陽だまりの恋を追いかけて

『私に生きる希望をくれた、大切な人にまた逢いたくて……バンカーになったんです!』
 恋する女の子の顔で、俺にそう語ってくれたニコラシカ。彼女はいつも、その大切な人に関する話をする時……とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
『ニコラシカちゃんは、本当にその人のことが好きなんだな!』
『えへへ……はい! あの方に出会わなければ……今の私はいませんし、こうして師匠にお料理を教えてもらうこともなかったと思います。……私にいろんな世界を見るきっかけをくれたあの人には……本当に、感謝してもしきれません!』
 だから今度は私が、あの人のお力になりたいなあと。呟く彼女のその姿に、自然と昔の俺を重ねていた。孤児で、家族がいなかった俺に……手を差し伸べて、家族として迎えてくれたバーグ師匠。俺にとって、バーグ師匠は一筋の光だったから。俺も、自分を救ってくれたあの人の為ならば……なんだってしたいし、力になりたいと思うから。だから、ニコラシカの恋路を応援してあげたいと、少しでも力になってあげられたらと……そう、思ったんだ。

***

「師匠に、テトさん……?」
 のどかな草原が広がっているにも関わらず、殺伐とした空気で張り詰めた戦場。裏バンカーサバイバルなどという悪趣味すぎる大会を開く主催者の目を掻い潜って、外への出口を探している最中に……俺達はニコラシカと再会した。よりにもよって……一番、素直に再会を喜べないタイミングで。
「……よかった。生きていらしてたんですね、師匠」
「……ああ、お陰様でな」
 ニコラシカの手には、この第三階戦を勝ち抜く為の禁カブトも、彼女の自慢の槍も……何も無かった。どこか儚げにも思える微笑みだけを浮かべている彼女に……どうしてか、俺の心は妙にざわつく。それは、俺の隣にいたテトちゃんすらも……何かに勘付いていたみたいだった。
「……ニコラシカ、戦いに出向かなくていいのか? このままじゃきみは……さっきの俺みたいに、奈落の底に落ちてしまうぞ」
「……そう、ですね。このままじゃ、私は失格になっちゃいますね」
 困ったように笑うニコラシカを見て、俺は確信してしまった。……彼女は恐らく、自分の想い人である……レモネードの為に、自分の身を犠牲にするつもりなのだと。
「ニコラシカちゃん……」
 なんと声を掛けるべきなのか、言葉が見つからないのか……テトちゃんは翡翠の瞳を翳らせて、ニコラシカを見つめていた。
「……テトさん、レモネードさん達が……貴女をこの戦いに巻き込んでしまっていたことを。貴女が人質に取られていることを知りながらも助けなかったことを……私は謝りません。……私は、何があってもレモネードさんの味方ですから」
「……そっか。ニコラシカが前に言っていた好きな人って、レモネードだったのね」
 だったら謝れないよね、と。テトちゃんは仕方なさそうに笑いながら言った。愛する人を裏切ることなどできない……その気持ちは、なんとなく俺も分かる気がする。俺もきっと、もしもバーグ師匠がこの世の悪だと……世界の全てが断じたとしても。彼を守りたいと思うだろうから……。
「師匠、今まで……私にたくさんのお料理を教えてくださって、ありがとうございました。おかげで、レモネードさん達と……私は楽しい時間を過ごすことができました。この思い出はきっと……師匠と出会わなければ、できなかったものです」
 ぺこり、と礼儀正しく頭を下げられる。ずっとお礼を言いそびれていたから、言えてよかったです、と。ニコラシカは明るい声で、いつも通りの笑顔を讃えながら……俺に礼を告げた。
「……本当はもっと、別の形で聞きたかったぜ。ニコラシカちゃん」
 きみの恋路は、こんなところで終わっていいものじゃないだろう。俺はきみが……大好きだと言っていたレモネードと一緒に、幸せそうに共にしているところを見たかったんだよ。……師匠として、弟子が一人前になって、幸せを手にしている姿を見ることを……望んでいたんだよ。
「……さようなら。師匠、テトさん」
 そんなふうに、悲しそうな笑みを浮かべるきみを……見たくなんてなかったよ。

***

「なあリゾット、聞いたか? レモネードとニコラシカちゃん、今度ついに結婚するんだってな!」
 俺の一言に、リゾットは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになっていた。上品そうなハンカチで、げほげほと口元を抑えて咳き込んでいる辺り……余程、衝撃的な情報だったらしい。
「ほ、本当なのかフォンドヴォー?! あのレモネードが……結婚?!」
「ははっ、いくらなんでも驚きすぎだろう! いやあ、ニコラシカちゃん……頑張ったんだなあ!」
 俺があの二人のやりとりをまともに見掛けたのは、裏バンカーサバイバルに、ビシソワーズパーティーでの戦いくらいだったが……きっと、あの時点でもう、レモネードはニコラシカに心を奪われていたんじゃないかって……そう思うんだ。俺はレモネードのことをよく知るわけじゃないが……彼女を見つめている時の奴の目は、どことなく優しかったように思えたから。
「……ニコラシカが、レモネードを心の底から好きなことも、愛していることも知っていたけど……そうか。あいつも……」
 本当はもう、ずっと前から好きだったのかもな。なんて……リゾットは俺以上に感慨深そうに呟いていた。……まあ、それもそうか。リゾットは、レモネードと一悶着あったみたいだし、散々な目に合ったと言っていたから……。尚更、ニコラシカの身を案じていたのだろう。そういえば、レモネードとニコラシカのやりとりを、ハラハラしながら見て心配してたしな……。
「今度ご祝儀用意しないとな! 師匠代表として、スピーチも考えておくか!」
「……なんだか随分と楽しそうだな、フォンドヴォー」
 そりゃそうさ。俺の初めての弟子が、一人前のお嫁さんとして旅立っていく姿を……見届ける日が来るのを、俺はずっと楽しみにしていたんだからな!

「ニコラシカー!幸せにな!」

 晴天の下で、ニコラシカはレモネードに手を引かれながら……幸せそうに笑っていた。
30/31ページ
スキ