最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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この日の午後、綾の父親は牧を自宅に呼び出していた。
「試合の前後に悪いね」
「いえ……」
玄関を入ってすぐのところにある応接間に通された。
娘は部活、妻はパートタイム業務。よって誰の邪魔も入らない。ひとり掛けのソファを挟んだ真四角のテーブルには湯呑みに注がれた緑茶や羊羹、果物の寒天ゼリーといった茶菓子が用意されている。
「何も持たず、申し訳ありません」
「いや、こちらが無理を言ったんだ。
気にしなくていい。それよりそこに座りなさい」
「はい、失礼します」
放課後、突然の連絡を受けた牧は待たせてはなるまいとすぐに彼女の自宅へと駆けつけた。
あまりにも急だったため、手土産も持たずに来たことに居心地の悪さを感じ頭を下げる。
緊急のことだろうか。どんな用件で呼び出したのか?
それはまだ誰にも分からない。
普段からどっしりと構えている牧も、1対1での状況に少々緊張している様子。
彼はブレザーの制服を着用しているが向かい合い話す姿はもはやビジネスマン。まるで商談でもしているよう。
「昨日はわざわざ会場まで足を運んでいただき、ありがとうございました」
「いやいや。娘に観戦するように言われてね」
「綾さんが、ですか?」
「ああ。君のことをひどく言わないでくれと、怒られてしまったよ」
( 綾…… )
自身が過小評価されていたにも拘らず、一切たじろぐ様子は見られない。
それよりも親子喧嘩の火種になってしまったことに罪悪感を感じる牧。
しのびない気持ちのままでも彼女が盾になってくれたことは、多少なりとも嬉しく思っているだろう。
「それに、謝るのは私のほうだ」
「……?」
「面目ない……
どうやら私は、とんでもない勘違いをしていたようだ。
君のことを大した人間ではないとみくびっていた。
無礼をどうか許してほしい」
「……滅相もないです。顔を上げてください」
これまで下に見ていたことを謝罪する父親。
綾を連れて帰ったあの事件当日の夜、牧への態度が同一人物とは思えないほどに違うから驚きだ。
「ありがとう……
実に良い試合だった。家内はもらい泣きしていたよ。
駅伝やオリンピックでも観ているようで、年甲斐もなく胸が熱くなったよ。
君が一番だと言われている所以も分かった。
ただ、あの赤い頭の青年は可哀想だったがね……」
「…………」
黙り込み、そうですね。とは決して言わない牧。
17年連続優勝の責務があることはもちろん、常に勝利への飢えを持つためか。情けをかけることはない。
ブザーが鳴る寸前、高砂の手に渡った例のパス。
綾は桜木のことをひどく気にかけていた。
励ます必要はないと一度止めたものの彼女の性格上、苦悩している人間を見過ごすはずがなかった。
「とても白熱した試合でした。
湘北の赤木とは、一度手合わせ願いたかったので……」
「そうだったのか」
「はい」
「5人とも骨のある相手でしたが
無事勝利を収めることができ、ホッとしています」
未だ余韻の残る激戦の記憶。
待ち望んでいた湘北との対決に白星をあげられて良かったと感想を述べた。
両チームともに熱狂する館内。未来ある若者たちが、額に汗して勝利を掴もうと正々堂々と競い合う。
その頑張る姿に胸を打たれたのだろう。
いつの間にか夢中になって観ていたと言う父親は、笑顔で昨日のことを振り返っていた。
「娘も途中からイキイキして人が変わったようだった。これも君のおかげだろうか」
「いえ……僕はあくまで約束を守っただけで、綾さん自身が変わりたいと強く願ったからこそ迷いを振り切れたんだと思います」
「約束……? 迷い……?」
彼女と電話で交わした、熱い熱い約束。
嫌いになりそうだったものを、また好きになれた。
バスケットの面白さを思い出させてくれた。
観戦を機に180度見方が変わったらしいが、綾も同様に大きな変化があったのだ。
見事難題をクリアし別人の様に明るくなった娘にすっかり牧のことを見直したらしい。
