空っぽの心〜獅子奮闘 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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「お前からすすんで基礎をやるなんて
おかしいと思ったんだよ、桜木!」
「ぐぬぬ……ミッチー!」
詰めが甘いと指摘する男と、
気持ちを見破られ赤っ恥をかく男。
そんな彼らの背景はというと‥‥
――
「それでは、気を取り直していきましょう!
天才バスケットマンへの近道・その3
ボール研き!」
「気を取り直して……?
コーチ、やっぱり徹夜明けで疲れてるんじゃ……」
「いえいえ、体力には自信があるのでダイジョーブです!
タフガイ&スタミナの鬼と呼びなさい、ワタシのことは!」
「ふふっ。スタミナの鬼?
そっか……会場で聞かされてから、ずっとそれが気がかりだったの。本当に良かったぁ……」
キュン‥‥
( うゔ……綾さん……
俺のことも、そこまで気にかけて……
優しさが身に染みるぜ…… )
大丈夫だと言い張る姿に綾はほっと胸を撫で下ろした。
高校初の失恋を、記録を更新してしまうのではと考え込み、つい今しがたまで沈んでいた桜木。
もうこんなチャンスは巡ってこない。
遅かれ早かれフラれてしまう。
ならばいっそ「今」という二人きりでいられるこの貴重な時間を大切にしよう‥‥
彼女の笑顔に胸がキュンとなった彼はしみじみとそう思った。
「ボール研き……これもコーチが辿ってきた道の一つなんだね?」
「その通り!
バスケットマンたるもの、己のことだけでなく道具にも愛情を持って接することが大切です。これぞ基本中の基本ですよ!」
「なるほど… " バスケットボール " だもんね!これがなくちゃ始まらないよね。」
休憩を終え、後半のプログラム第一号は
「ボール研き」
部室と体育倉庫に置かれていた収納かごに入っている大量のバスケットボール。
ザッと見積もっても50個以上はあり、少しでも気を抜くと骨が折れる地道な作業だ。
「でもこんなにあるなんて、さすがに大変だね。コーチはこれを一人でやってたんでしょ?
すごいなぁ……」
「いやぁ、それほどでも!
このぐらい昼メシ……いや朝メシ前ですよ。
根性さえあればできます! コンジョーっす!」
「そうだね……!」
赤木に気に入られようと一晩かけてボールを研き、入部希望をアピールした桜木。
圧倒されていた綾に対し根気さえあれば可能だと経験者はそう断言した。
日々厳しい練習を重ね成長している
彼らの熱き思いを刻むコートの中心で、互いに向き合い専用の固形オイルとクロスを用いて一つずつ丁寧に拭き上げていく。
「そうだ、この記念に名前を書いておきましょう! " 桜木&春野 " ……と。」
「え……いいのかな……?
このボール、授業でも使うし恥ずかしいよ……せめてイニシャルにしよ?」
「平気ですよ。分かりゃしませんって。」
「そうかなぁ……それに、記念って……?」
どこから取り出したのか? ふと思い立った桜木は油性ペンでこれ見よがしに二人分の名を記入し始めた。
普通、名前は書かないものだが‥‥
またとないこの貴重な時間に思い出を残しておきたかったのだろうか。恩着せがましくも感じた綾はある言葉に疑問口調で話す。
「天才バスケットマンがまたひとり誕生する、めでたい日なんスから!
