短編夢まとめ

 数え切れない程の、有象無象のバンカー達が自分達を取り囲む。彼らは様々な武器を持ち、不敵な笑みを浮かべて……レモネードとニコラシカを見据えていた。

「そら。こちらは多勢で、そちらはたったの二人でしょう? ありったけの禁貨を置いて、退散してはいかがです? わたし……このコザックは寛容なのでねェ。それで見逃してあげますよ?」

 余裕綽々の面持ちと声音で、多勢のバンカーを背に、リーダーと思しき、コザックと名乗ったその男は挑発するように語りかけてくる。

「ケッ、お断りだタコ! テメエらみたいなザコに……オレたちがやられるわけねえんだよ!」
「……ふん! 強がりを……!」

 レモネードは男の提案を即座に却下する。レモネードの強気な返しが気に入らなかったのだろう。コザックは小さく舌を打った後、背後に控えるバンカー達の方へ振り返り、命じる。

「お前達! BB7の残党であるレモネードと……連れの女バンカーであるニコラシカを倒してくるのです! 手段は一切問いません。どんな手を使ってでも……あの二人を倒し、勝鬨を上げることで……我らコモドール団の強さを、数多のバンカー達に知らしめるのです!」

 コザックの言葉に士気が高まったのか、控えていたバンカー達は興奮したように雄叫びを上げ、拳を掲げる。

「……では、わたしは高見の見物とやらに洒落こませていただきますよ。……わたしを楽しませてくださいね?」

 コザックは至極楽しそうな笑みを浮かべながら、そんな戯言を零す。
 びりびりとした殺気が、自分達に向けられていくのを……ニコラシカは確かに感じた。

(……ですが、)

 この程度の殺気に、怯むほど自分達は弱くない。大勢のバンカーが武器を構え、自分達目掛けて押し寄せてくる様子を……ニコラシカは冷静に見据える。

「レモネードさん……!」
「ケッ、とっとと蹴散らすぞ!……ニコラシカ、行け!」

 レモネードの声を合図に。ニコラシカは地を蹴り、素早く敵陣の元へと駆けていく。
 ……ニコラシカは知っている。レモネードではなく、自分の方に真っ先に狙いを定めて、攻撃を仕掛けてくる輩の多さを。きっと、真っ先に敵地へ飛び込んできた女バンカーである自分のことを、格好の餌食だと思っていることだろう。

(でも、それでいいんです)

 私のことを、嘗めて掛かるのは一向に構わない。……だって、次の瞬間には。貴方達はそれを後悔することになるのだから。

「もらったァアア!!」

 チャンスと言わんばかりに。一人のバンカーが、自身が持っていた斧を、ニコラシカの頭上を目掛けて投げつける。避ける隙などないくらいの猛スピードで、威力を保ったままその斧は……ニコラシカの元へ飛んでいく。
 ……されど。それは決して、彼女に当たることなどないのだ。

「……邪魔です!」

 キィン!!と金属同士がぶつかる音が響く。それはニコラシカが槍で、斧を弾き飛ばした音だった。弾き飛ばされた斧はそのまま……まるでブーメランのように。持ち主の元へと豪速球で戻っていく。

「う、うそだろう……?! ひ、うわああああ?!」

 目を白黒とさせている間に。勢いと威力を増した斧は、持ち主以外のバンカー達も倒していった。ニコラシカはそれを気に留めることもなく。立ち塞がる敵をひたすらに屠りながら、前へ前へと駆け抜けていく。

「水のリボルバー!」

 そして次の瞬間には、まるで豪雨のように。数多の水球が降りかかった。それらは多くのバンカー達を蹴散らし、ニコラシカすらも巻き込む形で降り注いでいく。

「ぎゃああああッ?!」

 大勢いた筈のバンカー達は、断末魔を上げながら一気にその場に倒れ伏していく。その間にも、どんどんと水のリボルバーは数え切れないほど乱射されていく。水飛沫が大量に上がり、周囲の状況はまるで霧が掛かったかのように見えづらなくなる。

「なっ……! 自分の彼女まで巻き込むだとォ?!」

 戦況を遠巻きから眺めていたコザックは驚愕する。コザックは用意周到且つ、情報収集を綿密に行う男であった。慎重派な彼は、レモネードとニコラシカに勝負を仕掛けるに当たって……二人のありとあらゆる関係性や情報を仕入れていたのだ。
 その情報の中に、ニコラシカという女バンカーは……冷酷非道と名高いレモネードが、えらく大事に守っている少女なのだとあった。孤高の水使いと名高い彼の……弱点となりうる存在。レモネードを倒す上で、必要不可欠な存在であると踏んでいたのに……! まさか、あの少女ごと巻き込んで攻撃を放ってくるだなんて、コザックは全く予想していなかったのだ。

「油断しちゃいましたか?」

 呆気に取られている間に。自身の背後から、聞こえてはならない筈の、この場に到底相応しくないような……可愛らしく明るい声が聞こえた。
 ばっ!と振り返ろうとした瞬間。鋭くて熱い痛みが、コザックの右肩を襲う。熱を持つが故に赤く、鋭利な槍の先端が……コザックの肩を容赦なく貫いていた。

「ガッ……?! あ、ぎあぁああああっ?!!!」

 ザシュ、と引き抜かれる際もとんでもない痛みが走る。貫かれた衝撃と共に。焼けるような……まるで火傷した時のような、じくじくとした痛みが走ったのだ。血が流れ出る度に、焼かれるような痛みに襲われる。

「な、なぜ……?! きさま、なぜ……!」

 おかしい。この少女は、どこをどう見ても人畜無害で、か弱そうで。戦いを好みそうな人間性ではなさそうじゃないか。虫も殺せないような風貌をした少女がどうして、こんなにも容赦なく槍を自分に向けているというのだ……!?

「貴方のお相手は私……ニコラシカが務めさせて頂きます。 レモネードさんではなくて、物足りないかもしれませんが……退屈はさせないとお約束しましょう」

 言いながら、ニコラシカは容赦なく槍を振り回す。コザックが率いている一部の手下達は、自分達のリーダーの危機に……援護射撃を繰り出し始めたが、それらは全て、ニコラシカの槍で無情に弾き飛ばされていく。

「こ、こんなの……っ! 計算外だァアアアア!!」

 コザックは腰に携えていた剣を急いで鞘から引き抜き、無茶苦茶に振り回し始める。自分の計算が、計画が、何もかもすべて間違っていた。その事実に気が狂いそうになる。
 右肩の痛みに耐えながら、必死に剣をニコラシカ目掛けて振り下ろすが。それらは全て軽やかに躱されてしまう。刃同士がぶつかる、剣戟にすらなりえない。苛立ち、焦り、動揺……これら全てが、コザックの胸の内をざわつかせ、彼のプライドを傷つける。こんな女バンカー相手に、負けたくなんかないと心が叫んでいる。

「ケッ、何が計算外だよ。 てめえが勝手に……オレの女舐めてただけだろ? だろだろォ?!」
「なっ、……きさ、ま?!」

 あんなにも大勢いたバンカー達は、一人残らず水のリボルバーで撃ち抜かれていた。レモネードはニコラシカの隣に並び立ち、にい、と楽しげな笑みを浮かべている。

「ニコラシカ、とっととそいつ片付けてこい」
「はい。……さあ、お遊びはここまでです」

 目にも止まらぬ速さだった。ニコラシカは、弧を描くように槍を振り回して――

「スクリュー・ドライバー!!」

 コザックが最後に見たのは。闘志に燃えた……少女の形をした戦士の、鋭き赤い瞳だった。
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