最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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ついに決勝リーグの幕が開かれた。
観客席は満員御礼。いもを洗うような人手とはこのことだ。大歓声に出迎えられ両チームは会場入りを果たす。
「海南だ!」
「牧だ!」
「牧さん!」
先頭を堂々たる姿勢で歩くブラウンヘアの彼が、真っ先に綾の視界に入った。
( わぁ……紳ちゃん、やっぱり気合い入ってる!
いつもはおろしてるのに今日は上げてて
紳ちゃんも、髪型すごく似合ってる……♡ )
凛々しくもたくましいその容姿に胸がときめく。
意外性を突かれたオールバック風の髪型に、試合への思い入れの強さを感じる。
先ほどはタオルで隠れていて顔を拝めなかったため喜びもひとしおだ。
また、知名度の高さのワケはもはや説明不要。
牧への連続コールに高頭監督の言葉が頭をよぎり
とてつもない人物の彼女なのだと改めて実感していた。
( それにしても、すごいなぁ……
なんたってMVP最有力候補だもんね。
紳ちゃんはああ言ってたけど
私も、足りないものを見つけるためにも
色々と頑張らなくちゃ……!)
もしもの時のための救急箱や冷感スプレー、人数分のタオル、スポーツドリンクなど準備は万端。
しかし会場入りをし、定位置についてもなお心はちっとも定位置に着けぬまま。
試合にコンセントレーションができない綾。
今度は己が頑張る番。もう頑張る必要はないと言うが、これではどんな色にも染まらない。
藤真の言う、足りないものとは?
人任せではなく自分の力で見つけたい、乗り越えたい。模索しようと意気込む。
― ここは観客席。
彼女の同級生たちの定位置だ。今大会の注目選手である親友の彼氏を見たカナは‥‥
「牧くん、もう完全回復って感じね!」
「え?」
「そりゃどーいうことだい、西東さん。」
「ついこの間まで風邪でダウンしてたらしーよ。」
「「 風邪!? 」」
「まぁ愛しの彼女が看病したんだし、一発で治るわけよね。やっぱ愛の力よね、うんうん。」
「…………」
病に倒れていたとの情報に驚く一同。
「看病」「愛の力」
隣に座る水戸はそんなワードにも反応を示した。
しかし彼は気持ちの整理整頓が済んでいるため、嫉妬心が沸いたりモヤモヤすることもない。
寧ろ二人の関係が良好であることに安堵していたのだ。
「けどよ、それってヤバいんじゃねーか?」
「そうだよな、常に全力投球でくるってことだもんな。」
「そうそう、追いやられた時に回復するとさらにパワーアップするんだぜ。」
牧のプレイを観るのは今日が初めて。
3バカトリオたちが言うように、体調を万全にしフルパワーで挑んでくるであろう神奈川No. 1の男に湘北や素人である親友が勝てるのかどうか。
どちらかと言えばそちらの方が気がかりだった。
「こんなところで花道が負けるもんか。
根っからの負けず嫌いなんだ、アイツは……!」
「「 洋平。」」
「水戸くん。」
「そうよ! 桜木くんも、お兄ちゃんも、流川くんも……
やっとここまで来たんだもの、湘北を応援しなきゃ!」
「「 そうね! 」」
相手が全力なら、桜木とてフルパワーで闘うだろう。
多少の不安はあれど負けるわけがないと信じていた。
恋敵をギャフンと言わせるため、牧を討伐するため。
そして‥‥綾の想いに応えるために。
湘北サイドの応援にも凄まじい熱が入っていた。
顔合わせをした面々。
そんな中、コートのど真ん中で高らかに笑う男が。
「かっかっか! 今年の海南は史上最強だぜ!!
それは、この清田信長が入ったからだーー!!」
「あいつは、あの時の……!」
「一等星!」
「そーいや海南のジャージ着てたな……」
「清田くんじゃん。」
「確か、春野さんにフラれたかもしれねえって……」
「そーそー。」
― ふたたび観客席。
桜木に引けを取らない目立ちたがり屋。その存在に軍団たちの記憶が呼び起こされる。
例の事件現場に居合わせ、さらには仲の良い友人であり一等星のごとく明るい性格だと言っていたこと。
清田と綾のラストデートに同行したカナ。
傷心した上に間接キスの機会を逃し、大先輩の牧に許しを得られなかった彼に深い憐れみの念を抱くのだった。
「ぬ……? 君は、あの時のオットセイ!」
「誰がオットセイだ!」
ここまではイントロダクション。
ここからは凸凹一年生コンビによるオープニングセレモニー(?)が始まる。
一等星、イットセイ、オットセイ。
予選終了後、仙道とともに赴くであろう水族館の可愛い人気者。これは桜木の言い間違いから定着したもので赤木や流川などに続き、またも動物の名がつけられた。
流川に続き、虫が好かない人物の出現に桜木のイライラは募るばかり。しかし清田とはあれ以来、男友達であり彼にとっても綾は大切な女友達のひとりで、互いに恋愛感情はない。
綾との恋が終わったこと。
また、彼女が好意を持たれていることを自覚したキッカケはたった今対立している男なのだと知ったら赤い髪の彼はどう思うのだろうか?
