最大の試練 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
運命とは何か。
おそらくそれは、天より与えられ
出生前から一人ひとりに仕組まれた見え透いた未来。いわば出来レース。
良い意味でも悪い意味でも
どう転ぼうが足掻こうが同じ末路を辿るのだ。
牧紳一と春野綾 ‥‥
二年前、奇跡的に巡り逢えた両者が再び出逢いを果たすまでのこの組み敷かれた運命(さだめ)を見届けよう。
場面は変わり、ここは海南大附属高校
男子バスケットボール部の専用トレーニングルーム。
歴代のインターハイ優勝校ともなると設備が充実しており規模がまるで違う。体力や筋力の向上に努め、常にトップを走り続けなければならないといった圧倒的な使命感と勝利への意気込みがうかがえる。
部屋から出た牧はタオルで全身から滴る汗を拭い、ロッカーのある部室へ向かうと
ブチッ‥‥
「!」
突然、練習用のバッシュの紐が切れた。
日々積み重なる猛特訓に耐えてきたためなのだろうか。そろそろ買い替え時かな、と呟いた直後
どこからか聞こえるはずのない声までもが聞こえた。
ーー‥
いやっ! やだっ、やめて……!
助けて、紳ちゃん……!!
‥ーー
( 綾……!?
幻聴か……? 違う、今のは……!! )
妙な胸騒ぎがした。
虫の知らせか。その叫びは、己に助けを求める声。
彼女の身に何かあったのだと第六感が真っ先に働いた。
「牧さん。大丈夫っすか? 汗が……」
「あ、ああ……」
部室に入るなり清田に声をかけられハッとする。
体力の消耗による汗か。はたまた冷や汗か。
見分けのつかない体液が一滴だけ床に垂れ落ちた。
まだそうと決まったわけじゃない。
確証が持てない牧は、この事象をただの気のせいであることを心から願った。
「ちょっといいですか、牧さん。」
「神……何だ。」
そんな中、神はこう尋ねた。
「桜木の、あの発言……
スランプって、一体……?
何か心当たりがあるんですか?」
「あの野郎、牧さんに向かって生意気な口を……!」
「「 ………… 」」
その内容は試合中の出来事。
メンバーたちはものものしい雰囲気に緊張しつつも動向を見守っている。
両者には依然いざこざがあり関係性が悪化したままだが、今の彼にはそんなことはどうでも良かった。
あの意味深な発言がどうにも気がかりだったからだ。
ーー‥
ジイ! テメェ、綾さんを悲しませやがって……許さねぇ!! 聞いてんのか、コラァ!!
綾さんはなぁ、いらねえ嘘までついて、テメーの名前を呼びたくても呼べなくて、ずっと一人で苦しんでんだ!
おまけにスランプにまで陥って
大好きな……大好きな、バスケットを……!!
‥ーー
「嫌いになってしまいそうだと、聞いた。」
「「……!」」
「アイツは……バスケットのことを俺に悟られまいと、言うまいとしている。」
「なぜ……」
「おそらく、俺との思い出を……失ってしまうことを恐れて……」
「「 ………… 」」
「不鮮明なモノクロの心をカラーに変えようと……
頑張ると意気込んだ手前、実際の試合は刺激が強すぎたんだ。
だが、神。お前のために……
俺たちのために無理をしたんだろう。」
「綾ちゃんが……」
「嘘だろ……?
