短編集

 


 一面の銀世界。
 それを眺める数メートル先の背中は、少し頼りなげに佇んでいた。鮮やかな赤い髪が風に揺れる。

「旦那っ」

 サソリの旦那がこのままその銀の中に溶けて消えてしまいそうで、思わず呼んでしまった。そんなわけないか。……ないよな? うん。

「……なんだ」

 そこでやっと旦那が振り返ってくれた。それでも、オイラの中の不安は消えないままだ。
 任務は無事終わったが、起爆粘土を使い切ってしまったためC2で飛んでの移動はできない。そのせいで、大人しく徒歩で帰るしかなかった。ヒルコが破損したから、珍しく本体姿の旦那はそれにご立腹で、舌打ちを零してたけど。
 今は二人で崖沿いの道を下っている最中だ。忍だから足を滑らせる心配はしなくていいと理解はしているが、それでも慎重になってしまう。
 旦那はオイラなんぞお構い無しで、淡々と先に進んでるけど。待たせるとまた怒られちまう、止まっている今の内に……とオイラも歩みを早める。

「すげー……」

 立ち止まったサソリの旦那に漸く追い付き、隣に並ぶ。
 改めて眼下の雪景色に目を凝らしたが、見事なもんだ。凍りついた木々や川が、太陽に照らされて眩しく光っている。土の国は雪なんて降らねえから、新鮮な光景だった。
 旦那はどうだろうか。砂漠ばっかの砂隠れに雪が降るとは思えねーけど……他国で見たことあったりすんのかな。

「なあ、だん――」

 旦那に話し掛けようと横を向いて、呼ぼうとした愛称は途中で止まる。
 光のない瞳は、ただぼんやりと開かれているだけ。何も映されていないようなその眼が儚くて、怖くて、オイラは。

「……デイダラ、何してる」

 暁の衣、その袖口から見えていた旦那の白い手。それを両手で掬い上げ、包み込む。
 血の通わない肌は……まるで氷のように冷たい。
 サソリの旦那は人傀儡だ。自らを芸術作品とし、人間をやめた人形。だけど人と同じように喋るし、動く。だからオイラは……そのことをあまり意識していなかった。
 見ていなかった……敢えて見ないようにしていた人形としての側面。それを今、まざまざと見せつけられた気がした。

「子供体温だな、お前は」

 微かに笑われたが、不思議と悪い気はしなかった。だって体温が高ければ、旦那のことも……この冷たい手も、オイラの温もりだけで温められる、かもしれない。……そうだって言ってほしい。
 ガラス玉のような旦那の瞳。そこに温度が戻ることを……オイラはまだどこかで、期待している。




 
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