短編集
目の前で細い腰が揺れる。結合部からは水音、オレの腹の上で腰を振っている男からは断続的な嬌声が漏れていた。
「は、あっ……イタチ……っ」
「っ……」
どろどろと情欲に塗れた声が耳朶を打つ。その声に反応してしまい、男――サソリが密やかに笑う。
もう何度目かの交合だが、未だに信じられない気持ちになる。平素のサソリからは考えられない……上気した頬も、歓喜するような喘ぎ声も、真っ白い肌を晒していることも。
何より……男の一物を後孔に咥え、蕩けきった顔をしていることが、そしてその相手がオレだということが、一番信じ難い……事実だ。
――ある時。いつも飲んでいる痛み止めを切らしそうになった。普段オレの薬を作らせている薬師に頼みたいのは山々だが、任務が立て込んでおりそういうわけにもいかず……。“暁”の連中に弱みを見せるようで気が引けたが、このままでは任務の継続に支障が出る。そうなれば、木ノ葉に一人残してきたサスケは……。背に腹は変えられない。
オレは仕方なく、サソリに痛み止めの作成を依頼することにした。優れた傀儡師であるサソリであれば調合の腕の方も確かだろう、と見越してのことだった。
幸い、調合表は手元にあった。それを渡せば、サソリは眉を顰める。
「お前、正気か? こんな劇薬を常用してるってのか」
「……お前には、関係ない」
普段通りの無表情で突っぱねる。すると更にサソリの眉根に皺が寄った。
劇薬……確かにそうなのだろう。まともな治療もせず長年放置された病は、この身を確実に蝕んでいる。年月を重ねる度に痛みは増し、薬がないと満足に体を動かすことすら叶わない。
「……そーかよ」
「対価は?」
白けた素振りで、再び手元の調合表に視線を落とすサソリ。思案している彼に、答えを急かすよう問うた。無理難題を考える隙を与えないように。
しかし次の瞬間、オレは度肝を抜かれることとなる。
「対価は、そうだな――オレを抱け」
「……は」
あまりの衝撃に目を見開く。今……コイツは何と言った。抱けと……性交しろと、そう言ったのか? あのサソリが、オレに?
動揺したがしかし、何の冗談かと聞き返すことはできなかった。
すぐに反応できずにいれば、彼の唇が弧を描く。
「薬が切れる度に一回だ。……そうすれば、今のよりもっと効力が高いのを用意してやる」
確かに、今の薬では効きづらくなってきたと感じ始めていた。これ以上の物を作って貰えるならそれに越したことはない。
――そう考えた時、既に腹は決まっていた。
「よそ見とは、随分余裕だな……っ」
揶揄するような台詞で現実に引き戻される。オレの上に跨がったサソリは上体を起こし、緩く腰を動かしていた。
最初はどうなるかと思ったが、サソリとの素肌の触れ合いは不思議と嫌ではなかった。むしろ……。
「……悪い」
「集中しろ、よ~~~ッ!?」
サソリの腰を掴み、下から打ち付ける。イイ所に当たったらしく、面白いぐらい跳ねた声とナカの締め付けで絶頂を悟る。同時に自分も射精した。サソリの性器からも白濁が飛んだが、もう何回も出しているせいか勢いはない。
「ってめ、ぇ……いきなりっ……」
「っ、すまない……」
抗議の声に勢いはない。そのまま崩れ落ちそうになるサソリだったが、オレの顔を見つめて――笑った。
「イタチ……お前は、本当に美しい……」
細められた目に宿る熱。情欲だけではないその迸りを、改めて正面から見返した。すればサソリは顔を逸らす。惜しいな、と思った。
乱れた髪、年齢を感じさせない整った顔立ち、その額から流れる汗。オレよりお前の方が――余程美しい。
衝動に駆られ、サソリの後頭部に手を差し入れて引き寄せる。サソリが息を呑んだ。その空気の動きすら感じ取れるぐらい近い距離。
手にあと少しだけ力を込めて、唇同士を触れさせた。嫌悪感は、無い。
絆されてしまったのか、それとも彼の話を受けた時には既に……。
「ン、ふ……っ、おま」
「サソリ……っ」
「あ、アぁっ!?」
そんな思考も、サソリの甘やかな声に塗り潰されていく。いつしか強度の戻った陰茎で、再びサソリを突き上げる。
高い声を上げたサソリは眉根を寄せ、戸惑った表情をしていて。無防備なその顔にどうしようもなく劣情を掻き立てられる。
オレは堪らなくなって、もう一度キスをした。
「この薬を作ってくれないか」
渡された調合表を一目見て、眉を顰める。ただの痛み止めじゃねえ……例えば癌患者が飲むような、それぐらい強い物だ。……手遅れ、ってことか。
目の前に立つイタチは、病魔に侵されているようにはとても見えない。気力や胆力、薬でそう見せているのだろう。
オレがもっと早く気付いていればどうにかできたんじゃないか、という考えが脳裏を過る。……馬鹿らしい。
もし気付いていたとして、目の前の男が自分に頼るとはとても思えない。第一にオレは医療忍者ではない。出来るのは簡単な処置と調剤ぐらいだ。
嘗てない程の無力感に……捨てた筈の感情に苛まれながらも、表情を保って口を開いた。
「お前、正気か? こんな劇薬を常用してるってのか」
「……お前には、関係ない」
何を言っても無駄なのは判っていた。イタチには何か確固たる信念がある。そのことには気付いていた。ずっと、見ていたから。
……だけど、何か言わずにはいられなかった。
意思の強い瞳がオレを貫く。それに導かれるようにオレは、口を開いた。
「対価は、」
血迷った提案。すぐに冗談だと誤魔化すつもりだった。
……まさか承諾されるとは、露ほどにも思っていなかったが。自分を安売りするなと言いたくなる。その話を持ち出したのはオレだが。
最後に思い出作り、なんて健気なモンじゃねぇ。ただの女々しい願望。
――コイツの中に、オレを刻み付けるため。それだけだ。
お題 月にユダ様
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