空っぽの心〜獅子奮闘 編
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夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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― どこまでもどこまでも続く青空。
広いフィールドを走り抜けて、ボールを追い掛けて、チームを勝利に導いて……
一目惚れから始まった生まれて初めての恋。
いつも笑顔を絶やさない貴方にどんどん惹かれていった。
卒業後は強豪校に進学したって聞いたけど……
好きな人とは結ばれたのかな……?
元気にしてるかな。港くん ……
胸の中で輝き続ける、初恋の人との淡い記憶。
甘くも苦い当時の恋を振り返っていた。
しかし思い出は思い出のまま‥‥
錆びついてしまわぬよう
瞼と共にその心のアルバムをそっと閉じた。
彼女が不在にしている間、また傍ではどの様なことが起きていたのか?
時間を巻き戻せば情景が浮かび上がってくる。
――‥
流川と三井が特別コーチとして着任している際、綾と再び二人きりになろうと閃いたせっかくの作戦が失敗に終わり悔しがる桜木に、木暮がそっと励ましの声をかけていた。
「まぁいいじゃないか、桜木。」
「ぬ……?」
「ほら、春野の顔を見てみろよ。あんなに喜んで、嬉しそうで何よりじゃないか。」
「た、確かに……」
「昼間の試合……すごく辛そうにしていたし、逃げるように会場を出て行っただろ。
少しずつでも元気を取り戻してるみたいで安心したよ。
お前たち二人にどういった経緯があったのか知らないが……頼んだぞ、名コーチ!」
そう言って肩を軽く叩いた。
「メガネ君……本当にイイ奴だな、キミは……
ま、まかせい! 隕石のごとく現れたバスケット界のスーパースター・桜木ィ!!」
「ハハハ、その意気だ。」
本日行われた武園 対 海南との試合。
やはり無理がたたったのか‥‥
終盤になるにつれ、ますます沈んでいく彼女の辛そうな横顔を桜木は見ていられなかった。
それは近くに居た赤木や木暮も同様であり、飛び出して行く姿が目に焼き付いていたのだ。
また、フリースローは2分の1、そして3ポイントは完成形ではないにしろゴールネットに触れられただけで本人は大喜び。少しずつだが笑顔が戻り、楽しそうにしていた。
‥――
そして三井と綾が体育館を出て行ってからというものの、ジッとはしていられず聞き耳を立てそっと扉を開こうとする人物が‥‥
「ミッチーと二人で、一体何を……」
「のぞくな、悪趣味。」
「るっ、ルカワ!
この低血圧のムッツリ野郎め……!
人を下心見え見えだと!? おめーこそタテジマな気持ちだったくせに、ジャマすんな!」
「んだと?
それを言うならヨコシマだ、どあほぅ。」
「ぐっ……!」
桜木の所業に流川はすかさず悪態をつく。
ストライプだのボーダーだのと意味不明な言葉が行き交うが、邪(よこしま)な魂胆がバレバレな上に二人きりの時間を台無しにされてしまいどうやら苛立ちを抑えきれない模様。
水と油の様な二人。非常に相性が悪く、バチバチと辺りに熱い火花を散らす。
木暮はというとトイレに行くと席を外しておりこの場に消火や後始末をする者は誰も居ない。
「さては、綾さんと一緒だったからってこの天才をひがんでるな?」
「フン。誰が。」
「なんせ俺には「二人だけの秘密」があるからなぁ。秘密だから誰にも言えないけど!」
「別に……テメーから教えてもらいたくもねぇ。直接アイツから聞き出すまでだ。」
「なに!?」
先日明かされた、綾が苦しんでいる背景の1つでもあるその秘密事項。
厳密に言えば軍団のメンバー達も耳にしていたため「二人きり」ではないのだが‥‥
優位に立てるアイテムを所持していると思い込んでいる桜木は横柄な態度を取るが、羨ましがられるどころか相手の一歩先行く発言に逆に驚かされてしまっていた。
この負け犬、いや負けギツネめ……
強がりやがって。悪あがきはよせ。
何と言っても俺は「期待の星」だからなぁ~!
