最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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「その小汚ねえ手をどけろ。」
「……!!」
「紳一!」
「「牧……!」」
「ジイ……!」
「…………」
聞き馴染みのある声。がっしりとした風格のある影。
彼が、助けに来てくれた。
このシチュエーションをどれだけ待ち望んでいたことだろう。逢いたくてたまらなかった人物が、そこにいる。
ウォームアップをしようと意気込んではいたが
こんなにも早く現実になろうとは。
姿が見えた瞬間、直視することができず反射的に顔を背けた。体は心とは裏腹な態度を取ってしまう。
「綾ちゃん……!」
「綾さん……ひ、ひでえ……」
「ぬ……? 少年に、オットセイ君?」
「コイツら、確か海南の……!」
「宗くん…… 清田くん…… どうしてここが……」
役者はすべて揃った。
しかし、何故この場所が特定できたのだろうか?
あのコールは綾が意識を失う直前のもので
牧の番号が着信・発信履歴ともに上位にあり、切羽詰まった状況でも即座にリダイアルをしていた。
部活を終えたばかり+電車や踏切音=すなわち駅。
近くに人気がなくたむろ可能な場所といえば
アジトであるこの路地裏だ。
先ほどの短い通話時間からこれらのことを瞬時に推測した彼は非常に頭の回転が速く、抜群の判断力があると言える。
また威風堂々とした姿でこちらに駆け寄るその表情は、いつにも増して険しい。一切身構えることなく相手の男を挑発していた。
「来い!」
「こっ、この野郎……!」
「おーっと! ここは騎士の出番だぜ。」
掴んだ手を離し、怯んだその隙を突いた瞬間
バキッと大きな衝撃音とともに水戸の拳が顔面にヒットした。今度こそ完全にノックアウトだ。
「ぐふっ……」
「往生際が悪いぜ。
神奈川のエースに手を出させるわけにはいかねーよ。」
「水戸……」
「雨宮さん、警察を呼びますよ。
こんなことをして許されると思ってるんですか?
盗撮の件も人としてやってはいけないことでしょう?」
「なっ……」
( 盗撮……!)
携帯電話を開き、かおりに向かって突きつける神。
110番をすると一見脅しをかけている様にも見えるがこれはまやかしではなく
絶対に許さないと目の敵にしているもう一人の人物を前に彼の目は本気そのものだ。
また、先ほど暴かれた「あの写真」の全容。いつ撮られたものなのか見当もつかない。
解放され自由の身となった綾。
しかし恐怖はまだ終わらずゾクっと背筋が凍るほどの寒気が。何かに縛りつけられた様な感覚に陥り、変わらずこの場から離れられずにいた。
― そして
「三度目の正直だ。」
「紳一 ……?」
「かおり、お前とはとっくに別れたはずだ。
今後も付き合うつもりはない。諦めてくれ。」
「!!」
牧はかおりに三度目の引導を渡した。
その光景を綾は薄目で見ていた。
当然桜木らもこの男女の複雑なやり取りを傍観しており、第三者が口を挟むことはなかった。
とことん追い詰められた元凶のかおり。
数日前の記憶が否が応でも思い出される。
ーー‥
かおり……悪いが、今すぐ別れてくれ。
お前には、ほとほと愛想が尽きた。
二度と俺たちの前に現れるな!!
例の写真もすべて処分させてもらう!!
俺のこの手で……
身を挺してでもアイツを……綾を、守ってみせる!!
アイツがいないと……
アイツでなければ、ダメなんだ……!!
‥ーー
「……なによ、なによ、なによ!
