空っぽの心〜獅子奮闘 編
name change
夢小説設定ここでは名前を自由に入力できるぞ。お前の好きな名前を入れてみてくれ。それにより面白みも増すだろ。
と言っても女性ばかりだが……
ん? 最後だけ男か。奴は、アイツが初めて……
いや、すまん。何でもない。では、よろしく頼む。
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ふわっと吹いた追い風が
自分の背中を押してくれているみたいだった。
みんなに迷惑をかけて……
嘘をつかないって約束したのに破ってしまって
一人きりになってばかりで、ごめんなさい。
今だけは、今だけは
まっさらな自分でいたいんだ ー
ーー
はぁ…… はぁ……
息を荒げ、無我夢中で駆け出し行き着いた先は
そこは‥‥牧との思い出の場所。
芝生の絨毯が敷かれ小川のせせらぎが心地良い自然あふれた桜並木。
新緑で覆われたその枝先は見頃を過ぎてしまい葉桜へと変貌を遂げ、以前の面影は全く無い。
けれどこの木々は紛れもなく桜の樹なのだ。
( 最寄りの駅でも、バスの停留所でも、歩道橋でも公園でも、行き先なんてどこだって良かったのに。
知らず知らずのうちに足がここに出向いていた。
バスケット界の第一線で活躍している紳ちゃんに、こんなこと……言えるわけがなかった。
一番の良き理解者……?
勝利の女神なんて、天使だなんて……
持ち上げられるようなすごい人間じゃないのに。
地位も名声も肩書きも、何も要らない。
ただただ貴方のそばにいられればいいんだもん。
なくてはならない存在……
以前、大切な存在だってそう言ってくれたね。
できることなら
何も無かった頃に、彼が傷付いてしまう前に、別れる前の状態に戻りたいよ……
あ……宗くんや海南のみんなに、おめでとうって伝えなきゃ。
紳一に……
伝え、なくちゃ…… )
「っ……」
修復不可能だと言い渡された、例の腕時計。
針を逆戻りさせても、あの頃には戻れない。
ほんの少しくらい夢を見られたらいいのに。
あっと驚く様なファンタジーが存在していてもいいのに。平和だったあの時に回帰ができたらいいのに。
出口の見えないトンネルの中で光を求め、こんなにも四苦八苦しているというのに。
何故なのか。不思議と涙は出なかった。
その場に立ち往生してポケットにしまっていた携帯電話を取り出し開きかけた、その時
こちらに向かって整った息遣いとアスファルトを駆ける靴音が聞こえた。
「綾さん!」
「桜木くん……!」
「あっ!」
その音の正体は、桜木だった。
種々雑多な思いで頭の中がいっぱいになっている彼女は自身の感情を支配することが難しく、浮き足立っていた。
どんな顔をしたら良いのか分からず反射的に逃げてしまったが、彼の人並み外れたフットワークによりすぐに追い付かれてしまう。
「綾さん、無事で良かった!」
「逃げたりして、ごめんなさい。
……こんなだから、楓くんに指摘されちゃうのかな。」
「ぬっ、ルカワが……?」
数日前、資料室で二人きりとなった際に
突然いなくなったりしないでほしいと流川なりの励ましを受けた綾。
意中の人物である彼女の無事を喜んだ桜木だったがライバルの名を耳にした瞬間、拒絶反応なのか露骨に不機嫌な顔つきへと変化を遂げた。
「桜木くん……
怒っても……叩いても、いいんだよ?」
「なっ!? 女性に、それに綾さんに手を上げるなんてことは……!」
「ううん……自分への戒めだから、大丈夫。
だって……みんなに迷惑をかけて……
あの時だって、赤木キャプテンにも殴られて当然だったのに。懸命にプレイしている姿を見ていたら、私は一体何をしてるんだろう……って自分が情けなく思えて……
バスケが嫌いになっちゃうなんて……
とてもじゃないけど、言えないよ……」
「綾さん……やはり、無理して試合を……」
「…………」
綾はコクン‥‥と頷いた。
退部をするつもりなのでは?
先日の赤木の勘は見事に的中していた。
悪い事をしたのだから、叱られて当たり前。
自身への戒めと皆に迷惑をかけてしまった罰を受けたいとそう言い切った。
まさかの発言に仰天しうろたえていた桜木だったが彼女のさらなる胸中を知り、できる限り要望に応えようと覚悟を決めると
「で、では、チョップで……!」
「うん。」
ポン、と頭頂部に一瞬だけ感触を覚える。それはそれはソフトタッチな優しい手刀であった。
( 綾さんの頭に触れてしまった……! )
「?」
「だ、大丈夫ですか!? 痛かったですか!?」
「大丈夫だよ。桜木くん、ありがとう。
これで少しは罪の清算ができたかなぁ……?」
彼女はそう言って、走って乱れた髪の毛を手ぐしで整え弱々しく微笑んでいた。
「綾さん……
一時期、俺も自暴自棄になっていた時がありまして……
バスケットの単語に敏感になってたんすよ。
ビスケットとか、ダイエットとか……
だから分かりますよ、綾さんの気持ち!!」
「桜木くん……」
( 葉子さんにフラれたから……とは絶対に言えん!)