焦りに焦り、さらに恨みを買ってしまうことは明確だ。
「耳の穴かっぽじってよーく聞けよ!
お前らみたいなのがウチ(海南)に敵うわけがねー!」
「なぬ……!? このヘンテコハチマキ野郎が!」
「うるせえ! これはヘッドバンドってんだ!
俺のトレードマークで……あっ、綾さん!」
「えっ、私……?」
コートサイドに佇む綾を見つけ、自信満々な表情で親指を立てる。
思い悩む友のためにと彼が気張っていることは確かだ。
彼女は恥ずかしながらも同様にグッドポーズで応えた。
「綾さん……?」
「ちっ。」
清田は桜木が脇に挟んでいたボールを取り上げ、素早いボールさばきを見せつける。
「ヘイヘイ!」
「ぬう……」
が、彼は驚くことはない。
「フンフンフンフン!!」
「!?」
得意技のフンフンディフェンス。バスケットマン教室にて綾へ伝授したが、さすがにこの早業を会得することはできなかった。
人知を超越した高速回転で負けず嫌いっぷりを発揮。上には上がいることを大いに見せつけるのだった。
「所詮おめーは「清田くん」止まりだろーが!」
「テメーだって「桜木くん」止まりだろーが!」
「ふん、なんたって俺は綾さんの専属コーチだからな!」
「ああ? コーチだぁ?」
次第に二人は綾とどれだけ親しいか論争になっていた。
( なんなんだ? この生意気な野郎は……
ふたり仲良く合図なんか送り合いやがって……!
コイツとは友達で、明るいからとか何とか……
綾さんには悪いが、気が合わん!
張り合ってくるところを見ると、綾さんに気があるな? 絶対そうだ! そうに違いねえ! )
「綾も一年なんだから、何とかしなさい!
アレを黙らせられるのはあんただけなのよ!」
「え……!? でっ、でも、どうやって……」
突然、あの二人の抗争を止めるよう指示が入るが
どう止めたら良いのか分からずジタバタするばかり。
( 桜木くんと清田くん……
仲良くなれると思ってたのに〜…… )
明るい者同士てっきり気が合うと思っていた綾はがっくりと肩を落とす。
桜木の元でレッスンを受講していたこと。海南側では牧だけがその事実を知っている。
何をワケわかんねーことを、と清田が口走っていると、彼の足元に新たなバスケットボールが転がってきた。
「どあほぅ。」
「流川!」
「ルカワ……」
清田、桜木、そして綾。三人のやりとりが気に障ったのか、この男も参戦することに。
「俺は……「楓くん」だ。」
「「 !? 」」
どーん。と辺り一体を黙らせた。
これにはさすがに太刀打ちできず、惨敗。
アピール合戦は流川の締めの一言によって終わったかと思われたが、気に入らない二人は彼を指差し叫ぶ。
「「 てめーにゃ負けねーぞ!! 」」
そして両キャプテンからゲンコツの嵐が‥‥
( 紳ちゃん、赤木キャプテン…… )
「失礼をした。」
「こっちこそ。」
各主将に連行される男たち。
頭上にぷくっと腫れ上がったタンコブに塩を塗る様に、またしても鉄拳を喰らわされてしまう。
「おのれ、ゴリ……」
「牧さん、すんません〜。
だけど二度も殴らなくてもいいじゃないすか……
ねぇ、神さん……」
「うーん。信長が合図なんてしたからじゃないかな。」
「へ?」
「神!」
「ぬ……?」
その言い回しは自業自得だと言っているのか。
醜態を晒しただけでなく、綾と二人だけのサインを送り合ったことに牧は腹を立てたのだろう。
ある名前を耳にした桜木は相手チームの元へ歩み寄る。
「キミかね? 綾さんと喫茶店に行った少年というのは……」
「少年……?」
「てめえ……
神さんは二年なんだぞ! 少しは礼儀を知れ、赤頭!」
( スタメンの二年……心の救世主…… )
喫茶店で同じ時を過ごしたこと。彼は心の救世主であること。清田の発言からヒントを得て綾が話していた人物を特定することができた。
背丈は同等だが性格は正反対。売られた喧嘩は必ず買う血の気が多い桜木と、物静かで落ち着きのある神。
二人は初のコンタクトを取った。
上下関係を大事にしている清田はマナーのなっていない発言に突っかかるが彼は動じることなく質問に答える。
「ああ、確かに行ったよ。
あれが最初で最後のデートだったかもね。」
「ぬっ……デート……?」
( 正確には、告白した数を含めたら三回かな。 )
デートらしいデートはあれが最初で最後。
PEACEでの一件は今も鮮明に記憶に残っているだろう。
「キミは心の救世主とやららしいが
何を隠そう、この桜木も湘北の救世主なんでね!」
「ふーん……俺はそうは思ってないけど
優しいから……綾ちゃんは。」
湘北ベンチエリアに立つ綾を見つめる。
救世主などといった器ではなく、平凡で典型的な高校生だと告げてもなお救いのヒーローだと返ってくる。
( 宗くんと桜木くん、何を話してるのかな……? )
月夜の告白に至ってもそう。
一方的に断られたり否定されたのではなく、彼女の優しさによって後腐れなく終えることができたのだ。
――‥
いつもいつもピンチの時には助けてくれる。
やっぱり、宗くんは救世主だね!
