最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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どちらも引かぬ一進一退の攻防戦。館内はまたも静寂に包まれ、そこだけ時間(とき)が止まったよう。
バウンド音だけが強く反響し、即座に一本を決めた。
尻上がりに調子を上げる牧。彼はスロースターター。
高熱で倒れていたことなど微塵も感じさせない、キレのある動き。鍛え抜いた身体だからこそできるプレイに
惚れ惚れする女子がここにひとり‥‥
「わぁ……紳ちゃん……♡」
「コラ、あんたは赤チームでしょーが!」
「ハッ……ごっ、ごめんなさい……!」
「あはは……
だけど本当に良かったよ。
もう完全に吹っ切れたんだな、春野。」
「はい……!」
彩子の容赦ないツッコミが入るも
綾は牧のプレイに釘付けだ。マネージャー同士のやり取りに眼鏡をかけた青年は優しく微笑みかけている。
会場を魅了した牧の力強いスラムダンク。
それにより、綾は完全に吹っ切れた。以降、彼女は湘北の応援に徹することに。
気持ちが定まった今自分のチームを精一杯応援するが、相手が相手なだけにどうしても最愛の人の姿が視界に入り、たびたび魅了されてしまう。
メロメロになっている彼女と想像の斜め上をいく県下No. 1チームとの実力差、そしてどんどん離されていくスコアに桜木の焦りと怒りはピークに達していた。
「やい、ジイ!!
綾さんがバスケを嫌いになるはずがねえ!!
あんな……あんなに
てめーとのことを、大事に思ってんだからよ!!」
「……!」
――‥
自分でもよく分からないんだけどね、気付いたらここに来ていたの。
牧先輩との大切な場所だからかな……?
‥――
桜並木へと向かう彼女を無我夢中で追いかけた。
入館の際のお辞儀や自力で頑張ろうとしている時点で、嫌いになるはずがないと直感的にそう思った。
決して諦めなかった、中二の夏。
現役時代、仲間たちを励まし続け
ともに幾多の試合をくぐり抜けてきた綾。
彼女はもともと勝ち気にあふれた性格であり、どんなに行き詰まった場面でもいつも心からの笑顔を向けていた。そんなところに牧も惹かれたはず。
いつの間にか忘れてしまっていた。混沌と続けられる試合。ボールを追いかける姿に胸を揺さぶられた。
流川に桜木、そして牧‥‥
ダンクシュートの光景を目の当たりにし、見事に覚醒。
― そして
残り時間は2分を切り、現在80対94。
選手たちは皆、荒い息だ。
桜木は持ち前の運動能力で場外に飛んでいくボールを必死に追いかけ、体を張って味方へとつなげた。
受け取った流川はその食い止めたボールを手に全身全霊でダンクをぶちかます。
「楓くん……!」
「「 流川……!」」
残り1分半というところで尽き果ててしまい
大量得点を稼いだルーキーはここで泣く泣く退場することに。
牧は、強かった ―
今大会の注目選手である牧は、たくさんの経験や鍛錬、努力を積み重ねてきた百戦錬磨の強者。
負けられないと宣言したもののそう簡単に討伐することはできなかった。
ベンチコートへと歩むその足取りはふらつき、自身への悔しさで満ちていた。頭部にタオルをかけ、ぎゅっと拳を握り締め全身を震わせている。
最後までコートに居られない自分がひたすら悔しい。
悔しくて、悔しくて、たまらない。
それだけが彼の心の中を占めていた。
この時‥‥
綾が隣に座り、震える手をそっと押さえた。
「……!」
「あのときの……自転車の、お礼だよ。」
別れを告げられた次の日。早朝、屋外のコートにて出会った綾は流川の自転車の荷台に座り、短く切った髪の毛を穏やかな風になびかせていた。
あの時、彼は特に何も言わないでいた。
キレイさっぱり忘れたい。しかし容易にはいかず、牧の名を聞けば無性に会いたくなってしまう‥‥
当時の彼女にとって、それだけのことがどれだけ心を癒したことだろう。
手を重ねるだけで黙りこくり何も語ることはなかった。
( 綾……
ちくしょう、ちくしょう……!!)
