ギーマ夢主の名前変換
ギーマ(BW)×固定夢主💮
🪙夢主の名前
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七月七日の夜。
昼間の焼け付くような熱気が引き、心地よい涼しさを運んでくるアローラの海辺。そこにひっそりと建つ小さな家の縁側で、青々とした笹の葉が、穏やかな潮風に吹かれてさらさらと鳴っていた。
マリエシティの賑やかな店先でフランが見つけ、大事に抱えて持ち帰ってきた細い笹の枝。そこには、彼女が手先を動かして作った不器用で愛らしい星形の飾りや、色とりどりの折り紙がいくつも吊るされている。
見慣れないその鮮やかな飾りを不思議そうに眺めていたエナが、風に揺れてふわりと舞った紙の端へ、くんくんと湿った鼻先を近づけた。その隣では、キキが「子供っぽい」とでも言いたげな興味のなさそうな顔をしながらも、時折聞こえる葉擦れの音へ向けて、長い耳をぴくりと動かしては器用に音を拾っている。
「エナ、それは食べ物じゃないよ」
「わふ?」
「お願い事を書く紙なんだよ」
首を傾げるポケモンたちを宥めるように、フランは優しく微笑みかけた。
遠くでは、寄せては返す波が、真っ白な砂浜を優しく撫でる音が絶え間なく響いている。
ふと見上げれば、南国の夜空のキャンバスいっぱいに、零れ落ちそうなほどの無数の星が瞬いていた。
かつて暮らしていたイッシュ地方にいた頃も、街の明かりに紛れた七夕飾りを見たことはある。けれど、視界を遮るもののないこのアローラの広い空の下では、宇宙の息遣いすら聞こえそうで、『星へ願いが届く』という古くからの昔話も、ただのお伽話ではなく本当なのではないかと思えるほど、その光は生々しく、すぐ近くに感じられた。
フランは手元に用意していた、真っ白な短冊をそっと手に取った。
書きたい願いは、笹を買ってきた最初から――いいや、きっともっとずっと前から、彼女の心の中で決まっていた。
筆を持ち、一文字ずつ丁寧に、祈りを込めるように書いていく。
『ギーマさんとずっと一緒にいられますように』
書き終えたばかりの、少し不格好で、けれど嘘偽りのない真っ直ぐな文字。それを見て、フランは自分自身の素直すぎる欲望に、少しだけ照れくさくなった。
恋人になったばかりの頃の、まだ彼との距離を手探りで測っていた頃の自分なら、こんな重たい願いをギーマ本人に見られでもしたら、顔から火が出るほどの恥ずかしさのあまり、短冊を背中に隠して全速力で逃げ出していたかもしれない。
けれど今は、恥ずかしさよりもずっと、ずっと強い思いが彼女の胸の底に根を張っていた。
ずっと一緒にいたい。
何度夜の闇に沈み、何度眩しい朝を迎えても、目を覚ましたその隣にギーマがいてほしい。
穏やかで幸せな日も、前を向けないほど苦しい日も、もう彼を一人きりの暗闇で抱え込ませたりせずに、二人で分け合って過ごしていきたい。
そんな確かな覚悟と共に、フランは笹の枝の空いた場所へ短冊を結ぼうと、夜風の中へ手を伸ばした。
「……その願いは」
不意に背後から聞こえた、低く滑らかな声に、フランは弾かれたように振り返る。
開け放たれた網戸の向こう、部屋と縁側の境界に立つ扉の枠に寄りかかるようにして、黒と白の着流し姿のギーマが立っていた。
足音ひとつ立てない彼が、一体いつからそこにいて、どこから見ていたのだろう。彼の静かな空色の瞳は、振り返ったフランの顔ではなく、その手にしっかりと握られた白い短冊の文字へと、吸い込まれるように向けられている。
「ギーマさん。見てたんですか?」
「見えてしまったのさ」
「それは、見てたって言うんですよ」
からかうような反論に、フランが少しだけ不満げに頬を膨らませてみせても。ギーマはいつものような、余裕たっぷりの意地悪く笑う表情を作らなかった。
彼はそのまま音もなく静かに縁側へ下りると、笹の葉の影が落ちるフランのすぐ隣へと腰を下ろす。近づいたことで彼特有の冷たい香水の匂いがふわりと漂ったが、彼の視線だけは、やはりフランの手元の短冊から決して離れようとはしなかった。
「……ずっと一緒にいられますように、か」
それは、自分自身に言い聞かせるような、ひどく掠れた呟くような声だった。
