアへと歩む背中に、綾はこの2つの謎を心の中で問いかけるのだった。
― そして
延長戦が始まる間際、ひとり化粧室へ向かった綾は帰りがけに柱の陰にひっそりと佇む男の姿を見かけ、声をかけた。
「あれ、健司くん……?」
「春野……」
そこにいたのは彼女の憧れの人物である翔陽の主将・藤真。
向かい合わせの彼の身なりは清涼感のある半袖の制服だ。1人だろうか、周りに仲間の姿は見られない。
「武里に勝ったんだろ」
「うん。39点差で……」
「そうか、おめでとう。明日が勝負だな」
「そうだね。ありがとう……」
友の計らいによって2人きりになり、急きょショッピングデートまがいな時間を過ごしてから今日でちょうど1週間が経過した。駅で別れる際、あの時は何の考えも無かったが今は違う。一番の気がかりである恋人の決着相手が此処にいるから。
未だに決心が鈍っている綾は物理的に1、2歩間隔が空いているのと同じく、萎縮した態度で合いの手を入れていた。
「今日は来てもよかったの……?」
「ああ……特に問題ないさ。
去年のルーキーの動向が気になって、見に来たんだ」
「そっか……」
「…………」
準々決勝で湘北に勝利し、本来なら自分たちが海南と試合をするはずだった。表向きは仙道を観に来たと言うが、実際は歯痒くも心残りがあるはず。
チームメイトたちと一緒ではなく1人だけで忍ぶ様に観戦しているところを見ると、ただ強がっているだけなのでは‥‥と女は男の胸の内を汲み取り、申し訳なさそうに会話を続ける。
「私……2人が瞬時に判断したこと、全然見抜けなかった。健司くんは見抜けてたの?」
「ああ。牧も、仙道のシナリオもな」
「そうなんだ、すごい……」
「アイツは、わざと牧に追い付かせた。
延長戦に入れば不利だと判断したんだろう。バスケットカウントで3点プレイを決め、勝利をモノにしたかった。
しかし、牧はそれをあの一瞬で見抜き、防いだ……」
仙道の本当の狙いを監督兼選手である彼によって詳しく解説され、点と点とがまっすぐな線で結びつく。
「そんな意図があったなんて……」
「…………」
格が違いすぎるね、と心の中の声が外に出る。経験値の低い頭では到底考えられなかった。彼らの高度な策略や瞬時の判断力に驚きを隠せない。
また、目の前の人物をも崇める綾に、藤真はその内向的な挙動から自身に気を遣っていることが見て取れ、彼女に波長を合わせている。
「先週は行けないって言ってたから、びっくりしちゃった。私のためにわざわざ来てくれたの……?」
「いや……たまたま用事がなくなって、それで様子見に行ったんだ」
「そっかぁ……」
( 本当は、君のことが気になって……
とは、今の段階ではまだ言えないが…… )
海南戦は行けないと話していたが、会場に彼はいた。
静寂の中、両チーム宛にではなく個人に向けて恋人を信じろと大声で叫び、出題者自ら答えを明かしていた。
だが、意中の女性本人に問われては正直に答えられず
その様に言ってやり過ごし、出掛けた日と一緒で気持ちを影にこっそりと隠してしまう。
「私に足りないものの答え、健司くんが言う寸前に分かったの。答え合わせをしたら大正解! 本当にありがとう!」
「……どういたしまして」
律儀にも今、あの日のお礼をしようと思い立つ綾。この時ばかりは顔を上げて笑い、陽気に振る舞う。
「例のタオルは牧に渡せたのか?」
「うん、バッチリ!」
「それなら良かった。花マルだな」
「花マルかぁ、うれしい!