――‥
ねぇ、楓くんはバスケ、好き?
‥――
あの日あの場所で聞かれたこと。
彼女は、きっと今なら即答できるだろう。
バスケットが好き‥‥と。
まだ試合は終わっていなければ心からの笑顔も見ていない。
付け加えて綾は技術面においては不十分な箇所があり、向上に努めるという義務にも似た課題も残されている。
これでは綾を完全に救うことができない。
小さな手の温もりとやりきれない思いが、流川の左胸を苦しめていた。
――‥
紳ちゃん、スラムダンクやって見せて!
今度の試合で、必ずやあなたにご覧にいれましょう!
この天才による真のスラムダンクを!!
見ていてください綾さん!
約束通り、この天才が必ずやダンクを決めますから!
‥――
双方の記憶にある、綾とのダンクの約束やあの日の思い出。
まさに三度目の正直。
残り時間1分を切り、高砂のディフェンスを巧みなフェイクで切り抜けた桜木は三回目のダンクに挑む。
無謀とも言える帝王・牧とのサシの勝負に
桜木は怖気付くこともなく敢然と立ち向かってゆく。
「絶対勝ァーーつ!!」
「うおおおお!!」
ダンクなどさせない‥‥!!
挑戦を受けて立った牧はゴール下の守護神と化す。
「ぶちかませっ!!」
流川の叫び声が響き渡る。
湘北ベンチのメンバーは総立ちで唖然としている。
綾はもちろん、あのクールな流川でさえも立ち上がるほどの緊迫した状況に額に汗をかき、試合(ゲーム)の結末を見届けていた。
「紳ちゃん! 桜木くん!」
そんな守りもなんのその。
No. 1の男を吹っ飛ばし、見事ゴールを貫いた‥‥!!
白はチャージングを取られ、対する赤はバスケットカウントの判決が下された。
あくなき勝利への執念。
冷静沈着な牧が突っ込んでいったのは単に挑発をされたためではなく
有力候補として桜木の気迫に対抗心もしくは
雄としての勝負魂を燃やされたため、とも考えられる。
もちろんトリガーは彼女である綾であり
あの日、ダンクをすると宣言していた桜木のその発言に異常に反応していた彼は、コートにて心に固く誓った
思い出がそうさせたことは間違いないだろう。
( お願い……!! 勝って……!! )
赤木、木暮、三井、宮城、桜木。
綾は5人の勝利をただひたすらに祈った。
果たして勝利の女神は、天使はどちらに微笑むのか?