「はい」
「願う相手を間違えているのではないかな」
「え?」
思いがけない言葉に、フランが弾かれたように顔を上げる。
見つめ返す彼女の視線を避けるように、ギーマは、遥か遠くの夜空を見つめていた。
その端正な口元には、確かに薄い笑みが浮かんでいる。けれど、それが自分自身をひどく低く見積もり、惨めな過去を嘲るためのものであることは、長く彼を見つめ続けてきたフランにはすぐに分かった。
「星に願うよりも前に、責めるべき男がいるだろう」
「ギーマさん……」
「きみは以前から、わたしとずっと一緒にいたいと願ってくれていた。わたしの帰りを待ち、負けたわたしでさえ受け入れようとしてくれた」
縁側に投げ出された彼の長い足の上で、膝の上に置かれたギーマの大きな手が、白く骨張るほどに強く、強く握られていく。
「それを知っていながら、わたしは自分から手放した」
絞り出すようなその懺悔に、フランの胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
アローラの海辺で奇跡のように再会し、ようやく心を通わせた後も、ギーマは時折、こうして暗い過去の淵へと引き戻されてしまう。
今はこうしてフランが隣にいると、手が届く場所にいると頭では分かっていても。すべてを失った絶望の中で彼女の寝顔に最後の口づけを落とし、何も言わずに自分からフランを置いて逃げ出したあの朝の記憶を思い出し、彼自身が彼を、いつまでも許せなくなるのだ。
「きみの幸せを願うふりをして、わたしは自分の惨めさから逃げた。何も言わず、何も選ばせず……きみの願いを踏みにじった」
「……」
「そんな男の名前を、きみはまだ短冊に書いてくれるんだね」
ギーマの声は、波の音に溶けてしまいそうなほど穏やかだった。けれど、その表面の静けさの奥では、身を切り裂くような深い後悔と自己嫌悪が泥のように渦巻いている。
「わたしには、この願いを受け取る資格があるのかな」
諦めを含んだその言葉を聞いた瞬間、フランは悲しげに眉を下げた。
まただ。
ギーマはまた、自分に相手を幸せにする資格があるかどうかを、愛される資格があるかどうかを、自分一人だけの盤面で勝手に決めようとしている。
フランは手元の短冊を自らの膝の上へそっと置き、固く、自らを罰するように握り込まれていた彼の拳に、自分の両手を真っ直ぐに重ねた。
冷え切った彼の手を、少しでも温めるように。
「ギーマさん」
「……うん」
「あたし、怒りますよ」
静かな、けれど有無を言わせない確かな強さを持ったフランの言葉に、ギーマがわずかに目を見開いて彼女を見つめ返す。
「願いを受け取っていいかどうかは、ギーマさんが一人で決めることじゃありません」
「……」
「あたしがギーマさんと一緒にいたいと思って、ギーマさんの名前を書いたんです。だから、ちゃんと受け取ってください」
重ねられたフランの温かい手の中で、強張っていたギーマの長い指が、微かに、怯えるように震えた。
「あの朝のことは、忘れてません。悲しかったです。寂しかったし、今だって思い出したら泣きたくなります」
「フラン……」
「でも、ギーマさんと再会したことも、今こうして一緒にいられることも、本当です」
過去の痛みを否定せず、それでも今ここにある温もりを信じる。フランは彼の手を両手でしっかりと包み込んだまま、逃げ場を塞ぐように、彼の揺れる空色の瞳をまっすぐに見つめた。
「あたしは、過去をなかったことにしてギーマさんを好きなんじゃありません」
その強すぎる言葉に、ギーマの瞳が大きく揺れ動いた。
「何も言わずに逃げたギーマさんも、再会した時にちゃんと謝ってくれたギーマさんも、不安になったら不安だって言ってくれるようになったギーマさんも……全部知った上で、好きなんです」
「……」
「あたしが選んだんです」
波の音にも負けない、凛とした声で、フランははっきりと言い切る。
「ギーマさんの隣にいるって」
ギーマは何も答えなかった。いいや、答える言葉を持たなかった。
ただ、すべてを見透かし、丸ごと受け入れようとするフランの顔を、息をするのも忘れたように見つめている。その苦しげで、どうしようもなく救いを求めている目を安心させるように、フランは少しだけ、柔らかく笑った。
