陽だまりの恋を追いかけて

 これは、リゾットがまだ子どもの頃……パエリア先生に、108マシンガンを教えてもらって、まだ間もない頃の話だ。

 リゾットは今日もこっそりと城を抜け出して、近くの森の中で一人鍛練をしていた。

「108マシンガン!!」

 大木に向かって、何度も鋭い蹴りを入れ続ける。他の門下生に負けたくなくて、パエリア先生に教えてもらっている108マシンガンを一刻も早く身に付けたくて……リゾットは毎日、武術の授業時間以外にも自主トレーニングを重ねていた。
 僅か数秒の間に108の蹴りを入れ続けるというのは、なかなか体力が続かないもので。何度か練習しただけでも、すぐに息切れしそうになってしまう。

「くっ……! でも、まだまだぁ! 」

 これくらいで根を上げていたら、いつまで経っても108マシンガンは習得できない。グランシェフ王国を守る、立派な強さを持った王子になる為には、もっと頑張らないと──!
 そう思って、リゾットは乱れた息を整える。そうして、大木に向かってまた蹴りを入れようとした──まさにその瞬間だった。

「わあ~!! すごいですね! 数秒の間にあんなにたくさんの蹴りを入れられるだなんて!!」
「──ッ?! だ、だれだ?!」

 背後から突然聞こえた声に、リゾットは思わず、心臓が止まりそうになるくらい驚く。
 ばっと後ろを振り返ると、そこには。自分よりほんの少し背が高い、金髪赤目の少女が、きらきらと瞳を輝かせながらリゾットを見つめていた。

「あ、はじめまして! 私はニコラシカと言います! ちょうどこの辺りを歩いていたら、物凄い音が聞こえたので……何かな~?ってつい立ち寄ってしまって……」

 いきなり驚かせてしまってごめんなさい!と、ニコラシカと名乗った少女はぺこり、と頭を下げた。リゾットはしばらくぽかん、としていたが、はっと我に返ると、ようやく、たどたどしい様子で言葉を発した。

「えと、とりあえず、顔を上げてくれないか……? オレは……リゾットって言うんだ。その、よろしく」

 す、と手を差し出す。同年代くらいの女の子とまともに接したことがなかったリゾットは、緊張でいつもよりやや少しぶっきらぼうな、固い口調になっていた。

「はい! よろしくお願いします!」

 それでも、ニコラシカは意に介さなかったようで。ぱああ、と嬉しそうな明るい笑顔浮かべて、差し出されたリゾットの手を握った。

 リゾットとニコラシカが、初めて出会った日のことだった。

***

「ニコラシカは、バンカーになるための旅をしているのか? 一人で?」
「はい! まだまだひよっこの半人前の身ですが……いろんなところを旅して、修行を積んでいる最中なのです! それにしても……、リゾットくんはグランシェフ王国の王子様だったんですね! 本物の王子様に、森の中で会えるなんてびっくりです!」
「……秘密にしておいてくれよ? また抜け出してることが知られたら、先生にも……父上にも、母上にも怒られるからな」
「ふふ、勿論です! 誰にも言いませんよ!」

 簡単な自己紹介の後、リゾットとニコラシカは木陰に二人並んで座って、他愛ない話をしていた。
 リゾットは、グランシェフ王国の王子で、城を抜け出して一人森の中でこっそりと鍛練をしていたこと。ニコラシカは、旅の中でグランシェフ王国に辿り着いて、渡り歩く中で森を見つけて散策していたことなどを。

「それにしても……。リゾットくんは、どうして森の中で鍛練しているのですか? お城でも修行できそうなのに……」
「……城の中で練習するだけじゃだめなんだ。オレ、一刻も早く108マシンガン打てるようになって……強くて、この国の皆や平和を守れるくらい強い王子になりたいんだ。だから、こうして一人での鍛練も、毎日欠かさずやってるんだ」