延長になっては体力が持たない。
それを知ってか知らずか桜木のシュートは外れ、ボールは赤木、三井と続く。残りはたった10秒。
どちらも一歩たりとも譲らない本気同士の競り合い。
他者の追随を許さないリバウンド王・桜木。
ゴール下を陣取り、人間離れした跳躍でリバウンドを勝ち取った彼はすかさず赤木へとパスを繋げた。
と思いきや‥‥渡った先はまさかの高砂。
残酷にもブザーが鳴り、激闘の末に勝利を収めたのは
常勝・海南。
こうして大波乱の決勝リーグ・第一戦は幕を閉じた。
「これで終わりじゃあねえ。
決勝リーグはまだ始まったばかりだ。泣くな。」
「くっ……うう……」
敗北後、悔し泣きをする桜木。
かける言葉もない。そばに寄り添う赤木を除いては‥‥
王者を相手にこれが現実だと教え込まれたよう。
「…………」
選手らはもちろん、牧もその男たちの背中を見つめる。
つむじからかかとまで汗だくになった身体は40分間
互いにスポーツマンとして
正々堂々と戦い抜いた、いわば青春の証。
――‥
男が涙するのは
勝負に敗れた時と、好きな女を失った時……
この二つだけだ。
‥――
いつしか綾は男泣きをしないのか、と牧に尋ねたことがあった。
それが本当なんだと目の当たりにした瞬間で
ぼろぼろと涙する彼を前に、彼女も何も言えなかった。
( 桜木くん…… )
ーー
綾は帰りの支度を済ませた。
用事があるため遅れて帰ると、彩子には伝達済みだ。
「楓くん。」
女子更衣室のドアが開く。誰かが待ち伏せをしている。その人物は、流川だった。腕組みをして壁に寄りかかっている。
似たような状況は対津久武戦の時にもあり、牧以外の男性とはもう二人きりにならないと決めている綾。また、愛の告白と唇を奪われたことも忘れていない。胸を離れない記憶の一つだ。
「わざわざ待っててくれたの……?」
「じゃなきゃとっくに帰ってる。」
「そうだよね……」
" 改めて神奈川No. 1プレイヤー・牧は、強かった "
激戦の末に黒星となった湘北。その直後で何と声をかけたら良いものか。「ナイスファイト! お疲れさま! 今日の反省点は……」などつらつらと長ったらしい言葉を並べるのも何か違う。頭を捻りに捻った結果、出てきたのは何ともシンプルなものだった。
「楓くん、今日は本当にありがとう……」
「……別に……」
感謝の言葉に、流川は綾の顔を正面から見ることなく視線を逸らす。
気付かれていないだろうが、拳をつくった利き手は今もわずかに震えている。おそらく自分を責めているのだろう。実戦経験は豊富にあれど戦線離脱し最後までコートにいられなかった悔しさは計り知れない。
そんな時、天使がふわっと舞い降りた。
隣に腰かけ、何も言わずずっと手を置いてくれていた彼女のサイレントな優しさ。
この悔しさと暖かさはいつまでも心の中に残るはず。壁を打ち破ることには成功しただろうが牧に、海南に敗れたことは覆せない事実。負けを認める他になかった。
周囲には誰もいない。この通路は今、誰が通ることもない道。すぐには触れられそうにない。だからといって特別遠すぎるわけでもなければ近すぎるわけでもない。二人はそんな絶妙な距離感を保っている。この時、男は紙袋の持ち手を大事そうに掴む両手を見やる。
「……アイツのとこ、行くのか。」
淋しいのか切ないのか。日頃から表情を変えないクールな顔立ちの顔面からは心情は不明瞭だ。なにも袋の中身を見せろなどと野暮ったいことは絶対に言わない性格の流川だが、差し入れらしき物を持参し当然の様に恋人に会いに行こうとする彼女に低い声がこぼれた。
「うん……脱走するわけじゃないよ?」
今回は逃げるわけじゃない。藤真の件も含め、脱走する癖があると自覚した綾は保険として先に言われてしまう前にこう返す。
「会えたけど……距離があって……
後悔したくなくて……」
「…………」
( 今、この機会を逃したら
もう二人きりで会えなくなるかもしれないから…… )