ん……?
ーー‥
桜木くんもね…
このお花みたいに、皆の期待の星なんだよ。
‥ーー
「も」って…… ハァ……
しかし、あぶねぇあぶねぇ。
さっきは危うく告白するところだったぜ。
まぁルカワのおかげじゃねーけどな!
今にその生意気な鼻を明かしてやる……!!
あんな野郎のことはさておき
バスケットは近道だが、こっちは少しぐらい回り道をしたっていいよな。
ガンガンアピールしたいのは山々だが中学の頃のような失態をおかすわけには……
「ごめんなさい」は、いい加減聞き飽きたぜ。
それに綾さんは今それどころじゃねえからな。慎重にいかねえと……
仲を深めるどころの騒ぎじゃなくなっちまう。
それにしても写真の綾さん、イカしてたなぁ~。本物はもっとイイけど♡
初恋の相手はジイでも、ホケツ君でもない。
ならどこぞの馬の骨が……?
あの時、大したことじゃないとか秘密だとか
ことごとくかわされたが
一体何を言おうとしたんだろーか……?
まあいいや。この天才を頼りにしてることに間違いはないんだからな。
相手が誰だろうと、ドンと来やがれってんだ。綾さんはこの俺が救ってやるんだ!そう決めたんだ!!
" 二人だけの秘密 "
サルがほざいた言葉……
別に引っかかりゃしねえ。んなもん無視無視。
んなことよりも、アイツの手。
オトコとオンナはこーも違うのか。
初めて触ったんじゃねーけど
改めて見ると、ちっせーし……すげぇやわらかかった。
今まで何度も肌に触れる機会はあった。
ここでガクガク震えてたとき
告白して無理矢理キスしたとき
自転車でニケツしてるとき
そして、試合で倒れたとき
ベッドで横になってるアイツをそばで見てた。
ずっとあの手を握りしめてた。
経歴?戦歴?どーでもいい。
片手でボールを持てようが
目をつむってシュートを入れられようが
この手で好きなヤツを……
綾を守れなきゃ意味がねー。
ーー‥
牧先輩とは、一度別れてしまって……
初心に返るといいって、藤真さんが……
ご指導よろしくお願いします。桜木コーチ!
楽しみにしてるからね、スラムダンク……!
‥ーー
どあほぅにコーチしてもらってんのだけは100%理解できねーけど……
「隠し事」は、だいたい見当がついてる。
どーせまた無理して自分を犠牲にして、何かを庇ってるに決まってんだ。
あの冷や汗まみれの顔を見れば一目で分かる。
「フリダシ」あれは決定的だった。
予想してた通り、ぶち当たってた。
解決させようと必死こいて、努力してた。
ダンク……辛かったんだな。たぶん。
奴を思い出すから。
だからあのとき、あんな悲しそうに……
何か大事な約束でもあるのか……?
翔陽の次は海南か。
強豪だろうと何だろうと、どのみち闘わなきゃならねーんだ。
俺にとっちゃ単なる通過点にすぎねえ……
綾が言ってた、でけー壁。
よじ登れねーなら、俺がやる。
一切合切捨てさってでも、挑んでやる。
悩みの種を、取っ払ってやる……!
牧……絶対に、勝つ……!!