辛かった過去の経験をもとに、綾の気持ちを汲み同情の言葉を投げかけた。
桜木が友人だと話していた人物は
中学時代に失恋した記念すべき50人目の女性であり、その葉子の恋人がバスケット部に所属しているという理由だけで似たような言葉に過剰に反応しバスケを嫌いになったことがあった。
今後の高校生活を、人生を左右する運命的な出会いを果たした当初の悲しいエピソード。
派手な外見とは裏腹に彼は内気という意外な一面も併せ持っているらしい。
その後すぐ、辺りの景色を見回すと
「ところで、ナゼこのような所に……?」
「うん……自分でもよく分からないんだけどね、気付いたらここに来ていたの。
牧先輩との、大切な場所だからかな……?」
「大切な場所?」
「うん……!」
あの時はまだ、片想いだった。
生まれて初めて告白された、中学三年の春。
互いにすれ違いが生じて、抱き合って‥‥二度目の告白を受けた。そして今までずっと見続けてきた彼の背中。そこに書かれたエースナンバーに基づき決めた、二人だけの決まり事。
隠し事をせず、報連相をし、互いを信じ合い
そして嘘をつかない、という「4つのルール」
I love you…
盤面裏にそっと忍ばせた、一直線な熱い想い。
全身に刻み込まれたその気持ちは、心の印は
たとえ記憶が失われたとしても決して忘却することはないであろう。それほどまでに重要な地であり‥‥牧との大切な場所になっていた。
彼女は木の幹に触れたまま、空を仰いだ。
「桜の木。桜木くんの名前と一緒だね。」
「おお、確かに……」
「今は誰も気にかけないけど……
春になったら満開のお花を咲かせて、色んな人たちの門出に欠かせない主役になるんだよね。」
( そういえば入学式の日も、満開だったな…… )
「でも……数日であっけなく散っちゃって、地面が花びらの絨毯みたいになって……」
出会いと別れの季節である春に咲く日本の桜。白や桃色のそれは人々の門出を飾る、祝い事には欠かせない存在。
彼女は次第に俯き、土の大地にしっかりと張りめぐされている根っこの部分を眺めていた。
「大丈夫ですよ、綾さん!!」
「……?」
「春の季節にしか咲かない、ということは
言ってしまえば、春は秘密兵器も同然!!
それまではウォームアップをしておけってことなんすよ、きっと!!」
「え……? ウォームアップ……?」
「本物の桜は散ってしまっても、この天才は散ることはありません!! 一年中満開ですよ!!」
( 桜木くん……! )
拳を胸に当て、彼は自信満々な表情で笑った。
冬支度ならぬ、春支度。
暖かい季節に限り蕾をひらき開花する。
言い換えれば夏から冬にかけては咲かせるためのいわば " 準備期間 " 。
たとえ散り散りになってしまったとしても
その花びらの桜の街道を、カーペットの上を物怖じすることなく前へ前へと堂々と歩み続ける。
素人には到底思いつかない様な不自然さの無いその発想と発言は綾の心に響き、自然と顔を上げていた。
「秘密兵器、かぁ……
陵南で練習試合をした時の、桜木くんと同じだね?」
「ゔっ……あの時は、オヤジがこの天才を出し渋ったからであって、決してセンドーやボス猿に劣るなどとは……」
くすっ‥‥
「うん、大丈夫。分かってるよ。」
以前、陵南高校での練習試合で惜しくも敗れてしまった湘北チーム。
安西監督に秘密兵器だと告げられた桜木は終盤になり初の試合出場と挫折を経験した。
誰よりも負けず嫌いな彼の性格と気持ちを汲み取った彼女は
「なんだか……すごくホッとするね。」
「綾さん……?」
「そっか、そうだよね。
" 桜木花道 " ……だもんね!」
「……!」
「追いかけて来てくれたのが、桜木くんで良かった!
こんなに沢山の桜の木に囲まれてるんだもん。
水戸くんが言ってくれたように、いつまでも塞ぎ込んでないで元気出さなくちゃね……!」
( 綾さん……!! )
と、綾は両手を大きく広げて微笑んだ。
焼けつく様な猛暑でも、凍える様な厳冬が訪れても年中無休で綺麗な花を咲かせ続ける。
バックにはこんなにも屈強で心優しい人たちがいて何度も何度も元気づけ、ポジティブな気持ちにさせてくれる。
三分咲きほどであった桜は移り変わり
少しずつ、少しずつ‥‥
蕾を開いていくのだった ー
そして数十分前、綾が立ち去った直後の彼らはというと
まさかの展開に緊迫した雰囲気が漂っていた。
「綾さん!!」
桜木がすぐ後を追いかけようと
駆け出そうと構えた、その時
「花道!」
「!」
「お前ならきっと、春野さんの力になってやれる!! 彼女の援護を頼む!!」
「洋平……」
突如、水戸が桜木を呼び止め
彼女の心を救ってほしいと一任。
「「洋平……?」」
「水戸くん……?」
自身が追いかければ良いものを
親友に託した彼の狙いや心理が分からず、一同は驚きを隠せずにいた。
「任せておけい、奇跡とミラクルが同居するこの天才・桜木が綾さんを必ず救い出してやるぜ!!」
「……どっちも同じ意味じゃねーか。」
「早よ行け!」
「ヘマすんなよ~、達者でな~。」
「わーってらい!」
進行方向には過去の恋敵である小田の姿が‥‥
「桜木……」
「小田……」
互いに等間隔で向かい合い真剣な表情で佇む。
「いつまでもシケたツラしてんじゃねえ!
