陽だまりの恋を追いかけて

「テメエ……! いい加減、有無を言わさずこのさみぃ館に連行するのやめろっつってんだろうが!!」
「だってえ、こうでもしないとシトロン、僕達に会いに来てくれないから仕方ないのにゃ! お兄ちゃん達に寂しい思いをさせるなんて……本当に悪い弟だにゃ!」
 オレはテメエらのことなんざ家族だと思ってねえ!と、レモネードの怒声が館内に響く。最早恒例行事と言っても過言ではない、スズキとレモネードのやり取りを……ニコラシカはブーケガルニと共に、微笑ましそうに見ていた。
「……スズキってば、あんなにはしゃいじゃって。ごめんね、ニコラシカ……せっかく、シトロンとデートしていたみたいだったのに」
「いえいえ! どうか、お気になさらないでください! スズキさんがああして……レモネードさんを家族として迎え入れてくださることが、私、とっても嬉しいんです!」
 レモネード本人は、ビシソワーズ兄弟のことを……自身の家族だと認めてはいないことを、ニコラシカは勿論知っている。けれど、彼が幼い頃、孤独に打ち震えながら、家族という存在に……憧れの気持ちを持っていたことも、彼女は知っていたから。あのビシソワーズパーティーの戦いを経た後もこうして、レモネードを迎え入れようとしてくれる、スズキを始めとしたビシソワーズ兄弟達の存在が、ニコラシカにとっては自分のことのように嬉しかったのだ。
 だって彼女も、孤独の寂しさを知っていたから。レモネードと同じように……「家族」の存在に憧れていたのだから。
「レモネードさんに、ビシソワーズ家の皆さんの存在がいて……本当に、よかった」
 ニコラシカの深紅の瞳が、レモネードのことを慈しむように見つめる。彼に対する愛おしさが滲み出ている彼女の視線に……ブーケガルニはどうしてか、一抹の寂しさのようなものも感じ取っていた。
「……ニコラシカ、」
 ブーケガルニは思わず、彼女の頭を撫でる。きょとん、と驚いたように目を丸くしているニコラシカに……ブーケガルニは告げた。
「シトロンが私達の家族ということは、あの子が選んだ貴女も……私達の家族よ」
 だから、そんなふうに寂しそうにしないで、と。言外にブーケガルニは訴える。
「……ありがとう、ございます」
 それでもやっぱり。ニコラシカのどこか、寂しそうな表情を拭いきることはできなかった。

***

「ケッ! もういい加減オレ達は帰るからな!! 二度と呼ぶんじゃねえぞ!!」
「にゃはは〜! その台詞、もう何回も聞いてるのにゃ〜!! じゃ、またなのにゃ! シトロンにニコラシカ!」
「はい! また、ご飯ご一緒にしましょうね〜!」
 スズキがステッキを振り上げ、いつものお決まりの呪文を唱えると……見慣れたBB7のアジトに飛ばされていた。いわゆるテレポートと呼ばれる技を、事も無げに駆使することができる彼は……最早奇術師の域を超えているなあと、毎度ながらニコラシカは思う。
「ったく、あいつらといるとマジでロクな目に合わねえ……」
「お疲れ様でした、レモネードさん! ……スズキさん、レモネードさんとお会いできて、本当に嬉しそうでしたね!」
「アイツはただ単にオレをおちょくりてえだけだろ」
 ソファに座り込み、レモネードは珍しく疲れたように溜息を吐いた。底抜けにテンションが高く、飄々とした態度を取るスズキの存在は……レモネードにとっては、やはり苦手な部類の人間であるらしい。それでも毎回律儀に相手をしている辺り、スズキのことを本気で嫌っているわけではないことを……ニコラシカは知っていた。

『シトロンが私達の家族ということは、あの子が選んだ貴女も……私達の家族よ』

 ふと。ブーケガルニに言われた言葉が脳内に過る。レモネードと同じ、水色の瞳を宿している彼女が自分を見つめた時……ニコラシカは、心の内に隠していた感情を、見透かされたような気持ちになったことを思い出す。
(ブーケガルニさんに気を遣わせてしまうだなんて……私、やっぱりまだまだ未熟だなあ)
 レモネードに、本来の家族ともいうべき存在が、彼にとってのもう一つの居場所ができたことを、ニコラシカは心の底から嬉しく思っている。その気持ちに、嘘偽りなど微塵もない。だが……それとは別に。ニコラシカの中で、ずっと目を反らし続けていた、自身の出生の謎についてを……今になって考えるようになってしまっていた。

 自分はいったい、どこからやってきたのか。どうして生まれた時から、家族もおらず独りだったのか。望まれて、生まれてきた生命ではなかったのだろうか。考えたってどうしようもないことばかりが、頭の中を駆け巡っていく。

(……もし、私が望まれない命で、本当はレモネードさんの傍にいることすら許されないような存在だったら……)
 思考に暗い影が落ちていく。レモネードがビシソワーズ兄弟の面々と喧嘩しながらも交流したり、相棒のチェリーやBB7のメンバー達と楽しそうに過ごしている日常を間近で見守ることが、ニコラシカにとっての幸せだった。
 けれどもし。いつか自分の存在のせいで、レモネードの日常を、彼の居場所を壊してしまったらどうしようと。怖くなる。自分の出生が分からないことなど、もうずっと気にしていなかったはずなのに。レモネードのことを想えば想うほど……自分の出生が分からないことの怖さに、苛まれていくのを日に日に感じていた。
「……さっきから何シケた面してやがる」
「えっ、あ……! ご、ごめんなさい! あはは……私も、ちょっと疲れちゃったのかもしれませんね」
 レモネードに心配と迷惑を掛けまいと、ニコラシカはいつものように笑おうと振る舞う。しかし、そんな誤魔化しなど……レモネードという男には到底通用しないのだ。まして、愛しく思った存在の心の機微だからこそ、尚更。
「ケッ! オレに隠し事しようなんざ百年はええんだよ!」
「きゃっ……?!」
 腕を掴まれ、無理矢理にレモネードの脚の間に座る形となる。ぎゅう、と強めに後ろから抱き締められて、ニコラシカは自身の心臓が煩く高鳴るのが分かった。
「……てめえは、オレさまが言ったあの言葉、もう忘れちまったのか?」
「え……? あの、言葉って……?」
「……オレに構ってくるやつなんて、てめえ一人で充分だって、言っただろうが」
「あ……!」
 ビシソワーズパーティーでの戦いの記憶が、フラッシュバックする。レモネードの出生の秘密が分かった、あの戦いで言われた言葉。……レモネードが真の家族よりも、自分達が生き抜いてきた地球と……ニコラシカの存在を、明確に選んでくれた、あの時のことを。
「オレには、てめえの存在がなんだろうがどうだっていい。関係ねえ。何があろうが、周りがどう言おうがてめえはてめえだろうが。……ニコラシカ、てめえは、オレの傍でへらへら笑って、好きに過ごしてればいいんだよ。オレから離れなきゃ、それでいい」
「レモネードさん……」
 いちいち言わせるんじゃねえよ、と。乱暴にレモネードは言うけれど。ニコラシカにとっては、彼のぶっきらぼうな優しさが、嬉しくて堪らなかった。
「ありがとう、ございます……!」
「……別に、礼言われることなんざしてねえだろ。大袈裟な奴」
 レモネードの言葉の一つ一つが、ニコラシカの心を救っていく。今も昔も、ずっとずっと……レモネードは彼女の心を救うのだ。
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