――
あの後すぐ、二人は体育館に戻ってきた。
唇さえ重ねている場面ではなかったものの顔と顔を近付け、キスをしていたと疑われても仕方のない光景を目の当たりにした三人。
当事者である三井を好奇の目で見つめる。
また、桜木は行き場のない怒りや喪失感であふれ返っているが彼女の手前自身を抑えていた。
「ぐっ……ミッチー、綾さん……」
「三井……」
「…………」
「なに見てやがる。見せモンじゃねーんだぞ。」
( 先輩…… )
悪びれた態度など微塵も見せない。
が、対する綾はそんな三井に立つ瀬がなく少しばかり気まずさを感じていた。
「さあ休憩はおしまいだ! さっさとやるぞ!」
「「……!」」
「こうなりゃ乗りかかった船だ。
最後までとことんお前らに付き合うぜ。」
「ミッチー……」
「三井先輩……」
「そうだな。今度は俺にも手伝わせてくれ。」
声を上げ仕切り直す三井。
ああは言っているが、はなからそのつもりでいたことは誇らしげな顔つきからも見て取れた。
同じ過ちをおかしてはならない。強引に引きずってでも暗闇から救出しなくてはいけない。
つい先ほど頭を下げたばかりだというのに未だ心の中にかかった霧は晴れず、罪の意識を抱えたまま‥‥
彼は後輩の一人でもある綾のことを放ってはおけなかった。
これから先は時間が押しているため、急ピッチで取りかかることに。
「天才バスケットマン教室? 近道?
なんだそりゃ。」
「へぇ、基礎中の基礎をしっかりやってたのか。今の春野にはピッタリの内容じゃないか。さすがだな、桜木。」
初心に返り、また桜木がコーチをしているとは把握していたが因果関係までは知らず基本の挨拶から始まり
ダッシュ、ドリブル、そしてボール研き。
今までこなしてきた講習内容や経緯を話した。
三井がしでかしたことに加え
先ほど綾が語っていたこと
そして謎に包まれた初恋の人物の存在。
我に返った桜木は現在自分が置かれている立場(持ち場)をわきまえ、ごっちゃになったその複雑な気持ちを胸の中に閉じ込めた。
「はっ……ははは!トーゼン!
君たち庶民とは目のつけドコロが違うからな。
あ、綾さんだけは別ですよ、別。」
「え?」
「すべてこの名コーチが考えた作戦だ!」
「やれやれ。ヤブ医者ならぬヤブコーチめ。」
「おのれルカワ……!
なんたって秘密兵器ですよ
ヒ ミ ツ ヘ イ キ!ねぇ、綾さん♡」
ぼやきを難なくかわし綾に話を振る桜木。
それは、この二人にしか分からない合言葉。
「春は秘密兵器」だという、まさかの発言。
それまでは準備期間として体を温めておこう。
花びらは散ろうとも自身は散ることはなく、オールシーズン満開だと自信満々に言い切り
時には教える立場に立ちたいだろうと開校された一般庶民から天才に近付くための軌跡。
絶望から希望へ‥‥お先真っ暗だった彼女に光が差し込んだ瞬間だった。
「うん、桜木くんは名コーチだよ!
来年度のキャプテンだもんね?」
「おうよ!
次期キャプテンはカクでもシオでもヤスでも、もちろんリョーちんでもない!この桜木だ!」
「お前ら、宮城が聞いたら泣くぞ。」
次期主将の有力候補である宮城。
4番のゼッケンをつけることは明確だが
日中、彼女は部室にてチームメイトを信じ勝利を願っていると根底にある強い思いを語っていた。
優れた名コーチ・頼もしい先輩になると再び持ち上げられた桜木。おだてられすぐその気になってしまう。
――
パスの基礎、ボールハンドリング、スクリーンアウト、持ち前のジャンプ力を活かしたお得意のリバウンド。更には桜木が「庶民シュート」と呼ぶ基本のレイアップシュート。
桜木はその後、上記の基本テクニックを伝授した。
これらはすべてキャプテンの赤木やもう一人の主力マネージャーである彩子からみっちりと教えられ、また培ったもの。
この1時間は根を詰めかつ凝縮された
天才になるための近道である全10レッスンをこなしたのだった。
― そして‥‥
コートの中心で向かい合う二人。
ギャラリーはもちろん三井、木暮、流川のみ。
どうぞこちらへ! と手招きをされた綾はこれから何が始まるのかと疑問を抱いたが皆にまじまじと注目され、まるで表彰台にでも立たされている様なこの状況に照れ臭さを隠せない。
桜木はコホン。と一息つき襟を正す。
「えー……とんだジャマが入りましたが
よくぞすべての修行を成し遂げました、綾さん。もうこの天才から教えることは何もありません。
今日からアナタもジーニアスの一人です!!
