短編夢まとめ

 見知らぬ男女が海辺で結婚式を挙げている光景が目に入る。純白のドレスに身を包んだ女性はとても幸せそうな笑顔を浮かべながら、持っていたブーケを空に向かって高く投げた。ひらひらと舞っていく白い花びらが、二人の門出を祝福しているみたいでとても美しく映る。
 ゲストに幸せをお裾分けするという意味が込められた、ブーケトス。結婚式にある演出の一つだとひと目見てすぐに分かった。花嫁から投げられたブーケを、見事に受け取った参列者の女性は、連れの男性と共に嬉しそうに笑い合っていた。

「綺麗……」

 きらきらと眩しくて、笑顔と幸せに溢れた素敵な結婚式だなって思う。私はただの通りすがりだけれど、あのお二人にこれから沢山の幸せが降り注ぎますようにって……思わず願ってしまう。

「……さっきから何を見てやがるかと思えば、他所様の結婚式かよ」
「あっ! レモネードさんすみません……! ついぼーっとしちゃって……レモネードさんの足をお止めしてしまって申し訳ないです……!!」

 無意識に魅入ってしまっていたらしく、レモネードさんとの距離が少し離れてしまっていた。レモネードさんの旅路の足を止めるなど、本来あってはならない。ご迷惑をお掛けしたことを謝ると、レモネードさんは「別に謝ることなんか何もねえだろ」とだけ言って、私が見ていた結婚式の様子を一緒に見てくださった。……レモネードさんのこういうさり気ない気遣いと優しさが、本当に嬉しくて、私はもっともっと、レモネードさんのことが大好きになる。

「……あの花嫁さん、とても綺麗で……嬉しそうで。見ている私も幸せな気持ちになれる、素敵な式だなあって思ったんです!」
「……へえ、」

 式は進んでいく。新郎と新婦が、青空の下で永遠の愛を誓う姿が……とても眩しくて、私は思わず目を細めてしまった。
 ……美しいドレスに身を包んで、一番綺麗な姿で、好きな人と共にヴァージンロードを歩く。好きな人との永遠の愛を、神様に誓うという……神聖な儀式。それを一度も夢見たことなどないって言ったら、嘘になる。

 けれど。私はまかり間違っても……その夢物語を口にしてはいけないと知っている。
 だって、私はレモネードさんのものだけれど、レモネードさんは誰のものでもないから。
 レモネードさんが、誰かに縛られる人生を良しとしないことを知っている。バンカーとして自由に生きることを好むレモネードさんの人生を……私の存在で縛りたくなどないから。今こうして、レモネードさんと共にたくさんの時間を過ごせて、彼の旅路に着いていくことを許していただけてる以上の幸せなんてない。これ以上を望むだなんて……それこそ罰が当たってしまうだろう。

「またくだらねえこと考えてんだろ」

 気づけば式は終わっていたらしい。浜辺にはもう既に新郎新婦の姿はなかった。私はレモネードさんに声を掛けられて、ようやくハッと我に返る。

「ご、ごめんなさい! 見惚れすぎてしまっていましたね、私」

 あはは、と軽く笑いながら、私は自分の気持ちを悟られないように……誤魔化すための言葉を紡ぐ。
 ……私の、本当の気持ち。それをレモネードさんに悟られてしまうのが怖かった。大好きで、この世の誰よりも愛しい人を独占したいと。本当は奥底から願っている自分がいることを知られたくなかったから……私は咄嗟に取り繕ってしまった。

「ケッ! てめえ……下手な嘘吐いてんじゃねえよ。このオレさまの目を誤魔化そうなんざ100億年はえーって何度言えば分かんだよ?」
「えっ……?! きゃ!!」

 ぐいっと腕を引かれて、そのまま強く抱き寄せられる。レモネードさんに抱き締められるのは初めてではないけれど、何度経験しても……凄くどきどきしてしまう。私の鼓動が……彼にも伝わってしまうのではないかと思ってしまうほどに、煩く高鳴っていた。

「……あ、の……レモネードさん……?」
「……オレは確かに、誰かに縛られる人生なんざ御免だった。けどな、それは前までの話だ」

 レモネードさんの言葉を、すぐに飲み込むことはできなかった。けれど、彼が紡ごうとしている言葉を予感する度に……私の心臓がどんどんと煩くなっていく。
 ぎゅう、とレモネードさんの衣服を無意識に掴んでいたら、その手を絡め取られる。思わず驚いてしまって、レモネードさんの方へと顔を上げると……アイスブルーの鋭い瞳が、私のことを真剣な面持ちで射抜いていた。

「ニコラシカ。オレは……てめえのことを他の奴に掻っ攫われるなんざ絶対に許さねえ。そいつがてめえのことを、オレ以上に幸せにできるとか抜かしたとしてもだ。だからテメエも、オレが幸せならそれでいいって……オレのこと手放そうとするな。一生……オレのことを縛れよ」
「それって……」

 視界がじわじわと滲んでいく。これはもしかしたら、私が見ている都合のいい夢なのではないかと……思ってしまうのに。レモネードさんは、いつのまにか私の左手薬指に、シンプルな銀色の指輪を嵌めてくださっていた。その指輪は、レモネードさんの指にも……同じように嵌められていた。

「一生逃がしてやらねえから、せいぜい覚悟しておくんだな?」
「っ……! はい! 私は……ずっと、レモネードさんの傍から離れません! ずっとずっと、貴方をお慕いしております! レモネードさんがこれからもたくさん幸せになれるように……私、お嫁さんとしてがんばります!」

 私がそう言うと、レモネードさんはぶっきらぼうに「それはこっちの台詞なんだよ、タコ」とだけ返してくださった。

 レモネードさんと出逢えて、私は誰よりも幸せで……これから先、どんな艱難辛苦に見舞われたとしても。私はレモネードさんと一緒だから乗り越えられる。そんなふうに、確かに思えた。

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