短編夢まとめ

 いつも外食ばかりに連れ回していては、成長期のレモネードの栄養も偏ってしまうかもしれない。成り行きとは言え、自分に懐いて着いてきてしまったレモネードの面倒を見るのは大人である自分の務めだと、ニコラシカは考えていた。
「栄養バランスをしっかり考えた食事を作り、レモネードくんに食べさせる……これこそ、保護者となった私の務めでしょう」
 スーパーで買ってきた食材達を手にして、ニコラシカはキッチンに降り立った。人生で料理など一度もしたことなどなかったが……レモネードという少年の成長のためなら、不慣れなことにも挑戦してみるかと、ニコラシカは思ったのである。
「手始めに卵焼きでも作ってみましょう」
 焼くだけなら私でもできる。そんな安易な考えをしていた自分を、数分後のニコラシカはすぐに呪うことになるのだった。

***

「なんですかこの黒い塊は」

 初めて料理に挑戦してみた結果は、散々なものになった。キッチン現場はまるで殺人でも起こったのか?と勘違いされてもおかしくないレベルで荒れに荒れていたし、ニコラシカの手元には炭のような風貌をした卵焼きがあった。ニコラシカは己の手元にある炭を呆然と見つめ、立ち尽くすしかない。
 ただ焼けばいいと思って、フライパンに直接卵をぶち込んだのがそもそもの間違いだった。強火で卵を焼き尽くし、ぐちゃぐちゃとフライ返しで卵を弄っていたら、炭のような風貌をした卵焼きを生み出していたのである。なんというかもう、卵焼きを作る工程すべてが間違っていたのだ。何故素直にレシピサイトを見なかったのだと、数分前の自分にツッコみたくて仕方がない。

「私は所詮、何かを壊すことしかできない魔女なんですね……」

 はは、という自虐的な笑いと共に卑屈な言葉が零れる。いずれにせよ、こんな物体Xをレモネード少年の口になんて入れさせるわけにはいかない。速やかに迅速に、自分が責任を持ってこの卵焼きだった何かを食べて処理をしよう……と、覚悟を決めて、もぐもぐと卵焼きになるはずだった物体xを口に入れ始めた時だった。

「ニコラシカー! 帰ったぜ……って、なんだこの焦げ臭え匂い……おい! バンカーバトルでも起こったのか?! つーか無事か?!」

 証拠隠滅を測る前に、運悪くレモネードが帰ってきてしまった。キッチンの惨状に気づいたのか、血相を変えて自分の元に駆けてくる。

(ま、まずいですね……いろんな意味で……)

 ニコラシカは全身の血の気がサァッ……と引くのを感じた。口の中はじゃりじゃりと謎の食感と苦みで充満してるし、レモネード少年はキッチンの惨状を見てならず者が襲ってきたのか?!と誤解している。早いところ誤解を解かなければ、と思うのに、口の中に残っている卵焼きにえずきそうになって、なかなか言葉を紡ぎ出せない。

「ッ……、う……ぶ、ぶじ、ですよ……」
「なっ……嘘吐くなよ?! 顔色めちゃくちゃ悪ぃし、手とか傷だらけじゃねーか! 誰かに襲われたのか?! ソイツどこに逃げやがった?!」
「うそではありません……」

 状況が悪すぎてアンジャッシュ状態になってる。涙目涙声で話すニコラシカの姿を見て、レモネードは心配の余りますます険しい顔つきになっていく。なんでこの期に及んで暴漢を庇おうとするんだ?!とでも問い詰めてきそうな剣幕になってるレモネードの前に、無言で食べかけの黒い卵焼きを差し出した。

「あ? なんだこれ……炭?」
「……卵焼きです、いちおう。これを、作っていただけで……」
「卵焼き?! これがか?! ていうか作ったって……」

 レモネードは驚いたように、ニコラシカと黒い卵焼きを交互に見遣る。そして冷静になってキッチンの方を見てみれば、あちこちに散乱してる卵の殻やら調味料やら調理器具やらが見えて……ニコラシカの伝えたいことがやっと分かった。

「襲われたわけじゃねーんだな。なら良かったぜ」

 要は卵焼きを作ろうとキッチンに立ったはいいものの、結果的に失敗してしまい散らかしてしまった……と言いたかったのだろう。暴漢に襲われたわけではなかったらしいと分かって、レモネードはホッと胸を撫で下ろす。

「心配を掛けて申し訳ないです……。キッチンを片付けますから、レモネードくんはしばらく自室に戻って……」
「……なあ、なんで急に料理作ろうなんて思ったんだよ? ……もしかしてこれ、オレの為に作ってくれてたのか?」
「……!」

 ニコラシカが片そうと提げかけた黒い卵焼きが乗った皿を、レモネードは掴む。レモネードの言葉を聞いたニコラシカは身体を硬直とさせて、一瞬無言で黙り込んだ。その反応を見て、図星なんだな……とレモネードは確信する。

「ち、ちがいます。ただの気まぐれで作ってみようと思っただけで……!!」
「ケケッ! あんたって、本当に嘘吐くの下手だな!」

 常日頃、足手纏いになったら即置いていきますから、と言ってくるくせに、なんだかんだニコラシカは自分に甘い。この黒い塊と化してる卵焼きだって、本当は自分に食べさせようと思って作ってくれていたのだろう。……育ち盛りのオレのことを気にして、ニコラシカはいつも自分の分の料理をオレに分けたりして、たくさん食べさせようとしてたのを知ってる。不慣れな料理をやってみようと思ったのも、全部自分のことを考えての行動だったんだろうなと察して、レモネードは心の奥がふわふわと暖かくなるのを感じた。

「むぐっ……ん。確かにちっと変わってる味だけど、食えなくは……ないぜ」
「な?! こんな身体に悪いものを食べてはいけません!! 今すぐ吐き出してきなさい!! お腹を壊してしまいますよ?!」
「今までもっとやべーもん口にしてきてんだから、これくらい何ともねえよ。……ほんとに、あんたってオレに甘いよな」

 黒い卵焼きを躊躇いなく口にして平らげたオレを見て、ニコラシカは顔を青褪めさせて焦っていた。出会った当時は、表情筋一つ動かない鉄面皮のような人だったのに……今は自分にだけこうして、豊かな表情や感情を見せてくれる。

 ニコラシカの中で、自分という存在は間違いなく大きくなっているのだろうなと伺い知れて、レモネードは嬉しい気持ちでいっぱいになっていた。
32/32ページ
スキ