あんなに、でけー声で応援してくれたじゃねーか!」
全力で応援すると誓った。
しかし‥‥試合は、今の彼女には刺激が強すぎた‥‥
通話時、神に誘われたと
海南の応援に行くと明るく話していたが
結局は差し入れもろくに渡せず、いたたまれなくて控え室に寄ることもなく会場を出ていってしまった。
自分を偽りムチを打って無理して笑い
トンネルを抜け出ようともがき続けている綾に観戦はきわめて困難だったのだ。
( ちょっとした相談事、か……
「自分自身と向き合え」と
おそらくそれが奴が、藤真が授けた助言なんだろう。
一朝一夕にはいかんだろうがな…… )
その後、牧は背中を向けた。
窓辺からのぞく真っ暗な夜の景色。
心に迷いは無くとも自身への憤りと後悔だけは余りある。
彼女が見つめていたその大きな身体からは行き場のない悲しみが痛いほどに伝わってくる。
「俺が……」
「!」
「俺が代わってやれるものなら
そうしたいところだが……こればかりは無理だ。
綾の代わりなどいない。
綾が自分で乗り越えるしかないんだ。
それができなければ……
自分自身で突破口を開き、殻を破らなければ
アイツはずっと、嫌悪感を抱いたまま……」
「終わってしまうってことですか……?」
「ああ……」
「牧さん……」
「「 牧…… 」」
バスケットから気持ちが遠のいてしまった。
その原因を作ってしまったのは、紛れもなく自分。
代われるものなら今すぐにでも代わってやりたい。愛しき人を暗黒の世界から救出したい。
されども代役は存在しない。
自身で殻を破り、克服しなければ意味がない。
以前、泣いてばかりだと嘆いていた。
心が弱くてダメな自分を変えようとしている。牧は今が彼女にとって正念場なのだと気持ちを汲み取っていた。
ーー‥
好き……じゃなかった、嫌いだよ。
うん、いいよ。
だけど武園かぁ。女の子の黄色い声援が凄そうだね。
もし私が同じ制服を着て群衆の中に紛れ込んだとしたらきっと見つけられないよね?
うん、もちろん……! 応援に行くよ!
‥ーー
驚愕の事実を受け、神は必死に記憶をたぐり寄せる。
( 綾ちゃん……
嘘はつかないでって、言ったのに…… )
いつからそんな苦しみを抱いていたのだろう。
その手の話題になっても何でもない顔をしていたのに。
デート中でも、その帰り道でも、星が輝く夜までも‥‥
無知だったとはいえ配慮に欠けた発言をした。
知らず知らずのうちに傷つけていたのだろうか。
彼女の気持ちを分かっていたようで、実際は何ひとつ分かっちゃいなかった。
「牧さん、お願いがあります。」
「……何だ。」
胸の中を渦巻く悔しさ、やるせなさが彼のある思いをさらに強くさせた。
「綾ちゃんを、貸してくれませんか。」
" 綾ちゃんを貸してくれませんか "
「俺に綾ちゃんを諦めさせたかったら、一日だけ……
いや、半日でもいい。彼女を貸してください。」
「何だと……?」
驚き振り向けば、澄んだ眼差しで頼み込む男の姿が。
綾が絡む恋愛沙汰となると周囲は不穏な空気に包まれてしまう。
どの様な返事が来るのか。沈黙とともに待っていると
「好きにしろ。」
「!」
「まっ、牧さん!」
「牧……!」
「ただし……手を出せば、どうなるか分かってるな。」
「……はい。」
あの日あの時‥‥神は彼女の頬にキスをした。
終始一貫、もう誰が迫って来ようとも揺るがない。
すでに牧の気持ちは強く固まっていた。
失ってから気付いたパートナーの大切さ。
心にまごつきはない。
デネブの存在は不必要だと話した夜のひととき‥‥
どんな障害があろうとも離れ離れにはならない。
なぜなら、お互いを信じているから。
しかし邪魔立てするならば、綾を傷付けようものなら制裁を加えるだけ。
その確固たる思いは彼の大人びた表情に表れていた。
「ところで、あれは何のマネだ。」
「……何も深い意味なんてないですよ。それよりも、復縁おめでとうございます。早く以前のように呼んでもらえたらいいですね。」
「ああ……」
" 牧先輩 "
それからというもの、牧は息つく暇なく話す。
突如割り込んできたその一言は挑発とも受け取れた。
「綾ちゃん、ケンカしてたんじゃないかってすごく気にしてましたから……藤真さんのこと。」
「そうか。だが、問題ない。
奴とは近いうちにケリをつける。無論バスケットでな。」
「それなら安心ですね。」
先日、藤真から綾への揺るがない想いを聞かされた牧。ただならぬ雰囲気だったが
神はこれから起きることはライバルへの決意表明および宣戦布告だと一瞬にして悟っており、彼女を心から安心させてあげてほしい一心で告げ口をしたのだった。
牧と藤真‥‥両雄の決着の時は、日に日に迫っている。
ーー‥
いいんだ。アイツとは、いずれ……なんとかなるさ。
ああ。課題は山積みだがな……
俺は……もう二度と無理強いはしない。
どんなに時間がかかっても構わない。
焦らず、アイツのペースに合わせると決めたんだ。
だが、何かあればすぐに駆け付けるつもりだ……!!
