お願い、どこにも行かないで
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隠し部屋の中に置かれた古いランタンの灯火が、ゆらりと揺れた。
外の騒がしさはいつの間にか消え失せ、屋敷全体が深い静寂に包まれている。フランは、持ち合わせていたハンカチを少し湿らせ、テーブル代わりの木箱の上を丁寧に拭きながら、隣に座るギーマの横顔を見つめた。
「ねえ、ギーマさん。……もし、未来のギーマさんが何か困った時、あたしが支えになれたらいいなって、いつも思っているんです」
ふと、口をついて出た言葉だった。
小さなギーマは手元のトランプを並べる手を止め、長いまつ毛を伏せて、少しだけ大人びたため息をついた。
「支え、か。……きみは、未来のわたしにそんなに尽くしているのかい?」
「あ、あたしなりに、です!あくまでも!……といっても、ギーマさんに助けられてることのほうが圧倒的に多いんですけどね……!あはは……。たまに、ギーマさんが意地悪すぎて泣かされそうになることもあったりもしますね」
フランが苦笑混じりに言うと、ギーマは愉快そうに目を細めた。
「ふふ。それは未来のわたしも、きみのことを相当可愛がっている証拠だね。……勝負師はね、気に入った相手ほど、意地悪をしたくなるものなんだ」
子どもとは思えないほど鋭い指摘に、フランはどきりとする。
確かに、ギーマはフランに恋心を自覚させる過程で、随分と意地悪な駆け引きをしてきた。けれど、それら全てが「自分を欲しているからこその情熱」だと気づいた時、不思議と悪い気はしなかったのだ。
「……ねえ、フラン」
ギーマが不意にフランの方を向き、その小さな掌をそっと彼女の頬に添えた。
ひやりとした、けれど確かな温もりがある掌。ギーマの空色の瞳が、フランを逃がさないように真っ直ぐに見つめている。
「もし……このまま未来に帰らなきゃいけない理由がなくなったら、どうする?」
「えっ?」
「この屋敷の大人たちは、みんな汚い。でも、きみは違う。……ここに残れば、少なくともわたしが、きみだけは一生守ってあげる。……誰も来ない、このひみつきちで、ずっと二人だけで過ごそうよ」
その瞳には、純粋な少年の眼差しと、未来の彼と同じ、獲物を逃がさない猛獣の光が同居していた。
彼は本気だ。
ここから出さず、大人たちの汚い欲望に汚されることなく、自分だけを愛してくれる存在として、フランをこの時代に閉じ込めようとしている。
その言葉は、ある意味でフランにとって甘い誘惑でもあった。
「はい。ギーマさんが、あたしのことを望んでくれるのなら……ずっと、一緒に…………」
彼と過ごす時間がこんなにも安らぐのなら、すべてを捨ててここに残るのも悪くない――そんな思考が、頭の片隅をよぎる。
だが、その瞬間だった。
フランの指先が、ふっと霧のように透け、幻影のように揺らめいた。
「……っ!?」
ギーマの瞳が、驚きで見開かれる。
フラン自身も自分の手を見つめ、息を呑んだ。セレビィの力が弱まり、時渡りの効果が切れかけている。この時代に留まっていられる時間は、もうほとんど残されていないのだ。
「ダメだ、フラン……!」
ギーマはフランの腕を強く掴み、必死に引き寄せた。先ほどまでの余裕などどこへやら、その顔には少年の抱える切実な焦りと、孤独が色濃く浮かんでいる。
「行くな。……行かないでくれ。おれを一人にするのか? ずっと、ずっとここにいてくれるって、言ったじゃないか!」
彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
屋敷で誰にも心を開かず、孤独の中で育ってきた彼の心が、初めて得た「自分の味方」を失う恐怖に、激しく揺れている。
「お願いだ、フラン。どこにも行かないで……おれを、置いていかないでくれ……っ!」
フランの服をぎゅっと掴み、泣きじゃくるギーマ。
