最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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― 花は咲く場所を選ばない。
そんな言葉にある通り、民家の庭や公園、そして道端で目にしたアジサイ。
これから一体何が起こるのか。二人の別れを悟っている様な、薄紫や桃色に水色といった淡く優しい色合いで観賞する者に皮肉にも癒しをもたらすものだった。
例の事件当日。
宣言通り、牧は綾を自宅まで連れて帰った。
彼女は声を押し殺し、静かに涙を流し、闇の中へと去り行く背中をいつまでも見つめていた。
前回と状況は違えど
またしても離れ離れになってしまった直後のこと‥‥
「まったく……まるで狐か狸にでも化かされたようだ。
私たちはあの外見にすっかり騙されていたんだな。
なあ、母さん。」
「!!」
「あ、あなた……!」
「噂通りの怪物だな、あの男は。
なんでもバスケットの実力は神奈川ナンバーワンらしいが、ただ自身に酔ってるだけなんじゃないのか?
どうせ大したことないんだろう。」
居なくなったのをいいことに蔑ます発言をする父親。
かつては交際を快く認めていたのだが‥‥
愛娘が酷い目に遭ったと知り、憤りを感じずにはいられないのが親心。しかしながらこれが本心なのだろうか。
「言わないで……」
「……!」
「悪く、言わないで……!」
「綾……!?」
我の肩書きに、栄光に酔いしれているだけだと
本音であろう言葉の連続にショックを受ける。耐えかねた綾は怒りを爆発させた。
「本当に……凄いんだから……
一生懸命にプレイしてる姿を見たら、分かるから……
彼のこと、二度と悪く言わないで!!」
「待ちなさい! 綾!」
父親を睨みつけ、涙を浮かべ階段を駆け上ってゆく。
やっとこさ逢えたかと思えば、距離を置こうと言われ
挙げ句の果てには侮辱され……
この時、彼女の心はもう滅茶苦茶だった……
「あなた……さすがに言い過ぎよ……」
「…………」
父と娘‥‥
親子ゲンカをしたのはこれが初めてではなかろうか。
一度でも試合を観戦すれば、実際に迫力あるプレイを目にすれば底力が分かると叫んだ。
彼の誠実さを嫌でも感じ取っているはずだが
わざと煽り心にもないことを吐き捨て、反応をうかがっている様にも捉えられた。
――
日中、藤真と共にプレゼントの買い出しに向かった綾は励ましの言葉をかけられ更にはもう一つの課題を出されていた。
そして、その日の夜のこと
機械越しに明るい声が聞こえる。
牧は誰かと話し込んでいるようだ。
「体調は良くなったのかしら。」
「はい。もうすっかりこの通りです。」
「そう、良かったわ。「どうしても看病に行きたい!」って血相変えて言うものだから……
かえって迷惑じゃなかったかしら。」
「いえ、おかげさまで……綾さんに助けられました。」
「あの子は誰かさんに似て頑固なのよね。」
「僕もそう思います。」
「うふふ。」
通話相手は綾の母。
緊急連絡が入った以前とは違い、常に穏やかな口調だ。
風邪が治癒したことへの安堵と共通して断言できる彼女の性格に、少々気を張っているであろう牧の表情も少しずつ穏やかに。
しかし、この後の発言を境に
両者ともに穏和な雰囲気ではなくなってしまう。
「……許してね、牧くん。
私達が仕事にかまけて娘に構ってあげられなかったばっかりに、淋しい思いをさせた結果よね……
これじゃあ親失格だわ……」
「いえ……」
目に入れても痛くない可愛い可愛い我が子。
15年間育ててきた大切な一人娘を守ってあげられず、恋人にまで責任をなすりつけ辛い思いをさせてしまっている。
母親はこの度の一件について自身を責め、頼りない声で謝罪の意を伝えていた。
――‥
ねぇ、良かったら私の家に来ない?