えへ、健司くんに丸つけしてもらっちゃった!」
「……!」
両手でダブルピースをして、サプライズの成功と添削された二重の喜びを表す。
赤くなった頬を隠すためか。男は咄嗟に身体を横に向き直し、コート外のベンチを見た。
「お前ら、俺を差し置いてNo. 1争いをするなよな」
「……!」
牧と仙道。一進一退の攻防戦を繰り広げる男たちに、藤真はそんな言葉を発した。
" 自分はまだ引き下がっちゃいない "
心の強さを表した様な碧い瞳は、彼のクールな性格とは裏腹にメラメラと燃えさかっていた。
「仙道は強いが、牧も……
チームで言えば実力は海南のほうが上だ」
「…………」
「しかし、奴とのサシの勝負では
俺とて負けるわけにはいかない……!!」
「健司くん……」
その矢先に、当事者である藤真は身体の向きを変え、真剣な表情で綾の顔を見つめた。
「春野…… 君の……」
「え……?」
― この時
綾はふとゆうべのことを思い出す。通話中、下世話な話だと思うけど‥‥と、カナからとある忠告を受けていた。
――‥
「キャプテン、あのとき誰かに告白されてたけどさぁ。付き合うにしろ付き合わないにしろ、アンタが応援するのだけは、ぜーーったいに! NGだから!」
「え……? なんで『なんでもいーから!』」
藤真に告白した人物は翔陽高校の生徒会長。
先日その張本人とばったり接触し、身分の差に劣等感を感じていた。
捲し立てる友に対し、彼女は疑問を宙に浮かべている。
牧にもそんなところだと濁す様な回答をされたばかり。
深追いするも、どうしてダメなのか理由は明かさず、こう返した。
「綾に恋の応援をされるのだけは、絶対イヤだと思うし、ツラすぎるって……」
「それって、どういう……」
「…………」
「カナちゃん……?」
( もー、超ニブ…… )
連続して、朝練時の出来事までもが頭に浮かんでいた。
――‥
それは無理だ。
それだけは……本当の理由とて言えん。
……どうしてもだ。
‥――
「……何でもない。そろそろ席に戻ったほうがいい。俺はしばらくここにいるよ」
「あ、うん。
また勘違いされちゃうもんね……」
「いや……それは……」
じきに小休憩の時間が終わり、延長戦が間もなく開始される。仕切り直す声にまたもはぐらかされた様な、じれったい気持ちに陥ってしまう。
背景に牧がいることはもとより、好きな人がいると話していた藤真への申し訳なさはあれど彼女は正常に戻されていくこの空気感を右から左の耳へと軽く受け流し、やんわりと会話をしていた。
( 健司くん、何を言いかけたんだろう……?
おととい紳ちゃんに言われた時もそうだった。
あのコバルトブルーの綺麗な目で見つめられて、緊張して少しだけ肩が強張っちゃった。
それに、いくらお友達だとはいえ、あまり2人きりになるのは良くないよね。
またヤキモチを焼かれて……困らせちゃう…… )
彼女だけが分かっていない「何か」も、恋人の真意も、すべては彼にある。
非常に好戦的な牧と藤真。
断固として曲げない2人の強い意志。
( 健司くん…… やっぱり、強いな…… )
コート内を見据える色白かつ目鼻立ちの整った横顔を、綾もしっかりと見ていた。
牧の顔と重なる、あまりに真剣な面持ち。
心の強さを表している様な、煌めく碧い瞳。
この時、右往左往していた彼女の中で1つ決心がつく。
「私……紳ちゃんに聞かれてから、どっちに微笑んだらいいか分からなかったの」
「え?」
「どっちが強いか弱いかを決めるなんて……
そもそも勝敗をつける必要なんてないって思ってた。
だって、私からしたら2人とも同じくらい強いんだよ?」
「春野、」
「だけど……
真剣なんだもんね。避けられない戦いなんだよね?
だったら、私もお手伝いする!
審判もやるし、スコアだってつけるよ!
力いっぱい応援するからね!