ダイジョーブ、ダイジョーブ!」
「……!」
「うーん。バスケットマンならぬ、ガール……あっ、バスケットウーマンだね?」
「ス、スバラシイ……!」
「えへへ。じゃあ、一緒に書こっか?」
「ハイ……♡」
彼の言う「記念」とは、綾が‥‥
自分の教え子が今後新たにバスケットマンとして君臨するという誕生を祝してのことだった。
せっせと共同作業をこなす二人。手を動かしながらも、ふと足元に目をやると
「そのバッシュ、カッコいいデザインだね! どこのお店で買ったの?」
バッシュが視界に入った綾は入手先を尋ねる。
「これはですね……えー、晴子さん……にすすめられまして、街中の靴屋で買ったんですよ。
なんでもABCのスーパースターと同じモデルらしいんスけど……」
「ABC……?」
「いやCIAだったか……それともFBI?PKO……?」
「? もしかして、NBAじゃない?」
「そーっす! それが言いたかったんですよ!」
まるでクイズ番組の様に正解を言い当てた。
彼女は気付いていない様子だったが対する桜木は晴子の名に、しどろもどろになっていた。
陵南との練習試合後、ボロボロに朽ち果てた体育館シューズ。その後釜として十分に相応しい初の代物を購入できたことを自慢げに話した。
「それに、どうしていつも裸足なの? 靴擦れを起こしたら大変だよ。気をつけてね……」
「綾さん、ご心配なく。アンドこの天才を世間のジョーシキで考えてはいけません。感覚で動けるのがいいんスよ、感覚!」
「感覚……? つまり、動きやすいってこと?」
「そのと~り!」
常識が通用しない男、それが彼。
面白いことにバッシュの下は常に裸足なのだ。
綾は足を痛めてしまうことを懸念していたが、その心配には及ばなかった。
「晴子ちゃんかぁ……」
「ぬ?」
「すごく可愛いよね、晴子ちゃん。
私が男の子だったら放っておかないと思うし、ガンガンアピールしちゃうかも?」
「……!」
「けど競争率とか高そうだし、無理かなぁ?」
「……それは綾さんの方なのでは……」
「え……?」
ふと飛び出た晴子の顔に綾は思ったことを口にした。まさかの返しに意表を突かれ、手の動きが止まる。
「確かに晴子さんはカワイイっす……!
しかし、なんたってあの大怪獣ゴリがバックについてますからね。周りの野郎どもも恐れをなして近付きませんよ、ははは……!」
「だ、大怪獣?」
赤木が兄である以上、言い寄ってくる男たちはいない。きっと尻尾を巻いて逃げていく。
ゆえに猛アピールをしても問題ないと笑い飛ばし、その場をくぐり抜けた。
( 桜木くん……どうしたんだろう?
晴子ちゃんの話をした途端に様子が……
バッシュを一緒に買いに行くほど、仲のいいお友だちなんだよね? )
( 男ならガンガンアピール……いや、しかし…… )
「ん? 綾さん、それは一体……?」
「え? コレのこと?」
さすがに違和感を感じずにはいられなかった。
誤魔化す様にして必死に目を配らせる。
すると、桜木は彼女の手元に置かれていた何かの存在に気が付き声をかけた。
「じゃーん!」
「ぬ……?」
「これはね、私の愛読書なんだ!」
「アイドクショ?」
「うん。原点に帰るならコレは外せないかなって思って、家から持ってきたの。」
聞き慣れた様な効果音とともに提示したものとは‥‥数年前、彼女がバスケットに興味を持った際に購入したというルールブックだった。
その名も
「わかりやすい! バスケットボールの基礎」
昔からの愛読書だと言い切ったそれは初心者にはうってつけの物で、イラストや専門用語などが事細かに書かれている。
ページがわずかに日焼けしており年季が入ってはいるものの、保管状態が良かったのであろう。まだまだ現役で活躍できそうだ。
「でも……もうこれは必要ないよね。
この本よりも分かりやすく教えてくれる人が目の前にいるんだもん。ねっ、コーチ!」
「綾さん……」
ひらっ‥‥
その時、持ち上げていた本から何かが落ちた。咄嗟に拾い上げると
「こ、これは……!?」
「どうしたの?」
「綾さんと、ジイと、ホケツ君……!?」
「あれ? この写真……中二の時の……」
牧、藤真、綾のスリーショット写真。間に挟んでいた非常に重量の軽いそれは羽根の様にひらひらと宙を舞い、彼女はごく自然に桜木の隣へ遷移した。
( 綾さんがこんな近くに……!
それに、これが中学の時の綾さん……なんてカワイイ中学生なんだ…… )
「コーチ?」
「ハッ……いやぁ、気にしない、気にしない!」
ドキドキが止まらない、触れられるほどの距離の近さ。話には聞いていたが自分の知らない綾の幼き姿に感激する桜木。
危うく心の言葉が漏れそうになり、気が焦る。
「懐かしいな……牧先輩も、健司くんも、私も、みんな笑ってるね。」
「綾さん……」
「当時、男子の公式試合を観に行って……そこで二人に初めて会った時の写真なんだ。
管理してる人に記念に撮ってもらったの。
またこうやって三人で笑い合える日が来るのかな。それも私次第なのかな……?」
「…………」
" この写真、みんな笑ってるね "
春の風の香りをまとったその羽根の持ち主は
蜃気楼のように儚げで‥‥今にも手の届かない
何処かへ消え去ってしまいそうな予感がした。
「案ずるよりも、産めばヤス……!」
「え、安田先輩……?」
「心配せずとも、この名コーチがついてるんですから。
それに! 綾さんの言う通り、今日一日の綾さんの頑張り次第で未来は変わってくるんスよ!」
「……!」
「だから気合いっす!! コンジョーっす!!」
うおおお~っ!! とうなりを上げ、目にも止まらぬ素早さでボールを次々と磨いてゆく。
すぐ横でその光景を目の当たりにしている彼女は瞬きをする余裕もないほど驚いてはいたが、桜木の懸命さにまたしても心が救われていた。
( 案ずるよりも産むが易し、かぁ……
心配するな、うだうだ言ってないでやってみれば良い結果を得られるってことだよね?
