救われた掌
あったかいお料理と飲み物で、飢えていた体も心も満たされていく。オムライスと言うらしい……黄色い食べ物を生まれてはじめて口にした時、私はとっても幸せな気持ちになった。幸せすぎて、ぽろぽろと涙が零れ落ちていくのを止められない。
「……泣いてんじゃねえよ」
私が泣いている様子を見て、アイスブルーの男の人は呆れたような表情を浮かべていた。でも、その表情は呆れだけじゃなくて……なんだか、とても苦しそうに見えた。私が泣いているのを、心苦しく思っているような……そんな表情。
(……優しい人、なんだな……)
物言いの一つ一つはぶっきらぼうだけど。この人はさっきからずっと、私に対してとても優しい。その理由は、よく分からないけれど……。素直に、嬉しかった。今まで、「不気味な魔女」と皆から蔑まれてきた……私にとっては。
「……あの、わたし、ニコラシカっていいます。あなたのお名前を……聞いても、よろしいですか?」
「……レモネード」
私を助けてくれて、躊躇わずに触れてくれたこの人は、レモネードさんというらしい。かっこよくて、この人に似合ったとても素敵な名前だと思った。
レモネードさんと、名前を口ずさんでみると……なんだかとっても心がぽかぽかと暖かくなる。今まで、私の心臓は血が通っていなかったんじゃないかって錯覚するくらい……熱を持って、どくどくと高鳴っていく。
「……それ食ったら、向こうのベッド行け。オレさまはそこのソファで寝る」
「えっ……?! だ、だめです、私、お金持っていませんし……レモネードさんがベッドをお使いください! 私なんて、床でも寝られますから!」
「チッ……うぜえな。だったら無理矢理にでもベッドに連れて寝かせるだけだ」
何が何でも引かないらしい。ぎろ、と睨みつけられながら言われて、「……分かりました。お言葉に、甘えさせていただきます」と頷くしかなかった。
そうして、ご飯を食べ終わったあと、私はベッドへと体を横たえる。ふかふかで、柔らかなそれに身体を包まれる感覚に、なんだかまた涙がじわじわと溢れてきた。
***
「あの、本当にありがとうございました……! なんと、お礼を申したらよいのか……!」
「きまぐれだって言っただろうが。いちいち気にしてんじゃねえよ」
宿からチェックアウトした後、私はぺこぺことレモネードさんに頭を下げる。ご飯代も宿代も、何もかもレモネードさんがどうにかしてくれたみたいで……申し訳ない気持ちでいっぱいになるのに。レモネードさんは気にするなの一点張りだ。
「……レモネードさんに命を助けて頂いただけじゃなく、こんなにもよくして頂いて……気にしないのなんて無理です……。こんな私に、どうして……」
もう死んじゃってもいいや、となげやりになっていた私を、助けてくれた人。私には、この人に返せるものなんて何もないのに……。
「ニコラシカ……」
レモネードさんにはじめてこの時。面と向かって名前を呼ばれた。その声音は、やっぱりどこか優しい気がしてならなかった。
……そんな時。私にはまた、悪い夢の続きのような出来事が、襲い掛かる。
「おい、いたぞ!」
「あの魔女、まだ生きてやがった……!!」
「っ……?! ひ……!」
びくり、と身体が強張る。私に対して、悪意を容赦なく向けてくる……昨夜の、男の人達が……多くの武器を携えて、私達の目の前に現れた。
「……てめえら、昨日の雑魚共じゃねえか」
私が顔を青褪めさせて、かたかたと震えていたからなのか。レモネードさんはさりげなく私のことを庇うようにして前に出てくれた。
……どうして。私のことなんか庇ったら……!