卒業の証として、なにか記念品を……」
「えっ、コーチ……?」
「「 ジーニアス? 」」
「はは、「天才」か。まるで卒業式だな。」
「うむむ。
記念メダルか、天才と彫られた消しゴムスタンプか。いや、直筆のサインも捨てがたい……」
思いも寄らない発言だった。
頑張った生徒へ、形として残る物を贈りたい。
木暮の言う校長ならぬコーチは記念品を何にするべきかと腕を組み考え込んでいると
「ううん。何も要らないよ!」
「……!」
「自信をつけさせてくれた。それだけで大満足だよ!」
「し、しかしそれでは……」
「じゃあ、私を51人目のお友達にして?」
「綾さん……!」
大それた品なんて要らない。
一人きりでは到底気付けなかったことを気付かせてくれた。
体を張ってバスケの楽しさを教えてくれた。
不甲斐ない自分に、あれこれと手を尽くしてくれた‥‥
「まさか、もっといる……? 100人とか……?」
「いや、さすがに3ケタは悲しい……」
「悲しい?」
「も、もう既に友達じゃないすか、友達……!
マイフレンド……いや、ベストフレンド!」
「ありがとう……」
昨日、校舎裏で話していた
50人目の友人だという葉子の存在。
こんな貴重な経験を得たのだから、他には何も必要ない。だが形式上どうしてもと言うならば
自身を51人目の友人にしてほしい。
桜木が自分のことを好きだと分かっている。
そう知りながら友などとは酷い仕打ちであり、きっと彼は心苦しいはず。
いつしか恋に破れ胸を痛める日が来るだろう。
だが、これは彼女の純粋なる願いだった。
こうして数時間に及んだ天才バスケットマン教室は幕を閉じ、綾は周囲のサポートを得て無事天才バスケットマンならぬ
「天才バスケットウーマン」の称号を手に入れたのだった。
制服に着替えた一同は‥‥
「「 ジャンケンポン! あいこでしょ! 」」
男たちの威勢の良い声が響く。
突如として始まったジャンケン大会。そのメンツはもちろん桜木、流川、三井だ。
誰が綾を自宅まで送って行くか決めるためのもので、話し合いでは収拾がつかず今に至る。当の彼女は呆気に取られていた。
「俺の勝ち。」
「ルカワ……! てめー、後出ししたんじゃねぇだろーな!?」
「くそっ……」
「時の運も、勝負のうち。」
「ゔっ、それは綾さんの……」
この度の勝者は流川。
問答無用といった具合に負け惜しみの言葉を叩っ斬る。
夕食時、彼女が放った受け売りの知識に
それより先は何も言えなくなってしまった。
「先輩は送りオオカミになりそうだから却下。どあほぅは論外。よってジャンケンに勝った俺に決定。」
「なにィ!?」
「ンだと!?」
「おい、流川……!」
「行くぞ、綾。」
「楓くん……」
追い討ちをかける様にダメ押しされ
怒りの炎が燃え上がるが、ジャンケンは公平であり勝った自分に決定権があると彼の持論に言いくるめられてしまう。
「桜木コーチ、先輩方、お先に失礼します。今日は本当にありがとうございました……!」
「おつかれ。今日はもう休めよ。」
「ぬっ、綾さん……!」
「…………」
慌てて挨拶を済ませ校舎を出ようとすると、ある人物に呼び止められる。
「春野。」
「!」
「先生が言ってくれた言葉、覚えてるよな?」
「えっ……?」
「……オレたちはってやつ。」
「あ……! はいっ、もちろん……!」
ーー‥
オレたちは強い!!
‥ーー
「もう充分強えよ、春野。
お前は、一人じゃないんだからな。」
「三井先輩……」
「三井……」
「ぐぬぬ、ミッチー……」
呼び止めたのは三井だった。
それは " 湘北の合言葉 "
安西監督からの教えは幾つかあるが
流川のヒントもあり、記憶の引き出しからすぐに取り出された。
決して一人じゃない。俺たちがいる。
だからもっと胸を張れ!
