最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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ある日の帰り道。
向かった先は橙色の空に照らされた壮大な海。
放課後デートの締めには申し分のないロケーションだ。
二人は革靴を脱ぎ裸足になり、波打ち際を歩く。
ーー‥
「わぁ、キレイな夕焼け……!」
「いいものが見れたな。」
「だけど海を眺めてると自分がちっぽけに見えるし、自然と物思いにふけちゃうね。」
「そうか?」
「うん。なんでだろう?
紳ちゃんは、切ない気持ちにならないの?」
「……ならんな。
それよりも、堂々としていたいと思う。」
「堂々と?」
「ああ。たとえお前が小さな過失をおかしたとしても、容易く包み込んでやるぐらいの広い心でいたいとな。」
「紳ちゃん……」
‥ーー
・彼に会えていない
・原点に帰っていない
・かおりを退けられていない
・牧の〇〇を見ていない
だから、隙間が埋まらない‥‥
果たして空白部分に当てはまる言葉とは?
彼女を延々と悩ませる穴埋め問題。
この一つの謎が解ければ、きっと隙間は埋まるはず。
本人は気付いていないがステージはもう最終段階。
あと一歩のところまで登り詰めていた。
― 次の日の夕暮れ時
継続して療養中である綾は現在、自宅学習およびテスト勉強の真っ最中。
湘北は進学校でもなく、とりわけ問題はなさそうだが
学生の本分は勉学といったところか。
真面目な性格の彼女は授業や提出物など他生徒に置いていかれないよう精を出していた。
" 教科書の問いは解けても、あの心の問題は解けない "
心の補修工事が近々行われるなどとは露知らず
綾はいま別のことで頭を悩ませている。
勉強の合間に読んでいる
女子向けのティーンズファッション誌の特集ページ。
彼女からプレゼントされたら嬉しいものTOP5!
というもので
洋服、ベルト、財布、キーケース
そして堂々の一位は旅行。
彼女との思い出と掲載されており
ランキング外には愛や真心! なんて男子の声も。
そう。密かに企てていること。
それは、牧へのサプライズプレゼント。
贈り物をしたいと思い立った理由は何か。
そもそもサプライズである必要はあるのだろうか。
意図は読めないが品に迷っているところを見ると、手作りではなく既製品をあげたいという強いこだわりが見て分かる。
( あれから……体調、良くなったかな。
風邪が治ったら渡すんだ。
紳ちゃんに、快復のお祝い。
何がいいかな。ネクタイは学校指定のものだし
髭剃り、靴下、ハンカチ、もしくは似顔絵?
だめだめ! これじゃあ父の日みたいになっちゃう。
うーん。男性へのプレゼントって、難しい……
だけど、こうやって好きな人のために悩むのって楽しいな。その人のことを想って選ぶんだもんね。
サプライズ……初めてだけど、うまくいくかなぁ。
ラッピングにも凝りたいな。
びっくりするかな。喜んでもらえるかな?
今からとっても楽しみ……!
愛に真心……「愛」って、一体なんだろう?
今までたくさんの愛情をもらったよ。
だから今度は、私がいっぱいいっぱい尽くしたい。
普通に聞いてみればいい話だけど
きっと遠慮して要らないって言うだろうし……
あとで聞いてみようかなぁ。
ーー‥
俺……綾さんがバスケットを嫌いになることはないなって今、確信しましたよ。
コートに入る時、いつもお辞儀をしてるじゃないスか。大事に思っている証拠ですよ!
心配せずとも、この名コーチがついてるんですから。
それに! 綾さんの言う通り、今日一日の綾さんの頑張り次第で未来は変わってくるんスよ!