すごいな……
桜木くんは、励ましの天才でもあるのかも。
お友だちが50人もいるのも分かるなぁ…… )
羨望の眼差しを向けられているとは知らず‥‥彼は今、本の上に置かれた写真とにらめっこをしている。
綾にどうしても確認したい事柄があった。
ーー‥
あれから、健司くん……藤真さんに会いに翔陽の控え室に行っていました。
中二の頃に出会って……
牧先輩との橋渡しになってくれた大切な友人で
そして……私の憧れなんです。
試合のあと、彼に相談したら
無理して好きにならなくてもいいって……
一度リセットして初心に返るんだって……
そう言ってくれてとても心が救われました。
‥ーー
「し、質問してもいいスか!?」
「質問? なに?」
「綾さんは……ホケツ君のこと、どう思ってるんでしょーか……?」
「え……?」
「ゴリが以前、心の拠り所だと……
憧れなんだと綾さんも言ってましたけど……は、初恋の人なのではと……」
「…………」
この後、しばしの沈黙が流れる。
その音量の無い静けさが緊迫感を増加させた。
若かりし頃の三人が写し出された一枚の画像。
綾は笑顔でピースサインを向けている。彼らは彼女を挟む様に両脇に立ち、牧は腕を組んでいた。
愛しき人を見つめる、恋する男の優しい瞳。
二人はカメラ目線だがもう一人は
藤真だけは綾の方を向き、熱い視線を送っていた‥‥
「……みんな、どうして健司くんのことを聞いてくるの?」
「ぬ……? みんな……?」
ーー‥
本当に……ダチ、なのか……?
‥ーー
友達以上でも、以下でもない。
水戸の問いに意表を突かれた彼女はそう答えていた。桜木は不在だったため、二人の質疑応答の全容を知らないまま。
また、ここのところ藤真について度々質問攻めにあっており素直な疑問が生まれていた。
「健司くんとはいいお友だちでいたいし、初恋の人でもないよ。」
「! では、ジイが初恋……?」
「ううん。違うよ。」
首を横に振って、そうじゃないと否定した。
牧でも藤真でもない事実に意外だといった顔をする彼はスクッと立ち上がり、綾のその意外な情報をインプットしつつも興味津々に耳を傾けている。
「で、では誰が……」
「えっとね……ん~……やっぱり、ヒミツ!」
「え、綾さん?」
途中まで言いかけたが、やめた。
「あとね。健司くんのこと、なんだけど……」
と、もう一つの質問に答えようと話を戻した。
彼らはまだ高校生。婚姻とまではいかずとも仲を取り持ってくれた彼は、言ってしまえば
" 月下氷人 "
牧との出会いの引き金になった人物。
個人的に声援を送り、試合後には一直線に控え室へと寄り、そして今回、原点に帰ると‥‥
ここまで彼女の心を突き動かした藤真の存在は果たしてどれほど大きなものなのだろうか。
「好きか嫌いかって聞かれたら……好きだよ。」
「……!」
「でもそれは、恋愛感情とは違うと思う。
あんな立派な男性……私には釣り合わないよ。
だって……好きと憧れは、違うよね?」
( 綾さん…… )
この時、胸の奥で何かがズキッと音を立てた。
きっと「憧れ」は「好き」とは結びつかない。
未だ「何か」の本当の意味は分からない。
万一、相手に恋愛感情があるとしてもこんな自分では不釣り合いであり似つかわしくない。
牧からの問いと同様の回答をした綾は自らをへりくだった言い方をして藤真への心の丈を明かした。
「コーチ、レッスンの続きをしなくちゃ!