小田……綾さんの気持ち、無駄にすんじゃねーぞ。」
「……!」
「オメーとの決着はいずれつけてやる!
だがその前に、早くケガ治しとけ。」
捨て台詞を吐き
スポーツカーの如く超特急で去っていった。
綾はこの様な時でも面識のない人物の体調を気遣い、心優しい言葉を投げかけた。
その気持ちを台無しにしてはならないと主張する桜木。
ひょっとしたら皮肉に聞こえてしまったかも知れない‥‥
けれど漠然とした気持ちで観戦していても感じていた武園の選手たちの気迫がこもったプレイ。彼女のその言葉に何ひとつ嘘はなかった。
「綾、一体どこに行っちゃったのよ!?
だから無理して来なくても良かったのに……!
アンタはいつもいつも自分のことはないがしろで、人に気を遣ってばっかりで……!!」
「「 ………… 」」
晴れ渡った空に友人の叫び声が虚しく響く。
姿を消してしまった綾のことを思い、ひどく悲しみに包まれていた‥‥
桜木軍団をはじめ小田や葉子の面々はどうすることもできず途方に暮れていた。
そんな中、カナはスカートのポケットに入っている「ある物」の存在に気が付く。
「ハッ……! 電話……!
それに湘北のキャプテンや牧くんにも、この事を伝えないと……!!」
慌てて携帯電話を取り出そうとすると
「西東さん。」
「! 水戸くん……!?」
それはタブーだと言わんばかりに、黙り込んだまま左右に首を振る水戸。
彼は彼女のその行動を阻み‥‥沈痛な面持ちで静かに口を開いてゆく。
「今、春野さんを連れ戻そうと……二人を会わせようとしても、かえって逆効果だ。」
「えっ……!?」
「なぜ牧は、春野さんの姿を……
一度もこっちを振り返らなかったと思う?」
「! 言われてみれば……
あっ、そういや綾のペースに合わせてくれるとかって聞いたけど、もしかしたら……!」
「……やっぱりな。」
唐突な問いかけにハッとし、すぐに返答したカナ。思い当たる節があったのだ。
二人は監督公認の仲であり、正式なカップル。
もっと普通に、堂々としていればいいのに。
遠距離恋愛でもないのだから会おうと思えばすぐ会いに行けるのに‥‥
それどころか、声をかけたり顔を合わせることもしないなんて。自分なら絶対にありえない。
" 普通 " であることが、こんなにも難しいなんて‥‥
カナは綾が抱える問題の深刻さをこれでもかと言うほど痛感していた。
恋の模様は、当人たちによりさまざま。
なにも見つめて抱きしめ合い、口づけを交わすことが‥‥会って話すことだけが愛じゃない。
彼女を、綾のことを大切に思っているからこそ、牧はこちらを振り返らなかった。
水戸にもそれは見受けられていたのだろう。
目には見えない‥‥心からの優しさだった‥‥
「だが……悔しいが、俺らはバスケットのことはよく知らねえし、何の役にも立たねえ。
二人の間に何があったのか詳しいことも分からねえ……
でもアイツなら……花道なら、きっと大丈夫。
ようやく夢中になれるモンを見つけたアイツなら……」
「え? 桜木くんが綾を?
それって、一体……」
水戸は、つい先ほど友が駆けて行った道を見つめながらそう言った。
どういう事なのか疑問に思っていたカナだが、数秒後、その意味を理解し納得せざるを得ない状況へと変化した。
「 " 餅は餅屋 " だ。」
「……!」
「花道は、なんだかんだでバスケットにハマりつつあるからな。もうミイラ取りがミイラになっちまうこともねーだろうな……」
「確かに……もう投げ出すことはないだろ。」
「まぁ恋愛経験はゼロだけどな!」
「喧嘩にゃ強いが女にゃ弱い!
単純王だから経験がなくても問題ナシ!」
その道のことは、その道のプロに任せる。
やはり専門家が一番。
水戸はそれが良策だと判断し、明言した。
おそらく以前の様な不良には戻れない‥‥
バスケットの世界から道を外すことは二度と無い。もちろん綾の様に嫌いになってしまう恐れもないであろう。
初心者と言えど持ち前の力量や明るさできっと彼女を救出し、元気づけてやれる。
軍団の一味は桜木の性格を把握している。
普段から悪ふざけが大好きで、からかってばかりでも言葉は悪くても、親友である彼を誰よりも信頼しているのだ。
「水戸、あの子は海南の牧の……!」
小田がそう尋ねると
「……ああ。噂の彼女さ。」
「「アンド、俺らのガールフレンドだぜ!」」
「女友達……?」
「おっと! 自慢の、ってとこを忘れんなよ?」
と付け加えて話し、それに乗っかる様にしてある記憶が呼び起こされた。
ーー‥
あのね、電話で告白して……また付き合えることになって……
全力で……命がけで守ってくれるって
そう約束してくれたの。
私……彼のこと、信じてるから。
‥ーー
「でも、水戸くんは……」
「…………」
何を言わんとしているか認識しているのか。
ズボンのポケットに両手を忍ばせ、地面に落ちていた石ころを前方へと軽く蹴飛ばす。
そして‥‥
ゆっくりと空を仰ぎ、その澄んだ青色を見た。
「春野さんとは、せいぜい花同盟どまりってとこかな。
彼女はさ……高嶺の花なんだ。
俺みたいな雑草には到底、手が届かねえ……
ダチ以上でも以下でもないって言ってたが
憧れの対象にも、心の救世主ってのにもなれねえ……
ずっと、あのキレイな横顔を見てきた。
けど……いくら一緒にいたくても、隣にいる資格は俺にはねえんだよ……」
「「 洋平…… 」」
「水戸くん……やっぱり、綾のこと……」
「ああ、好きさ……
どうしようもねえぐらいにさ。」
「……!」
顔をしっかりと見据え、その問いに答えた。
" 隣にいるべき人は自分じゃない "
物憂げな彼の想いは、風にのって儚く消えた。
ここのところ影を背負っている様に見えたのは綾の気のせいではなかった。
いつか彼女を諦めなければならないと、フラれてもいいと腹を括っていても、その運命の日が来てしまうことを恐れているのか‥‥?