お母さんもお父さんも仕事で留守だし……
一人でご飯食べても美味しくないからさ。
‥――
( 綾…… )
牧には心当たりがあった。
以前、丼をご馳走になったあの日。綾はその様なことを嘆いていたのだ。
元凶はあくまでも自分であり両親が悪いわけではない。大きなダイニングテーブルの隅に腰掛け、ひとり細々と食事をする孤独さに物足りなさ。
鍵っ子である彼女が愛情を欲するゆえに漏らした発言だったのだろうか。
親子の悲しみと苦しみが重なり、胸を痛めていた。
「主人はああ言ってたけど、本当はもう許してるのよ。」
「…………」
すると、受話器の向こう側から父親の名が。
そもそも一体何のために連絡をしてきたのだろうか?
その謎を解き明かすかの様に着々と要点をついてくる。
昨年、二人が付き合い始めて三ヵ月が経過した頃。
この日は初めての綾の両親との顔合わせ。
簡単な挨拶と自己紹介、談笑を済ませて帰宅した後‥‥
――‥
素敵な彼よね、本当に……
ああ。とても誠実な好青年だな。
はじめは社会人なのかと驚いたが……
‥――
「なんて言ってたのよ……?」
( 社会人…… )
「恐縮です。」
どっしりと身構えており滅多に物事には動じないが、社会人との一言にピクッと動揺する牧。
夫妻は、特に父親は小馬鹿にするどころか彼を気に入り
年齢と見た目の容姿が伴わない風貌や貫禄、考え方。
そして何よりも綾に対する愛情の深さに好印象を受けていたのだった。
「あと、綾から聞いたわ。
なんでも命懸けで庇ってくれたそうね。」
「はい、それはもちろん……」
「心から感謝しているわ。何度お礼を言っても足りないくらいよ。娘の目に狂いはなかったようね。」
「そんなことは……」
照れなくてもいいのよ、と愛すべき女性と酷似した明るい声が。危機から救ったことへの謝辞に当然のことだと謙遜して話す。
「私からのお願いよ。
いつでも綾に会ってあげてちょうだい。」
「……それはできません。」
「そう言わずに……」
「約束は約束ですから。守り通します。」
「牧くん……」
こちらも頑なに首を縦には振らず‥‥
懇願もむなしく実情を打ち明けられてもなお父親との約束を破るまいと
意志を貫くと理路整然と言いのける。
綾のことだけを考えれば、この判断は間違っているのかもしれない。
しかし分かりましたと簡単に帳消しにできるほど軽度な事件ではなく、彼の決心はそれほどまでに固かった。
「実は、あなたのご両親と話し合いをすることになったのよ。」
「話し合い?」
「ええ。なにも責めるつもりはないのよ。
あなたたちにはずっと仲良しでいてほしいの。だから、私たちも人間関係に折り合いをつけるためにもね。」
「申し訳ありません。
色々と、ありがとうございます……」
二人の仲を引き裂こうなどとは微塵も思っちゃいない。
互いに和解をするため示談をすると言う。
実を言えば、この度のことは母親の独断だった。
自分の夫には内緒で、いち早く牧に実情を伝えるための連絡であり朗報でもあったのだ。
その後
心の奥底にある感情を告げることなく通話を終えた。
熱意が心に響かなかったわけではない。
牧は、愛情が詰まった言葉の一つ一つを胸に刻んだ。
――‥
試合、楽しみにしてるね。
頑張ってね、紳ちゃん……!
‥――
見舞いの際に貰ったカスミソウの切り花に、綾の微笑む顔が重なる。
その小さな花々を見つめ、来たる明日の対決に向け激しい闘志を燃えたぎらせるのだった。
6月20日。ついに試合当日を迎えた。
ブラシで髪の毛をとかし、黒と赤色のジャージとクォーターパンツに身を包み息を大きく吸って深呼吸をする。
ふと壁掛けのカレンダーを見ると「仏滅」の文字が。
何かと波紋を呼ぶ一日となるのだろうか。
( お父さん…… )
玄関先では娘を見送ろうと父親が佇んでいた。
朝から会話のない父と娘。
あの日から、怒るでも笑うでもなく互いに無表情だ。
綾はそのまま出て行こうとドアノブに手をかける。
その時、背後の人物は待てと言わんばかりに口を開く。
「今日……」
「!」
「見せてもらおう。その「凄い」ところとやらを。」
「えっ……」
「試合を観に行くと、そう伝えておきなさい。」
「……行ってきます……!」
厳格で強情な人間が発したのは、数日遅れの返答。
この台詞と暦の不吉な言葉だけでは幸先の悪いスタートを切ったとは言い切れない。
彼女は一切振り返ることなく自宅を後にした。
――
開始の一時間前。
これだけは伝えねばと、足早に海南の控え室へ。両手には数十枚に及ぶ白いフェイスタオルを持参している。
「すみません、春野です。」
「春野。」
ドアが開き、彼女を出迎えたのは牧と同じ三年の高砂。
「綾ちゃん。」
「綾さん!」
「「ちゅす!」」
「…………」
「高砂先輩。入っても、いいですか……?」
「ああ。監督もまだ来てないしな。」
失礼します、と入室してすぐ視界に入ったのは
上半身裸でベンチに座り精神統一をする主将・牧の姿。
「!!」
( どうして裸なのっ……!