そんなメッセージが込められているのだろう。
最愛の彼に別れを告げられ、なお努力を怠らず問題にたった一人で直面しようとしていた綾。精神面においては十二分に強いと彼なりにそう褒めたたえた。
自然と綾のそばに歩み寄りニヤリと悪戯に微笑みかける。
男は目線を下に、女は上に。
昇降口の薄暗くぼやけた灯りが双方の顔色を照らす。
三井がこちらに来た瞬間、潮の香りがスッと鼻の奥を突き抜けた。
これは先ほどウトウトしかけた際にかすめたもので本人は無意識だが
どこか牧の面影を探してしまっていた‥‥
その後
一人を除き、彼女を見送った男たちはというと
「わっ、分かったぞ!ミッチーが
綾さんの初恋の人なんだな!?」
「「!?」」
「だからダニーズにも、部室の花も、さっきもあんなに楽しそうに密会を……!
おまけにハレンチな発言に綾さんにせっ、接吻まで!
ジイの女のことも知ってたくせに、黙ってやがったな!しらばっくれやがって……!!」
「ああ"!?
ガタガタうるせーな、アホなこと抜かすな!」
「やめろ、突然何を言い出すんだ!
ケンカはダメだぞ、桜木……!」
大ブーイングの嵐。
例のキス疑惑事件以降、胸の中に溜め込み
また押し殺していた気持ちがついに爆発してしまった。
どんな相手だろうと物怖じしない彼は三井に対しストレスをぶつけ、ここぞとばかりに執拗に言い掛かりをつける。
「メシ屋に行ったのは、俺が罪滅ぼしを……」
「その罪滅ぼしってのは口実なんだろ!!
コージツ、コージツ、コージツ、コージツ!」
「さっ、桜木!」
桜木は揚げ足を取り、繰り返し叫んだ。
部室内に飾られた花(オダマキ)までも、三井には許可をもらっていると‥‥
そして、おとといの夜
ラーメン屋の帰りに水戸から綾への気持ちを激白された桜木。牧と一緒に居たという謎の女性が関係していると話していた。
翌日に問いただせば、図星であることが判明。
ということは
" ダニーズへと赴いた三井もその人物を目撃したはず "
その証拠に、宮城に先日問われた時には
明らかに動揺し何かを言い淀んでいた。
だがそれは自身の不甲斐なさや彼女の泣きじゃくる姿を大っぴらにすることもないと気持ちを察し、またプライドが邪魔をしたからであり下心があったわけではないと思われる。
しかし彼女はかおりのことを見知らぬ女性だと言ってごまかし、秘密をひた隠しにしている。
よって部員たちは真実を知らないまま。
当然ながらこれではどこの誰かも分からない。
果たして、この推理は当たるのだろうか?
「下心なんか……最初っからねーよ。
春野とはついこの間会ったばかりだろーが。第一、高1で初恋とか遅すぎだろ。」
「じゃあ、どこのどいつが……」
現在その相手を把握しているのは
友人である神に清田とカナ
さらに、牧の4人。
その牧でもなく藤真でも、三井でもない。
またしても予想はハズレに終わり、二人きりでいた際もはぐらかされてしまった。
初恋の人物が気になって仕方がない桜木だが
このまま迷宮入りになってしまうのか。
ーー‥
しんいち……
すきだよ……
あいたいよ、しんちゃん……
‥ーー
( あいにく、俺は牧じゃねーよ……
春野……
先輩なんて、いつまでも他人行儀なこと言ってんなよ。
(寝言と)同じように呼んでやりゃあいいだろ。
会いたきゃ会いに行きゃあいいのによ。
そうもいかねーのか……?
桜木の奴、この俺にイチャモンつけてきやがって! 一年坊のクセに何様のつもりだ!
初恋だァ……?
あのバカは、またワケわかんねーことを……
そんなに気になるか?
