陽だまりの恋を追いかけて

「この街からでてけ!!魔女!」
「ねえママ~、なんであんなみすぼらしい子がこの街にいるの?」
「不気味よね。近寄ったらいけないわ、あの魔女に呪われちゃうからね」

 くすくすと、嘲笑と罵倒が今日も私に振り掛かる。誰かを呪った覚えも、迷惑をかけたつもりもないのに、私が街を歩いているだけで、人々は不快そうな、蔑みの視線を投げるのだ。

 何度「ちがう!」と叫んだだろう。私は誰かを呪うつもりなんかないし、それ以前に魔女なんかじゃないのに。
 物心着いた頃から、私には家族と呼ばれる存在がいなかった。気づいた時にはゴミ捨て場にいて、そこからどうにか抜け出そうと、行く宛もなく彷徨い歩くだけだった。
 そうしていたら何時からか、私は魔女と呼ばれるようになってしまった。何度考えても、理由は全く分からなかったけど、皆から嫌われているという事実が悲しくて、傍に誰もいてくれないことが寂しくて、今日もじわじわと視界が歪んでいく。周囲から向けられる視線を直視するのが怖くて、長く伸びきった金髪で顔を隠した。

「でてけって言ってるだろ!!魔女ー!!」

 だから私は、自分に目掛けて飛んでくる石の存在に、気付くことができなかった。

(……あ、)

 石が、私の頭を目掛けて飛んでくる様子がスローモーションのように映った。気付いたのが遅くて、もう避けられないのだと瞬時に悟る。

(──怖い……っ!!)

 ぎゅう、と瞼をきつく閉じた瞬間。「うわあああ?!」と、私ではない人──私に石を投げてきた、子どもの叫び声が聞こえた。

「……え?」

 閉じていた瞼を開けると、私の目の前には知らない男の子が立っていた。逆立った青色の髪とアイスブルーの三白眼が特徴的な、どことなく鋭くて、冷たい雰囲気をもった、私と同い年くらいの男の子が。

「ケッ、ぎゃあぎゃあうるせえハエだな」

 男の子は、冷えるような声音と射抜くような視線で、いつのまにやらびしゃびしゃに濡れて転んでしまっている子どもを見据えていた。手には、私に向かって投げられた石が握られている。

「い、いきなり何すんだよぉ……っ!!つめたいし、痛いじゃないか……、ひっ?!!」

 子どもは起き上がるや否や、怯えたように男の子を見つめた。
 ──怯えてしまうのも無理はない。だって、男の子の指先には、いつ発射されてもおかしくない水球が構えられていて、少年とは思えない凄まじい殺気を放っていたのだから。

「……どうした? オレが気にくわねえなら、こいつにしたように石でもなんでも投げれば? ……できるもんならなぁ?」
「ひ、ひい……!! ま、ママ~~!!」

 男の子のあまりの気迫に耐えられなかったのか、子どもは泣きながらその場を走り去っていった。周囲にいた野次馬も蜘蛛の巣を散らすように去って、辺りは一気に静まり返る。

「──ケッ、なっさけねえ。これだからぬくぬくと育ったお坊ちゃんはきにくわねえんだ。……待たせたな、チェリー。次の街に行こうぜ」
「ピュイ!」

 男の子は不機嫌そうに呟いたかと思ったら、いつの間にか彼の足元にいた、チェリーと呼ばれたピンク色のタツノオトシゴに話し掛けていた。チェリーを肩に乗せて、すたすたとどこかに行こうとしている彼の姿を見て、私はようやくはっと、我に返る。

「ま、まって!」

 声を振り絞って、私は男の子を呼び止める。呼び止められた男の子は、「あ?」と、めんどくさそうに私の方へと振り向いた。

「……なんだお前。まだいたわけ?」
「さ、さっきからずっといました……。あ、あの、たすけてくれて、ありがとうございました!」

 ぺこ、と頭を下げてお礼を言うと、男の子は「は?」と訳が分からないと言ったような声音と面持ちを示す。……何か変なことを言ってしまっただろうか?