この後すぐ愛しき人に会えるというのに、こんなに苦しくて切ない気持ちになるのは何故だろう。
終盤からのパワフルさと打って変わり綾の元気のない様子と表情から、見えざる溝や壁があるのだと流川には事の裏側がいとも簡単に読み取れていた。
「牧に……」
「え……?」
「泣かされたら、コートに来い。
チャリ……いつでも乗せてやる。」
( 楓くん…… )
奴に何かされたら、悲しくなったら、バスケットコートに来ればいい。いつでも相手になってやる。
そんでもって自分の感情を吐き出せ。
お前のツラい気持ちは俺が丸ごと受け止めるから ―
今日、ようやく隠されていた謎が解けた。
バスケ部を危機から回避させようとしていたこと。
そして何よりも驚いたのは
一度別れた理由が綾を守るためだということ。
真実の愛を知ったバスケ部一同。それでも依然として問題なのは、牧との仲。
流川は自身が受け皿となり、どんなことも余さず受け止めようとしているのだ。
「うん……」
彼はそのまま綾の元から立ち去る。
あの時もそうだが、幅広い背中から悔しさや怒りの感情が察知できた。
もちろんそのことに彼女が触れることはなかった。
花の命は短い。
あのとき生けたオダマキの花は、すっかり年老いてしまった。
控え室の前で待ち人を待つ。
「紳ちゃん!」
「綾。」
牧の姿を発見した綾は声をかけた。
例のリストバンドと同じ配色の服を着用した彼は、彼女の元へゆっくりと歩んでいく。
「すっごくカッコ良かったよ! おつかれさま!」
「サンキュ。やっと綾本来の姿に戻れたな。」
「うん……! ありがとう……!」
起死回生した綾。
まさに完全復活。牧を筆頭に様々な仲間たちの力によって心の補修工事が行われ、無事に竣工を果たした。
「おばさまから、笑顔が消えてたって聞いて……良かった……!」
「何? お袋が……?」
自宅での療養中、牧の母親から表情を曇らせていたと聞いていたが試合中や現在でもそんな様子は見られず安心感を得られていた。
――‥
最近は暗い顔をすることが多くなって、ご飯もあまり喉を通らないみたいなの。
綾ちゃんに片思いしていた頃を思い出すわね。
キスはキスでも、ディープキスぐらいはしてるわよね?
舌と舌を絡ませるキス!
‥――
ついでに親友のびっくり発言まで湧き出してしまった。
チラッと牧の口元を見る。
大きくて分厚いあの唇の、さらにもっと先に侵入しなければ絡ませるの「か」の字もない。
「どうした?」
「うっ、ううん、なんでもないの……!」
「綾?」
まだまだ自分は子供でそんな大胆なことはできないが
彼が望むなら‥‥と少なからず準備態勢は整っている。
不思議そうにこちらを見つめる牧に
期待したり、キュンとしたり、気恥ずかしかったり。
時にしょんぼりと。時に元気はつらつと。
恋する乙女はいつだって忙しく、また想像力豊かだ。
「はい! これ、紳ちゃんに!」
以前から計画を練っていた
牧への全快祝いと称したサプライズプレゼント。
頬を赤くした綾は差し入れのドリンクと一緒に、背中に隠し持っていたある品を差し出す。
「俺に……?」
「うん。びっくりした?」
「……ああ、まあな。」
サプライズ作戦が成功し喜ぶ綾だが
「牧だけには秘密」と言う正直者特有の癖が出てしまい、驚かせようとしていることはとっくにバレていた。
しかしそれを敢えて言う必要もないといった顔をする彼はシラを切り、ごくごく自然体を装っている。
「健司くんからのプレゼント、嬉しかったなぁ……」
「!」
一瞬、手の動きが止まる。
受け取ろうとした両腕を引っ込めた。
「健司くんは試合の流れの持っていき方とか采配とかだけじゃなくて、品物選びのセンスもあるんだね!」
「……藤真が……?」
べた褒めする綾に、いつの間にか顔つきが険しくなる。
「うん。お花のアクセサリーなんだけど、いつまでもくよくよしてる私を励ますためにくれたんだと思うの。」
「…………」
「これと同じものを欲しそうにしてて……健司くんにもあげた方がいいのかな?