だから、どちらも悔いのないように頑張って……!!」
( 春野……!! )
もう止めたりしない。疑問にも思わない。
彼が言った通り、しっかり最後まで受け止める。
勝ってほしい、負けないでほしいと言わなければ無益な勝負はやめてとも言わなかった。
目的はどちらも教えてくれないが
その勝敗の先に、未だ気付けていない大切な「何か」があるからだと当日、精一杯彼らのサポートをしようと意欲的な態度を示した。
― そして
「今ね、苦手を克服したくて、遠距離シュートの特訓中なんだ」
「特訓? ……そういえば、そうだったな」
「うん。
今度、健司くんともバスケしたいな……」
「!」
「次はバッチリ参加するからね!」
それは、出会ったばかりの頃。せっかくのフリースロー勝負だったが苦手だからと彼女は不参加のまま彼らの応援に徹しており、次の機会があればその時は特訓の成果を発揮できるかもしれないと話し、足だけは前方に向けていた。
「例の水族館のこと、詳細が分かり次第連絡するね」
「ああ……」
「私、負けないから。がんばるね!」
( 春野…… )
負けんなよ、と励まされていた彼女はいつぞやの藤真にかけられた言葉を胸に、引き続き猛練習に励むと意気込む。
「その意気だ。シュート練習、頑張ってくれ。
バスケットも楽しみにしてるからな」
「うん……! ありがとう! じゃあね!」
日増しに膨らむ、綾への想い。
無色透明な心と笑顔に見惚れる藤真。
勝利の女神の率直な想いを全身で受け取った彼は‥‥
「うーん、まさに天使」
「……!」
「イイ雰囲気すぎて話しかけられなかったぜ。一瞬話しかけるのためらったよな」
「高野、永野」
艶のある髪に塗られた女性の香りに魅せられ、しばらくボーっとしていた彼はメンバーの存在に気付かず驚いている。
「顔から湯気が出てるぜ、藤真」
「一志。よせ、からかうな」
「煎餅の贈り主か」
「ああ」
――‥
たまの間食も良いものだな。
あんなにスタミナのつく煎餅は初めて食べた。
‥――
普段はクールで仲間たちに的確なパスや指示を出す優れた監督兼任の選手も、ここだけを切り取れば思春期のど真ん中にいるごくごく普通の青少年。
顔が赤いとおちょくる長谷川、そして活力あふれる煎餅だったと彼女と折半して食べた感想を以前に耳にしていた花形らと話し込んでいると、視線の先の人物がぴたっと足の動きを止めた。
( あれ……? 花形さんに、みんなも…… )
一度だけ振り返ると、翔陽のスタメン勢が出揃っている。綾は背丈のある男たちに向かい遠目からぺこっと会釈をした。
ほくそ笑む一同。昨日の敵は今日の友‥‥
自分たちを励ましてくれた天使に、敵意を向ける者は誰1人としていない。
「答え合わせか……」
「ん?」
「彼女は……春野は、裸一貫で挑み、隙間埋めがなされてもなお難関を突破しようと奮闘してるらしい。俺たちも負けじと頑張らなきゃな」
「「 おう! 」」
「本当に…… 頑張らないとな……」
最後に発した声は、とても小さなものだった。
両拳いっぱいに力を込め、リアルな想いの丈を伝えた綾。
生まれ持った気質か。何ひとつ歪んでいない、ありのままの自分をさらけ出していた。
" 飾り気のない彼女が好きだ……!! "
恋敵に向かって叫んでいたこと。
ピッタリ当てはまる、彼が惹かれた彼女の人柄そのものが、言葉が、すっと男の胸の奥に沁み入ってゆく。
( 春野……ありがとな……
その眩しいくらいの笑顔は、いつだって俺の左胸を熱くさせる。
言わずとも見当がつく。浮かない顔をしていたのは……
消極的な姿勢は、敗れた俺たちに配慮してくれているんだろう。
牧……アイツも、その時が近いと感じたか。
既に対決する日程の目星はついている。
答えが分かったばかりなのに申し訳ない。
またも問題を押し付けるような形になってしまったな。
それも、過去最大かもしれない難問に……
だが、消極的どころか積極的に参戦しようと……
その熱い想いに応えるためにも
絶対に、負けられない。負けることは許されない。
心優しい天使、君のために…… )
藤真は数秒間その場に立ち往生し、離れてゆく小さな背中を見つめていた ――。
― その後
同点シュートを叩き出した仙道。その彼が不利だと判断した、5分間の戦い。海南は点差をキープしたまま、無情にもブザーが鳴り響く。
かくして延長に持ち込んでもなお陵南は勝利を飾ることはできず、歴代王者の勝利に終わったのだった。
――
「キャプテン、海南の控え室に行ってもいいですか?」
一目彼に会いたい。そして、例のことを伝えたい。
ゲームセット後、綾は赤木に許可を求めるもその傍らで何やら顔をニヤつかせている者が‥‥
「構わんが……すぐ学校に戻るから手短にな」
「分かりました。ありがとうございます!」
「綾、牧に喰われないように気をつけなさいよ♡」
「「 彩子……! 」」
彩子の思いも寄らない一言に一同はギョッとしている。
( 喰われる……? )
「はい! 気をつけます!」
「「 ………… 」」
「ほんとに意味わかってんのかしら、あのコは……」
当の本人は言葉の意味を理解しているのかいないのか。ハキハキとそう答え、一旦メンバーたちと離れた。