私を散々コケにして……! 許さないんだから!!」
「きゃっ……!」
「綾さん!」
「「春野!」」
「「……!」」
逆上し、綾に殴りかかろうとした瞬間
辺り一帯に衝撃音が走る。
「やめろ。度が過ぎるぞ。
これ以上、綾を傷つける奴は容赦しない!」
( 紳ちゃん……! )
振りかざした腕を片方の手で難なく掴んだ。
最後の最後でこれ以上ない屈辱を受けたかおり。
切り札は残されていない。
もう後がないと、察知した彼女が取った行動は
「っ……もうアンタなんか、こっちから願い下げよ!! 二人でどうぞお幸せに!!」
「待てよ……!」
「チッ、覚えてろ……!」
「かおり……」
「かおりさん……!」
手を振り払い、捨て台詞を吐き去っていく。
仲間の男たちも後を追うようにして退散した。
こうしてかおりの策略や陰謀は実現することなく終わりを迎えたのだった ―
暦は水無月。数日前、携帯電話を通じて語り合った天の川が流れる美しい夜‥‥
年にたった一度しか逢えないという彦星と織姫。
それには及ばずとも
点と点をつなぐ様にして線が描かれる。
その線とは、運命の赤い糸。
なるべくして結ばれたベガとアルタイルの二人は
満天の星空の下、やっとのことで正式に再会を果たす。
「大丈夫か……?」
「はい……ありがとうございます……」
その後、牧はすかさず地に片膝をつく。
顔を見る勇気がないと言う綾の胸中を知ってはいるが、安否を確認するためそれはごくごく自然な振る舞いだった。
互いの接触は湘北 対 翔陽の試合以来。
愛しの彼女を心配そうに見つめる。
「だけど、すみません。
まだウォームアップが不十分で……」
「ウォームアップ……?」
細々と感謝の気持ちを述べるが彼女は未だ薄目のまま。
心の準備期間があまりに短すぎたためか、完全に体が温まっていないのだろう。
だからと言ってこのまま引き下がるわけにはいかない。
深みのある落ち着いた声、優しい語り口調。
肉厚な唇、左目の下の泣きぼくろ。
夜の闇に紛れてしまいそうな
焦茶色の髪の毛、小麦色に焼けた健康的な素肌。
彼を形作るこれらの要素。
その凛々しい顔立ちに、笑顔に逢いたくてたまらない。
綾は勇気を振り絞り
ゆっくり、またゆっくりと瞼を開く。
「その格好は、直視できんな……」
「え……?」
ところが愛しき人の顔を見れば、頬を赤く染めている。
何故か目を逸らし視線は斜め下を向く。
顔を合わせることはおろか直接会う勇気も自信もない。
恋愛に臆病になっているという彼女に配慮してのことなのだろうか?
周りの視線はある一点に集中していた。
「きゃっ! み、見ないで……!」
「「 !! 」」
「お前ら、見るんじゃない!!」
そうではなかった。
夜空に晒された白い素肌。
スカートから下は無事だが、上半身を強引に脱がされブラジャーだけといった下着姿に。
これまで無我夢中になっていたため無意識だったがいざ意識して見ればとんでもない格好をしている。
今になって気が付いた綾は顔中を真っ赤にさせ、両腕で胸を素早く隠した。
男たちの顔色も赤く、神、流川、水戸、木暮らはサッと思わず目線を逸らす。
桜木と清田においては再び鼻血を垂らしている。
そんな輩に対し牧は眉をひそめる。
不本意ながら生の下着姿を初めて目にしたが
この様な妖艶な姿を誰一人として見せたくないと思うのは恋人として当然の感情であり、恥ずかしがる彼女を背に怒りの声を上げた。
数日ぶりに拝んだ彼の顔。羞恥心も合わさって胸の鼓動が早くなる。
不思議なもので、一つ欲が満たされれば味を占め
また一つ、また一つと満たされることなく次々と欲望があふれ出す。
反応が気になり物欲しそうな瞳で見上げると‥‥
( そんな目で見るな、理性が持たん……! )
「……ほら、これ着てろ。」
「すみません、ありがとうございます……」
いたたまれなくなった牧は着用していたジャージを脱ぎ肩に被せた。腕を通し、ゆっくりとファスナーを上げる。
その服はぶかぶかで綾の華奢な体をすっぽりと包み込んだ。
( 震えてるな…… )
かろうじて質疑応答はできるものの彼女の体は小刻みに震えていた。
あの様なことがあった直後では無理もなく、その姿を前にしてどんなに胸が締め付けられていることだろう。
彼は視線を外すことなく深刻そうな表情へと変わる。
「綾……怖かっただろう。」
「いえ……未遂だったし、大丈夫です……」
「ひどい思いをさせてしまい、すまなかった……」
「まき、先輩……」
謝れば済む問題でなければ、事が収まるわけでもない。
だがこれは自身が蒔いた種。
これだけは伝えなければならないと心から謝った。
― このすぐ後
閉じ込めていた気持ちがぶわっと音を立てて暴れだす。
「ばか、ばか、ばか……!