「それに、もし……」
フランはそこで一度言葉を止め、息を吸い込んだ。
そして、包み込んでいたギーマの手を、さらに強く、体温を刻みつけるように握りしめた。
「もし、また離れてしまったとしても」
その不吉なもしもの言葉に、ギーマの身体が目に見えて強張り、息を呑む気配がした。
「……フラン」
「あたしは、何度でもギーマさんを探します」
静かな夜の空気に、フランの透き通るような声がまっすぐに響き渡る。
「ギーマさんがもっと遠いところに行ってしまっても、どこにいるか分からなくても、あたしは探します」
「そんなことを……」
「します」
自らの罪深さに耐えきれず、ギーマがその言葉を止めようとするより先に、フランは断言した。
「港で聞いて、船に乗って、知らない街を歩いて、何日かかっても探します。ギーマさんが自分には資格がないって、また勝手にいなくなったとしても、ちゃんと見つけて怒ります」
言い募るうちに、胸の奥に燻っていた感情が込み上げ、フランの声が少しだけ震えた。
「何度でも、『あたしの幸せを勝手に決めないでください』って言います」
「……」
「だって、ギーマさんが好きだから」
フランの強い決意を宿した瞳に、うっすらと涙が滲み、星の光を反射してきらきらと光る。
「ギーマさんが離れたからって、あたしまで好きな気持ちを捨てられるわけじゃありません。だったら、追いかけるしかないじゃないですか」
ギーマは、まるで急所を突かれたように、息を詰めたまま動かなくなった。
見開かれたその目には、許された安堵など微塵もない。そこにあるのは、自分のような男にこれほどまでの執着を向けてくれる彼女への痛いほどの愛しさと、彼女にそこまで言わせてしまう自分自身の不甲斐なさへの後悔が、同時に、激しく浮かんでいた。
「……きみは、本当に残酷だね」
「え?」
「そんなことを言われたら、わたしは救われてしまう」
ギーマは、そのあまりにも眩しい愛情から逃れるように目を伏せた。
「きみをもう一度失っても、探してもらえるのだと。そんな甘い考えに縋りたくなる」
自虐的に紡がれたその言葉を否定するように、フランは、ゆっくりと首を横に振った。
「探します。でも」
握っていた彼の大きな手を、今度は自分の方へとぐっと引き寄せる。
「本当は、もう探したくありません」
その切実な本音に、ギーマが弾かれたように顔を上げる。
「置いていかれるのは、もう嫌です。あたし、また探しに行けると思います。でも、また同じように泣くと思います。朝起きてギーマさんがいなかったら、きっとすごく怖いです」
「……」
「だから、何度でも探すっていうのは、ギーマさんが逃げてもいいって意味じゃありません」
フランは、いっぱいに涙の溜まった目で、ギーマを真っ直ぐに見つめ返した。
「あたしを、もう一人にしないでください」
絞り出すようにこぼれたその一言に、ギーマの端正な表情が、堪えきれないように歪んだ。
彼はフランの手を、痛いくらいの力で握り返す。今度は、もう二度と離すまいと縋り付くように。
「……ああ」
夜の闇に、ひどく掠れ、震える声が落ちる。
「約束する」
ギーマはフランの手を両手で持ち上げると、その白く細い指先へ、祈るように自分の額を深く寄せた。
「もう二度と、きみを手放さない」
それは神への祈りではなかった。
頭上に瞬く星へ頼む不確かな願いでもない。
すべてを失った男が、唯一手にした光であるフランに向けて、己の魂を懸けて立てる絶対の誓いだった。
「不安になっても、怖くなっても、自分から消えたりしない。きみのためだという言葉を使って、逃げたりしない」
「……はい」
「情けない姿を見せるのが怖くても、きみに言うよ。傍にいてほしい、と」
額を離し、ギーマは顔を上げてフランを見つめた。その空色の瞳からは、過去の幻影に怯える色は消え、ただ目の前の彼女だけを映している。
「きみが探しに来るのを待つのではなく、わたしがきみの傍に残る」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、フランの瞳から大粒の涙がぽろりと零れ落ちた。
