短編夢まとめ
「ぐはあっ!!」
腹に拳が容赦なくめり込む感覚。俺はその衝撃に耐えきれず……地べたに蹲ってげほげほと咳き込んでしまった。
「おいおいさっきまでの威勢はどうしたんだァ?! 拍子抜けにも程があんぞ!」
「雑魚バンカーがコモドール団に楯突いてんじゃねえよ!!」
げらげらと不愉快な笑い声が注がれる。大勢のバンカーが俺を取り囲み、バカにしたような視線を向けてきて……物凄くムカついた。それと同時に、こんな奴らに負けてしまったんだと思うと悔しくて……情けなさすぎて、血が滲み出るまで唇を噛む。
……コモドール団。こいつらは各所で騒ぎを起こし、一般人までも巻き込んで暴力行為を働く迷惑なバンカー集団だ。そいつらが、一般人の女の子一人に寄って集って……酷いことをしようとしてたから、俺は思わず割って入ったんだ。
こんな奴ら、バンカーの風上にも置けないし……何より全くかっこよくない!一般人相手に、偉そうに威張り散らしてるこいつらを……絶対に見過ごせないって思って……戦いを挑んだのに……。
「こいつ、金目のものも禁貨もロクに持ってねーじゃん!」
「使えねー! もうちょっとサンドバックにしてから……適当にどっか捨てるか!」
好き勝手なことを言うコモドール団の奴らの屈辱的な戯言を聞きながら……俺は思う。
……レモネードさんみたいに強くて、毅然とした人だったら……こんな奴ら相手でも、一人でどうにかできたんだろうなって……。
身動きの取れない俺に対して、コモドール団の一人が容赦なく……斧を振りかざそうとしているのが見えた。俺は諦めたように目を瞑って、せめて降り掛かってくる痛みを耐え凌ごうとしたところで――
「――させません!」
殺伐とした場に相応しくない、少女の声が響き渡った。
キィンッ!と斧を弾く金属の音。俺はそれに惹かれるように……瞑っていた瞼を開ける。
そこには……俺を庇うように前に出て、真っ赤な槍を構えている少女がいた。その少女を、俺は一方的にだけど……よく知っていたから驚いてしまった。憧れのレモネードさんが……傍に置くようになった、あのひよこみたいな女の子が、槍を構えてコモドール団の奴らと対峙していることに。
「ゲエッ?! お、お前は……!!ニコラシカだな?! あの時、レモネードと一緒に俺達をぼこぼこにしてきやがった……!」
「……また貴方達ですか。痛い目を見た筈なのに……未だに懲りていなかったのですね」
黄色い少女……もとい、ニコラシカは呆れたような声音と表情で……コモドール団のバンカー達を見据えていた。
……俺は普段、レモネードさんと一緒にいる時の彼女しか知らなかったから……凛々しく、勇ましい佇まいをしているニコラシカに驚く。虫も殺せなさそうな、戦いとは無縁の世界にいそうなほわほわした女の子だと思ってたのに……今、目の前にいる彼女は間違いなく、一人の「バンカー」なんだって思い知らされた。
……でも。
「……ッ! あんた……ニコラシカ、だっけ? 俺に構ってないで早く逃げろよ……! こんな大人数相手に、勝てるわけないんだから……!」
コモドール団の奴らは、大人数で行動している上に……あらゆる武器を所有している。男のバンカー達相手に……少女であるニコラシカが、一人で応戦できるなんてとてもじゃないが思えなかった。
……それに。ニコラシカは……レモネードさんがとても、とても大切にしている人だって……見ていて知っていたから。彼女に万が一の事があって、レモネードさんが悲しむなんて事態はあってはならないだろう。例え、俺個人がニコラシカのことを……あまりよく思ってなかったとしても、だ。
「……心配は御無用です。私、こう見えても結構強いんですよ?」
くるり、と。ニコラシカは俺の方へと振り返ると……まるで、俺を安心させるかのように微笑む。……その笑顔に、不覚にもちょっとドキッとしてしまって……レモネードさんに申し訳なく思った。
「ッ! お前らやるぞ!! 今日はニコラシカ一人なんだ……怯まずいけー!!」
「うおおおおおお!!」
そうこうしている内に、コモドール団の一人が、ニコラシカ目掛けて攻撃を仕掛けてきた。それを引き金に、他の奴らも皆……雄叫びを上げながら、ニコラシカの方へと向かってくる。
「……スクリュー・ドライバー!!」
けれど、彼女は微塵も動じない。降り掛かってくる武器を、次々と槍で弾き返していく。舞うように、弧を描き続けている彼女の槍裁きは……思わず目を見張ってしまうくらい、美しかった。
「ぎゃああああ?!」
「や、やっぱつええ……むり……勝てるわけねえよお……グハアッ?!」
