陽だまりの恋を追いかけて

 この世の中は弱肉強食。無償で得られるものなんて何もない。欲しいものがあるのならば、それを何としてでも奪い取れるほどの力が無ければ、生きていけない。
 そんなことはないと言う人間がいるとするならば、そいつはとんでもない甘ちゃんだ。生まれながら、当然のように恵まれた環境下で育ち、苦労とは無縁の世界で生きてきた人間の言葉でしかない。オレが生きてきた世界は、そんな生ぬるく、甘ったれた世界じゃなかった。
 歯向かってくる奴は力で捻じ伏せ、言うことを聞かせる。強く在らなければ、この世界で満足に生きることすら叶わないからだ。他人の言うことなんて全て嘘だと疑いながら、己の力のみを信じて生きていく。それが当然だと、思っていたんだ。

「レモネードさん!」

 オレの姿を視認するなり、嬉しそうな笑みを浮かべながら駆け寄ってくる金髪赤目の女。ニコラシカと名乗るそいつは、つい最近、オレの目の前に突然現れた。

「ずっと、ずっと貴方とお会いできる日を夢見ていました!」

 幼少時代。この女はオレに助けられたのだと言う。魔女だと多くの人間に罵られ、孤独に打ち震えるしかなかった自分に……生きる希望をくれた恩人だと。あの日からずっと、オレを想って生きてきたのだと。女はまっすぐにオレを見つめて、屈託のない笑みで告げてきたのだ。

「……意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ」

 正直な話。オレはこの女のことなんて、助けた記憶なんてほぼ覚えていなかった。癇に障ったから、という理由で他人を攻撃することなんて、最早日常茶飯事だ。この女を助けた云々の話なんて、結果論に過ぎない。……たまたま、この女を助けたという形になっただけに過ぎないのだ。
 だから。オレがこの女に、好意とやらを向けられる理由なんて微塵もない。

「……それでも、貴方に助けられたのは事実なんです。今、私がこうして生きていられているのは……レモネードさんがいたからなんです」
「るっせえな……さっきからワケ分かんねえことばっか言いやがって……! 何が目的なんだよ! ああ?!」

 苛立ちが隠しきれず、オレは女の手首を強く掴み上げる。こいつがオレに向けてくる視線、熱の籠もった言葉全てが、オレにとっては居心地が悪く、無性にイラついてならなかった。

「っ……!」

 強く掴まれているせいだろう。女の表情が痛みで歪んでいる。それでも、女はオレのその行いを咎めようとしない。それどころか、受け止めるように……柔らかに、笑ってみせる。

「……私は、レモネードさんのお力になりたいんです。貴方のお役に立てる為ならば……何だってしたい。その為だけに、今まで生きてきたんです」
「……うぜえ。んなの信用できるか! お前バッカじゃねえの?!」

 振り払うように、オレは女の腕を離した。理解できない言葉の数々。綺麗事としか思えないそれら全てが、オレの心をぐしゃぐしゃにしていく。
 この世に、無償で与えられるものなんか何もない。この女は何が望みなんだ。何を企んでいるんだ。オレと同じ環境下で生きてきたくせに、こんなにもまっすぐでいられるだなんておかしい。オレを利用しようとしているだけだ、そうに違いない。……だから、間違っても期待してはならない。

「……信じてほしいだなんて、言いません。私は、私の想う気持ちを……ずっと、貴方に伝えるだけですから」

 レモネードさん、大好きです。その言葉の暖かさに、込められている想いに、揺れそうになるだなんて。あり得ていいはずがないんだ。

「妙な真似しようとしたら、女であろうが容赦しねえ。マジでぶっ潰すからな……!」

 殺気を放ち、突き放すように言っても。女はほんの少し悲しげに笑って、「その覚悟はできています」なんて、受け止めるだけだった。
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