短編夢まとめ

「レモネード……さん。レモ、ネード……さ……〜〜っ! うう〜!やっぱりだめです……!! レモネードさんを呼び捨てにするだなんて……私にはハードルが高すぎます……!」

 トレードマークのアホ毛をしょもしょも……と萎れさせて、ニコラシカはベッドの上でころころと転げ回る。彼女の両手には、ブーケガルニからもらった……レモネードを模したぬいぐるみが抱えられていた。

『いい加減、呼び捨てで呼べっつってんだろ』

 レモネードに前々からお願いされていることを、ニコラシカは頭の中で反芻させる。レモネードが望むことであるのならば、自分のできうる限りで叶えたいと思っている彼女が……未だに実行できていないこと。それが、愛しい彼を呼び捨てで呼ぶということだった。
 基本、ニコラシカは誰に対しても礼儀正しく……他人を呼び捨てで呼ぶということをしない。だが、自身の料理の師であるフォンドヴォーには「師匠」、自分よりも年下であるルッコラやコロッケ達に対しては「ルッコラちゃん」「コロッケくん」と……ほんの少し違う呼び方をしている。嫉妬深いレモネードにとっては、それが不満なのだ。
 いつまでも「さん」付けで呼ばれることに対して……彼女との距離を感じると示した、レモネードの少し寂しげな表情。それが、ニコラシカの脳裏に焼き付いて離れないでいた。

(私が色々と未熟者なせいで、これ以上レモネードさんのお心を傷つけるだなんて……あってはなりません!)

 そう決心したからこそ、ニコラシカは日々、ブーケガルニから「私達の弟とこれからも末永くよろしくね。……これ、お近づきの印としてあげるわ」とプレゼントされた、レモネードのぬいぐるみに向かって名前を呼ぶ練習をしていた。

「……でも、ぬいぐるみさんを前にしても緊張しちゃいます。どうすれば……いいのでしょうか……」

 こてん、と。レモネードのぬいぐるみの額と自分の額を合わせる。さん、を取ればいいだけのことなのに……それだけなのに、呼び捨てにしようとすると心臓がどきまぎと高鳴るし、頬が熱くなって仕方がないのだ。

「うう……レモネードさん……こんな不甲斐ない私で……ごめんなさい……」

 ぎゅう……とレモネードのぬいぐるみを抱きしめて、謝罪の言葉を零したその瞬間。ひょい、と自分の両手からレモネードのぬいぐるみが取り上げられる。

「ケッ……ご本人様がここにいるってのによォ……こんなぬいぐるみに夢中になってんじゃねえぞ」
「…………ひえ?! れ、レモネードさん?!」

 いつの間にか、レモネードが帰ってきていた。じとっ……と自身を模したぬいぐるみを睨みつけたかと思えば、ぽいっ!と乱暴にベッドの端へと放り投げる。

「あっ! 乱暴にしちゃだめです!!」
「うっせえ。あんなぬいぐるみばっかに構いやがって……オレのこと抱き締めてりゃいーだろ」

 メッ!と叱っても、レモネードは拗ねた表情を浮かべるだけだ。それで以て、ぬいぐるみに嫉妬したのかニコラシカを自身の腕の中に閉じ込めて……ぎゅうときつく抱き締める。

「れ、レモネードさんってば……」

 分かりやすくヤキモチを妬いているレモネードがあまりにも可愛くて、ニコラシカは何も言えなくなってしまう。大好きな彼に抱き締められては、尚更。

「……で? オレのことは呼び捨てで呼べそうか?」
「は、はわっ?! ど、どうしてそのことを……?!」

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、レモネードはニコラシカに問うた。わたわたと慌てふためく彼女は、見ていて本当に面白い。

「ここ最近、ずっとそのぬいぐるみ相手にオレの名前呼んでただろ? 見てりゃ分かる」
「ば、バレていたのですね……」
「オレさま相手に隠し事しようなんざ百万年はえーんだよ」

 そして様子を見るに、ニコラシカはぬいぐるみ相手でも呼び捨てで呼べないらしいと言うことも……レモネードにはお見通しである。

「……まあ? 今はまだ許してやるよ。これからも嫌ってほど一緒にいるだろうし? ……そのうち呼べるようになってんだろ」

 わしゃわしゃと……犬の頭でも撫でるかの勢いで、ニコラシカの頭を撫でる。自分に触れられると分かりやすく、嬉しそうにハートマークを象る彼女のアホ毛がまた愛らしい。

「……が、頑張って……レモネードさんのことを、呼び捨てで呼べるように!精進致します!」
「おーおー。楽しみにしといてやるよ。なんだったらオレがまた……てめえの練習に付き合ってやろうか?」
「そ、その場合……練習にならなくなっちゃいますもん……」

 頬を真っ赤にして俯かせるニコラシカは、やっぱり初で可愛い。
 なかなか彼女が、自分のことを呼び捨てで呼んでくれなくても……こんなふうに、レモネードのことばかりを考えて頭いっぱいになっている姿が見れるのならば、これはこれで悪くない。そんなことを、レモネードは密かに思うのであった。
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