― そして
このあたりから父親の目つきが変わり、今回彼を呼び出した理由が段々と明白になってくる。
「この間、君の両親と話す機会があってね。
これからのことについて4人で意見を出し合ったんだ」
「それで……どうなりましたか」
以前、綾の母親が牧の両親と
今の関係に折り合いをつけると話していたが、果たして
「うむ。結論としては……
今後も若い2人を見守ろう、ということになった」
「…………」
目の前に座る男の反応をうかがいつつ話を続ける。
この時、牧が持つ器の水面には茶柱が。
「私もこの数日間……色々と考えた。
あのことは、取り消そう」
「……!!」
「……ですが……」
" しばらくの間、会うことをやめてもらいたい "
この時ばかりは目を見開いて驚く。
しかし
彼の表情は淀んだ曇り空の様に薄暗いまま。
「紳一くん……だったね」
「はい」
「君も娘に似て、頑固だな」
「!」
たった今、約束が解除されたというのに
このまま距離を置き続けると言わんばかりの冴えない表情の牧。そんな尻込む姿を見つめていた父親は、初めて彼を下の名前で呼んだ。
その後‥‥綾が幼かった日々のことを語り始めた。
「君の話をしている時の娘は、実に楽しそうだ。家内もそう言っていたよ。
赤ん坊の頃はあんなに小さくて
どこに行くにも手を繋いで歩いていたのに。
気付けば、あっという間に反抗期に……
私も年を取るわけだ。
愛する男のために涙を流すような年齢になったと思うと奪われてしまったような悔しい気持ちもあってね。
これも娘を持つ男親の宿命か。
いやはや、歳月が経つのは早いもんだ。
いい加減に子離れをするべきか……」
( 親父さん…… )
昔を懐かしむ表情はどこか淋しげだった。
移りゆく時の美しさと、物悲しさ。光陰矢の如しという言葉がある。子どもの成長は非常に早く、大事に育ててきた一人娘はいつの間にか手元を離れ
今ではこの男と一緒にいたいと頬を濡らし求めている。
「初めて君を連れてきた時、せがれができたようで嬉しかったんだよ」
「……!」
「もう充分に時は満ちた。
そう意地を張らず、次は牧くんが手と手を取り合っていってくれないだろうか。
あらためて綾のことをよろしく頼むよ」
「親父さん……」
「親父……? そんな風に呼ばれる筋合いはない」
「……失礼しました」
呼び名に強烈な不快感を感じたのか。
息子ができた様で嬉しいとは言っても、花嫁として授けるとまでは言っていない。その先の段階までは譲れないと頑固一徹の父親は不満げだ。
― すると
だが……と中年の男の口から意外な言葉が。
「娘のことをどう思っているのか、教えてほしい」
「…………」
これで終わりかと思いきや、そうではなかった。
初めから何となく察しがついていたであろう
議題はやはり綾のこと。
小綺麗な皿に盛り付けられたキューブ型の和菓子。
その透き通った複数の色彩が体育館脇に咲くアジサイの様に、彼にはダブって見えていた。
「綾さんは……僕にはもったいない女性です。
白黒だけの日々に、彩りをもたらせてくれました。
どんなに寒い日が訪れたとしても暖かい風を運んできてくれる。
綾さんとお付き合いができている僕は、男冥利に尽きる思いです」
綾に宛てた手紙にも綴った、心の奥底にある想い。
モノクロだった世界をカラフルに……
バスケ漬けの毎日に、暖かさと明るさを添えてくれた。
好きだの愛してるだのといった安易な言葉は用いず
もったいないほどの女性、そして彼氏としてこの上ない幸せだと語った。
― そして‥‥
父親の口から、さらに思いがけない発言が飛び出す。
「最後に、ずばり聞こう。
牧くん。君は、娘と結婚する気はあるか?」
「…………」
実質17歳の青年に対し
妻に迎え入れる気はあるかと問いただす。
「……高校生には重い話だったか」
今の質問を無かったことにしようとした
その時
「あります」
「……!!」
あまり動揺することのない人物だが、これには目を大きく開きひどく驚いている。
即答ではないにしろそこまで間は空かず、思った以上に早い返事が。