ぎょ、凝視できない……
……紳ちゃん……
すごい気合いが入ってる。それに気迫も……
そりゃそうだよね。
待ち侘びてた赤木キャプテンとの大事な一戦だもんね。
私の声なんて……届いてないのかな…… )
" 海南に牧あり "
接戦になるであろう闘いを目前に
勝利に飢える神奈川最強の男は圧倒的オーラを放ち
ここぞとばかりに気力を高める。
聞こえていないのか先ほどから彼は微動だにしない。
また、タオルで頭部が隠れていて表情すら分からない。
それでも綾は無理に話しかけたりはせず、体の向きを変え部員たちと目を合わせた。
「今日は、敵チームとしてですけど……
私っ……みんなが怪我をしないように、何事もなく試合か終えられるように祈っています……!
お互いに最高のプレーをしましょう……!
よろしくお願いします!」
「「 うっす!! 」」
海南のメンバーたちは分かっていた。
バスケに引き目を感じ、弱気になっていることを。
だがきっと大丈夫。
厚い信頼を寄せるこの男がいる限り心配はいらない。
自分たちにとても良くしてくれる綾を
今日この日、必ずや救ってくれるはずだ‥‥と。
― そして
5日前、例の事件が起きた。
彼と最後に会ったのは見舞いに行ったあの日。
その翌日に通話はしたが顔を拝むのは実に4日ぶり。
手の中、胸の中、鞄の中‥‥
今朝の一件を持ち物として携えた綾は
口に手を添え、耳元で何かをささやく。
「紳ちゃん。あのね……」
「それじゃ、失礼します。また後ほど……」
「ああ、ありがとう。」
( 綾……!? )
時間差で、一瞬にして心が驚く。
牧は被っていたタオルを早急に引き剥がすが
立ち上がった頃にはもう彼女の姿はなかった。
( 牧さん……俺も綾さんにささやかれてえ!)
( 春野は何を言ったんだ? )
( 行動がいちいち可愛いんだよな〜。)
( あんな彼女が欲しい…… )
部屋を出てすぐ、白いTシャツとジャージを身につけた長身の男が彼女を呼び止めた。
「綾ちゃん、待って。」
「宗くん……?」
「タオル、わざわざありがとう。」
「どういたしまして。」
「楽しかったね。共同作業。」
「あ……うん……」
夕方、1000本のシュート練習を共に行なった二人。
恋人の引き締まった身体にたちまち頬を染めていたが
おとといの告白シーンが思い出され、彼女の顔はさらに朱さを増してゆく。
この夕焼け色のグラデーションはどうやら友人へと引き継がれている様だ。
――‥
綾ちゃん、好きだよ。
この写真……ずっと持ってたんだ。かわいいな、って。
‥――
「赤くなっちゃダメでしょ。
俺はただのボーイフレンドなんだから。」
「……うっ、うん。そうだね。」
「そうだよ。」
同じ女性に二度も好意を抱き、また想いを打ち明けたが
結果は予想通りで
二度目の失恋後は完全に異性の友人へ転向。
つまり彼はなりたての初々しいボーイフレンドだ。
「今日はお互いに頑張ろうね、宗くん!」
「うん。」
バイバイ、と風を切って大きく手を振る。
感情をあまり表に出さないため読み取りにくいが
棒立ちのままであろうとも
その内側にある想いはひっきりなしに動き、大忙しだ。
汚れのない笑顔に良い意味でバランスを崩していた。
二人だけで会うなら気をつけろ、と忠告を受けていたが
特別何事もなかったため牧が過剰に心配し過ぎていると綾は気に留めていなかった。
しかし‥‥
満月の光に照らされた、あの時
神は、抱きしめたい衝動を必死に抑えていた‥‥
単に差し入れのお礼を言いたかったのか、はたまた
未だ悩みを抱える彼女を心配してのことなのか。
答えは彼の心に直接問わなければ分からない。
男女の友情は成立すると思っている神だが
後ろ姿を見つめるその瞳は、思考とは裏腹に深く切なさに満ちていた。
( 綾ちゃん、かわいい……!
