空っぽの心〜獅子奮闘 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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バッシュを手に、渡り廊下を通って
メインである体育館の入り口へ‥‥
体育の授業や部活でも使われているほぼ毎日当然の様に目にしてきたバスケットコート。
到着するや否や張り詰めていた気持ちが体の全神経を通じて溢れ出る。
馴染み深い場所であると、ここまで来た以上もう後に引けないと頭では分かっているのに。
入館する際、ごく自然に一礼をする彼女を見て「あること」を感じ取った桜木は
人差し指を立て振り子の様に左右に動かした。
「綾さん、ノンノン!」
「え……?」
「体育館に入る時は、こうですよ!
チューース!!」
「……!」
気合の入ったどでかい声が館内にこだまする。
「あ……そうだったね。これじゃあ彩子さんに、声が小さーい! って注意されちゃうね?」
「そうそう、あのハリセンでばこんと!」
「ふふっ。
でもあれは、愛あるムチだと思うよ?」
「そ、そーすか?」
バスケットに限らず、スポーツマンならば大きな声で挨拶するのは当然のこと。
リラックスしようと言ったニュアンスなのか
緊張が高まる綾の姿を見兼ねて、桜木は持ち前の明るさでその緊張の糸を解していく。意図的でもそうでなくとも、彼女に笑みをもたらしたことに間違いはなかった。
バッシュに履き替えたあと
赤い髪の彼は驚きの言葉を口にする。
「俺……綾さんがバスケットを嫌いになることはないなって今、確信しましたよ。」
「え……? どうして……?」
「コートに入る時、いつもお辞儀をしてるじゃないスか。大事に思っている証拠ですよ!」
「! 桜木くん…… 」
( 今まで全然気が付かなかった。
無意識にやってたのかも……
それなのに、貴方は見てくれていたの……? )
彼が先ほど感じ取ったものは、この事だった。
仕草や動作から潜在的な心理が読み取れる。
神聖なバスケットコートに無断で立ち入ることは綾にとってご法度であり、今までごく自然に行っていたため良い意味での癖であると同時に習慣となっていた。
仮入部の時からそれを見てきた桜木は、ここが彼女にとって特別大事なものなのだと裏付けを取ることができ満足げな表情をしていた。
ー そして
「桜木くん。
さっき言ってた " 近道 " って、一体……?」
「ふっふっふ。
綾さん、よくぞ聞いてくれました。
この桜木がプロデュースする
題して天才・バスケットマン教室!!」
「バスケットマン教室……?」
独断により始まった、既に執り行われていた?
発案や企画もすべてにおいて彼が主催する
よりバスケットを好きに、楽しく!
そして自信をつけてもらおう!
という願いが込められた本日限りの取組み。
意中の彼女のためそれは大々的に発表された。
「ええ。この天才が歩んできた道のりを辿れば、間違いなくニガテを克服できますよ!」
「苦手を克服……そっかぁ……
じゃあ、ここから立場は逆転だよ。
私は初心者で、桜木くんは指導者ね?
コーチのような素敵な人を目指して頑張ります!」
「お……おおっ!
頑張ってくれたまえ、春野くん……!」
二人は目を合わせ
ウフフ、ハハハと笑い声を上げた。
道筋を辿っていけば次第に心の隙間も埋まり
バスケットがもっともっと好きになる‥‥
近道の意味を理解した綾は桜木をコーチと呼び決め、今日だけは同級生でもマネージャーとしてでもなく
先生と生徒として敬意を持って接しようと彼の誠意に乗じたのだった。
「では早速始めましょう!
天才バスケットマンへの近道・その1
ダッシュ!!」
「ダッシュ……」
「スポーツマンたるもの、毎日のトレーニングを怠ってはいけません。足腰の鍛錬は不可欠。スタミナをつけることが大切です!
ってことでダッシュ30周、いきますよ!」
「はいっ!」
こうして開校された天才バスケットマン教室。
桜木によるマンツーマンの指導を綾は素直に受け入れていた。
バスケットは試合中ほとんど休みなく動き回っているため、スタミナ勝負になる。
軽く準備運動をしたあと
ほっ、ほっ、ほっ、と整った息づかいが館内に反響する。
外周を並走するが現役の選手且つ桁違いな体力の持ち主である彼に敵うわけがなく‥‥どんどん差をつけられていく。
はぁ、はぁ……
「コーチ……速い……
ロードワークは時々してるけど、毎日このダッシュはしんどいよ~……」
「ハッ……! 綾さん!