まだこんなにいっぱいあるんだよ~。早くしないと日の出の時間になっちゃうよ?」
「そっ、そーすね……! 急ぎましょう……!」
床に散らばったボールを見てへたっと女の子座りで座り、本来の作業に再度取りかかる綾。
空返事をした桜木の脳内では、ある記憶がリフレインされていた‥‥
「バスケットは、お好きですか……?」
( 晴子さん……
好きと憧れはチガウ、原点か……
綾さん……俺、俺も……! )
「俺も……やる。」
「「!?」」
この時、ガラッと鉄の扉が開かれた。
「ルカワ……!」
「楓くん……」
「どあほぅだけじゃ役不足だ。」
急きょ飛び入り参加した驚異のルーキー・流川。
彼女はその存在に戸惑いを見せていた。
そして、モヤモヤして仕方がない様子の桜木。
前途多難な一年生トリオが出揃うが、果たしてレッスンはどうなってしまうのだろうか。彼らの胸中やいかに‥‥?
「んだと!? このキツネ男……!
せっかく綾さんと……!」
「……下心見え見え。
これ以上、二人きりにさせてたまるか。」
もう今後は二人だけにさせない。
両者にとって面白くない状況であることは明らかだった。桜木は何かを伝えようとしていたが喉元まで出かかっていた言葉をあと一歩のところで妨害され、気後れしてしまった。
( ああっ! しかも綾さんの隣に堂々と……おのれ、ルカワ……! )
さらには当然の様に彼女の横に座り、クリーナーを手に取って黙々と作業を始める流川。
問題児の登場に戸惑う中、綾はその座高の高い人物の顔を見やる。
( 下心って……この間、楓くんに二人きりはダメって言っちゃったのに。怒ってるかな……? )
「楓くん……あの……」
「続き。」
「え?」
「朝会った時……断られたから。
このあと、勝負しろい。」
「…………」
「ああ? 勝負?」
未練を残さないよう、踏ん切りをつけるために断ち切った指通りの良い長い髪の毛。
翌朝‥‥それでも牧のことが忘れられずバスケットコート内で思い出に浸っていた彼女は偶然にも流川と遭遇した。
その際1on1の誘いを断ったことはもちろん記憶に残っていたが、安請け合いをするわけにもいかず言葉を返すことができなかった。
この時、彼の掌にボールが吸い付いていく様子に綾は計らずも声を上げる。
「わぁ……ボールを片手で持てちゃうなんて、すごい! 手……比べてみてもいい?」
「いーけど……」
引き寄せられる様に綾の右手と流川の左手が合わさる。
「おっきい……バスケをしてる人は、みんな大きいのかな?
この手でたくさんの試合を競り合って……勝利を掴み取ってきたんだね。」
「…………」
「! 綾さん、俺も……!」
「うん……」
青春時代をバスケット一本に懸ける人物を前にしみじみと語る綾。
覆い隠せてしまえるほどにサイズの巨なるそれは大人と子どもほどに違いがあった。
ごくごく自然に? ボディタッチに成功した桜木の表情は言うに及ばず浮かれており、流川もまた頬がかすかに赤みがかっていた。
( 綾さんの手に、またしても……♡ )
「二人ともチームメイトなんだし仲良くね?」
「「!」」
「……それはムリ。」
「誰がこんな野郎と……!」
「そんな……」
「「 いくら綾(綾さん)の頼みでも、イヤダ。 」」
( ハモってるし、息ぴったりだと思うんだけど……? )
SとS、NとN。磁石の様に揃った極同士が反発し合い啀み合う。
同一人物に好感を抱き、またバスケットマンであること以外に共通点は無く二人は何かと敵対心を燃やしている。
ジリジリと火花を散らす問題児をそっちのけにして彼女はあるものを見い出す。
「あれ……? これって……」
――
その後、全てのボール磨きを終えた彼らは‥‥
「まだまだ続きますよ、綾さん!
天才バスケットマンへの近道・その4は
パスの基礎を……
「やるぞ。フリースロー。」」
「えっ……」
「くぉらルカワ! また割り込んできやがって! 勝手に決めんな!!」
またしても問答無用といった態度で言葉を遮る。怒りに震える桜木に流川はボソッと何かを呟くが‥‥その一言により、彼の暴走スイッチが押されてしまう。
「まだいたのか。保護色で見えなかった。」
「なっ……なんだとーー!?」
「ちょっと、二人とも……!