‥ーー
とうとう試合まで三日を切った。
桜木くんが、気付けなかったことに気付かせてくれた。
私の頑張り次第で未来は変わるんだって。
バスケを嫌いになることはないって。
大切に思ってる証拠だって。
でも……
打ち明けたら
その大切な思い出が消えてしまいそうで…… )
あと一歩。あと一歩のところまできているのに。
未だこの心の葛藤は続く。
一緒に過ごしてきた思い出は消えてほしくない。
この想いをいつ打ち明けたらいいのだろう。
ルールブックに挟まれていた
例の牧、藤真との写真を眺める。
彼女はそれを大事そうに小さなポケットアルバムに入れて保管していた。
中二の夏。すべてはここから始まった。
そしてまた、三人で笑い合うためにも‥‥
( そうだ、プレゼント。あの人なら分かるかも……! )
快復祝いという名目で贈ろうと考えている綾。さらには読みも深く、牧の返答を予測した上での計画だった。
「あの人」とは一体誰のことなのだろうか。
思い立ったその時、受け取り人である人物から一本の着信が入る。
「もしもし、紳ちゃん?」
「綾、急に悪いな。」
「ううん。もう大丈夫なの……?」
「ああ。おかげで楽になったぜ。」
「良かった……!」
それは牧からのお礼の電話だった。
晴れたり曇ったり恋する乙女の情緒は激しくも忙しい。
唐突に開始された通話にワクワクドキドキと胸が躍り、まるで気持ちが通じ合えたよう。
「いつまでも休んでるわけにはいかないからな。
だが、念には念を入れて早めに切り上げてきた。」
「そうなんだ……病み上がりだし、無理しないでね。」
「サンキュ。」
丸一日休んだことにより体も気分もリフレッシュ出来たのだろうか。
体調が回復したという彼の声色は良好だ。
しかし、たった一晩で完治したとはいえまだ本調子ではないはず。早めに練習を切り上げた判断は正しい。
「看病してくれたことも感謝しないとな。」
「そんな、当然のことしかしてないし、それに……」
「着替えまでやってくれるとは思わなんだ。」
「! あっ、あの時は必死で……
下着も、裸も見てないからねっ!目を瞑ってたから!」
「そうか。俺としては見てくれても良かったんだが。」
「えっ……」
赤面し、慌てふためく綾。
もっと一緒にいたかった。
もっともっと介抱してあげたかった。
昨日、彼女は牧の元へと急いだ。
高熱で倒れ込んでしまった彼をベッドへ寝かせたが79キロの体重と重力も加わり、その巨体を支えるのは想像以上に大変だったはず。
寝巻きを着替えさせる際、鍛え抜かれた身体や男性用の下着が必然的に目に入ってしまったらしい。
スパンを置かずに飛び出すその意外な発言に驚きを隠せず、また思い出さずにはいられない。
「しっ、紳ちゃんの姿は見えないけど、元気になったみたいで本当に良かった! あの飲み物のおかげかなぁ?」
「ん?」
「栄養ドリンクの効能に、体力や精力がつくって書いてあったから……」
「! 精力……?」
「えっ、私なにか変なこと……」
「どうした、綾。
それは俺としたいっていう表れか?」
「なっ……違うっ、それはそういう意味じゃ……!
精が出て、元気がみなぎるって意味で……!」
「今日はやけに積極的だな。まさか、性に目覚めたのか?」
「もうっ、紳ちゃん!?」
「すまん。言い過ぎたな。」
正しくは、病中病後の体力低下時や発熱をともなう消耗性疾患時などに効果があると表記されていたが
言い間違いをしてからというものの
そっちの意味に捉えられてしまったのだろうか。
昨日今日付き合い始めた様な初々しい反応を見せる綾が牧に、ましてや病人に対してヘンな気を起こすわけがない。
受話器越しだとしても相手がどんな顔をしているのか。
また、何を言いたいのか分かっているはず。
こうした他愛もない会話でさえ非常に楽しんでいる彼の様子が目に見えていた。
( 紳ちゃん、からかってるの?
