最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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牧の早退後、しばらくして‥‥
ハードな練習量をこなしたばかりにも関わらず、黙々とシューティング練習を続ける一人の男の姿があった。
「490、495、499……」
「ふっ、」
「500!」
放たれたボールは瞬く間にゴールへと吸い込まれていく。傍でアシストならびにカウントしていた後輩の清田は、一日のノルマ達成をまるで自分のことの様に喜ぶ。
「さすが神さん! 努力の天才!
最強のロングシューター! 今日も絶好調っすね!!」
「まだ終わってないよ。
もしもの時のために、あと倍の量をこなさないと。」
「へっ? 倍……? もしもの時……?」
「明日あたり、綾ちゃんに会えるかな。」
想定外な言葉に素っ頓狂な声を上げる。
誰も知らない、二人だけの秘密事。
先輩の一大決心を目の当たりにしていた彼は、牧が話していた真実を胸に拳を震わせている。
「っ……神さん、あの話……」
「ん?」
「未だに信じられねーし、認めたくないっすよ。
俺が好きだった綾さんは……
うまく言えねーけど、もっとこう……
なんつーか、キラキラしてたっすよね。」
「……!」
目を見張る神。
綾であって、綾ではない。
花々を連想させる華やかな笑顔が心に浮かんだ。
「男友達として何とかしてやりてーって思うけど……
牧さんがいるし、大丈夫っすよね!」
「信長……」
「あ……俺、牧さんと神さんのこと、尊敬してます!
だから、いがみあうのはもう……
いや、掃除も終わったことだし。神さん、お先です!」
「うん、おつかれ。」
清田は肩で風を切っていつもの様に陽気に笑いかける。
後輩を見送ると、ふと天井を仰いだ。
( 妙に明るいな……月光か。
キラキラ……
男友達、か…… )
心に残る彼女の横顔。体育館に張り付かれた
複数の窓から注がれる月明かりに想いを馳せていた ―
一体どれほどまで距離を置くのだろうか。
元気でな、と牧は挨拶を交わし
目先の試合当日まで一切のコンタクトを制限した。
その日の夜、時刻は午後8時過ぎ。
ここは春野家のリビング。ブラウン管からバラエティ番組などの賑やかな声が響く家族団欒のこの時間。
夕食後シンクや棚へと食器の後片づけをしていると携帯の画面が光り、持ち主へ着信があることを伝えている。
「もしもし、宗くん?」
「綾ちゃん、ごめん。いま平気?」
「うん。」
「メールも考えたけど、気持ちが先走ってついかけちゃったよ。ハハハ……」
「え……」
実にタイムリー。電話の相手は神で、穏やかな声で笑う彼に少々戸惑う。
綾の意識は明らかに前回通話した時とは違っていた。
「宗くん、私と二人きりで会いたいって、本当……?」
「……牧さんが話したんだね。」
「うん……」
先ほどの牧の言葉を受け、すぐにでも核心を突きたい綾と反対に突かれたくない様子の彼。
時間稼ぎなのだろうか。回避をする様に上手く話を逸らし、一つずつマイペースに進行していく。
「途中で抜けてたけど
牧さん、体調良くなってきたみたいだね。綾ちゃんの献身的な看病のおかげかな。」
「そんな、私は当然のことをしたまでで……
正直ね、早退きしたって聞いてホッとしてるの。
ぶり返しちゃったら大変だし元も子もないもんね。」
「綾ちゃん。」
彼女なら看病に行って当然。彼氏のもとへ駆けつけたことは語らずとも分かりきっていた。
無茶はせず、なるべく安静にしていてほしい。
肩を撫で下ろす綾に、神は関心の対象を己に向けるべく目には見えない糸電話の糸を強く引っ張る。
「こんなこと言ったらアレだけど……」
「?」
「あの日、海南のジャージ、似合ってたね。
一瞬マネージャーかと思ったよ。
同じ学校に通ってるみたいだった。」
「宗くん……」
一人の女の嫉妬心から生まれた復讐劇。今振り返ってみても凄まじい事件だった。
あの後でこんな言葉を用いるのは不適切かもしれない。しかし事件当日、牧から借りたジャージがとてもよく似合っていたと彼は素直に思ったことをつぶやいていた。
ーー‥
今の俺たちだけの秘密にしない?