武器を弾き飛ばされて、丸腰となった男達を……ニコラシカは次々と蹴飛ばして伸していく。……その光景は、一言で言えば……なんというか、アクション映画みたいで凄かった。今、目の前で起きていることなのにも関わらず……俺はテレビ越しにその映像を見ているんじゃないかなって錯覚してしまう。
……それくらい、信じられないような……非現実的な光景だったんだ。
「き、今日のことはこれで勘弁してやる! 覚えておけ〜!!」
ニコラシカの槍術に手も足も出なかったコモドール団の奴らは……そんな捨て台詞を吐いて、颯爽と逃げていく。
「……ふう。本当に困った人達です……! あ! きみ、大丈夫ですか?!」
「えっ……あ、うん……、別に、大したこと、ないけど……」
コモドール団が立ち去ったのを確認してから、ニコラシカは俺の方に駆け寄ってきた。わたわたと心配した様子の彼女に……思わず面食らう。だって、あまりにもさっきまでの凛々しい顔つきの彼女とは違ったから……。ギャップについていけない。
「間に合ってよかったです! 実は、きみがコモドール団の人達と一人で戦ってるって……女の子から教えてもらって駆けつけたんです!」
俺の傷の応急処置をしながら……ニコラシカはここに駆け付けた経緯を教えてくれた。その話を聞いている最中に……一人の女の子……さっき、コモドール団に襲われてた少女が、泣きそうな顔で俺の前に現れた。
「ごめんなさい……っ! あたしが、つい禁貨を拾っちゃったから……! 貴方に迷惑を掛けて……ごめんなさい!」
「……! 何言ってんだよ、お前のせいじゃない! 悪いのは、一般人のお前相手に暴力奮おうとしたコモドール団だし……謝ることなんかないよ。無事でよかったし……その、助けを呼んでくれて、ありがとう」
ぺこぺこと泣きながら頭を下げてくる女の子を見ていられなくて、俺は焦りながらも言葉を紡いだ。
……そうか。ニコラシカがあのタイミングで駆けつけてくれたのは……この少女が彼女に助けを求めてくれたからなんだ。……女の子二人に、俺は結果的に助けられたとは……なんとも格好がつかないけど……でも、運がよかったなあって思う。
それに……。なんとなくだけれど、レモネードさんがどうして……ニコラシカを傍におくようになったのかっていう理由も、この一件で分かったような気がした。
「……ニコラシカちゃんも、ごめんなさい。せっかく、その……レモネード様とデートの待ち合わせをしてたみたいだったのに……」
「いえいえ! レモネードさんにはご連絡をしてありますので大丈夫ですよ! あ……どうやら、こちらに今向かってらっしゃってて……もうすぐ着くそうですよ!」
…………え? レモネードさんが今、こっちに向かってる……? もうすぐ着く……?
突然の情報にフリーズしていると……夢のような奇跡の瞬間が訪れた。
「……なんだ、もう片付いてたのかよ」
「ヒョ、ヒョェエエエエッッ?!?!」
そうこうしているうちに……青い痩身のその人、レモネードさんが突如として俺の目の前にご降臨された。
何もかもを射抜く様な鋭い目付き。長くてスラッとした手足。まさしく水のような冷たさを身に纏っている、クールなこの方を……俺が見間違えるはずもない。突然の推しの来訪に、俺は素頓狂な叫び声を上げてしまう。
「ッ! なんだテメエうるせえな……! オレ見るなりデケエ叫び声上げてんじゃねーよ!!」
「れ、れれれれ、レモネードさんだ……!! ほ、本物だぁあああ〜?!」
「…………はあ?」
自身にとって憧れのバンカーであるレモネードを目の前にした少年は、あまりにも感極まりすぎて……だばだばと大量の涙を流し始める。少年の顔からは、汁という汁が全部出ていて……レモネードは思わずぎょっとしてしまう。
……いや、なんだコイツ……。怖……。
「ず、ずみばぜんっ! おれ……ずっと、レモネードさんに憧れてて……その、簡単に言ったら……ファンなんッス……」
「わあ……! 貴方もレモネードさんのことが好きなんですね!レモネードさん、強くて……かっこよくて、憧れちゃいますよね……!えへへ、嬉しいですっ! レモネードさんのファンとお会いできるだなんて……!」
少年のリアクションに引いているレモネードを他所に、ニコラシカは嬉しそうに少年のことを見つめた後……「お顔を拭いてくださいっ! せっかくですから、レモネードさんとお話しましょう!」などと言いながら、ハンカチを差し出していた。お前はマネージャーか何かかと、喉元まで出掛かったツッコミをなんとかレモネードは飲み込んだ。
「あの……その……っ! 俺、レモネードさんにめちゃくちゃ憧れてるっす! いつか俺を……貴方の舎弟にしてくださいっ!」