紳一……もっと早く来てほしかった。怖かった……」
「綾……」
感情を剥き出しにした綾。
原点に帰ったことで、一つの目標をやり遂げたことにより少々自信がついた。できるものなら
彼にそれを一刻も早く伝えたい、聞いてほしい。
レベルアップし生まれ変わった自分を見てほしい。
いつまでもマイペースではいけない。
甘え続けるわけにはいかない。
逢いたいと素直に思えた矢先に思わぬ展開。
願い叶って無事再会し、やっとのことで顔を見られた。
何があっても耐え抜き強がっていた。
積み重なっていた恐怖心が今になってあふれてくる。
さらに「紳一」と、ごく自然に彼の名を呼んでいた‥‥
「……と。」
「え……?」
「「 紳ちゃん 」と、呼んでくれないか。」
「……!」
「俺と、もう一度付き合ってくれ。綾……」
「うん……! 紳、ちゃん……!」
その瞬間‥‥牧は綾を抱き寄せた。
( あったかい……本物の、紳ちゃんの匂いだ…… )
さながら、ここは二人だけの世界。
誰も立ち入ることはできない。
気のせいだろうか、どこからかオルゴールの音色が聴こえる。
ゆりかごの様に優しく包み込むメロディー。
これはきっと「好き」という名のラブソング。
パズルの完成と、二人の縁を祝福しているに違いない。
顔だけじゃなく違うところも見たい、知りたい。
もっと彼を肌で感じたい。
欲望が行き着く先は、あたたかな腕の中。
綾はこの確かな温もりに幸せを噛み締めていた‥‥――
「K」存在感のある胸元の頭文字。
夜間でもその存在感は健在で、黄色と紫色の二色使いはリフレクターとしての効果もありそうだ。
このジャージは以前、布団代わりに被せていたと人づてに聞いたもの。再び身を包んだ彼女は彼の心優しさに自然と顔がほころんでいた。
「立てるか。」
「うん……」
綾の手を取り立たせる牧。
何とか立ち上がれたはいいが、生後間もない子鹿の様に足元がおぼつかず上手くバランスを保てない。
彼は脱ぎ捨てられた制服を収めたリュックを肩にかけ当然のごとくサポートしている。
そのエスコートする姿たるや、名の通りの紳士だ。
まるで童話の世界にでもワープしたよう。
互いに見つめ合うプリンスとプリンセス。
そんな二人を容赦なく現実へと引き戻す者が‥‥
「……今日はここらでおひらきだ。帰るぞ、お前ら。」
「「……!」」
「ぬ、ミッチー……」
「春野、今度こそちゃんと送ってもらえよ。」
「三井先輩……」
「じゃーな。」
例のあの一件から姪や親戚の兄だと己を丸め込んだが、綾が牧と二人きりでいるところはなんとなく見たくない‥‥
空気を読んだのだろうか。三井は彼らに退散するよう促し、自らも去っていった。
「俺も帰るよ。春野、無事で本当に良かった……彼氏と一緒なら、もう怖いものナシだな。」
「は、はい……」
「牧……ウチのマネージャーを、よろしくな。」
「ああ。」
おやすみ。と綾に一言添えた木暮は三井の後を追う様に姿を消した。
続けて神、清田の二人も心配の声をかける。
「綾ちゃん、大丈夫……?