「もし、また間違えて遠ざかろうとしてしまったとしても、自分の足で戻る。きみを泣かせて歩かせたりしない」
「ギーマさん……」
「きみが短冊に書いた願いを、もう一度わたしの手で壊すようなことはしない」
ギーマはフランの膝の上から、彼女が想いを込めた白い短冊をそっと受け取った。
そして、立ち上がると、自ら笹の枝の一番目立つ場所へ、解けないように丁寧に結びつける。
『ギーマさんとずっと一緒にいられますように』
温かい夜風の中で、笹の葉と共に願いが揺れた。
ギーマはその文字を愛おしそうに見つめ、静かに、ひどく優しい顔で微笑む。
「星に預けておくだけでは心許ないね」
「え?」
「この願いは、わたしが叶える」
彼は再び縁側に腰を下ろすと、フランの頬へ温かい手を添え、親指の腹で彼女の涙の跡を優しく拭った。
「わたしは、きみとずっと一緒にいる」
「……はい」
「勝った日も、負けた日も。余裕がある日も、情けなく不安に怯える日も」
「はい」
「きみの隣から、もう自分で降りたりしない」
フランは泣きじゃくりながらも幸せそうに笑い、自分からギーマの広い胸へと飛び込んで抱きついた。
ギーマもすぐに、まるで壊れ物を扱うような優しさと、決して逃がさないという力強さでその華奢な身体を受け止め、腕の中に強く抱きしめる。
「来年も、一緒に短冊を書いてくれますか」
「ああ」
「再来年も?」
「もちろん」
「その先も、ずっと?」
抱きしめるギーマの腕に、さらに確かな力がこもった。
「何年先でも」
フランの髪へ、誓いの口づけが何度も落とされる。
「きみが書く願いを、わたしの隣で見届けるよ」
「勝手に見ないでください」
「おや。来年も隠すつもりかい?」
「恥ずかしいので……」
「それでも、きっとわたしの名前を書くのだろう?」
「……書きます」
フランが腕の中で小さく答えると、ギーマが喉の奥で、心底嬉しそうにくくっと笑った。
彼の胸の震えから伝わってくるその温かな笑い声に、フランの胸の奥が、幸福でいっぱいに満たされていく。
「ギーマさん」
「何かな」
「あたし、何度でも探します」
「ああ」
「でも、もう探させないでください」
ギーマは、その切実な懇願にすぐには答えなかった。
代わりに、フランの身体をさらに深く、自分の腕の中へすっぽりと閉じ込める。けれど、その力強い抱擁は、相手の自由を奪う鳥籠のように縛るためのものではなかった。
自分はここにいる、きみを一人にしないと、体温で伝えるための温かな約束の形だった。
「探させない」
フランの耳元で、ひどく低く、決して揺るぎない声が響く。
「もう、きみの手が届かない場所へは行かない」
フランは彼の胸へぴたりと頬を寄せ、安堵の息を吐いてそっと目を閉じた。
耳元で聞こえてくる彼の鼓動は少しだけ速く、この完璧に見える大人の男であるギーマもまた、この重たい約束に、失うことの恐怖に震えているのだと分かる。
だからこそ、フランは彼を安心させるように、背中へと腕をしっかりと回した。
「あたしも、ずっと傍にいます」
「ああ」
「ギーマさんが怖くなったら、何度でも言います。ここにいますって」
「うん」
「大好きだって、何度でも言います」
ギーマは、泣いてしまいそうなほどに優しい、甘く震える声で笑った。
「それは、ずいぶん贅沢な約束だね」
「嫌ですか?」
「まさか」
フランの額に、愛おしさをすべて込めたような柔らかな口づけが落ちる。
「一生かけて受け取りたいよ」
縁側の先で、笹の葉が夜風に撫でられてさらさらと鳴る。
枝に結ばれた真っ白な短冊が、身を寄せ合う二人のすぐ隣で、喜びを表現するように静かに揺れている。
七夕の夜、遥か遠くの星へ預けたはずの願いは、もうすでに、ギーマの手の中にしっかりと握りしめられていた。
もう二度と手放さない。
もう一人きりで逃げない。
何度新しい朝を迎えても、必ずフランの隣へと帰る。
そしてフランもまた、彼から与えられる体温の奥で、固く心に誓う。
もし彼が迷って離れることがあっても、何度でも見つけ出すと。
けれど、できるなら。
もう二度と、この温かく不器用な手を探して迷う日々を過ごさずに済むように。
ずっと、こうして繋いだままでいられるように。