「……そうか。いい返事が聞けて良かった。
どうしても君の気持ちを知りたくてね」
2つの質問内容により、個人的に気持ちの確認をしたく呼び寄せたことが明確になった。
また、牧のことを嫌っているわけではなく
娘がこれほどまでに慕う理由。
そして彼の誠実さを見極めたかったのだろう。
「ただ……」
「ん?」
何かを言いたそうにしている青年は
両腕で膝下のズボンをぎゅっと掴み
言い淀むことなく真剣な眼差しで相手の顔を見た。
「バスケットだけで食べさせてやれるほど世間は甘くない。だからと言って、辛い思いをさせる気は毛頭ありません。
僕は、今まで何度も綾さんを泣かせてきました。
もっと男として……彼女を守れるようになりたい。
寛大な心で包み込んでやれる日が来るまで
一人前の人間に成長するまでは
この話は保留にさせてください。お願いします」
( 牧くん……君は…… )
――
「お邪魔しました」
「ああ、気をつけて帰りなさい」
「はい。失礼します」
丁寧にお辞儀をし、牧は家路に着いた。
親から子への愛、そして恋人への愛。
これらは、未来永劫変わることのない普遍的なもの。
もう、愛娘が泣くところは‥‥
辛そうにしている姿は見ていられない。
牧紳一という名実ともに全国区の選手のプレイスタイルや底力を目の当たりにし思い直した父親は
食事に誘う気満々でいたが、次回に持ち越そうと残念そうに電話帳を仕舞う。
己はまだまだ半人前。
技量や包容力、経済能力などを持ち合わせていない。
その日が来るまでどうか待ってほしいと懇願する牧‥‥
凄まじい熱意に男気、心意気が瞳から伝わってくる。
そして何よりも、綾への真心を見た。
( 彩りに、男冥利、寛大な心……
こりゃたまげた。言い回しといい立ち振る舞いといい、相変わらず肝が据わっている。
本当に高校生なのか、あの男は……
しかし、良い目をしていたな。
娘への気持ちはよーく分かった。
その人間としての成長を気長に待とうじゃないか。
店屋物でも取ろうと思ったが……また今度にしよう。)
段々と雨脚は弱まり天は雲に覆われ
青色から白い空へ。やがて、暖かな陽射しが舞い込む。
― さらに翌日の湘北高校・体育館。
放課後。1年の仕事であるフロア全体のモップがけ。
綾も掃除用具を手に作業をするがその手は止まり、驚かずにはいられなかった。
その理由は、桜木と流川の問題児コンビの顔面に複数の絆創膏が貼られているから。
おとといの試合に未練が残る2人。
ゆうべ拳を交わした名残りに彼女の表情は濁ってゆく。
「その傷……殴り合いでも、したの……?」
「「 ……! 」」
( 綾さん。)
( 綾…… )
信じられないといった顔で彼らを心配する最中、宮城が口を挟む様にしてこの場の静寂を叩き切る。
「綾ちゃん、そーゆうヤボったいことは聞かないもんだぜ」
「えっ……どうしてですか……?」
「そーそー。ああ見えても
何だかんだで分かり合えてんだぜ、コイツら」
「……桜木くん、楓くん……」
三井や宮城が言うには
桜木にとっては起爆剤、流川にとっては刺激となり互いに程良い関係を築けているらしい。が、まさか自身への過ちも叫んでいたとは彼女は思いもしないだろう。
( 宮城先輩と三井先輩も……
あの暴力事件があったからこそ、こうしてバスケができてるのかな。
だけど
殴り合わなきゃ分かり合えないなんて、そんな……
男の人って、分からない…… )
「そうそう! この傘、お返しします!」
「え?」
「全然大したことなかったスよ、昨日の雨!」
「えっ……ゆうべは土砂降りだったよ……?」
「ふー、やれやれ」
全身ずぶ濡れになっていた桜木に呆れ返る流川。
ゆうべの降水量は傘を使わなくてもいいというレベルではなかったはず。
どこかで購入したのか、雨宿りをしていたのか。
雨が降ろうが打たれようが動じず
差すことすら忘れてしまうほど思い詰めていたのか‥‥
どちらにせよ不自然な行為であり綾の手前、見栄を張っていることは確実だ。笑って平然と話す彼とは反対に後味の悪さを感じていた。
「昨日は突然ごめんね。
この傘も……ありがた迷惑だったよね?」
「そ、そんなことないっス!