俺……なんで呼び止めたんだろう。
個人的に何か話したかったとか、そういうわけじゃないんだけど
あの様子だと向こうも尾を引いてるって感じかな。
おとといまでかかってた、恋の病。
副作用に効く良い薬があるといいんだけど
こればっかりは時間しかないんだろうな。
失恋の後遺症……いつまで続くんだろう…… )
神と別れて数分後、綾はまたしてもこの人物と関わりを持つことに。
海南の控え室はこのまま通路を真っ直ぐ行ったところの突き当たりにある。よって逃げ場はなく回避は不可能。
同じ立ち位置でありながら、安西監督に尊敬の念を抱くインターハイ常連校・海南大バスケ部指導者の高頭だ。
「春野くん。」
「こんにちは、高頭先生。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。」
直後、しばしの沈黙が続く。
監督は彼女の言葉を引き出そうと敢えて待機しているのだろうか。
「一日入部体験なんて
勝手なことをして、本当にすみませんでした……」
「…………」
少しでも選手たちの苦労や大変さを知ろうと
頑張った一日入部体験。どんな動機であれどスパイ同等の行為は慎むべき。
また、よくよく考えてみれば
一番に許しを乞うべき相手は牧ではなく監督だったのだが身勝手な判断をしたことを精一杯謝った。
「それで、何を学んだのかな? 君は。一日を通して……」
「素敵なお家だな……と、思いました。」
「家……?」
賛成もしなければ肯定も否定もしない。
監督は顔色ひとつ変えないが
突飛出た発言に眉が上がり、きらりと眼鏡が光る。
過去の出来事を掘り返して責めるよりも、それにより何を学んだのか。結果論の方を重要視しているのだろう。
「何事にも基礎が大切ですよね。
土台がしっかりしてなきゃ、時間をじっくりかけて建てなくちゃ良い家は造れない。
海南は……とてつもない練習量と努力による賜物で、それが大成したんだと思います。血の滲むような努力をしてきた結果なんだって身をもって知りました。」
現場で見聞きしたもの、味わったもの。
自身も実際に動き、走り、共に汗をかき‥‥
最強と呼ばれる所以やルーツを体全体で知り得たことは
彼女にとってかけがえのない経験となったはず。
「さすが、牧が見込んだ娘だ。良い見方をしている。」
「そんな……
だけど、悪いことは悪いので……反省しています。」
「……まあいい。今度はタダではすまんぞ。」
「はい。」
「当然のように翔陽が出てくると思って何も下調べはしとらんが、油断は禁物だ。
相手が誰であろうと負けるわけにはいかん。
女神はどちらに微笑むのか。そこが問題なんだが……」
「!」
綾がまさに今思い悩んでいることをピンポイントで言い当てられたよう。左胸がズキッと痛む。
智将・高頭。
相手選手の分析力や瞬時に欠点を見抜く力は天下一だ。
「あの、私……勝利の女神には、なれません。
ただみんなに怪我がないように祈ることしか……
先生、失礼します……!」
「春野くん、安西先生によろしくな。」
「はい!」
敵チームであるにも関わらず差し入れを持参し
肝心な自分の心はあっちへこっちへ揺れ動いてばかり。
会話をしている間、ろくに目を合わせられず
出てくるのは謝罪や反省、否定文といった内向的な言葉だらけだった。
頭を下げ、この場を何とかやり過ごした彼女は
急ぎ足で自分の持ち場へ。
― ふたたび海南大附属・控え室。
「あれから、虫は追い払ったのか。」
「いえ……まだいますよ。
大きいものと、小さいものが一匹か二匹……」
牧が綾に別れを告げてすぐのこと。
監督は頑なな心をひょいと拾い上げ、すぐに復縁するよう諭した。
同時に悪い虫がつかない様にと注意されていたが
「おっ、俺はもう違いますよ……!」
「俺も、違います……」
一体誰のことなのだろうか。
清田や神に視線を移せば、自分ではないと言い張る。
「牧……良い恋人を持ったな。
あのお嬢さんは選手としても、人としても、よく出来た人間だと思うぞ。大事にせにゃいかん。
