最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
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君が泣いて、笑って……
その度に、この胸が、心が……揺れ動く。
ここは街の雑貨店。
ピアスやペンダントといった装飾品にメイク用品、文房具、キャラクターグッズなど様々な品物が並ぶ。
ある日の昼下がり
カンコンと来客を知らせる入り口のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。
どなたかに贈り物ですか?」
「はい。大切な人(女性)に……」
ーー
「プラトニックな関係……いいじゃん!」
迫り来る戦いと夏の訪れを背に
薄手の通気性の良いスカートがふわりと揺れる。
この日(土曜日)の時間割はHRと清掃のみ。
放課後、時刻は十時過ぎ。
一日の前半部分と言ってもいい今、友人と共にお忍びで翔陽高校へと向かう。
「もっ、もちろん
いつかは「その時」が来るって分かってるし、覚悟してるよ……?」
「おっ! 前とは違ってポジティブな感じ?」
「うん。確かに最近の紳ちゃんは積極的で、私も背中にしがみついたりしたけど……
声を聞けるだけでも嬉しいし
くっついたり、キスだけで充分なのになって……」
「…………」
つい最近まで顔を合わせることもできなかった。
彼の声を聞くだけで幸福を感じた。
くっついているだけで、隣にいるだけで、満足だった。
頭では分かっていても
実際問題キス以上のことに踏み込むのは難しい。
カナは近況報告を含んだ彼女の恋愛相談に乗っていた。
かれこれ一年以上交際している牧と綾。
未だ男女の肉体関係は無く、唇を重ねるだけで充分だと話すと‥‥
「ねぇ綾。キスはキスでも、ディープキスぐらいはしてるわよね?」
「え……? ディープ……?」
「舌と舌を絡ませるキス!」
「なっ……そ、そんな大人びたこと、してないよっ!」
なぞなぞに似た問いかけをしてきたと思えば、びっくり箱を開けた様な発言が飛び出す。
すがすがしい水色の空には不相応な言葉が行き交う。
「あー、ごめんごめん!
私が悪かったわ! 生々しい話はやめやめ!」
「カナちゃん?」
「名前負けしてないぐらい紳士なんでしょ?
今は心の準備が必要でも、牧くんなら絶対うまくリードしてくれるって。」
「……うん。」
「風邪も治って良かったじゃん!
胃袋で男心を掴もう作戦も、大成功♡
愛のなせるわざね! うんうん。」
「あ、愛って……」
( 帰りがけ、ほっぺたに普通のキスは、したけど…… )
一体全体いつそんな作戦を立てたのだろうか?
まだ汚れを知らない綾に、質問した自分が恥ずかしくなってしまうカナ。
友に対して激励と話を上手くまとめあげた。
「ていうか、綾〜!! 良かった〜!!」
「わっ!」
直後、がばっと抱きつき友の無事を喜ぶ。
小田と葉子を前にして置き去りにしたことを謝るとカナは青ざめた様子で尋ねた。
「急にいなくなったりして、ごめんね……」
「いやいや、それよりも水戸くんとかから聞いたけど
誘拐された上に襲われそうになってたって……
本当に大丈夫……!?」
「うん、大丈夫……」
例の事件は彼女の体や心にいくつかの爪痕を残した。
その中の一部である、牧も気に留めていた頰の傷跡。腫れも引き自然治癒したためもう絆創膏はしていない。
「いくら元カノだからって、あの女……!
牧くんもビシッと言ってやりゃーいいのに!」
「言ってくれたよ。」
「え? そうなの?」
「うん……それに、かおりさんだけが悪いんじゃないし。」
「えー? あの女の肩持つ気?」
「ううん。そういうわけじゃないけど
同じ男性を好きになった人だもん。
私も悪い気がして……
もう、終わったことだから……」
ーー‥
かおり、お前とはとっくに別れたはずだ。
今後も付き合うつもりはない。諦めてくれ。
やめろ。度が過ぎるぞ。
これ以上、綾を傷つける奴は容赦しない!
花を踏みつけるようなヤツとは……
好きでもない女とは、付き合えん。
セールスの勧誘と一緒だ。
ああでも言わなきゃ、ずっと付きまとわれるだろうぜ。
‥ーー
高飛車な女性はあまり好みではないのだろうか。
三度目の引導を渡した牧は関係を断ち切るため、愛しの彼女を守るためにハッキリとそう公言していた。
決してやせ我慢をしているわけではない。
後から好きになった二番手の自分を大切にしてもらえて満足感や幸福感に包まれている。
が、時にかおりのことが頭をよぎり強く後ろめたい気持ちに駆られていた。
「それにね。」
「?」
「いたよ。白馬に乗った王子様。」
「えっ。」
「紳ちゃんが、助けに来てくれたんだ。」
架空の世界だけのことではなかった。
カナが以前話していた例え話。
薄い瞼を開けば自分だけのプリンスが手を差し伸べてくれていた。
みんなのおかげだよ、と彼らが救助してくれたお陰で今の自分があるとも話す。
「へー。ほー。良かったじゃん。
さっすがー。有言実行できる男は貴重よね。」
「うん……」
「つーか、結局またノロケかーい!