アローラの夜空では、無数の星々が、二人のかけがえのない約束を優しく見守るように、いつまでも静かに瞬き続けていた。
昼間の焼け付くような熱気が引き、心地よい涼しさを運んでくるアローラの海辺。そこにひっそりと建つ小さな家の縁側で、青々とした笹の葉が、穏やかな潮風に吹かれてさらさらと鳴っていた。
マリエシティの賑やかな店先でフランが見つけ、大事に抱えて持ち帰ってきた細い笹の枝。そこには、彼女が手先を動かして作った不器用で愛らしい星形の飾りや、色とりどりの折り紙がいくつも吊るされている。
見慣れないその鮮やかな飾りを不思議そうに眺めていたエナが、風に揺れてふわりと舞った紙の端へ、くんくんと湿った鼻先を近づけた。その隣では、キキが「子供っぽい」とでも言いたげな興味のなさそうな顔をしながらも、時折聞こえる葉擦れの音へ向けて、長い耳をぴくりと動かしては器用に音を拾っている。
「エナ、それは食べ物じゃないよ」
「わふ?」
「お願い事を書く紙なんだよ」
首を傾げるポケモンたちを宥めるように、フランは優しく微笑みかけた。
遠くでは、寄せては返す波が、真っ白な砂浜を優しく撫でる音が絶え間なく響いている。
ふと見上げれば、南国の夜空のキャンバスいっぱいに、零れ落ちそうなほどの無数の星が瞬いていた。
かつて暮らしていたイッシュ地方にいた頃も、街の明かりに紛れた七夕飾りを見たことはある。けれど、視界を遮るもののないこのアローラの広い空の下では、宇宙の息遣いすら聞こえそうで、『星へ願いが届く』という古くからの昔話も、ただのお伽話ではなく本当なのではないかと思えるほど、その光は生々しく、すぐ近くに感じられた。
フランは手元に用意していた、真っ白な短冊をそっと手に取った。
書きたい願いは、笹を買ってきた最初から――いいや、きっともっとずっと前から、彼女の心の中で決まっていた。
筆を持ち、一文字ずつ丁寧に、祈りを込めるように書いていく。
『ギーマさんとずっと一緒にいられますように』
書き終えたばかりの、少し不格好で、けれど嘘偽りのない真っ直ぐな文字。それを見て、フランは自分自身の素直すぎる欲望に、少しだけ照れくさくなった。
恋人になったばかりの頃の、まだ彼との距離を手探りで測っていた頃の自分なら、こんな重たい願いをギーマ本人に見られでもしたら、顔から火が出るほどの恥ずかしさのあまり、短冊を背中に隠して全速力で逃げ出していたかもしれない。
けれど今は、恥ずかしさよりもずっと、ずっと強い思いが彼女の胸の底に根を張っていた。
ずっと一緒にいたい。
何度夜の闇に沈み、何度眩しい朝を迎えても、目を覚ましたその隣にギーマがいてほしい。
穏やかで幸せな日も、前を向けないほど苦しい日も、もう彼を一人きりの暗闇で抱え込ませたりせずに、二人で分け合って過ごしていきたい。
そんな確かな覚悟と共に、フランは笹の枝の空いた場所へ短冊を結ぼうと、夜風の中へ手を伸ばした。
「……その願いは」
不意に背後から聞こえた、低く滑らかな声に、フランは弾かれたように振り返る。
開け放たれた網戸の向こう、部屋と縁側の境界に立つ扉の枠に寄りかかるようにして、黒と白の着流し姿のギーマが立っていた。
足音ひとつ立てない彼が、一体いつからそこにいて、どこから見ていたのだろう。彼の静かな空色の瞳は、振り返ったフランの顔ではなく、その手にしっかりと握られた白い短冊の文字へと、吸い込まれるように向けられている。
「ギーマさん。見てたんですか?」
「見えてしまったのさ」
「それは、見てたって言うんですよ」
からかうような反論に、フランが少しだけ不満げに頬を膨らませてみせても。ギーマはいつものような、余裕たっぷりの意地悪く笑う表情を作らなかった。
彼はそのまま音もなく静かに縁側へ下りると、笹の葉の影が落ちるフランのすぐ隣へと腰を下ろす。近づいたことで彼特有の冷たい香水の匂いがふわりと漂ったが、彼の視線だけは、やはりフランの手元の短冊から決して離れようとはしなかった。
「……ずっと一緒にいられますように、か」
それは、自分自身に言い聞かせるような、ひどく掠れた呟くような声だった。
「はい」
「願う相手を間違えているのではないかな」
「え?」