どうせ報われないんだから、やめとけやめとけ。
宮城に言われてハッとしたぜ。
いつまでも過去にこだわっててもしょうがねえだろ。
到底、俺が言える立場じゃねーけどな………
例の紫色の花、名前を聞いときゃ良かったな。
木暮や彩子にでも聞いてみるか。
…………。
あの時、話しかけたのも
体育館の端にいたアイツが……
春野の背中が、さみしそうだったから……
「誠実」な彼氏とは元サヤなんだろ。ならもう笑い話だろーが。急に無口になりやがって。
アジサイ……
別れたことと何か関係があるのか? )
三井は段々と目を伏せ、彼女を思い考え込む。
寝言により明らかになった綾の本当の気持ち。胸の奥底に潜んだその想いは彼らの心を強く揺さぶった。
「落ち着け、桜木!」
「ふぬーっ! ええい離せ、メガネ君!
綾さん、なぜルカワなんに……!」
一方で、まだほとぼりは冷めていなかった。
先ほどから桜木は木暮に取り押さえられている。
一番の怒りの矛先はこの場には居ない
最も憎き終生のライバルへと向けられた。
「俺は専属のボディガードなんだよ!
あのキツネ野郎こそ、送りオオカミになるに決まってんだ!
綾さん……綾さんは俺が、この桜木が守るんだ!!」
「……!?」
「は……? 守る……? ボディガードだと……?」
捕われの身となった危険動物は高くシャウトし激しく自己主張をする。そのただならぬ雰囲気や言葉の内容に何かを勘付かれてしまう。
と同時に、以前の水戸の発言が浮かび上がる。
ーー‥
お姫様は、黙って騎士に守られてればいいんだぜ。
‥ーー
「どういうことか説明しろ、桜木!!」
「ハッ……!しまった……!」
怒りに任せ、うっかり口を滑らせてしまった。
秘密厳守。大船に乗った気でいろと
自身が守ると約束を交わしたばかりだったが、失態を犯してしまった桜木。
― 渋々事情を打ち明けると‥‥
「バカヤロウ! なんでそれを早く言わねえ!」
「うるせー!
約束したんだよ、綾さんと……」
「なっ……! テメェ……!」
「こんな時に、やめろよ二人とも!」
綾から貰った真っ白いTシャツ。
その胸ぐらをグッと掴んで桜木を睨みつける。
謎に包まれていた隠し事の全貌が明るみになり辺りは険悪な雰囲気に一変した。
己のくだらないポリシーのために、今の今まで重要事項を隠し通していたことに三井は怒り心頭だ。
こんな奴に構ってる場合じゃねえ、と手を離す。
以前鉢合わせした謎の女性は
牧の昔の恋人であること。
また放っておけばいつしか消失してしまうかも知れないという彼の予想は見事に的中した。
「くそっ……春野の身が危ねえ……!行くぞ、桜木!!」
「ミッチー……お、おうよ! トーゼンだ!!」
綾が狙われていると知り、居ても立ってもいられない。救出に向かおうとすると
「待て!」
「「……!」」
「急を要することは分かってる。だけど
幸いにも、今は流川が一緒なんだ。
アイツを信用しようぜ。大丈夫さ、絶対。」
( なぬ、ルカワだと……!? )
( あの野郎……! )
そう。何も一人きりじゃない。
今、綾は流川という心強い人物と一緒に居るのだ。よって何の心配もいらない。
チームメイトをもっと信頼するべきだと木暮は諭すが‥‥
「「 絶ッッ対に信用できねーー!! 」」
「なっ……お前たち……
よし、まだそう遠くへは行っていないはずだ。行こう、三井、桜木!」
「「 おう!! 」」
負けん気の強さは桜木と同等か、それ以上。
先輩に対しても生意気な態度を取る流川。その名前が挙がるなり二人の呼吸はピッタリと合わさった。
こうして事態は一刻一秒を争う危機的状況に。
真っ暗闇の中、大急ぎで彼女の後を追いかけるのだった。
三井らと別れて十数分後‥‥
自宅へと送り届けてもらっている中、綾は流川の数歩うしろを歩く。
なぞらえて言えば、それは登校班のよう。
班長とはぐれない様について行くのに必死だった幼少時代を思い出す。今現在も大差は無く
あるジレンマを抱える彼女はその大きな背中に続くだけで精一杯だった。
( 警戒した方がいいって……
前に紳ちゃんが言ってた……
楓くんと、また二人きり。
家まで送り届けてもらってる上に
三井先輩の隣で居眠りしちゃったり、さすがに反省……もう言い逃れ出来ない。
謝ったところで、許してくれないよね……
だけど今度、きちんと謝罪しよう。
もう何日も待たせて……
ずっと待っててくれてるんだもん。
紳ちゃん。
皆のおかげで、原点に帰ることが出来たよ。
私……少しは頑張れたかな。
「よくやったな」って褒めてくれるかな。
心の中にはまだ空洞があって、不完全だけれど
貴方に相応しい女性に近付けたかな……?