あーあ。心配して損した。」
「ちょっ、カナちゃん!」
そんなつもりはないけれど。
牧のことを想うとどうしても口元が緩み、自動的に顔面も紅潮してしまう。
誠実な彼は大ボラを吹くことはなく
宣言通り彼女を懸命に庇った。
冷たくあしらうカナだが加害者意識を持つ親友を不安そうに見つめ、ひどく気にかけていた。
また、惚気るもなにも
現在は距離を置いていることを告げると‥‥
「うーん。そうきたか。やっぱ親は最大の難所よね。」
「…………」
「まぁとりあえず明日必ず会えることは確実なんだし、その後もなんとかなるって!」
「そうかな……」
そう言われると、なんだかそんな気がしてくる。
会えない哀しみに心をもぎ取られそうな綾だが、カナの明るい立ち振る舞いに少なからず元気づけられていた。
「さっきの話……やっぱり、いけなかったかな……」
「え? 何が?」
「あの時、下着姿を見られて……赤くなってて……」
「……牧くん、理性を保つの大変そう……」
「理性?」
「なんでもない。たぶん、優しくしてくれるっしょ!」
先ほどの話は終わりにできなかった。
今の発言を受け、散々我慢させられている牧の気持ちを考えると彼が哀れに思えてしまったのだ。
「そういやカナちゃん。
健司くんのこと、色々知りたいって……」
「あ、そーだった!」
― そして
本題に入り、綾は友が非常に知りたがっていた藤真に関することや出来事を話した。
翔陽戦のあと控え室に寄り
もっと泣いていいよ、と肩を貸してあげたこと。
ありがた迷惑もしくは
余計なお世話だったかもしれないとも思ったが、それを牧に話すとさぞ嬉しかっただろう、と返ってきたこと。
試合中、彼女の声援に対して本人は
いささか嬉しかった、と微笑みながら語っていたこと。
憧れの人物・大切な友人である彼に
恋人への快復祝いを選んでもらいたいという願望。
試合中‥‥藤真は綾のことをよく見ていた。
あの日の激励は、あの心優しい声かけは
少々なんてものではなく
段違いに嬉しく、また胸を打たれたことだろう。
綾に気があるとにらんでいたカナはこれらの発言に不変の確信を持つ。
( やっぱり。これはもう確定ね。
なるほどなるほど。翔陽のキャプテンと海南のキャプテンはライバル同士ってわけね。
おまけに三角関係……!
しかも綾は全然気付いてないみたいだし。
ほんと、牧くんって苦労人……
しょーがない。イケメン君のために、この私が一肌脱いであげましょう!
この間、綾のお母さんから連絡があったときやばいくらい動揺してて
かなりマズイことになってるってことは察した。
昨日から学校にも来るようになって万々歳だけど
綾……
いくらなんでも、お人好しすぎだって……
一難去ってまた一難。元カノのお次は親か……
恋は障害がある方が燃えるなんて断言しちゃったけど
ここまで深刻だったなんて……解決していけるの……? )
ーー‥
……それは、俺の口からは言えないな。
春野……!
‥ーー
( 健司くん…… )
あの時、なぜ藤真の顔が頭をよぎったのだろう‥‥?
心揺らす、実に不鮮明な仙道の返答。
まさか自身への愛を叫んでいたとは露知らず。
この謎を‥‥自分の気持ちをはっきりさせたかった。
プレゼントの件も含め
これこそが、彼女が今回
翔陽高校へ行きたいという本当の理由だった ―
( 気さくで、明るくて、体も心も強くて
あんなに素敵な人なのに。
浮いた話ひとつ聞いたことない。
彼女……いないのかな?
紳ちゃん。
霧が晴れたなら、良かった……!
悪夢だって言ってたけど
大したことない夢だったのかな。
紳ちゃんも、深いキス……したいのかな…… )
ーー
「へぇ……さすが私立! って感じね……」
「うん。趣きがあるよね……」
「お、おもむき?」
普段見慣れていないものを見ることは興味や好奇心を高めることに繋がる。それはまるで真新しい世界を目の当たりにしているよう。
依然五分咲きではあるものの
明るく前向きなカナとの話に花が咲き、その四本の足は着実に目的地へと近付いていた。
翔陽に到着するやいなや彼女たちは建物の造り、敷地面積の広さなどに圧倒されていた。
校門をくぐり足早に体育館へと向かうと‥‥
「あれ、キャプテンじゃない?」
「え?」
「間違いない、ホンモノの藤真健司だって!」
常時張り巡らせている面食いサーチが過剰に反応したのだろうか?