 リゾットは少し照れ臭そうに、ぽつりぽつりと話す。いつもは自分の心の中に留めている、故郷の皆に対する想いを……こうして誰かに話すのは初めてで、ちょっと気恥ずかしかった。
 からかわれるかな……と、思ったリゾットだったが、ニコラシカは尊敬の眼差しで、リゾットを見つめていた。

「わあ……! リゾットくんは立派な王子様なんですね!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ! ふふ、そっか……!リゾットくんみたいに、優しくて、良い王子様もいるんですね!」
「や、やめろよ。なんか……照れるだろ」

 ニコラシカの直球な物言いに、リゾットは照れくさくなってしまう。ふい、と思わず顔を反らして、別の話題を振ることにした。

「ニコラシカこそ、なんで一人で……それも、バンカーになる為の旅をしているんだ? ……その、女の子一人って危なくないか?」

 リゾットは内心で、自分と同年代くらいであろうこの少女が──一人でバンカーになる為の旅をしていることにとても驚いていた。
 つい先日。108マシンガンを早く教えてもらいたいが為に城を抜け出して、無謀にもバンカーとの戦いに挑んで危険な目に遭ってしまったことを思い出す。バンカー同士の戦いが如何に危険で、命懸けのものなのかを身を以て知ったリゾットとしては……ニコラシカのような少女が、バンカーとして旅をすることはとても過酷なことなのではないかと、幼いながらにも思ったのだ。

「ん~、確かにあぶないこともいっぱいあります。……だけど、それ以上にたくさんの世界を見れることが楽しいですし、お願い事を叶えるためなら、へっちゃらです!」
「……ニコラシカのお願い事ってなんなんだ?」

 リゾットは興味があった。自分と、そう年も変わらないであろうこの少女が……早々にバンカーになることを決意して、過酷な旅をする理由が何なのかに。

「私、会いたい人がいるんです」
「会いたい人?」
「はい! ……私、生まれた時から家族がいなくて、ひとりぼっちだったんですけど……そこから救って、生きる希望をくれた人に、会いたくて」
「──ッ?!」

 ニコラシカの口から語られた過去に、リゾットは思わず言葉を詰まらせてしまった。
 ニコラシカがあまりにも天真爛漫で、明るい少女だったから……まさか。天涯孤独の過去を背負っているとは、思っていなかった。

「ご、ごめん。なんか、踏み込んだこと聞いたな」
「いえいえ! 私ももう少し伏せて言えばよかったですね! リゾットくんが気にする必要はないですよ。それに、私は確かにひとりぼっちでしたが……今は決して不幸じゃありませんから! 大好きな人に会うために修行を重ねる旅を、とっても楽しんでいるんですから!」

 にこ!と天真爛漫に笑うニコラシカに、陰りは一切なかった。
 リゾットはそんな彼女に面食らいつつ、思わず、ふ、と笑った。ニコラシカがまっすぐに前を向いているのは……一重に、彼女が会いたくてたまらない人間とやらにあるのだろうなと、リゾットは即座に理解した。

「ニコラシカなら、いつか絶対会えるよ」
「はい! 絶対またお会いして……そして、大好きって気持ちを伝えるんです!」
「ほ、本当に随分と積極的なんだな……」

 裏表の無い、素直で直球なニコラシカを見て、リゾットは思う。
 きっと、ニコラシカがここまで明るく、強く前に歩もうとしているのは──唯一無二の大切な人がいるからなのだろうと。

 それからしばらく。ニコラシカがグランシェフ王国を立ち去るまでの間……リゾットは彼女と技の鍛練をしたり、ニコラシカが見てきたさまざまな世界の話を聞いたりしていた。

(オレも負けていられないな)

 ニコラシカという少女との交流を経てから──リゾットも自らの、グランシェフ王国を守る立派な王子になるという夢を確かにするための修行に、尚更打ち込むようになった。

 それから数年後──彼にとって過酷な出来事が始まり、その過程でニコラシカや……彼女の想い人兼リゾットにとっての宿敵となる──レモネードと出会うことになるのだが、それはまた別の話だ。
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