‥ーー
会場にて先輩の力強い意志を目の当たりにしていた清田。所構わず続けられる会話の傍で、彼は深く勘をくぐる。
( 牧さん……神さん……
見えるぞ、二人の間に火花が……
俺もどうも引っかかってる。
牧先輩……? スランプって、何だよ。
バスケが嫌いって
綾さん、一体どうしちまったんだよ……!?
まさか……これが牧さんが言ってた課題なのか?
だとしたらあの女も大量の写真のことも、未解決のまんまじゃねーか!
綾さんとの出会いのキッカケは翔陽のキャプテンで、試合に連れて来られたことだって言ってたな。なんでも一年の頃から牧さんと渡り合ってきたとか……
信じられねー。けど翔陽は湘北に負けたばかりだよな。
なのに勝敗を決めようってことは……二人は恋敵……?
俺は、もうきっぱりフラれたんだ。往生際が悪いことはしねえ。大人しく引き下がるもんだぜ。
次からは「男友達」っつーことで役に立ってみせる!
綾さんのためなら、どんなことでもやってやる!! )
― そして
この後、緊迫したムードはさらにエスカレートし由々しき事態へと発展してしまう。
プルルルルル‥‥
ロッカーから携帯電話の着信音が鳴り響く。
その持ち主は牧のもので、手にするやいなや素早く本体を開いた。画面には意外な人物の名が表示されている。
「綾のお袋さんだ。」
「「 え……!? 」」
発信者は綾の母親。
元恋人の卑劣な企みを耳にしてからというものの、牧は携帯をマメに確認するよう心がけていた。
練習中も肌身離さず身につけていたいのが本音だろうが公私混同はあまり芳しくはない。
また、親公認のカップルである二人。
万一の時のためにと互いの両親の連絡先を登録しておくことが交際するにあたっての必須条件であった。
どうか良い知らせであってほしい。
そう心の中で願いつつ、少し間を置きボタンを押した。
「はい、もしもし。」
「牧くん……! 突然ごめんなさいね。
大変なのよ、綾がまだ帰ってきてないの!」
「本当ですか……!?」
「ええ。部活で遅くなるって書き置きはしてあるのよ。
だけど、こんな時間になっても帰ってこないなんて……
何度も電話しても出ないし、牧くんなら何か知ってると思ったの。
事故や事件に巻き込まれたのかと心配で心配で……」
「…………」
胸がえぐられる様な思いだった。
さすがに親子、血は争えない。
その声は綾とどこか似ていて最後に顔を合わせたあの叫び声や泣き顔が重なり合い、苦しくて切なくなる。
時刻は夜の9時を回ろうとしていた。
余計な心配をかけぬよう彼女は出掛け前に置き手紙を残していたが、いくらなんでも遅すぎる。嫁入り前の大事な娘の身に何かあったらと考えると気が気ではない。
" 事故や事件 "
真っ先に頭をよぎるのはかおりのこと。
この言葉に思い当たる節は大いにあり
一人きりになってはいけないと再三注意を促してきた牧。最悪な事態だけは免れたいと強く求めている。
今は口約束しかできずとも、何の保証も無くとも、安心材料を与えたい‥‥ただその一心で静かな口調で話す。
「落ち着いてください。
どんなことがあろうとも、娘さんを連れて帰ります。」
「……!」
「僕が……いや
俺が綾さんを、必ず助けます!!」
( 牧くん…… )
(( 牧さん……!))