知り合いの男の子にね、応援に来てって誘われたの。
二年生でポジションはシューティングガード。
……その人はね、私の心の救世主なんだ。
二度も好きになってくれて、本当にありがとう。
これからは……ううん。これからも
ボーイフレンドとして、私と仲良くしてください。
‥――
赤頭の青年は赤木の手によって連れ戻された。
すると、牧はスタスタとひとり湘北の陣地へと出向く。
「「 牧!」」
「綾が世話になったようで、感謝する。
特に桜木、流川……」
「ジイ……」
「…………」
「だが、それとこれとは別だ。
今日は全力でお前らを倒す……!!」
バスケットマン教室という心の隙間を埋める手助けをした桜木と、携帯電話を拾い、彼女を自宅へと送り届けるつもりだったであろう流川。
律儀に感謝を述べるがそれだけでは終わらず
" 立ち塞がる者は誰であろうと容赦なくねじ伏せる "
これは彼の戦いの哲学であり、極めて重要な試合を前にフルパワーで挑むと熱意を公にしていた。
彼女が高校に入学する前。いや、二人が出会いを果たす前からだろうか。同じく主将である赤木率いる湘北との対決。牧とてこの運命の日を心待ちにしていたのだ。
( 親父さん…… お袋さん…… )
試合前、牧は綾の両親に向かい会釈をする。
周りの者は不思議がっていた。当人同士の問題であるためか彼女も親が絡んでいることまでは公表していない。
耳元でメッセージを受け取った牧。
急な知らせが主軸である彼のバランスを崩す要因となるか、はたまたプレッシャーをはじき飛ばし勢いづくか。
どちらかは直にハッキリするだろう。
父親はどんな思いで試合観戦をすると言ったのか?
娘との間にこうも簡単に溝ができてしまうとは。
今頃、口が過ぎたことをきっと後悔しているだろう。
( あっ……! あのリストバンド……! )
タブーであった体験入部にてこっそりと鞄に詰めた海南カラーのそれを装着してくるとは知らず、綾はコート外から驚いた顔で見つめていると
( 綾…… )
( 紳ちゃん…… )
牧もまた、綾のことを見ていた。
( ついに湘北と勝負できる時が来たか。)
( やる気満々だね? )
( ああ。燃えてくるぜ。)
( 紳ちゃん、すごく熱い…… )
怪物と天使の愛のテレパシー。口を開かずとも、二人の目を見ればこんなやり取りをしていると分かる。
これから戦場へと赴く何とも勇ましい顔つきだ。
もう頑張るな、次に頑張るのは自身だと言い
最愛の人の努力のバトンをつなごうと強く意気込んでいた。
ー そして
センターラインに整列する一同。
闘志みなぎる真っ赤なユニフォームに対して、その白さはどこか落ち着きさえ感じる色合いだ。
「試合を始めます!」
チップオフ!