針千本はさすがに可哀想だから、毎日シューティングの練習を1000本とか?
秘密をバラしたらシュート練習1000本!指切った!
‥ーー
「ねぇ、喫茶店での約束、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。
ウーロン茶とオレンジジュース、交換して飲んだんだよね。」
「そうそう。」
「ちゃんと守らなきゃ。
1000本だなんて、ぜーったい無理だもん!」
「ははっ、絶対に?」
「うん。」
「……万が一守れなかったとしても、平気だよ。
その時は俺も一緒に手伝うから。」
「え? それじゃあ、意味がないんじゃ……?」
「むしろ、俺にとってはその方がありがたいかな。」
「?」
( 綾ちゃんは素直だから、バラしちゃうのも時間の問題かな。)
綾との間接キス。
飲み物が入ったグラスを交換しただけ、という本人は無自覚だが神にとっては嬉しくも美味しい出来事。
万が一破ってしまった場合には針の代わりに千本のシュート練習をするといった大変な約束を交わしていた。
手を出してはならないと牧に釘を刺されていた神。
口角を上げ、その気は皆無だとしても
そのもしもの場合を楽しみにしている様に見える。
どうやら練習量の多さは問題ではないらしい。
「この間言ってた水族館のことだけど……」
「!」
「迷ってたけど、行こうかな、やっぱり。」
「本当?」
「うん。」
「ごめんね。前にね、ちゃんとお誘いしたかったんだけど試合に支障をきたしたら悪いと思って……」
「そんなことないよ。
逆に、それを励みに頑張れるかもしれない。」
「宗くん……」
思考や心が乱れてはいけないと躊躇したことを詫びるが、かえってそれが活力につながると言う。
また
以前うっかり口をすべらせてしまったこと。
その件に関しては綾ではなく、陵南のエース・仙道からの誘いだということを。
神はしっかり彼女の言葉を覚えていた。
同行しても良いと難なくOKをもらえ安堵したと同時に試合終了直後の藤真の涙を思い出し、眉を下げると‥‥
「紳ちゃんが……
男は易々と泣かないものだ、って言ってたの。
宗くんは、人前で泣いたことある……?」
「…………」
「ごめんなさい、私、よく考えもしないで……」
「あるよ。」
「え……?」
「小学生の頃、林間学校でカレーを作っててさ、玉ねぎを切ってたら涙が出てきちゃったんだよね。
あとは家庭科の調理実習でも。
綾ちゃんは料理するから、経験あるでしょ?」
「そ、そういうことじゃないのに〜。」
「ははっ。」
「宗くんって、面白いね。」
「そうかな。綾ちゃんほどじゃないよ。」
真面目な質問をしたはずなのに段々とおかしな方向へと持って行かれてしまった。
浮かない表情をしていた綾だが、気が付けばいつもの笑顔に。
話術が達者な神。彼女に翻弄されるのかと思いきや、こんな調子で彼のペースにハマっていく。
( 本当のことは、秘密だよ。
君にフラれて……涙がこぼれたけど
基本的に男はカッコ悪いところなんて見せたくないからね。
牧さんも、きっとそうなんだと思う。
アジサイを見ていた時
腕が震えてたのを今でもハッキリ覚えてる…… )
ーー‥
藤真は、これしきの事で落胆するような男じゃない。
冬の選抜大会を目標に鍛錬しているはずだ。
負け試合など考えたくもないが
俺が奴の立場でもそうするだろうからな……
‥ーー
牧が語っていたこと‥‥
湘北に敗れ、海南への挑戦権を逃した翔陽高校。
やはり藤真の涙は悔し涙。
心が強く、既に次の目標を立てている彼に励ましは必要ないらしいが、自分に何かできることはないかと彼女は模索している。
― そして
「したかったな、ゲーム。」
「え?」
「間違い探し。武園の制服、着てなかったからさ。」
「あ……!」
「嘘をついた罰として、付き合ってもらえるかな。シュート練習。
1000本、もしもの時のためにやっておこうよ。」
神は先ほどの珍事件の話(行き着く先)を踏まえ、この様なことを提案してきた。
「そんな、無理だよ……肩が壊れちゃうよ……?」
「大丈夫だよ。半分は学校でやってきたから。」
「えっ……それなら尚更……」