いつか再会できる時がやって来ても
顔をしっかりと見つめて名前を呼んで、
あの日みたいに
バスケのことも、貴方のことも、大好き!って
胸を張って言えるように
準備運動をして体を温めておかなくちゃ……! )
彼はいつだって両手を広げ待っていてくれる。
少しずつだが元気が戻り、自信もついてきた。
スタート地点で足踏みをし続けることで
バスケが楽しいと直感的にそう思えた。
桜木が発した言葉である
美しい桜の花を咲かせるための準備期間。
ウォームアップということは、言い換えれば牧に逢える日も近いということ。
罪悪感はあれど
無性に彼の笑顔に逢いたくてたまらなかった。
― そして
「楓くん……」
「?」
「勝負、出来なくてごめんね。」
何度も誘ってくれたのに、とオファーを断ってばかりいることに引き目を感じていた。
綾がそう話を切り出すと
長く大きく伸びた足が止まりこちらを振り返った。下校中一言も発さず寡黙だった彼は
「いいよ、そんなの。
横……あいてる。」
「ありがとう。でも、今は遠慮しておくね。」
" もっと男に対して警戒心を持て "
あの日‥‥
愛の告白とともに流川に詰め寄られ、涙した。
未だにこの言いつけを守れていない。
三井にも忠告を受けたばかりで自らを省みている綾は隣を歩くことを拒否した。
「練習明けで疲れてるはずなのに、手伝ってくれてありがとう……
ボールに楓くんの名前も書けば良かったね。」
「別に……
感謝してもらいたくてやったんじゃねー。
全部、お前のためだ。」
「……!」
飛び入り参加ではあったが
助っ人として力を貸してくれたことに感謝すると、驚きの声が返ってきた。
その気持ちは嬉しい。
しかし真正面からぶつかってくる流川に対し、胸中を重々理解しているだけにどんなリアクションをしたらいいのか分からず戸惑ってしまう。
「きょっ、今日ね、海南と武園の試合だったんだけど
終わったあと飛び出していっちゃって……」
「…………」
「小田くんと桜木くんのお友達の葉子ちゃん、本当に素敵だなって思ったんだ。
ラブラブな二人を見てたら、牧先輩と自分の姿が重なって……うらやましいなって思って……
もうそれ以上見ていられなかった。」
どれだけ体を温めても過去を思い出せば辛くなる。
愛し合う姿が、以前までの自分たちとオーバーラップして見えた‥‥
綾は自身が見て感じたことをうつろげな表情で語った。
荷物が減り軽量化したはずのリュックはやはり重く、ずっしりと体に負荷がかかっているのか。その両方の肩紐を弱々しく握りしめる。
( またどあほぅか。
綾……あの寝言が本音なんだろ……
あれだけ連呼してれば、イヤでも会えるんじゃねーの?