「ケッ……うぜえ。オレに憧れてるだかなんだか知らねえが……舎弟とかだりぃ。そもそもオレに付き纏ってくるような奴は、こいつ一人で間に合ってんだよ。だからテメエはいらねえ」
「……知ってたっス!」
……うん。知ってた。孤高の一匹狼気質なレモネードさんは……舎弟とかそういうの、必要としてないだろうなっていうのは分かってた。だからこれは、ダメ元で言ってみただけだし、玉砕することも目に見えてた。
……そもそもレモネードさんがこうして、俺と会話をしてくれただけでも、すっげー奇跡なんだ。
「彼女さん……ニコラシカ……さんには、すごい助けられました。俺……これからも、お二人のこと……すげー応援してますし、貴方達みたいな……強いバンカーになります!」
「……へえ? そりゃ楽しみだな。いつかオレに勝負挑んでこいよ。……その時は、容赦なくぼこぼこにしてやっからよ」
レモネードさんは不敵な笑みを浮かべて、俺にそんな言葉を贈ってくれた。
……この先、もっともっとバンカーとしての修行を重ねたら……レモネードさんを退屈させないような、戦い甲斐のあるバンカーになろうって。俺にとっての当面の目標ができた。
「あと……その、ニコラシカ、さん。俺のこと……助けてくれて、ありがとう。そんで……レモネードさんと話す機会も与えてくれて……嬉しかった、ッス」
「えへへ! お気になさらないでくださいっ!私の大好きな人を……好きって言ってくださって、本当にとっても嬉しかったです!」
ぱあっ!と明るく笑った彼女は、太陽みたいだった。……レモネードさんはきっと、彼女のこういう……明るくて、懐の広いところに惹かれたんだろうなって……なんとなく思った。
「……言っておくが、ニコラシカに間違っても惚れたりすんじゃねえぞ」
「滅相もねえっす!!」
レモネードさんから発せられる殺気に当てられて、俺の寿命が縮んだ気がした。
腹に拳が容赦なくめり込む感覚。俺はその衝撃に耐えきれず……地べたに蹲ってげほげほと咳き込んでしまった。
「おいおいさっきまでの威勢はどうしたんだァ?! 拍子抜けにも程があんぞ!」
「雑魚バンカーがコモドール団に楯突いてんじゃねえよ!!」
げらげらと不愉快な笑い声が注がれる。大勢のバンカーが俺を取り囲み、バカにしたような視線を向けてきて……物凄くムカついた。それと同時に、こんな奴らに負けてしまったんだと思うと悔しくて……情けなさすぎて、血が滲み出るまで唇を噛む。
……コモドール団。こいつらは各所で騒ぎを起こし、一般人までも巻き込んで暴力行為を働く迷惑なバンカー集団だ。そいつらが、一般人の女の子一人に寄って集って……酷いことをしようとしてたから、俺は思わず割って入ったんだ。
こんな奴ら、バンカーの風上にも置けないし……何より全くかっこよくない!一般人相手に、偉そうに威張り散らしてるこいつらを……絶対に見過ごせないって思って……戦いを挑んだのに……。
「こいつ、金目のものも禁貨もロクに持ってねーじゃん!」
「使えねー! もうちょっとサンドバックにしてから……適当にどっか捨てるか!」
好き勝手なことを言うコモドール団の奴らの屈辱的な戯言を聞きながら……俺は思う。
……レモネードさんみたいに強くて、毅然とした人だったら……こんな奴ら相手でも、一人でどうにかできたんだろうなって……。
身動きの取れない俺に対して、コモドール団の一人が容赦なく……斧を振りかざそうとしているのが見えた。俺は諦めたように目を瞑って、せめて降り掛かってくる痛みを耐え凌ごうとしたところで――
「――させません!」
殺伐とした場に相応しくない、少女の声が響き渡った。
キィンッ!と斧を弾く金属の音。俺はそれに惹かれるように……瞑っていた瞼を開ける。
そこには……俺を庇うように前に出て、真っ赤な槍を構えている少女がいた。その少女を、俺は一方的にだけど……よく知っていたから驚いてしまった。憧れのレモネードさんが……傍に置くようになった、あのひよこみたいな女の子が、槍を構えてコモドール団の奴らと対峙していることに。
「ゲエッ?! お、お前は……!!ニコラシカだな?! あの時、レモネードと一緒に俺達をぼこぼこにしてきやがった……!」
「……また貴方達ですか。痛い目を見た筈なのに……未だに懲りていなかったのですね」
黄色い少女……もとい、ニコラシカは呆れたような声音と表情で……コモドール団のバンカー達を見据えていた。
