短編夢まとめ
「あの、お忙しいところすみません!」
明るく、溌剌とした声が響く。書類整理をしていた手を止めて、顔を上げればそこには。眩しいほどの金髪と深紅のまるい瞳が印象に残る、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべた女性がいた。
「……いらっしゃいませ。恐れ入りますが、どのようなご用件でしょうか?」
この会社に訪れる客にしては、随分とまあ場違いな雰囲気を持っている。擦れている様子は微塵もないし、金に困って今にも路頭に迷いそうな客特有の暗さもない。疑問符を浮かべながら、俺は目前の女性に用件を尋ねた。
「はい! あの……レモネードさんは今、いらっしゃいますか?」
「え……?」
女性の口から出たまさかの名前に、思考停止を余儀なくされる。
……レモネードって、あのレモネードさんのことでいいのか? 我が株式会社BB7で最恐の鬼上司且つ借金取り立て回収率ナンバーワンの……あのレモネードさんのことなのか……? うわやばい。頭に浮かべただけで恐怖で震えが……!!
「あ、あの……? 大丈夫ですか!? 顔色が……!」
「……ハッ! し、失礼致しました!」
女性に心配そうに顔を覗き込まれて、俺は我に返る。いけないいけない。今まで俺が傍から見てきた、レモネードさんの仕事っぷりのあまりの迫力の恐ろしさを……まるで走馬灯の様に思い出してしまった。冷や汗止まらないし、ついでに体の震えも止まらない。最早トラウマもいいところだが、俺はそれらを振り払って、改めて女性に向き直った。
「只今、レモネードは外出しております。恐らく……予定では後五分程で戻ると思いますが……」
「そうなんですね! では、しばらく待たせていただきますね! あ……申し遅れました。私、レモネードさんの……えと、妻のニコラシカと言います! いつも、レモネードさんがお世話になっております!」
「…………………………え?」
こちら、差し入れです!と差し出された菓子折りを受け取りつつ。俺は本日二度目の思考停止を余儀なくされた。頭が真っ白になるとは……このことを言うのだろうか?
……つま。ツマ。TSUMA。……つまって、まさか、あの妻?! えー?!
「……ニコラシカ?」
「あ、レモネードさん! えへへ、お疲れ様です!」
目を白黒させて軽くパニックになる俺を裏腹に、現実は衝撃の光景を繰り広げていく。金髪の女性……もとい、ニコラシカさんは、レモネードさんの姿を見るや否や、嬉しそうに駆け寄っていく。
「よかった! お昼時に間に合って……! お弁当、お渡しするの忘れていたので……届けにきたんです!」
「あぁ? んだよLINE寄越せば一旦帰ったっつの。わざわざここまで来てんじゃねえよ」
「でも、レモネードさんのお仕事に支障があるといけませんから!」
「んなこと気にしてんじゃねえ。この辺、ワケわかんねえ奴が吐いて捨てるほどいやがんだ。無闇やたらと歩き回るな」
ニコラシカさんからお弁当を受け取りつつ、レモネードさんはぶっきらぼうながらも、彼女の身を案じるような言葉を掛けている。心なしか、彼女を見つめる視線も表情も……見たことないくらい優しいもののように思えた。……もう、俺にとってこの一連の会話と光景が衝撃的すぎて、固まるしかない。同僚達も密かにざわめいている始末だ。
「レモネードさんが今まで見たことない顔してらっしゃる……!」
「あの金髪の女の子が……都市伝説と言われてたレモネードさんの……奥さん……?」
「おれ……レモネードさんの嫁さんって言ったらもっと気強そうなギャルかと思ってたんだけど……めっちゃ真逆じゃん……!」
「一体どんな手使ってあの子と結婚したんだ……?!」
「借金を片手に脅して、とか……?」
「でもその割にあの子、レモネードさんのことめちゃくちゃ好きオーラすごくね……?」
レモネードさんには決して聞こえないように気をつけながら、皆口々にひそひそと言葉を連ねている。……気持ちはめちゃくちゃ分かるだけに、俺が言うのもあれだけど。皆すげえ失礼だな! レモネードさんに聞こえていたら、間違いなく全員もれなく、レモネードさんによるヤクザキックで病院送りにされてるわ……。
「えへへ。ご心配してくださってありがとうございます! あ、あとこちらの方に……職場の皆さんへの差し入れをお渡しさせて頂きました! 休憩中に食べていただけたら……!」