「手伝ってほしいんだ……綾ちゃんに。」
( 宗、くん……? )
「うん、分かった……!」
「ありがとう。それじゃ
この時間に、いつもの公園で。気をつけて来てね。」
「うん。また明日ね……!」
その後、通話終了のボタンを押す。
突如、罰ゲームとして
練習に付き合ってほしいと申し出た神。
あの言葉が胸を離れず
それからは眠りにつく寸前まで彼のことを考えていた。
明日は怒涛の一日になるかもしれないと直感的に思い目を閉じた。
ーー
翌日の金曜日。
夏至はまだ先。外灯は点灯しておらず空の色は明るい。時刻は約束した午後5時の10分前。
彼の云う「いつもの公園」
この時間と週末ということも乗じて混み合う大型車両の車内。道路には人通りも交通量も多い。
部活動を一時間ほど早く切り上げた綾。
公園近くの停留所で降りてすぐ全力疾走で駆け出す。園内に入ると、一際背の高い彼の姿が目に入った。
「綾ちゃん。」
はぁ、はぁ、
「宗くん、待った……?」
「うん。待ちくたびれちゃったよ。」
「え……ごめんね、バスを降りてから、これでも全速力で走ってきたつもりだったんだけど……」
「うそうそ。全然待ってないよ、大丈夫?」
「うんっ、ありがとう……」
こちらこそ、と神は爽やかな笑顔を向ける。
冗談まじりな会話にシンプルなTシャツ姿。そして高々とそびえ立つバスケットゴール。
辺りを見渡せばそれ以外にも見覚えのある景色があった。
「ここは、宗くんに……」
「うん。告白の返事をされたところ。
屋外ならどこでもいいかなって思ってたんだけど……
この公園じゃないと意味がないなって気付いたんだ。」
「え……?」
「でも、いざ来てみると辛いね。
あれは、あんまり思い出したくないな……」
「宗くん……」
綾から視線を外し、切なさに満ちた表情を見せる。失恋した場所はあまりにも辛く苦しい。
しかし、その思い出したくもない場所を敢えて指定した理由とは何なのだろうか。
いつも意味深な発言をする神。振った張本人はどういった言葉を投げかければいいのか言葉を詰まらせていた。
「ごめん、部活もあって疲れてるよね。」
「ううん。そんなに疲れてないよ、大丈夫!」
「綾ちゃんって意外とタフなんだね。」
「そうかな?」
「これ、免罪符にってわけじゃないけど……食べる?」
私物の鞄からある物を取り出し、さり気なく差し出す。
「えっ、これは……?」
「駅前に新しいベーカリーができたんだ。
惣菜パンも考えたけど女の子は甘いもの好きだよね。遅めのおやつ、一緒に食べようよ。」
「うん、ありがとう……
でも私、急いでたから何も用意してない……」
「気にしなくていいよ。いつも差し入れしてもらってるからね。そこに水飲み場だってあるし。」
「ごめんね。」
時間を割いて来てもらったお礼と、申し訳なさ。
そんな気持ちが詰まった紙袋の中にはオープンしたての店で購入したというパンが複数個入っていた。
ラインナップはドーナツ、あんぱん、メロンパン。これらは綾のことを考慮し菓子系に統一させた模様。
近くに設置されたベンチに座る。
神との距離は人一人分空いている。露骨に、とでもなくごくごく自然に間を空けた。これは彼女にとってささやかな抵抗であり、防御だ。
また、選択したものは丸く平たいリングドーナツ。ふんわりとした食感に粉砂糖やチョコレートなど何も着飾っていない甘さひかえめなプレーンタイプ。手始めに一口だけ頬張ると‥‥
「美味しい……!」
「だよね、綾ちゃんなら気に入ってもらえると思ったんだ。」
「宗くん……
やっぱり水じゃなくて、そこの自販機で何か買おっ! もちろん私の奢りだよ〜。」
「ありがとう。じゃあ、あとで甘えちゃおうかな。」
「うん、任せて!」
そう胸を叩いて言い切ると、次第に牧の話題になり‥‥
「この間ね、高頭先生が
県大会のMVPには牧が選ばれるだろう、って言ってたの。すごいよね、紳ちゃん……」
「そうなんだ。有り得るね、牧さんなら。
俺もベスト5には選ばれるかな。」
「宗くんは海南のスコアラーだもん。
選ばれるよ、きっと! 清田くんだって……!」
「ありがとう。でも、まだ何試合かあるし