そのあまりに純粋で、あまりに悲痛な懇願に、フランの胸は張り裂けそうだった。時空を超えてやってきた自分との時間は、彼にとってあまりにも過酷な「一時の救い」でしかなかったのだ。
外の騒がしさはいつの間にか消え失せ、屋敷全体が深い静寂に包まれている。フランは、持ち合わせていたハンカチを少し湿らせ、テーブル代わりの木箱の上を丁寧に拭きながら、隣に座るギーマの横顔を見つめた。
「ねえ、ギーマさん。……もし、未来のギーマさんが何か困った時、あたしが支えになれたらいいなって、いつも思っているんです」
ふと、口をついて出た言葉だった。
小さなギーマは手元のトランプを並べる手を止め、長いまつ毛を伏せて、少しだけ大人びたため息をついた。
「支え、か。……きみは、未来のわたしにそんなに尽くしているのかい?」
「あ、あたしなりに、です!あくまでも!……といっても、ギーマさんに助けられてることのほうが圧倒的に多いんですけどね……!あはは……。たまに、ギーマさんが意地悪すぎて泣かされそうになることもあったりもしますね」
フランが苦笑混じりに言うと、ギーマは愉快そうに目を細めた。
「ふふ。それは未来のわたしも、きみのことを相当可愛がっている証拠だね。……勝負師はね、気に入った相手ほど、意地悪をしたくなるものなんだ」
子どもとは思えないほど鋭い指摘に、フランはどきりとする。
確かに、ギーマはフランに恋心を自覚させる過程で、随分と意地悪な駆け引きをしてきた。けれど、それら全てが「自分を欲しているからこその情熱」だと気づいた時、不思議と悪い気はしなかったのだ。
「……ねえ、フラン」
ギーマが不意にフランの方を向き、その小さな掌をそっと彼女の頬に添えた。
ひやりとした、けれど確かな温もりがある掌。ギーマの空色の瞳が、フランを逃がさないように真っ直ぐに見つめている。
「もし……このまま未来に帰らなきゃいけない理由がなくなったら、どうする?」
「えっ?」
「この屋敷の大人たちは、みんな汚い。でも、きみは違う。……ここに残れば、少なくともわたしが、きみだけは一生守ってあげる。……誰も来ない、このひみつきちで、ずっと二人だけで過ごそうよ」
その瞳には、純粋な少年の眼差しと、未来の彼と同じ、獲物を逃がさない猛獣の光が同居していた。
彼は本気だ。
ここから出さず、大人たちの汚い欲望に汚されることなく、自分だけを愛してくれる存在として、フランをこの時代に閉じ込めようとしている。
その言葉は、ある意味でフランにとって甘い誘惑でもあった。
「はい。ギーマさんが、あたしのことを望んでくれるのなら……ずっと、一緒に…………」
彼と過ごす時間がこんなにも安らぐのなら、すべてを捨ててここに残るのも悪くない――そんな思考が、頭の片隅をよぎる。
だが、その瞬間だった。
フランの指先が、ふっと霧のように透け、幻影のように揺らめいた。
「……っ!?」
ギーマの瞳が、驚きで見開かれる。
フラン自身も自分の手を見つめ、息を呑んだ。セレビィの力が弱まり、時渡りの効果が切れかけている。この時代に留まっていられる時間は、もうほとんど残されていないのだ。
「ダメだ、フラン……!」
ギーマはフランの腕を強く掴み、必死に引き寄せた。先ほどまでの余裕などどこへやら、その顔には少年の抱える切実な焦りと、孤独が色濃く浮かんでいる。
「行くな。……行かないでくれ。おれを一人にするのか? ずっと、ずっとここにいてくれるって、言ったじゃないか!」
彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
屋敷で誰にも心を開かず、孤独の中で育ってきた彼の心が、初めて得た「自分の味方」を失う恐怖に、激しく揺れている。
「お願いだ、フラン。どこにも行かないで……おれを、置いていかないでくれ……っ!」
フランの服をぎゅっと掴み、泣きじゃくるギーマ。
そのあまりに純粋で、あまりに悲痛な懇願に、フランの胸は張り裂けそうだった。時空を超えてやってきた自分との時間は、彼にとってあまりにも過酷な「一時の救い」でしかなかったのだ。