夏服の開衿シャツに灰色のスラックスをまとい、そして甘いマロンカラーのサラサラヘアといった容姿端麗な彼の姿が目に入る。
校舎裏へ向かおうとする友人へ声をかけようとするが
直後、見てはならない光景を目の当たりにしてしまう。
「ほんとだ、健司く……」
「藤真先輩のことが、ずっと好きでした……!」
「「 !! 」」
「私と、付き合ってくれませんか……?」
「…………」
「っ……!」
目撃した瞬間、透き通った花瓶に亀裂が入った。
まさかの告白現場に遭遇し、心がどよめく。
急いで物影に隠れようとするが‥‥
「あ……」
「なっ……! 春野……!?」
縄かガムテープか何かで固定された様に
体を自在に動かせず、その場で立ち往生する。
まさかの綾の存在に驚く藤真。
彼の頬はかすかに赤みを帯びている。
「ごっ……ごめんなさい! 行こっ、カナちゃん……!」
「ちょっと、綾っ!?」
「春野……!」
その場を走り去る綾。
この時、通学カバンの外ポケットからある物が落ちた。
すかさず拾った藤真はまたしても瞳を大きくして驚く。
それは‥‥数日前
桜木が湘北の生徒に配っていた朝刊のコピー用紙。
入れっぱなしにしたまま忘れていたのだろうか?
「先輩っ!」
「!」
「逃げないでください。返事、聞かせてください……!」
逃走する綾を追い求めようとするも、告白相手に呼び止められてしまう。
「……俺は……「あの制服……」」
「あの人……春野さんですよね、知ってます。」
「…………」
「今日、ダメ元で告白しようって前々から決めてました。
彼女のことが好きで何度も断ってるって。
そんなこと承知の上です。
だけど先輩だって……叶わない恋なのに……」
「それでもいいさ。」
「……!」
大空に浮かぶ小さな雲を眺める。
手を伸ばせば簡単に掴めそうだが、それは極めて困難であり無理に等しい。
「彼女が……春野が
頼りにしてくれるなら、笑ってくれるなら……
少しでも望みがあるなら、俺はそれに賭けたい。」
「…………」
「だから、すまない。君の気持ちには応えられない。」
「藤真先輩……」
花の甘い香りが風にそよぐ。
藤真はその匂いにつられる様にして追いかけていった。
ーー‥
お前、一体どういうつもりだ!!
春野を悲しませたら容赦しないと、俺はそう言ったはずだ!!
アイツをとびきりの笑顔にするのも……
悲しみの底に突き落とすのも……
牧……! お前のさじ加減ひとつなんだぞ!!
俺と勝負しろ!
いつかきっと……いや、必ず……!
春野の心を手に入れてみせる!!
‥ーー
叶わない恋だとしても構わない。
自分を頼りにしてくれるなら
彼女が微笑んでくれるなら、喜んでそばにいる。
微笑むといっても、ピカピカで完璧な笑顔にすることは無理に近い。
けれど路頭に迷った時には一番の味方となり支えたい。
そして‥‥
最終的には気持ちを手に入れられたら最高に嬉しい。
この時
複雑真っ只中な彼女の胸の奥で、とある変化が。
( これは、何……?
針で刺されてるみたいに
心がチクチクって痛いよ……
どうして……? )
何故か心が苦しくなる。
この気持ちは一体何なのだろうか。
不鮮明だったものが、段々とクリアに近付いてくる。
白く濁った水を、澄んだ清らかな水に。
不純物を取り除けるかどうかは
彼の手にかかっていた ―
あの時、近々そっちに行くと伝えていれば
この日も、今から向かうと連絡をしていれば
きっとこの様な事態には
こんな思いをせずに済んだかもしれない ―
仙道にデートの誘いを受けた、あの日の夜。
藤真の気持ちを考慮し、私情を話すことのなかった綾は彼に一切連絡を取らず行動に至らない行動を取っていた。
それは、すなわち「何もしない」ということ。
吉と出るか凶と出るか‥‥
それゆえにおみくじの結果は凶となり、とんだ運試しになってしまった。
( なんで逃げちゃったんだろう……?
間が悪いから? 気まずいから? 驚いたから?
ううん。どれも違う。
健司くんが誰と付き合おうと、健司くんの勝手なのに。
あんなに素敵な人だもん。告白とか……
アプローチもたくさんされてるに決まってるよ。
こんな気持ち、初めてで……
胸の中がうるさいぐらい音を立てて動揺してる。
楓くん。
楓くんの言う通りだね。
私、本当に脱走癖があるのかも?
逃げちゃった理由……
それは、きっと ………… )
「待て、春野……!」
「健司くん……!」
「一体どうしたのよ、綾……」
走り去る綾と訳も分からず巻き込まれたカナ。ぜぇぜぇと息を荒げている。
数日前、思い出の地まで駆けつけてきた桜木と同様
現役の選手たちにフットワークでは到底敵うはずもなく藤真にあっという間に追いつかれてしまう。
「キャー! 正統派イケメン♡♡」
「ん? 君は……?」
「はっ、初めまして! 綾の友達やってます!
……じゃなくて!