腹筋が割れてて、筋肉もすごくて
ボクサーパンツも……
ドキドキしたなんて、恥ずかしくて言えないよ…… )
まだまだ二人の会話は続き‥‥
「飲み物といえば、メシも美味かったぜ。
やはりあの隠し味がきいたな。」
「!」
「お袋が綾はスジがいいって褒めてたぜ。靴もきちんと揃えてて育ちの良さが出てるとさ。」
「そうかな……教え方が上手だから……
昨日、おばさまと一緒に料理ができて楽しかったよ!」
( 綾……
嫁さんにもらえ、とも言ってたが
さすがに照れくさいしな。
これ以上はオーバーヒートしそうだからやめておくか。
…………。
こんなやり取りもしばらくできなくなっちまうんだな。
もしかしたら、これもまた試練なのかもしれん。
俺たち二人にとってのな…… )
牧の母親に気に入られた綾は
最愛の人の親と、最愛の人のために調理ができたことを喜ぶ。そしてその恩恵を受けた牧。
哀愁漂う表情の彼は今通話中であることに安心感を得ていた。
こんな顔を見たら、アイツはどう思うだろう ―
電話なら顔が見えない。
よって表情を読み取れないため、気にしいな彼女に余計な心配をかけずに済むから‥‥
「明日から、学校に行くね。」
「!」
「私も、いつまでも休んでばかりいられないし。ちゃんと部活に顔出さなきゃ!」
「大丈夫か……?」
「うん。もう大丈夫!」
綾には幾つかの傷がある。
ひとつはかおりに物理的攻撃を受けた頰の生傷。
もうひとつは肉体的・精神的にも傷つけられた
身動きが取れない、声も出せない、逃げられないという底知れぬ恐怖心。
そして、一番傷口が深いと思われる
牧とバスケットによる心の傷跡。
これらのダメージを負ってもなお、病気が治ったという明るい知らせに
自身のことで暗い気分にさせないよう装っているのか。
この時、彼女もまたその負の感情という名の水面を漂っていた。
「結局、みんなを危険な目に遭わせちゃった……」
「ん……?」
「今回のことで、痛感したの。
結局、私一人だけじゃ何もできない。
ちっぽけな存在なんだなって思い知らされちゃった。」
「…………」
広い大きい、あの大海原と同じ。
自分の存在など比にならず、非常にちっぽけに思える。
胸の奥底から込み上げてくる何かがある。これは誰しもが一度は抱いたことがある感情なのではないだろうか。
おととい桜木軍団に間一髪のところを救ってもらった綾。
自分の身は自分で守らなければいけないのに。
今こうして最愛の人物と平和に話ができているのも皆の協力があってこそ。
以前、牧に対して心配はいらないと虚勢を張っていたが
恐怖に耐えられなかった。どう足掻いても無理だった。
綾は、しばし悲壮感に浸るが‥‥
「人は一人じゃ生きられないってホントだね。」
「ああ、そうだな。
実際、俺もお前に支えられてばかりだしな。」
「そ、そんなこと……」
「謙遜するな。本当のことだ。
あのボディガードの奴らに感謝しないとな。」
「うん……」
そんな彼女に同調しつつも、牧はありがとうの気持ちを持ち続けようとその母なる海の様な優しさで包み込む。
ーー‥
俺に綾ちゃんを諦めさせたかったら、
一日だけ……
いや、半日でもいい。彼女を貸してください。
‥ーー
その後、話の内容は徐々に重要なものへと進展していく。
「神から連絡はあったか?」
「えっ、まだだけど……」
「神が、お前に用があるそうだ。会ってやれ。」
「え……?」
好きにしろ、と神の請いを許した牧。
今の言い方からして内部事情を知っていることにも驚くが彼女が一番気になったことは‥‥
あれだけ二人きりは駄目だと言い続けてきたのになぜ?
「だけど二人だけになったらダメなんじゃ……」
「いや、神はお前と二人きりになりたいらしい。」
「どうして?」
「さあな。意図は分からんが……」
( 会ってやれって……
二人きりになっちゃっても、いいの……?