「おまえ……っ!? 昨日の……! バンカーだったのか?!」
「あの魔女、まさか……オレ達を返り討ちにする為にバンカー雇いやがったんじゃ……!!」
男の人達は口々に、根も葉もない予想を並べていく。そうして、がたがたと震えるしかない私に……容赦のない憎悪の眼差しを向ける。
「てめえもその魔女とグルだったんだな……!!」
「はあ? てめえら妄想も大概にしろよ。こいつのどこが魔女に見えんだ? 頭おかしいんじゃねえの」
レモネードさんは私を背後に匿いながら、ずっと……私を魔女ではないと言ってくれる。それが、とっても嬉しかった反面……もし、私の能力が、彼にバレてしまったら。レモネードさんも私のことを……魔女だって思うんじゃないのかなって。そう考えたらどうしようもなく怖くなった。
「うるさい!! さっさとそこからどけー!!」
男達の一人が、ナイフを構えて突撃してくる。その光景を見て、私は思わず――
「や、やめて!!」
レモネードさんにあのナイフが当たってしまうかもしれない。……私を、はじめて助けてくれた、あの優しい人が傷つけられてしまうかもしれない。そう思ったら堪らず、私はレモネードさんの前に出ていた。
――皆から忌み嫌われる原因となった、あの槍を手にして。
「うわっ?!」
咄嗟に出した槍で、ナイフを弾き飛ばす。その衝撃で、男の人は地べたに転がった。
「見ろよあれ……!!」
「あいつ、本当に魔女だったんだ……!!」
嫌悪と恐怖の目を向けられる。幼い頃に初めて、衝動的に槍を顕現させてしまった時に向けられた……あの視線の数々がトラウマとなって蘇る。
「あ……」
誰かを傷つけてしまったら、私は本当に……皆が言う魔女になってしまう。そう思ったから今まで、この槍を出さないように、どんなに酷い目に合わされても……耐えて耐えて、耐え抜いてきていたのに……。
怖い。やだ。どうしよう。我に返った途端に、私は呼吸が浅くなるのを感じた。俯いて、数多の罵詈雑言から目を背けようとした時……ぽん、と。私の頭に、手を置かれる感触。
「やればできるじゃねえか。……おら、俯いてウジウジしてんじゃねえよ」
「え……?」
その言葉を掛けてくれたのは、まぎれもなくレモネードさんだった。私の能力を見た筈なのに、レモネードさんは全く動揺もしてなくて……それどころか、なんだか嬉しそうな表情を浮かべている。
「わたしのこと、怖くないのですか……? みんなが言うように、わたしは……」
「何度も言わせるな。てめえは魔女じゃねえし、怖くもねえよ」
その言葉はとっても力強くて。彼の言葉に嘘偽りなどないことが分かった。
……私の能力を見ても、この人は恐れない。私が魔女じゃないって……私以上に、信じてくれているんだ。
「そこでよく見てな。こいつらに……てめえが魔女じゃねえってことを力づくで分からせてやる」
レモネードさんの指先に、物凄いエネルギーを纏った水球が現れる。それは、本当に魔法みたいで。
「水のリボルバー!!」
数多の水の弾丸が撃ち出されていく。私を虐めていた男の人達は、悲鳴を上げながら私達の前から逃げ出していった。
「す、すごい……」
あまりにも一瞬で終わってしまった。ぽかん……とその場で呆然としていたら、レモネードさんは「だろ?」と。なんだか得意気に笑っていた。
「あんな奴らに好き勝手言われたくらいで……てめえがめそめそ泣く必要なんか微塵もねえんだよ。もっと胸張って、堂々と前向いて生きやがれ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に私の頭を撫でながら、レモネードさんは……私を勇気付けてくれる。どきどきと、高鳴る心臓が抑えられない。
「レモネードさん……っ!」
今まで灰色だった私の世界を、この人が色鮮やかに塗り替える。
「……オレが、てめえにしてやれるのはここまでだ。後は自分でどうにかしろ。……オレは、元いたところに帰らなきゃいけねえからな」
す、と私に触れていたレモネードさんの手が離れる。見れば、レモネードさんの姿が消え掛かっていた。
……元いた場所に帰る。その言葉で、彼はこの世界に生きる人じゃなかったんだと、ようやく理解する。そして、もう二度と……このレモネードさんに、会えることはないということも。