最後まで何があるか分からないよ。気を抜かないようにしないとね。特に湘北は手強そうだし。」
「うん、そうだね……」
「綾ちゃん?」
「なんでもないよっ。」
「…………」
綾の顔を見入り、声をかける神。
まだ予選は終わっていないというのに、監督は牧が最優秀選手賞に選出されることを見抜いていた。
部屋を去る際に見た寝顔に、昨日の電話越しのさよならの言葉。
今は別の男性と一緒だというのに。
居心地の良さがそうさせるのか。どうしても思い出してしまい、牧のことばかりが口に出る。
「でも、今は距離を置いてて……」
「えっ……!?」
「責任を全部背負い込むんだって……
そんなに詰め込むことないのに……
私が、盾になるのに……」
「…………」
「試合が終わっても、ずっとこのままだと思うんだ。
でも、仕方ないよね。
紳ちゃんの決意をないがしろにはできないもん……」
「綾ちゃん……」
大会が終わったとしても状況はきっと変わらない。
並行して会えない日々は続く。
行きのバスの中で、綾は同乗していた高校生カップルの幸せそうな光景を目にしていた。
イチャイチャするどころか連絡ひとつできない。
彼と出逢えたこと、彼が恋人であること自体奇跡でこの上ない幸せなはずなのに。
頭を下げてくれた牧の気持ちを台無しにすることはできず、仕方ないと自分に言い聞かせていた。
「バックアップか……綾ちゃんは優しいね。」
「え……?」
「きっと彼氏としての務めを果たしたいんじゃないかな。分かるな……牧さんの気持ち。
それに、名前が元通りになっただけでもすごい進歩だと思うよ。「紳ちゃん」って。」
「宗くん……」
同じ男として牧の男心がよく分かる。
また、他人行儀な呼び方から愛称で呼べる様になった。
それだけ二人の仲が深まった証拠。
傍目八目という四字熟語のとおり
当人同士にとっては深刻な悩みでも、他者から見れば以前より良い関係になっている風に見えるのだろうか。物事を客観視している神は自分なりの言葉で励ましていた。
「あ、ごめんね。私ばっかり喋っちゃって……
武園との試合、大活躍だったね。おめでとう……!」
「ありがとう。綾ちゃんが応援してくれたからね、張り切っちゃったよ。」
「えっ……」
目を丸くする綾。
口の中の水分はおろか言葉さえ持っていかれてしまう。
「えっと……小田くんの足、良くなったかな……?」
「確か、ケガを隠して試合してたって……」
「うん……」
彼女も例のことを隠していた。
食べかけのドーナツの穴から向こう側が覗き見える様に
見え透いた嘘をついていたことは筒抜けで
今後どうしたいのか、どうなりたいのか、理想像はどんなものなのか。ある程度の見通しはついていた。
「そろそろ始めようか、罰ゲーム。」
「うん……! パス出すからね。頑張って、宗くん!」
「うん、お願いね。」
食事を済ますと、二人はアウトサイドシュートの練習を開始した。
地上にラインが引かれていないため正確な位置や距離は分かり兼ねるが体に染み付いているのだろうか。
過去に何千本いや何万本と打ってきた彼には関係なく
いつもの定位置で、またシュートコースを外すことなくバシバシとゴールを決める。
綾が隣でサポートしている今この時も、落ち着いた様子でボールをゴールへと導いている。
「998……」
「999……」
「1000……!」
「ふぅ。」
「すごいすごいっ! やったね宗くん! おめでとうっ!」
「ありがとう、綾ちゃん……」
両手で音を立てハイタッチをした。
彼女の手や笑顔に触れ、思わず頬が赤くなる。
「お疲れさま……! これで、もしもの時も安心だね?」
「…………」
「宗くんが手伝ってくれるなら心強いけど、1000本はすごく大変だし。
約束、指切りしたからには守るよ……!」
「まだブザーは鳴ってないよ。」
「!」
「バッドエンドにはさせない。
マスターしようよ、スリーポイント。」
「えっ、バッドエンドって……宗くん……?」
ーー‥
俺が代わってやれるものならそうしたいところだが……こればかりは無理だ。
綾の代わりなどいない。
綾が自分で乗り越えるしかないんだ。
