短編夢まとめ

※現パロっぽいなにか


 冷たい雨が降り頻る帰り道。水分を吸い込みくたくたになった段ボールの中で、毛並みをびしゃびしゃに濡らして寒そうに縮こまってる一匹の子犬と目が合ってしまった。

「……なんだよ」

 思わずぴたりと足を止めて、オレはその子犬に話し掛けてしまう。「くぅん……」とか細い鳴き声と共に、その子犬はうるうると今にも泣きそうな瞳でオレのことを見つめ返してきやがった。
 ……どう見ても捨て犬だ。こんな道端で、しかもろくに雨避けもしてやらない状態で放置するなどと……捨てやがった奴はいったい何を考えてやがる。責任を持って飼えないというのならば、然るべき場所へと連れて行って次の飼い主を見つけてやるのが……動物を飼うと一時は決めた者の責務なのではないのか?と色々と憤りを覚えてしまう。

「……言っとくが、オレさまは知らねえからな。世の中そんな甘くねえんだよ」

 ふいと子犬から視線を逸らし、情け容赦ない冷たい言葉を投げ掛ける。……こんな劣悪な環境下に晒されたままの子犬を憐れに思う気持ちがないと言えば嘘になるが……一つの命を無責任に、何の覚悟もなく拾って人間の都合に合わせて飼うなどそれこそ以ての外だろう。
 だからオレは……このまま心を鬼にして、子犬の前から立ち去ろうと思ってたんだ。

「……くしっ!」

 小さく控えめなくしゃみが聞こえてくる。ちらり、と横目で見てみると……子犬なりに何かを思ったのだろうか、段ボールの隅の方に身体を寄せて、寒さに耐えるように丸まり始めていた。

 ――その姿に、らしくもないがずきりと心が痛む。そうして否応なしに、子犬に昔の自分の姿が重なって見えてしまい……気づけばオレの足は踵を返していた。

「――ったく! しゃーねーな!!」

 自分の服が濡れるのも構わず、レモネードはひょいと段ボールの中で丸まっていた子犬を抱き上げる。

「……くぅん?」

 どうして?と言わんばかりに見つめてくる、子犬の丸くて大きな瞳。……こんなにも愛らしい顔をした子犬を捨てるなど、やはり前の飼い主とやらはどうかしているとしか思えない。

「こんなとこで野垂れ死にでもされたら溜まったもんじゃねえんだよ。今日だけは特別にこのオレ……レモネードさまの家に泊めてやる。……明日になったら保健所に連れてくからな!」

 あまりにも柄じゃない行動に気恥ずかしくなって、捲し立てるように言葉を連ねる。子犬は分かってんだか分かってないんだか定かではないが……「わんっ!」と嬉しそうな鳴き声を一つ上げていた。


***

 帰宅して早々、オレは子犬を風呂に入れてその体を隈なく洗ってやった。濡れている体をドライヤーで乾かしてやりながら、わしゃわしゃと撫でてやる。

「……くぅ」

 すると、子犬は心地よさそうな鳴き声を上げ、しっぽをふりふりと振っていた。……こいつはどうやら、随分と人懐こい子犬らしい。普通、人間に捨てられたと理解したら……人間のことなど嫌いになりそうなものなのに。こいつは全く、オレのことを警戒しない。

「そんなんだとこの先やってけねえぞ」

 また酷い扱いをしてくる飼い主にでも当たったらどうするんだテメエと悪態を吐きつつ、オレはひたすらその子犬に触れる。にぱあ、とこちらに笑いかけてくる子犬を見ていると……言葉にできない、暖かな何かが沸々と自分の心を占めていく気がした。

「っと……こんなもんでいーだろ。ほら、今メシ持ってきてやるから……そこで大人しくしてろよ」
「?」

 ちょこん、とワケが分かってなさそうに子犬はその場に大人しく座ってる。その様子を尻目に、オレは適当に買ってきた犬用の缶詰を皿に開け、人肌くらいの温度に温めたミルクを用意し、子犬の前に差し出した。

「! わんっ?!」
「てめえのだよ。いいから食え」

 驚いたようにこちらを見てくる子犬に、とっとと飯を食べるよう促す。くんくん……と匂いを嗅いだ後、子犬はもぐもぐとうまそうに飯を食べ始めた。

「……ケケッ! どんだけ腹減ってたんだよ、お前」
「わん! わんっ!」

 ぱたぱたとせわしなく動いているしっぽに、喜色に満ちた鳴き声。子犬のその姿を前にして……レモネードの口元は無意識に綻んでいたのだった。


***

「おい、犬。テメエどこで寝ようとしてんだよ」
「きゃう?!」

 あっという間に夜を迎え、そろそろ寝ようと思っていた頃。子犬がとてとてと……部屋の隅に丸まって眠ろうとしていたので、オレがすかさず声を掛けると、子犬はびくっ!と体を硬直とさせてしまった。そして、申し訳無さそうにオレの方を見遣ってくる。

 ……これは憶測だが、子犬はこれ以上オレの迷惑や邪魔にならないようにと気遣っているんじゃないだろうか。

「……はあ。テメエ、今更んなくだらねえこと考えてんじゃねーよ」

 隅に丸まろうとしていた子犬を抱き上げて、オレはすたすたといつも寝ているベッドまで連れて行く。そして、子犬を抱き締めて布団に包まる。

「風邪でも引かれたらそっちのが面倒なんだっつの。……今日のとこは我慢して、オレさまと一緒に寝てもらうからな」
「……! わん、わんっ!」

 すりすりとオレの身体にくっついてくる子犬。……小さくも、暖かいこいつの頭を撫でてやりながら、オレは少しずつ眠りの世界に落ちていく。

『レモネードさん、ありがとうございます……!だいすき!』

 子犬は喋ることなんかできないはずなのに。どうしてか……そんな言葉が聞こえた気がした。



「てめえは今日からニコラシカだ。オレが呼んだら返事しろよ」
「わん!!」

 結局。レモネードは子犬……基、ニコラシカを保健所には連れて行かず。自分の家の子として飼い始めたのであった。
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