短編夢まとめ
「レモネードさん! 今日は……今日こそは、お会計をさせていただきますから!」
きゅ、となんとも可愛らしい黄色の財布を握り締めながら、ニコラシカは宣言する。ぎらぎらという効果音が聞こえてきそうなほどの派手な内装の個室に、似つかわしくないこの少女が、レモネードというホストの元を訪れるようになったきっかけは、つい2ヶ月ほど前にまで遡る。
その日は親しい女友達と、つい時間を忘れるほどに遊んでいて……帰る時間が遅くなったのだ。駅へと近道する為に……普段ならば、足を踏み入れることのない歓楽街を通ったのが、今思えば全ての始まりだった。
「ねえねえ!きみ可愛いね、これからさ、おれらとちょっと遊ばない? 奢るよ!」
「おいしいお酒あるとこ知ってるからさ!」
「っ……! 急いでいるんですっ、離してください!」
全く知らない男性二人に手を掴まれ、引き留められた。へらへらと軽薄に笑いながらも、掴まれた手はそこそこに強いことに、ニコラシカの心は恐怖で揺れる。
「離してください!だって! かわいい反応〜!」
「そんな警戒しないでよ、大丈夫、おれたち優しいからさ……っぐえ?!」
瞬間。言い寄ってきた男の一人が、まるで蛙が潰れたかのような声を上げ、その場に蹲る。え?と思うのも束の間、ニコラシカの手を掴んでいた男も、もう一人の方と同じ末路を辿った。
「て、てめえ、何すんだ……って、ヒイ?!」
蹴飛ばされた男達の顔が、一気に恐怖に染まる。そこには、鋭く冷たい印象を与える三白眼の男がいた。痩身の身体に、質の良さそうな黒いスーツを身に纏うその人は、見るからに只者ではない雰囲気を醸し出していた。
「……店の前でぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねえよ。客が寄り付かなくなるだろうが」
気怠そうな声音だが、確かに殺気が籠もっている。男達は「すみませんでした!!」と声を揃えて謝り、すぐさまその場を立ち去っていった。あまりにもあっという間の出来事にぽかんとするニコラシカ。そんな彼女の方を振り向いて「ガキがこんなとこ彷徨いてんじゃねーよ」と助けてくれたのが、今目の前にいるレモネードだったのだ。
「ケッ、何度も言ってるだろうが。テメエみてえなガキから金貰うほど、オレさまは落ちぶれてねえんだよ」
「うう……」
2ヶ月間。ニコラシカは彼にお礼がしたいが為に、レモネードが働いているこのホストクラブに足を運んでいる。バイトで貯めていたお金を下ろして、彼を指名して、彼の売上に少しでも貢献させてもらえれば、それがお礼になるだろうと思って……通っているというのに。レモネードは一度たりとも、ニコラシカからお金を受け取らなかった。
「これでは、いつまでもお礼ができないままですし、というか、出禁になっちゃいますよ……」
困っているところを助けてくれた彼に対して、何としてもお礼をせねば気が済まない。だというのに、お金も払わずに彼のサービスを受けているこの現状。申し訳なさばかりが、彼女の心に募っていく。
「チッ……シケたツラしてんじゃねえよ。おら、礼とやらがしてえなら、とっととオレの隣に来やがれ」
「きゃっ……!」
ぐいっと腕を引かれ、気付けばニコラシカはレモネードの膝の上に座らされていた。相変わらずの距離の近さに、そういうサービスなのだろうと分かっていても緊張するし、慣れない。かああ、と頬が熱くなってしまう。
「ケケッ、いい加減慣れろよ。いつまで経っても顔真っ赤にしやがって……」
「だ、だって……!」
間近で見るレモネードは、やはり凄くかっこいい。どぎまぎとするなと言うのが土台無理な話だ。何より、レモネードと出逢うまでこういった世界とは全く無縁だった彼女からすれば、そもそも刺激が強すぎる。
(……うう、お金払ってないのに……。レモネードさんを指名したいお客さんにも、申し訳ないです……)
レモネードを指名したい客はたくさんいて、本来ならば自分のような客に構っている場合ではないし、そもそもお金も払っていないのにこのような待遇を受けていると知られたら……火に油どころの話じゃない。
「……オレといるのにくだらねえこと考えてんじゃねえよ」
「ひゃっ?!」
俯いていた顔を無理矢理上げさせられ、レモネードと視線が合わさる。むすっとした拗ねたような表情が、どこか子どもみたいでかわいいな、なんて場違いすぎる思考が過ったのは、恐らく咄嗟の現実逃避だ。
「レモネードさん、だめです……! 私、お金も払ってないのに……こんなサービス受けてたら、他のお客さんに申し訳な……っ!」
「……他の奴の話すんじゃねえ。……オレに礼がしてえなら、されるがままになってろ。オレ以外のことなんて考えるな」
「っ……! そんな言い方、ずるいです……!」
いつもこんな調子で流されてしまう。レモネードはどうあっても、ニコラシカからお金を受け取る気はないのだ。ホストである彼へのお礼は、お店に来て彼にお金を落とすことが一番だろうと思っていた。けれど、これではただの営業妨害だ。
「何むくれてんだよ。フグみてえになってんぞ」
「か、からかわないでください〜!!」
むー……と納得いかないような気持ちで頬を膨らませていると、レモネードはおかしそうに彼女の頬をつついた。彼のけらけらと楽しそうな笑みを見ていると、怒ろうにも怒れなくなってしまう。
(けど、いつまでもこのままってわけにもいきませんよね……)
どうしたら、レモネードさんにまともにお礼することができるのだろう。彼に翻弄されながらも、ニコラシカはずっと、そればかりを考えていた。