それができなければ……
自分自身で突破口を開き、殻を破らなければ
アイツはずっと、嫌悪感を抱いたまま……
‥ーー
ゲームオーバーには、させない ―
神の狙い、それは
牧の告白を機に明白になった綾のバスケに対する想い。
ハッピーエンドを迎えるためにも
技術を身につけさせ、達成感と迷いを克服してもらいたいというものだった。
シューティング練習を終えホッとしたのも束の間、その後すぐ3ポイントシュートの特訓へと移る。
「…………」
「ドンマイ、綾ちゃん。」
「全然入らない……
腕の力がないのかな。そう簡単にはいかないね……」
それから数十分間‥‥
連続して遠距離からのシュートを放つが、三井にコツを教わっていた時の様にエアボールが続くばかり。
少しでも上達した姿を見てほしかったのだろうか。
以前よりも飛距離は伸びたもののすんなりとは入らず、綾はがっくりと肩を落とす。
先日、一度だけネットまで届いたのだと訴える。
「本当だよっ、信じて……?」
「別に疑ってないよ。綾ちゃんが嘘をつくわけないし。前より確実に良くなってるね、すごいな。」
「えへへ。そうかな……」
「確かに腕力は必要だしシュートフォームも大切だよ。あとは日々の積み重ねかな、やっぱり。」
「そうなんだ……
じゃあ、もっともっと努力しなくちゃね……!」
「そうだね。」
とにかく反復練習あるのみ! と助言していた三井。
ボールは入らずとも確実に腕が上がった綾に感心しつつ、神も同様のアドバイスを授けた。
「SGは宗くんにぴったりのポジションだね!
背もすごく高いし、センターでもいけそうだよね。」
「どうかな……中学の頃に経験あるけど、ウチには高砂さんがいるし。俺には到底務まらないよ。」
「え……?」
「あれ? 言ってなかったっけ。
俺、当初はセンター志望だったんだ。」
中学時代、センターを務めていた神。
高校では体格に恵まれず転向。
非常に厳しいと言われる海南の練習後、日々500本のシューティングをこなし見事シューターとして開花した。
「牧さんみたいにムキムキな身体にはなれないだろうけどね。」
「そんなことないよ!」
「え?」
「私の体が隠れちゃうくらい、こんなに大きいのに?」
「……!!」
綾は神の背後からひょこっと顔を出した。
声質も低く、細身に見えて筋肉質。
さらには身長も見上げるほど高い。
主将である牧との体格の違いを嘆くが彼女からしてみればどちらも大差は無く、男女の違いを痛感していた。
「私も、宗くんたちみたいに背が高かったらいいのになぁっていつも思ってる。
転向したとはいえ、あの海南のレギュラーを努力で勝ち取ったのは本当にすごいよね……!
頭が下がる思いです。」
「っ……そんなこと、ないよ。それに……」
「?」
( 綾ちゃんは小さい方がかわいいよ。)
神との身長差は約35センチ。
彼女の頭部はちょうど胸とみぞおちの中間あたり。
抱きしめたなら腕の中にすっぽりと収まるサイズ感だ。
( 急に敬語になるのは反則だよ。
手を出すなって重々承知の上だけど……
そんなことされたら、俺っ……! )
「たくさん練習すれば一本ぐらいは入るようになるかな? その時は、宗くんに一番に見てほしいな!」
「うん……」
「昨日は一日中家に缶詰めだったから、いい機会かも。でも明日は筋肉痛かなぁ……?」
転がったボールを拾いに行く綾。
そう言って困った様に笑い、振り返ると
「綾ちゃん。」
「ん?」
「今日来てもらったのは罰ゲームだけじゃないんだ。」
「え……?」
「牧さんから聞いたよ。バスケットのこと……」
ーー‥
牧さんと、俺の分まで幸せになってねって約束したよね……?
綾ちゃんは学校中のマドンナなんでしょ?
その可愛いマドンナと二人きりになれて光栄だよ。
俺、嘘は言わないよ。
同じ学校だったら良かったのにな。
そうすれば、綾ちゃんともっと一緒に……色んな表情とかが見られたのに。
あの日も、こんな満天の星空が見えたね。
今日はあいにく見られないけど
今度は月が……満月が出ている日に……
また……に、なれないかな。
本当に、ダチ……なのか?
向こうはそう思ってなかったとしたら……?