主審の合図は始まりの合図。
まさに波乱というにふさわしい運命の一戦が始まった。
なかなか先取点を決められない中、仲間とのパスをつなぎ会場を沸かせた男が。
「よっしゃあ!! 先手必勝!!」
オットセイこと海南の期待のニューフェイス・清田が桜木の守りを難なくかわし、バックダンクを決めた。
自分より格下だとみくびっていた彼はそのプレイに焦りの色を見せる。
( この桜木をコケにしやがったな……!! )
県下No. 1のチームに一年でスタメンに起用されるほどのことはある。
武園戦に出られなかったぶん体力が有り余っているのか
先日、湘北の息の根を止めると大口を叩いており、何よりも友人である綾のためにと燃えていることは確かだ。
「やい野猿! てめーはもうオットセイなんかじゃねえ!」
「誰が猿だ! この赤毛猿!」
試合終了間近にノーカウントだったダンクを開始直後にいとも簡単に決めた清田。ナメられていたと分かった途端に憎悪がふつふつと湧き上がる。
水族館の人気者は次第に動物園の人気者へ。
この時から、互いを「猿」と呼び合うように。
ボールを追いかけ、コートを颯爽と走り回る。
そして超強力リバウンドマシーンとなって相手チームを凌駕する桜木。
「桜木は俺がマークする!」
「むう……ジイ……!」
その果敢なプレイに牧はマンマークにつくと迎え撃つ。
( てめーだけは……てめーだけは、許せねえ!! )
綾を泣かせた上に危険な目に遭わせ、おまけに大事なものまで失いそうになり
好きな人が苦しんでいる姿を何度も目にしてきた。
事の裏側を把握し、また牧を倒すと堂々宣言した桜木の心は個人的な感情も含め怒りと憎悪であふれ出ていた。
「ジイ! てめー、サバ読んでやがるな!?
やはりどこをどー見てもハタチ以上にしか見えん……!」
「何……?」
「バカかてめーは! 侮辱するのも大概にしやがれ!
これでも牧さんはれっきとした17歳だ! 高校生だぞ!」
「なぬ……? なにが17歳だ! 騙されるか! 野猿め!」
すると突然、桜木は牧に突っかかる。
年齢を詐称しておりOBを連れてくるな、と容姿が老けていることを指摘するとすかさず清田は17だと返す。憎まれ口が過ぎる彼に腹が立って仕方がない様子。
先輩にはきちんと敬意を払うところが桜木や流川との大きな違いだ。
審判も二人に注意を促すが、いがみ合っていて耳に入ることはない。
「赤木のほうがフケてるぞ!」
言われっぱなしで終わりたくないのか、負けじと赤木と張り合う。自身の顔立ちが老け込んでいることを彼は非常に気にしているらしい。
「牧……!」
「牧さん……!」
「気にしていたのか……」
珍事件は終わったかと思われたが、コートサイドからはメラメラと赤く燃える炎が‥‥
その矛先は二匹の猿へと向けられている。
「もーっ!! 桜木くん!?
今まで「ジイ」って何のことだろうって不思議に思ってたけど……
紳ちゃんのこと、そんな風に言うなんて!
もう口聞いてあげないからねっ!」
「なっ……! 綾さん……!?」
「綾……」
天使も人の子。怒るときは怒る。
桜木の発言に綾はご立腹だ。
「単に大人っぽいだけなんだから!
清田くんも、ひどいっ!」
「綾さん……なんで俺まで〜……」
「綾ちゃんが、怒った……」
普段は温厚でおとなしい彼女だが、恋人を馬鹿にされ目を三角にして怒った。
" ジイ "
以前、その呼び名はさすがの彼女も怒るのではないかとやめるよう忠告をしていたのだが
「「 だから言わんこっちゃない…… 」」
「ふーっ。やれやれ。」
さすがの流川も呆れ声と、小さな冷や汗を一つ垂らす。
宮城と三井も予想通りの結果に呆れ返っている。
「やれやれ……あの二人には困ったな。」
試合のキーマンである勝利の女神の機嫌を損ねたことに高頭監督は困惑していた。
彼女自身にとっても、この40分間がいかに大切か。それを重々に分かっているから。
「機嫌直せよ、なっ、春野?」
「戦意喪失させてどーする!
桜木花道も桜木花道よ! まったく、アンタたちは……」
ふん、と目も合わせてもらえずショックを受ける桜木。ついでに清田も不幸なことに二次被害を受けてしまった。失恋した上に友情にヒビが入っては立ち直れないだろう。この一件以来、男たちはこの手の話題は避けるよう心がけたのだった。
持ち直した一同は試合を再開することに。
綾は未だに己のコンセントレーションができない。
先ほど高頭監督へと向けて話したこと。
彼らが少しも息を乱さずハードな練習量をこなせるのは日頃の基礎練習によるものであり、又大成したものだと一日入部体験を通して身をもって知った彼女は緊張感が漂う試合にぐっと唾を呑む。ただ傍観しているだけで、5人にエールを送ることもできずにいた。
――
序盤、宮城と綾に教わった直伝のフェイクで清田を抜くなど絶好調の桜木花道。
しかし宮益の投入により段々と調子が狂いはじめる。
フリーにも関わらず、ゴール下にいてもシュートは全く入らずじまい。見兼ねた赤木は助言を授けた。
それは全部ダンクでいけ! というもの。
だが牧にはこの作戦がお見通しであり、リングに直接叩きつけようにも牧にブロックされてしまう。
「そうはさせん!」
「くっ……!」
( 紳ちゃん……!)
