陽だまりの恋を追いかけて

 あれは、十数年も前の話。

『この街には魔女がいる』
『近づいたら呪われる』
『あの魔女のせいで、この街にはいつか災厄が降り掛かるだろう』

 バンカーになる為の旅の途中で寄ったその街で、聞こえてきたのは不吉な噂話だった。噂をする人々の視線は、一人のか細い少女に向けられている。

『この街からでてけ!!魔女!』
『ねえママ~、なんであんなみすぼらしい子がこの街にいるの?』
『不気味よね。近寄ったらいけないわ、あの魔女に呪われちゃうからね』

 心無い罵倒と嘲笑が、容赦なく少女に降り注がれる。魔女と呼ばれた少女は、肩を震わせながら……長い金の髪で、人々の視線から逃れるように、自分の顔を覆い隠していた。
 顔が隠れて見えづらかったが……彼女が泣いていることは、ぽたぽたと零れ落ちていく雫ですぐに分かった。ぼろぼろになり、薄汚れてしまっている白のワンピースの裾をぎゅ、と掴み、浴びせられる罵倒を堪えている姿が……ほんの少し前までの自分と重なる。
 あの少女は、自分と同じだ。生まれながらにして家族がいないが為に、ごみ溜めの生活を強いられ、他人に嘲笑われ、蔑まれながら生きていく……そんな人間なのだと、一目見ただけですぐに分かった。
 チッ、と思わず舌打ちをする。恵まれた環境下で生まれたことが、そんなにも偉いことなのか。自分達のように、生まれながらにして何もない……貧しいだけの人間には、生きる価値なんてないのだと言いたげな人々に、レモネードは堪らなく虫酸が走る思いだった。

「でてけって言ってるだろ!!魔女ー!!」

 貴族の少年が、少女に向かって石を投げたのが視界に入る。少女は絶望したように目を見開いて……諦めたように、その場に立ち竦む。

「──ッ!」

 咄嗟に、足が少女の元へと駆けていた。
 少女に向かって投げられた石を片手で掴む。それとほぼ同時のタイミングで、貴族の少年に向かって容赦なく水のリボルバーを放った。
「うわああああ?!!」と絶叫し、畏怖の視線でこちらを見遣る少年の姿は、なんとも無様で滑稽だ。寄って集って、自分よりも下の者を見下すことしかできない貴族連中の鼻を明かせて、レモネードは幾分か気分が晴れるようだった。

 ……だから、そう。あの時彼女を助けたのは、本当にただの偶然でしかなかった。もっと言えば、レモネードは自分の為だけに、貴族の前に飛び出しただけだったのだ。
 自分を見下してきた人々を連想させる、貴族達の目が気に入らなかった。たったそれだけの理由だったのに。

『でも、あの時あなたが来てくれなかったら、私は怪我をしていたから……結果的に、こうして助かりました。だから、ありがとうございますって、どうしても、言いたくって……』

 ぺこり、と頭を下げて礼を告げてくる少女に、どうすればいいのか分からない。生まれてこの方、他人に感謝されたことなんてなかったから……どうにもむず痒かった。……悪い気は、しなかったが。

(こいつはオレと同じだと思ったが……少しだけ、違うのかもな)

 あんなにも他人に蔑まれていたというのに、彼女は全くスレていない。屈託のない笑みをこちらに向けて、他人に素直に感謝の気持ちを示せるこの少女は……あいつらが言っていた『魔女』などとは程遠い存在だと、レモネードは思う。
 暗い印象は歪めないが、心優しい少女であることは……レモネードでも理解できる事実だった。

「あんな奴等に好き勝手言われたくらいでめそめそしてんじゃねえよ! この世界は強い奴しか生き残れねえんだ。……てめえがこの先も、まだ生きてえって思うなら堂々としてやがれ」

 叱咤激励とも取れる言葉をつい掛けてしまったのは、偶然とは言え、自分が助けてやった存在だったからだ。……あんな、心無い貴族達によって、これから先この少女が壊されてしまうのは、どうにも癪に触る。自分の言葉一つで立ち上がれるのかどうかは少女次第ではあるが……負けてほしくはなかった。
 そんな気持ちを込めて、少女の頭を乱暴に、ぐしゃぐしゃと撫でてやる。驚いたようにこちらを見つめる、大きな赤い瞳が、とても印象的だった。

「まあ、せいぜい頑張ることだな。……それとお前、顔出してた方がいいぜ? ……じゃーな」

 自分にしては珍しい、優しい声音と表情で……レモネードは少女に別れを告げる。
 まさか、こんな些細な出来事がきっかけで十数年後に……この少女──ニコラシカが、自分を探し求めてくるなど、この時のレモネードは思ってもみなかった。
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