‥ーー
( 貴方とはお友だちじゃないの……?
だとしたら、後押しして勇気付けてくれて
あの時、やっぱり無理して笑って……
さっきは上手くかわされちゃったけど
二人きりになりたい理由って……
まさか
宗くんは……まだ、私のこと……? )
「ごめんね……
努力してるみんなにこんなこと、言えなくて……」
「…………」
軽々しく口にすることはできない。
現役の選手のモチベーションを下げる様な、ふざけたことは言えなかった。
何よりも牧に伝達され、今まで積み上げてきたものがおじゃんになってしまうことを恐れていた。
また、水戸に友人だと思っているのは自分だけで向こうは違うのではないかと指摘されて以来、神のことを意識していた綾。
一度振った相手に再び好意を寄せられるとは思わず戸惑う。
かおりが牧を諦められなかった様に未練があると悟ったからだ。
「綾ちゃんが謝ることないよ。このことは、「知らなかった」じゃ済まされないことなんだ。」
「宗くん……」
「俺は救世主なんかじゃない。
あれだけ啖呵を切っておいて守ってあげられなかった。
その上、君を傷つけた。
謝ればいい問題じゃないけどこの場を借りて謝らせて。
綾ちゃん……
本当に、ごめん……」
綾に向かい頭を下げる。
彼はこの時、両方の拳を震わせていた。
守る。助ける。君のもとへと飛んでいく‥‥
心に抱えた闇に気付けなかった。
一体、自分は彼女のどこを見ていたのだろう?
あの時、牧と同様現場に駆け付けてきてくれた。
口先だけの人間ではないことは重々分かっているが時に何も言わないでいることも相手への思いやり。
綾は口をつぐみ、謝罪をしたいと言うその強い気持ちに応えていた。
( そんな……謝ることなんてないのに……
きっと、私がバスケのことを言わずに黙ってたから心に重荷を感じてたんだ。
誰が何と言おうと貴方は私にとって救世主だよ。
紳ちゃんは宗くんが謝罪したいことを見抜いてて……
だから会ってやれなんて、あんな風に…… )
「盗撮って聞いて、驚いたよね。牧さんから聞いた?」
「ううん。かおりさんから……」
「そっか……」
「宗くんも……あれ、見たの……?」
綾の顔は赤く、神とは視線を合わさず尋ねる。その恥ずかしそうな様子に何を言わんとしているか理解した彼は‥‥
「……うん。ごめん。」
「……!」
( それどころか生の姿まで見たし…… )
「だけど、もうシュレッダーにかけたと思うよ。」
かおりが皮肉っぽい口調で明かしていた、着替え中の写真。
そして現場にて目撃した綾の豊満な乳房。
プライベートが露呈したそれらは実に官能的で様々な想像を掻き立てる。
下心は無くとも年頃の彼らには非常に印象深いものに。
モノは牧が抹消したらしいが、真偽のほどは不明だ。
辺りはいつの間にか薄暗くなっていた。
時間は待ってくれず、段々と別れの時間が迫り来る。
「時間は残酷だね……」
「え?」
「今日は来てくれてありがとう。
予定よりも一時間くらい短いけど、綾ちゃんと一緒に過ごせて嬉しかったよ。」
「こちらこそ、宗くんのお手伝いができて良かった!」
― そして
「あ、満月……!」
「月が……綺麗だね。」
「ねーっ! すごくキレイ……! まんまるだね!」
( 綾ちゃん……! )
上空に目をやると、円形に光り輝く満月を見つけた。
月の光を浴びた綾の横顔に胸が高鳴る。
その美しくも無邪気な笑顔は彼の心をかき乱す。
「……あのさ。」
「ん?」
烏色の髪が風で揺れる。
印象的な平行な眉、長いまつ毛、大きな瞳。
どこかあどけなさが残る少年の様な顔立ち。
木々に草花、ベンチ、その近くにはバスケットゴール。
月光が明るく輝き、二人だけの舞台を作り出す。
「二人きりになりたかったのは本当だよ。」
「えっ……」
罰ゲームが開始されてから
彼女がバスケットをプレイしているときも
ゲームセットじゃないと発言していたときも
ずっと照らし出されていた、彼の真剣な表情‥‥
「綾ちゃん、好きだよ。」
「……!」
「だけど、もう……
君を好きだった俺は、終わりにしないとね。」
「えっ……宗くん……いつから……?」
一分も満たない間だった。遠回しに放った愛の告白。
綾には伝わらなかったのだろうか‥‥?
