没ネタ

七夕の願い事(krsb夢)

2026/07/08 12:21
夢主は🐦‍⬛固定夢主の「ライラ」です。


 七月七日。今日は遠い地方に伝わる夏の行事――七夕の日である。
 笹に短冊を吊るし、願い事を星に届ける。空の川を隔てて離れ離れになった織姫と彦星が、一年に一度だけ会うことを許されるという、どこか切なくも美しい伝承。
 ミアレシティでも近年、その文化は少しずつ広まりつつあった。カフェでは星形のクッキーや天の川ゼリーが並び、街角には小さな笹飾りが置かれている。トレーナー達がポケモンと一緒に願い事を書き、笑い合う姿もあった。
 そんな穏やかな七夕ムードの中。
 サビ組事務所には、明らかにサイズ感を間違えている巨大な笹が鎮座していた。
「いやああああ!! 何ですかこれぇえええ?!」
 ライラの悲鳴が、事務所中に響き渡る。
 普段なら荒っぽいしたっぱ達が集まっているはずの部屋は、今日に限って星飾りと天の川風の布で飾られ、机の上には大量の短冊とペン。そして中央には、もはや笹というより小規模の森と呼ぶべき竹飾りが置かれていた。
「どうや、ライラ! 七夕っちゅー文化を知ってな、オレなりに用意してみたんや!」
 黒基調のスーツに毒々しい眼鏡。いつも通り物騒な見た目のカラスバが、なぜかピンク色の短冊を片手に胸を張っている。
 その温度差が怖すぎる。
「用意の規模がおかしいです!! ここサビ組事務所ですよね?!」
「願い事を書くんやから、気合い入れるんは当然やろ」
「気合いの方向性が怖いよー!!」
 今日、ライラはペンドラーことペンちゃんと一緒に、カフェで七夕限定チーズケーキを食べる予定だった。星形のホワイトチョコが乗った、期間限定スペシャルチーズケーキ。予約も済ませていた。
 なのに、ホテルを出て五分でサビ組のしたっぱ達に囲まれ、逃げようとしたところでカラスバ本人が颯爽と現れ、例のごとく事務所まで連行されたのである。
「私、今日はペンちゃんとカフェに行く予定だったんですけど?!」
「それは後で買うたるわ!まずはオレと願い事を書くんや!」
「いやっ!!カラスバさんと七夕を過ごすくらいなら、私は星になりたい!!」
「ライラが星になったら、オレが毎晩空見上げなあかんやろ! 寂しいから却下や!」
「私の死後の進路まで却下しないでください!!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を、たまたま事務所に来ていたキョウヤが困った顔で眺めていた。
「……カラスバさん。七夕って、本来はもう少し穏やかに願い事を書く行事だと思うんですけど」
「せやろ? せやから穏やかに書こうとしてるやんけ」
「ライラさん、すでに泣きそうですよ」
「感極まっとるんやろ」
「恐怖でだよどう見ても」
 ライラはぶんぶんと首を縦に振った。
「キョウヤくん助けてください! 七夕に拉致られて願い事を強制されるなんて聞いたことありません!」
「ライラさん、安心して。さすがに願い事くらいは自由に書かせてもらえるはずだから」
「もちろんや」
 カラスバは大きく頷いた。ライラが少しだけほっとした、その一秒後。
「ただし、オレに都合の悪い願い事は検閲する」
「願い事の検閲?!」
 ライラとキョウヤの声が重なった。
「なんで天に届ける前にカラスバさんの審査を通さなきゃいけないんですか?!」
「サビ組管轄の笹やからな。反サビ組的願望は吊るせへん」
「笹に治安の悪い縄張り意識持ち込まないでください!!」
「特に『カラスバさんから逃げられますように』とか『カラスバさんが私に飽きますように』とかは却下や」
「まだ何も書いてないのに候補を潰された!!」
「ライラの考えそうなことくらい分かっとるわ」
「嫌な理解度!!」
 カラスバは机の上から短冊を一枚取り、ライラに差し出した。
「ほれ、書き」
「嫌です!!」
「ええから書けや! 七夕やぞ!」
「七夕を盾に強制しないでください!!」