ー そして
水戸の回答を受け、彼女はそっと口を開く。
「私さ、ちょっと前に海南の三人に会ったんだけど……話の流れからして、神さんも清田くんも多分……綾に一度フラれたんだと思う。」
「!?」
「「は……? マジか……!?」」
「翔陽のイケてるキャプテン……
藤真健司って人のことド忘れしちゃってたけど本当に友達とか憧れなのかなって思うのよね。
この間の試合でもチラチラ見てたし……
あれは絶対、綾に気があるわよね。」
「それは女の勘ってやつじゃねえのか……?」
いやいや、誰がどう見ても明らかでしょ! とカナは腕組みをして水戸の言葉を打ち消した。
ーー‥
妬けるね、そいつに……
綾ちゃんにずっと想われてさ……うらやましいったらないよ。
宗くんも清田くんも、本当は辛いはずなのに……私とお友だちになってくれてありがとう。
早く素敵な人が現れたらいいね!
‥ーー
牧、神、清田の三人と初めて顔を合わせた日。
中学時代、フラれてしまった相手がいたことに驚き嫉妬にかられた発言をしていた神や友人の言葉を思い出す。
以前‥‥陵南高校で藤真の話を聞いていたにも関わらず、記憶が引き出せずうっかりど忘れをしていたカナ。
また翔陽へのエールや態度なども含め綾に好意を抱いているに違いないと、そう推測した。
「だからきっと、神さんも……」
( っ……まだ未練が……
やっぱり諦められねえってことか……? )
「「よ、洋平……」」
胸の奥がゾワッとする感覚を覚える。
憎しみにも似たねたみの感情が、ジェラシーが沸き上がる。
受け入れたくもない事実に、水戸は目線をカナから逸らした。
彼女は重圧を加える様にとどめの一言を放つ。
「それに、翔陽高校に行きたいらしいけど
何をしに行くのか聞きそびれちゃった。」
「! 翔陽に……!?」
「桜木くんが配ってた新聞も険しそうな顔で見てたし……藤真って人と、なにか関係があったりして……?」
( 春野さん…… )
( やばっ、ちょっと喋り過ぎちゃったかなー?
高頭監督だっけ。お墨付きの仲だとか
綾に失恋経験がある、ってことはさすがに水戸くんが気の毒だし……
今はややこしくなるから黙っておこっと。)
タラリと冷や汗をかく彼を前にして申し訳なさを感じ、サッと咄嗟に口元を隠した。
" 口は災いの元 "
これ以上はNGだと判断し当分は迂闊な発言を控えなければとカナは自身にブレーキをかけた、その時
ガサッ‥‥
「「 誰だ!? 」」
物陰から耳慣れない雑音と何者かの気配を感じ、振り返ると
その謎の人物は、慌てた様子で逃げ出した!
以前にも増して辺りは緊迫した空気に‥‥
「なっ、一体何事!?」
「水戸……! 今のは……!?」
「小田くん……怖い……!」
「まさか、綾ちゃんを狙ってるっていう……!?」
「隠れて聞き耳立ててやがったのか!」
「ああ……どうやら、そうみたいだな……」
「野郎……!! 逃がさねえぞ!!」
突然の出来事に一同は動揺を隠せない。
怒りに満ちた大楠は拳に力を込め、すぐに追いかけようとすると‥‥
「待てよ、大楠!!」
「なんだよ洋平! 止める気か!?」
大声を張り、勢いづいた彼を呼び止めた。
「いや、俺が奴を追いかけて
牧と一緒にいた女の居場所を突き止める!