……俺は普段、レモネードさんと一緒にいる時の彼女しか知らなかったから……凛々しく、勇ましい佇まいをしているニコラシカに驚く。虫も殺せなさそうな、戦いとは無縁の世界にいそうなほわほわした女の子だと思ってたのに……今、目の前にいる彼女は間違いなく、一人の「バンカー」なんだって思い知らされた。
……でも。
「……ッ! あんた……ニコラシカ、だっけ? 俺に構ってないで早く逃げろよ……! こんな大人数相手に、勝てるわけないんだから……!」
コモドール団の奴らは、大人数で行動している上に……あらゆる武器を所有している。男のバンカー達相手に……少女であるニコラシカが、一人で応戦できるなんてとてもじゃないが思えなかった。
……それに。ニコラシカは……レモネードさんがとても、とても大切にしている人だって……見ていて知っていたから。彼女に万が一の事があって、レモネードさんが悲しむなんて事態はあってはならないだろう。例え、俺個人がニコラシカのことを……あまりよく思ってなかったとしても、だ。
「……心配は御無用です。私、こう見えても結構強いんですよ?」
くるり、と。ニコラシカは俺の方へと振り返ると……まるで、俺を安心させるかのように微笑む。……その笑顔に、不覚にもちょっとドキッとしてしまって……レモネードさんに申し訳なく思った。
「ッ! お前らやるぞ!! 今日はニコラシカ一人なんだ……怯まずいけー!!」
「うおおおおおお!!」
そうこうしている内に、コモドール団の一人が、ニコラシカ目掛けて攻撃を仕掛けてきた。それを引き金に、他の奴らも皆……雄叫びを上げながら、ニコラシカの方へと向かってくる。
「……スクリュー・ドライバー!!」
けれど、彼女は微塵も動じない。降り掛かってくる武器を、次々と槍で弾き返していく。舞うように、弧を描き続けている彼女の槍裁きは……思わず目を見張ってしまうくらい、美しかった。
「ぎゃああああ?!」
「や、やっぱつええ……むり……勝てるわけねえよお……グハアッ?!」
武器を弾き飛ばされて、丸腰となった男達を……ニコラシカは次々と蹴飛ばして伸していく。……その光景は、一言で言えば……なんというか、アクション映画みたいで凄かった。今、目の前で起きていることなのにも関わらず……俺はテレビ越しにその映像を見ているんじゃないかなって錯覚してしまう。
……それくらい、信じられないような……非現実的な光景だったんだ。
「き、今日のことはこれで勘弁してやる! 覚えておけ〜!!」
ニコラシカの槍術に手も足も出なかったコモドール団の奴らは……そんな捨て台詞を吐いて、颯爽と逃げていく。
「……ふう。本当に困った人達です……! あ! きみ、大丈夫ですか?!」
「えっ……あ、うん……、別に、大したこと、ないけど……」
コモドール団が立ち去ったのを確認してから、ニコラシカは俺の方に駆け寄ってきた。わたわたと心配した様子の彼女に……思わず面食らう。だって、あまりにもさっきまでの凛々しい顔つきの彼女とは違ったから……。ギャップについていけない。
「間に合ってよかったです! 実は、きみがコモドール団の人達と一人で戦ってるって……女の子から教えてもらって駆けつけたんです!」
俺の傷の応急処置をしながら……ニコラシカはここに駆け付けた経緯を教えてくれた。その話を聞いている最中に……一人の女の子……さっき、コモドール団に襲われてた少女が、泣きそうな顔で俺の前に現れた。
「ごめんなさい……っ! あたしが、つい禁貨を拾っちゃったから……! 貴方に迷惑を掛けて……ごめんなさい!」
「……! 何言ってんだよ、お前のせいじゃない! 悪いのは、一般人のお前相手に暴力奮おうとしたコモドール団だし……謝ることなんかないよ。無事でよかったし……その、助けを呼んでくれて、ありがとう」
ぺこぺこと泣きながら頭を下げてくる女の子を見ていられなくて、俺は焦りながらも言葉を紡いだ。
……そうか。ニコラシカがあのタイミングで駆けつけてくれたのは……この少女が彼女に助けを求めてくれたからなんだ。……女の子二人に、俺は結果的に助けられたとは……なんとも格好がつかないけど……でも、運がよかったなあって思う。
それに……。なんとなくだけれど、レモネードさんがどうして……ニコラシカを傍におくようになったのかっていう理由も、この一件で分かったような気がした。
「……ニコラシカちゃんも、ごめんなさい。せっかく、その……レモネード様とデートの待ち合わせをしてたみたいだったのに……」
「いえいえ! レモネードさんにはご連絡をしてありますので大丈夫ですよ! あ……どうやら、こちらに今向かってらっしゃってて……もうすぐ着くそうですよ!」
…………え? レモネードさんが今、こっちに向かってる……? もうすぐ着く……?