その手紙が、永遠の別れの手紙だとは言わせない。
かしこまった言葉遣いじゃない。
一人称を「僕」ではなく「俺」と言い直したことに底知れぬ決意が感じられる。
「……ありがとう。
私たちも出来る限りのことはしてみるわ。じゃあ……」
「はい、失礼いたします。」
そう言って相手が電話を切るのを待った。
ひどく張り詰めた空気‥‥
規則的な時計の秒針音だけが反響し事情を察した部員たちは皆ゴクッと息を呑む。
通話終了後、即座に綾に電話を試みるが母親の言っていた通り何度かけても繋がらずこれにはさすがの牧も焦る。
が、この直後
再び携帯電話の着信メロディーが流れた‥‥!
「 紳一 ! たすけ …… 」
「綾!! 今どこに……!!」
ツー…… ツー……
通話はそこで途切れてしまった ―
その間わずか数秒。
遠方に、かすかに踏切と電車の走行音が聞こえた。
じっとなんてしていられない。
やはり先ほどの事象は何かの前触れ。虫の知らせだと確信した。
ヒントを掴んだ牧はすぐにタクシーをチャーターし、荷物を手に取り支度を急ぐ。
周りの者にザッと事情を話して部室を出ようとすると
「ああ、分かった。」
「春野を頼んだぜ、牧!」
「牧さん! 俺も行きます!」
「俺も、お願いします。」
「神……清田……」
彼に対する激励の声と後輩の熱い視線が注がれている。
牧と神‥‥
両者が激突していようとそうでなかろうと、今はそんなことを言っている状況ではなかった。
――
数分後、校舎前に駐停車していたタクシーに乗り込む。
「お客さんどちらまで?」
「〇〇まで、お願いします。」
「……!」
とある行き先を告げると乗務員は黙り込んだ。
体格の良い牧の風貌や沈着冷静な様子に驚いたのだろうが、きっとそれだけではないはず。
ハザードランプにより照らされた男たちのシビアな表情を前にしたためだと推測する。
( し、静まるなよ…… )
「牧さん、ここは警察を呼んだ方が……」
「俺もそう思います。」
「…………」
その静けさに耐えきれなくなったのか後部座席から清田の声が。それは、まるで腫れ物に触るように。
「……それはあくまでも最終手段だ。
仮に通報したとしても、情報も少なく消息が絶たれてすぐでは手の施しようがない。
地域全体のパトロールを強化するぐらいが限界だろう。
それに、かおりのことは俺がケジメをつけないとな。大事(おおごと)にはしたくない……
おそらく綾もそう望んでいるはずだ。」
「牧さん……」
( この先には必ず綾ちゃんがいるって、確証を得てるんだ。
俺が全力で守るから心配いらないってことか……
綾ちゃん……どうか無事でいて……! )
お袋さん……すみません。
すべて俺が責任を取ります……!!
試合後、綾からの連絡はなかった。
マネージャー業も辞めることなく続けていたのか……
無理をするなと言っただろう。
アイツは、一度言い出したらなかなか信念を曲げないからな。頑固なところは親父さん譲りか。
だからと言ってこんな夜遅くまでやる必要はねーだろ。
一体何をしていたんだ……?
ーー‥
牧先輩……私……
先輩と一日でも早く向き合えるように、頑張ります。
もっともっと努力して貴方に相応しい女性になりたい。
具体的にそれがいつになるのか、そもそもなれるのか分からないけど……
‥ーー
これはいわば試練なのかもしれん。
自分自身に打ち勝つためのな……
アイツが俺のことを「紳一」と
名前で呼ぶことは滅多にない。ここぞと言う時だけだ。
今すぐ行くぞ、綾……!!