いやだ。行かないでって……思わず言ってしまいそうになるのをぐっと堪えて。わたしは、必死に、笑顔を作る。
「レモネードさん……わたし、貴方に出逢えて、本当に、本当によかった……!」
私に初めて、幸せをくれた人。……私の心に、血を通わせてくれた初恋の人。どうか、貴方にもたくさんの幸せが降り掛かりますように。
「……てめえも、最後まで諦めんなよ」
じゃあな。その優しい声音を最後に、レモネードさんはまるで……最初からそこにいなかったかのように。夢のように私の前からいなくなる。
「……はい。私……ニコラシカは、貴方との思い出を胸に……この世界を生き抜いてみせます!」
もう彼には聞こえないことを分かっていたけれど。私は誓うように。レモネードさんを思い出させる……青い空に向かって言葉を紡いだ。
「……泣いてんじゃねえよ」
私が泣いている様子を見て、アイスブルーの男の人は呆れたような表情を浮かべていた。でも、その表情は呆れだけじゃなくて……なんだか、とても苦しそうに見えた。私が泣いているのを、心苦しく思っているような……そんな表情。
(……優しい人、なんだな……)
物言いの一つ一つはぶっきらぼうだけど。この人はさっきからずっと、私に対してとても優しい。その理由は、よく分からないけれど……。素直に、嬉しかった。今まで、「不気味な魔女」と皆から蔑まれてきた……私にとっては。
「……あの、わたし、ニコラシカっていいます。あなたのお名前を……聞いても、よろしいですか?」
「……レモネード」
私を助けてくれて、躊躇わずに触れてくれたこの人は、レモネードさんというらしい。かっこよくて、この人に似合ったとても素敵な名前だと思った。
レモネードさんと、名前を口ずさんでみると……なんだかとっても心がぽかぽかと暖かくなる。今まで、私の心臓は血が通っていなかったんじゃないかって錯覚するくらい……熱を持って、どくどくと高鳴っていく。
「……それ食ったら、向こうのベッド行け。オレさまはそこのソファで寝る」
「えっ……?! だ、だめです、私、お金持っていませんし……レモネードさんがベッドをお使いください! 私なんて、床でも寝られますから!」
「チッ……うぜえな。だったら無理矢理にでもベッドに連れて寝かせるだけだ」
何が何でも引かないらしい。ぎろ、と睨みつけられながら言われて、「……分かりました。お言葉に、甘えさせていただきます」と頷くしかなかった。
そうして、ご飯を食べ終わったあと、私はベッドへと体を横たえる。ふかふかで、柔らかなそれに身体を包まれる感覚に、なんだかまた涙がじわじわと溢れてきた。
***
「あの、本当にありがとうございました……! なんと、お礼を申したらよいのか……!」
「きまぐれだって言っただろうが。いちいち気にしてんじゃねえよ」
宿からチェックアウトした後、私はぺこぺことレモネードさんに頭を下げる。ご飯代も宿代も、何もかもレモネードさんがどうにかしてくれたみたいで……申し訳ない気持ちでいっぱいになるのに。レモネードさんは気にするなの一点張りだ。
「……レモネードさんに命を助けて頂いただけじゃなく、こんなにもよくして頂いて……気にしないのなんて無理です……。こんな私に、どうして……」
もう死んじゃってもいいや、となげやりになっていた私を、助けてくれた人。私には、この人に返せるものなんて何もないのに……。
「ニコラシカ……」
レモネードさんにはじめてこの時。面と向かって名前を呼ばれた。その声音は、やっぱりどこか優しい気がしてならなかった。
……そんな時。私にはまた、悪い夢の続きのような出来事が、襲い掛かる。
「おい、いたぞ!」
「あの魔女、まだ生きてやがった……!!」
「っ……?! ひ……!」
びくり、と身体が強張る。私に対して、悪意を容赦なく向けてくる……昨夜の、男の人達が……多くの武器を携えて、私達の目の前に現れた。
「……てめえら、昨日の雑魚共じゃねえか」
私が顔を青褪めさせて、かたかたと震えていたからなのか。レモネードさんはさりげなく私のことを庇うようにして前に出てくれた。
……どうして。私のことなんか庇ったら……!