 無理やりペンを握らされたライラは、半泣きで短冊と向き合った。少し悩んだ末、震える手で文字を書いていく。
『ペンちゃんと一緒に、七夕限定チーズケーキを無事に食べられますように』
「まあ、これはええやろ」
「えっ、本当に?」
「後で買うたる言うたしな」
 意外にも許可が出たため、ライラは少しだけ目を輝かせた。そしてペンドラーと一緒に、笹の低い位置へ短冊を吊るす。
「ペンちゃん、これでチーズケーキ食べられるかも……!」
「ぺん!」
 微笑ましい空気になりかけた、その瞬間。
「ほな次。二枚目はオレ関連の願いを書け」
「いやです」
「即答やめろや!!」
 カラスバは不満そうに舌打ちすると、自分用の短冊を取り出した。
「もうええ。まずはオレが手本見せたる」
「嫌な予感しかしない……」
 やたら真剣な顔で、まるで契約書にサインでもするかのような気迫で文字を書き、カラスバは完成した短冊を堂々と掲げた。
『ライラと一生幸せに暮らせますように』
 ライラの顔から血の気が引いた。
「いやっ!!一生不幸確定演出!!」
「なんでや! 最高の願いやろ!」
「私の人生がバッドエンドに固定される願いじゃないですかやだーっ!!」
「ハッピーエンドやろが! オレと結婚して、一生ぬくぬく暮らせばええんや!」
「いやっ!!天の川で引き裂いて!!」
 ライラは思わず天井を見上げた。
「織姫さま彦星さまお願いします! 私とカラスバさんの間に今すぐ天の川を流してください! 幅三千キロくらいの!」
「遠すぎるやろ!」
「年一回も会わなくていいです!」
「七夕の趣旨全否定やないか!」
「カラスバさんと年一回会うのも多いです!」
「少なすぎるわ!24時間365日毎日会わんかい!!」
「やだーっ!!」
 そんな二人を見て、キョウヤは頭を抱える。
「……カラスバさん。願い事って、相手の意思も大事だと思うんですよ」
「分かっとるわ。ライラの意思は『嫌です』やろ」
「分かってるのに進めるのが問題なんだけどなあ」
「せやけど、オレの意思は『絶対逃がさへん』やからな」
「両者の意思が平行線すぎる」
 その間に、したっぱ達も短冊を書いていた。ふとライラが笹を見ると、そこには見覚えのない短冊が増えている。
『ボスとライラの姐さんが末永く幸せになりますように』
『姐さんが早く観念しますように』
『ボスが最近機嫌いいので、このまま姐さんが事務所にいてくれますように』
「何ですかこのサビ組総出の外堀埋め短冊は?!」
 したっぱ達は気まずそうに視線を逸らした。
「いや、その……ボスが……」
「書いたら今日の飯代出すって……」
「姐さんが来るとボスの機嫌いいから……」
「私の犠牲によって事務所の治安を保とうとしないでください!!」
 涙目で叫ぶライラをよそに、カラスバは満足げに腕を組む。
「見てみい、ライラ。皆もこう願っとる」
「組織票!!ただの数の暴力じゃないですか!!」
 怒ったライラも短冊を掴み、勢いよくペンを走らせた。
『カラスバさんが私への執着をやめて、清らかな心で社会復帰できますように』
「却下や!!」
「早い!!」
 カラスバは即座に短冊を奪い取り、くしゃっと握り潰した。
「なんでですか?! すごく前向きな願いなのに!」
「オレのライラへの愛を病気みたいに書くな!」
「病気じゃなかったら何なんですか?」
「純愛や!」
「純愛は相手を拉致しません!!」
「拉致やない、デートや!」
「私の意思ガン無視してる時点でデートじゃないもん!!」
 ライラは次々と短冊を書いた。
『カラスバさんと物理的に距離が取れますように』
「却下」
『カラスバさんの監視能力が低下しますように』
「却下」
『私の逃げ足がさらに速くなりますように』
「それは困るから却下」
『天の川がカラスバさんだけを流していきますように』
「オレを川流しにすな!!」
 却下の山を前に、ライラは机に突っ伏した。
「もうやだぁ……七夕ってこんな行事じゃない……」