勝利の女神……いや、天使が微笑むかどうかはお前の手にかかっている。心してかかれよ。」
「はい……!」
「マイホームが完成したら私も招待してもらうとしよう。
土台がしっかりした良い家が建ちそうだ。なあ、牧。」
「「 マイホーム?? 」」
「フッ……そうですね、監督……」
ガハハハ! と、高々と笑う。
綾との未来図を想定した会話内容に
互いに通じ合う名将
そして、微笑み返す主将・牧の姿があった。
" あのね……実は、両親が来てるの…… "
綾、すまない……
今のところ無期限という形だが
どうか辛抱してくれないだろうか。
試合があるからといって状況に甘えてるわけじゃない。
待ち望んだ湘北との戦いに身の引き締まる思いだ。
親父さんたちが見ているなら尚のこと。
この埋め合わせは、必ずするからな……
高校バスケット界
三大タイトルの一つ・夏のインターハイ
いよいよ開始となる決勝リーグ。
海南大附属、陵南、武里、そして湘北。
頂点を制するのはどのチームか?
頑張らなくていい、と言う牧と
自分に負けるな、と言う藤真。
牧と綾。
二人が幸せのエンディングテーマを聴くためには、今日という日を‥‥巨大な壁を乗り越えなければならない。
― 湘北高校・控え室。
「桜木から全部聞いたよ。どうしてこんな無茶を……」
「「 ………… 」」
後日、メンバーたちは木暮と三井から
綾が今まで隠し通していたすべての経緯を余すことなく伝えられていた。
「ずっと秘密にしていて……すみませんでした。
みんなが傷付くのを見たくなくて……それで……
だけど、大丈夫です!もう済んだことだし、こんなにピンピンしてるんですよ。
だから何も心配いらない「なにが大丈夫よ!!」」
「!!」
「「彩子……」」
「アヤちゃん!」
「彩子さん!?」
「先輩……」
突如、明るく元気な敏腕マネージャー・彩子が叫んだ。
両目には今にも溢れそうなほどの涙が滲んでいる。
「あんたはいつも事あるごとに「大丈夫、大丈夫」って
その一点張りで、本当に大丈夫だった試しなんてないじゃない!
普段からバカ正直なくせに、なんで素直に話してくれなかったのよ!」
( 彩子さん…… )
「そ、それは……
もし、廃部や出場停止になったりしたら、私……!」
「バッカみたい!
命より大事なものなんて、あるわけないじゃない!」
「……っ」
「まったく、あんたって子は……」
感無量の綾は彩子に抱きつく。
試合よりも、部の存続よりも、もっと大切なこと。
それは‥‥生命の尊さ。
無事だったは良いが、最初から打ち明けてほしかった。
彼女は綾の恋愛をただ楽しんでいるだけではなく、本当の妹の様に可愛がっている。よしよし、と頭を優しく撫でる様子はまさに仲の良い姉妹そのものだ。
「彩子の言う通りだぜ。
お前が抱えることないんだからな!
下手すりゃ、あのまま……!」
「……!」
ぶり返す、おぞましい恐怖心。
あのまま不埒な男たちに犯されていたかもしれない。命が危なかったかもしれない。
そんな最悪なケースも考えられた。
公式試合出場停止‥‥
それだけは何としても避けたかった彼女はバスケ部を守ろうと、被害者を出さぬ様にと部員たちを庇いかおりのことを明かさずにいた。
三井からすれば、それはいつかの自分が彼らを陥れようと企んでいたことだ。
「あ……悪い。
しかしまあ、アレだ。お前らしいよ。
やるっつってんだから褒美ぐらいもらえばいいだろうが。なあ、桜木。」
「ぬ……!?」
バスケットウーマンの称号を贈られた際、卒業記念品を何も要らないと受け取りを拒否していた綾。
自信がついた上に基礎を一からレクチャーしてくれた。それだけで充分なご褒美なのだろう。
「いえ……いいんです。
私は、51人目のお友達なんだよね? ねっ、桜木くん。」
「…………」
話しかけるもフィッと顔を背け、何も話そうとしない。
「コーチ……?」
「花道、返事ぐらいしろ!」
「おい、桜木!」
「「桜木……?」」
「桜木花道?」
「…………」
同じく流川も、何も語ることはなかった。
( もしかして……
約束を破ったこと、気にしてる……?