わざとファウルをし、ダンクシュートを制止した。
フリースローでは二本とも入らず撃沈。
勝利を欲するがゆえの巧みなプレイ。
情けや甘さといったものはコート上では無効と言える。
敢えて何もしない宮益に桜木は激怒し、何もできない選手だと思い込んだ湘北は彼をノーマークに。
そんな中、彼は華麗なスリーポイントを決めた。
弱点を炙り出され、見兼ねた安西は桜木を引っ込める。
「さあ! No. 1ルーキーを決めようぜ!」
「どいつもこいつもよく喋る……」
そして新人王は自分だと言い張る清田。
綾に「楓くん」と名前で呼ばせていることや鳴物入りで入部した流川が個人的に気に入らないのか
先日、尊敬する牧に無礼な態度をとったことに敵対心を抱いている。
が、どんなに口で負かしても実力は流川の方が上か。最後まで守りきれず失点。
「ゴリ!」
「赤木先輩!」
「キャプテン……!」
ここで悲惨な出来事が。
主将の赤木が左足を捻挫し、戦場から退く事態に見舞われてしまう。
桜木に肩を貸してもらい、赤木はコートを後にした。
彩子はもちろんのこと綾も血相を変え、救急箱やタオルを手に医務室へと急ぐ。
清田と牧は、彼らの後ろ姿を見届けていた。
「ネンザかな……」
「うむ……」
( 赤木…… 綾…… )
――
「私が手当てするから、綾は行っていいわよ。」
「彩子さん……」
想像した以上の腫れ具合と彩子の気遣いに
綾はただ、その場に棒立ちするだけだった。
「春野、すまんな……こんな有様で……」
「そんな、赤木キャプテン……」
恐れていたことが起きてしまった。
自分は一体全体、何をしているのだろう。
とんでもなく場違いなのではなかろうか ――
左足首が真っ赤に腫れている。
怪我がないようにと、花に願いや祈りを込めたのに。
赤木の熱意を知りながらも何も手を施せず、変わらず気持ちが浮ついていることに自身が憎くてたまらない。
「彩子、テーピングを頼む。」
「え……!?」
その言葉に彩子は大きく驚く。
そもそもここは控え室であって医務室ではない。そこに向かわなかった時点で、彼の意思は明白になっていた。
「試合に出る気!? 無茶よ! こんなに腫れてて……!」
「構わん。」
「骨が折れてるかもしれないのよ!?」
「いいからテーピングだ!!」
「「!!」」
「やっと掴んだチャンスなんだ……!!」
男の魂の叫びがこだまする。
――‥
海南は俺にとって脅威でもあり、目標だ。
いつかお前の彼氏を……牧を、必ず倒す!!
そう伝えておいてくれ。
‥――
夢にまで見た海南との、ここ一番の大勝負。
赤木とて、牧との対決を夜も眠れないほど楽しみにしていたのだ。彼の代名詞である全国制覇。
怪我一つで挫けてしまう様なちっぽけな夢じゃない ―
すると‥‥
「打倒、海南ーー!!」
ドアの向こう側で、桜木の叫び声が。
気になった綾は扉を開けると
「桜木くん……!」
「!」
そこには太陽よりも熱く燃える大きな背中があった。
呼び止められた赤髪の彼は
弱った天使と向き合い、こう言い放つ。
「ゴリのケガは、綾さんのせいじゃありませんよ。」
「けど、私……私っ……「ダイジョーブ!!」」
「……!」
「綾さんの教え、今でもココに残ってますよ!」
「え……教え……?」
バシッと胸部を叩く。
劣等感や疎外感をひどく感じていた。
赤木の打倒海南に対する思いを知ってもなお、心は不安定なまま。どうしても消すことのできないわだかまり。
自分のチームを心から応援できないことが辛い。
「大丈夫」という言葉にまたも助けられる綾。
彼は本当に魔法使いなのかもしれない。
彼女の教えとは、レイアップシュートを初めて決めてみせた時のこと‥‥
――‥
桜木くん、ファイト!!
最初は誰だって初心者だよ。
この世に天才なんていないと思う。
努力次第で変われるはず……!
どんなに失敗したって、へこたれないで。
その" 経験 "が自分を強くするんだよ。
‥――
まだ何のしがらみも無かったあの頃。
ただ純粋にバスケを楽しんでいた。
生徒として指導を受けた綾だが彼女はバスケ経験者。
敵対視している流川以外、桜木は教わったことを素直に受け入れ自分のものにしている。
努力することにより自信がつく。その自信が自身を強くさせる。彼女のこの教えが彼のベースとなり、短期間での上達に繋がっているのだろう。
彼が指すものは、バスケットマン教室最後の課程・レイアップシュート。
そう、これはトラベリングに並ぶ基本中の基本で
秘密特訓にてレクチャーされた
牧の言う確実性のあるシュートである。
そのラストで実はこんなことを明かしていた。
――‥
「 綾さん。俺は……
俺は、なんたってジーニアスですから!
