短編集

 


 ※ 現パロ、サソリ女体化





 老舗料亭の座敷で、二組の男女が和装で向かい合って座っている。片方は名家「うちは」の嫡男であるうちはマダラと、その父であり現当主を務めるうちはタジマ。もう片方は優れた芸術家でありながら大企業「風砂コーポレーション」の相談役をも勤めるチヨと、その孫であり祖母と同じ芸術家としての道を歩もうとしている美大生のサソリ。
 これは所謂――政略結婚のための見合いだ。日本の五大企業のひとつである風砂、ひいてはその裏にある政治家との繋がりを欲した「うちは」。名家であるうちはの血と、うちは……というよりマダラが懇意にしている火・木ノ葉株式会社との繋がりを欲した「風砂」。互いの利益の為に用意された席だった。
 当人達の意思は関係なく、話は進み……ある程度纏まった所で、タジマとチヨが席を立つ。

「さて。私とチヨ様は席を外します」
「後はお若い者同士……ほほほ」

 何やら意味深に笑ったチヨに、サソリは僅かに眉を顰める。それは、祖母の含み笑いが不快だったからというだけではない。

(無駄な時間だ……早く帰って製作に戻りてぇ)

 サソリは、貴重な休日をこんな事に使わされ苛立っていた。
 彼女は美大生で、人形造形師として若くして名を馳せていた。来年は卒業製作も控えている。こんな下らない事柄に囚われている暇はない。
 そもそも、二人で話して親交を深めても深めなくても意味はないだろう。これで婚約は成立したも同然なのだから。
 二人の大人が退室していくのを見送り、サソリは目の前の男にちらりと視線を送る。
 男――うちはマダラは、一言で述べるならば「美丈夫」だった。うちは一族特有の黒髪は長く、跳ねるような癖がある。片方の目が前髪で隠れており、それが影のある色気を醸し出していた。特徴的な涙袋すらその美貌を引き立てていた。うちはマダラと同一族の男が知人にいるが、ソイツとはまた違った……荒々しさと艶が共存している眉目秀麗な男だとサソリは感じた。そう、正に……生き人形のような。その黒々とした両の眼、がサソリを見つめ――。

「何を見ている?」
「ぁ……すみません」

 美しい、と思わず口に出してしまいそうになったサソリ。寸でのところで踏みとどまれたが、気まずさを感じ目を逸らす。
 マダラは目を細めた。先程までは見た目以外は特筆するところもない、どこにでもいる女かと思っていたが……段々と覚え始めた違和感。普通の女ならマダラと目が合っただけで恐れるか頬を染めるが、サソリは違った。恥じらっているわけでも、怖がっているわけでもない。感情のない顔で、淡々と検分するような視線を送ってくるのだ。
 窓の外を見ているサソリを、改めてまじまじと見たマダラ。サソリは、美形揃いのうちは一族とはまた違うタイプの美人だ。柔らかな赤い髪は、今は振り袖に合うよう纏められているが、解けばそれなりの長さになるだろう。榛色の瞳は大きく、長い睫毛に彩られている。小さな忘れ鼻に薄い唇。化粧は失礼にならない必要最低限の白粉と紅のみだが、それだけで十分なほどの花貌。
 マダラは口角を上げる。その無表情を崩してみたくなった。

「興味は無かったが……そのツラは悪くないな」
「あぁ……オレもそう思ってたとこだ」
「は?」
「……あ」

 マダラは目を瞬かせる。思っていたのと違う返答が来たからだ。照れるなり何なりするかと思ったが……今コイツは何と言った?
 サソリは己の失言に気付いたが、最早取り返せないと悟り溜め息を吐いた。

「そっちが素か」
「……悪ィかよ」
「いや? 楽な方で構わん」
「まぁ、アンタがいいって言うなら……」

 取り繕うことすら止めてしまったサソリは、無遠慮にマダラの顏を眺める。出来ることなら直接触れて確かめてみたかったが、流石にそれは……。

「触れてみるか?」
「……声に出てたか」
「あぁ。確りとな」

 愉快そうに目を細めるマダラに、サソリはもう一度深い溜め息を吐いた。どうにも気が漫ろになっていけない。いや、目の前の男の顔が良いのが悪い。
 その心の内すらも口から漏れ出ているのだが、最早マダラは何も言わなかった。彼は湯呑みの茶を呷り、薄く笑った。

「良いぞ」
「……え」
「触っていい、と言った」
「じゃあ……遠慮なく」

 言質は取った。サソリはこれ幸いと手を伸ばし、小さく細い指をマダラの顔へと触れさせる。密室で二人の男女がする事にしては色気がないが、人形造形師のサソリにとっては己の糧となる大切な時間だった。触れて確かめて、感触や熱を次の作品に生かす。……やりすぎて嫌がられる事は多々あったが。
 マダラの肌理の細かな白い肌の上をサソリの指が滑る。だが座卓を挟んでいるので、背丈の小さいサソリにはやりづらいことこの上ない。身を乗り出しても伸ばしづらい腕に眉を顰めれば、その様子を面白そうに眺めていたマダラが口を開いた。

「こちらに来ても、」
「いいのか」

 マダラの台詞を最後まで聞かずサソリが問う。あくまで確認の形を取っているが、既に席から立ち上がっていた。
 表情の乏しいサソリが見せた僅かな喜色。それに気付いたマダラが笑みを崩さぬまま鷹揚に頷けば、サソリは素早く動いてマダラのすぐ側に座る。
 改めてその毛穴ひとつない肌に指を這わせるサソリ。顔を近付ければその長い睫毛の一本一本までを眺めることができた。高い鼻梁、形のよい唇、頬骨の凹凸まで……丹念に指先でなぞり、観察していれば。こちらも至近距離でサソリの花顔を眺めていたマダラが、唐突に口を開いた。

「家の者が、やたらと顔に触れてくる女が同学内に居るとぼやいていたが」
「……多分オレだ。それ、イタチから聞いたろ」

 高校での後輩だったイタチを追い回し、幾度となく触れたり勝手に写真を撮ったことを思い出したサソリ。
 サソリの被害に遇ったのは、何もイタチだけではない。同じく高校の同級生だった長門、同じ大学の後輩であるデイダラ、「風砂」現社長の子息である我愛羅など……多岐に亘る。

「クク、妙な女だな」
「よく言われ、っ」

 マダラは低く笑った。下らん見合いだと思っていたが、面白くなりそうだと。
 サソリは寒気を感じ、マダラの顔から手を離したが……もう遅い。腰を引き寄せられ、あと数ミリで唇が触れてしまいそうな距離まで近付いてしまう。
 両目を大きく見開いたサソリに、マダラは囁いた。

「そのように無防備に男に近付くな。……喰われても知らんぞ」

 そうしてマダラは、サソリが何か言う前に――その唇を塞いだ。





 11/6 お見合いの日

 お題 エナメル


 
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