思いがけない言葉に、フランが弾かれたように顔を上げる。
見つめ返す彼女の視線を避けるように、ギーマは、遥か遠くの夜空を見つめていた。
その端正な口元には、確かに薄い笑みが浮かんでいる。けれど、それが自分自身をひどく低く見積もり、惨めな過去を嘲るためのものであることは、長く彼を見つめ続けてきたフランにはすぐに分かった。
「星に願うよりも前に、責めるべき男がいるだろう」
「ギーマさん……」
「きみは以前から、わたしとずっと一緒にいたいと願ってくれていた。わたしの帰りを待ち、負けたわたしでさえ受け入れようとしてくれた」
縁側に投げ出された彼の長い足の上で、膝の上に置かれたギーマの大きな手が、白く骨張るほどに強く、強く握られていく。
「それを知っていながら、わたしは自分から手放した」
絞り出すようなその懺悔に、フランの胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
アローラの海辺で奇跡のように再会し、ようやく心を通わせた後も、ギーマは時折、こうして暗い過去の淵へと引き戻されてしまう。
今はこうしてフランが隣にいると、手が届く場所にいると頭では分かっていても。すべてを失った絶望の中で彼女の寝顔に最後の口づけを落とし、何も言わずに自分からフランを置いて逃げ出したあの朝の記憶を思い出し、彼自身が彼を、いつまでも許せなくなるのだ。
「きみの幸せを願うふりをして、わたしは自分の惨めさから逃げた。何も言わず、何も選ばせず……きみの願いを踏みにじった」
「……」
「そんな男の名前を、きみはまだ短冊に書いてくれるんだね」
ギーマの声は、波の音に溶けてしまいそうなほど穏やかだった。けれど、その表面の静けさの奥では、身を切り裂くような深い後悔と自己嫌悪が泥のように渦巻いている。
「わたしには、この願いを受け取る資格があるのかな」
諦めを含んだその言葉を聞いた瞬間、フランは悲しげに眉を下げた。
まただ。
ギーマはまた、自分に相手を幸せにする資格があるかどうかを、愛される資格があるかどうかを、自分一人だけの盤面で勝手に決めようとしている。
フランは手元の短冊を自らの膝の上へそっと置き、固く、自らを罰するように握り込まれていた彼の拳に、自分の両手を真っ直ぐに重ねた。
冷え切った彼の手を、少しでも温めるように。
「ギーマさん」
「……うん」
「あたし、怒りますよ」
静かな、けれど有無を言わせない確かな強さを持ったフランの言葉に、ギーマがわずかに目を見開いて彼女を見つめ返す。
「願いを受け取っていいかどうかは、ギーマさんが一人で決めることじゃありません」
「……」
「あたしがギーマさんと一緒にいたいと思って、ギーマさんの名前を書いたんです。だから、ちゃんと受け取ってください」
重ねられたフランの温かい手の中で、強張っていたギーマの長い指が、微かに、怯えるように震えた。
「あの朝のことは、忘れてません。悲しかったです。寂しかったし、今だって思い出したら泣きたくなります」
「フラン……」
「でも、ギーマさんと再会したことも、今こうして一緒にいられることも、本当です」
過去の痛みを否定せず、それでも今ここにある温もりを信じる。フランは彼の手を両手でしっかりと包み込んだまま、逃げ場を塞ぐように、彼の揺れる空色の瞳をまっすぐに見つめた。
「あたしは、過去をなかったことにしてギーマさんを好きなんじゃありません」
その強すぎる言葉に、ギーマの瞳が大きく揺れ動いた。
「何も言わずに逃げたギーマさんも、再会した時にちゃんと謝ってくれたギーマさんも、不安になったら不安だって言ってくれるようになったギーマさんも……全部知った上で、好きなんです」
「……」
「あたしが選んだんです」
波の音にも負けない、凛とした声で、フランははっきりと言い切る。
「ギーマさんの隣にいるって」
ギーマは何も答えなかった。いいや、答える言葉を持たなかった。
ただ、すべてを見透かし、丸ごと受け入れようとするフランの顔を、息をするのも忘れたように見つめている。その苦しげで、どうしようもなく救いを求めている目を安心させるように、フランは少しだけ、柔らかく笑った。
「それに、もし……」