「泣くなや。クッキー食うか?」
「食べます……」
「食べるんかい」
 キョウヤのツッコミを受けつつ、ライラはカラスバが差し出した星形クッキーをめそめそしながら口に運ぶ。
「……おいしい」
「せやろ? ライラが好きそうな店で買うてきたんや」
「そういうところだけ優しいの、本当に判断に困ります……」
「惚れてもええで」
「それはぜっっったいにないです」
「即答やめろ言うとるやろ!」
 混沌とした七夕会場の中、カラスバはふと真面目な声を出した。
「まあええわ。最後に一枚だけ書け。今度は検閲せえへん」
「本当ですか?」
「ほんまや。オマエが本気で願っとることなら、吊るしたる」
 その言葉だけは少しだけ真剣だった。ライラは疑いながらも新しい短冊を取り、静かに文字を書く。
『いつか、人とポケモンが一緒に笑っていられる場所を作れますように』
 部屋が少しだけ静かになった。
 カラスバも、キョウヤも、したっぱ達も、誰も茶化さなかった。
「……これは、吊るしてもいいですか」
「ええよ。本気の願いやろ。それは邪魔せえへん」
 カラスバは笹の高い位置の枝を引き寄せた。ライラは警戒しながらも、そっと短冊を吊るす。揺れる短冊に書かれた願いは、他のどの短冊よりも静かで、まっすぐだった。
「ライラらしい願いやな。甘くて、危なっかしくて、綺麗すぎる」
「……褒めてますか?」
「褒めとる」
「カラスバさんに褒められると不安になります……」
「どういう意味やねん」
 少しだけ空気が柔らかくなった。キョウヤもほっとしたように笑う。
 このまま穏やかに終われば、七夕らしい一幕だったのかもしれない。
 しかし、カラスバが自分の短冊をその隣に吊るした。
『ライラの願いをオレが叶えた上で、ライラと結婚できますように』
「異物混入!!」
 ライラの悲鳴が再び響き渡った。
「なんで私の夢にカラスバさんとの結婚を混入させるんですか?!」
「オレが支援したら育て屋でも何でもすぐ作れるやろ」
「そういう問題じゃないです! 私の夢にスポンサー面して入り込まないでください!」
「スポンサーやなくて旦那や」
「もっとイヤアアアア!!」
 カラスバは短冊を満足げに眺める。
「ええ並びやな。ライラの夢とオレの愛。二つ並んで天に届くっちゅーわけや」
「私の願いに寄生しないでください!」
「寄生やない。共生や」
「ポケモンと人間の共生を目指してるのであって、カラスバさんとの共生は目指してません!!」
 キョウヤは深くため息をつき、笹を見上げた。
「……少なくともライラさんの願いは、ちゃんと届くといいですね」
「キョウヤくん……!」
「カラスバさんの願いは……天にも拒否権があると思うので」
「やかましいわ!」
 その隙にライラはバッグを掴み、ペンドラーと一緒に扉へ向かおうとする。
「どこ行くんや、ライラ」
「ひいっ?!カフェです! 七夕限定チーズケーキを食べに行くんです!」
「ほなオレも行く」
「いやっ!着いてこないで!」
「オレが奢る言うたやろ」
「じゃあお金だけください!」
「最低すぎやろオマエ!!」
「今日拉致された慰謝料です!!」
 結局、ライラはカラスバにぴったり横を歩かれながら、ミアレのカフェへ向かうことになった。
「来年の七夕も一緒に短冊書こうな」
「やだっ!!」
「再来年も」
「いやっ!!」
「結婚後も」
「しない! いやっ!!」
 ライラは泣きそうになりながら夜空を見上げる。
「織姫さま、彦星さま……来年の七夕こそ、平和にチーズケーキを食べられますように……!」
 隣でカラスバがすかさず言った。
「その隣にオレがいますように」
「いやっっっ!台無しにしないで!!」
 七夕の夜。
 天の川の下、願い事は星へと昇っていく。

 数々の願いが無事に叶うかどうかは、きっと天のみぞ知る。

コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可