――
あれから、綾は気を失っていた。
彼女が視界にとらえたもの。それはスタンガンの光。
体を取り押さえられ必死に抵抗し
かろうじて牧の携帯電話に繋ぐことができたが、直後その高電圧の機械によりふっと意識が飛んでしまった。
気が付くとブロック塀に挟まれたまがまがしい場所に。
人気もなく唯一の光源は豆電球の様にわずかに光を放つ街灯のみ。
暖色・寒色のどんな配色をもってしても闇夜の暗黒色にはまるで歯が立たず何とも言えぬ恐怖に包まれる。
その恐怖感に上塗りをする様に、一つの影が忍び寄る。
「あ〜ら、ようやくお目覚め? 元恋人の綾さん。」
「あ、あなたは……かおりさん……!」
聞き覚えのある声に背筋が凍った。
忘れもしない。あの日あの時、牧と唇を重ねていたかおりだった ―
「気安く名前で呼ぶんじゃないわよ!!」
「っ……!」
バシッと左頬に急激な痛みが走る。
思いきり平手打ちを喰らい赤く腫れ上がってしまった。
「お〜こわ。荒れてんなぁ、雨宮。」
「かっわい〜。なかなかの上玉じゃん。」
「他人(ひと)の女ってのが興奮するよな。」
「俺はもっとグラマーな女がいい。」
「キャア……!」
見知らぬ男たちに拘束され身動きを封じられてしまう。
「一度あなたとゆっくり話してみたかったのよね。
あ、野蛮なことはしないから安心してね?
なんたって私、平和主義者だもの。」
( 目が笑ってない……こわい……! )
声にならない恐怖が綾を襲う。手荒なマネはしないと言いつつも当然の様に暴力を振るうかおり。言動と行動が伴っておらず、その手には積年の恨みとも言える強い憎しみが込められていた。
「例の写真は見てくれたかしら?」
「え……?」
「あなたのプライベートが満載のお宝よ。
下着姿まで撮られちゃって。恥ずかし〜い。
紳一ってば、ずっと秘密にしてたのね。
それほどあなたに価値も関心もないってことかしら?」
「……!!」
冷笑を浮かべ肉体的・精神的にも追い詰めていく。
日中、高頭監督が指していた「あの写真」には一体何が写っていたのか? 彼女は知る由もない。
正確には中学時代のものだが牧がいずれ明かそうとしていたことがこうもあっさり暴かれてしまった。
発言の自由もなく、一方的に会話が続けられる中
徐々にかおりの怒りのボルテージが上がる。
「ハッキリ言って、アンタは紳一と不釣り合いよ!」
「!!」
「紳一は私と愛し合ってるの。
その証拠に、この間のデートの帰りは熱〜いキスまでしてくれたんだから。
天使だか何だか知らないけど、二度と近付かないで!
もしも無理だって言うなら
あの花みたいにぐちゃぐちゃに踏み潰してやるわ!!」
ショッキングな事実が次々と判明し愕然とする。
あの日の記憶が何度でも巻き戻される。
狙いは綾への報復ならびに牧との復縁。
かおりには再度別れを告げたと言っていたが、案の定それにより逆上し標的にされてしまった。
不可抗力‥‥口を封じられ、声を出したくても出せず体の自由もきかない。
操り人形の様にされるがままの状況だった。
「おい、もういいだろ? 我慢できねーよ。」
「お好きにどうぞ♡」
痺れを切らした男たちは、その一言をキッカケに
待ってましたと言わんばかりのいやらしい目つきに一変。ドサッと綾を地面に押し倒した。
「キャーッ! やだ、やめて……!」
「おらっ、大人しくしろ!」
制服のベストやリボン、ブラウスのボタンを強引に引き剥がされ健康的な素肌と下着が丸見えになる。
男は体の上に乗りかかり両手首を押さえ、またしても自由を奪う。
「っ……!」
「うほっ。白……やべー、そそる。」
「しかも巨乳だぜ。脱いだらスゲーってやつ?」
力の差は歴然だった。必死に抵抗するが男の腕力に敵うはずもなく、とてもじゃないが太刀打ちできない。
どの様な仕打ちをされるか見当がつかずにいた彼女だがこの時ばかりは悟った。
このままでは取り返しのつかないことになる。
犯されてしまう、と‥‥
( すごい力……! 全然びくともしない。
こんな……こんなの、イヤだよ……!
もう、お嫁に行けなくなっちゃう……!