フランはそこで一度言葉を止め、息を吸い込んだ。
そして、包み込んでいたギーマの手を、さらに強く、体温を刻みつけるように握りしめた。
「もし、また離れてしまったとしても」
その不吉なもしもの言葉に、ギーマの身体が目に見えて強張り、息を呑む気配がした。
「……フラン」
「あたしは、何度でもギーマさんを探します」
静かな夜の空気に、フランの透き通るような声がまっすぐに響き渡る。
「ギーマさんがもっと遠いところに行ってしまっても、どこにいるか分からなくても、あたしは探します」
「そんなことを……」
「します」
自らの罪深さに耐えきれず、ギーマがその言葉を止めようとするより先に、フランは断言した。
「港で聞いて、船に乗って、知らない街を歩いて、何日かかっても探します。ギーマさんが自分には資格がないって、また勝手にいなくなったとしても、ちゃんと見つけて怒ります」
言い募るうちに、胸の奥に燻っていた感情が込み上げ、フランの声が少しだけ震えた。
「何度でも、『あたしの幸せを勝手に決めないでください』って言います」
「……」
「だって、ギーマさんが好きだから」
フランの強い決意を宿した瞳に、うっすらと涙が滲み、星の光を反射してきらきらと光る。
「ギーマさんが離れたからって、あたしまで好きな気持ちを捨てられるわけじゃありません。だったら、追いかけるしかないじゃないですか」
ギーマは、まるで急所を突かれたように、息を詰めたまま動かなくなった。
見開かれたその目には、許された安堵など微塵もない。そこにあるのは、自分のような男にこれほどまでの執着を向けてくれる彼女への痛いほどの愛しさと、彼女にそこまで言わせてしまう自分自身の不甲斐なさへの後悔が、同時に、激しく浮かんでいた。
「……きみは、本当に残酷だね」
「え?」
「そんなことを言われたら、わたしは救われてしまう」
ギーマは、そのあまりにも眩しい愛情から逃れるように目を伏せた。
「きみをもう一度失っても、探してもらえるのだと。そんな甘い考えに縋りたくなる」
自虐的に紡がれたその言葉を否定するように、フランは、ゆっくりと首を横に振った。
「探します。でも」
握っていた彼の大きな手を、今度は自分の方へとぐっと引き寄せる。
「本当は、もう探したくありません」
その切実な本音に、ギーマが弾かれたように顔を上げる。
「置いていかれるのは、もう嫌です。あたし、また探しに行けると思います。でも、また同じように泣くと思います。朝起きてギーマさんがいなかったら、きっとすごく怖いです」
「……」
「だから、何度でも探すっていうのは、ギーマさんが逃げてもいいって意味じゃありません」
フランは、いっぱいに涙の溜まった目で、ギーマを真っ直ぐに見つめ返した。
「あたしを、もう一人にしないでください」
絞り出すようにこぼれたその一言に、ギーマの端正な表情が、堪えきれないように歪んだ。
彼はフランの手を、痛いくらいの力で握り返す。今度は、もう二度と離すまいと縋り付くように。
「……ああ」
夜の闇に、ひどく掠れ、震える声が落ちる。
「約束する」
ギーマはフランの手を両手で持ち上げると、その白く細い指先へ、祈るように自分の額を深く寄せた。
「もう二度と、きみを手放さない」
それは神への祈りではなかった。
頭上に瞬く星へ頼む不確かな願いでもない。
すべてを失った男が、唯一手にした光であるフランに向けて、己の魂を懸けて立てる絶対の誓いだった。
「不安になっても、怖くなっても、自分から消えたりしない。きみのためだという言葉を使って、逃げたりしない」
「……はい」
「情けない姿を見せるのが怖くても、きみに言うよ。傍にいてほしい、と」
額を離し、ギーマは顔を上げてフランを見つめた。その空色の瞳からは、過去の幻影に怯える色は消え、ただ目の前の彼女だけを映している。
「きみが探しに来るのを待つのではなく、わたしがきみの傍に残る」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、フランの瞳から大粒の涙がぽろりと零れ落ちた。
「もし、また間違えて遠ざかろうとしてしまったとしても、自分の足で戻る。きみを泣かせて歩かせたりしない」