宗くん……
電話はまだかかってきてないけど
前もって紳ちゃんに許可を取ってたってことは、よっぽどの用事なのかな。
もしかして、仙道さんのことかなぁ……? )
忘れるはずもない
インターハイ予選後の日帰りデートin横浜。
武園の試合前、神を水族館に誘おうと仙道と約束したそれをほのめかす発言をした綾。
試合前に雑念を入れてはならぬと途中でセーブしたが
察しの良い彼に見透かされていることを知らず
熱戦が続く今、今度こそ言うべきかどうか迷っていた。
「そうだ、水族館といえば
今度、翔陽高校に行こうと思って……」
「! 翔陽だと……?」
「うん。ごめんね。
昨日どこにも行かないって言ったばかりなのに……
その代わり、カナちゃんと一緒だから安心してね。」
「…………」
「健司くんに聞きたいこともあるし、前に紳ちゃんも賛成してくれたでしょ? だから直接誘いたいなって。」
先ほどの「あの人」とは、藤真のこと。
どこにも行かないと言ったが‥‥
仕掛け人としてサプライズプレゼントを考え、品選びに悩む綾。
彼なら友人である牧のことをよく知っているはず。
こればかりは彼に聞いてみなければ分からない。
その牧に出会えたのも彼のおかげ。
" 何よりも、あの写真の様に三人でまた笑い合いたい "
そうするためには他の誰でもない。
彼でなくてはいけない。
憧れの人物に会う必要性は大いにある。
また、以前メールを送ったが牧からの返信はなかった。
綾は再度例のことを尋ねると
「もしもし? 聞いてる?」
「ああ……」
「ねぇ、紳ちゃんは欲しいものってある?」
「……いや、特にこれと言ってはないが。」
「そっかぁ……」
「どうした、綾。」
「ううん。なんでもない。紳ちゃんには秘密だよっ!」
「……!」
根っからの正直者。これでは計画をバラしてしまった様なもの。
牧とコンタクトが取れ舞い上がっているのだろうか。
綾の思惑通り彼は遠慮をしているか、単に欲深くもないともとれる。
はたまた心から欲しいものは別にあるのだろうか?
ーー‥
奴を誘ってみろ、か……
こればかりは仙道の意見に賛成だ。
負い目を感じることはない。
その「何か」の意味が、いずれ分かる日が来る。
そして……その時を迎えたとき
綾……お前は決して現実から目を逸らさず、すべてを受け入れてほしい。
俺も奴の熱意に全身全霊で応える!!
‥ーー
先ほどから牧の口数は減り、物静かな雰囲気に。
喜んでもらいたい。驚く顔が見たい。
明るい声に相反し携帯の端末を握る彼の表情は真剣だ。低い声はさらにビターな深みのあるものに変わる。
「会いたいのか……? 藤真に。」
「うん……」
「そうか、分かった。行ってこい。」
「ありがとう……!」
本当は「行くな」と言いたい。
「藤真が片思いしている相手はお前だ」と言いたい。
けれど、言えない。
行ってほしくない。
だけど、友人であるのに「行くな」とはおかしい。
ただ、束縛だけは‥‥したくなかった。
「でも、宗くんも健司くんも
特に心配いらないんじゃないかなぁ……」
「いや。綾、一応気をつけとけよ。」
「え……?」
「何かあれば、また俺が駆けつける。」
「二人はお友達だよ? 何もないよ?」
警戒しなければとは思うが、彼らとは気が知れた仲。
あの日の見知らぬ輩とは違う。
二人を友人だと思い込んでいるのだろうか。
「神や藤真は友かもしれんが……アイツらも、男だ。」
「えっ……」
男性だという当たり前の事実に顔を歪ませる。
急な忠告に動揺し、自らが盾になると決めていた綾は申し訳なさを感じつつもその言葉の安心感にかろうじて救われた。
牧が、別の男性と二人きりで居ることを許したワケ‥‥
それは取るに足らない簡単な理由だった。
神が気付くことができなかった、綾のバスケットへの思い。
それが明らかになった今
自身の無力さや後悔が痛いほどに分かるから。
きっと一言謝りたいのではないだろうか。
綾への恋心に諦めがつくなら、と半日の間一対一になることを許した。
藤真の場合
「近いうちにきっと何かが分かる日がくる」
そう以前に話していたこと。
自分の彼女が心配じゃないと言えば語弊があるが
藤真のもとへ行かせれば、アクションを起こせば
彼女が未だ理解できずにいる
例の「何か」が‥‥白いもやが晴れるかもしれない。
牧は藤真が特別な人間なのだと何となく分かっていた。
そうでなければ声援を送ったり、大事な相談を持ちかけたり、寝言で名前を呼ぶはずがない。そして何よりも
「大好きな人」と屈託のない笑顔を向けていたから‥‥
ーー‥
どんなに小さくてどんなに地味な花でも
見つけてくれて、摘んでくれた!