無理しないで、ゆっくり休んでね。」
「綾さん……本当に良かったっす……」
「うん…… 二人とも、心配かけてごめんね。」
( 綾ちゃん…… )
親玉であるかおりが立ち退いてから、神は絶えずセンチメンタルな表情をしていた。
何か計画を立てていることは間違いなさそうだが今はただ彼女の身が気がかりだった。
― すると、後方からゆっくりと足音が
「おい。」
「!」
「流川……!」
「ルカワ……」
「これ、お前のか。」
何かをそっと差し出す流川。
それは、綾の携帯電話。
どうやら彼女が失踪した際、周辺の路上に落ちていたところを拾いポケットの中で保護していた様だ。
かたいアスファルトの地面に落下した衝撃で角のアンテナ部分が少々欠けてしまっていた。
「あ、うん……!
楓くん、どうもありが「会えたな。」」
「……!」
「良いことあったな、綾……」
悪いことばかりじゃない。良いことだってきっとある。
― 最愛の人に出逢えた ―
半信半疑な心境ではあったが
あの日の言葉はこうして今、確実なものとなった。
流川は綾とあまり目線を合わさない。
今回の件について自身に過失があると思い込んでいるのだろうか?
背中からはどことなく憤りや哀愁を感じられる。
お礼など無用と言わんばかりに言葉を遮り、相も変わらず無表情で感情を表に出すことはなかった。
「バスケットで……
あんたにだけは、負けられねー……」
「流川……」
「なっ……流川!」
「……!」
「楓くん……」
が、牧に対しては別だった。
思いきりガンを飛ばし敵意を剥き出しにしている。
心から笑わせることはできない。
しかし、バスケへの迷いを断ち切ることならできる。
一見クールだが内に激しい闘争心を持つ流川。
引きずるものはあれど綾の無事を確認した今
情熱家の彼は目先の勝利を見据えていた。
用件を済ますと、淡々とした態度でこの場を後にした。
( 上等だ…… )
― そして
呆然としていた男は、ふと綾の横顔を見た。
後ろ姿を心配そうに見つめる彼女を前にして
とあることを振り返っていた。
ーー‥
ううん、何も要らないよ!
自信をつけさせてくれた。それだけで大満足だよ!
後半もご指導よろしくお願いします、桜木コーチ!
……私もね、辞めちゃおうって思ったの。
こんな中途半端な気持ちで続けていたらいけない、マネージャー失格だ、って。
牧先輩に、スラムダンクを……!!
すっごくすっごく、カッコ良かった。
それでね……
バスケットは好きかって聞かれて……
あの時は即答できたのに……今は……
‥ーー
一日限りのコーチとなり
独自の方法で元気づけ絶望の淵から救出した桜木。
牧の腕に抱かれ、とても幸せそうな綾の姿に一体何を感じ、どれだけ胸が締め付けられたことだろう。
二人きりで過ごした貴重な時間‥‥ふわふわで優しく、それはそれは良いものになったに違いない。
彼もまた流川と同様、引けを取らない負けず嫌いぶり。
あれだけ守ると豪語したものの大したことは出来ず美味しいところをすべて持っていかれてしまった。
綾に合わせる顔がないのか背中を向ける。
「綾さん……
部活、辞めたりしないっスよね……?」
「え……?」
「見ていてください、綾さん!
約束通り、この天才が必ずやダンクを決めますから!」
「うん……!」
( 何……? ダンクだと……? )
桜木の言葉に牧は異常な反応を見せる。
そしてこの直後、三人の男たちに対し睨みを利かすと
「おのれ海南……
やい、ジイ!! てめーも絶対に俺が倒す!!」
「…………」
「桜木……」
「てめぇ、この赤い髪……一度ならず二度までも牧さんに向かって生意気な口を……!」
突然の打倒・牧宣言!