「助けただって? オレがてめえを?」
「は、はい。私、さっき石投げられそうになってて……そこから、助けてくれましたから……」
「あぁ……そういうことかよ」

 私がそう説明すると、男の子はようやく納得がいったという表情を浮かべる。そして、「別にお前を助けたつもりはねえ。単に、オレがあいつらにムカついてたから攻撃しただけだ」と付け加えたのだった。

「でも、あの時あなたが来てくれなかったら、私は怪我をしていたから……結果的に、こうして助かりました。だから、ありがとうございますって、どうしても、言いたくって……」
「……そうかよ」

 もう一度頭を下げながら言うと、男の子はどうしたらいいのか分からないといった、なんともばつのわるそうな表情をしていた。……それがほんの少し、年相応の少年っぽさがあって、私はちょっぴりかわいいな、なんて思ってしまう。

「でも、あなたは私と同い年くらいなのに……どうしてあんなに強いのですか?」

 男の子の雰囲気が、先程より和らいでいるように見えたからか。私は気づけば、男の子にそんな質問をしていた。
 ……根拠はなかったけれど、この男の子はきっと、私と同じ『孤児』と呼ばれるものなのだろうという直感があった。私と同じ境遇に置かれているだろうにも関わらず、どうしてあそこまで、毅然と強く在れるのかと不思議で仕方がなかった。
 私と一緒なのに、私とは決定的に『何か』が違うのだ。

「どうしてだと? そんなの決まってるだろ。オレは、いつかこんなどん底から這い上がって、今までオレを見下してきたあいつらを見返してやりてえからだよ。……オレはそれを、オレの相棒……チェリーと一緒に叶える。バンカーってのになって、オレはオレの願いを叶える。だから強くなるんだ。いつまでもナメられたままなんて、冗談じゃねえ!」

 三白眼に強い光を宿して、男の子はまっすぐに言い放つ。
 それはあまりにも、力強い言葉だった。どんな絶望にだって、屈してなんかやらないという強い意思を秘めた彼の姿に、私は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。

「だからてめえも、あんな奴等に好き勝手言われたくらいでめそめそしてんじゃねえよ! この世界は強い奴しか生き残れねえんだ。……てめえがこの先も、まだ生きてえって思うなら堂々としてやがれ」
「わあっ?!」

 ぐしゃぐしゃと少しだけ乱暴に頭を撫でられる。けれど、全く嫌だなんて思わなかった。それどころか、元気付けてくれているような気さえして、初めて誰かに触れてもらえたことが嬉しくて、心臓がどきどきと高鳴った。
 しばらくして、男の子の手が離れていく。それが名残惜しくて、彼の方をじっと見つめてしまう。すると、男の子は不敵に笑って、こう告げる。

「まあ、せいぜい頑張ることだな。……それとお前、顔出してた方がいいぜ? ……じゃーな」
「っ……! まって! 最後に教えてください! 貴方のお名前は?!」

 きっと、一緒に着いていくことは許されない。なら、私はどうしても、彼の名前だけでも知りたかった。

「……レモネード。これが、オレさまの名前だ」

 ふ、とほんの少しだけ優しげに笑って、男の子──レモネードさんは、走り去ってしまった。
 私は、どんどん小さくなっていく彼の背を、ただただじっと見つめていた。

「レモネード、さん」

 どきどきと、心臓が脈打つ。顔はほんのり熱くて、レモネードさんの名前を口に出すだけで、切ないような暖かいような……何とも言えないくすぐったい気持ちになる。

 そうして、私は自覚する。私は彼に──レモネードさんに、恋をしてしまったのだと。

「私、いつかレモネードさんのお役に立てるような、女の子になりたい」

 私は生まれて初めて、願いを持った。
 今は叶わなくても──いつの日か、レモネードさんとまた出逢った時に、彼の隣にいて、彼のお役に立てる女の子になりたいのだと。


 ──私、ニコラシカという少女が、真の意味でこの世に生まれ落ちた日だった。
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