短編夢まとめ

 騒がしい場所も人混みも好きじゃない。寧ろ嫌いだ。まして祭りなどといった浮かれた催しは、自分には縁のないものだと。レモネードは今までずっと思っていたのだから。
 けれど、そんな煩わしい場所に足を運んでやってもいいと……レモネードに思わせる存在が、たった一人だけいる。彼にとっての太陽であり、真夏に咲く大輪の向日葵のような少女……ニコラシカがそうだった。

 祭りの喧騒から抜け出して。レモネードは彼女の手を引き……静かな海岸へと連れ出した。そこには自分たち以外の人間はおらず、海のさざ波だけが響き渡っている。しばらくすると、破裂するような音が鳴って、夜空に華やかな光が上がった。……そう、花火だ。彼女が見てみたいと言っていたから……レモネードは事前に、よく見える場所を調べておいたのだ。誰にも邪魔されず、二人だけで見れるところを。

「わあ〜! レモネードさん見てください! 花火、とっても綺麗……!」

 水色を基調とした華やかな浴衣に身を包み、向日葵モチーフの髪飾りを揺らして。ニコラシカは夜空に次々に浮かんでは消えていく、大輪の花々を前にはしゃぐ。彼女の澄んだ深紅の瞳に、色とりどりの煌めきが浮かぶ様子は……柄ではないが素直に、美しく綺麗だとレモネードは思う。

「ケッ、こんなもんぐらいではしゃぐとかガキかよ」

 素直に綺麗だとか言う性分ではない。反射のように口から飛び出すのは、思ってもいない悪態だ。

「だって、レモネードさんと一緒に……こんなにも綺麗な花火を見れたことが嬉しくて……! はしゃいじゃいますよ!」

 えへへ、とニコラシカは嬉しそうに笑う。……本当に、彼女は何の恥ずかしげもなく、素直に好意に溢れた言葉を口にするのだから、困る。でも、決して嫌じゃない。寧ろ、彼女が本当に自分の傍にいられて……嬉しいと思ってくれている。レモネードという男のことを、心の底から愛してくれているのだと実感できて……嬉しい。

「つくづく平和な奴だな、てめえ」

 夜の暗がりでよかったと心底思う。きっと自分は今……らしくもない、照れた顔を浮かべているだろうから。ニコラシカの一言一言に、こんなにも満たされるなんて……自分も大概単純だと思う。
 今までの自分ならば、きっと踏み入れようとも思わなかった、浮かれた世界。そこへ足を伸ばそうと思えたのは……他でもない、ニコラシカがいたからだ。ニコラシカはよく、自分のお陰で数多の世界を知ることができたと口にするが……レモネードだって、そうなのだ。知ることのなかった世界を、知ろうともしなかった世界を……ニコラシカはいつも、知るきっかけをくれるのだから。

「レモネードさん、また……一緒に見ましょうね、花火!」

 ニコラシカの瞳が、レモネードをまっすぐに映す。花火を見て、瞳を輝かせる彼女も大変愛らしかったが……やはり。自分を一途に、愛しそうに映してくれるニコラシカが、一等可愛い。彼女の視線を独占するのは、自分だけでいいと改めて思う。

「考えておいてやるよ」

 お前が望むなら、何度だって連れ出してやる。だがオレが……夜空に浮かぶ瞬きの大輪に視線をやることなど、これから先もないだろう。ニコラシカがその意味を知ることなどないし、教える気もないが。
 レモネードが見つめるのはいつだって、自分の手元で咲き誇る……大輪の向日葵だけなのだから。
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