" 大胆不敵 "
この熟語は彼のためにあるのではないかと一瞬錯覚してしまうほどだ。
先ほどの流川もだが、昼間の武園戦での一件もあり
またも減らず口を叩く桜木に清田は苛立ちを覚える。
「ああ、受けて立つぜ。」
「まっ、牧さん!」
「牧さん。」
「勝つのは俺たち 王者・海南だ!」
「ぬ……こしゃくな……」
( 紳ちゃん…… )
神奈川の王者・海南。主将である牧は一切怖気付くことはなく威風堂々とした振る舞いを見せる。
勝負の申し出に応じるその凜とした佇まいは今にも試合を始めたいとウズウズしていると同時に、あることに対する強い熱意も感じられた。
その傍で、場違いだと判断した男は友に声をかける。
「ほらもう行こうぜ、花道。」
「洋平。」
( 結局、騎士(ナイト)は王子(プリンス)にはなれないってことか……
ボタンやユリもひっくるめて
シャクヤクっつー
高貴で誠実な花に、雑草は似合わねえんだよな。)
「なあ。」
「ん……」
「俺みたいな雑草が生えてこないように、除草剤を撒いておいた方がいいぜ。」
「!」
「大事な花なら枯れないうちに早めに手を打っておけってことだ。
牧さんよ、春野さんを……俺らの天使を大事にしてやれよ!」
「水戸……」
「水戸くん……」
「「 洋平…… 」」
「じゃーな! 春野さん!」
支柱となる牧に、水戸は綾への想いを託す。
どう考えても自分では王子にはなれない。
だからといって悪い虫がつこうものなら見過ごせない。
この美しい花を手塩にかけて育ててほしい。
気持ちの整理がついたのか、意味深な物言いをする彼の去り際の表情はとても朗らかだった。
「さらばだ、諸君!」
「綾ちゃん、またね〜。」
「仲良くやれよ、お二人さん!」
「もう襲われんじゃねーぞ。」
「桜木くん……! みんな……!」
最後の最後まで明るい5人組。
彼らは駆け足のまま別れを告げ、この場を後にした。
「なんなんだ、ありゃ……
あの連中も綾さんのダチなんすか?」
「愉快な人たちだね。」
「うん。」
綾を囲う様に立ち、目線を下に向ける三人。黙って彼女の様子をうかがう。
神は自分たちも帰宅しようと後輩に呼びかけると‥‥
「信長、俺たちもそろそろ行くよ。」
「神さん。」
「綾ちゃん、近々また電話するね。」
「神……」
つい先ほどまでの出来事が嘘のよう。
辺りは一気に閑散とし、一段落がついたかと思いきや唐突に電話のアポイントメントを取る。
「電話……? うん、分かった。」
「またね。」
ーー‥
綾ちゃんを貸してください。
‥ーー
あの時、何故神は二人きりになりたいと申し出たのか?
それは‥‥牧にとってはどうという事もなかった。
バスケットへの苦悩に気付けず、何もしてやれなかった悔しさ。
自身と同じ女性を好きであるなら
何も言わずとも歯痒さやもどかしさといった彼の胸の痛みが重々感じ取れていたからだ。
「綾さん! 今日はベンチだったすけど
次の試合ではこのNo.1ルーキー・清田信長がスタメンなんすよ。
流川に、ましてやあんな赤頭なんて目じゃねえ。
湘北なんぞ簡単に息の根を止めてやりますよ!
しっかり応援頼みますよ、綾さ……」
「「……!」」
( やべっ、今のはマズかったか……!? )
試合に出られなかったぶん元気が有り余っているのか。便乗する様にこれだけは言わせてくれと言わんばかりに自信満々な態度で意気込む清田。
途中、触れてはならないNGワードを発してしまったことにハッとし冷や汗を垂らす。
「すっ、すんません! 俺っ……」
「…………」
「綾ちゃん……」
「……ううん。「なんぞ」なんて
赤木キャプテンの耳に入ったら大変だよ?