優しくて、包容力があって、向上心があって
綺麗なものを綺麗だって言ってくれる
そんな彼が
紳一が、大好き……!!
‥ーー
かおりと言い争っていた際
現場に駆けつけた牧は、すべてではないにしろ綾の熱い熱い叫び声を耳にしていた。
決して上辺だけではない。
これから先の長い人生、果たしてここまで自分のことを好きだと述べる女性に出逢えるだろうか。
いいや、きっとそうはいないだろう。
( あんな風に思ってくれていたのか。
まるで恋愛映画やドラマのセリフみたいだったな。
ギフトの内容を本人(俺)に直接聞いちまうとはな……
そのど直球さはもはや見習うべきかもしれん。
良い意味での隠し事なんだろうが
やはり、お前は正直者だ。
何をよこしてくれるか分からんが、楽しみにしてるぜ。
4つのルールを桜並木の地で決めた。
これは俺が言い出しっぺであって
前にも言ったが、なにも束縛をしたいわけじゃない。
そんなものは心の狭い奴がやることだ。
あとのことは俺に任せろ……!
この手で、この腕で
お前を真っ暗闇から引きずり出してやる。
そして
どんな奴が立ち塞がろうとも
アイツの心は……
綾は、誰にも渡さん……!! )
どこへ行こうとどこに居ようと
気持ちが離れてしまうことはない、この断固とした想い。
秤にかけたとしても綾が他の男に傾くとは思っちゃいない。そんな確信を持っていた。
嵐の前の静けさか‥‥
しばらく間を置くと、彼はゆっくりと話し始めた。
「綾……俺は、お前を信じている。」
「紳ちゃん……?」
「連絡も、もうこれっきりだ。」
「!」
「こうして電話をかけたのは他でもない。
綾……お前の声を聞いておきたかったからだ。」
「えっ……」
「約束をしておいて、こんなことはご法度かもしれん。
だが、どうしてもこれだけは伝えたかったんでな。
これから俺が話すことを聞いてくれるか……?」
「う、うん……」
先日の父親との誓いは固く、遵守する牧。
単なる看病のお礼ならば次回に持ち越したりメールでも良かったはず。なぜ電話をかけたのか。
そう。その理由はなんともシンプルで
ただただ、愛しき人の声を聞いておきたかったのだ。
― そして、ついに‥‥
体中に電撃が走る様な衝撃的事実が告げられる。
「以前、藤真から聞かされた。
バスケットを嫌いになりそうだとな……」
「え……?」
「今の今まで黙っていて、すまない。
神経質な問題だからな……必死で隠そうと陰で努力しているお前のことを考えたら
なかなか言えずここまで引き延ばしになっちまった。
だが、同時に最後のチャンスでもある。
苦しんでいるのを分かってて黙っているのは俺も心苦しかった。
代われるもんなら代わってやりたいとも思った。
だけど結局、自分を変えるのは自分自身だ。
努力している人間にやめろとは言えんからな。」
ここぞという時は来た。
今を逃しては、きっともう伝えるチャンスはない ―
牧はこのことを敢えて言わないよう抑えていた。それは
彼女が抱えている非常にデリケートな問題であるため。
この告白を境に、男女の感情は高ぶってゆく。
牧と綾。それぞれの空模様。
日中は曇り空から陽の光が射し
一遍のくすみも無い青い青い空が広がっていた。
彼の心の内を表すような快晴で、また快復を祝うよう。
そして今 ―
青空と夕焼け空の境目の
陽が沈む前のなんとも表現しがたいくすんだ淡い色。
湘北か、海南か‥‥それは心のバロメーター。