だが面と向かってストレートに伝えたことにより胸に刺さり、彼女の予想は確実なものに。
「失恋したことがあるって聞いた時から、きっと恋の病にかかってた。
牧さんから一方的に別れたって聞かされた時にはあまりにも不憫に感じたし、怒りさえ覚えた。
その時には……もう放っておけなかった。」
「…………」
「あれだけ背中を押しておいて何だけど
復縁できたって聞いてこれでいいんだって思った反面、こんなはずじゃないとも思った。
悔しいよ。どれだけ猛烈にアタックしても振り向いてもらえない。結局はライバルに敵わないのか、って。」
「宗くん……」
「伝えずにこのまま好きでいようか迷ってたけど……
バスケの話を耳にした途端に行動しなきゃいけないって思い立ったんだ。
二人きりになれる絶好のチャンスだったしね。」
「っ……
そのライバルって……紳ちゃんのこと、だよね……?」
「うん。そうだよ。」
持ち越さずとも結末は、勝敗はとっくに決まっていた。
負けないとは言ったが、勝てるとも思っていなかった。
昨夜‥‥おそらく清田は分かっていた。
神が綾を貸してほしいと発言した意味を。
男として白黒をつけ、この恋に終わりを迎えるのだと。
「この写真……
いつも大事に持ってたんだ。すごくかわいいなって。」
「えっ、これって……」
俺のお宝だよ、と
練習後に羽織ったジャージの胸ポケットからある物を取り出し意中の人物に手渡した。
それは綾の中学時代のスナップ写真。
牧が廃棄処分したかと思われたが
体育館にばら撒かれたあの時から、神はこの一枚をこれまでに至るまで密かに隠し持っていたのだ。
「綾ちゃんに返すね。」
「でも……」
彼女を諦めるにあたり、必要なくなったのだろうか?
そのお宝なる物は
まわりまわって被写体の元へと届けられた。
「綾ちゃん。俺のこと、どう思ってる?」
「えっ……えっと……」
「ハッキリ言ってもらっていいよ。
もう遠慮も気遣いも要らない。
包み隠さず、全部話してほしいな。」
しどろもどろになる綾。
彼は返事をすぐに欲しい様子で彼女を見つめている。
嘘じゃない本当の気持ちを言ってほしい‥‥
間違い探しの件は、こじつけに過ぎなかった。
制服がどうこうというのは名目で
最後に良い思い出を作りたい。
一分でも一秒でも長く君と一緒に居たい。
一度失恋したこの地でもう一度告白し、自身も共に悲しみを乗り越えたい。
今回踏み切ったのは、この様な背景があったから。
「宗くんのこと……あの日以来ずっとお友達だと思ってたから、ビックリしてる。
たくさんの想いがあったのに
今ここで好きとか嫌いとか、一瞬で結論付けるような単純な言葉は使いたくないし失礼だと思う。
それに、なんて言うか……今までの宗くんがいなくなっちゃうみたいでイヤだよ……」
「綾ちゃん。」
「だから、こう言うね。」
「……?」
「二度も好きになってくれて、本当にありがとう。
これからは……ううん。これからも
ボーイフレンドとして、私と仲良くしてください。」
( 綾ちゃん…… )
空に浮かぶ月は、変わらずまばゆい光を放つ ―
" 今後ともボーイフレンドとして、よろしくね "
あべこべゲーム‥‥見事心理を突かれたあの日のごとく
「好き」や「嫌い」といった言葉だけであっさりと終わりにはしたくない。
二者択一の選択肢の結果だけで返すのは失礼に当たると相手を傷つけない手法を用いた。
再度振ってしまうのは胸が痛い。
今ここで線引きをすることにより、神との間に溝ができてしまう。
今まで接してきた彼が消えてしまう様な感覚に陥った。この物悲しい感情は一体何なのだろうか。
「嘘は、ついてない?」
「うん。ついてないよ。」
「良かった……
こちらこそありがとう。そして、よろしくね。」
「うん……!」
スッ‥‥
笑って顔を見やる綾に、神は右手を差し出す。
そして、ぎゅっと握手を交わした。
片方の目をこする姿に声が漏れる。