そしたら、紳ちゃんとおそろいだね!」
許可したのは自分。だから特別な存在であろう藤真に会いに行ったことはもちろん知っている。
だが、牧にとって自身へのサプライズよりも
藤真から贈り物を貰っていたことが一番の驚きだった。
いくら霧が晴れたとはいえ
彼女の口からライバルの名が挙がり、形に残るアピールをされたと聞けば黙ってはいられない。
「いや……奴にはやるな。」
「どうして? おそろいはイヤ?」
「……そういうわけじゃない。」
「?」
" それは、俺だけのものだ "
そうあっさり言えればいいものを。
ガラスのハートを持つ彼はまだ思春期の青年であり
彼女の前では格好良くいたいお年頃。
嫉妬や独占欲がどうしても前に出るが、それを気付かれない様にするのも一苦労だ。
もちろん、自分のために買いに走ってくれたことや
例のルール通り
包み隠さず伝えてくれたことに感謝をしているだろう。
――‥
自信を持て!!
牧を、信じろ……!!
‥――
( あの時も、健司くんが答えを言ってくれて…… )
問いの答えが分かった瞬間だった。
観に行くことはできないと言っていたのに。
意図的に綾と合わせたか、それともただの偶然か。
どちらにせよ、彼が居合わせたお陰ですぐに答え合わせをすることが出来た。
殻を、壁を打ち破るんだ! という絶対的な自信に加え
誰よりも心を開いている
パートナーである牧を一番に信じるというものだった。
「紳ちゃん。」
「ん……?」
「私もね、紳ちゃんのことだけを考えて選んだよ。
これには色んな感情が詰まってるんだ。
受け取ってくれる……?」
( 綾…… )
「ほぅ。色んな感情が詰まってるのか。
悪いが、怒りや哀しみならお断りだ。」
「えっ……一口に感情って言ってもね、ありがとうとか、よろしくとか、そういうので……」
いつもこんな風に口車(ペース)に乗せられてしまう。
藤真が髪飾りを綾のためだけに選んでくれたように、何がいいかな。喜んでくれるかな。と綾もまた牧のことだけを思い購入に至った。
彼女が言うようにこれは単なる喜怒哀楽ではなく四点の想いが込められた非常にメッセージ性のあるもの。
まさか受け取ってくれないのでは? こんな言葉が脳裏をよぎり、意外過ぎる返答に冷や汗を垂らしていた。
「すまん、冗談だ。」
「なんだ……良かったぁ……
練習中も沢山汗かくだろうし、良かったら使ってね!」
「気を使わせて悪いな。ありがとう。」
「どういたしまして!」
洗い替えにもう一枚欲しかったんだけどね、と縮こまる様子に牧はほくそ笑む。
確実に手渡すことが出来たそれは、水色のギフトバッグとリボンに白いバラがワンポイントの装飾によって包装されていた。
中身は有名なスポーツブランドのフェイスタオル。
使い勝手が良く何枚あっても困らない生活必需品だ。
「確かに受け取ったぜ。
俺からも、何かお返しを贈らなきゃな。」
「ううん。私のために頑張ってくれて、嬉しかった。
それだけでもう充分だから……」
「綾……」
ギブアンドテイク。
持ちつ持たれつの良い人間関係を築くためにも、快気祝い(内祝い)を贈りたい。
しかし欲深さの無い綾は、己を目覚めさせてくれただけで充分だと言い切る。
あくまでこれは彼のため。祝福、感謝、謝罪、敬意。
のちに牧は同封されているメッセージカードに書いてある文面にて、彼女の背後にある気持ちを知るのだった。
― そして
「6日後は陵南との試合だ。
同日に湘北は武里ともある。よって、その日に会える。たった6日の辛抱だ。」
「うっ、うん、そうだね……!」
その次はいつ会えるだろう。
6日後の試合は父親に猛反対されてしまうだろうか。
そもそも部活など何か理由付けをしなければ会えないというのが辛く、そしてもどかしい。
彼女のしぼんだ心に不安だらけの波が押し寄せる。
( 1週間近くも連絡が取れない日々が続くんだ……
試合、観られるのかな。
お父さんに反対されたらどうしよう。
それによっては、6日どころか、ずっと……
観てみたいよ。仙道さんと紳ちゃんの対決。
紳ちゃんがMVPに選ばれて、大勢の人から拍手喝采を送られて、トロフィーを授与されるところも……
何のために勝負をするのか分からないけど……
健司くんとの決着も、この目でちゃんと見届けたい。
このままじゃ横浜にも……
みんなと遊びにだって、行けないよ……
ねぇ、紳ちゃん。
紳ちゃんは、私と会えなくても平気なの……?