きゅ、となんとも可愛らしい黄色の財布を握り締めながら、ニコラシカは宣言する。ぎらぎらという効果音が聞こえてきそうなほどの派手な内装の個室に、似つかわしくないこの少女が、レモネードというホストの元を訪れるようになったきっかけは、つい2ヶ月ほど前にまで遡る。
その日は親しい女友達と、つい時間を忘れるほどに遊んでいて……帰る時間が遅くなったのだ。駅へと近道する為に……普段ならば、足を踏み入れることのない歓楽街を通ったのが、今思えば全ての始まりだった。
「ねえねえ!きみ可愛いね、これからさ、おれらとちょっと遊ばない? 奢るよ!」
「おいしいお酒あるとこ知ってるからさ!」
「っ……! 急いでいるんですっ、離してください!」
全く知らない男性二人に手を掴まれ、引き留められた。へらへらと軽薄に笑いながらも、掴まれた手はそこそこに強いことに、ニコラシカの心は恐怖で揺れる。
「離してください!だって! かわいい反応〜!」
「そんな警戒しないでよ、大丈夫、おれたち優しいからさ……っぐえ?!」
瞬間。言い寄ってきた男の一人が、まるで蛙が潰れたかのような声を上げ、その場に蹲る。え?と思うのも束の間、ニコラシカの手を掴んでいた男も、もう一人の方と同じ末路を辿った。
「て、てめえ、何すんだ……って、ヒイ?!」
蹴飛ばされた男達の顔が、一気に恐怖に染まる。そこには、鋭く冷たい印象を与える三白眼の男がいた。痩身の身体に、質の良さそうな黒いスーツを身に纏うその人は、見るからに只者ではない雰囲気を醸し出していた。
「……店の前でぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねえよ。客が寄り付かなくなるだろうが」
気怠そうな声音だが、確かに殺気が籠もっている。男達は「すみませんでした!!」と声を揃えて謝り、すぐさまその場を立ち去っていった。あまりにもあっという間の出来事にぽかんとするニコラシカ。そんな彼女の方を振り向いて「ガキがこんなとこ彷徨いてんじゃねーよ」と助けてくれたのが、今目の前にいるレモネードだったのだ。
「ケッ、何度も言ってるだろうが。テメエみてえなガキから金貰うほど、オレさまは落ちぶれてねえんだよ」
「うう……」
2ヶ月間。ニコラシカは彼にお礼がしたいが為に、レモネードが働いているこのホストクラブに足を運んでいる。バイトで貯めていたお金を下ろして、彼を指名して、彼の売上に少しでも貢献させてもらえれば、それがお礼になるだろうと思って……通っているというのに。レモネードは一度たりとも、ニコラシカからお金を受け取らなかった。
「これでは、いつまでもお礼ができないままですし、というか、出禁になっちゃいますよ……」
困っているところを助けてくれた彼に対して、何としてもお礼をせねば気が済まない。だというのに、お金も払わずに彼のサービスを受けているこの現状。申し訳なさばかりが、彼女の心に募っていく。
「チッ……シケたツラしてんじゃねえよ。おら、礼とやらがしてえなら、とっととオレの隣に来やがれ」
「きゃっ……!」
ぐいっと腕を引かれ、気付けばニコラシカはレモネードの膝の上に座らされていた。相変わらずの距離の近さに、そういうサービスなのだろうと分かっていても緊張するし、慣れない。かああ、と頬が熱くなってしまう。
「ケケッ、いい加減慣れろよ。いつまで経っても顔真っ赤にしやがって……」
「だ、だって……!」
間近で見るレモネードは、やはり凄くかっこいい。どぎまぎとするなと言うのが土台無理な話だ。何より、レモネードと出逢うまでこういった世界とは全く無縁だった彼女からすれば、そもそも刺激が強すぎる。
(……うう、お金払ってないのに……。レモネードさんを指名したいお客さんにも、申し訳ないです……)
レモネードを指名したい客はたくさんいて、本来ならば自分のような客に構っている場合ではないし、そもそもお金も払っていないのにこのような待遇を受けていると知られたら……火に油どころの話じゃない。
「……オレといるのにくだらねえこと考えてんじゃねえよ」
「ひゃっ?!」
俯いていた顔を無理矢理上げさせられ、レモネードと視線が合わさる。むすっとした拗ねたような表情が、どこか子どもみたいでかわいいな、なんて場違いすぎる思考が過ったのは、恐らく咄嗟の現実逃避だ。
「レモネードさん、だめです……! 私、お金も払ってないのに……こんなサービス受けてたら、他のお客さんに申し訳な……っ!」
「……他の奴の話すんじゃねえ。……オレに礼がしてえなら、されるがままになってろ。オレ以外のことなんて考えるな」
「っ……! そんな言い方、ずるいです……!」
いつもこんな調子で流されてしまう。レモネードはどうあっても、ニコラシカからお金を受け取る気はないのだ。ホストである彼へのお礼は、お店に来て彼にお金を落とすことが一番だろうと思っていた。けれど、これではただの営業妨害だ。
「何むくれてんだよ。フグみてえになってんぞ」
「か、からかわないでください〜!!」
むー……と納得いかないような気持ちで頬を膨らませていると、レモネードはおかしそうに彼女の頬をつついた。彼のけらけらと楽しそうな笑みを見ていると、怒ろうにも怒れなくなってしまう。
(けど、いつまでもこのままってわけにもいきませんよね……)
どうしたら、レモネードさんにまともにお礼することができるのだろう。彼に翻弄されながらも、ニコラシカはずっと、そればかりを考えていた。