陽だまりの恋を追いかけて

 バーグ師匠の元で修行を重ね続けて数年。晴れてひよっこバンカーを卒業した俺は、遂に一人前のバンカーとして一人立ちをした。

 今までは、バーグ師匠に稽古付けて貰ったり、コロッケの子守りをしたりしていたから、そういった時間がなくなった一人旅は、少しだけ寂しい。大の大人が思うようなことじゃないかもしれんが、俺は存外、誰かと共にする時間というのが好きだったんだなと実感する。

 そんな感傷に浸りつつ、俺は数多のバンカーと戦って禁貨を集めたり、時には力の弱い子どもや女の子を襲おうとするバンカーからその子達を庇って助けたりして、俺なりのバンカー人生を歩んでいた。
 自分の命と誇りを掛けて正々堂々と戦い、強きを挫き弱きを助ける……そんなバーグ師匠の教えを、俺は片時も忘れたことはない。

 俺の夢は、偉大なるバーグ師匠のように、心優しい最強のバンカーになることだ。そして……いつの日か、バーグ師匠が俺にしてくれたように、誰かを導き、困っている人を助けられるようなバンカーになりたいと思っているんだ。

「お、おい! きみ、大丈夫かい?!」

 ──だから、道端で倒れていた女の子を……見捨てられるわけがなかったんだよな。

 もうそろそろ日が暮れる時間帯。夜になれば一気に冷え込む森の道中に、倒れている女の子を放置するなんてできるわけがない。
 女の子の近くに駆け寄ると、彼女の服の背に大きなバンカーマークが描かれているのが確認できた。もしかして、どこかのならず者のバンカーに襲われてしまったのか……?!という悪い予感を覚えかけたが、衣服の乱れも、目立った外傷もない。息もちゃんとしているのを確認して、一先ず安心する。

「きみ、起きられるかい?」
「う、うう……」

 俺はそう呼び掛けながら、女の子を抱き上げた。すると、女の子は小さく呻きながら反応して、うっすらとその瞼を開けた。

「あ、あなた、は……?」

 開かれた女の子の瞳が、俺の顔を映す。意識を取り戻したことに安堵し、俺は彼女の容態を確認する。

「きみはここで倒れていたんだ。どこか痛いところとか、怪我はないか?」
「えと……怪我とかは、ないです。ただ……」
「? ただ?」

 俺が聞き返すと、女の子はしばらくどこか気まずそうに、恥ずかしそうに口をつぐむ。
 ……そんなに言いづらいことなのだろうか。あまり無理強いして言わせるつもりはないが、このまま放っておくことも──なんて思ってたら、どこからかぐう……と、腹の鳴る音が聞こえてきた。

「……え?」

 その腹の音は、もちろん俺じゃない。聞こえた方を見遣ると、女の子は顔を真っ赤にして俯いていた。

「す、すみません……! わたし、お腹が空いてて……それで倒れちゃってたんです~!」

 恥ずかしそうに、申し訳なさそうに……ひーん!と顔を両手で覆う女の子。俺は、そんな女の子の反応がなんだか面白くて……思わず盛大に笑っちまったんだ。

 ──これが、女の子……ニコラシカと俺の出逢いだったんだよな。


***

 備えあれば憂いなし、とはバーグ師匠との旅を経て学んだものだ。棺桶の中に、様々な食材をストックしておいて本当によかった。
 俺は、空腹で動けなくなってしまったニコラシカに、簡単に料理を振る舞うことにしたのだ。

「ニコラシカ! シチューできたぞ!」

 焚き火の前で暖まっているニコラシカに、俺はシチューの入った皿を差し出す。
 差し出されたシチューを見て、ニコラシカは瞳をきらきらと輝かせる。そして、シチューと俺を交互に見始めた。

「わあ……! すっごくおいしそうです! こ、これ、レトルトとかじゃなくて、フォンドヴォーさんが一から作ったんですよね?!」
「ん? まあな! 俺、こう見えても料理するのが好きでな! それよりほら、早く食べないと冷めちまうぞ?」
「あ、はい! それじゃ、いただきまーす!!」

 ニコラシカは両手を合わせてからそう言うと、スプーンでシチューを掬い、口の中に運んだ。
 もぐもぐと具材を咀嚼したかと思えば、たちまちに表情を幸せそうに綻ばせる。……どうやら、彼女の口にあったようだ。