皆が唖然としていたことなど当然知らず、彼のもとへ。
「「 陵南の仙道だ! 」」
「「 きゃあ! 仙道さーん! 」」
海南の控え室に行き急ぐ途中、ある人物の登場に通路内がざわつき始めた。
「あ……」
「綾ちゃん、久しぶり」
「仙道さん、お久しぶりです……」
そこにいたのは恋人ではなく、ラブレターの差出人であり横浜デートの主催者でもある仙道だった。
こうして対話するのは湘北の体育館に訪れた日以来だ。白いシャツに黒地の指定ジャージをまとった男はファンの声に一切応じることなく一直線に彼女だけを見据え、ゆっくりと近付いて来る。
「やったな」
「え?」
「吹っ切れて良かったな、綾ちゃん」
「……!」
無事に本来の姿に戻れた。
この喜びをひょいと拾い上げると、あることで堅苦しくなっていた綾の表情は一変。
「ありがとうございます!」
好きであったはずのバスケットが不透明になってしまったと、思い悩んでいることを打ち明けていた当時の表情とはまるで違う自然な笑顔に口元が緩み、相手も微笑み返す。
「いいね」
「?」
「あの時より、そーやって笑ってるほうが断然イイ。女の子に塞いだ顔は似合わねーよな」
「仙道さん……」
「活きの良い魚だからこそ釣りがいがあるってもんだ」
「魚……?」
海底深く沈んだ顔より、晴れ渡った笑顔がいい。
新鮮な魚と例えていたが、彼の趣味嗜好を知らない綾には何故その様な言い回しをしたのか分からなかった。
第一に、こんな風に笑いかけられたなら親友のカナも然り大半の女子はハートを釘付けにされることだろう。しかし、彼女にその気配は全くみられない。
それよりも、人としてきちんと筋を通したいと機会を狙っているのだ。
「あのっ、仙道さん……」
「ん?」
先ほどから背中を丸めがちで堅苦しくなっている理由。それは、仙道に対し申し訳ない気持ちがどっさりあるためだった。
恋文の返事はおろか、わざわざ励ましに来てくれたお礼さえもしていない。また、先日の武里戦では100点差で圧勝したものの海南に敗北したばかり。
「試合の結果について、なんですけど……」
「…………」
おめでとう、もしくは 残念、か‥‥言い淀む綾。
( 気の毒だ、なんて顔してんな…… )
「お互い、明日の試合ですべてが決まる。がんばろうぜ」
「はっ、はい!
今日はお疲れ様でした……!」
「サンキュー」
陵南そして湘北。どちらのチームも追い詰められていることに変わりはない。
再び湿っぽい表情になり、非常に言いづらそうにしている様子に彼は率先して声をかけ、暗くなりかけたムードを制御した
― その時だった
「仙道、綾に何の用だ」
「「 !! 」」
大きな影が綾の前に立ち塞がった。
「牧さん」
「紳ちゃん!」
彼女を庇う様にして、間に割り入った牧。
今、彼の顔は試合中の顔ではない。
王者海南の主将でも選手でもなく、悪い虫から愛しの女性を守るための、ただ1人の男の顔をしていた。
「一体どういうつもりだ。仙道」
「えっ」
「奴と綾を近付けさせ、たてつこうって魂胆なんだろうが、その手は食わんぞ」
「……どう受け取ってもらってもいい。
1つだけ言えるのは、あの人が来てくれたほうが面白くなるってことですよ」
「何だと……?」
何も言葉を発さず、互いに相手の目だけを見ている。
試合前の発言に至ってもそう。牧は以前から仙道の狙わんとするものを探っており、今まで培ってきたバスケットの巧妙な技術の様に一瞬の隙を突き、本質を見極めようとしているのだ。
辺りはピリピリとした空気に包まれていた。
綾は恋人の背後からおっかなびっくりな顔をそっと覗かせ、か細い声をかける。
「紳ちゃん……? 仙道さん……?」
「綾」
「綾ちゃん」
ハッとした2人は目線を下げ、不安そうな彼女の顔を見た。
「それじゃ、そろそろ失礼しますよ。牧さん」
「……ああ」
「綾ちゃん、また明日な」
「はい……!」
綾の一言を機に仙道と離れ、2人きりに。
男の姿が見えなくなると
「まったく……油断も隙もない……」
少々呆れた口調でぼやいた、次の瞬間
牧は綾の身体をきつく抱きしめた。
「……!?」
背中に手を回す余裕はなく、柔らかな小さな身体はたくましい大きな身体とあたたかな体温に包まれ、一気に硬直してしまった。
「しっ……紳ちゃん……?」
「いつもながら、やわらかいな……」
「いやっ、恥ずかし……
みっ、みんな見てるよ……? それに『見せつけてやればいい』」
「えっ……」
" 奴らに見せつけてやれ "
通路内がざわざわと騒ぎ立つ。周囲にちらほら佇むギャラリーもその大胆な行動に意表を突かれ、顔を赤らめている。人前で恥ずかしいと焦る彼女だが仕掛けた本人は全く動じず、まるで聞く耳を持たない。
密着したまま数分間、肌を引き離すことはなかった。
巷で有名な2人であるが、自身が彼氏だと、そう存在を知らしめることが目的の様に‥‥
「キス……してもいいか」
「えっ、今……? なんで……」
そっと身体を解き放つと、牧は綾の両肩に手を乗せた。そして段階を踏む様に欲望を口にしていく。
「とっくに元気になったからな」
「あ……」
――‥
やっ、フライングは、だめっ……!
