BLACK LABEL〜IF〜

 私のことは忘れて幸せになってください。耳によく馴染んだ女の声が、オレの脳を侵食していく。
 金糸のように眩しい髪。深い赤色の丸い瞳。大輪の向日葵を思わせるこの女を、オレは紛れもなく知っているはずなのだ。忘れてはならない。いや違う、忘れたくないとらしくもなく思わせるほどの……大切な存在だと、心がそう叫んでいる。
「ふざけるな。誰が忘れてなんかやるかよ……! オレから離れようとすんじゃねえ、……――ッ!!」
 それなのに。目の前にいる女の名を呼ぼうとすると、息苦しくなる。一刻も早く呼ばなければ、オレはもう二度と……この少女の手を取ることができなくなる。そう思うほどに強い、嫌な予感が確かにあった。
「レモネードさん……」
 オレのそんな様子に、少女は寂しげな笑みを浮かべている。うぜえ、やめろよ。そんな顔するくらいなら、初めから忘れろだなんて言うんじゃねえ。……オレの前から、消えようとするんじゃねえ!
「レモネードさん、私は……貴方のことがずっと、ずっと大好きです。愛しています。……だから、私のことは忘れてください。……私は、レモネードさんの心を縛りたくない」
 太陽のように眩しい笑顔。だが、そこに翳りがあることを……オレは見逃さなかった。見逃すはずもない。この少女の些細な感情の変化に、気づかないなんてありえない。
「レモネードさんと一緒に過ごした記憶はずっとずっと、私だけの宝物として……持っていきます。だから、レモネードさんは苦しくなんてありませんよ。……どうか、次の世界でも楽しく、レモネードさんの思うように……生きてください」
 その為に。自分の持てる力を全て、すべてオレに託すのだと。少女はそう言って、オレの唇に拙いキスを贈る。
「ニコ、ラシカ……ッ!」
 縋りつくような思いで、オレはその単語を口にする。目の前にいる少女は驚いたように目を見開いて……今にも泣きそうな顔で、笑っていた。

 ――それを最後に、レモネードの意識は途絶えた。次に彼が蘇るのは、邪悪な気配で充満する、有象無象の戦いが溢れる世界。
 冷たい印象を与えていたアイスブルーの瞳は、彼の内なる闘志を現す……燃えるような赤を宿していた。
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