仲良くしてって言ったばっかりなのに……」
桜木は流川の胸ぐらを掴み、今にも突っかかる勢い。
突発的なトラブルに見舞われ混乱していると外部から救いの手が差し伸べられる。
「おい! お前ら、いい加減にしろ!」
「やめないか二人とも!」
「「!?」」
「ミッチー! メガネ君!」
「先輩方……」
「…………」
一同は一斉に体育館の扉を見やる。
三井、木暮の上級生コンビが登場し、仲裁に入ったことによりこの騒ぎはひとまず終息した。
三井は真っ先に綾の元へと向かう。
「大丈夫か? 春野。」
「はい……ありがとうございます。
てっきり、先輩ももう帰ったんだとばかり……」
「……お前の手伝いに来てやったんだよ。
ありがたく思え。」
「え……?」
( 先輩……? なんだか雰囲気が変わって……優しくなったような……? )
先日も、こんな風に違和感を覚えた。
自身に対する態度などが微妙に変化した様な、おざなりの優しさの中に包容力や大らかな心を感じ取っていた。
「ふぬ……ミッチーまで、この天才の邪魔を……」
「詰めがあめーよ、桜木。二人で居残りするなんざ、どうも怪しいと思ったぜ。」
「ぐっ……!」
と、冒頭のシーンへと巻き戻された。
のっけから怪しまれずに綾と一緒にいられると見込んでいた桜木だが、あれだけ嫌っていた基礎練習をすすんで行おうとしていたことにその見え透いた考えはまる出し。
既に腹の内を読まれており、また引っ掛かりを感じていたのだった。
「それに、大事なマネージャーを放っておくわけにもいかないからな。」
「木暮先輩……」
「綾に近付くな。この全身真っ白のカメレオン男。」
「ぬぁぁにー!?」
「……!」
「全身真っ白……?
ぶっ……確かにオメーのそのカッコ……
紅白まんじゅうかよ。
まったく、おめでたい野郎だぜ。」
「みっ……ミッチー!」
外敵から身を守るため、周囲の色と同化するカメレオン。
Tシャツ、ハーフパンツ、バッシュ。現在、桜木の服装は全身まっ白。そして極め付きは泣く子も黙る赤い髪。透明人間や和菓子など滑稽な光景に見えたのだろう。
赤っ恥をかかせたことや自分の行いに対し綾は罪悪感を感じ、肩を落とした。
「ごめんね。私がシャツをあげたばっかりに……せめて黒とかにすれば良かったよね。」
「綾さん、そんなことは……!
テメー、ルカワ……!」
「うるせぇ。」
気が利かなくてごめんね、と沈み込む姿に焦りを見せる桜木。
その男に対し流川は鬱陶しそうに言い放つ。
保護色との発言も分からなくもないが、彼の立場からすれば贈り物を譲渡されていたこと自体全く持って気に入らない。
故に憎まれ口の一つでも言いたくなるものだ。
「どあほぅに構ってるヒマはねー。
綾、とっととやるぞ。
フリースロー……試合よりはマシだろ。」
「楓くん……」
「「……!」」
外野の言葉を振りきる様に話を主旨に戻した。
フリースローは個人プレイ。
これなら誰にも邪魔をされることなく自分のペースで徐々に隙間の穴埋めができる。ボールに触れ、少しずつ段階を踏んでいこうという流川なりの気遣いだった。
不服そうだが、三井も便乗するように話す。
「チッ、流川の二番手かよ。
……まぁいいか。
春野。スリーポイントのコツ、まだ教えてなかったよな。」
「あ……!」
ーー‥
どうしてもって言うなら……
私にスリーポイントシュートのコツを教えてください!
‥ーー
確かにあの時、そう発言した覚えがあった。
罪滅ぼしをしたいと頭を下げる三井の姿が回顧するが、綾は申し訳なさそうにチラチラと桜木の顔を見入る。
「でも、今はコーチに……」
「あ? コーチ?」
「! おいオメーら! 綾さんは、フリダシに……」
「「 ふりだし……? 」」
「ん……? 待てよ。
綾さん! せっかくですし、ゲームに参加しましょう!
一回休みのマスに止まれば休息することだってできますし、スゴロクにはイベントやアクシデントは付きものですよ!
あの時のゴリのように……!」
「こ、コーチ……」
「この天才・桜木が特別に許可しましょう!」
「……エラソーに。」
つい先ほど、彼が過去にしでかした逸話を思い出し顔が赤くなる。
あがり(ゴール)まで行けなくてもいい。
ふりだし(スタート)のままでいい。
そこに留まり続けることにより答えを見出せるならそれでいい。
しかし、いずれは向かわなければならない時が訪れる。
この遊びのカギを握るのは時の運。
サイコロを振りコマを進める中で
ふりだしに戻されてしまうという思わぬ仕掛けも用意されている。
よって、再び迷い戸惑ってしまう様なら
幾らでも原点に帰るチャンスはある‥‥
綾の胸中を知る桜木は無理をさせまいと声を張るが、頭の中である分析が瞬時になされていた。
( くそっ……いまいましいルカワめ!