大丈夫ですか? すみません、ついいつもの調子で飛ばしてしまって……」
綾は苦しそうに肩で息をしていた。
一緒に走っていたはずの彼女がいないことに気が付き、スピードを落とし近寄ると
「だっ大丈夫……いつもみんなはこれを当然のようにこなしてるんだもん。私だって……!」
( 綾さん…… )
「それでは、この天才がひとつアドバイスを。
このように足を三角形にして、腕を思いきり振ると速く走れますよ! やってみてください!」
「こ……こうかな? 陸上の選手みたいだね?」
グッドです! と親指を立てて微笑む。
速く走るコツを伝授された綾は身振り手振りを真似た。
弱い自分に負けまいと、打ち勝とうとする姿勢に彼は深く心を動かされたのだ。根気を維持したまま30周すべて完走し次のステップへ。
( 今までの人生の中で、かつてこんなに楽しい時間があっただろーか……!? )
ダムダムダム‥‥
規則性のあるボールのバウンド音が館内の一角に響き渡る。
天才バスケットマンへの近道・その2
ドリブル!
頬を染め、天にも昇る気持ちの桜木。
その内訳は「ドリブルの基礎 」
なぜ自分だけがこんな醜態を‥‥と入部当初から不平不満が募っていた基礎練習もこの時だけは別だった。
すぐ真横に想い人の‥‥彼女の笑顔があるから。
「次はドリブルの基礎かぁ……
これも天才に近付くための一歩なんだね?」
「そっ……その通り!
コートの中を自由に動き回るための技術です。手元のボールは見ないように注意してくださいね。あと顔はしっかり前に向けましょう!」
「あ、そっか……!」
自らボールをキープしたまま、コート上を自由に動き回るための基礎練習。
綾は床に片膝をつけ視線を正面に向き直す。
顔を前に向けるようにと言った桜木だが、チラチラと隣に何度も視線を向けてしまっていた。
そんな熱い視線に感付くはずもなく
彼女は目の前にある光景を見据えていた。
( 私の心が荒んでるからなのかな……
体育館って、こんなに狭かったっけ……? )
部屋の隅に溜まっていくホコリの様に体育館の端でこじんまりとしている自分。
あらためて館内を見渡すと非常に狭苦しい場所に思えた。
例えるとすれば、新品の赤いランドセル。
小さな体に背負われていたそれは時の流れによりフィットし、いつの間にか小さく感じられ、且つ高学年になったのだと自身の成長を身を持って実感していく。
そんな大人染みた思考や客観視ができてしまうことがさながら心の崩壊を示唆・証明しており何とも耐え難かった。
手元のボールは弾んでいても、自分の心は弾まない。
ボールを自在に操れても、気持ちまでは操れない。
今なお情緒不安定な彼女には、感情のコントロールは至難の業だった‥‥
「「 チュース!! 」」
( ……! くそっ、お邪魔虫どもめ…… )
「で、ではハーフタイムということで前半の部はおしまいです。
後半も楽しみですね、綾さん!」
「うん……! 桜木くん、よろしくね!
あ……間違えちゃった。
えっと、後半もご指導よろしくお願いします、桜木コーチ!」
お辞儀をしたあと、てへっと舌を出し恥ずかしそうに笑った。
( ああ……カワイイ……可愛すぎる……
本当に夢のような一日だ…… )
「なんだ? アイツら……コソコソと……」
「…………」
前半は終了。時刻は正午を回り、馴染みのメンバーたちがぞろぞろと集まってきた。
決勝リーグに向け気合の入った練習が始まる。
二人の姿を前にして不審に思った三井と流川はやはり何かを企てているのでは? と、同時に強い疑念を抱いていた。
――
そして部活を終え、バスケ部の面々は体育館を後にした。桜木と綾はこのまま残って基礎練習をすると銘打ち後半の講習へ。
元々の立ち位置は「部員」と「マネージャー」
彼からすれば、怪しまれることもなく合理的に綾と二人きりでいられるという最高の口実が出来上がり思わず頬が緩んでしまう。
「綾さん、大丈夫ですか?