桜木くんが私のことを好きって分かってるけど……
もう既に友達だ、って
ベストフレンドだ、って言ってくれて
嬉しかったのにな…… )
「無視すんな、どあほぅ。」
「キャッ……!」
「「 流川! 」」
見兼ねた流川が、赤い髪の男を蹴り飛ばした。
ライバルにヤキを入れられ突っかかろうとするが
「るっ、ルカワ……! てめー!
あっ……」
「…………」
顔を一瞬だけ合わすが、再びそっぽを向かれてしまう。
しゅんと落ち込む彼女に‥‥
( 綾さんに合わす顔がねえ……!
ゴロツキどもから救えなかった上に
約束まで破っちまって……
ん……? 約束……? )
桜木は、大口を叩いた割に救出できず
約束を果たせなかったこと、無力だった自分を気負い、綾の顔を真正面から見られずにいた。
「桜木くん……ひょっとして、私のこと避けてる……?」
「なっ……! そ、そーいうわけでは……」
何かを思い出しかけたが、彼女のしょんぼりした様子と一言を機にようやく喋り始める。
「……かっ。」
「?」
「カッコ悪いじゃないすか。秘密も守れなかった上に、綾さんを……
大船に乗せたつもりが穴が空いちまって、結局泥船に……」
( 桜木くん…… )
これはもはや男のプライドの問題。
友情に亀裂が入ってしまったのかと落ち込んでいたが
そんなことか、と良い意味で裏切られていた。
「ううん。そんなことないよ。
秘密はいずれバレちゃうだろうし……
私は、大きな豪華客船に乗ってクルージングしてる気分だったよ!」
「……!」
「だって、現にちゃんと助けに来てくれたよね?」
「綾さん……」
事件現場にはもちろん、桜の花が咲き誇る林道へも
素早く駆けつけていた。
大船以上のものに乗っていたと笑顔の綾。
顔色を確かめたいと彼の驚く顔を見上げる。
「選手の顔色チェックもマネージャーの仕事なんだよ。
だからこっち向いて、桜木くん!」
「こうすか……?」
「うん、問題なし……と!
フットボール選手なら10番はエースナンバーだよ!
だから、みんなのためにも頑張ってね……!」
「じーん……♡ 綾さん……♡
まかせてください綾さん!
湘北の期待の星・桜木がいる限り
負けることはありません! ジイだろうがセンドーだろうが、何でも来やがれってんだ!!」
「うん……!」
怒りの導火線が短ければ、立ち直るまでの時間も早い。
内向的かつ単純な彼はすぐに得意になり
綾の励ましによってバスケットマン魂そして闘志に火をつけたのだった。
「期待の星だァ……?」
「扱いやすい奴……」
「やれやれ。」
「さすが綾ね。」
「また調子に乗りおって……!」
「ははは。問題児の扱いに手慣れてるな、春野は。」
いつもの光景が戻り、呆れる者と感心する者に分断するメンバーたち。彼女は壁に寄りかかる男のもとへ。
「楓くん……」
「?」
「私、本当に脱走癖があるのかも……」
翔陽へと赴き、憧れでもある藤真が芸能人の様に分離できない大切な存在であると気付くことができた。
逃走してしまった事実にその気があるのだと自覚した綾。もはやここまでくると、ステータスにそう上書きせざるを得ない。
「やはり……」
「だっ、だから、今日も脱走しそうになったら止めてね……? なんちゃって……」
「ウス。」
事態に備え、あらかじめそう伝えた。
ただの冗談という可能性も考えられるが‥‥これは
試合後に思わぬ展開があるという前フリなのだろうか。
「それに……言われた通り、もっと早く話してれば……」
「綾。」
「え……?」
「それ以上なにも言うな。
俺は今日、でけー壁をぶち破る。」
「えっ……壁を……?」
彼とて何も考えがないわけがない。
口数は少なくとも思うことは多々あり、その胸中は灼熱の砂漠ほどに熱い。
「おとなしく見てろ。」
「うっ、うん……」
「ああ? エラソーに!」
「「 流川…… 」」
――‥
楓くんは……本当にすごいね。
私なんて、いざゴールを前にしたら怖くなっちゃって……すごく大きな壁が見えたの。
この壁をどうにかして乗り越えなきゃいけないのに……
今は訳あってバスケ初心者だけど、変だよね? 経験者のくせにシュートすらまともに打てないなんて……
‥――
フリースローの特別レッスンで怖気付いていた綾。
彼女に代わり、乗り越えられない壁を乗り越えようと気合い充分。やる気や積極性が高く強い意志を感じる。
赤い髪の彼もまた今度こそ約束を果たそうと燃えに燃えていたのだった。
( 野郎……!