「ケッ、気遣わなくていいっつってるだろうが。……タクシー呼ぶから待っとけ」
「え、でも……!」
「……てめえに何かあると面倒なんだよ」
レモネードさんはそう言うや否や、持っていたスマートフォンでテキパキとタクシーの手配を済ませる。……他人に関心のないことで有名なあのレモネードさんが……奥さんに対してはこんなにも優しいだなんて。それだけ、彼にとってニコラシカさんの存在は、大切で仕方がないのだろう。
「ご、ごめんなさい! レモネードさんのお手数をお掛けしてしまうなんて……!」
「別に、これくらい手間でもなんでもねえよ。つーかいちいち謝ってんじゃねえそっちのがめんどくせえわ。……昼飯、ありがとよ」
申し訳なさそうにするニコラシカさんを、乱暴な言葉遣いながらもすかさずフォローするレモネードさん。……その優しさ、俺達にも1ミリだけでもいいから、向けてくれねえかな……無理か……。
それから間もなくして、レモネードさんが呼んだタクシーが来た。「お仕事、頑張ってください!」と言って、ニコラシカさんはタクシーに乗って帰っていった。……それを見届けていたレモネードさんの目は、やっぱり。今まで見たことないくらい優しくて、愛しさに満ちているように思えた。鬼の上司も人の子だったんだなあ……。
「……てめえら、何にやついてやがんだ? ああ?」
「ヒッ?! すみません何でもないッス!!」
ギロ、と鋭く睨みつけられて、俺達はそれぞれの仕事にまたすかさず取り掛かった。
……レモネードさん、スイッチの切り替え速度えげつなさすぎる……。そんなことを思いながらも。俺の中ではちょっとだけ……レモネードさんに対する恐怖心というものは、薄れたような気がしていた。
「ほう。先程の方がレモネードくんの奥さんですか? 随分と清純そうな方でしたが……もしや弱みでも握って結婚したんですか?」
「ぶっ飛ばされてえのかテメエ」
俺達には決して聞けないようなことを、平然とズケズケと言ってのけるマルゲリータ社長はやっぱりある意味すげえな……と思った。
明るく、溌剌とした声が響く。書類整理をしていた手を止めて、顔を上げればそこには。眩しいほどの金髪と深紅のまるい瞳が印象に残る、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべた女性がいた。
「……いらっしゃいませ。恐れ入りますが、どのようなご用件でしょうか?」
この会社に訪れる客にしては、随分とまあ場違いな雰囲気を持っている。擦れている様子は微塵もないし、金に困って今にも路頭に迷いそうな客特有の暗さもない。疑問符を浮かべながら、俺は目前の女性に用件を尋ねた。
「はい! あの……レモネードさんは今、いらっしゃいますか?」
「え……?」
女性の口から出たまさかの名前に、思考停止を余儀なくされる。
……レモネードって、あのレモネードさんのことでいいのか? 我が株式会社BB7で最恐の鬼上司且つ借金取り立て回収率ナンバーワンの……あのレモネードさんのことなのか……? うわやばい。頭に浮かべただけで恐怖で震えが……!!
「あ、あの……? 大丈夫ですか!? 顔色が……!」
「……ハッ! し、失礼致しました!」
女性に心配そうに顔を覗き込まれて、俺は我に返る。いけないいけない。今まで俺が傍から見てきた、レモネードさんの仕事っぷりのあまりの迫力の恐ろしさを……まるで走馬灯の様に思い出してしまった。冷や汗止まらないし、ついでに体の震えも止まらない。最早トラウマもいいところだが、俺はそれらを振り払って、改めて女性に向き直った。
「只今、レモネードは外出しております。恐らく……予定では後五分程で戻ると思いますが……」
「そうなんですね! では、しばらく待たせていただきますね! あ……申し遅れました。私、レモネードさんの……えと、妻のニコラシカと言います! いつも、レモネードさんがお世話になっております!」
「…………………………え?」
こちら、差し入れです!と差し出された菓子折りを受け取りつつ。俺は本日二度目の思考停止を余儀なくされた。頭が真っ白になるとは……このことを言うのだろうか?
……つま。ツマ。TSUMA。……つまって、まさか、あの妻?! えー?!