突然の情報にフリーズしていると……夢のような奇跡の瞬間が訪れた。
「……なんだ、もう片付いてたのかよ」
「ヒョ、ヒョェエエエエッッ?!?!」
そうこうしているうちに……青い痩身のその人、レモネードさんが突如として俺の目の前にご降臨された。
何もかもを射抜く様な鋭い目付き。長くてスラッとした手足。まさしく水のような冷たさを身に纏っている、クールなこの方を……俺が見間違えるはずもない。突然の推しの来訪に、俺は素頓狂な叫び声を上げてしまう。
「ッ! なんだテメエうるせえな……! オレ見るなりデケエ叫び声上げてんじゃねーよ!!」
「れ、れれれれ、レモネードさんだ……!! ほ、本物だぁあああ〜?!」
「…………はあ?」
自身にとって憧れのバンカーであるレモネードを目の前にした少年は、あまりにも感極まりすぎて……だばだばと大量の涙を流し始める。少年の顔からは、汁という汁が全部出ていて……レモネードは思わずぎょっとしてしまう。
……いや、なんだコイツ……。怖……。
「ず、ずみばぜんっ! おれ……ずっと、レモネードさんに憧れてて……その、簡単に言ったら……ファンなんッス……」
「わあ……! 貴方もレモネードさんのことが好きなんですね!レモネードさん、強くて……かっこよくて、憧れちゃいますよね……!えへへ、嬉しいですっ! レモネードさんのファンとお会いできるだなんて……!」
少年のリアクションに引いているレモネードを他所に、ニコラシカは嬉しそうに少年のことを見つめた後……「お顔を拭いてくださいっ! せっかくですから、レモネードさんとお話しましょう!」などと言いながら、ハンカチを差し出していた。お前はマネージャーか何かかと、喉元まで出掛かったツッコミをなんとかレモネードは飲み込んだ。
「あの……その……っ! 俺、レモネードさんにめちゃくちゃ憧れてるっす! いつか俺を……貴方の舎弟にしてくださいっ!」
「ケッ……うぜえ。オレに憧れてるだかなんだか知らねえが……舎弟とかだりぃ。そもそもオレに付き纏ってくるような奴は、こいつ一人で間に合ってんだよ。だからテメエはいらねえ」
「……知ってたっス!」
……うん。知ってた。孤高の一匹狼気質なレモネードさんは……舎弟とかそういうの、必要としてないだろうなっていうのは分かってた。だからこれは、ダメ元で言ってみただけだし、玉砕することも目に見えてた。
……そもそもレモネードさんがこうして、俺と会話をしてくれただけでも、すっげー奇跡なんだ。
「彼女さん……ニコラシカ……さんには、すごい助けられました。俺……これからも、お二人のこと……すげー応援してますし、貴方達みたいな……強いバンカーになります!」
「……へえ? そりゃ楽しみだな。いつかオレに勝負挑んでこいよ。……その時は、容赦なくぼこぼこにしてやっからよ」
レモネードさんは不敵な笑みを浮かべて、俺にそんな言葉を贈ってくれた。
……この先、もっともっとバンカーとしての修行を重ねたら……レモネードさんを退屈させないような、戦い甲斐のあるバンカーになろうって。俺にとっての当面の目標ができた。
「あと……その、ニコラシカ、さん。俺のこと……助けてくれて、ありがとう。そんで……レモネードさんと話す機会も与えてくれて……嬉しかった、ッス」
「えへへ! お気になさらないでくださいっ!私の大好きな人を……好きって言ってくださって、本当にとっても嬉しかったです!」
ぱあっ!と明るく笑った彼女は、太陽みたいだった。……レモネードさんはきっと、彼女のこういう……明るくて、懐の広いところに惹かれたんだろうなって……なんとなく思った。
「……言っておくが、ニコラシカに間違っても惚れたりすんじゃねえぞ」
「滅相もねえっす!!」
レモネードさんから発せられる殺気に当てられて、俺の寿命が縮んだ気がした。