努力などしなくても、一度コツさえ掴んでしまえば庶民のやることなど軽い軽い!
「…………」
「見ていてください、綾さん!
勝利を呼ぶ男アーンド名コーチ・桜木が必ずやあなたの笑顔と真の姿を取り戻してみせます!!」
‥――
「では!」
「桜木くん……」
そう言って猛スピードで去っていった。
彼は自己肯定感が非常に高く、またプライドが傷付く可能性があるため思っていても伝えることはないが
捉え方を変えればこんな風にも聞こえてくる。
いつも優しく接してくれてありがとう。
確かに自分はまだ初心者。
皆にできて自分だけできないのは納得がいかない。
悔しくて悔しくてたまらない。
悔しがってる姿なんてカッコ悪くて見せられない。
しかし、この言葉を機に努力しようと思った。
もっと腕を磨こう。頑張ろうと思えた。
いつしかバスケの世界に惹かれ、夢中になっていた。
あなたの笑顔はいつだって自分の原動力。
だからこそ、恩人であるあなたには笑っていてほしい。
あの頃の綾さんに戻ってほしい‥‥と。
( ……行かなきゃ……! )
本音が見え隠れするメッセージを胸に、綾も急ぎ足でコートへと向かうのだった。
「君たちが、ゴール下を死守するんですよ。」
ゴール下は戦場。これは赤木が耳にタコができるほど言い続けてきたこと。そのチームの主軸を失った今、守り人は桜木と流川。命運はこの二人にかかっていた。
その際、監督は何のためらいも無く手と手を重ねさせた。
「手がくさる!」
「どあほーがうつる……!」
虫が好かない二人は瞬時に手を離し、汚いものでも触る様に暴言を吐く。木暮は遅れて戻ってきた綾を咄嗟に連れ出し、二人の手に触れるよう懇願した。
「今こそ一致団結するべきなんだ! 頼むぞ、春野!」
「えっ!?」
「ぬ?」
「?」
急なことに訳も分からず男たちの手に小さな手を置く。
「えっと……仲良く、してね……?」
「「 ! 」」
「……だからムリ。」
「……それだけは無理っス。」
二度目となる天使のお願い。言うことを聞くかと思いきや、あっさりと拒否されてしまう。
「しかーし!
これで除菌できましたよ! 綾さん!」
「浄化完了。」
が、やる気に火がついたことは確かだ。
協力し合うことはなくとも、勝負に勝つこと、海南を叩き潰すということは互いに共通しているのだ。
「来い、流川……!」
流川は怯むことなく果敢に挑んだ。
彼女の代打として
牧を‥‥この巨大な壁を乗り越えるために ―
( これで壁をぶち壊せるなら……
綾を救えるなら、勝つまでだ……!! )
( 紳ちゃん……! 楓くん……! )
スリーポイントや、牧をかわし決めた、ダブルクラッチダンク‥‥!!
こんなことは彼にしかできない。
高度な技の連続に観客席はヒートしている。
本人はというと、称賛の声を浴びたいわけではなく
ただただ勝ちたい。綾の不安な種を取り除きたい。その二つしか頭になかった。
流川は点差を埋めようと、あと何点、あと何点、と心の中でカウントしつつゴールを決めまくるのだった。
この時、武里に圧勝した陵南がぞろぞろと観戦にやってきた。仙道は流川の偉業に驚いている。同時に綾の姿を確認していた。
( 綾ちゃん。まだ吹っ切れてないって感じか。
あんただけなんだ、氷を溶かせるのは。
頼みますよ、牧さん……
ん? あれは……
楽しみだなぁ、綾ちゃんとのデート。
無事に誘えたのかな。
あの男が来なくちゃ、意味がねーんだ。)
一体、誰を発見したのだろうか?
余裕に満ちた表情からはその人物を特定できない。
また、何のために綾とデートをするのか。彼の意向を読み取ることは難しい。
そしてこの時
彦一が例の冊子を手に耳寄りだという情報を開示した。
「わいのマル秘ノートによりますと、どうやら牧さんはここ最近まで風邪で寝込んでたらしいのですわ。
あの屈強なお方が……ほんまやろか……?」
「牧が、風邪……?」
「なに? 本当か、彦一。」
「はい。」
「そんな風には見えんが……」
田岡監督や魚住らは機敏に動く牧に、そんな様子は見えないとつぶやく。
前半ではさほど目立った動きは見られないが、彼らは追々神奈川No. 1の真の実力を知ることとなる。
「ダイジョーブだ!!