だけど
よくよく考えてみたら
ううん、どう考えたって自業自得だよね。
なるべくしてなった結果なんだ。
私が不注意だったから……
ちゃんと言いつけを守らなかったから……
貴方の優しさに甘え過ぎてるから……
これで防御できるなら……みんなを守るためなら……
でも
怖いよ、痛いよ、寒いよ……
助けて …… 紳一 ……!! )
「「そんじゃ、いただきま〜す!」」
万事休すかと思われた、次の瞬間‥‥!
「「 俺たちの天使に手を出すな!! 」」
「なに!?」
「誰だ!」
どこからともなく威勢の良い声が聞こえる。
かすり目だが、塀の上に複数のシルエットが見えた。
「「 正義の味方、ふたたび参上!! 」」
「み、みんな……!」
「ここで会ったが百年目! とおっ!」
「花道はまだみたいだな。」
「大丈夫か? この野郎、散々手こずらせやがって。」
「良い子はおウチに帰っておねんねしようぜ。」
自慢のマドンナこと綾のボディガード・桜木軍団が登場。
性的な部位に触れられる一歩寸前
この絶体絶命のピンチを救ったのは彼らだった。
彼女の悲鳴を聞きつけ、颯爽と地上に降り立つ。
「わりぃ、遅くなっちまって……
指一本も触れさせねぇつもりだったのによ。
ヘマこいちまった。
だけど、このアジトとあんたらの情報は掴んだぜ。」
「そーそー。コイツが何もかも白状してくれたぜ。」
「クソっ……」
「男なら拳で勝負しようぜ!」
「こんなことがバレたら即退学、もしくは謹慎処分だぜ? そーなりゃ俺たちとおそろいだな。」
日中、綾が走り去っていく間際
草むらに潜んでいた一人の男が取り押さえられていた。
大楠らにカナを託し、ひとり逃亡者を追った水戸。男はカッターやナイフといった凶器を隠し持っており顔面を負傷してしまっていた。しかし軍団のリーダー格である彼がケンカで負けるはずもなく難なくその身を捕らえる。
それからと言うものの捕虜として素性を暴露させこのアジトの所在地を突き詰めた。
一同は一斉に拳を構え、戦闘体勢に入る。
「春野さん、無事でなにより……
……!?」
肩から腰にかけて露わになった素肌。
辺りには明らかに脱ぎ散らかされた制服。
そして赤く腫れ上がった頬。
うしろを振り向き、真っ先に目に飛び込んできたものは無惨な彼女の姿。ほとんど衣服を身にまとっておらず痛々しい傷痕も顕著に見られ、ひどい有り様だった。
水戸は無表情のまま静かに怒りを燃やす。
「……あんた、いつまでまたがってんだ。」
「チクショー、邪魔しやがって!」
「水戸くん……!」
みぞおちに強烈なパンチが入り、よろけてうずくまる。
「ぐはっ……」
「おい……まだだぞう。
こんなんでくたばるようなタマじゃねーだろ。立てよ。」
「……!」
「女の子をいじめる奴はこうだ!」
さらにはストレート、アッパーカットと重たい一撃一撃を喰らわせ男は地面に伸びた。
水戸洋平。ケンカの腕前はズバ抜けて高い。
彼の人柄を知っているだけに、その変わりように綾は少々身震いがした。
― するとその時、三人の男たちが駆けつける。
「綾さん! おめーら!」
「春野! 無事かっ!?」
「春野!」
「「 花道! 」」
「えっ……桜木くんに、先輩……!?」
例の秘密がバレてしまったのかと三井と木暮の存在に動揺する綾。
しかし今、問題視すべきはそこではない。
「すみません、つい口がすべってしまって……
しかし、もうダイジョーブです!