もちろん清田くんも、みんなのことも応援してるからね。」
「綾さん……」
(( あの話は本当だったのか…… ))
苦い笑みとも捉えられるだろうか。
清田の依頼を受け、小さく笑い返す綾。
ためらいがちに話す彼女に先輩が語っていたことは事実なのだと二人は確証を得る。
" 共に歩んできた日々や思い出が無になってしまう "
最愛の彼にだけは知られたくない。
その証拠に綾はこの手の話になると気まずそうにしており牧の顔を真っ正面から見れていない。
しかし尾を引いていると思いきや、どこか諦めているところもあった。桜木の会場での発言により勘付かれていると思ったからだ。
原点に帰ったことにより多少の自信がついたはずだが目の前の相手の反応を恐れていた。
あとひとつ。たったひとつだけ。
か細く繊細な心にはわずかに小さな穴が空いており、ひゅうひゅうと隙間風が吹いていた。
ポン‥‥
「! 紳ちゃ……」
綾の気持ちを察してか、牧は黙ったまま小さな肩に手を置いた。
それはまるで「大丈夫だ」と心を落ち着かせる様に‥‥
「牧さん、お先に失礼します。」
「おつかれっした!」
「おう。気をつけて帰れよ。」
「みんな……!
ありがとう……! ありがとう……!」
精一杯、出来る限りの声量で彼らを見送る。
コート上の天使は コート外でも天使。
どんなに体が弱っていようともいつだって感謝の気持ちを忘れない。
牧の視線に見守られる中‥‥
姿が見えなくなるまでずっと、ずっと、手を振り続けていた。
間もなく深夜帯に差しかかる頃
閑静な住宅街を歩く二人は綾の自宅へと向かっていた。
綾の手を握る牧。
小さな手を大きな手で力強く、しっかりと握りしめる。
別れの日以来、念願叶って繋ぐことができた。
が、先ほどから黙り込み何も話そうとしない。
気になった彼女は隣で歩く彼の顔を見上げるが‥‥
( 紳ちゃん……?
前にも、これと似たようなことが…… )
ふと、淡い水色のパステルカラーの紫陽花を見た。
毛糸玉の様な丸っこいフォルムに心が和む。
少し前、流川と一緒の際に気付けなかったのは罪悪感を感じ下を向いていることが多かったためだ。
季節柄よく見る風景ではあるが、この時ばかりはやけに目に留まる。
電柱の灯りに照らされたそれは一体何を暗示しているのだろうか。
――
それから数分後
難なく辿り着き、玄関のドアを開くと
「綾……!」
「綾……良かった……」
「お父さん、お母さん……遅くなってごめんなさい。」
この安心感は一体何なのか?
心身ともに憔悴している綾。
家族の顔を見た途端ヘナヘナと一気に力が抜ける。
玄関口では両親が血相を変え
ドアが開かれるのを今か今かと待ち侘びており、子どもの帰りを出迎えていた。
「救急車のサイレンが聞こえる度に、お母さんは、お母さんは……!」
「…………」
「ただいま」や「おかえり」の言葉は要らない。
無事を喜ぶ母は、我が子を涙ながらに抱きしめている。
初登場である綾の父親。
見慣れぬジャージを着た綾とTシャツ一枚の薄着姿の牧を見て何かを察した父は
妻子(母子)の姿に安堵し目をやるが、その目線はすぐに目の前の大柄な男に向けられた。
「すまなかったね。娘を助けてくれてありがとう。」
「いえ……」
― そして‥‥
「大事な娘さんをこのような目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありません。
こうなってしまったのは僕の責任です。
今後、綾さんとは距離を置こうと思っています。」
「…………」
「えっ……」
突如、深々と頭を下げる牧。
己の不始末により彼女を傷付けてしまった事実に負い目を感じている彼は責任を取り、距離を置くと宣言。
綾は予想だにしない発言に驚くが
それを受けてもなお父は真顔で顔色ひとつ変えることはなかった。
「牧くん……君はもう帰りなさい。
年齢の割にしっかりした人間だと見込んで交際を認めたが、大事な一人娘だ。今回のようなケースは見逃すことはできない。
君の言う通り、当分は綾と会うことをやめてもらいたい。……お宅には連絡しておくよ。」