さみしく……ないの……?
私……私はっ……! )
「さみしい」なんて絶対に言えない。
" 距離を置こう "
深手を負った自分のためにそう言ってくれたのだから。
綾は、牧の前では終始笑顔で居続けた。
( うーむ、難しい。
俺も随分な大根役者だな。
もっと自然に振る舞えればいいんだが……
藤真が、綾に……?
それは聞き捨てならんな。
奴は本気だ。ただ励まそうとしたわけじゃない。
アイツのとびきりの笑顔を見ようと、心を……
本気で手に入れようとしている。
でなきゃ、あんな風に
わざわざ敵に手柄を譲るような真似はせんだろう。
本当は泣きたいほど辛いだろうに、平静を装っているんだな。さみしい思いをさせて、すまん……
綾……
俺は……いつでも、いつまでも……お前の心が欲しい。
お前の純粋な笑顔を見ていると、俺の中の薄汚れたものが洗われるような……
すべてを浄化されたような気分になる。
傷が完治したなら……
いや、心の傷はそう簡単には塞がらないだろうが……
その時には
お前を抱きたい。
思いきり、強く、強く…… )
――
館内には、人はもうほとんど居ない。
友人たちや両親、藤真の姿も見られない。
二人の視点から見えるものといえば等間隔に配置されたドアに消火栓、自動販売機といった物体だけ。
「負けちゃった……悔しいよ……」
「…………」
この台詞は、復活した今だからこそ言えるもの。
最終スコアは88対90。
ワンゴール差という、あともう少しのところで終わった接戦に接戦を繰り広げた男たちのぶつかり合い。
個人的には非常に有意義な一戦だったのだろうが綾がそう素直に喜べるはずもなく、彼らのことを思えば必ずと言っていいほどあのラストの場面が頭をよぎる。
痛恨のパスミスにより脱落した湘北。
藤真に続き、綾は桜木の男泣きを目の当たりにしてからというもの、心がしぼむ様ないたたまれない気持ちに。
今コーチは何処にいるのだろう。
解散後、自宅へと帰ったか、それとも学校か。
心臓に毛が生えた様な図太い性格だが繊細な一面もある彼はきっと自分を責め続けているだろう。
今日が無理なら明日でもいい。
スラムダンクに強き想いを込め、見事に決めてくれた。
そのお礼を言いたい。微力ながらも元気づけたい‥‥
「私……桜木くんのとこ、行かなきゃ……」
一緒にいる時間が長ければ長いほど名残惜しくなる。
淋しさを乗り越え、綾は牧のもとから離れようとしたが
「綾、やめておけ。」
「で、でも……!」
牧に肩を掴まれ、制止されてしまう。
「勝負の世界は非情なんだ……情けは無用だ。」
綾がこれから何をしようとしていたのか。
そんなことはとっくに見抜かれていた。
小窓から差し込んだ風が焦茶色の髪を揺らす。彼は真剣な顔つきで彼女の瞳を見つめる。
「無理に励ます必要もない。
奴のプライドが傷付くだけだ。」
「…………」
「俺が桜木なら、何も言わず放っておいてほしいと思う。
好きな女であれば、なおさらな……」
「紳ちゃん……」
雨雲が近付く。本降りの雨となれば
常備している折りたたみ傘では到底まかないきれない。
現在も部室にひっそりと置かれている、様々な願望が詰まった紫色のオダマキ。
哀しみに暮れたそれは誰にも見られることなく
花びらが一枚、また一枚とはらりと落ちていった ―