元気になったら、ね……?
‥――
先ほどから綾は連続して驚きの表情を浮かべている。
見舞いに訪れた際、勢いで押し倒した彼は体調が回復するまではダメだとお預けを喰らっていた。風邪が完治した今、彼女がそれを拒絶する理由は何もない。
すぐに返事がもらえず、痺れを切らした彼は
「藤真とも一緒にいたな」
「え……?
偶然会っただけで、やましいことは何も……」
「っ……!!」
この直後、ドン!と少々乱暴気味に壁際に追いやられた。
1つ1つステップアップするどころか怒りのスイッチが入り、急激にエスカレートしてしまう。
「きゃっ!」
休憩時間中、2人が談笑する様子を目撃していた牧。この行いはどう見ても嫉妬していると丸分かりだ。
「今のは聞き捨てならんな……」
大抵の夢は時間が経つにつれて記憶が薄れてしまうが、藤真と綾が抱き合う例の夢だけは牧の頭から離れず、いつまでも残っていた。
とっくのとうに霧は晴れている。また、あくまでも夢は夢。脳が自己処理をして好き勝手に展開している非現実な映像に過ぎない。
だがしかし、現実の恋人ときたら未だライバルの気持ちに気付けず、2人仲良く買い物をし贈り物をされては快く受け取り、終いには密かに話し込んでいるのだから始末が悪い。彼の胸中はさぞかしドス黒い負の感情同士が絡まり合っていることだろう。
本人に批難やその気持ちをぶつけることはないにしろ、そろそろ我慢の限界か。
( 紳ちゃん……!?
こんな所で、こんな状況で、このまま流されてしちゃっていいのかな……?
別れる直前にしてからずっとキスはご無沙汰で
念願の深いキスも、ここで……
ちょっとだけ怒ってる……?
少し別人みたいな気がするのはどうして……?
ううん。それよりも
紳ちゃんがしたいって求めてるんだもん。
緊張するけど、ちゃんと応えなきゃ……! )
― そして‥‥
「キスしても、いいよ……?」
「……!!」
要望を受け入れると心に決めていた綾。
凛々しい彼の顔をしっかりと見つめ、この一言だけを伝えた。
その問いの返事は乏しくも一途で、精一杯な想いが詰まったもの。
それ以降きゅっと目を瞑り、受け入れ態勢で今か今かと厚い唇の訪れを待っていた。
心の傷を考慮し、ディープキスはおろか普通のキスでさえもできていない。さらには他の男といる場面に遭遇し嫉妬の炎が燃え上がらないわけがない‥‥
牧は押さえていた両手を解放すると、少しずつ反応を見ながら綾の頭部、頬と上から順に触れていく。
鼻の奥を突き抜ける潮の匂いが豊かな花々の香りに誘われる様にして、桃色の唇に迫り来る。
数秒後、彼の手の動きはそこで停止した。
「……っ」
声にならない声が出る。
愛しき人の心の声を聞いた
牧の眼差しは細く、胸の中がドクンと高鳴る。
いまだ " 男性 " を知らない妓体。
追い詰められ怖くなってしまったのだろうか。
何でも受け入れる。だから大丈夫だと念じるも、本能には逆らえない。
了承したにも拘らず、ビクビクと無意識のうちに身体が震えてしまっていた。
( 綾…… )
今度こそ、愛する女性とキスがしたい。
カラダを重ねたい。愛情を確かめ合いたい。しかし、実情は空白のまま‥‥
巾着の紐を絞った様に、心は切なさに満ちている。
交際の許可を得て問題が解消されたとはいえ、その傷は深く、いつまでも消えることはない。
彼女の心身を気遣い自身をセーブする日々。
この時‥‥片手を壁につけ、彼がとった行動は
「綾……」
「んっ……」
チュッとそれはそれは小さな音を立て、うなじの1箇所に優しく吸い付き、とある痕跡を残した。
ゆっくりと瞼を開くと
「紳ちゃん……? 今、何して……?」
「虫除けだ」
「え……?」
「これでもう近寄らんだろ」
OKと望みの答えが返り、口付けを交わす絶好の機会だったはず。だがしかし、触れたのは手や唇でも頬でもなく首筋であった。
また、監督に聞かれ答えていた2匹ほどいると言う自分たちの仲を邪魔立てする存在。
悪い虫とは一体何なのか‥‥綾はその言葉が意味することを処理しようとすると
「熱は、無いな」
「……!」
「すまん……勢いに任せて手荒な真似を……」
「うっ、ううん。気にしないで……」
目の前の顔に驚く綾。額に肌の感触や相手の体温を感じ、顔からはモクモクと蒸気が吹き出す。
――‥
なんでもなくないだろ。
昨日から熱でもあるんじゃないか?