ゴリの穴も、綾さんの隙間も、俺が埋める!!」
「花道……」
「「 桜木…… 」」
「…………」
ディフェンスで一番重要なのは、技術などではなく
" 気持ち " であった。
桜木は二人分の想いを受け止めようと、センターのポジションとしてゴール下の守備に回り存在感を示す。
大黒柱が抜けた今、こんなにも頼もしい選手はいない。
彼は4番の重積を背負った赤木の弟分なのだ。
ここで前半を終え、ハーフタイムに。
情報収集をしていなかったのがアダとなったか。
ばきっとお気に入りの扇子を真っ二つに折ってしまうほど高頭監督は今、試合前とは正反対の鬼の形相で声を荒げている。
まだ一年である流川に20点もの得点を許したからだ。
快進撃を続ける流川を抑えること。
後半は海南の隠れた名シューター・宮益に代わって神が出場することとなり、控え室の熱気は凄まじいものに。
同時に、綾のためにと気合が入る。
「綾さんのためなら、どんなことでもやってやる!!
バスケはカッケーんだ! 楽しーんだ! 最高なんだ! ってところを見せつけてやる!!」
「……俺も、ボーイフレンドとして協力させてください。バッドエンドには、絶対にさせない。」
「神……清田……」
清田は己の見せ場を作ろうと意気込む。横断幕にある「常勝」負けたくないという強い思いはもちろん、バスケの魅力を体を張って伝えようとしているのだ。
スリーポイントを確実に決められる様にしてあげたい。
勇気づけたい。彼女自身が突き進もうとしなければ、試合(ゲーム)は終わってしまう。最悪の結末を迎えないためにも手伝いをさせてほしいと神は望んでいる。
「女神は……コート上の天使は何かを待ってるようだが。第二のキーマンはお前だぞ、牧。」
常勝伝説を築き上げてきた名監督。
その高頭には見抜かれてしまっているであろう問題。
どちらを応援したらいいか分からない‥‥
これだけは牧にも藤真にも言えないでいた。
それは、彼女にとって二人は大切な人であるから。
例外として桜木にだけは打ち明けられた。
おそらく彼はコーチという中立的な立場であり、明るくとっつきやすい人柄により話すことができたのだろう。
「はい。あの時の誓いを、必ず……」
「誓い……?」
「牧さん?」
「…………」
愛しき人の笑顔を胸に、彼は腕に着用したリストバンドを撫でる様に優しく触れた。
そして‥‥後半戦が始まった。
なんと赤木が復帰している。素人目から見たとしても、あんな状態でプレイを再開できるはずがない。
断固として出ると意思を曲げない彼に、彩子や綾の二人はずっと怪訝な表情をしていた。
天才・桜木のチャンス到来。
桜木は二度目のダンクに真正面から挑む。
だがしかし、ふたたび牧に止められてしまう。
牧はチャージングを取られ、桜木は本日二度目のフリースローとなった。
ラインの前に立った時、以前流川が綾に教えていた場面がぽわわんと思い出された。
それは雑念を捨て無心になり、そして自分を信じ、全神経を研ぎ澄ますというもの。この助言により、彼女は10本中5本入れることに成功したのだ。
「だーっ!
引っ込めルカワ! あの野郎の助言など聞かん!!」
素直に受け入れるはずもなく、前代未聞の方法でギャラリーを沸かす。
かのNBA選手もやっていたという下から投げる戦法でバッチリ二本とも決める。
「よっしゃあああ! さすが天才!
綾さん! こっちのがよく入りますよ!」
「あの投げ方で、すごい……! さすがコーチ……!」
「にゃろう……」
「ほぅ……」
得意げにピースを向ける桜木に、綾は羨望の眼差しを送った。
伊達にコーチをしていたわけじゃない。
独自の思いつきから誕生したバスケットスクール。
その師範はまたも独自の考えでこの投げ方を思いつく。素人であるがゆえに、日々何か良い術はないかと彼は自分なりに模索し学んでいるのだ。
さらに良い休息時間にもなり、湘北チームの体力を補うことにもつながった。まさに一挙両得だ。
また、神が加わったフルメンバーの海南。実になめらかでリングへと吸い込まれる美しいシュートに息を呑む。
( わぁ……宗くんのシュートはいつ見ても惹き込まれる。
まるでボールが生きてるみたい……
毎日500本もやってて、一昨日も学校で500本。
次の日は公園で一緒に500本して、合計1000本……!
肩が壊れちゃわないか心配だったけど
それでも全然ブレない正確なスリーポイント。
私も……毎日必死に練習すれば
一本ぐらいは入れられるようになるかな……? )
中に切り込み、外から射抜く ―
牧と神の息の合った最強コンビプレイに手も足も出ず、あっという間に得点を奪われてしまう。
( 早く、早く……! 見つけなくちゃ……!