「ちょっと、お父さん……!?」
「あなた……!」
「お前たちは黙ってなさい。
どうだ、男同士の約束だ。守ってもらえるかな。」
「……はい。分かりました。」
「!!」
「それでは失礼します。夜分遅くにお邪魔しました。」
「紳ちゃん……!」
バタン‥‥とドアが閉められた。
必要最低限の言葉を伝え終わると、やがて状況は一変。牧と同じ考えを持っていた父親との契りは無慈悲にも取り決められた。
「お父さん、ひどい! あんな約束……!」
「ご近所にも迷惑だ。戻ってきなさい、綾!」
「綾……」
体の疲れもなんのその。綾は無我夢中で彼の後を追う。
親の心子知らずとはよく言ったもので、父の命令など従うことも聞き入れるはずもなかった。
「しっ、紳ちゃん……! 待って……!」
道端で去っていく彼を呼び止める。
だが反応がなく、牧は歩行を止めることはなかった。
「元はと言えば、私が栞を……
襲われそうになったのも私の不注意で……!」
「…………」
ラミネート加工された手作りの栞。
以前、牧が紛失したことにより事態が発生したと神から聞いていたがそもそもの原因は自身にある。
いけなかったのは自分だと必死に訴え
直後、そっと広い背中にしがみつく。
「やだ、行かないで……」
「……!!」
「これ以上、離れたくないよ……
行っちゃやだ、紳一……!」
「紳一」と呼ぶのは、大事なときだけ‥‥
" 帰りたくない "
これは‥‥彼女の隠れたサイン。
本当に好きな人じゃなければ、嫌だ。
大切な人だからこそ、大事にしたい。
手紙に添えた
四つ葉のクローバーのブローチとペンダント。
彼女の幸せだけを願っている。
嫉妬にかられ、理性を失い、危うく襲いかけたこともある。
初めての一夜も同じ布団で寝たと言えば寝たのだが、相手方の意思を最重視した牧は悶々さえしたものの何事もなく朝を迎えた。
どちらの出来事も綾を好きであるからゆえのこと。
しかし大切にしなければと思えば思うほど歯痒く、苦しくなる‥‥
散々おあずけを食らっている牧。
先ほど、色っぽい下着姿を目の当たりにしたばかり。
そして煽る様に大胆発言をぶつけてくる綾。
緊張の糸がほどけた彼は振り返り、その熱い想いにこう応えた。
「心配するな。離れ離れになることはないさ。
綾……
これ以上くっついているなら、致し方ない。
どうなっても知らんぞ。」
「!」
「その時は、イヤとは言わせない。」
これがどういう意味か分かるか?と尋ねてくる。
綾は少々戸惑うが、コクンと小さく頷く。
このピンク色の頬は意味合いを重々理解していると見て取れる。
再び一線を越える「その時」を‥‥
覚悟を決めていることは間違いないであろう。
恥ずかしさでいっぱいになった綾は慌てて体から離れ、只今レンタル中である
ぶかぶかなジャージの裾を掴み片手を胸に当てた。
「わっ、私もね、見つけたよ。紳ちゃんの欠点。」
「欠点……?」
「高頭先生が言っていたの。
そうやって一人で悪い方向に考えちゃうとこ!
私がそばにいるよ。だから、大丈夫!」
( 綾…… )
そう言って彼の顔を見上げて微笑んだ。
ーー‥
人間というものは、強くて賢い。
だが時に弱く、そして脆いものだ。
この世に完全無欠の人間は存在しない。
よって、アイツにも欠点がある。
それは……まだ " 高校生 " だということだ。
今後の人生において行き詰まることが多々あるだろう。
その時には春野くん、君が全面的にカバーをしてやってほしい。
牧がウチの揺るぎない大黒柱ならば君は精神的支柱だ。
なくてはならない存在になっているのだと私は思うよ。
‥ーー
牧の欠けているところを挙げるとすれば
「高校生」だと‥‥言い方を変えれば、若さゆえにまだ発展途上だと監督は話していた。
が、それは自分も同じ。
いつだって彼の隣にいる。
だから一人で考え込まず、なんでも相談してほしい。
名コーチである桜木に影響を受けたのか
「大丈夫」だと綾はその魔法の言葉で安心感を与え、片方の手でぱちんと胸部を叩いた。
フッ……
「お前がそう言うなら、本当に大丈夫なんだろうな。」
「うん。大丈夫だよ……!