「お、おいしい~!! おいしすぎます! ジャガイモがほくほくしてて、シチューの味も凄くクリーミーでまろやかで……! 私、こんなにおいしくて暖かいご飯、はじめてです……! フォンドヴォーさん、絶対良いお嫁さんになれますよ!」
「ははっ! そんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐があったな! ……って、まてまて! 俺はお嫁さんにはなれないぞ?!」

 ニコラシカは本当においしそうに、幸せそうにシチューを食べる。お嫁さん云々はともかく、ここまで喜んで貰えると、作り手冥利に尽きるってもんだな!

 それから数分で、ニコラシカはあっという間にシチューを平らげていた。……3日間、木の実しか食べてないって言ってたくらいだ。相当腹が減ってたんだな。

「ふう。フォンドヴォーさん、ごちそうさまでした! 助けていただいた上に、こんなに美味しい料理まで振る舞っていただけるなんて……! なんてお礼をすべきなのか……!」
「なに、気にする必要はないさ。困っている人……まして、倒れている女の子を助けるのは当然のことだからな! ただ、きみは女の子とは言えどもバンカーなんだ。もう少し、危機感を持って行動すること! 禁貨奪われるだけじゃ済まされない事態だってあるかもしれないこと、忘れるなよ?」
「はい! 以降は気を付けますね!」

 俺の忠告に、ニコラシカは元気良くにこにこと返事をした。この底抜けに明るくて元気な雰囲気……どことなくバーグ師匠と共に居た時の気持ちが蘇る。最近はずっと一人旅だったから、こうして誰かと会話して、食事を振る舞うなんて……久々だ。

「あ、あの! フォンドヴォーさん!」
「ん? どうしたんだ?」

 物思いに耽っていると、ニコラシカが声をかけてきた。深紅の瞳が、真剣な眼差しで俺を捉えている。
 ……この様子だと、何か俺に頼みたいことでもあるのだろうか?

「あの、助けてもらった分際で大変図々しいとは思うんですけど……! フォンドヴォーさん! どうか、私の料理のお師匠さまになってくださいませんか?!」
「……え? 料理の師匠? 俺が?」

 予想外の頼みに、俺は思わずぽかんとしてしまう。

「はい! 月謝として、毎月禁貨もお支払しますし……! どうか、私を弟子にしてください! お願いします!」
「お、おい、まてまて! 頭下げなくていい! 顔をあげてくれ! ……それに、月謝なんか払って貰わなくても、料理くらい教えるさ!」
「……良いんですか?!」
「もちろん、御安い御用だ。……しっかし、なんでまた、」
「実は私、お恥ずかしながら料理の腕からきしで……! それに、」

 ──私、会いたい人がいるんです。私に、生きる希望をくれた大切な人が。その人に再会した時に、せめてものお礼として料理を振る舞ってあげたい。少しでもおいしいと思っていただけるような、料理を作りたいのです。だから、フォンドヴォーさんのところで修行を積ませてほしいのです!

 ニコラシカは愛しそうに……まさに恋する少女の顔をして、俺にそんな事情を話したのだ。

 ……ここまで言われちゃ、ますます断る理由なんてなかったな!

「そういう事情なら、ますます御安い御用だ! 俺も気合いを入れて教えてやる! ……ただし、俺の修行はなかなか厳しいかもだぞー?」
「……! ありがとうございます! いくらでも、びしばしご指導よろしくお願いします! 師匠!」

 屈託ない笑みを浮かべて、ニコラシカは嬉しそうに言った。……しっかしまあ、こんなに可愛らしい女の子に愛されている奴は、相当幸せ者だな!

 ──そうして、ニコラシカは俺にとっての弟子一号になった。
 ……バーグ師匠のように、彼女を良い方向に導けるのかどうか、正直なところ分からない。だけど、一度やると決めたのだから、ニコラシカが好きな奴に再会するその日までに、料理上手な女の子に成長させないとな!

 そんな決意を秘めつつ、フォンドヴォーはニコラシカの料理の師匠となった。

 ……ニコラシカの想い人が、BB7のレモネードだと知って、フォンドヴォーが驚嘆の声を上げるのは、それから数年後の話だ。
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