お前らは西東さんをかくまって家まで送り届けてやってくれよ。頼む……!」
「……!!」
大楠は水戸の目の奥に、本気を見た。
ここでやらなきゃ男が廃る。
彼はそんなただならぬ表情で切願していた。
「分かった、そっちは任せたぜ!」
「ガッテン承知の助!」
「西東ちゃん、俺たちがいれば安心だぜ。」
「ありがと……」
「じゃーな、小田! 葉子ちゃん!」
「水戸くん……気をつけて!」
「水戸……!」
こうして水戸は仲間たちと一旦離別し、敵の本拠地へと向かったのだった ーー
( 悪りぃな。大楠、高宮、チュウ……
彼女にとって大切な人間になれなくてもいい。
バスケも恋愛経験もない俺が
彼女のために今、できることはこれくらいしかねえんだ。
ここは俺がやらなきゃ……成し遂げねえと
口だけの、上っ面だけの男になっちまう。
全力で守る、か……
どうやらシンプルには、一筋縄ではいかないほど事態はかなり複雑みたいだな……
春野さんの手は、カチコチの氷みたいに冷たかった。
今にも泣きそうな……悲しそうな顔を見てんのは辛くて辛くて仕方ねえよ……
だが……この手で絶対に守るって、護衛するってそう約束したもんな。
あの二人はダチなんかじゃないってことが、西東さんの言葉でハッキリした。
やっぱし俺の思い過ごしじゃなかったんだな。
はぁ……俺もフラれたら
当分は引きずっちまうんだろうな……
翔陽か……
わざわざ自分から会いに行くっつーことは、よほど親しい仲なんだろうな。
一体何のために……?
彼女は優しいから、激励とか、それとも……
どこにいるのか見当もつかねえが
春野さん、無事でいてくれ……!!
んでもって、一皮も二皮も剥けりゃあいいな。
アジトを必ず突き止めてやる!
そっちは頼んだぜ、花道……! )
桜木のナチュラルな心ある優しさに、琴線に触れた綾。
彼女の隙間を埋めるための救出作戦。
それは‥‥彼のこんな思いがけない一言から始まった。
「綾さんにだけ、特別サービス!
次期キャプテンと囁かれている
このジーニアス・桜木が天才になるための近道を教えてしんぜましょう!!」
「え……? 近道……?」
「はい……!
バスケットを完全に嫌いになってしまう前に!
もっと好きになってもらうためにも!
一緒に頑張りましょう、綾さん!!」
「桜木くん……」
片手で拳をつくり、活気に満ちた表情でこの様な事柄を提案した。
意外な発言に少しばかり驚く綾。
牧に別れを告げられて以来、彼女はバスケットボールという競技に面白みを感じなくなり苦手意識を持つようになってしまった。
最愛の彼とは元通りになったにも関わらず、それだけは一向に変化がない。おそらく他にも何らかの理由があると思われる。
バスケの楽しさを知ってもらうために
アクセル全開で取り組もうと、力づけようときっと桜木なりに模索していたのかもしれない。
「頑張る、かぁ……私に、できるかな……?
あの時……楓くんも今の桜木くんみたいに、私を励まそうとしてくれたね。」
先日の流川との一コマが頭の中で再生される中、誘いに思いとどまっていると‥‥
「ぬっ……
大丈夫ですよ、綾さん!
この天才さえいれば、まさに鬼に金棒。ルカワの声かけや手助けなど必要ありません!」
「……!」
( これ以上、あの野郎にばかりいいカッコさせてたまるかってんだ……! )
流川の名に目くじらを立てるが、ライバル意識剥き出しの彼は自分さえいれば大丈夫だと彼女の関心をすぐに自身の方へと向けさせた。
「それに、いつもゴリや彩子さんにコキ使われてますからね。俺だってたまには……」
「そっか……桜木くんも教える立場に、上の立場に立ちたいよね?」
「! ええ、そりゃあもちろん……」
「じゃあ、よろしくお願いね。桜木コーチ!」
両手を腰の後ろで組み、彼の目を見て笑った。
( 綾さん……!
コーチ……いい響きだ…… )
" 桜木コーチ "
その肩書きに満更でもない様子の桜木。
この様なやり取りを経て綾はとある強い思いと、彼と共にバスケットに向き合おうと胸に誓ったのだった。
ー そして
二人は別の場所へと移動した。
「桜木くん、ごめんね。待った?」
しばらくして、綾はドアからひょこっと顔を出した。ここは彼女の自宅。
その間、桜木は玄関前で待機をしていた。
湘北高校のジャージにTシャツと短パンといった運動着に身を包み、背中には普段から愛用している黒色のリュックと片手には可愛らしい花柄のギフトバッグを手にしている。
急いで階段を降りてくる音が聞こえたのは、おそらく桜木を待たせてしまっているからなのであろう。慌てて準備したことがうかがえる。
日頃から用意周到な彼女には珍しいケースだ。
「ぜ、全然ですよ、気にしないでください!」
ドキドキ‥‥
( 綾さんの家の前で出待ち……
これはもう立派なデートなのでは!?
いかん……き、キンチョーしてしまう……! )
自身の髪に負けず劣らず‥‥
頬を赤色に染め、直立不動のままの彼。どうやら顔中から湯気が立つほど緊張している模様。
綾の両親は共働きで日中は留守にしていることが多い。
学校へと出向き、帰りが遅くなると家族宛てにメモを書き残し家を出る。
鍵をかける際、よし……! と気合いが入り何気ない行動一つ一つにも意欲が感じられた。またひとつ前進し成長するための第一歩を踏み出そうとその細い足を動かした。
「ずっとそのカッコじゃ風邪引いちゃうよ?」
ハイ、これ! と綾はリュックから一着の真っ白な衣服を取り出し、目の前の彼に差し出した。
「おお、これは……」
「男性用のTシャツ。
サイズがXLしか無くて……大きすぎるかな?」
「わざわざ俺に……? い、いいんすか?」
「うん、もちろん!