私はここらで退散するわ。じゃね〜!」
「カナちゃん!? なんで……!」
藤真を前に大興奮のカナであったが、内心に抱いていた思惑通り彼を気遣い
ロケットダッシュでそそくさと去っていった。
その後すぐ、一件のメールが届く。
――――――――――――――――――
綾、ごめん!用事を思い出したから帰るね!
牧くんには悪いけど、邪魔者は退散しま〜す!
二人でショッピング楽しんできなよ。
あとで結果報告よろしく!
――――――――――――――――――
( 紳ちゃんに悪い……? 邪魔者……? )
カナの粋な計らいにより、そうこうしているうちに気が付けば藤真と二人きりに。
彼は前方を眺めながら何やらぼそっと呟く。
「……いい友達だな。」
「え……?」
意味深な文章を残した友人のある単語が引っかかり、声をかけると
「ジャマ……そうだよ。
せっかくの場面を邪魔しちゃって、ごめんなさい。
練習もあるだろうし、今すぐ戻って……」
「なにも慌てることはない。
練習は午後からだから、大丈夫だ。」
「そっかぁ……」
ウチ(湘北)と同じだね、などと言う余裕は彼女にはない。
数十分前に親友と歩いていた通学路。それが今、隣を歩く者は憧れの人物にすり替わっている。
彼は自然に車道側にまわり足並みを揃えていた。
先ほどのことが後を引いているのか。顔を合わせることなく話す。
「さっきの……キレイな人だったね。」
「……二年の生徒会長だ。」
「そ、そうなんだ……」
( 校内一のエースプレイヤーと、生徒会のトップ……立ち位置が違いすぎるよ…… )
自身との地位の差に戸惑う綾。
次の瞬間、外側を歩く足がぴたりと止まる。
「お付き合い、するの?」
「……!」
( 春野……? )
「いや、しない。好きな人がいると言って断った。」
「健司くん、カッコイイもんね。
前からね、二足の草鞋をこなしててすごいなって思ってたんだ。」
「……二足の草鞋?」
「うん。」
たった今、藤真の口角が上がったのは気のせいではなさそうだ。
彼は高校生でありながら選手と監督どちらの役割もこなす貴重な人材。
その前例はなく、誰でもこなせるものではない。
チームメイトからの絶対的な信頼に冷静な分析力、優れたゲームメイキングセンス。そして何よりも主将としての実力も兼ね備えていなければならない。
彼女に限らず憧れを抱く者は多いだろう。
好きな人がいるという言葉に
ワンテンポ反応が遅れたが、驚きバッと顔を上げた。
「今、好きな人がいるって……本当……?」
「ああ。本当だ。」
「……!」
「三年もの間……ずっと、恋してる。」
両者のサラサラな髪の毛が風にそよぐ。
なぜ彼は振ってしまったのだろうか。
深く青い、きらめく瞳に強く見つめられている。
( コバルトブルーの瞳、キレイ…… )
「……そっか。その女の子は幸せ者だね。」
「…………」
「さらに、その人には恋人がいるんだ。」
「え……それって、究極の片想いだね……?」
「そうかもな……雲を掴むような話だ。
だからって、奪うような真似はしないさ。」
「だけど……健司くんは、ずっと……」
藤真はずっと、綾から目線を外さなかった‥‥
略奪する気などさらさら無いのだろうが、その目線は段々と彼女から遠ざかっていく。
「見たくはない……
微笑みかける横顔も、泣き顔も……」
「健司くん……」
出会ってからずっと、綾だけを見てきた。
この恋が成就しなくても構わない。
実現不可能だと分かりきっている。
けれど、その想い人が哀しみに打ちひしがれている時
覆ってあげられない悔しさ。
ハンカチを差し出すことしか出来ない自身への無力さ。
眩しいほどの微笑みは好敵手である牧にのみ向けられているという、それに直面した際の淋しさ。
どんなに辛くとも、彼女の泣きじゃくった顔は見たくない。幸せを取り上げてしまうことはしたくなかった。
「夢物語に終わるだろうが、俺は彼女の心を手に入れたいと思ってる。」
「心……?」
今はまだ彼の恋心には‥‥
好きな気持ちには気付けなくても
トキメキは感じなくとも
いざという時そばにいてくれると嬉しい。頼もしい。
だからこそ、今回の様なスキャンダルは胸が痛む。
いつでも身近に居ると思っていた。だから
すごく遠くに行ってしまうような感覚がしてしまう。
それを表すならば
幼き頃、よく一緒に遊んでくれた近所のお兄さんが
ある日結婚したと知りぱたりと姿を消してしまった時。
生涯をかけて守りたい‥‥
そんな大切な人を見つけたんだ。
もう自分だけのお兄ちゃんじゃないんだ、と
現実を突きつけられ幼心にひどく淋しく感じた。
自分都合な醜い感情が湧き出てしまい、やきもきする。
「俺に何か用事があったんだろ?」
「うっ、うん。健司くんに元気になってほしくて
驚かせようと思ってたんだけど、まさかあんな事になるなんて……反対に私が驚かされちゃった。」
「そうだったのか……
ありがとな。その気持ちが嬉しいよ。」
藤真はメンタルが強い。励ます必要もないと牧がそう言っていた。
が、準決勝の試合内容が忘れられない綾。
お忍びで学校へと出向き驚かせれば、少しは彼を笑顔にできるかもしれない。
しかし元気づけるどころか逆に驚かされ
新たな悩みの種となってしまった。
「もちろんそれだけじゃないよ。
あのね、紳ちゃんには内緒で何かプレゼントしたくて。健司くん、もし良ければ付き合ってくれる……?」
「……!」
( 意味合いは、分かってる。分かってるが…… )
「ああ。構わないが、名前……戻ったんだな。」
「うん……」
" 付き合って "
快く承諾する藤真。
今までの話の流れからして、子供染みた二重の意味のある言葉だと分かっていてもドキッとしてしまう。
また、その呼び名にヨリを戻したことに安堵するが
チラリと見せる冴えない表情を見逃すことはなかった。
「だが、なぜ急にプレゼントを?」
「紳ちゃんの快復のお祝いに、何かあげたいなって。」
「快復祝い……?」
「うん。あとね、
いつもありがとうと、色々とごめんなさいと、これからもよろしくの四点セット!