いつも綾さんの前でだけカッコつけやがって!
俺だって、壁の一枚や二枚……
ジイが、綾さんのために別れた……?
あの時の綾さん、幸せそうだったなぁ……
いやいや、アイツは綾さんをこんなにさせた張本人!
許さねえ……許さねーからな!! ジイ!!
そうだ! まだ奥の手があるじゃねーか!
綾さんとの約束・II (ツー) !
よっしゃあ! この切り札で汚名返上だぜ!
男・花道! 必殺のスラムダンクを決めてやる……!!)
「本当に大丈夫なのか、春野……
お前に万一のことがあれば牧にも申し訳が立たん。
金輪際、無茶はしないと誓ってくれ。」
「キャプテン……」
開始時間が刻々と迫り、空気が一層張り詰める。徐々に不安そうな顔つきになっていく彼女に赤木は気を配る。
「大丈夫ですよ、赤木先輩。
その牧に救出されたんですもの。ねえ、綾?」
「はい……もう、こんな事は二度と……」
「…………」
( 春野は無事だと言っているが……
多少なりとも肉体的、精神的ダメージを負っているはずだ。
俺たちよりも同性の彩子と一緒の方が安心するだろう…… )
「とにかく、それ以上の涙は
試合が終わるまで取っておくんだ。いいな!」
「はっ、はい!」
その涙が嬉し涙に変わるか、または悔し涙となるのか。
それはこれからの勝敗によって決まる。
今は流さずこらえるよう指摘を受けた。
― そして
部員たちの視線は彼女から主将・赤木へ。
相手のデータを取っておらず、余裕を見せる高頭監督。
勝利に燃えるも余裕を感じる海南とは実に対照的で、王者への挑戦権を手に入れた湘北は息を呑むほどの緊張感に包まれている。
「俺は、寝る前いつもこの日が来るのを想像していた。
湘北が神奈川の王者・海南大附属とインターハイ出場を懸けて戦うところを毎晩思い描いていた。
一年の時からずっとだ……!」
「「 絶対勝ァつ!! 」」
彼にとってバスケットは、命の次に大事なもの。
全国を制覇するにあたり避けては通れない海南との勝負を前に、今日にまで至る意気込みを熱く語るのだった。
( すごい……気合いの入れ具合からして違う……
紳ちゃんが燃えてるなら
キャプテンだって同じくらい燃えてるんだ。
私は湘北のマネージャーなのに、何をしてるんだろう。
このままじゃみんなの足手まといになるだけだよ……
こんな、迷ってる場合じゃないのに……!
足りないものを至急見つけなくちゃいけないのに……!