どっちつかずで不完全な自分と重なっていた。
「そうだったんだ……」
「ああ。」
ずっと打ち明けられずにいたこと。
彼女だけでなく、彼もまた躊躇していたと知る。
バスケットへの迷いを藤真から聞いていたと告白された綾。
意外や意外。自分でも不思議なほど言葉がすっと耳に入ってくる。事実が発覚してもなお平常心でいられていることに驚く。既にバレていると予測していたからなのだろうか、その表情はあっけらかんとしていた。
しかし、徐々に蓄積されていた心情があふれる。
「私……あの日……
別れを告げられて、大好きな人がいなくなって……
それで、バスケットまで失ってしまうようで……
第一線で活躍してる紳ちゃんに、こんなこと……」
( 綾…… )
「やはり、取り繕ってたんだな。
俺たちにはなんでもないフリをして……」
「うん……」
奈落の底に突き落とされたことにより心に傷が出来、穴がぽっかりと空いてしまった。
どうしても言えなかった。
最愛の人を失い、その彼との繋がりがなくなることが怖かった。
綾は、バスケットに面白みや興味関心が薄くなり無気力になっていたことを告げる。
「実は……翔陽戦のあと、このことを健司くんに打ち明けたら無理して好きにならなくてもいいって
一度初心に返るといいってアドバイスをもらえたの。
私はなんでバスケっていうスポーツが好きなのかなって自問自答もしたんだけど……」
「…………」
「もちろんチームのみんなにも話したよ。
だけど迷惑はかけられない。
だから、自分の力だけで乗り越えようって決めたんだ。
武園の試合は正直、辛くて……心が折れちゃいそうだった。」
「そうか……その節は、本当にすまなかった……」
「ううん。謝らないで。私が言い出したことだもん。もう、大丈夫だから……」
「綾……」
スタメンとしてチームに貢献した神に武藤。
そして足の怪我を隠してまでも打倒海南と試合に臨んだ武園のセンター・小田。
彼らの熱意を前に何ひとつ克服できていない自分自身がみじめで情けなくて心が痛んでいた。
一方で、顔を合わせることも不可能だと言う綾の気持ちを汲み、振り向くことも追いかけることもできなかった牧はまず素直にそう謝った。
「あとね、おとといはバスケットマン教室があったんだ!」
「ん……? バスケットマン教室……?」
「うん。桜木くんが発案者なんだけどね、コーチになって基礎を一から丁寧に教えてくれたの。
先輩たちも手伝ってくれて、嬉しかった。
お陰さまで自信がついたし
バスケットウーマンの称号までもらっちゃった!」
「ほぅ……面白い。」
おととい、昼から夜にかけて師範である桜木に基礎練習の手ほどきを受けていたと語る。
彼が考案した綾が嫌いになってしまわないため、もっと好きになってもらうための救済措置。
震えた声で本心を明かしてからというもの
牧は受け側となり彼女の言葉に耳を傾けている。
一度打ち明けてしまえば溜まっていたものが芋づる式のごとく連鎖し、漏れ出して止まらない。
「だけど……
本当の意味でバスケットマンにはなれてない。
だって、言っちゃえば近道なんてズルだよね。
桜木くんはちゃんと1から努力してきたんだもん。
私は、ラッキーのマスに偶然止まっただけ。」
「マス……?」
" 真(まこと)の意味でのバスケットマンではない "
根性なしと言われていたが、最終的に彼は戻ってきた。
果たして自分一人だけの力でここまで這い上がってこられただろうか?