俺……綾さんが激励に来てくれてホントのホントに嬉しくて……」
昨日、桜木は部活に一切顔を出さなかった。
連れ戻すことはできなかったがあの励ましは焼け石に水ではなかったはず。
また、すぐに居場所を特定できた綾。
自身も別れた日の翌日バスケットに未練がありコートに足が向いていたから。
最愛の彼を失っても、両者を繋いでいたバスケットボールという失くし物は心の中で転がり続けていたのだ。
嬉しかったと話すが部活にも出ず大雨の中、傘も差さず怪我を負い、さらにはあんなことまで。
よほど精神的に追い詰められていたのだと思考を巡らす彼女は、試合終了後の涙ぐむ姿が忘れられず依然としてやるせなさそうに声をかける。
「 (敗因は) 桜木くんのせいじゃないよ……?
私が、終盤まで不安定だったから……」
( 綾……! )
桜木、流川、そして綾。
この度の責任問題は、三者三様。
不足しているものが見つからなかった。
選手を支えるマネージャーのはずが支えられる側になり皆の足を引っ張ってしまったこと。
何よりも、どちらを応援したら良いのか心が定まっていなかった自分がいけないと言う。
「いえいえ、俺のせいで負けたんスよ、綾さん。
しかーし! ジイには負けたなんてこれっぽっちも思っちゃいねえ! 次こそは必ず倒す!!」
「うん……! そうだね、その意気だよ〜!」
「ハイ!」
筋金入りの明るさ。ポジティブさ。
その宣言に完全に立ち直ったのかと安堵すると、彼女のその弱々とした声は通常時に戻り
入部したての頃の様なパァッと良い笑顔に。
「そのヘアスタイル、すごく似合ってる!
靴下を履かないのとおんなじだね?
とっても動きやすそう!」
「そーすか!? この天才風坊主ヘア、お気に召していただけましたか!?」
「うん! お気に召したよ〜!」
あんなこととは、こんなこと。
極めつきはこの髪型だ。
「ギャハハハ! だめだ、オメーを見てるとどうしても笑っちまう!」
「俺も……やべえ、腹痛い……しばらくは慣れねえ」
「え、先輩方?」
責任をとってバッサリ散髪した彼はリーゼントから丸坊主の髪型に。これには周囲の人々は大爆笑。
ただでさえ目立つ赤色の髪がまるで猿同等の頭になり、注目の的にならないはずがなく‥‥
三井と宮城は腹部を押さえ笑いをこらえている。
「綾さん……♡
そうそう! 切り終わった瞬間から、なんか軽くて動きやすかったんスよ。視界が広がったとゆーか……」
今日一日、湘北の生徒たちに笑い者にされ、また恐れられている桜木だが
今回の海南戦を区切りに見た目のイメージチェンジだけでなく大きな気持ちの変化があったのだろう。
彼がバッシュの上に靴下を履かない理由。
以前靴擦れを起こすため気をつけてと綾に言われた際、感覚で動けるのがイイと現在と同様のことを話していた。
こうした髪型1つにしてもバスケットマンとしてまた1つ段階を踏み成長したということが目に見えて分かる。
この時、桜木の発言に何かが閃いた彼女は
「視界が……?
そっか! ひょっとして、髪の毛が邪魔だったのかも!」
「ぬ? 髪が……?」
「うん。汗で髪型が崩れて、視界が遮られて……それでキャプテンと高砂先輩を間違えちゃったのかなって」
「……!」
「春野……」
「そのことに気付けなかった私が悪いの。
だから、ちーーっとも桜木くんのせいじゃないよ!」
「綾さん」
監督不行き届きであってあくまでも桜木のせいじゃないと言い張る綾。彼女の見解は、リーゼントの髪型が崩れたことによる視界不良。
バンドを装着するなど策はあったのに、とそこまで気が回らなかったあの日の自分が悔やまれる。
「武里戦に向けて、練習がんばろっ!」
「はっ、ハイ! おっしゃあ!!
打倒・武里!! 打倒・陵南ー!!」
( じーーん……
負けたのは俺のせいなのに
こんなにも庇ってくれるなんて。
優しいなァ……綾さん、なんて心のキレイな人なんだ。
ミッチーにリョーちんといった庶民どもとは大違い!
本当にありがとう。綾さん……
ん? そうだ! 今度は俺が傘を貸してやればいいんだ!