心が優柔不断で、思うように動いてくれないよ。
私は一体、どうしたら…… )
火傷しそうなほどの熱意を目の当たりにした綾。
自身の所属するチームや選手たちを心から応援することができず、気が焦る一方で皆の足を引っ張ってしまうのではないかと劣等感にも近い感情でいっぱいだった。
「春野……お前の強い意志は、よーく分かった。
何も心配はいらん。自分の仕事をきっちりこなしてくれさえすれば、それでいい。」
「キャプテン……? だけど、それじゃあ……」
「あの花を枯れさせるわけにはいかんからな……!」
「……!!」
" 花言葉は、勝利への決意 "
赤木を筆頭に、湘北のメンバーたちは
彼女が胸に秘めた想いを何となく分かっていた。
部室の隅に飾ったオダマキ。
全員がとっくに目にしたであろう。
赤木はもちろんのこと、木暮や彩子もその花が意味する言葉を調べたに違いない。
バスケを嫌いになってしまいそう‥‥
けれどもそれを乗り越えねばと立ち向かい奮闘している。心がもげてしまいそうな日々の中でも
根底にあるものは、ビクトリー。つまりは勝利。
バスケットへの情熱は完全に冷め切っていないことが発覚し、きっと彼は嬉しかったのだろう。
― すると
誰かが欠けていることに気が付く。
「あれ? 三井先輩は……?」
「またキンチョーしてトイレじゃないすか?」
「「 三井……? 」」
姿を消した彼が向かった先は‥‥
「よう。」
「三井……」
「忠告に来てやったぜ。」
「忠告?」
互いの控え室から少し離れた通路の一角。
三井は、ある男を呼び出していた。
神奈川県内では皆、彼らのチームを指標に
そして彼を叩き潰そうとしているだろう。
そう。ある男とは‥‥
綾の恋人であり、本日の中心人物となるであろう古豪・海南大附属の主将を務める牧 紳一だ。
「「…………」」
両者は何も語らない。
各々ズボンのポケットに手を潜め、平然としたままだ。
同じ学年、同じ身長、経験値も同等にある。
強いて言えばスキルや知識といった熟練度は牧の方が上だろうか。
まるで間合いを取っているよう。
獲物でも捕らえる様な鋭い目つきをしている。
「ウチのセンターは、赤木だぜ。」
「!」
「ゴール下の守護神に……
あのゴリラに敵う野郎はそうそういねえ。」
「ああ。心得ている。」
( 一時期、奴の存在に嫉妬してたぐらいだしな……
俺が連中と遊び歩いてた間にも、必死で練習して……
お前ら海南に懸ける熱意はハンパじゃねえ! )
タイミングを狙った様に話し始めた三井。
だが、これだけを言いたいがためにわざわざ呼び出したわけではないはず。彼は少しずつ真意に近付いてゆく。
「誠実なカレシさんよ。
俺は親戚の兄貴だからな。もう特別な感情はねえよ。
第一、女の尻を追っかけるなんざ、俺のシュミじゃねえからな。」
( もう……? )
「だけど、流川には気をつけるこった。
奴はきっと本気だぜ。だから珍しくあんなに喋って……」
「流川か……」
――‥
バスケットで……
あんたにだけは、負けられねー……
‥――
割と最近までその特別な感情があったのだろうか。
想い人である綾のために、勝つために、本気モードの流川。その志がブレることはきっとない。
流川はもとより桜木にも宣戦布告を受けたばかり。が、牧は微動だにせず依然毅然とした態度を貫いている。
「……早く花畑に連れてってやれよ。」
「ああ……そのつもりだ。」
「アイツを……」
「ん……」
「もう、泣かせんなよ……」
これまで何度も何度も、泣かせてしまっていた。
ここには花が咲いていない、と
特に何もない体育館の脇にひとり佇み
三井の胸元で号泣し、会いたいと寝言と一緒に雫があふれていた。
自身がいないところでも涙していたと知るが、牧は驚く素振りを見せることはなかった。
「話はそれだけだ。邪魔したな。」
「三井……」
可愛い後輩である綾のことを
一人の男として、個人的に一番伝えたかったのだろう。
結果論だが、腕時計の破壊により二人を破局へと導いてしまったこと。そして別れたことによりバスケットまで失いかけている現況に罪を引きずっている三井だが
帳消しだと意表を突かれ、無事ホワイトな身分に。
彼女の口から明かされた本当の理由‥‥
一度離れ離れになってしまったのは
愛しき人を守るためだったと真実の愛を知ってもなお潔白にはならず、罪の重みという影を背負っていた。
" ごっそーさん "
三井の肩で熟睡していた綾。当初はその発言からキスをされたと分かり、嫉妬心が渦巻いていた牧だが今、そのジェラシーは全くない。
それは
涙で濡れた彼女の顔が
彼の広い胸を締め付けたから ―