短編集

 


 美しい人だと、思った。
 初めて会った時、オレはまだ下忍で……七歳年上のあの人は既に上忍。若くして傀儡部隊の天才造形師として名を馳せていた。

「お前、名前は?」
「さ、サソリ上忍……っ!?」
「……二度言わせる気か?」
「いいえ、っ……由良、由良と申します!」
「由良ね……覚えておこう。お前、中々筋がいいな」

 演習場で修行していたオレに、態々声をかけて下さった。そして……お褒めの言葉まで。あの頃のオレは、それだけで天に昇るような心地だった。
 艶然と微笑むその姿に、オレは一瞬で……心を奪われた。

「よぉ、由良」
「サソリ様!」

 それからも、サソリ様は幾度となくオレを気にかけてくださった。使われていない演習場で人目を忍ぶようにして会う、それがまるで逢瀬のようで心躍った。
 鮮やかな赤い髪、こちらを見透かすような茶鼠色の瞳。透き通るような白い肌も、そこに影を落とす睫毛も。その美しさは時に婀娜っぽく、時に神々しく見えた。
 一年もしないうちに、オレはすっかりサソリ様に夢中になっていた。
 だが。

「由良……オレはこの里を出る」
「!?」

 突然サソリ様から告げられた言葉に、驚いて二の句が継げなくなる。
 一番端に位置する演習場で、いつも通りの密会。その筈だったのに……日常が崩れる音が聞こえた。

「オレも……オレも着いていきます!」
「いいや、ダメだ」

 気が付けばオレは声を張り上げていた。当然だ。サソリ様と共に居られないなんて耐えられない。
 オレの必死の申し出はしかし、非情に切り捨てられる。

「オレの為に、この里に残ってくれ」

 サソリ様はずるい。そう言われてしまえばもう、オレには拒否できない。

「はい……っ」
「いい子だ」

 ゆっくりと頷けば、サソリ様は頭を撫でてくれた。ただそれだけで頬が熱を持つ。
 敬愛に留まらない感情。だが最後までオレはそれを口にはしなかった。……できなかった。
 オレごときがサソリ様に懸想するなど烏滸がましいと。自分でも解っていたから。

「“潜脳操砂の術”」

 サソリ様によって術を掛けられた瞬間、視界が揺れる。同時に、耐えがたい眠気に襲われた。
 立っていられずその場にしゃがむが、それでも辛くて地面に倒れ込む。

「また会おう、由良――」

 オレが最期に見たのは。いつも通り美しいサソリ様が、冷酷な表情を浮かべているところだった。



「……次に会う時は、この里が滅ぶ時だろうがな」

 眠りに落ちた由良を見下ろし、サソリは口角を上げる。部下である由良には見せたことのない邪悪な笑み。
 子供というのは本当に扱いやすい。少し優しくしただけで、簡単に心酔し、その身を捧げてくれるのだから。

「さて……これで二人とも仕込みは済んだ。ククク……」

 サソリが態々目を掛けているのは何も由良だけではない。もう一人、別の部下も同じ術を掛けてあった。
 サソリによって都合のいい部下に育て上げられた由良は知らない。その思惑も……真相も。

 零れる笑みをそのままに、サソリは歩き出した。足元の由良には、目もくれないまま。





 10/31 由良誕生日


 
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