決勝リーグを目前に控えてるんだもん。体調を崩さないようにね。早く着てみて着てみて!」
「じ~ん……綾さん……
この桜木、ありがたく着させていただきます!」
ピッタリでしたよ! と桜木はランニングシャツの上から袖を通した。その直後、彼女が嬉しそうな表情をしていたのは言うまでもない。
時刻は午前11時過ぎ。
武園の試合があったため本日の部活は午後から。彼等は通学路を並行して歩く。
未だ桜木の口数は少なく、気がかりな綾は夜な夜な練習に励んでいたと言う水戸の発言が脳裏をよぎり、心配になりそっと呼びかけると‥‥
「桜木くん?
徹夜明けみたいだけど……大丈夫?
さっきからずっと顔も赤いままだし……」
この言葉を境に、彼は歩行を止めた。
「高校に入ったら……」
「……?」
「かっ、カノジョと登下校することが夢で……こんな感じなのかな~と……」
「えっ……そうなんだ……?」
「運のツキと太陽がまわってきたなぁ~
なんちゃって……
そうだ綾さん、大変でしょう。この桜木がカバンをお持ちしましょう!」
「あ、ありがとう……
じゃあ今はその擬似体験ってことかなぁ……?」
「ギジタイケン……
まぁ、これが現実だったらイイんですけどね!ナハハハハ……!」
「……!」
まさかの返答に驚き、言葉に詰まる。
綾は頬を染めつつもリュックを申し訳なさそうに手渡した。
" カワイイ彼女と登下校すること "
どうやらこれは彼の野望且つ理想のシチュエーションらしい‥‥
ましてや意中の人物が
今、天使が自分の隣にいるのだから。
バーチャル体験だとしても喜びを隠せない。
( 舞い上がり過ぎて思わず言ってしまったが……まさか、気付かれてないよな……?
冷静になって考えてみれば
今日は綾さんと二人きりでいられる上に、一緒にバスケまでできるとは……!
おお……これは幸せの予感……♡ )
先ほどから桜木の身動きや口数が少ない理由。
それは例えるならば沸騰したヤカンの先端からこれでもかと噴きだす蒸気。
その熱を帯びた顔は鈍感な彼女でさえもはっきりと分かるほど、一目瞭然だった。
( 彼女と登下校……
現実って……
今の今まで何気なく会話とかしてたけど
あからさまに顔を赤くして……
あんな風に言われたら、すごく意識しちゃう……
天才になるための近道、かぁ……
特別って……それは、そういう意味……だよね……?
最初はね、連れ戻しに来たのかと思ったんだ。
だけど……それは全然違ってた。
必死で守ろうと、自信をつけようとして
息を切らして、汗だくになって
後を追って……駆けつけて来てくれた。
だから……拒絶とか追い返すこともしなかった。
一夜漬けで練習してたのに、大丈夫かな……?
わざわざ時間を割いてまで……ごめんね。
でも、すごく嬉しい。ありがとう……
頭に血が上ると、我を忘れちゃうのかな。
怒りっぽいのが玉にきずだけど……
本当はとっても繊細で、相手の心の痛みを分かってあげられる優しい人なんだね。
とは言え、安易に二人きりになるのはダメだよね。
今度 " 彼に " ちゃんと謝らなくちゃ……
…………。
貴方の立場からしたら
学校も別々で、一緒に登下校もできなくて
ヨリを戻したはずなのに
突然、会う勇気がないとか意味が分からないことを通告されて……
試合はおろかプライベートでも
彼女に会いたくても会えなくて、体に触れられなくて、お預けをくらってばかりで……
電話やメール、差し入れとか……
間接的なものでしか繋がりがないなんて……
やってられないよね。
冗談じゃないって感じだよね。
すごく酷いことしてるし、自分勝手だよね……
甘えてもいいよって言ってくれたから
そうしたつもりでいたけど
私は結局、心の広さに甘え過ぎてるのかな……
紳ちゃん…… )
この先どんな困難が待ち構えているのだろう?
それはきっと、目を伏せてしまいたくなる様な辛い現実なのかもしれない ー
その後、学校に辿り着き二人は部室へ。
ドアには「カギこわすな!」との注意書きと、内部の壁面にはインターハイ予選のトーナメント表が貼られている。
狭いながらも部員たちの私物や大事なユニフォーム、他には備蓄用品なども管理する極めて重要性の高い場所。
部屋全体には多少のホコリや汚れなどがちらほらと見られていた。
「よーし、まずはここからスタートだね!
桜木くん、頑張って部屋を綺麗にしよっ!」
「は、はいっ!」
腕まくりをして意気込み、雑巾やホウキなどを手に清掃を開始した。
普段なら面倒くさいとサボってしまいがちな彼だが、この日だけは俄然とやる気が出た。
この様な密室に二人きりという美味しい状況に胸が高鳴りテキパキと作業も捗る。
床やロッカーに次ぎ、窓を拭く最中(さなか)
綾はガラスに映る桜木の姿に戸惑いを見せていた。
( 静か過ぎて、ちょっとだけ緊張しちゃう……
もし……私のことを本当に好きだとしたら……
告白されたら、どうしよう……?