「宗くん……? 泣いてるの……?」
「まさか。砂ぼこりが入っただけだよ。」
「大丈夫?」
「うん……ありがとう。」
女性らしいフローラルなタオルハンカチ。
わざわざ貸してもらわずとも、ポケットから取り出すそのモーションだけで彼女の優しさを感じ取れていた。
「いつまでも仲良くしてね、牧さんと。」
「もちろん……!」
「俺も仲良くするからさ。
じゃないと信長やチームにも迷惑だろうし、それこそ気を遣わせちゃうからね。」
「うん……清田くんも、先輩たちがギスギスしてたら色々やりにくいと思うよ……?」
「そうだよね、やっぱり。」
「その原因になったのは、私だけど……ごめんね。」
牧とぶつかり合い、恋愛のいざこざに発展したのも元を辿ればすべて自分のせい。
一歩前に歩いた神は流し目で、下を向き小さく謝る綾を見た。
「……何度だって言うよ。俺は今日、綾ちゃんと一緒にいられてすごく嬉しかったんだ。」
「嬉しいの……?」
「うん。これで二度目の失恋だからね。
辛くないと言えば嘘になるよ。だけど楽しかったし、それ以上に嬉しい気持ちの方が勝ってるって感じかな。」
「宗くん……」
一緒にいられて、とても楽しかった。
そして
それ以上に、嬉しい気持ちがあふれていた。
膨らみに膨らんだ風船は割れてしまったけれど、そこまで哀しくはない。
それは、たとえ空高く飛んでいってしまっても
糸が木の枝に引っかかったとしても同じこと。
「あ……綾ちゃん。」
「ん?」
「最後に、ひとつだけ教えて。
もし……牧さんよりも先に君と出会えてたら
俺のこと、好きになってくれてた……?」
「宗くん……?」
「…………」
ーー‥
全然大丈夫なんかじゃない。
牧さんのこと……
好きだって、大好きだって、顔に書いてあるよ……
お願いだから、俺には嘘はつかないで……
そんな悲しい顔は見たくない。
そんな顔されたら、諦めがつかなくなるよ。
綾ちゃんの笑顔が、大好きだから……
‥ーー
「……ううん。
だって紳ちゃんは、私の運命の人だから……!」
「……!!」
母親の胎内にいる時から
この世に生を受け、産声を上げた時から
互いに未来に出逢うべき人間は
既に決まっていたのかもしれない。
だって
五本のうち、赤い糸が結ばれるところは
小指(赤ちゃん指)なのだから‥‥
( 運命の人、か……
それじゃあ永遠に勝てっこないな。
勝負を挑むまでもないし、無謀だったんだな。
牧さんの腕に抱かれてた時……
目の前であんなドラマみたいなワンシーンを見せられたら、もう諦めざるを得ないよ……
シャクヤク……花言葉は「誠実」……
俺は下心(恋)で、彼氏は真心(愛)か……
ないがしろにしてたのは俺のほう。
気持ちの変化に真剣に向き合いたいと思った。
満月の今日、想いを伝えようって思った。
もうどっちも叶ったけど
シンプルに綾ちゃんに会いたかっただけなんだ。不純な動機なのかな、これって。
距離を置いてるって……
あの一件で、自分のせいだって
責任を感じてるんだな。同じ男だから気持ちは分かる。
それ以外にも
バスケのことでまだ悩み事があるのかな。
他力本願と言われたらそこまでだけど……
大丈夫、あの人ならきっと何とかしてくれる。
俺の役目はここまでなんだ。
心配しなくても大丈夫だよ。
これは嬉し涙だから。
諦めることを前提にしてたから、前ほど悲しくない。
むしろ本音で話してくれて嬉しかった。
これで、枕を高くして眠れるな……
あれだけ忠告したのに。
相変わらず隙だらけだが……これでいいんだ。
これ以上、彼女を傷つけちゃいけない。
牧さん。
握手なら……許容範囲内(セーフ)ですよね。
あれは友好の印だよ。
最高のぬくもりを、ありがとう……
帰り際、綾ちゃんが買ってくれたスポーツドリンク。
いつも飲んでる、いつも通りの味なのに。
ほんのり甘くて、濁っていても
透き通っているように見えてキラキラしていて……
いつもより格段に美味しかった ― )