知識? 教養? 技術? 身長? それとも、色気……?
なんであの時、健司くんはクイズみたいに
答えを導き出せって言ったんだろう。
自分で考えることが大事ってことなのかな……?
だけど、私に足りないものって……分からないよ…… )
なかなか切り開けない頑丈な心。
試合は終盤に差しかかり、このままでは宙ぶらりんな気持ちなまま勝敗がついてしまう。
このまま終わりたくない。皆に力添えがしたい。
いい加減、あの問いの答えを見つけ出したい。
胸に手を当てあれかこれかと懸命に自身に問いただす。
――‥
今から二人でルールを作らないか?
俺たちだけのオリジナルのルールだ。
三つ目は……信じること、じゃないか?
俺は、お前を信じている……
‥――
心地良い男性特有の低い声。
電話での直近の記憶と、情緒をくすぐる切ないオレンジ色の空の下。
牧とともに決めた二人だけの特別なルール。気持ちだけが焦る中、あの日の思い出が頭の中に浮かび上がった。
「あ……! そうか、分かった……!」
「春野?」
「何よ、急に……?」
( 私に足りないものって、これだったんだ……!! )
― この後すぐ
静まり返った会場で、何処からか彼女を呼ぶ声が‥‥
「 春野……!!
自信を持て!!
牧を、信じろ……!! 」
「健司くん……!?」
そこには憧れの人の、藤真健司の姿があった ―
思いもしない藤真の登場に会場内は騒然。
いつからこの場所に居たのだろうか。
昨日は見に行けないと言っていたのに。
見たくないというのが本音だと察知していた綾は大層驚いている。牧の、友の応援に来たわけでも海南の勝敗が気になって来たわけでもない。
となれば、目的はひとつ。
綾の心が晴れていく様を見届けるために‥‥
「春野くん。」
「はい。」
同じくベンチに置物のごとく座る監督が、彼の叫びに乗っかる様にして喋りだした。
「君の笑顔は、選手たちの原動力となる。」
「安西先生……」
「君を笑顔にしてくれるのは……」
「……!」
「そう、牧くんです。」
これは大ヒントで、答えを言っている様なものだった。
電話ボックスに似た閉め切ったガラス張りの狭い部屋。
その密室のロックを解除するのは
キーマンは、牧紳一だということ ――
― そして‥‥
「綾……見ていろ!!」
「!!」
誰も予想していなかった
まさかの神奈川No. 1によるダンクシュート‥‥!!
そしてそれは、綾の心のガラスを強く強く突き破った‥‥!!
――‥
待ちに待った湘北戦、今から燃えてくるぜ。
バスケットを好きだと……
面白いスポーツなんだと俺が思い出させてやる……!!
‥――
ありったけの想いをゴールへとぶち込む。
ガゴン! と轟音が鳴り響く。
「 紳ちゃん……!! 」
心の中にあるガラスが大きな衝撃音とともに割れた。
山々のごとく高い壁は崩壊し、ついに心の隙間は埋まりきる。
藤真が叫ぶ寸前に分かったこと。
彼女に足りないもの、それは
「己への確固たる自信」だった ―
――‥
春野……負けんなよ。
君には、まだ何か足りないものがある。
それが何かは、自分で見つけるんだ。
‥――
原点に帰り、鏡の中の人物を見つめ直すことができた今
藤真が敢えて自身で答えを探すよう促したのは何故か?
それは
山の頂までラストスパートというところまで来ていて、最後まで自分の力だけで登りきることによりその不足していたものを得られる
(心の中の空洞を埋められる)と見抜いていたから。
「 湘北ーー!! 頑張ってーー!!」
「「 春野……! 」」
「綾さん!?」
「綾ちゃん……!」
「……!」
「綾……! あんた……!」
「天使が……!」
「やるなぁ、牧さん。」
「ぬ……!? 綾さんが……変わった……」
フッ……
( 綾…… )
綾の目つきや顔つきがガラリと変わった。
予想外のエールに驚愕する一同。
部員たちは、自分のチームに精一杯叫ぶその声を久々に耳にしたのではなかろうか。
あれだけ尻込んでいた片翼の天使はもういない。
今後は
ミカエルとなって選手たちに幸運を与えるのだ。
岐路に立たされていたが
彼女が進むべき道は始めから決まっていた。
湘北以外に道はない ―
暗黒の世界から、まばゆい光りを放つ宝石の様な輝く世界へ。
一方通行の道路へと見事ナビゲートした牧。
瞳の色を変えさせた張本人は片方の腕で汗を拭い取り、誇らしげな笑みを浮かべていた。