陽だまりの恋を追いかけて

「リゾットくん」

 殺伐とした空気と緊張感で張り詰める戦場に、相応しくない明るい声音の持ち主――ニコラシカが、いつもとはどこか違う笑みを讃えて、俺の前に現れた。

「……少しだけお時間、よろしいですか?」
「……何の用だ? 禁カブトを賭けた戦いだというのなら、受けて立つが」
「……私には、もう必要ないです」

 ……必要ない。その言葉は、ニコラシカには……この戦いに勝ち残る気はないのだと示している。理由なんて明白だ。俺は昔、彼女と出逢った時に聞かされた「好きな人」の話を思い出す。

「……ニコラシカ、お前は……レモネードの為に、その身を捧げるつもりなのか」
「……はい。レモネードさんは、私の大切な人ですから」

 俺は複雑だった。ニコラシカの友人として、レモネードとの仲を応援してやるべきなのかが分からなかったからだ。テトにした行為を思うと、冷酷非道な手段を臆面もなく行使し続ける奴は……俺にとって、許せることじゃなかったからだ。
 ニコラシカは優しく、純真だ。良くも悪くも素直な彼女は……レモネードに良いように使われているのではないかと、心配になるところが多かった。

「……リゾットくん。レモネードさんがきみやテトさんにしたことは、許されることじゃありません。私も、それは分かっています。レモネードさんは皆から見たら紛れもなく悪い人だってことも……分かっています」
「……!」

 俺の考えていることなんてお見通しだったのか。ニコラシカが続けた言葉に、俺は驚く。

「……でも、それでも私はレモネードさんが大好きなんです。例え世界中の人を敵に回したとしても、この気持ちは揺るぎません。……だから、私は……リゾットくん、友達であるきみが困っていたことを分かっていながら……助けることはしなかった。私はレモネードさんの味方だから、これからも、友達であるきみを……見捨てることになると思います」
「まさか……わざわざそれを言いにきたというのか?」
「……うん。リゾットくん、気にしていたみたいだったから。これだけは、ちゃんと伝えておこうかなって」

 ……ニコラシカは鈍いようでいて、本当は誰よりも鋭いのではなかろうか。俺はある意味、彼女を侮っていたなと思う。
 ……そして、彼女がレモネードに向けている愛の深さも。

「リゾットくん、後は……よろしくお願いします」

 別れの言葉。ニコラシカは頭をぺこりと下げて、俺の前からいなくなった。


 ――3階戦の、ニコラシカとのやり取りを思い出す。


「レモネード……お前は……!」

 水に濡れたステージ。毒霧によって視界が滲んではいるが……レモネードの姿がある方をかろうじて捉えることはできる。

「お前は、ニコラシカのことも信じられなかったというのか。ニコラシカはあんなにも、ずっとずっとお前のことだけを想って、愛していたんだ! それなのにお前は……そんな彼女のことすらも信じられないのか?!」
「……ッ!!」

 レモネードが歩んできたという過去は、確かに過酷なものだっただろう。嘲笑われ、蔑まれてきたという奴の苦難の人生は……確かに、生まれながらの王族であった俺には理解できるものじゃない。
 けれど。だからといって、苦難の過去を歩んだからといって、奴が多くの人間にしてきた悪逆非道はやはり許されるものじゃない。テトにした非道も、自らの仲間を平然と裏切り続けることも……、ニコラシカのまっすぐな想いすらも、切り捨てることも。

「うるせえ……! てめえには関係ねえんだよ!!」

 激昂するレモネードの声が響き渡る。どんな表情を浮かべているのかまでは分からなかったが……その声音は、今までにないくらい、苦しさが含まれているように思えた。

 二つの剣がぶつかり合う。きっと、この苦しい戦いの先に……得られる答えがあるはずだと。もうこの場にいない、彼女の声が聞こえた気がした。
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