そんな気持ちを込めて贈りたいの。」
「春野……」
予算オーバーしちゃうから実際買うのは一個だけど、と明るく振る舞う。
祝福、感謝、謝罪。そして、敬意。
大切なあの人へ想いを込めて贈りたい。
胸元で両手を組み素朴な疑問に答える綾。
昨夜、神には打ち明けたが‥‥
何度も口に出すと辛くなるのだろうか。復縁したは良いものの彼には距離を置いていることは言わなかった。
「寝込んでたのか? アイツ……」
「うん……」
牧が病に倒れていことに目を大きくして驚く。
彼女は何か言いたげな顔をしていた。
そんな中、二人は本来の目的である
牧への全快祝いならぬサプライズプレゼントを求めて街へと繰り出した。
賑やかな通りを練り歩きながらウインドウショッピングを楽しむ。商店街など小売店が立ち並ぶ横丁をはじめ、何かヒントを得られる可能性が高いであろう
とあるスポーツ用品店を訪れる。
「いらっしゃい、たくさん見てってね〜。」
「「 こんにちは。」」
( おおっ!美男美女……!
今時の高校生はクオリティが高いねぇ。
なんだなんだ、この二人はアベックか……? )
藤真からすれば、そうであったならどんなに嬉しいことだろう。
事情を知らない店主は二人の関係性を探っていた。そうとも知らずバスケ関連のグッズが並ぶ店内に目移りする綾。この時ばかりはテンションが上がり、沈んだ笑顔も晴れ渡っていた。
「色んな商品があるね。あ、こっちにはバッシュも!」
「ああ。春野のことだ、前もってちゃんと下調べはしてあるんだろうな。」
「うん。だけど特に欲しいものは無いみたい。
どんなものがいいか迷ってるんだ。健司くんなら、紳ちゃんの好きなもの知ってるかもしれないと思って……」
「俺は、牧じゃない。だから何かは分からないが……
大抵の男なら、愛が欲しいと答えるんじゃないか。」
「愛……? 愛って、具体的にはなんだろう……?」
「うーん。はっきりとは言えないが、姿形が見えないものじゃないかな。」
「そうだよね。気持ちとか、かな?
でもそうだとしたら、どのお店にも売ってないね……」
「ふっ……」
なぜハッキリと言えないのだろうか。
あの時、真正面から尋ねてみても分からなかった。
例のファッション雑誌に載っていた意見と同じことを発する藤真。
ますます泥沼にハマるが、それは物質的に目に見えないため良いようにも悪いようにも捉えられ貴重な男心の勉強になったのだった。
( 愛か……
親子愛、兄弟愛、師弟愛、と様々な種類があるが
俺の場合は
牧から君へ向けられた愛情に勝るとも劣らない……
君への、この揺らがぬ莫大な愛だ…… )
無事に買い物を終え、再び見慣れた街並みを歩く。
「色々回ったが、うってつけの物があって良かったな。」
「うん! 今日は下見だけでもいいかなぁって思ってたから、大満足だよ。ありがとう……!」
「……礼を言われるほどのことはしてないさ。」
「愛」に当てはまるかどうかは分かり兼ねるが
贈答品としてピッタリの品物が見つかり満足気な綾。収穫があったことを喜び、そして隣にいる彼に感謝の気持ちを表した。
「ううん。健司くんがセレクトしてくれたおかげだよ!」
「春野……」
「これ、喜んでくれるかな……」
ショップ袋を見つめ、この場にはいない牧を想う。
彼の喜んだ顔が浮かび上がり顔面に熱を持つ。
藤真もまた、少しの笑顔を前にして顔を赤らめていた。
綾は気付くはずもなく
それを通学カバンに大事そうに仕舞い込んだ。
「……どうだろうな。だが、実用的でいいんじゃないか。俺なら泣いて喜ぶな。」
「えっ、泣いて……?」
( 健司くんも欲しかったのかな……?