きっと、ふりだしでサイコロも振れず、足踏みばかりをしていただろう。
そして途中で投げ出したり、挫折していたに違いない。
初心に返ろうと決めたものの
一人では、あのルールブックだけでは分からなかった。
桜木が考えた10項目のレッスン。
決して見放さず、辛抱強くレクチャーしたことにより無事卒業することができたのだった。
うるうると涙腺が緩む。相手には見えなくとも、彼女はその瞳から滲み出る水分を流しはしなかった。
「紳ちゃんと繋がりのあるバスケを、嫌いになんてなれない。貴方に相応しい女性になるんだもん……」
「綾……」
「だけど……
バスケのこと、あの日みたいに即答できなくて……
ごめんなさい。ごめんなさい。
紳ちゃんとの大切な思い出がすべて消えてしまうような気がして、こわかった……いやだった……」
「…………」
好きだと即座に答えることができない今が、辛い。
こんな思いをするぐらいなら、リセットしたい。
できるものなら彼と別れる前に、何事も無かった頃に戻りたいとさえ思った。
自分が自分でいられなくなるような気がした。
まっさらな自分でいたかった。
だから、思い出の地へと足が向いていた。
バスケットがあったから、バスケットが好きだったから出会えた。奇跡が起きた。
知り合えた日も
時にすれ違い泣きを見て、途方に暮れ
共にプレイして笑い合った日々も‥‥
口にした瞬間、一瞬にして消え去ってしまいそうな気がしていた。
しかし‥‥すぐにそれは杞憂であることが分かる。
「でも、できたよね……? 少しは頑張れたよね……?」
「ああ。よく頑張ったな、綾。」
「紳ちゃん……」
「だが、もう頑張る必要はない。」
「え……?」
「次は、俺が頑張る番だ。」
すぐに涙ぐんでしまう弱い自分を変えようとしている。
もう力まなくてもいいと静かに告げられると
次の瞬間‥‥
男らしく、力強い主張が耳や胸の中を突き抜けた。
「つらい思い出には、させん!!」
「……!」
「即答できなくてもいいさ。
今までもこれからも、たくさん思い出を作ればいい。
消え失せることはないだろ。
お前の悩みは、俺の悩みでもある。どんなことも二人三脚で乗り越えていこうぜ。」
「しっ、紳ちゃん……」
ーー‥
これから先、どんなことも二人三脚で乗り越えていきたい。そう思っている。
今日も、明日も、明後日も
俺の元に戻って来てくれると信じて
ずっと、ずっと待っている。
‥ーー
一人ではできないことも二人ならきっとできる。
今この瞬間も現在進行形で彼らの記憶に残り、良き思い出となるはず。
そして
誰にも渡さないと約束した、あの日の夜。
「あの日、ダンクした時のことを覚えてるか……?」
「うん、もちろん……」
「綾……俺は、お前の笑顔を守りたい。
お前のためなら、どんな目に遭っても構わん。
すべての責任を背負って立つ所存だ。」
「えっ……」
「待ちに待った湘北戦、今から燃えてくるぜ。
バスケットを好きだと……面白いスポーツなんだと俺が思い出させてやる……!!」
( 紳ちゃん……!! )
すべては、綾のため ―
彼女の笑顔を守りたい。離したくない。
ずっとそばにいたい。
辛い思い出にはさせない‥‥!
絶対にダンクをさせない‥‥!
牧は、そう固く心に誓っていた。
消え去ることのない、二人の愛のメモリー。
小さいなんてもんじゃない。
彼の恋人であるがゆえに、とてつもなく大きな過失なのに。
失望されてもおかしくないはずなのに。
海水に似た塩辛く冷たい態度を取ることもなく
果てしなく広い心で包み込んでくれた。
ここは再出発地点。
彼の新たな誓いにより、心に空いた隙間埋めはもちろん
薄暗く狭苦しい場所から優しく光り輝く世界へ
一気に羽ばたける予感がした。
「とりあえず、試合当日まで元気でな。」
「うん……本当にありがとう……」
最後に別れの言葉を言い交わすが、手紙の文末に添える追伸を思わせる様にこう付け足した。
「そういや言い忘れてたが……」
「?」
「髪型、似合ってるぜ。綾。」
「そうかな……? じゃあ、私も……」
「ん……?」
「武園戦の勝利おめでとう。試合、楽しみにしてるね。頑張ってね、紳ちゃん……!」
「ああ。ありがとう……」
それは哀しい気持ちを紛らわすためか。
牧が彼女に贈った四つ葉のクローバーの様に、互いの表情に幸福をもたらしたのだった。
桜の花が満開に咲くまで、あとわずか ー