ミッチーにメガネ君まで
どいつもこいつも邪魔をしやがって!
しかし、これはこれでイイかもしれん……! )
突然だが、ここらで自称天才・桜木花道による公式(?)脳内予想図をどどーんと大公開!
ルカワやミッチーがコーチする→
奴らの教え方がヘタで綾さんが困る→
俺を頼りにして戻ってくる=
桜木くんの方が分かりやすい! コーチはやっぱり桜木くんしかいない! となる→
そして再び二人きりになり、いい雰囲気に……♡
( というナガレになるに決まってんだ。
いわば高みの見物ってところだな。
災い転じて福となす……
やはり天才、なかなかの名案だ……! )
随分と安直な考えだが、果たして目論み通りに事は運ぶのだろうか‥‥?
桜木の思わぬ許しを得た綾。
こうして、あれよあれよという間に
急きょ部員たちと共に行うこととなったフリースロー&スリーポイントの2レッスン。
「春野、肩の力を抜いて、リラックスしていこう!」
「じゃ、お前らのお手並み拝見といくか。」
「綾さん、線を踏まないように!」
「……がんば。」
「はっ、はい……!」
メンバーたちに見守られながら、研きたてのボールを手にフリースローライン前に立つ。
桜木の忠告をきちんと聞き入れ白線を踏まぬよう注意を向ける。再びこの場へ、バスケットゴールの前に戻ってきたが‥‥
へっぴり腰で狭苦しく感じられてしまっている綾の額にはやや冷や汗が見られていた。
ゴールの高さは3.05メートル(10フィート)と定められており、この位置はバスケットが誕生してから変わっていない。
これは先ほど持参していたルールブックにも掲載されているであろう事柄だ。
館内は彼女の小さな呼吸やブレス音がはっきりと聞こえるほど静かで
シュートフォームを構えたまま、ぼんやりとその高さのあるバックボードを見つめた。
( なんだろう……この穏やかな空間……
いざゴールを前にすると、ドキドキする……
これもあの時に感じた、一種の壁なのかな。
この鉄壁を……高い山を乗り越えられれば、またみんなと楽しく部活を……
ちょっとずつでも、貴方に近付けるのかな。
紳ちゃんとバスケ……一緒にできたらいいな…… )
「…………」
その後すぐ、綾は両腕を下げてしまった。
「ああっ、綾さん……!」
「「 春野…… 」」
ゴールを目前にして怖気付いてしまったのか凝視ができず。
一番近くにいた流川にボールを手渡し、手本と表してヘルプを出した。
「楓くん……! お手本、おねがい……!」
「……ん。
綾、5秒以内にシュートしろ。
そこの退場男みたいになるぞ。」
「え……?」
「るっ……ルカワ! この中学レベルが!
あの時は目つぶって投げりゃあ入るとか抜かしてやがったが、テメーはできるんだろーな!?」
「たりめーだ。」
親指で桜木の方向を示す流川。
ルール上、ボールを受け取ってから5秒以内に打たねばバイオレーションを取られてしまう。
第一試合・三浦台戦で初めてフリースローを打った彼は究極のリバウンド作戦を決行しようと自らボールを取りに行ったが、手柄を横取りされさらにはダンクを決められてしまいあまり良い思い出がなかった。
また、あの発言はただの嫌味だったのか? できもしないことを言うな! と声を張り上げると
スパッ‥‥!