でも、今は手持ちがあんまりないし……ごめんね。
それにしてもブランド物って高いなぁ。
今度、アルバイトでもしようかな? )
― その後
「春野。」
「ん?」
「告白現場から逃げるってことは……これは自惚れてもいいってことか?」
「えっ……」
「ヤキモチを焼いてくれたってことだろ? 俺のファン第一号として。」
「ええ、違う〜!」
嫉妬をしたのかと問われ言葉を詰まらせる。
先ほど会ってからというもの、藤真に対してたどたどしい態度を取る綾。
それを見兼ねての発言なのだろうか。
あまりにも淡々とした態度で言うものだから、気が動転し早口になってしまう。
「やっ……
焼いてるのはお餅じゃないよ、おせんべいだよ!」
「煎餅?」
「健司くん! 小腹空かない?
そこのドーソンに買いに行こっ!」
「春野……?」
まだ正午も迎えておらず、気が早いが
そんなこんなで急きょ付近にあったコンビニに立ち寄ることに。ここは椅子とテーブル、カウンターといったイートインコーナーがある珍しいタイプの店舗だ。
心理を突かれたが、この焦る気持ちは一体何なのか。未だ真相は分からなかった。
「いいな、それなら俺が出そう。」
「ううん。私に奢らせて?」
「しかし……」
「大丈夫。お買い物に付き合ってくれたお礼だよ!」
「分かった。そこまで言うならご馳走になるよ。」
「うん……!」
持ち合わせが少ないため、高い物は買えないが
絶対に自分が支払うと言い張る。藤真が財布を取り出すのと同時に頑固な性格が垣間見れた。
「見て見て、私の顔よりも大きいよ?」
「……!」
顔の大きさと比較する綾。
何気ない仕草に目を見張り、ドキッとする。
「それに、新潟県産だって!」
「へぇ、米の本場だな。」
「うん。絶対美味しいよね!
それに、スポーツ選手のおやつには最適だよ〜!」
例のルールブックに記載されていたのだろうか。
藤真が兼任していないばかりか、翔陽には正式なマネージャーが存在しない。
綾がそれの様に、ヘルシーで間食にはもってこいだと食事管理をする様に語る。
彼女が購入したものは紙コップに入った冷たい麦茶と、大判サイズの煎餅。形は丸く、両面が海苔に巻かれているオーソドックスなものだった。
「はい、半分こ!」
「ありがとう……」
よいしょ、と割るとパキッという香ばしい音が辺りに響いた。折半したそれを前に座る彼に手渡す。
「おいしいね!」
「ああ。」
香り高い磯の風味に日本人に馴染み深い醤油の味わい。
憧れの人物と一緒だという事実が、さらに旨さを引き立てる。
「春野。」
「?」
「煎餅は餅米でできてるんだ。
ということは、結局はヤキモチを焼いて……」
「えっ……!? 違うよ、えっと
おばあちゃんが昔ね、七輪の網の上でおせんべいを焼いてくれたから、それで……
でも確かに餅米、だからお餅……恥ずかしい……」
「ふっ。」
が、煎餅の原材料は餅米。
よって妬いていることに変わりはないのだと返され
小さかった頃の思い出と今のこの恥ずかしい思いが混ざり合い、綾の顔は焼けた様に赤い。二つ年上の彼はやはり一枚上手だ。
「け、健司くんは海苔と胡麻とお醤油味、どれが好き? 私は甘くてしょっぱいこれが好き!」
「俺は……が好きだ。」
「え?」
気を取り直して好みの味を尋ねるが‥‥
「そのままの味が好きだ。」
「プレーンってこと?」
「…………」
( ああ。ありのままの、君が…… )
「?」
「春野、ありがとな。
その顔が見られただけで充分だ。日々の疲れも吹っ飛ぶよ。」
「えっ、そんな……
それに顔って、どんな……?」
( 牧は、色んな顔を知ってるんだよな。)
「健司くん?」
( ほら、こんな顔……
こんなに顔を赤くして……
少しでも男として意識してくれたら…… )
「悪い。餅のように美味そうな、ふくれっ面だ。」
「もーっ、健司くん!?」
「ハハハハ……!」
もう何を言っても無駄だった。
焦りに焦って焦がした醤油は炭の様に黒く風味が劣る。
これ以上何をしようとも、相手のるつぼにはまるだけ。
イレギュラーな発言の連続に驚きと動揺を隠せない。
藤真はからかいつつも儚げに綾の顔を見つめ、感傷的な気持ちに浸っていた。
恥ずかしさを引きずりながら店を出る。
だがしかし、そんなものも一瞬で消え失せてしまう様な衝撃的な出来事が‥‥
「見て! あの二人。」
「かっこいいー、かわいいー、やばいー!」
再度メインストリートを歩く途中、背後から通行人の話し声が聞こえた。
「あれ、あの女の子って、海南の……」
「え? マジ?」
ヒソヒソと話すのは他校の女子生徒。
耳に蓋をしてしまいたいほどの心無い言葉たちが綾を襲う。
「なんで藤真くんと歩いてんの? まさか、二股?」
「「 ……!! 」」
「えー、だとしたらサイテー。」
「っ……」
「…………」
辺りは不穏な空気に包まれてしまった。
浮気してるって言いふらしちゃおうか、なんて声まで聞こえる。
一瞬にして顔は青ざめ
両足は鉛のごとく重く、ぎこちない動きに。
( 今のは空耳……?