少し休んだほうが……」
「うん。じゃあ、少しだけ休憩しよっか?」
部活が終わった直後で、また立て続けに動いてばかりでは倒れてしまうのでは、と心配になった桜木は労いの声をかけ綾もそれに同調した。
体育座りで床に座り、綾は彼の目を見ながら静かに口を開いてゆく。
「この間、水戸くんたちから聞いたよ。
部活を投げ出したことがあるって。」
「なっ……あのオシャベリ軍団どもめ……!」
「でも……ちゃんと戻って来てくれたんだよね。ひたすら努力して、根性を見せて……
それで赤木キャプテンに認められたって……」
「いやいや、この天才が努力など。
当然のことですよ、トーゼン! はっはっは!」
胡座をかく彼は両膝に手を乗せ豪快に笑った。
以前ダニーズで耳にした衝撃的なエピソード。
どこか今の自分と状況が重なり、目を背ける。
「……私もね、辞めちゃおうって思ったの。」
「……!!」
「こんな中途半端な気持ちで続けていたらいけない、マネージャー失格だ……って。だからあの時、みんなの目を直視できなくて……」
「綾さん……」
心に空いてしまったわずかな隙間‥‥
浮ついた気持ちのままではいけない。
ごく最近まで足を洗おうと本気で考えていた。
けれども、それはできなかった。
綾はスクッと立ち上がりボールを意識的に手に取る。
「原点回帰……」
「ぬ? ゲンテン……?」
「うん。初心に返って、バスケットと自分を1から見つめ直そうと思うんだ……!」
「! 確か、ホケツ君が言っていたという……」
「え? 補欠って……」
( 試合の時もそう言って……
それって、健司くんのことだよね? )
桜木が命名した愛称にきょとんとした顔付きに変わった。
愛しき人と再び出会う日のために綾にはやるべきことが、必ずやり遂げなければならないことがあった。
それは、一度原点に帰り
バスケットと真剣に向き合うこと。
でなければ今後、彼等と苦楽を分かち合うことは言うまでもなく
牧の彼女でいる資格なんてない‥‥そう思っていた。
「ホントはね、私ひとりで……自分の力だけで乗り切ろうって思ってたんだ。
けど「大丈夫だよ」って桜木くんが……
踏みとどまってた時、何度も励まして奮い立たせてくれた。
桜木くん、いつもいつもありがとう……!」
( 綾さん…… )
先ほど見た、桜の木。
入部当初はウォームアップの意味ですら知らなかった男が教示すると、二人で一緒に頑張ろうと元気付けてくれた。その純粋な優しさが嬉しくて
自分一人だけで抱えなくてもいいのだと肩の荷が下り、心から安堵した。
「コーチ」ではなく「桜木くん」
呼び方がまたもや元に戻っていることに気付いていたが、桜木は敢えて何も言わず彼女の聞き役に徹していた。
「それにね……
すごろくみたいに、ふりだしに戻りたいの。」
「スゴロク……!?」
予期せぬ発言に、思わず目を見張る。
館内の扉や窓は閉め切られていて
風の音も、鳥の声も、何の雑音もしない。
ゆえに彼女の可愛らしい声が、伝えたいという強い想いが‥‥ステレオサウンドで否が応でも両耳へと侵入してくる。
「もちろんサイコロを振らなきゃ……
コマを進めなきゃゲームが成り立たないし、ゴールまで辿り着けないって、分かってる。
でもいいんだ。
私はここで、ずっと足踏みしていたい。」
「!」
「牧先輩も、健司くんも、すごく強くて……
宗くんも……みんなみんな努力してる。
私だって、心ぐらい強くなりたい。」
「…………」
高度な技術に屈強な身体。
そして逆境に負けない不屈の精神を持った彼らが、ずっと羨ましかった。
昨日より今日。今日より明日。と
目標を掲げ、力をつけ、夢を叶えようと日々切磋琢磨している。
それに引き替え自分はただメソメソと泣きじゃくり、辛い現実から目を背けてばかり。
本日の試合であらためて心の弱さと身の丈を知らされた綾だが
ふりだし(原点)に居続けることで視野が広がり、藤真が述べた様にいつか答えやヒントを得られるかも知れないと‥‥考えを巡らせていた。
( 初心……フリダシか……
なるほど、さすが綾さん…! )
「スタートといえば、この桜木をお忘れなく。なんせ俺はキャプテンに勝った男ですから!」
「えっ、赤木キャプテンに……!?」
感銘を受けた彼は、入学したての頃‥‥
赤木と初顔合わせをした日の出来事を思い返し己の武勇伝を得意げな表情で語った。
綾に見栄を張りたいがためか、大まかな流れだけで勝負に至った経緯や苦戦の末に勝利したという事実を明かすことはなかった。
「見たかったなぁ……」
「ゴ、ゴリのケツをですか?」
「え? お尻……?」
かああ‥‥と次第に顔が熱くなる。
あれはアクシデントであって決してわざとでは、と冷や汗をかき弁解をする桜木。
彼曰く途中でつまずいてしまい咄嗟に手を掛けた先が不運にも赤木が穿くズボンだったというだけで神に誓って故意ではないらしい。
綾はその場に居合わせていなかったとはいえ、全校生徒に大恥を晒してしまったキャプテンが非常に気の毒に思えた。
「違う違うっ! 決まったんでしょ?