「おまえ……っ!? 昨日の……! バンカーだったのか?!」
「あの魔女、まさか……オレ達を返り討ちにする為にバンカー雇いやがったんじゃ……!!」
男の人達は口々に、根も葉もない予想を並べていく。そうして、がたがたと震えるしかない私に……容赦のない憎悪の眼差しを向ける。
「てめえもその魔女とグルだったんだな……!!」
「はあ? てめえら妄想も大概にしろよ。こいつのどこが魔女に見えんだ? 頭おかしいんじゃねえの」
レモネードさんは私を背後に匿いながら、ずっと……私を魔女ではないと言ってくれる。それが、とっても嬉しかった反面……もし、私の能力が、彼にバレてしまったら。レモネードさんも私のことを……魔女だって思うんじゃないのかなって。そう考えたらどうしようもなく怖くなった。
「うるさい!! さっさとそこからどけー!!」
男達の一人が、ナイフを構えて突撃してくる。その光景を見て、私は思わず――
「や、やめて!!」
レモネードさんにあのナイフが当たってしまうかもしれない。……私を、はじめて助けてくれた、あの優しい人が傷つけられてしまうかもしれない。そう思ったら堪らず、私はレモネードさんの前に出ていた。
――皆から忌み嫌われる原因となった、あの槍を手にして。
「うわっ?!」
咄嗟に出した槍で、ナイフを弾き飛ばす。その衝撃で、男の人は地べたに転がった。
「見ろよあれ……!!」
「あいつ、本当に魔女だったんだ……!!」
嫌悪と恐怖の目を向けられる。幼い頃に初めて、衝動的に槍を顕現させてしまった時に向けられた……あの視線の数々がトラウマとなって蘇る。
「あ……」
誰かを傷つけてしまったら、私は本当に……皆が言う魔女になってしまう。そう思ったから今まで、この槍を出さないように、どんなに酷い目に合わされても……耐えて耐えて、耐え抜いてきていたのに……。
怖い。やだ。どうしよう。我に返った途端に、私は呼吸が浅くなるのを感じた。俯いて、数多の罵詈雑言から目を背けようとした時……ぽん、と。私の頭に、手を置かれる感触。
「やればできるじゃねえか。……おら、俯いてウジウジしてんじゃねえよ」
「え……?」
その言葉を掛けてくれたのは、まぎれもなくレモネードさんだった。私の能力を見た筈なのに、レモネードさんは全く動揺もしてなくて……それどころか、なんだか嬉しそうな表情を浮かべている。
「わたしのこと、怖くないのですか……? みんなが言うように、わたしは……」
「何度も言わせるな。てめえは魔女じゃねえし、怖くもねえよ」
その言葉はとっても力強くて。彼の言葉に嘘偽りなどないことが分かった。
……私の能力を見ても、この人は恐れない。私が魔女じゃないって……私以上に、信じてくれているんだ。
「そこでよく見てな。こいつらに……てめえが魔女じゃねえってことを力づくで分からせてやる」
レモネードさんの指先に、物凄いエネルギーを纏った水球が現れる。それは、本当に魔法みたいで。
「水のリボルバー!!」
数多の水の弾丸が撃ち出されていく。私を虐めていた男の人達は、悲鳴を上げながら私達の前から逃げ出していった。
「す、すごい……」
あまりにも一瞬で終わってしまった。ぽかん……とその場で呆然としていたら、レモネードさんは「だろ?」と。なんだか得意気に笑っていた。
「あんな奴らに好き勝手言われたくらいで……てめえがめそめそ泣く必要なんか微塵もねえんだよ。もっと胸張って、堂々と前向いて生きやがれ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に私の頭を撫でながら、レモネードさんは……私を勇気付けてくれる。どきどきと、高鳴る心臓が抑えられない。
「レモネードさん……っ!」
今まで灰色だった私の世界を、この人が色鮮やかに塗り替える。
「……オレが、てめえにしてやれるのはここまでだ。後は自分でどうにかしろ。……オレは、元いたところに帰らなきゃいけねえからな」
す、と私に触れていたレモネードさんの手が離れる。見れば、レモネードさんの姿が消え掛かっていた。
……元いた場所に帰る。その言葉で、彼はこの世界に生きる人じゃなかったんだと、ようやく理解する。そして、もう二度と……このレモネードさんに、会えることはないということも。
いやだ。行かないでって……思わず言ってしまいそうになるのをぐっと堪えて。わたしは、必死に、笑顔を作る。
「レモネードさん……わたし、貴方に出逢えて、本当に、本当によかった……!」
私に初めて、幸せをくれた人。……私の心に、血を通わせてくれた初恋の人。どうか、貴方にもたくさんの幸せが降り掛かりますように。
「……てめえも、最後まで諦めんなよ」
じゃあな。その優しい声音を最後に、レモネードさんはまるで……最初からそこにいなかったかのように。夢のように私の前からいなくなる。
「……はい。私……ニコラシカは、貴方との思い出を胸に……この世界を生き抜いてみせます!」
もう彼には聞こえないことを分かっていたけれど。私は誓うように。レモネードさんを思い出させる……青い空に向かって言葉を紡いだ。