‥――
( また、おでこ…… )
ひどく緊張していた空気を拭い払う様にぴとっと額と額をくっつけると、ムキになっていた顔は消え、通常通りの表情に戻っていた。
「祝いの品はこれで充分だ。
明日も応援頼むぜ、綾」
「紳ちゃん……」
「大丈夫か? ちゃんと1人で歩いて帰れるか?」
おめでとう、と祝いの言葉を伝えにやって来たことは見透かされていたのか。身体中の力が抜け、我に帰った彼女は恥じらいつつ負けじと言葉を返す。
「なっ……当たり前だよっ! 子供扱いしないでよーっ!」
「ハハハ……そうか、それなら安心だ。それじゃあな」
「うん。お疲れさま……」
子供の様な活気のある顔を前に、満足そうに笑い飛ばしていた牧。
彼が上手く取り繕っていたとは知らず‥‥
綾は赤らめた頬を両手でさすり、広く大きく、恋しい背中を見つめる。
あのプレイも、彼の心も、見抜けない ――。
本人は気付かずとも、牧からキスマークという名の御守りを受け取った彼女は急ぎ足でチームメイトのもとへ向かうのだった ――。
( 〜〜っ……
紳ちゃんって、自分の魅力に全然気付いてないのかな。
急にあんなことされたら、どんな女の子だって失神しちゃうくらいドキドキしちゃうよ……!
やっぱり、私の身体を気遣って……
今度、ちゃんと聞いて。
本当にもう大丈夫なんだよ。
私……貴方になら、何をされたって怖くない。
怖くなんて、ないのに……
なんでも要望に応えるよ!
どんなことだって、このおっきな盾でガードできるよ!
2人が言ってたことがものすごく気になる……
奴と私を近付ける……? あの人が来れば面白い……?
それって、健司くんのこと……?
真実が分かるっていうのと、何か関係あるのかな……
あ……!
また肝心なこと言いそびれちゃった……!
仙道さんにも、ちゃんと感謝や労りの言葉も全部、伝えなくちゃ……
紳ちゃんにも藤真さんにも勝ってほしいし、負けてほしくない。それは変わってない。
だけど……
どっちも真剣勝負なんだもん……私もしっかりしよう!
答えは言えないけど、伝えなきゃ。
紳ちゃんにも
真剣に、最後まで試合を見届けるからって……!! )
――‥
俺は、お前の笑った顔が、誰よりも好きだ……
笑ってくれるか……?
‥――
綾が以前から気になっていること。
彼は、自身のどんなところが好きなのか?
牧曰く、どうやらそれは秘密にしているそう。
しかし、きっと「全部だ」と言いのけるだろう。
泣き顔も怒り顔も気にしいなところも、何もかも‥‥
( 本当にすまない。
俺は、とんだヤキモチ焼きだな……
背徳感と征服欲に支配されていたような……
まるで違う人格をもった自分が現れたようだ。
藤真、仙道……
残りの悪い虫は、やはりあの2人か……
やましいことなどあってたまるか!!
綾……
お前は、出会った頃から良い意味で何ひとつ変わってないな。
そういう俺も、現行で好きな気持ちは変わっていない。
あくまで偶然だろうが、目が合ったときは流石に驚いた。
だからって、照れ屋にも程があるぞ。
背中に手を回せないくらい恥ずかしかったのか?
……イイ女の匂いがしたな。
万が一の時のために、肌に印をつけといたが
身体が震えてたな……
思っている以上に傷は深いだろうからな。
多少なりともモヤモヤするが、今のところは
あれ以上の接触は色んな意味で厳禁だな…… )