オメーを笑顔にすんのは勉強よりもムズイ。)
「……また逃げたのか。」
「うん……」
「脱走癖。」
「ご、ごめんなさい……」
ボソッとそう呟かれショックを受ける。
試合後はすぐ何処かへ行ってしまうと指摘されたばかり。
彼女が抱える物事の重大さ、そして心の重さ。
事態はそれほどまで深刻化しているのだと流川の心にもリアルにのしかかってゆく。
「あの花……」
「え?」
その一言により、顔を上げた。
「名前。教えろ。」
「楓くんも、お花のこと気付いて……
オダマキっていうんだけど、知ってる?」
「オダマキ……? 知らん。」
その星の形をした花は珍しく、また知名度が低いのか。
流川とは花や植物の話をしたことはない。
だが偶然にも目に留まったのだろう。三井だけでなく彼もまたその存在に気付いていた。
「そっかぁ。
今の私じゃこんな薄っぺらい言葉しか言えないけど……決勝リーグ、頑張って……!」
「ウス。」
( 祈るとか、信じるとか、願うだとか
キレイ事ばかりに聞こえちゃうだろうけど…… )
目前に迫った海南大附属との大事な一戦。
無事を祈り、チームメイトを信じ
そしてただひたすら勝利を願っている。
" がんばって "
この手垢のついた言葉は三井が言っていた通り、他人事の様に聞こえたかも知れない。
だがどっちつかずの彼女にとっては今できる最大限のエールだった。
ーー‥
隠し事もすんな。
悩みがあるなら正直に言え。苦しいなら苦しいって、泣きたいなら思いきり泣けばいい。
前にも言ったろ…あんまり無理すんなって……
嫌な事ばっかり続くわけねー。
そのうち良い事があると……思う。
だから、オメーは笑ってりゃいいんだ。笑え。
そんな隙間……俺がすぐに埋めてやる。
バスケットでできた穴なら、バスケットで埋めりゃあいい。なにも難しいことはねー……
‥ーー
( 楓くんは……いつも優しい。
こんな風に、心強い言葉と一緒に
いつも励ましてくれたね。 )
全ては彼女の、綾のため……
この時ふと桜木の発言が頭をよぎった。
「楓くん、「目が泳いでた」って
あの時……もしかして、バレてたの……?」
「バレバレ。」
藤真やバスケットへの真意を伝えた日。
まだ何かを隠しているのではないかと問い詰められ、視線があちこちに泳いでしまっていた。
正直者な彼女には嘘をつくことは不可能。
これは彼氏である牧の折り紙付きだ。
「何を隠してる。早く言え。」
「い、言えないよ……」
「どーしてもか。」
「うん……」
黒猫の様な鋭い眼光。
例のあの日と同じ、全てを見透かされそうな瞳に心を持っていかれそうになる。
夢の全国制覇に向け日々猛練習を重ねている湘北バスケ部。
シード校である県下No.2の翔陽を蹴破り、これまで順調に勝ち進んできた。
自身も精一杯頑張ると公に宣言したばかり。
だからこそあの悲劇を繰り返してはならない。
もういっそのこと暴露してしまえば気が楽になるかも知れない。ここでバラしてしまえ。
けれど、天使は悪魔の誘いには乗らない。
チームメイトを守るためにも
狙われているなんて、助けてほしいなんて
そんなことは間違っても言えなかった‥‥
「ひとりで抱えんな。」
「…………」
コクン、と黙ったまま頷く。
「でも、こればっかりは……ごめんなさい。」
「綾……」
口をついて出るのは「ごめんなさい」‥‥
その言い回しは告白の返事をされたよう。
なかなか口を割らない彼女に流川は先ほど味わった悩みの壮絶さを感じ取っていた。
無理にでも吐かせようとしたが雑な扱いはしたくないと、これ以上の言及はせずに終わる。
くるっと背中を向けた流川。
その後、微妙な距離を取る二人は縦一列で歩きだす。
「神奈川No.1……
アイツは……牧は、強いのか。」
「え……?」
話しかけた、その時‥‥!
向かって右側の路地の奥に、綾はとてつもなくおぞましいものを視界に捉えてしまう。
「 か…… かえでくん…… 助けて…… 」
「しまった……!! 綾……!!」
急いで振り返るがそこには誰もいない。
月が雲に隠れる様に、彼女もまた暗闇の中に行方をくらましたのだった ‥‥