これって浮気、なのかな……?
あの人たちの言う通りだ。
「行ってこい」ってあらかじめ許可は取ったけど
それをいいことに調子に乗っちゃって……
こんな風に二人きりで居たら、紳ちゃんに嘘をついたことになっちゃうよ。
何よりも、健司くんには好きな人がいるのに
変に誤解されてイヤな気持ちになっちゃったよね……
ごめん。ごめんね……
今は、目を合わせられない……
試合の前日だっていうのに
気持ちが晴れなくて、本当のことも言えなくて。
浮ついてるのは、私自身……
それに、紳ちゃんは私のためにああ言ってくれたんだ。
だから……
安易に「さみしい」なんて、言えないよ…… )
あることないことを好き勝手に吐き捨てる彼女たち。
今回、会いに行くときちんと了承を得ている。
よって仮にこの場に牧がいたとしても疑われる心配はないであろう。
そもそもこれくらいのことであれこれ文句をつける様な肝っ玉の小さな人間ではないはず。
気持ちが宙に浮いていること。
恋人と間違われ、不愉快な思いをさせているのでは?
言葉を鵜呑みにした綾はその様なことまで勘付いてしまう。
顔を見られない。振り返ることも出来ない。
非難の声は当然、藤真の耳にも入っていた。
綾の思い詰めた表情を前に怒りが沸き立っているのだろう。眉をしかめている。
この時‥‥彼は
喉元から出かけている言葉を飲み込み、呼吸を整えた。
― そして
「春野。俺たちは「友だち」だよな。」
「え……? う、うん。」
「さあ、早く海南まで行こうぜ!
彼氏の牧が待ってるからな!!」
「「!!」」
「えっ……健司くん、待って……!」
綾がそう言って頷くと
今までのトーンとは打って変わり、わざと聞こえる様に腹の中から声を出して叫んだ。
「なーんだ。違うのかー、つまんないの。」
「でもあの藤真さんと友達とか、うらやましー。」
「わかる!」
――
ダッシュで逃避行した二人。
藤真は綾を人気の少ない場所へ連れ出した。
彼女は嫌がるかもしれない。
本当の彼氏にも申し訳ないと感じる。
しかし、目の前にいる意中の人を救うため
闇雲に走った結果、望まない状況であれどこうなってしまったのは仕方がなかった。
「ごっ、ごめんね。ありがとう……」
「ああいうのは気にしなくていい。
言うに事欠いて、二股とはな……
もっと別の言い方があったろうに。」
「ううん……私も、悪いよ。
健司くんは好きな人がいるのに、私と一緒にいたらああやって勘違いされて嫌な思いしちゃうよ……」
「……そんなことはない。何ひとつ悪いことはしてないんだ。堂々としていればいい。
それに、数少ない女友達の頼みだからな。
行こうと言われればどこへでもついて行くさ。」
「健司くん……」
あれは空耳に違いない。むしろそうであってほしい。
機転を利かせたことにより誤解は解けたのだろうが
またしてもその誤解を生むことになってしまうと罪悪感に駆られる中、外野の声は気にするな、と自分の言葉で綾を励ます。
咄嗟の冷静な判断力や行動力といった適応力の高さはなにも練習や試合中だけに留まらず、こうしたプライベートな場面でもその姿をチラつかせた。
牧と同じく達観している藤真。
青年たちの外見はもとい考え方もスタイリッシュだ。
「この間の試合、接戦だったね……!
最後まで諦めないでプレイしてて本当にカッコ良かった。でも、すごくすごく悔しくて、辛かったよね……」
「春野……」
それでも申し訳ない気持ちは抹消できず‥‥
移動中、綾は藤真とのパーソナルスペース(空間)を少し空けた。
試合後、控え室でカッコよかったと話していた彼女は湘北との試合を振り返る。
インターハイ出場の夢を失った翔陽チーム。
また、敗北してしまった彼らの悔しい気持ちを汲み取り本人に初めてその本心を言葉に表した。
「いや、いつまでも悔やんでいたってしょうがないさ。
この新聞も、まるで桜木がヒーローだな。」
「あっ……! それ、ポケットに入れたまま……」
いつまでも嫌な気持ちを引きずりたくないのか
無理に話をバスケットへと持って行くが、彼のズボンのポケットから取り出された物によってますます後悔の念は募ってしまう。
翔陽戦の翌日、桜木から受け取っていた朝刊の記事。
カバンの外ポケットに仕舞ったことをてっきり忘れていたのだった。
「ごっ、ごめんなさい……!