って! 桜木くんはただボディガードとして、心配してくれて……真面目に掃除してるのに!
集中しよ、集中!
でも……気になる…… )
「「 あ、あのっ……! 」」
一斉に振り向き、言葉が重なる。
顔を赤くしていた綾だが、対する彼は暗く何やら思い詰めた表情をしていた。
「ごめんね。桜木くん、先に言っていいよ?」
そう言って言葉を促すと
「す、すみませんでしたっ……!!」
「……!?」
「だけど俺……
間違ったことを言ったとは思ってないっす。
カレシのくせに……綾さんを悲しませて、って……じっとしてられなくて……それで……」
( 桜木くん…… )
先ほどの武園戦で、桜木は牧に溜まりに溜まった怒りの感情をぶちまけた。
当初は綾の隣の席を確保し浮かれていたのだが‥‥もだえ苦しむ横顔が起爆剤となり今回の件に繋がってしまったのだ。
心の中が罪悪感によって支配されていた彼はここぞとばかりに謝り、同時に正論を述べたまでだと強く主張する。
その胸中を知った途端に、好きか否かと思慮していた自分がとても恥ずかしく感じた。
「うん……分かってる。
私のために言ってくれたんだよね? やっぱり桜木くんは、優しいね。」
「……!」
「バスケットを……って、
その先は言わないでいてくれたし……
もしかしたら、悟られちゃったかも知れない。
でももう過ぎたことだし……気にしないでね。」
「綾さん……」
ーー‥
綾さんはなぁ、いらねえ嘘までついて、テメーの名前を呼びたくても呼べなくて、ずっと一人で苦しんでんだ!
おまけにスランプにまで陥って
大好きな……大好きな、バスケットを……!!
‥ーー
それに続く言葉は、ただひとつ。
" 嫌いになってしまう " ‥‥と。
本当はイヤだった。それだけは避けたかった。
すぐに答えを見出せる様な、匂わせる様な発言はやめてほしかった。
海南の皆に、愛しのあの人にだけは知られたくなかった‥‥‥
彼女は、牧とともに積み重ねてきた思い出がシャットアウトされてしまうことを一番に恐れている。
されども過ぎ去った時間は取り返せない。
また自身のことを想い、声を張り上げてくれた桜木を非難したり悪者扱いする気もさらさらなかった。
ふと手元を見ると雑巾を持ったままだったことに気が付く。
作業を続行し少しでも明るい空気に切り替えようと微笑みかけるが‥‥
「だいぶ綺麗になってきたね。
桜木くん、この調子でパパッと終わらせちゃお!」
「はい!
ん……? 綾さんも何か話したいことがあったのでは……?」
「……ううん、大したことじゃないの。
だからあまり気にしないで。
それより、終わったらちょっと休憩しよ?」
「??」
この言葉は決して嘘じゃない。
平気な顔をして何事もなかったかの様に振る舞う。
目の前にいる人物は不思議そうな表情で首をひねり、こちらを見つめていた。
本当は 「気になってる人って、いる……?」
と、それとなく聞き出したかった。
彼の気持ちが、好意が自分に向けられていることは少なからず分かっている。
今はただ彼の誠意を受け入れよう。
バスケのことだけを考え本腰を入れて取り組もう。
この事は一旦心の隅に留めておこうと棚上げをした。
その後、掃除用具の片付けや水道で手を洗い、ペットボトル製のスポーツドリンクを手渡す。
「桜木くん、ずっと動きっぱなしでしょ?
倒れたりしないように、ちゃんと水分補給しなくちゃね!」
「綾さん……このシャツに加えて、飲み物まで……本当にいいんスか?」
「うん。もちろん!」
「じ~ん……
この桜木、このご恩は一生忘れません!