「「 なっ、何……!? 」」
次の瞬間‥‥ボールがリングに吸い込まれた。
有言実行の驚異のスーパールーキー・流川楓。
目を瞑った状態のままシュートを決めてみせた。
これには三井や木暮も開いた口が塞がらず、桜木は悔しさから何も言えなくなってしまった。
「……こう。」
「楓くん、すごい……
両目を瞑ってたのに……信じられない……」
目を疑うほどのプレイに面食らう綾。一体どういうこと? と彼に尊敬の眼差しを送っている。
「ま……マグレだ。マグレに決まってる!!」
「フン、あめーよ。
数打ちゃ当たるテメーとはワケがちげーんだ。すっこんでろ!」
「なっ、なにをー!? 言わせておけば……!!」
「「 やれやれ…… 」」
牙をむく桜木を完全無視して、流川は綾の元へ。
「……楓くんは……本当にすごいね。
私なんて、いざゴールを前にしたら怖くなっちゃって……
すごく大きな壁が見えたの。この壁をどうにかして乗り越えなきゃいけないのに……
今は訳あってバスケ初心者だけど、変だよね?経験者のくせにシュートすらまともに打てないなんて……「変じゃねえ。」」
「……!」
「つまずくことぐらい、誰にでもある。
転んだら這い上がりゃいーんだ。
綾……何も考えるな。
頭ではそう思っていても体が覚えてるはずだ。体の感覚を信じろ。」
「楓くん……」
どんな人にだって悩みはある。
思い通りにいかず、スランプに陥る時もある。
だから‥‥ちっとも変じゃない ーー
怖い怖いと、嫌いになりそうだと感じていても今までの経験が体に染み付いているはず。
目の前に障害物があるならそのバリアごと打ち砕いてしまえばいい。
何らかが原因で空いてしまった隙間を自身の力で埋め、また問題となるもの全てを取り除く。
そして作り笑いではなく心からの笑顔を向けてほしい。ただその一心だった。
「雑念を捨てろ。無心になれ。自分を信じろ。全神経を研ぎ澄ませ……!!」
「う、うん……やってみる……!」
「ルカワ! 何だその助言は! エラソーに!」
「流川……」
( 珍しいな……コイツがこんなに喋るなんて…… )
普段は無口な彼に一同は呆気に取られている。
シュッ‥‥
綾は意識を集中させ、シュートを放った。ぎこちないものではあったが10本のうち5本入れることに成功した。
「やりましたね、綾さん!」
「いいぞ、その調子でどんどんいこう!」
「まーまーじゃねえ?」
「ありがとう……」
「及第点ってとこだな、春野。こんな状況下だしな……半分入れただけでも上出来だろ。」
「三井先輩……」
「強いて言うなら腕力が足りねーな。いや……女子はツーハンドだから、手か?
まぁどちらにせよ今度やる時はリングの奥を狙えよ。」
「はい……」
ボールを肘に抱え、さり気なくアドバイスをする三井。
おっしゃ、次は俺の番だな! と
威勢の良い彼に対し綾は自身に言い聞かせる様に気持ちの再確認をしていた。
ーー‥
本当に、ダチ……なのか?
向こうはそう思ってなかったとしたら……?
‥ーー
( 水戸くん……なんであんなこと……
あれからどこか表情が曇ったように見えて……
昨日……紳ちゃんと復縁したって知った時、どんな気持ちだったんだろう。
告白の返事、まだいいって言ってたけど
……嫌だよね。
同じ立場だとしたら私だってイヤだもん……
だからって、付き合うことはできないし……
三井先輩とのこと……まさか妬いてくれてて……?
先輩は、やっぱり先輩で
私も、ただの後輩で
何とも思ってないに決まってる。
うん。そうだよね……! )
三井とは単なる先輩後輩の仲。
重要なことを思い出したかの様に「ある物」を取りに走り、そして両手でそれを差し出した。
「先輩、どうぞ……!」
「あ?」
「さっき偶然見つけて……
このボールじゃなきゃ意味ないです。
スリーポイントシュートのコツ、是非教えてください。お願いします……!」
「「 ……! 」」
「春野……」
( これは……あの時の……
ん? なんだこりゃ?
よく見たら恩着せがましく名前まで書いてやがる。桜木のしわざだな……
バスケから二年もの間、遠ざかり
これ(煙草)を……押し付けただけじゃねえ。
土足で体育館に入ってツバまでつけて
奴らを傷つけた上に
心を救ってくれた安西先生の期待も裏切って
そしてコイツにまで……大罪を犯したんだ。
本来、顔向けならねえんだよな……
確かに俺には、おあつらえ向きかもな…… )
先ほど偶然発見したバスケットボール。それには、煙草の焼け跡がうっすらと残っていた‥‥
グレていた頃のワル仲間である鉄男や堀田、竜らを引き連れバスケ部に襲撃をはかった、あの日の出来事が鮮明にフラッシュバックする。
忘れられない、あの惨劇。
腕時計も然り湘北バスケ部史上最大のピンチであり最悪の出来事であったことは確かだろう。
" おあつらえ向け "
三井自身も部活動に復帰を果たしてから幾度となく触ってきたのだろうが、気が付くことはなかった。
彼女のこの行為は嫌味や皮肉なんかじゃない。
罪を償うなら、本当に申し訳ないと思うなら、このボールで教えてくれなければ意味がない。
おそらく、その様な意味合いが含まれているのだろう。
こちらを浮かない表情で見つめる彼は‥‥
「先輩……?」
「んなもん、ねーよ。とにかく反復練習あるのみだ。そうすりゃ感覚が掴めてくるんだよ。」
とことん練習あるのみだ!