「もしよろしければ、相合傘はいかがでしょーか?」
なーんて言えたらなァ…… )
「にしてもやりやがったな、牧の野郎……
春野が覚醒する直前のあのダンクは……」
「ああ。アレは綾ちゃんに向けてしたってカンジだった」
「「 見ていろ! 」だもんな」
「ウンウン」
「藤真もね」
「ああ。アイツは、春野のことを……」
約束を、誓いを果たした牧。
2度目となる彼の力強いダンクは他の誰よりも綾の心を突き動かした。
殻を、壁を突き破るんだ
できるんだ! という絶対的な自信を持つこと。
" 己の確固たる自信 "
何よりも恋人を、牧を一番に信じること。
本人に聞こえないようヒソヒソと小さな声で話す彩子と木暮。藤真も彼女のために、例の不足しているものの答えを叫んだ。
自身が敗れてしまったチームの応援など普通はしない。彼もまた綾のことを好み、大切な存在であることが露呈した。
― そして‥‥
主将である赤木が、綾にあることを尋ねた。
「春野……バスケットは好きか?」
「……!」
――‥
綾……バスケットは、好きか……?
‥――
この言葉に、あの時の彼の声が重なる。
その返事は
「はい! もちろん、大好きです!」
とびきりの、満開の笑顔が咲いた ―
「……そうか。それならもう、何も言わん」
ふっ、と赤木は目を細めた。
これは前に流川ヅテに聞いたことであり、今だからこそ問うことができたこと。スランプを経験した彼女に心の花の咲き具合を確認しておきたかったのだろうか?
八分咲きの桜に上機嫌な彼は、それ以上は何も語らず。
( 紳一 …… )
一瞬でも牧のことを想うと
切なさで胸がきゅんとなる。
笑顔は散り始め、次第に重々しい表情に。
( きっともう、会えないんだ。
こんなこと……慣れっこだもん……
慣れてるはずなのに……どうしてこんな……
別れた時の悲しみに比べたら、どうってことないのに。
遠距離恋愛だって思えば、少しは心が楽になるかなぁ?
貴方に相応しい女性になるためでもあるよね。
これくらい耐えなきゃ……見合った人になれない…… )
「…………」
――‥
会えたけど……距離があって……後悔したくなくて……
‥――
試合後の意味深な発言が思い出される。
がけっぷちの湘北高校男子バスケ部。
心機一転、桜木はスポーツマンとして身なりを整え、闘志を燃やし練習に励む中
流川だけは‥‥綾の異変に気付いていた。
地区予選が始まる頃までは、こんな感じだった。
昨年、ウチに来ないかと牧に誘われたことがあった。
あの時イエスと返せば一緒になれる未来があったかもしれない。現在2人は別々の高校に通っている。
綾は別の道を選び、受験する意向を示さなかったのだ。
彼女は以前‥‥敢えて離れた方が新鮮に感じられると、そう言った。そして海が好きだからと、湘北を選んだ。
海南大は言わずと知れたバスケットボールの強豪校。
彼の練習の邪魔はしたくない。負担になりたくないという心配りは自ら溝をつくった様なもの。
その後の彼らは山あり谷あり。
再度結ばれたは良いが、あの事件が勃発して以来
互いの両親の信頼関係にまで及ぶ展開に。
中でも牧は、その優しさゆえに綾の心と身体に傷をつけたケジメにと、距離を置くと宣言。
彼女の父親との約束を頑なに貫こうとしている。
このままでは
自然消滅イコール別れることに繋がってしまうのでは?
それが現実になってしまうことを恐れた。
海南とて試合を控えている。邪魔立てはしない。
連絡もしない、無理に会いに行くことはもう、ない。
彼の意志を尊重するためにも。
今では、会えないことが辛く苦しい。
さみしいけれども、そうは言えない‥‥
お世辞にも演技は上手くなく、誰よりも正直だが
遠慮がちでもある彼女はまたしても
相手を優先し、自身の気持ちを偽ってしまっている。
― しかし
無期限で離れることになりかねないというのに。
おととい彼のもとから離れてからというもの、心なしか開き直っている様子にも見て取れた。
" きっともう、彼には会えない "
水捌けの良いアスファルトのごとく
心の涙は乾ききっていた。
このあと、あの知らせを知るまでは‥‥