あとはこの桜木におまかせあれ!」
「でっ、でも……」
「ああ……なんてことだ……」
修羅場と化した現場。
大事な後輩が精神・肉体とともに傷つき、敵陣の群衆が血を流しグッタリと倒れ込んでいる。
木暮からすれば襲撃事件以来の驚くべき光景だった。
「春野さんには悪いが、
バレちまったもんはしゃーねーな。」
「…………」
「例の件はうまくいったんだな。」
「おうよ! バッチリだ!」
「おせーぞ! 花道!」
「悪党どもはほとんど成敗したぜ。」
「オモチャは早めに片付けるべし!」
高校に入りバスケットを始めてからは部活動に全精力を注いでいる桜木。
彼女を救ってやってほしいと託した水戸は、成果が得られたと聞きほくそ笑む。打ち込むものを見つけた彼なら必ずやってのけると信じていたのだ。
が、正反対に三井はこの惨状に哀れみの声を上げる。
「多勢に無勢じゃねーか!
なにも女一人にここまで……!
ん……? そういや、ここは……」
「ここはミッチーとケンカ仲間に会ったところだ。
どうやら奴らとは繋がってたみたいだな。」
「ケンカ仲間……?
そうだ、思い出したぜ。あのとき鉄男が……!」
「ぬ? テツオ……ああ、あのヒキョー者の仲間か!」
綾の悲鳴だけを頼りに駆けつけた一行。ふと辺りを見渡せば何となく見覚えのある場所だった。
「湘北高校前」彼らの最寄り駅近くにある路地裏。
県予選・第三試合 高畑高校との戦い当日、竜率いる不良グループの一員が仇討ちとして鉄男と三井を襲撃。
二度と喧嘩はしないと安西監督に固く誓った彼はもちろん桜木も一切手を出すことはなかった。
偶然通りかかった桜木軍団は鉄男とタッグを組み男たちを返り討ちに。今回の事態もそれと繋がりがあることが分かり、異常なほどの執念の深さがうかがえる。
「綾っ!!」
「「……!」」
数分後、またも悲鳴を聞いたのか
はぁはぁと息を切らした流川の姿も‥‥
「ルカワ……! 今までどこで油売ってやがったんだ!!
だからてめーなんかに任せて……!!」
「…………」
当然のごとくスルーをする流川。
何も言わず、自然と彼女を庇うようにして立つ。
( 楓くん…… )
「コラァ! この天才を無視しやがったな、上等だ!」
「おい、桜木!」
「なんで止めんだ、ミッチー!」
「想像を絶するよ……」
「……!」
「いくら流川でも、こんなことになるとは予想だにしなかったんじゃないか。俺だってそのうちの一人だ。二度もこんな惨状を見る羽目になるなんて……」
「メガネ君……」
「木暮……」
ただならぬ雰囲気を感じた三井は遮る様にして叫んだ。
駆けつけた際、流川の姿はなかった。
となると隙を突かれて連れ去られたことが分かる。
この様な事態に発展するとは思ってもみなかったはず。
よって彼を責めることはお門違いだと木暮は言う。
「なっ…… 寄ってたかって、一体何なのよ!」
「何って、ただの通りすがりの用心棒さ。
……あんたと会うのは二度目だな。」
まるで四面楚歌。必然的に標的は親玉に向けられた。
たじろぐかおりに、水戸は一歩ずつ迫り寄る。
「春野さんがどれだけ傷付いたか、思い詰めてたか……分かってんのか。
もう彼女には関わらないと言え。
二人には二度と近付かないと言え。
さあ、近付かないと言えよ、主犯……!!」
「……!」
「水戸くん……」
「「洋平……」」
「「…………」」
怒り狂った彼の勢いは止まることを知らない。
主犯格であるかおりを容赦なく追い詰める。
「しっ、知ったこっちゃないわよ、そんなこと!!」
「…………」
答えはノーだと、自分には関係ないと大声で叫ぶ。
その直後‥‥彼女は綾の体をじっくりと見やる。
「フン、いい気味。アンタみたいな女、とっとと消えてほしいんだけど。紳一も何でこんなのがいいんだか?」
「「!?」」
「どうせアンタも「神奈川No. 1の彼女」だとか「帝王の女」っていう肩書きが欲しくて
周りに羨ましがられたくて、色目使ったんでしょ!? あーー、ほんっっと憎たらしい女!!」