いっただきまーす!」
「! 桜木くん、一気飲みは……」
体に毒だよ? と言う隙を与えずゴクゴクとあっという間に飲み干してしまった。きっと彼女の優しさに触れ、喉も心の渇きも癒えたのであろう。うまかったっス! とオーバーなほど嬉し涙を流して喜んでいた。
「ふぅ。これで部室はピカピカになったことだし、お花を飾ってもいいかなぁ?」
「花……?」
「うん。
あ、三井先輩にはちゃんと許可を得てるからね?」
「ぬ……? なぜミッチーに……?」
綾はそう言って手持ちのバッグから、クラフト紙や麻ひもで簡易的に包装されたある数輪の花を取り出した。
それを先ほど飲み終えたボトルに水を入れて挿し、部屋の隅にそっと飾る。
何故に三井の許可が必要なのか? と疑問に思い問いただそうとすると
「このお花はね、オダマキっていう名前なの。」
「! オダ(小田)、マキ(牧)……?」
花の名称にハッと驚く。
過去の恋敵である友と、今もっとも憎き人物でもある男の名前にその疑惑は見事に打ち消されてしまった。
彼女は不安気な表情をしてスローテンポで語り始める。
「小田くん……足の怪我、大丈夫かな。
今日の試合、結構な点差をつけられちゃったし……きっとすごく悔しいよね。
けどインターハイ常連校の海南を相手に、死力を尽くして頑張ったんだもん。大健闘だったよね。」
「ええ。心配いりませんよ、綾さん。
この桜木が奴の分まで、叶えられなかった全国への切符を手に入れてみせますから!」
「桜木くん……」
友が叶えることのできなかった全国制覇。その意志を引き継ぐと意欲を示した。
綾は
「負けちゃったね」「残念だったね」
といった、一言で片付けられてしまう様な月並みな言葉を用いることはなかった。
チームの皆に負傷したままの右足を秘密にし、尚且つ夢を実現させるために獅子奮闘したのだから。ましてや小田は桜木の友人。
底が知れた言い回しも、軽蔑することもなかった。
そしてそれは
翔陽戦の後の藤真に対しても、同じだった‥‥
それに、と彼女は胸に片手を当てて続ける。
「決勝リーグの初戦、もうすぐだね。
実を言うとね、湘北と海南……どっちを応援したらいいか……分からないの。」
「……!」
「マネージャーらしからぬ最低な発言だよね。
曖昧なままで、本当にごめんね……」
「いえ、決してそのような……」
いよいよ数日後に迫った運命の日。
バスケ一筋で入部届を提出し、共にここまで上り詰めてきた仲間たちがいる湘北に
交際当時から部員たちと親交を深めてきた恋人の牧率いる海南大附属。
双方とも勝ってほしい。負けてほしくない。
どちらも大切で天秤にはかけられない。
しかし白黒つけなければ、勝負から避けることは許されない‥‥
そして現状、逃げ腰になってしまっている綾。
弱々しい心がシーソーの様に右往左往と傾き、はっきりと気持ちが定まっていなかった。
「きっと……牧先輩だったら……
お前の好きにしたらいいって、だけど
自分のチームを、選手たちを信じてやれって
そう言ってくれると思うんだ。
赤木キャプテンと正々堂々闘うことを、ずっと前から心待ちにしているみたいだし……」
「ジイが、ゴリと……?」
「うん。」
" 湘北に素質の見込めそうなセンターがいる "
今から二年ほど前‥‥
そんな情報を小耳に挟んだ牧は、試合会場までひとり視察に出かけていた。
当時、高校バスケット界に無名だった湘北だが赤木を個人的に高く評価しており
以来ずっと彼のことを気にかけている。
綾と交際を始めたことに加え、彼女がその男の通う学校を受験しさらにはマネージャーになると言うのだから世間の狭さを感じつつも期待感や面白みも増すというもの。
心強いチームメイトたちを引き連れた今、赤木に対する熱意を熟知しているからこそ
その様に気持ちを掻き立ててくれるはずだと予見していた。
綾は隅にぽつんと置かれたボトルを両手で持ち、それと桜木の顔を交互に見据える。
「オダマキって、花びらが星の形になっててすごく可愛いと思わない?」
「おお、確かに……」
「桜木くんもね……このお花みたいに、みんなの期待の星なんだよ。」
「……!!」
ピクッと耳が瞬時に反応し、肥大していく。
「紫色の花言葉はね、" 勝利への決意 " なの。
私……今はこんなだけど……これだけは言えるよ。
どうかみんなが怪我をしませんように。
小田くんの足が一日でも早く治りますようにって、祈ってる。
みんなのことを信じて、勝利を願ってるから……!」
( 綾さん……!)
プレッシャーに感じちゃったらごめんね。と、申し訳なさそうに言い添えた。
彼女が自宅から持参した花。それは星形に蕾を開いた海南のカラーでもある紫色のオダマキ。
何故この花の種類や色を選んだのか? 牧のことを意識をしたのか定かではないが
今唯一、声を大にして言えること。
選手達の無事を祈願し、信頼する。そして勝利を掴み取るために尽力を振り絞り、どちらにも悔いのない試合をして欲しいと望む。
もしかしたらこの花は、彼らに志を忘れずモチベーションを保つための掲示と自身の心の表れでもあるのかもしれない。
「いえいえ、
任せてください綾さん!
星といえば、今や湘北になくてはならない未来のスーパースター・桜木!
アーンド海南ごとき、恐るるに足らず!
どんな相手だろうと俺が倒ーーす!!」
「うん……! その意気その意気!
今言ったことはね、私の精一杯の気持ち。
だから未来のスターもとい次期キャプテンの桜木くん、頑張ってね!」
「はっ、はい……!」
桜木は拳をつくり、対海南戦に向けて確固たる思いと決意を示した。
その自信に満ちあふれた大きな声は
室内と彼女の小さな心に響き渡っていた。
よしよしと幼子をなだめる様にして
花びらを愛でる綾の姿に見惚れ、在りし日の友の言葉を思い出していたのだった。
( 美しい……! 優しすぎる……!
綾さんは、やはり天使だ……!
小田の野郎、こんなに心配してもらって、うらやましい……じゃない、
さっさと治さねーとタダじゃおかねーぞ!!
勝利への決意に、期待の星……
やはり天才、庶民とは格がチガウ! 綾さんにかなり期待されている……!
優しい心に応えるべく
俺もコーチとして精一杯頑張ろう……!!
それにしても……綾さんは、本当に花が好きなんだな。
ーー‥
まぁ要するに、
俺たちには " 敷居が高い " ってことだ。
‥ーー
敷居が高い……
高値の花……
タカネノハナ……
なんとなく、意味が分かったような、分からないような…… )