「……ニコラシカ?」
「あ、レモネードさん! えへへ、お疲れ様です!」
目を白黒させて軽くパニックになる俺を裏腹に、現実は衝撃の光景を繰り広げていく。金髪の女性……もとい、ニコラシカさんは、レモネードさんの姿を見るや否や、嬉しそうに駆け寄っていく。
「よかった! お昼時に間に合って……! お弁当、お渡しするの忘れていたので……届けにきたんです!」
「あぁ? んだよLINE寄越せば一旦帰ったっつの。わざわざここまで来てんじゃねえよ」
「でも、レモネードさんのお仕事に支障があるといけませんから!」
「んなこと気にしてんじゃねえ。この辺、ワケわかんねえ奴が吐いて捨てるほどいやがんだ。無闇やたらと歩き回るな」
ニコラシカさんからお弁当を受け取りつつ、レモネードさんはぶっきらぼうながらも、彼女の身を案じるような言葉を掛けている。心なしか、彼女を見つめる視線も表情も……見たことないくらい優しいもののように思えた。……もう、俺にとってこの一連の会話と光景が衝撃的すぎて、固まるしかない。同僚達も密かにざわめいている始末だ。
「レモネードさんが今まで見たことない顔してらっしゃる……!」
「あの金髪の女の子が……都市伝説と言われてたレモネードさんの……奥さん……?」
「おれ……レモネードさんの嫁さんって言ったらもっと気強そうなギャルかと思ってたんだけど……めっちゃ真逆じゃん……!」
「一体どんな手使ってあの子と結婚したんだ……?!」
「借金を片手に脅して、とか……?」
「でもその割にあの子、レモネードさんのことめちゃくちゃ好きオーラすごくね……?」
レモネードさんには決して聞こえないように気をつけながら、皆口々にひそひそと言葉を連ねている。……気持ちはめちゃくちゃ分かるだけに、俺が言うのもあれだけど。皆すげえ失礼だな! レモネードさんに聞こえていたら、間違いなく全員もれなく、レモネードさんによるヤクザキックで病院送りにされてるわ……。
「えへへ。ご心配してくださってありがとうございます! あ、あとこちらの方に……職場の皆さんへの差し入れをお渡しさせて頂きました! 休憩中に食べていただけたら……!」
「ケッ、気遣わなくていいっつってるだろうが。……タクシー呼ぶから待っとけ」
「え、でも……!」
「……てめえに何かあると面倒なんだよ」
レモネードさんはそう言うや否や、持っていたスマートフォンでテキパキとタクシーの手配を済ませる。……他人に関心のないことで有名なあのレモネードさんが……奥さんに対してはこんなにも優しいだなんて。それだけ、彼にとってニコラシカさんの存在は、大切で仕方がないのだろう。
「ご、ごめんなさい! レモネードさんのお手数をお掛けしてしまうなんて……!」
「別に、これくらい手間でもなんでもねえよ。つーかいちいち謝ってんじゃねえそっちのがめんどくせえわ。……昼飯、ありがとよ」
申し訳なさそうにするニコラシカさんを、乱暴な言葉遣いながらもすかさずフォローするレモネードさん。……その優しさ、俺達にも1ミリだけでもいいから、向けてくれねえかな……無理か……。
それから間もなくして、レモネードさんが呼んだタクシーが来た。「お仕事、頑張ってください!」と言って、ニコラシカさんはタクシーに乗って帰っていった。……それを見届けていたレモネードさんの目は、やっぱり。今まで見たことないくらい優しくて、愛しさに満ちているように思えた。鬼の上司も人の子だったんだなあ……。
「……てめえら、何にやついてやがんだ? ああ?」
「ヒッ?! すみません何でもないッス!!」
ギロ、と鋭く睨みつけられて、俺達はそれぞれの仕事にまたすかさず取り掛かった。
……レモネードさん、スイッチの切り替え速度えげつなさすぎる……。そんなことを思いながらも。俺の中ではちょっとだけ……レモネードさんに対する恐怖心というものは、薄れたような気がしていた。
「ほう。先程の方がレモネードくんの奥さんですか? 随分と清純そうな方でしたが……もしや弱みでも握って結婚したんですか?」
「ぶっ飛ばされてえのかテメエ」
俺達には決して聞けないようなことを、平然とズケズケと言ってのけるマルゲリータ社長はやっぱりある意味すげえな……と思った。