「ギーマさん……」
「きみが短冊に書いた願いを、もう一度わたしの手で壊すようなことはしない」
ギーマはフランの膝の上から、彼女が想いを込めた白い短冊をそっと受け取った。
そして、立ち上がると、自ら笹の枝の一番目立つ場所へ、解けないように丁寧に結びつける。
『ギーマさんとずっと一緒にいられますように』
温かい夜風の中で、笹の葉と共に願いが揺れた。
ギーマはその文字を愛おしそうに見つめ、静かに、ひどく優しい顔で微笑む。
「星に預けておくだけでは心許ないね」
「え?」
「この願いは、わたしが叶える」
彼は再び縁側に腰を下ろすと、フランの頬へ温かい手を添え、親指の腹で彼女の涙の跡を優しく拭った。
「わたしは、きみとずっと一緒にいる」
「……はい」
「勝った日も、負けた日も。余裕がある日も、情けなく不安に怯える日も」
「はい」
「きみの隣から、もう自分で降りたりしない」
フランは泣きじゃくりながらも幸せそうに笑い、自分からギーマの広い胸へと飛び込んで抱きついた。
ギーマもすぐに、まるで壊れ物を扱うような優しさと、決して逃がさないという力強さでその華奢な身体を受け止め、腕の中に強く抱きしめる。
「来年も、一緒に短冊を書いてくれますか」
「ああ」
「再来年も?」
「もちろん」
「その先も、ずっと?」
抱きしめるギーマの腕に、さらに確かな力がこもった。
「何年先でも」
フランの髪へ、誓いの口づけが何度も落とされる。
「きみが書く願いを、わたしの隣で見届けるよ」
「勝手に見ないでください」
「おや。来年も隠すつもりかい?」
「恥ずかしいので……」
「それでも、きっとわたしの名前を書くのだろう?」
「……書きます」
フランが腕の中で小さく答えると、ギーマが喉の奥で、心底嬉しそうにくくっと笑った。
彼の胸の震えから伝わってくるその温かな笑い声に、フランの胸の奥が、幸福でいっぱいに満たされていく。
「ギーマさん」
「何かな」
「あたし、何度でも探します」
「ああ」
「でも、もう探させないでください」
ギーマは、その切実な懇願にすぐには答えなかった。
代わりに、フランの身体をさらに深く、自分の腕の中へすっぽりと閉じ込める。けれど、その力強い抱擁は、相手の自由を奪う鳥籠のように縛るためのものではなかった。
自分はここにいる、きみを一人にしないと、体温で伝えるための温かな約束の形だった。
「探させない」
フランの耳元で、ひどく低く、決して揺るぎない声が響く。
「もう、きみの手が届かない場所へは行かない」
フランは彼の胸へぴたりと頬を寄せ、安堵の息を吐いてそっと目を閉じた。
耳元で聞こえてくる彼の鼓動は少しだけ速く、この完璧に見える大人の男であるギーマもまた、この重たい約束に、失うことの恐怖に震えているのだと分かる。
だからこそ、フランは彼を安心させるように、背中へと腕をしっかりと回した。
「あたしも、ずっと傍にいます」
「ああ」
「ギーマさんが怖くなったら、何度でも言います。ここにいますって」
「うん」
「大好きだって、何度でも言います」
ギーマは、泣いてしまいそうなほどに優しい、甘く震える声で笑った。
「それは、ずいぶん贅沢な約束だね」
「嫌ですか?」
「まさか」
フランの額に、愛おしさをすべて込めたような柔らかな口づけが落ちる。
「一生かけて受け取りたいよ」
縁側の先で、笹の葉が夜風に撫でられてさらさらと鳴る。
枝に結ばれた真っ白な短冊が、身を寄せ合う二人のすぐ隣で、喜びを表現するように静かに揺れている。
七夕の夜、遥か遠くの星へ預けたはずの願いは、もうすでに、ギーマの手の中にしっかりと握りしめられていた。
もう二度と手放さない。
もう一人きりで逃げない。
何度新しい朝を迎えても、必ずフランの隣へと帰る。
そしてフランもまた、彼から与えられる体温の奥で、固く心に誓う。
もし彼が迷って離れることがあっても、何度でも見つけ出すと。
けれど、できるなら。
もう二度と、この温かく不器用な手を探して迷う日々を過ごさずに済むように。
ずっと、こうして繋いだままでいられるように。
アローラの夜空では、無数の星々が、二人のかけがえのない約束を優しく見守るように、いつまでも静かに瞬き続けていた。