短編集
なんてことはない任務だった。
暁がある小国から依頼されたのは、ターゲットの抹殺。それはペインからイタチとサソリの二人に下された任務内容でもあった。
小さな農村に潜んでいたその男は、居場所がバレたと知ると、村民を盾にして逃げようとした。だが、無類の強さを誇る二人にとっては意味を成さない。
珍しい組み合わせだが、その理由は単純で。鬼鮫は単独任務に当たっており、スリーマンセルでの指定があった角都・飛段の任務にデイダラが組み込まれた。そう、ただ相方が不在だった二人を即席のコンビとしただけだった。
荒れ果てた村に斜陽の光と影が射す。イタチは、路地で倒れ伏している親子の遺体を目に留めた。
――結果として、村の人間は全滅した。自暴自棄になったターゲットと、サソリの毒と、そして……。イタチが視線をずらせば、決して消えない天照の炎が瓦礫でその身を畝らせていた。
夥しい死体の山が、いつか見た戦争の光景と重なり……イタチは眉を顰めた。任務続きで心身共に疲弊しているイタチには、トラウマを抉るようなこの光景は正に“毒”だった。……一時的な相方の存在も。
ターゲットによって切り裂かれた、母親とその息子。きつく抱き締め合い、苦悶の表情を浮かべて死んでいた。せめて、と膝をつき、目の前の遺体に手を合わせる。
「何をしている」
その後ろから声を掛けたのはサソリだ。彼は己の調整結果を確認するために、珍しくヒルコから姿を出して戦闘に参加していた。
傷どころか返り血すら浴びていないサソリは、本体の姿でイタチに近付く。死体を拝んでいるイタチを視界に納め、疑問の所以を知った彼は……その行為を鼻で笑った。
「そんな事をして何の意味がある?」
弔いを茶化すような問いに、イタチははっきりと眉根を寄せる。彼は……暁の面々、とりわけ私利私欲の為に命を弄ぶ奴等を快く思っていなかった。
サソリは死体を改造し人傀儡に仕立て上げ、それを芸術作品と呼ぶような男だ。イタチの目にはその相方・デイダラと同じように、只の狂人としか映らない。……軽蔑せずにはいられなかった。
イタチは立ち上がり、その真っ直ぐな視線で赤髪の男を見据える。彼は冷静さを欠き、珍しく感情的になっていた。互いに確固たる絆で結ばれたまま死んでいった親子の姿に、心を乱された事が大きな要因だった。
「命を尊ぶという事を知らないのか」
「はっ……お前がそれを言うのかよ」
今しがた殺人に加担していたばかりのイタチを、サソリは明確に嘲笑う。
サソリにとって人を殺す事は、ただの“手段”だ。命を奪う事に罪悪感すら抱かない。そんな事は忍であれば当たり前だ。少なくとも、彼が居た頃の砂隠れでは。
腑抜けたことを宣うイタチに対し、苛立ちを覚えるサソリ。
うちはイタチが暁に入った経緯を、サソリは思い起こす。自らの一族を滅ぼし、里を抜けたという少ない情報のみだが……。サソリがイタチを気に食わないと感じている理由は、そこにあった。
「……自分の親を殺した奴が、何を偉そうに」
ボソリと呟かれた言葉に、イタチは怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じる。
(ふざけるな……ッ)
お前が、何を知っている。
子供染みた慟哭を吐き出す代わりに、衝動的にサソリの首を掴むイタチ。だが、その喉に指が食い込むことはない。
それはイタチの握力や理性云々の話ではなく、サソリが傀儡人形だからだ。硬度のある皮膚に添えられた指、そこから伝わる冷たさ――それは正しく死体のもの。
イタチは反射的に手を離す。それをサソリは、笑いながら見つめていた。普段冷酷な程に素顔を隠す男が、こうも感情を顕にするとは……。人傀儡は愉悦の、しかしどこか不安定な笑みを浮かべた。
だが……不意にサソリの目が翳る。イタチとの対話、そして“親子”に心を乱されているのは、この男も同じだった。
「なぁ、教えてくれよ。そんなに命が貴いって言うんなら……何故」
周囲はすっかり暗くなり、光源は二人の背後で燃え盛る焔だけ。静寂の中、パチンと木が爆ぜた。
「何故オレの両親は、殺された」
虚ろなサソリの瞳に映るのは、一本の線が引かれた……イタチの額当て。その視界の隅で、いつか見た銀髪が翻った。
同時にサソリが思い出したのは、己の両親の墓だった。しかし“父と母”は自分が人傀儡にした為、その奥都城は形だけ。空っぽの墓にサソリが墓参りに行くことはなかった。
(だって無駄だろう。どんなに祈ったって、帰ってこないんだから……)
いくら本人の死体を傀儡にしても、生前の姿そのままに形造っても。操らなければ動くことはない。抱き締めてはもらえない。温度のない腕は冷たく、そして何も喋らない。……生き返る事等、無い。
表情の削げ落ちたサソリが、泣いているように見えて。イタチは手を伸ばしかける。流れていない涙を拭おうとして、止めた。腕は力を失い、だらりと垂れ下がる。
――どこまでも交わらない二人を、煤混じりの風が撫でて去っていった。
お題 月にユダ様
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