だから、一人だけでもう悩まないで。
お父さんとのこと、白紙に戻して……?」
「…………」
彼女の言葉に黙り込む牧。
無かったことにしようとしていることが彼には容易に読み取れたのだろう。
しかし、綾の説得もむなしく考えを曲げることはなかった。
夜がふけるにつれ、限られたこの二人きりの会話も佳境を迎えようとしていた。
「私ね、紳ちゃんは、運命の人だって思ってる……!」
「……!」
「ウチ(湘北)のユニフォームみたいな、真〜っ赤な糸で繋がってるんだよ。」
「赤い糸か……確かにそうかもな。
なんたって、ベガとアルタイルだからな。」
「うん……!」
先日、彦星と織姫の伝説を夜空を見上げながら話した。
これは思い違いじゃなく、きっと運命。
互いの赤ちゃん指にきつく結ばれた
ミシン糸じゃない、太くて丈夫な凧糸の様な赤い糸。
「俺も、運命の女であるお前を帰したくはない。
だが……それは無理だ。」
「えっ……」
「これは言わば、男のケジメだ。
親父さんに認めてもらうためにも……
一度交わした約束を取り下げることはできん。」
「そ、そんな……」
実際のところ、牧に対してどう思っているのかは不明だった。
このまま駆け落ちなどの行為に及ぶことはもちろん誓いを破ることも許されない。
それは彼女の両親への裏切りを意味しているから。
正式に交際を続けるのであれば、まず第一に信用を取り戻さなければいけない。
今回の件においても自身が蒔いた種であり
すみませんの一言では片付けられない。
身体的および精神的にも傷つけたという既成事実。
そして、高頭監督が断言していた年齢の壁。
未成年は親の管理下にある。それによりねじ伏せられた
15,17歳という若すぎる彼らにはどうすることも出来ず辛い現実が待ち受ける。
当然とも言うべく、向かい風は厳しかった ―
コホッ‥‥
この時、少しばかり咳込む牧。
その異変に気が付き
心もとない様子の綾は声をかけるが‥‥
「紳ちゃん……?」
「すまん、大丈夫だ。」
なんでもないと仕切り直した彼は、真面目な顔をして綾の瞳を真っ直ぐに見据える。
「綾、待ってるからな……
お前の傷が完全に癒えるまでしばらくの間、距離を置こう。」
「うん……」
「そんな顔をするな。一時的に疎遠になるだけだ。」
「…………」
距離を置く‥‥
「別れ」とは全く意味合いが違う。
以前と同様、会う頻度が低くなるだけ。
去り際になるにつれ浮かない表情になり、口数が少ない綾に牧は笑って返した。
彼の強い決意を耳にして了承せざるを得なかった。
運命の人が、愛しき人が、もうすぐ行ってしまう‥‥
じわじわと次第に目頭が熱くなる。
「……今日はもう遅い。帰って休め。」
「しっ、紳ちゃ……」
「じゃあな。」
その姿形は段々と小さくなり闇の中へと消えてゆく。
紫陽花。やはりそれは両者にとって
別れを象徴する花なのだろう‥‥
― これもまた、一種の運命(さだめ)―
むせび泣く綾。
彼女は泣いた。声を押し殺して泣いた。
峠を越え、ようやく巡り逢うことができた。
しかし、ほっとしたのも束の間
彼の温もりを胸に悲しみに暮れていた ‥‥