桜木くんの、豪快なダンクシュート!」
「ハイ! そりゃあもう、ド派手に一発……!」
床全体に引かれた白いライン。
興奮冷めやらぬ中、コートの中央にあるセンターサークル内で両者は‥‥
「少し前にね……無理言って見せてもらったの。
牧先輩に、スラムダンクを……!!」
「!!」
「すっごくすっごく、カッコ良かった。
それでね……」
( 私のこと……誰にも渡さない、って…… )
「ぬ……?」
「バスケットは好きか、って聞かれて……
あの時は即答できたのに……今は………」
「綾さん……」
ーー‥
綾……
お前……バスケットは、好きか……?
これから先も……目の前にどんな奴が立ちはだかろうと、絶対に負けたりしない。
俺は……お前を誰にも渡さない!!
‥ーー
今は、言えない。
心から好きだと笑顔で答えることができない。
同じコートの中心に立ち尽くしていても、現在とではまるで違う。
たった数か月先の未来にはこんな思いを抱く事になるなんて、あの時は誰が予測しただろう。
記憶と一緒に胸の痛みがズキズキと音を立てて押し寄せる。
重荷になってしまうことが嫌だった。
滅多に会えないからこそ嬉しくて、楽しくて
線香花火の様に
はしゃいでいた‥‥あの頃。
大好きな彼と、牧とともに過ごした
決して色褪せることのない大切な思い出 ーー
「っ……もう、退場はコリゴリだ!!」
「えっ……?」
「綾さん……!!
今度の試合で、必ずやあなたにご覧にいれましょう!!
この天才による、真のスラムダンクを!!」
「さくらぎ、くん……」
もう、絶対に退場はしない。
捨て身の渾身のダンクもチャージングを取られノーカウントに終わってしまった翔陽戦。
くじけまいとする信念や強い心を目の当たりにした桜木は、先の海南大附属との試合に向け必ずリベンジを果たすと堂々と宣言した。
ー こうして賽は投げられた ー
ここは原点。スタート地点に立ったばかり。
見えない壁を打ち破ろうと二歩も三歩も前進し始めた綾。
思い描いていたことが少しずつ行動に移せた今、涙が込み上げてくることはなかった。
それは‥‥
一寸先は闇ではなく、光。この先の未来は明るく希望で満ちていると暗示しているのだろう。
彼女の笑顔が八分咲き(満開)に咲く日はやって来るのだろうか?
まだまだ教室(レッスン)は始まったばかりだ。
( 綾さんは優しくて……可憐で、どこまでもまっすぐな女性(ひと)なんだな……
ああ……綾さんが俺のカノジョだったらいいのになぁ……
あーっ! ますますジイにはもったいねーっ!
カレシなんて認めたくねーっ!
マグレなんかじゃねえ、次こそは確実にダンクを決めてやる!!
ーー‥
" 誠実 " 、だろ?
赤いシャクヤクの花言葉。調べたんだぜ。
‥ーー
けっ、なにが誠実だ。
OBみたいなナリしやがって……
ジイめ……とんだ不誠実な野郎じゃねーか……!
別れて……きっと、泣かせて……
悲しませたことに変わりはねーんだ!!
しかし、綾さんは……あの野郎のことが好きで……
やはり俺には、春は来ないのか……
高校に入って初の失恋……
本当に51人目のフラれ記録になるのかも……
綾さん…… )