自分自身を懲らしめる様に大きな声で叫び、そのいわくつきのボールを宙に放った。
もはや芸術的ともいえるフォームでパスッ‥‥と音を立て見事にゴールネットをくぐり抜けていった。
「わぁ……先輩、ナイスシュート!」
「ふっ、当然だろ。」
「む……」
( 反復練習かぁ……なるほど、そうだよね。
勉強だって同じだよね。
まだ一本も入ったことないけど、みんなのアドバイスをもとに頑張ってみよう……! )
「ふーっ……」
( 全神経を研ぎ澄ませて……自分を信じて……
そして全身を使って、諦めずに何本も打つ!)
ゆっくりと深呼吸をする。
神、流川、三井らから今まで教わったコツを頭にインプットしてきた綾。
その情報をここぞとばかりにアウトプットし、何本もシュートを放った。
しかしフリースローの時とは勝手が違い、リングにすら届かずその後もずっとエアボールが続く。
めげずに狙いを定める中‥‥ある一本のシュートが奇跡的に飛距離が出た。
「おっ!」
「綾さん!」
「!」
別に、ゴールを決めたわけじゃない。
リングに当たったわけでも、リバウンドを頼りにしようとも出来る状況でもない。単にゴールネットをかすめたというだけのこと。
「みんな、見た見た!?」
それでも、マグレであったとしても‥‥
過去どれだけ打っても不発に終わっていた彼女にとっては非常に喜ばしい出来事だった。
(( む、胸が…… ))
わ~い! 嬉しい~! と大喜びの様子の綾。飛び跳ねる度、たわわに実った乳房が上下に揺れる。
本人は気付いていないが、シャツの上からでも分かるそれは男子たちの目を釘付けにしていた。
( ……みた。チラッと。)
( 絶景だな……
牧の野郎、あれを好き放題さわって…… )
( てっ……テメーら! どこ見てやがる……! )
( 桜木、鼻血が出てるぞ。まったく…… )
思春期の彼らにとってラッキーなハプニングだったが、先日明かされたあの告白を忘れてはならない‥‥
彼女はいたって真面目であり、ためらいながらもバスケットを心の底から好きになろうと真正面から向き合っている。
ほんの一瞬でも綾にやましい気持ちを抱いてしまった流川は、その邪念を打ち払う様に素早くシュートを打つ。
「楓くんは何でもできるんだね! やっぱりエースは違うなぁ……」
「綾……」
「ん? なぁに?」
「スリーポイントは先輩だけの専売特許じゃねえ。」
「うん、そうだね……?」
「あ……? 喧嘩売ってんのか? 流川。
それに湘北のエースは、この俺だ!」
「負けず嫌い。」
「ああ!? テメーに言われたかねーぞ!!」
「楓くん……先輩とも仲良くしてよ~……」
どんなシュートでも器用にこなし、またクールに燃える流川。
彼は三井に勝ち誇った様な態度をとる。自分でも教えられると、負けず嫌いの血が騒いだ。
そして完全に外野扱いをされてしまった人物はというと‥‥
( がーーん!! 完璧だと思われた作戦が……
アイツら、この天才を差し置いて綾さんと楽しそーに……
くそう……本当のコーチは俺なのに……
そりゃないぜ~。
綾さん、カムバーック…… )
ーー‥
" 心ぐらい強くなりたい "。
ホントはね、私ひとりで……自分の力だけで乗り切ろうって思ってたんだ。
すごろくみたいに、ふりだしに戻りたいの。
私はここで、ずっと足踏みしていたい。
‥ーー
" 策士策に溺れる "
綾の胸中を知った桜木は敢えて二人にコーチの座を一任した。が、名案だと思われた作戦がアダとなってしまった。
いい雰囲気になるどころか自分以外の男達と和気あいあいとしており頼りにもされない始末。
半ば疎外感を感じた彼は両手を短パンの中に潜め、いじける素振りをする。
見兼ねた木暮が寄り添い何やら言及していた。
( ! 桜木くん…… )
その光景が視界に入り、ハッとしていると‥‥
「あちーな、脱ぐか。」
「!?」