地位や名誉が欲しいがために牧を利用し
周りにチヤホヤされたいだけの計算高い悪女なのだと、これでもかと当たり散らす。
その言い回しからは自分自身に向けて言っている様にも聞こえた。それはこの場にいる誰もが思ったことだ。
強い恐怖から立ち上がれずその場に座り込むことしかできない綾。
それをいいことに見下した態度を取り、恨みや憎しみの込もった言葉をぶつけるかおり。
ここから天使と悪魔による心と心のぶつかり合いが始まる。
「ジイの女! 綾さんに向かってなんてことを!!」
「往生際がわりーな……」
「チッ……」
「「も」ってことは、それがあんたの本音か……それにしちゃあ陰湿だな。」
「まったくだ。女の恨みってのは末恐ろしいな。」
「だけど言って良いことと悪いことがあるぜ。」
「その通り! 男は度胸、女は愛嬌!」
悪どい考えも卑しい気持ちも一切ない。
彼女はそんなしたたかな人間ではないと怒りを露わにする男たち。
「ちっ、違うっ!! そんなんじゃない!!」
「「……!」」
が、外野の言葉に聞く耳を持たず
誤解だと声を張る綾にも怯むことなく続ける。
「私に意見する気!? なによ、ちょっと可愛いからってもてはやされて、ただの八方美人でしょ!!」
「っ……確かに不釣り合いかも知れない。
身分が違い過ぎるし、あんなに素敵な人に出会えたこと自体、奇跡なんじゃないかって思ってる。
私がちゃんとしないからいつもいつも困らせてばかりで
衝突して、すれ違って、気持ちが分からなくなって
顔や名前はおろか、大切なことも言えない有り様で……
だからこそ
先輩に見合った人になろうって試行錯誤してて……」
荷物を持つ手は弱々しかった。
恐怖心や外気温の低さにより身体は衰弱していたが彼女のハートは熱く燃えたぎり、その小さな拳には何事にも屈しない力強さが込められていた。
「地位も名声も、何も要らない……!
私は、私は……No. 1だから好きになったんじゃない!
一人の男性として、人間として、尊敬してる!
どんなに小さくてどんなに地味な花でも
見つけてくれて、摘んでくれた!
優しくて、包容力があって、向上心があって
綺麗なものを綺麗だって言ってくれる
そんな彼が
紳一が、大好き……!!」
「綾さん……」
「春野さん……」
( ………… )
(( 春野…… ))
(( 綾ちゃん…… ))
断じて寝言ではない、牧への一途な想いが飛びだした。
夜桜が夕闇に彩りを添える様に
あたたかな桃色の花びらがひらひらと心の宙を舞う。
牧紳一という人物が有名であるからこそ、そのプレッシャーに押し潰されそうになるが
フィルターを通して見るのではなく見習うべき存在だといつも敬意を持って接している。
憧れの対象である藤真然り、彼もまた自分には釣り合わないと現在進行形で尻込んでおり
出会えたこと、そして両想いでいられることも総じて奇跡だと感じていた。
「油断したな! この女がどうなってもいいのか!?」
「きゃあっ……!」
「でかしたわ!」
突如、ダウンしていた男が綾の両手首を掴んだ。力任せに起立させられ足元がよろめく。
彼女の訴えもむなしく再び動きを封じられてしまう。
「野郎……! 離しやがれ!」
「何をするんだ!」
「てめーら、大概にせい!!
きたねーぞ! ヒキョー者の仲間はヒキョー者か!
おのれ……手を出せないのをいいことに……!!」
( 許さん……!)
「よせ花道! それは俺らが……!」
「「 流川! 」」
「暴力だけは、ダメっ……!!」
「綾さん!」
「……!」
腹わたが煮えくりかえるとはまさにこの事だった。
綾を人質に取られ、卑怯なやり方に憤怒する一同。
三井、木暮、流川、桜木。
彼らは大舞台で活躍している現役のバスケットマン。
暴力だけは絶対にしてはならない。
切実な叫びが辺り一面に響くが
彼女を盾にされては身動きが取れず救出することもままならない。この現状を打開する策はあるのだろうか?
― すると、その時
「おっと……本物の王子様の登場だぜ。」