これは見せびらかしたかったんじゃなくて……!」
「分かってるさ。
海南と勝負したかった。勝利をかっさらいたかった。
未練はあるが、負けは負けだ。
いさぎよく現実を受け入れるさ。」
「健司くん……」
「次に戦う時は、必ず雪辱を晴らす!」
うっかり落としてしまった、この失態。
勝利したことを誇示したかったわけではないと必死に謝る綾。
自分のことは二の次で常に相手を思いやる心を持つ。
そんな天使の様な彼女がこれ見よがしに見下すことはないと、藤真にはとうのとっくに分かっていた。
そして
中学MVPの三井の復帰、そして桜木と流川といった思わぬダークホースの存在は完全に計算外だったのだろう。牧が言っていた通りやはり彼の精神力は強く、敗れてもなおくじけてはおらず
次なる挑戦に向けて闘志を剥き出しにしていた。
「あの……健司くん。」
「ん?」
「私……自分の気持ちとか、決着とか……
よく分からないけど
ひょっとしたら、自分が原因なのかなって思うんだ。」
「……!」
リベンジに燃える男の隣で、綾は継続的に気になっていることを尋ねる。
「この前、宗くんから宣戦布告をしたって聞いたんだけど……
紳ちゃんとはお友達なんだよね。
なのにもし仲が悪くなっちゃったら申し訳なくて……
ケンカなんて、しないでね……?」
「……確かに、牧に宣戦布告をした。
だが春野のせいじゃない。それに、喧嘩なんて野蛮なことはしない。俺たちはスポーツマンなんだ。
あくまでもバスケットで勝負するさ。」
「良かった……!」
牧の胸ぐらを掴み、自分の気持ちを‥‥綾が好きだと叫んでいたこと。
そして、一体何の為に決着をつけるのか。
この二つの疑問には答えなかった。
どうか争わないでほしいという彼女の切なる要望に、すぐさま応えたかったためだ。
「それよりも、大丈夫なのか!?
暴漢に襲われたと聞いて……」
「だ、誰にそれを……?」
「風の便りで知ったんだ。」
突如顔色を変え、綾に心配の声をかける。
牧の恋人ということもあり彼女はこの辺り(西湘区域)ではちょっとした有名人。
人づてに知り得たのだと思われるが未曾有な出来事にどれだけ驚いたことだろう。
また、事件の内容が内容なだけに言葉の後半は声量を小さくして話していた。
「……うん、大丈夫。
だから今、こうして健司くんの目の前にいるんだよ? 平気、平気!」
「春野……」
両手をグーに構え、笑顔で取り繕うが‥‥
「君が身の危険にさらされている時に、俺はっ……!」
「そんな……
気にしないでいいの「いいや、謝らせてくれ。」
「……!」
「何もできず、すまなかった……」
己の無力さに包まれた藤真は頭を下げた。
近頃、謝罪されてばかりの日々が続いている。
それは自分に至らない点があるからだと綾は気に留めていた。
「わわっ。そんな、こんな所で……!
健司くん、今すぐ顔上げて……?」
「春野……」
ウォーキングやジョギングといった自分のペースで有酸素運動をしたり、のんびりと犬の散歩をする人々をちらほら見かける。
これでは何かあったのかと注目を浴びてしまう。
いくら人気の少ない場所とはいえ
大の男が道路の真ん中で深く陳謝し、苦痛な表情をさせてしまっているなんて。
それもその人物は翔陽の真のエースである藤真健司。
ギャラリーとは対照的な綾はいたたまれず、すぐ頭を上げてくれるよう頼んだ。
「本当に平気だよ。
紳ちゃんが、助けに来てくれたから……」
「牧が……!?」
「うん。だけど、それで高熱を出して……」
「そういうことか……」
藤真の頭の中で、先ほど綾が物憂げな顔をしていた謎が解けた。
気に病むな、と牧に言われたばかり。
必ず助けると約束し彼女もSOSを出したけれども
最終的には風邪を引かせ苦しい状態に追いやってしまったことを非常に気にかけていた。
また、落下の衝撃で欠けてしまった携帯電話は修理にも出さずそのままにしてある様子。
自身の頬の傷。すなわち肌は再生しても物体は元通りにはならない。
しかし、それで良かった。
自分と同じ男性を愛していたかおりのこと。
あの日のことを風化させてはいけないからだ。
「春野……さっきはああ言ったが、逆に女子はどんな物や柄が好きなのか教えてほしい。」
「んー……アクセサリーとか洋服とかかなぁ。
花柄にチェックにハートに水玉とか、女の子はみんな好きだと思うよ。
でも私の場合は、好きな人からもらえたらどんなものでも嬉しいな!」
( 春野…… )
男子の大多数は「愛」が欲しいのだと述べていた彼は
「そうなのか……それなら、好都合だ。
春野……これを君に……」
「えっ……これは……?」